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黒の魔王  作者: 菱影代理
第35章:復讐の牙
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第676話 妖精誘拐事件

「リリィさんが攫われました」

 それはひょっとして、ギャグで言っているのだろうか。ここで俺が驚いたフリをした瞬間に、ドッキリ大成功でリリィが抱き着いてくるんじゃないのか?

 そうだろ、そうなんだよな?

 そうじゃなければ、俺の聞き間違いしかありえない。

「ごめん、ちょっともう一回言ってくれる?」

「リリィさんが攫われました」

 一言一句、そう聞きとれてしまう。フィオナははっきりとモノを言う娘だからな。聞き間違えることなどそうそうない。

 そして、聞いてしまったからには、真面目に考えよう。落ち着け、俺、まだ焦るような時間じゃない。

「……詳しく説明してくれ」

「クロノさんは、『審判の矢』という組織はご存知ですか?」

「なるほど、よく分かった。今すぐぶっ潰しに行く」

「クロノさん、落ち着いてください」

「何言ってんだ、俺は冷静だぞ」

「白昼堂々、呪いの武器を抜くのはどうかと思います」

 おっと、気が付けば俺の右手には一番の相棒である『絶怨鉈「首断」』の先輩が握られているじゃあないか。今日もデカい刀身からは轟々と禍々しい呪いオーラ全開で、今にも鮮血を求めて襲い掛かりそうだ。青いローブを着た奴らとかな。

「ふぅ……スマン、ちょっと取り乱した」

「珍しいこともあるものですね」

 買い被るなよフィオナ、俺はポーカーフィエスをそこそこ保てるだけで、内心は大体ドキドキである。今は怒気でイッパイだが。

「それで、一体どういうことなんだ。今度はちゃんと説明は聞く」

 ぶっ飛びかけた意識をどうにか落ち着けて、事情説明を真面目に聞けるだけの余裕を取り戻す。奴らを潰すにしろ、皆殺しにするにしろ、まずは経緯を確認しなければ。

「リリィさんは、『審判の矢』が怪しいと踏んで、わざと捕まって潜入してくるそうですよ。まさか、本当にあのリリィさんが黙って誘拐されたと思ってはいないですよね?」

「そ、そんなワケないじゃん」

 ごめん、よく考えたら全く以ってその通りだよな。リリィをどうにかできる奴なんて、使徒かランク5モンスターくらいだ。そして、そんなヤバい奴が近くに現れたら、騒ぎにならないはずがない。

 だが、普段の幼女リリィは割と無防備だからな……無防備に見えるけど、妖精結界オラクルフィールドは便利なオート仕様だし、別に幼女リリィだって戦闘そのものは慣れているので、言うほど隙というものはないのだが。いざとなれば、一瞬で変身もできるし。

「そんなリリィさんでも、何かがあったと聞けば、取り乱すものなのですね」

「そりゃあそうさ、当たり前だろ」

「私が攫われたと聞いても、同じ反応してくれますか」

「安心しろ、後先考えずに助けに行くさ」

「そうですか」

 と言って、実にナチュラルにキスをくれるフィオナ。二回された。

 黙って見つめてくるサリエルの視線が、心苦しい。

「イチャついてる場合じゃないんだが」

「こういう時くらい、ゆっくりさせてくれても」

「いや普通に非常時だから」

 リリィ攫われてるんだぞ。潜入捜査だが。

「それにしても、思い切ったことをしたもんだ」

「クロノさんもすでに知っているかと思いますが、『審判の矢』は怪しい噂こそ流れていても、その尻尾は一切掴ませていません」

 つまり、奴らは用心深い。あえて捕まって潜入という方法をとったのは、ただの尾行では獅子獣人ワーライガー達と同じように撒かれてしまう可能性が高いからだろう。そもそも、リリィもフィオナも尾行は得意でもなんでもない。

「ただ用心深いだけではありませんね。もし、秘密裏の行動を絶対とするならば、そもそも噂が流れるような状況にはならないでしょう」

「ああ、奴らは転移魔法のように、絶対にバレない方法を持っている」

 だから、あからさまに疑われるような活動期間と失踪人数でも、今も平気で人攫いを続けていられるのだ。

 しかし、リリィまでもが対象になるとは。毛皮がとれるようなフサフサの獣人種のみを狙っていたと思っていたが……やはり、究極的には十字教のように人間以外は全て排除の方針なのか。

「リリィさんが直接乗り込んだ以上、『審判の矢』の秘密はすぐに明らかとなるでしょう。とりあえず、今から追いかけますか?」

「ああ、勿論だ――が、その前に」

 折角だ、ライオネルの個人クエストは受けておこう。さっき出たばっかりで、すぐに戻るのは非常に気まずいが……




 ガタゴト、と馬車に揺られながら、鉄の檻に閉じ込められたリリィは丸くなって寝ている、フリをしていた。

「……まだ着かないのかしら」

 と心の中でつぶやきながら、リリィは床に指先をつけながら、もう何度目になるか分からない、『光精霊ルクスエレメンタル召喚』の魔法を発動させた。

 精霊召喚の魔法は、初歩的なものなら魔術士であれば誰も使える一般的なものだ。光属性に対して天性の、いや、神性というべき才能を持つリリィが、行使できないはずはない。

 リリィは馬車越しに、等間隔で地面に『光精霊ルクスエレメンタル召喚』の魔法陣を刻むことで、クロノ達が追跡する際の道しるべとしている。

 馬車には捕まえた者の見張り役として、そこそこの実力がありそうな戦士やら魔術士やらが同乗しているのだが、基礎的な『光精霊ルクスエレメンタル召喚』の使用を気取られることはない。発動の魔力が少ないのは元より、リリィは妖精族として常時展開している妖精結界オラクルフィールドがあるので、それに紛れて小さな魔力を察知するのはさらに難しい。

「へへっ、呑気に寝てやがるぜ」

 彼らに対して背中を向けて寝転んでいるリリィに対して、見張りの男、戦士の方が言った。

「いいよな、子供は気楽で」

 相棒の魔術士は、さして興味なさそうに適当な返事。

「なぁ、寝てる今ならイケるんじゃねぇか?」

「さぁな、試してみろよ」

「おう、ちょっとやってやるか」

 戦士の方が、檻に近づいてくるのを感じた。悪戯する気満々の台詞だが、そのまま寝たふりは継続。何の問題もない。

「オラッ」

 どうやら、男は檻から槍を突きこんだらしい。突きこんだ、といっても刺殺する意思はなく、この捕まった憐れな妖精幼女をちょっとばかりイジめて遊んでやろうという、幼稚な嗜虐心で軽く突いてやるといったところか。

 だが、その悪戯の代償は高くつく。

「――熱っつ!?」

 穂先が檻の中へ入ったその瞬間、妖精結界オラクルフィールドが刃を防ぐ。光の結界はその灼熱をもって、ただの鉄製に過ぎない槍の穂先を溶かし、さらにその高熱は柄を伝わり、握った戦士の両手の平を焼いた。

「熱っつ……く、クソっ、火傷した! ちくしょう、痛ぇ!」

「おおー、スゲーな、寝てても結界で守られてるんだな」

「馬鹿、感心してねーでさっさと治癒魔法かけろよ!」

「悪ぃ、俺、攻撃専門だから治癒は使えねーんだわ」

「はぁ? んだよ、クソ、使えねーなオイ」

「ケチってねーでポーションでも使ってろよ貧乏人」

 戦士と魔術士のバカな会話をBGMに、リリィは淡々と道しるべの魔法を残し続けた。

 何故、こんな面倒なことに巻き込まれているのか。

 正直に言って、リリィとしてはこんなアホ共と一緒に何時間も馬車に揺られているのはウンザリするほど暇だし無駄だし不快だしで、若干この選択を後悔しつつもあるのだが……彼女の怜悧冷徹な頭脳が、手間をかけてでもやる価値がある、と判断を下したのだ。

『審判の矢』というカルト宗教組織について、今のサラウィンの街で最も話題になっていることは、フィオナと一緒にクエストを受けにギルドへ行った、その短い時間だけでも十分に察せられた。

 噂の内容は、表向きに語っている平和的な博愛主義とは別に、実は獣人蔑視の差別主義である。獣人の根絶を目指しているとか、彼らの神が獣人の生贄を望んでいるから捧げているとか、挙句の果てには獣人から剥いだ毛皮で作った商品を販売している、だとか。いずれにせよ、最近多発しているヴァルナの獣人達が行方不明になる事件の首謀者が『審判の矢』であるとされている。

 もしも、面白おかしく騒ぎ立てられているそれらの噂のいずれか、あるいは全てが事実であったとしても、リリィの知ったことではない。

 それを冷酷とは言わない。単なる余所者でしかないリリィには無関係の事柄である。

 義理も人情もなければ、正義もない。リリィが『審判の矢』を潰そうと考えたのは、そこに確かな利益があると踏んだからこそ。

 だからこそ、『審判の矢』の信徒である青いローブを着た者達に囲まれて、「大人しくついてこい」と武器をつきつけられて脅された時、リリィは怯えた子供のフリをして、その誘いに乗ったのだ。

「おい、まだ着かねーのかよ」

「もうすぐだろ。ほら、ちょうど結界のとこまで来たぞ」

 予感的中。

 そんな会話を交わしながら、魔術士の男が懐から、青白く輝く結晶を取り出したのをリリィはチラリと見て、確信する。

「エーテルの波動。やっぱり、古代遺跡を利用してる」

 そう、『審判の矢』は機能がまだ生きている古代遺跡を利用しているのだ。天空戦艦シャングリラを蘇らせた、リリィと同じように。

 もっとも、多少の獣人を誘拐している、というセコい活動内容から察するに、大した機能はなさそうである。だが、使える古代遺跡というのは、それだけで貴重。手に入るならば、是非、欲しい。

 これで一国がすでに領有を宣言していれば流石に手出しはできないが、『審判の矢』などという非合法なカルト宗教団体が秘密裏に拠点としているだけ。奪うには絶好のシチュエーション。

「おい、早くしろよ」

「ちょっと待ってろって、今、解除してくるからよ」

 魔術士の男は、隠すことなくエーテルの気配を発する結晶を握りしめ、馬車の外へと出ていく。

 車内に残され、檻の中のリリィには、魔術士がどういう手順で結界を解除しているのか見ることはできないが、何が起こっているのかは容易に感じ取れる。

「うーん、この感覚は、隠蔽用の幻惑結界ね」

 結界で囲った範囲を隠すことを目的としたタイプである。視覚的に風景を変えて、何もないように見せると共に、無意識的にそこから先へは進ませないようにする効果と、明確な意思を持って進む者に対しては道に迷わせて範囲外へ誘導する効果も併せ持っている。

 天空戦艦シャングリラが展開する防御結界には、地味にステルスモードがあることをリリィは知っている。フィオナとクロノと戦った時は、そもそも招くのが目的だったために、使う機会はなかったが。

 すでにほぼ同じ機能を有する古代の魔法技術による結界を知るリリィとしては、『審判の矢』の本拠地を隠す秘密の正体などあっさりと看破できた。

「でも、これじゃあ『光精霊ルクス・エレメンタル』の道しるべは途切れちゃうわね」

 結界の効果は分かっていても、それの対抗措置があるかどうかはまた別の問題である。獣人達の執念深い捜査をしても、いまだ『審判の矢』の本拠地は隠し通されたままである以上、結界の隠蔽効果は絶対的だ。流石にリリィも、このレベルの結界をちょこっと干渉しただけで解除するのは不可能。

「まぁいっか、中に入れば、どうとでもなるし」

 最悪、内部からモノリスを操作すれば停止することができる。

 果たして、自分が結界を解除するよりも前に、クロノが救出に乗り込んでくるかどうか……確率は五分といったところだが、できれば、助けに来てくれるといいなーとリリィは願った。




「な、なんてこった、精霊の道しるべが途切れた……」

 空飛ぶ電球みたいな『光精霊ルクス・エレメンタル』の後を追って、俺達はリリィが攫われた『審判の矢』の本拠地へと向かっていた。

 サラウィンを出て、サバンナを抜け、ちょうどヴァルナ森海に入って少しすると、『光精霊ルクス・エレメンタル』は次の魔法陣を発見することができず、ついに消えてしまった。下級の『光精霊ルクス・エレメンタル』では、あまり高度な動作はさせられないし、持続時間も大したことはない。だが、リリィは点々と魔法陣を残したことで、確実に次の地点まで辿り着けるようになっている。

 まさか、リリィが配置距離を見誤ったとは思えないし、まして、道しるべを残していることに気づかれるようなミスをするとは、もっと思えない。

「恐らく、この辺一帯に高度な隠蔽用の結界が施されているのでしょう」

「その結界内に入ってしまったから、魔法陣も隠されて反応できないってことか?」

「ええ。ちょうど、獣人の捜索隊もこの辺で『審判の矢』を見失うそうですし、間違いないでしょう」

 フィオナの言う通り、この場所に何らかの仕掛けがあることは間違いない。

 速攻で店に戻ってライオネルからクエストを受けると、獅子獣人ワーライガーの詳しい捜査情報も教えてくれた。ライオネルが「奴らは近くに潜んでいる」と確信しているのは、この奴らが雲隠れするポイントをある程度まで絞り込めていたからこそだ。

「突破できそうか?」

「それができれば、とっくに獣人達が乗り込んでいるでしょう」

 そりゃあそうだよな……というか、目に見える結界でも、俺には力づくで破るか黒化で侵蝕してみる、以外に解除できそうな手段を持っていない。

「サリエルはどうだ?」

「ほとんど魔力は感じられない。集中すれば、薄らとエーテル反応を捉えることはできますが……結界に干渉するのは、私には不可能です」

 まぁ、隠蔽用の結界の気配を感知できるだけ、サリエルは凄いだろう。俺には、そこまで分からない。周囲一帯は、ただの熱帯雨林にしか見えないし。

「試しに進んでみる、ってのは時間の無駄か」

「下手をすれば、ラストローズの二の舞ですね」

「今は『愛の魔王オーバーエクスタシー』がある」

「気絶するほど気持ちよくなるだけの加護が、ここで何の役に立つんですか?」

「そういう効果じゃねぇから…… 精神防御だよ。幻術にはかからないんだって」

「そういえば、そうでしたっけ」

 これでもちゃんと、濡れ場以外でも役に立つ時はあるんだよ。

 精神系の魔法を無効化できる『愛の魔王オーバーエクスタシー』なら、道に迷わされることもないだろう。

「幻惑や人払い系統の効果は防げそうですけど、視覚的に見えなくするような効果には対応できないでしょう。隠蔽結界はそれなりに広そうですし、この密林の中で建物一つを探すのはそれだけで手間ですよ」

「なるほど、確かに……」

 範囲は優に数キロメートル四方はある。ただでさえ目に見えないよう細工されているかもしれないのに、その上、遺跡は全て地下にある、とかだったら探し当てるのにどれだけの時間と運を要するか。

「この辺一帯を焼き払ってみます?」

「それはやめろ、マジでやめろ」

 そんなことしたら、百獣同盟と戦争になるだろ。とりあえず燃やそうみたいな発想は捨ててくれ。

「では、どうします?」

「どうするかな……」

 いかん、これでは手詰まりだ。

 ライオネルには割と大見得切ってクエスト受けてきたのだが、完全に彼と同じところで詰んでしまった。

「……やっぱ信者を脅すしかないのか」

「キャスリン支部長、という人がいいそうですよ」

「なに、っていうか誰?」

 いきなり知らない名前を、当たり前にみたいに言われても困るのだが。

「つい先日、サラウィンに開いた『審判の矢』の新しい支部を任されている女です」

 新しい支部の話は、ライオネルから提供された情報の中に入っている。サラウィンでは四つ目の支部になるそうだが、支部長の名前までは聞いてないし、そこまで覚えられる自信はない。

「で、その女がなんだって言うんだ?」

「リリィさんを攫った者の上司です。この女は、獣人誘拐の仕事に深く関わっているそうなんで、狙うにはイチオシのターゲットですよ」

「本当なのか? というか、よくそこまで調べられたな」

「リリィさんがテレパシーで読んでくれましたよ」

 うわー、テレパシーってマジチート。いや、ここはテレパシー対策を施さなかった、奴らが間抜けだったということか。

 それにしても、流石はリリィと言うべきか。ちゃんと追跡できなかった時に備えて、こういう情報もきっちり残してくれるのだから。

「よし、それじゃあ急いでサラウィンまで戻るぞ」

「今から戻ったら日が暮れますよ。明日にしませんか?」

「ダメだ、今夜の内にリリィは助け出すし、他の獣人も救出するし、『審判の矢』もぶっ潰す」

 たとえ自ら乗り込んだ潜入捜査だとしても、リリィが敵陣の真っただ中にいると思えば、俺としてはいてもたってもいられない。呑気に寝てなどいられるものか。フィオナはグースカ眠れるだろうが。

 それにライオネルの依頼がなくとも、すでに捕まっている獣人が今にも殺されようとしているかもしれないと思えば、早急な解決を望むのは当然のことだ。

「意外と心配性ですね」

「リリィのことは信じているが……まぁ、そういうことなんだろうな」

「いえ、そんなところがクロノさんの素敵なところですよ」

 急にそういうこと言われると照れるんだが……フィオナの不意打ちにやや恥ずかしい思いをしながら俺はメリーに跨り、サラウィンへととんぼ返りするのだった。

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