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黒の魔王  作者: 菱影代理
第35章:復讐の牙
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第675話 獅子獣人

「我こそは、ヴァルナの百獣王、『大牙の氏族』が族長、ライオネル・レオガイガーであるっ!!」

 高らかに吠える、白毛の獅子獣人ワーライガーライオネル。その声音はただ大きいというだけでなく、体を震わせるようにビリビリと感じさせる魔力の気配を叩きつけられるような感覚を覚える。

 見たことないが、確か『威圧』だとか『畏怖』だとか、相手をビビらせる効果のある精神魔法が存在するという。ライオネルの大声には、多分そういう効果が含まれているのだろう。

 まぁ、このテの効果は対等以上の実力者や、心を強く持っている者に対しては、さほど効果は現れない。ここで俺がわざとらしくビビってやる道理はないだろう。

「俺の名前はクロノだ。ガシュレーという奴ではない」

「いざ、参る!」

 自分は名乗っておいて、相手の名乗りは聞かない流儀か。

 ライオネルは完全に戦闘態勢に入っている。生粋の戦士とか、そのテのタイプは戦いに集中すると一声かけた程度では気にも留めない。むしろ、ライオネルからすれば俺は敵と認識されているから、口先だけで何か言っても、惑わされないために意図的に無視している可能性もある。

 なんとも厄介な人に目を付けられてしまった。自分で厄介事に首を突っ込んだとも言えるが。

「ハアっ!」

 鋭い呼気と共に、ライオネルは一足飛びに飛びかかってくる。

 咆哮を浴びて平然としている俺に対して躊躇せず向かって来るということは、威圧効果をハナからアテにはしていないということだろう。魔法として発動させているというより、叫ぶと勝手に発動してしまう固有魔法エクストラの類かもしれない。

 それはともかく、ライオネルは巨躯でありながら、凄まじい速さで襲い掛かってくる。正に猫科の猛獣というべき俊敏さで以って、俺の頭上から拳を握って迫りくる。引っ掻き攻撃ではないのか……

「フン!」

 ひとまずバックステップでパンチを逃れる。土の路面に叩きつけられたライオネルの拳は、そのままバキバキと亀裂を走らせていた。

 マッチョな見た目通り、いや、見かけ以上のパワーがその逞しい腕に宿っているようだ。生身で直撃したくはないな。

「逃さん!」

 切り替えしも早い。すでにライオネルは地を這うような姿勢で、大きく後ろに飛んで距離をとった俺へと、間合いを詰めてきている。

「『黒壁ウォール』」

 普通だったらカウンターを狙って俺も攻撃しているだろうけど、相手はただ勘違いで襲ってきているだけ。後で問題にならないよう、無傷かつ痛みもないように取り押さえたい。

 よって、猛然と迫るライオネルを前に、俺のとれる選択肢はとりあえず防御という消極的なものだ。

 とはいえ、このさして広くもない路地裏で黒魔法の壁を張れば、それだけで檻を作って閉じ込めることができるのでは――

「フハハ、このようなモノで、ワシを止められると思うてかぁ!」

 威勢のいい叫びと共に、ドカーンと黒色魔力の壁を破砕してライオネルが突っ込んでくる。壁の強度が足りなかったか。もっと気合いを入れて『黒土防壁シールドディアース』にしておけば良かったな。

 それにしても、タックル一発で軽く『黒壁ウォール』を破ってくるとは、ライオネルのパワーは相当だ。拘束するなら、多少キツかろうが容赦せずに縛った方がいいだろう。

「手伝え、ヒツギ――『魔手バインドアーツ』」

「お任せください、ご主人様! 縛るといえばヒツギ、ヒツギといえば縛る。この冥土流緊縛術を極めたヒツギの華麗にして大胆な触手捌きをとくと――」

「いいから早くやってくれ」

 おのれヒツギ、最近あまり出番がなかったから、久しぶりに呼ばれて張り切ってやがる。尻尾ブンブン振って喜ぶ子犬的な可愛らしさは感じるのだが、スーパーパワーの獅子獣人ワーライガーが目の前に迫っている状態で、そのはしゃぎぶりは勘弁して欲しい。

「ぬうっ!? これは――」

 まず、俺が放った『魔手バインドアーツ』の黒鎖は、ジャラジャラとライオネルへと絡みつく。逞しい巨躯を何十本もの鎖が縛り上げ、突進をどうにか止めた。

「ええい、鎖如きで、獅子を縛れると思うな! ムンっ!!」

 だが、ライオネルが気合いと共に、力任せに再び進み始める。一歩、二歩、進むごとに俺の『魔手バインドアーツ』はギリギリと軋みを上げ、さらに奴が大きく体を振るえば、ついに鎖にヒビが入る。

 これも力ずくで破られるとは。

 けど、ここまで動きを止められれば、もう十分だ。

「はい、『大蛇オロチ』のみんな、行くですよー!」

 ヒツギが『魔手バインドアーツ大蛇オロチ』を発動させ、黒々とした野太い触手の蛇が一、二、三……合計六匹と化して、鎖の縛めを引き千切りつつあったライオネルへと殺到した。

「ぬおおおおっ!?」

 六本の『大蛇オロチ』はライオネルの大きな体を覆い尽くすようにニョロニョロ絡みつきながら、その身を空中へと持ち上げる。

 パワーがあっても、地に足がついていなければ踏ん張りはきかない。この拘束を脱するには、骨が折れるだろう。

「おのれ、ガシュレー。拳すら使わずに、このワシを捕らえようとは、侮るのも大概にしろ! かくなる上は、ワシも本気を出さざるを得な――」

「もう一度言うが、俺はガシュレーじゃないし、ソイツのことも知らない」

 と、ライオネルが大蛇に絡まって空中でジタバタしている間に、俺はようやく胸元からギルドカードを取り出し、再び自己紹介をするだけの余裕を得たのだった。

「ランク5冒険者パーティ『エレメントマスター』のクロノだ」

「……なんじゃと」

 ライオネルが宙で逆さまになりがらも、険しい獅子の視線が俺のミスリルに輝くギルドカードへと集中する。

「サラウィンには、今日ついたばかりで、訪れたのも初めてだ。獅子獣人ワーライガーと『審判の矢』にどういう因縁のあるのかは知らないが……俺も、ワケがあって『審判の矢』の調査を始めたところだったんだ。良かったら、事情を聞かせてくれないか」

 さて、これで誤解だと納得してくれるか、それとも、単なる言い逃れとさらに逆上するか。これでダメだったら、もう『雷撃砲ショックバスター』で気絶させて、逃げるしかないのだが。

「そうか、お前はガシュレーではなく、クロノと言うのだな」

「ああ」

「……おのれ『審判の矢』め! このワシを騙すとは、許せん!!」

 いや、騙してはいないんじゃないか? 多分、俺のことをガシュレーと呼んだ信者男は、本気で勘違いしていたんだろう。容姿が似ているとかで。

 で、ライオネルもそれを鵜呑みにしたのだから、勘違いの責任は半分くらいあるんじゃないだろうか。というか俺、即座に「違います」って言ったよね?

「ああ、全く、酷い奴らだな」

 でも面倒くさいので、ライオネルの方針に乗っかることにした俺だった。正論が、必ずしも最善であるとは限らないのだから。




「我こそは、ヴァルナの百獣王、『大牙の氏族』が族長、ライオネル・レオガイガーであるっ!!」

 タイムリープしたのでは、と錯覚するように、一言一句違わずライオネルは改めて自己紹介をしてくれる。

「侍女のイルマと申します」

「エルマと申します」

 二人の女獣人も、今はフードを外して素顔を露わにしている。やはり、ライオネルと同じく獅子獣人ワーライガーであった。

 ただ、毛色はそれぞれブラウンとグレー。獅子獣人ワーライガー猫獣人ワーキャットと比べるとケモノ成分の強い顔つきなので、表情などが分かりにくいが、二人はそれなりに若く、美人なような気がする。ちなみに、名前は似ているけど、姉妹ではないそうだ。

「俺はクロノ。こっちは、同じパーティメンバーで」

「サリエル。奴隷です」

 そこは名前だけ名乗って欲しかったかな……

 とりあえず無事に誤解も解けたということで、俺達は路地裏から彼らの行きつけだという飲食店へと場所を移した。

 騒ぎの後には、サリエルとも合流している。というか、俺がライオネルと戦いだした辺りで、サリエルは戦闘音を聞いて速攻で駆けつけてくれたのだが。

「ふむ、なかなか良い女子を連れておるではないか。だが、ワシも負けてはおれんな、ヴァルナ随一の色男であるこのワシが!」

「いやぁん、ライ様ぁ」

「お戯れをぉ」

 両脇に抱えるように座らせる侍女に、ちょっかいをかけるライオネル。なにコレ、どういうアピールなの?

「……マスター」

 隣に座るサリエルが、若干、体を傾けて俺にしなだれかかってきた。

「いや、いい、対抗しなくていいから」

 別にハーレム自慢をしたいワケではないからな。そんな恐ろしいこと、俺にはできないよ。

「さぁて、まずは飯だ。遠慮はいらん、好きなのを好きなだけ食うが良い!」

 さっきの詫びも兼ねて奢る、とのことなので、ここは素直にお言葉に甘えよう。気が付けば、ちょうど昼飯時だし。

 しかし、フィオナがいなくて良かったな、ライオネル。ガハハ、と豪気に笑って注文しまくっているが、彼女がいればどうなっていたことか。

 とりあえず、俺もサリエルも一度の食事量は真っ当なので、運ばれた料理をほどほどに平らげていく。やはり獅子獣人ワーライガーが頼んでいるせいか、肉料理が中心である。

 モリガンで食べた高級蛇肉ステーキなみの分厚い肉が何枚も出てくるし、中には、円筒形の肉の塊に太い骨が真ん中に通っている、マンガ肉を忠実に再現したようなモノもあった。コイツは一体、何の肉で、どの部分なのだろうか。

 疑問に思いつつも、とりあえず美味しかったのでよしとしよう。だが、味付けは蛇ステーキの方が上か。やはり、香辛料の差というのは大きい。

「ふぅー、食った、食った!」

 満足気に席でグデーンとするライオネルは、そのまま昼寝でもしそうなほどにダラけている。食ってすぐ寝ると牛になる、などと、獅子に向かって言っても通じるのだろうか。

「おっと、このまま寝るワケにはいかんな。して、クロノよ、お前は今日ここへ来たばかりの余所者と言うではないか。うむ、まずはどこから話せば良いものか――」

 あまり適切に説明するのは得意ではないのか、うーむ、と悩みつつも、ライオネルはぽつぽつと語りだした。

「まずは、ヴァルナ百獣同盟と三大氏族のことは知っておるか?」

「ええ、概要は」

 ヴァルナ森海に住む全ての部族を結んでいるのが百獣同盟であり、その部族の中で特に大きな勢力が三大氏族だ。

 ワーライガーの『大牙の氏族』。

 リザードマンの『大爪の氏族』。

 ミノタウルスの『大角の氏族』。

 これらが三大氏族と呼ばれている。

「その『大牙の氏族』の族長が、どうしてサラウィンに?」

「実は、ワシは族長ではないのだ」

「はい?」

「いやぁ、つい昔の癖でなぁ! 名乗る時は族長と口走ってしまうのだ、ヌハハハ!!」

「もう、ライ様ったらぁ」

「でも、そんなところがワイルドで素敵です!」

 いや笑いごとじゃないし、褒めるところでもないだろう。詐欺じゃねーか。

「じゃあ、今の族長は?」

「ワシの息子じゃ。譲ったのは、もう十年前だったか。面倒な族長の仕事を押し付けて、ワシは悠々自適の隠居暮らしというワケじゃな」

 ハッハッハ、とまた笑っているが、現族長の息子さんからすると、やはり笑いごとではない気がするぞ。

 しかし、一線を退いているからこそ、こうして身軽に部族を離れてサラウィンまでやって来れたというワケか。

「それで、『審判の矢』とはどういう因縁が?」

「うむ、実は最近、奴らに攫われたと思われる失踪事件が立て続けに起こっていてな――」

 ヴァルナ森海ではここ最近、老若男女問わず行方不明者が相次いでいるという。中でも、『大牙の氏族』が治める領域で頻発している。

 冒険者のように森に分け入ってはモンスターを狩って生活の糧としている彼らは、多少の犠牲者や行方不明者が出ることはある。だが、単にモンスターに襲われてはぐれた、深い森の中で遭難した、という事故の発生件数など知れている。出かけた者が戻ってこないケースが、統計的に見て明らかに多い。

「狩人が戻らぬのは、仕方のないこともある。だが、狩りに出ない女子供から老人にまで、行方不明者が出たとあっちゃあ……コイツはどんなに鼻が鈍いヤツでも、臭ぇだろう」

 確かに、そうなれば明らかに人為的な失踪事件、いや、拉致事件と言う方が正しいかもしれない。

「で、ちょっとばかり調べてみりゃあ、『審判の矢』って奴らがチョロチョロし始めた辺りから、ちょうどウチのモンが消え始めていたというワケじゃな」

 ある日から、『審判の矢』を名乗る青ローブの奴らが、各部族の集落に現れたという。

 目的は、ヴァルナ森海にあるダンジョン指定されているエリアで、毛皮素材を得るためにモンスターを狩る、という真っ当な冒険者活動。ヴァルナ森海のダンジョンに挑むため、集落を拠点として利用する冒険者は珍しくない。むしろ、この地方では何百年も前から行われている、当たり前の交流。

 彼らのパーティ構成は、鎧兜の戦士に革鎧の射手、ローブ姿の魔術士などなど、普通の冒険者と変わりはない。だが、パーティメンバーに必ず一人以上は、トレードマークである青ローブの奴が混じっているので、『審判の矢』から派遣されたパーティであるということは一目瞭然らしい。

「最初は、妙な奴らが現れたと思ったもんだが、特に揉め事を起こすこともなく、どこの集落でも問題は起こっちゃいなかった」

 ダンジョン内においても、彼らに不審な点はこれといって見当らないという。実際にモンスターを討伐しては、きちんとギルドにも報告し、正規の手続きを経て素材を手に入れている。

 彼ら本人に話を聞いてみれば、青ローブ以外のメンバーはほとんどサラウィンや近隣で雇われた冒険者であるようだ。

「信者はあの青い奴だけじゃ。だが、コイツらは何やら特殊な強化魔法を使うらしい。曰く、これが奴らの信じる神の力だとかナントカ」

 何とも胡散臭いが、その強化魔法のお蔭で普通では倒せないような大物を仕留めることができた、などと一度組んだ冒険者からは割と好評らしい。最近では、もっぱら『審判の矢』専属となり始めた者も増え、さらには入信まで行く奴もチラホラいるのだとか。

「奴らはウチでも他の部族とも、いまだ喧嘩沙汰一つ起こしとらん。だが、奴らが現れたのと同時に、行方不明者が出始めたのも事実。そして、それは最近になってますます酷くなってきておる」

「なかなか尻尾を見せない連中だな。けど、目ぼしがついているのなら、調べたんだろう?」

「そりゃあもう、何度も手練れの戦士と狩人を派遣して、仕事帰りの奴らを尾行させた。だが……消えるのだ」

「消える? まさか――」

「うむ、まるで転移の魔法でも使ったかのように、奴らは忽然と姿を消すらしい」

 なんてこった。モノリスの力で自由に転移できれば、悪事など働き放題である。少なくとも、パンドラ大陸の魔法技術では転移の魔法も儀式装置も存在しない。あるとすれば、古代遺跡のダンジョンで偶然に発動するか、トラップとして仕掛けられているくらいのもの。

 例外がモノリスの使い方を知る、俺達と十字軍だけ。

「本当に転移魔法なのか? 消える際に、白い光が輝いたりしなかったか?」

「光を見た、といった報告はないな。魔力察知に鋭い魔術士も、これといって魔法が発動するような気配は感じられなかったと言っておる。ふと視界が遮られた瞬間、ぼやけるように追っていた人影が消えて見えた、とな」

 白色魔力に染まったモノリスに飛び込んで転移するなら、必ず白く発光するはず。だが、リリィはディスティニーランド限定で、鏡によって自在に転移する『ミラーゲート』という魔法をすでに習得している。モノリスを介さず、一定範囲内で任意に利用できる転移魔法の可能性はあるだろう。

「もし本当に転移しているなら、サラウィンの拠点に直接飛んできているってことか」

「うむ、尾行を上手く撒いたところで、奴らの拠点は割れている。あの毛皮店の他にも、奴らが各所で借りている店舗や倉庫などもあるが……実は、すでに捜査の手が入っておるのだ」

 それも、二回。

 一度目は、同盟圏で発生している行方不明者の捜索に協力するとして、サラウィンの治安維持部隊が『審判の矢』関連施設に入った。

 二度目は、かなり無茶なお願いを通して三大氏族合同の捜査隊が、同じく施設に立ち入り、徹底的に調べ上げた。

「けど、何も出なかったってことか」

「悔しいことに、奴らは全く別な場所に、本拠地を構えておるようなのだ」

 人を匿うというのは、大変なことだ。それは人数が増えれば増えるほど、より難しくなる。

 これまでに同盟圏における全ての行方不明者を合わせれば、もう百人近くにもなるという。それだけの大人数を収容するには、かなりの規模の施設になる。もし、本当に生贄に捧げて殺害しているとしても、百人もの人数を継続的に殺し続けるというなら、それでも人の出入りなどは避けられず、相応に目立つはず。

 いや、だからこその転移なのか。

 もし、ヴァルナ森海から遥か遠く離れた大陸の隅っこにでも、奴らの生贄の祭壇があるとすれば、転移で直接乗り込むより他に、辿り着くのは実質不可能といえるだろう。

「マスター、現段階では、必ずしも転移が使われているとは限らない」

「確かに、それもそうだな」

 すでに何度も利用しているし、相手にも利用されたことがあるから、割と転移魔法ありきで考えてしまった。しかし、普通なら高度な隠蔽工作や幻術の線を疑ってかかるべき。

「ワシは、奴らが隠れ潜む拠点は、必ずヴァルナの森のどこかにあると思っておる。それも、サラウィンから我が部族の領域の間にな」

「それは、何か根拠が?」

「勘じゃ!」

 なるほど、勘か。一理ある。

「敵はすぐ近くに潜んでいる。だが、いくら探しても見つからないから困っておる。いや、困るというより、今は焦っておるのじゃ」

「攫われた人の身を思えば、早く取り戻したいのは分かるが」

「元族長として、部族の同胞を案じる気持ちもある。だがな、今のワシは個人的な感情のみで動いておるのだ」

「……もしかして、身内が?」

「末の娘が攫われた。いや、捕らえられたと言うべきじゃな」

 ついこの間、ライオネルの娘は、彼と同じように行方不明者が続出する現状に憂い、部族の戦士の何人かを連れて、独自に『審判の矢』の追跡調査に出かけたのだと言う。

 娘が勝手な行動をしたのに気付いたライオネルは、慌てて後を追ったのだが……娘が進んだと思しき痕跡は、途中でパッタリと途切れ、追跡不能に。そして、やはり娘は戦士共々、集落へは帰ってこない。近隣での目撃情報も一切ナシ。

「なるほど、それで、強引に信者を捕まえて情報を吐かせようとしていたワケか」

「捜査として違法なことは百も承知。だが、最早、族長ではないワシは単なる獅子獣人ワーライガーのジジイに過ぎん。下手を打ってサラウィンの治安維持部隊にしょっ引かれても、『大牙の氏族』に迷惑はかけん」

「ああ、ライ様!」

「ご立派なお覚悟にございます!」

 何とも同情できる立場と行動であるが、若干わざとらしい取り巻きの発言のせいで微妙に胡散臭い感じに。

 いやしかし、可愛い娘が被害にあったとあれば、いてもたってもいられなくなるのは親として当然だろう。

「冒険者クロノよ、ここまで事情を話したのは、折り入って頼みたいことがあるからじゃ」

 あらたまって、ライオネルは言うなり、両脇に座る侍女がすかさず、よく見慣れた用紙と羽ペンを差し出す。

 大きな手で羽ペンを握ったライオネルは、意外にも器用にサラサラと文面を書きあげ、俺に向かってそれを提示した。

「ランク5冒険者の実力を見込んで、『審判の矢』の捜査協力を頼む」

 いわゆる一つの、個人クエストというやつだ。

 個人から直接クエストを受けたのは、まだ妖精の森フェアリーガーデンで暮らしていた頃、リリィと一緒にガルーダの巣に忍び込んだ時以来だろうか。

「マスター、場合によっては、タイムロスになる可能性も」

「分かっている」

 俺の気持ちとしては、二つ返事で引き受けたいところだが、一応、それなりに先を急ぎつつ旅をしている最中だ。これで、散々に時間をかけて『審判の矢』の秘密を暴いた結果、十字軍とは何の関係もありませんでした、となれば完全にただの寄り道となってしまう。

 まぁ、ファーレンでもアダマントリアでも、十字軍とは無関係の戦いにガッツリ関わってきているので、今更な話でもあるのだが……

「すまないが、俺は『エレメントマスター』というパーティで活動している。メンバーの意見を募りたい」

「うむ、当然のことじゃな」

 リリィとフィオナにお伺いを立てたいところだ。時間の無駄かどうか、という以前に、話をすれば『審判の矢』の秘密について何か気づくかもしれないからだ。

「特に進展がなければ、ワシは毎日この店のこの席で昼飯を食う。もし、受ける気になってくれれば、また来てくれ」

「分かった。俺の方でも調査は続けておく。何か分かったら伝えるよ」

「ふむん、顔に似合わず律儀な男よの、ハッハッハ!」

 獰猛なライオンフェイスのくせに、俺の顔のこと言うなよ。お互い様だろうが。

 そうして、ライオネルの快活な笑い声に送られて、俺とサリエルは店を出た。

「――クロノさん」

「うおっ、フィオナか!?」

 店を出るなり、待ち構えていたかのように、フィオナと鉢合わせた。

「どうした、クエストに行ったはずじゃ?」

「途中まで行ったのですが、引き返してきました。一応、冒険者ギルドでクエストリタイアは済ませました」

「なんだ、どうしてまたそんなことに」

「ええと、少しばかり話すと長くなってしまうのですが」

「ああ」

「リリィさんが攫われました」

 2018年8月24日


 『黒の魔王』のコミカライズが決定しました! 9月24日から、『コミックウォーカー』『ニコニコ静画』にて連載が開始します。

 これからは、是非とも漫画版も合わせて『黒の魔王』を読んでいただきたいと思います。


 それから、書籍版『黒の魔王』が電子書籍での販売も始めます。これまで、ちらほらと電子書籍で欲しい、という方もいましたので、どうぞこの機会にお買い求めいただければ幸いです。


 詳しくは、活動報告を更新する予定ですので、そちらをご覧ください。

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>「リリィさんが攫われました」 そんな命知らずがこの世に・・・そういえば誘拐未遂第一号が自分の父親だったわこの人。
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