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黒の魔王  作者: 菱影代理
第35章:復讐の牙
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第679話 折れる矢(1)

 すでに『審判の矢』が黒であることは確定している。よって、もうホッケーマスクで顔を隠す必要はなく、俺は堂々と『暴君の鎧マクシミリアン』を着こんで、いざ本拠地へ。

サリエルがネックレスの鍵で解除した結界を通り抜け、俺はフィオナと連れだって森の中の道を歩く。

潜入役のサリエルとは、結界を抜けてすぐに分かれている。長い銀髪に修道服姿のサリエルはそれなりに目立ちそうな姿だが、あっという間に夜の密林に消えて行った。

 さて、こうして隠蔽結界さえ通り抜ければ、奴らが利用している道も丸見えとなる。それなりに木々を切り開いて、馬車が通りやすいようしっかりと道も固められていた。この高度な隠蔽結界がなければ、とても隠しきれないような立派な道だ。

 そんな分かりやすい道を五分も歩けば、遠目に砦のような箱形の建物が見えてきた。

「あそこか」

「見た目は普通の古代遺跡ですね」

 真夜中にあっても、煌々と照らされた砦は一際に目立つ。燃え盛る篝火ではなく、砦の壁面などにくっついた白く発光するパネルのようなモノが光源となっていることから、やはりあの古代遺跡の機能をある程度まで復旧しているのは間違いないようだ。

「まだこっちに気づいてないようだな」

「鍵で通って来たからでしょう」

 古代遺跡の結界なら、不正に破られれば必ず反応するはずだ。しかし、鍵を奪われることを想定して、結界の辺りに見張りなり門番なり置いておかないのは、怠慢なのか人手不足なのか。

「それじゃあ、陽動らしく派手に行くか」

「私、そういうの得意ですよ」

 知ってるよ、と返しながら、俺はチャージを済ませた雷砲形態ブラスターギルの『ザ・グリード』を構え、フィオナは『ワルプルギス』を掲げた。先端のギミックが少ししか開かれていない、通称『二分咲き』といった状態なので、ちゃんと加減する気はあるようだ。

「『荷電粒子砲プラズマブラスター』発射」

「『火焔葬イグニス・フォースブラスト』」

 闇夜を切り裂いて、雷と炎が巨大な渦となって迸る。

 一瞬、真昼に戻ったかのように、雷光と爆炎が一斉に弾けてとてつもない光を解き放つ……んだけど、大丈夫かコレ。

「もしかして、砦ごと崩れないよな?」

「大丈夫ですよ……多分」

 ちょっと、不安を煽るようなこと言わないでくれよ。

 つい張り切って大火力をぶっ放したのだが、もしこれで砦が崩れ落ちれば、敵を一網打尽にできるが、中に囚われているであろう獣人達も巻き込まれることになってしまう。リリィは崩落程度でどうにかなることはないけど、ごく普通の獣人だったら確実に全滅だ。ま、まずい、それはまずいぞ。

「あっ、良かったですね、クロノさん。砦は無事ですよ」

「おお、流石は古代遺跡だ、なんともない」

 眩い輝きと爆煙が晴れると、変わらずに佇む砦のシルエットが見えて、一安心。

「でも、建物にかかっている強化魔法が解れてるみたいなので、もう一発撃ったら、崩れるかもしれません」

 確かに、よく見れば建物全体にバチバチと青白いスパークが散っている。古代遺跡は大抵、頑丈にできているのだが、特別な造りで素材からして超頑丈なタイプと、現代の城郭建築にも利用されているような、建物そのものに魔法をかけて強化しているタイプと、色々あったりする。

 天空戦艦シャングリラは巨大な兵器だけあって、気合いの入った超頑丈タイプ。結界機能を使用しなくても、それそのものは人の手では破壊できないような頑強さを誇る。

 一方こっちの砦は、建築素材は普通で、強化魔法のみに頼るタイプのようだ。その強化魔法にしても、古代魔法だから並大抵の攻撃は通さないはずだが、俺とフィオナの二連撃を喰らってほとんど解けかかっている模様。

 やはり古代魔法といえど、あまりに長い年月を経てその効果が落ちているのだろう。

「次はなるべく砦に当てないよう、注意だな」

「善処します」

 アテにならない返事を聞きながら、これ以上ないほど分かりやすい襲撃を受けた砦の反応を待つ。陽動役である以上、敵がこっちを向くまではひたすらちょっかいをかけなければいけないし。

 さて、これほどの大爆発を叩きこまれて、奴らはどういうリアクションをとるか。

「蜂の巣をつついたような騒ぎって、ああいうのを言うんだろうな」

「あの慌て振りでは、兵の練度はそれほどでもないのでしょう」

 ほどなくして、武装した何人もの兵士、または冒険者か、慌てるように外へと飛び出てきた。怒号が飛び交い、砦は俄かに騒がしくなる。騒がしいだけで、整然と防衛の配置についているようには見えないので、確かにフィオナの言う通り大した奴らではないのだろう。

 それからたっぷり30秒は経ってから、ようやく夜空に照明弾変わりの光球が打ち上げられる。眩い光を発する閃光玉が幾つも空を漂い、砦の周囲一帯を一気に照らし出す。

「このまま進みますか?」

「砦のタレットに狙われたら面倒そうだから、あまり近づきたくはないな。でも籠城されるともっと厄介だから、とりあえず敵の出方次第だ」

 今のところ砦の方から俺達に対して何の攻撃も飛んでこないことを思えば、これくらいの距離は砦の防衛設備の射程外だと考えてよいだろう。教祖の専用銃座とやらは、届くかもしれないが。

 ともかく、わざわざ敵の有利な位置まで進んでやる義理はない。敵の部隊だけが、この辺まで出張って来てくれればいいのだが――

「奴ら、普通に出て来たな」

 砦の様子を観察し続けていると、どうやら敵はこちらに向かって打って出ることを選んだようだ。

 こっちは特に身を隠すことなく、道のど真ん中で棒立ちである。照明弾の光源さえあれば、どんな節穴でも俺達の姿は目に入るだろう。

 明確な襲撃者の姿を確認し、奴らは俺達の立つ方へ前進を始めた。

 隊列、というほど立派なものではないが、幾つかの部隊となって兵が集まり、ただ真っ直ぐ進んでくる。包囲するように迂回するような動きも見られない。

 お前ら、もうちょっと警戒すべきなんじゃないのか。

「砦に撃ち込んだのを全力の大魔法だったと勘違いでもしてるんじゃないですか?」

「そりゃあ、魔力切れでバテているなら接近戦を挑む好機ではあるけど」

 そいつはちょっと、希望的観測が過ぎるってものではないだろうか。何故、一発で終わりだと思う。ランク5モンスターは軽く城壁をぶち壊すブレスを平気で連発するというのに。

「杖を持った青ローブの奴に……ストームライフルを持ってる奴もいるな」

「他は普通の装備ですね」

 ざっと見た限り、予想外の古代兵器で武装している奴は見当たらない。

 ライオネルの話から、特殊な強化魔法を使うと言う青ローブの魔術士がいるのは分かり切っていた。その強化魔法の正体は、エーテルを利用した古代魔法なのであろう。

 そして、相手が古代遺跡を利用しているならば、ハンドガンやライフルなどの歩兵用装備くらいは使ってくるかもしれないと予想もしていた。EAエーテルアームズは、それなりに強力だ。素人でも、トリガーを引けばベテラン魔術士もかくや、という攻撃力と連射力をお手軽に得られるのだから。使えるならば、利用しない手はない。現に、キャスリンとそのガードマン達は『ウインド』を使ってたからな。

「銃の撃ち合いで、負けるワケにはいかないな」

 俺は『ザ・グリード』を機関銃形態ガトリング・ゴアへと換装を終えて、こちらに向かって駆けてくる敵集団へと、六連装の銃身を向けている。

「クロノさん、私、先に撃っていいですか?」

「別にいいけど、どうした」

「ちょっと新しい攻撃魔法を試してみたいので」

 ほう、フィオナが新しい攻撃魔法とは。どんなものか、興味がある。

「アダマントリアに、炎龍っていたじゃないですか。アレを見て考えてみたのです」

「まさか、炎龍を召喚するワケじゃないよな?」

「火山でもないのに、できるワケないじゃないですか」

 火山だったら呼べるのか? どうなんだ……できそうな気がする、フィオナだし……

「本物の炎龍は莫大な魔力の怪物で、とても人の手には負えない超自然の存在ですが、その構造を模倣することはできます。要するに、ちょっと変わった『火精霊イグニス・エレメンタル』といったところです」

 どうやら本物の炎龍を目撃し、なおかつ操ったことで、その理解が一気に進んだらしい。俺には炎龍と火精霊の体にどういった違いがあるのかはサッパリ分からないが、魔女であるフィオナにはその辺のことは専門分野だ。何かしら、新魔法を編み出すに足る理論を掴んだのだろう。

「極小の炎龍を作り出し、行使するのです。自らの魔力で作り出す程度の存在なので、制御できない道理はありません」

「なるほど……それで、そのミニ炎龍にはどんなメリットが? 普通に火属性魔法をぶっ放すのと、どんな違いがあるんだ」

「曲がりなりにも意思を持つ魔法生物となるので、私はただ呼び出すだけで、後はミニ炎龍が勝手に敵を焼いてくれます。つまり、必要最小限の火力で、ピンポイントに攻撃を与えることができるのです」

「ええっ、凄い! それはマジで凄いことだぞフィオナ!」

 あのフィオナが最小限の火力でピンポイント攻撃だって? それが事実だとしたら、自称ちょっぴり制御が苦手なだけの、四方百里を焦土に変える暴走魔女の汚名返上というものだ。

 これまでのエレメントマスターといえば、最大火力のフィオナ、精密操作のリリィ、といったように長所が分かれていたが、そんなフィオナが完璧に制御が可能な攻撃魔法を獲得したのは大きな進歩である。これは中途半端に加護を授かるよりも、凄いことだと俺は心から思う。

「これでもう、フレンドリーファイアを心配しなくてもいいんだな!」

「勿論ですよ。私の正確無比なコントロールをお見せしましょう」

 自信満々に言い放つフィオナは、ワルプルギスを一振り。すると、ガシャコンとギミックが稼働し、さらに封印装甲の花びらが開く。五分咲き。バルログ山脈で、かの炎龍を操った時と同じ状態だ。

「جاك من ثمانية عقول متصلا بالوشاح――」

 歌うような詠唱と共に、黒一色の杖に、俄かに黄金の光が灯る。眩しい黄金の輝きは、本物の陽光が如く、すぐ隣に立つ俺の肌をジリジリと焼き焦がしそうなほどの高熱を発していた。

 僅か一節の詠唱だけで、凄まじい量の魔力がつぎ込まれているのを感じる。本当に、こんな魔力量の攻撃魔法を制御しきることができるのだろうか。いや、それを可能とするからこそ、フィオナは天才なのだ。

「的にするには、ちょうどいい距離だな」

 爆発的な魔力の高まりを実感しながら、こちらへ向かって来る敵の集団を見やる。呑気にフィオナの新魔法解説を聞いている間に、奴らはすでに俺達への距離を順調に詰めて来ている。

 五つほどの部隊を構成している敵集団は、そのどれもが薄らと青白い光の壁に覆われているように見えた。青ローブの魔術士が行使する、古代魔法の一種だろう。効果はキャスリンが使っていたのと同じ系統のエーテル結界に違いない。

 防御魔法としては中の上といった硬度だが、フィオナが試し撃ちするにはほどよい頑丈さだろう。生身の人間のままだったら、『火矢イグニス・サギタ』でも消し炭になるからな。

 そうして、いよいよ間合いを詰め、ライフル持ちの奴がこちらに銃口を向け始めたところで、フィオナの新魔法は完成したようだった。

「بعد اللهب الأفعى المصاحبة للحياة――『炎龍砲ヴォルガフレア』」

 果たして、炎龍は現れる。

 体の全てが赤々とした灼熱のマグマで構成された、大蛇のような姿をしている。俺はバルログ山脈で直接目にすることはなかったが、一目で分かった。

 フィオナが掲げた『ワルプルギス』の先端より、マグマの大蛇が顔を覗かせている。極小サイズの炎龍、と言っていたが、その大きさは立派に大蛇と呼べるほどのサイズを誇っている。少なくとも、口を開けば人間を丸のみできるほどには大きな頭部だ。もっとも、コイツに噛まれればそれだけで消し炭となりそうだが。

 現れた炎龍は、すでに己が敵を見定めているのか、迷いなく正面から迫りくる集団に向かって――ドォオンッ!!

「うおおおおおおっ!?」

『ワルプルギス』が爆音を上げて巨大な閃光と火花が散る。

 炎龍が凄まじい勢いで、飛び出したのだ。

 その姿は、獲物に襲い掛かる蛇というよりも、荒れ狂う溶岩の奔流が一直線となって宙を駆け抜ける……あ、ビームだこれ。

 ラヴァギガントピードがやたらめったら撃ちまくっていた、溶岩ビームとでもいうべき熱線。要するに、アレとほとんど同じだった。

 だが、奴が放ったものよりも、フィオナのソレは何倍も太く、肌に感じる魔力量もゾっとするほどの密度。その威力は、ムカデとは比べ物にならないだろう。


 ドドドド、ドゴォオオッ――!!


 案の定の大爆発。最初に俺とフィオナで放った二連撃よりも、爆発の規模は大きいかもしれない。

 フィオナが炎龍に合わせて、右から左に杖を振るっていたので、ビームの射線は大きく薙ぎ払うような形となっていた。

 青白い結界を展開させている、端っこの部隊にまずは着弾し、次の瞬間には眩い光の中に彼らは消えて行った。恐らく、本当にその体は消滅したことだろう。

 五つの敵部隊は、そのまま順番に爆炎の彼方へと消え去った。

 一拍遅れるように、炎龍が薙ぎ払って行った地点が噴火のような大爆発を起こし、濛々とした噴煙と、オレンジ色のマグマが飛沫を上げていた。あのマグマは炎龍の残滓か、それともあまりの高温で地面が溶岩と化しているのか。

 ゴゴゴ、という地響きと錯覚するような轟音を残しつつ、炎龍は消えて行った。

「フィオナ」

「はい」

「正確無比なコントロールは……」

「ごめんなさい」

 濛々と煙る巨大な噴煙を背景に、フィオナは素直に己の非を認めた。

「やはり、新魔法はいきなり実戦で使うものではありませんね」

「説明と実際の効果にかなりの違いがあったわけだが」

「まさか、炎龍がこれほど暴れるとは思いませんでした」

「それって、飼い主に似るってやつじゃあ」

「それなら、大人しく言うことを聞いてくれる良い子になったはずなのですが」

 うーん、困ったものです、と本気で溜息をつくフィオナは、きっと皮肉耐性とかそういう類のスキルを持ってるに違いない。

 結局、フィオナが大火力の攻撃魔法を絶妙のコントロール、という夢のような話はあっけなく潰えたのは非常に残念だったが、それでも目の前の敵を始末できたのは確かだ。陽動というにも派手すぎたかもしれないが、それでも、これだけの攻撃魔法をぶっ放せば、奴らの注意も完全にこっちへ向いているはずだ。

 まさか、あの消し炭となった部隊が主力ってことはないだろう。奴らの戦力はまだまだ残っていると考えるべきだ。

 サリエルは上手く、砦に潜入できたのだろうか。何の合図もないし、まだ仕掛けてからそれほど時間も経過していないので、もっとこの場で騒いでやった方がいいだろう。

「――おいおいおい、とんでもねぇ奴が殴り込んできたもんだぜ」

 さて、次はどうしてやろうか、と考えていると、随分と軽薄な男の声が聞こえてきた。

 見れば、一人の男がこちらへ向かって歩いてくる。

 いまだに濛々と黒煙が立ち込め、赤熱化している地面を平然と踏みしめて。決して、やせ我慢をしているワケでもなければ、火耐性の装備を身に着けているようにも見えない。

 その男は裸足だった。黒い胴着のような衣装で、腰に巻かれた帯は赤。武器は携えておらず、素手である。

 空手家のような出で立ちだが、幅のあるマッシブボディはプロレスラーのようである。背は俺と同じほどに高いし、眼つきは鋭く、おまけに顔に大きな傷跡もあり、オークのような強面。

 そして何より、その男の髪は黒かった。

「人相の悪い黒髪男……なるほど、お前がガシュレーという奴だな」

「ヒューッ、俺より凶悪な面の奴ぁ初めて見たぜ!」

 自信満々の登場に、相手に対する挑発行為。よほど、腕に覚えがあると見た。

 そう、コイツの発言はただの挑発であって、単なる事実の指摘などでは断じてない。街角でアンケートしたら、絶対に奴の方が怖い顔だと100人中70人は答えるはずだ。頼むから、そうであって欲しい。

「大人しく投降するというのなら、話くらいは聞いてやる」

 その姿と出で立ちからして、この男が『審判の矢』に雇われている凄腕の用心棒『紅魔拳のガシュレー』に違いない。微妙に俺と容姿の特徴が被っているせいで、勘違いの原因になったのだとも、ライオネルから説明と釈明は聞いている。

 ガシュレーはアダマントリアから南となる、この辺の地域ではそれなりに名の通った傭兵だという。冒険者ではなく、傭兵。常に誰かに雇われ、戦争に参加するか、護衛をするか、といったのを主な仕事としているワケだ。

 そして、急激に台頭してきた『審判の矢』が大枚はたいて彼を雇ったというのは、サラウィンでは有名な話になっているらしい。

「いやぁ、参った参った、そろそろここも抜けようかと思ってた矢先に、こんなヤバそうな奴らが来るなんてよぉ」

 やれやれ、とでも言いたげに両手を上げて大袈裟なジェスチャーをするガシュレーだが、全く参ったような表情はしていない。こちらを馬鹿にするような、いや、値踏みするような視線を向けながら、口を開く。

「報酬はもうたんまり貰ってんだ、ここで怪我すんのも馬鹿らしい。アンタらだって、仕事は楽な方がいいだろ? だから頼むぜぇ、ここは一つお互いのために――」

 パン、と一つガシュレーが手を打った、次の瞬間だ。

 拳を振り上げたガシュレーが、フィオナの目の前に立っていた。

「――死んでくれやっ!」

 薄らと赤い魔力のオーラが纏われた拳は、ハンマーのように重く、矢のように速く振るわれる。

 フィオナはぼんやりとワルプルギスを両手に抱えた棒立ちで、その金色の瞳だけが、目の前から迫る拳を見つめていた。

「意外と真面目な奴なんだな。あんな奴らのために、戦いを挑んでくるとは」

 あまりにフィオナが対処する気が見られなかったので、変わりに俺がガシュレーの拳を受け止めた。

 ガシュレーは一瞬で間合いを詰めたように見えたが、実際はそこまで高速で動いていたワケではない。俺達の前で立ち止まったかのように見せかけながら、実はジリジリとすり足で間合いを縮めていた。そして、やれやれと大袈裟なゆったりしたジェスチャーから、急激に攻撃へと転じる、その緩急の付け方が上手かった。

 ワイルドな見た目のくせに、地味にセコい、もとい、テクニカルな奴である。俺としては、こういう地道な技術ってのに対応するのはあまり得意ではないが……幸い、すり足の間合い詰めと、緩急をつけて視覚を振り切る動作、ってのはサリエルとの組手で学ばせてもらった。

 もっとも、これくらいの速さならば、誤魔化されることもなく普通に目で追い切ることもできたのだが。

 ともかく、ガシュレーの不意打ちなのかただの様子見なのか、判断のつきかねる初撃は、俺が無事に掌で受け止めることに成功。

 バァンッ! と乾いた音を立てて、俺の左掌を強かに拳が叩きこまれるのを、フィオナは瞬きすらせず、静かに眺めているだけであった。

「チイッ!」

 追撃はなく、ガシュレーは舌打ち一つだけを残して後退した。

「テメェ、ランク5冒険者か」

「『エレメントマスター』だ」

「知らねぇな……知らねぇが、本物だな」

 最早、ガシュレーの表情に余裕の色はない。一度の攻防だけで、こちらの実力は見定めたといったところか。

 ならば、次は本気でかかってくるだろう。

「ハハッ、いいぜ! 獣人の雑魚ばっかで退屈してたんだ。やっぱ、テメェみてぇなのを相手にしねぇとよぉ、面白くもねぇし、ハクもつかねぇ!」

「俺は面白くもないし、ハクをつけたいワケでもないが、お前にヤル気があるなら相手をしよう」

 向かい合い、戦意を発する俺とガシュレー。

 一触即発の緊張感が漂う……漂ってるから、フィオナ、さっさと下がってくれ。

「ふわぁ」

 などとアクビをかましながら、どこまでもマイペースにフィオナはゆっくりと俺から離れていくのだった。

 2018年9月21日


『黒の魔王』のコミカライズは、24日から連載開始です! どうぞ皆さん、お見逃しなく。『コミックウォーカ-』と『ニコニコ静画』でどうぞ。

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