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黒の魔王  作者: 菱影代理
第34章:火と鉄の都
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第671話 草原を越えて

 ガタゴトと荷台を揺らして、子供達を乗せた馬車はパルティアの草原を行く。

「流石に、この辺までくればもう追手も来ないの」

「ファーレンを出て、パルティアまで来たからね。バクスター総会もこの国では活動していないようだし、もう大丈夫、だと思いたいよ」

 二頭立ての馬車の御者席に座るウルスラとクルスの二人は、晴れ渡るパルティアの広大な草原を眺めながら、どこか安堵したような表情を浮かべる。

 スパーダからファーレンを抜けて、パルティアまでやって来た。旅人か商人か遠征の兵士でなければ、移動しないような長距離を子供達だけで踏破してきた。それは単なる奇跡ではなく、レキとウルスラの規格外の力があったからこそ成し得たこと。

 道中には、また別の奴隷商人だかならず者だか分らないような連中に目を付けられたこともあったし、餓えたモンスターの群れに囲まれたこともあった。だが、それを全て力で押し通り、誰一人欠けることなく無事にここまでやって来たのだった。

 ようやく安全圏と思われる遠いパルティアという異国まで辿り着いたことで、レキとウルスラも一安心といったところ。無論、ささやかな治癒魔法しか持たないクルス少年も、心の底から安堵、ようやく生きた心地がするようになってきた。

「ここまで来れたのは、二人のお陰だよ」

「そう、私とレキが大活躍したからなの。もっと褒め称えられるべき偉業」

「うん、その通りだよ、ありがとう」

「でも、クルスもみんなも頑張った。誰も泣き言を言わずに、ここまでついて来てくれたから。ありがとう」

 その純粋なウルスラの言葉と微笑みは、クルスが直視するには少しばかり眩しすぎた。

「い、いや、その、当然のことだよ。みんなだって、いい子ばっかりだし」

「なに照れてるの」

「あ、あはは……」

 笑って誤魔化すより他に、術を知らないクルスである。

 ただ、小さな子供達にとっては、レキとウルスラは頼れる姉のような存在で、彼女達がどれだけ凄まじい力を持っているか理解は及んでいないだろう。だが、すでに分別のつく年齢はとっくに超えて、現実というものを見える年頃であるクルスにとって、この二人がどれほど奇跡的な存在であるかを実感できている。

 たまに、本気でレキとウルスラは神が自分達を憐れんで天から遣わしてくれた天使ではないかと思ってしまう。その可愛らしさ、愛らしさ、可憐さ、容姿の面でも実に相応しい形容である。

 つまり、ごく普通の少年の感性をもつクルスにとって、二人の一挙一動、微笑み一つだけで、トキメクには十分すぎるほどの威力があるのだった。

「はぁ……」

 二人の魅力を毎日すぐ傍で見ているワケだが、状況的にも、立場的にも、自分がどうこうなるようなことはないと思ってしまえば、溜息の一つでも吐きたくなるというもの。それでも、こんなに素敵な美少女二人と一緒にいられる日々は、逃亡奴隷という境遇を差し引いても尚、幸運と呼べるほどのものがある。

 自分は、すでに十分すぎるほど幸せに恵まれている。もう、こんな毎日がずっと続けばいいと思えるほどに――

「ヘイ! この先に、ゆーぼくみん? の村があるデスよ! 今日はそこで休めそうデース」

 軽快な蹄の音を立てて、単身、騎馬にまたがり先行していたレキが戻るなり、ニコニコ笑顔でそう叫ぶ。

 しっかりと手綱を握り、馬を走らせる様はすでに堂に入っているが、レキの年齢には不釣り合いなサイズの胸が上下に揺れ動く姿だけは、クルスにとって直視に耐えられない。

「そ、そっか、それは良かった」

「なに照れてるの」

「あはは……」

 不純な気持ちを、やはり笑って誤魔化しながら、クルスは赤い顔を二人から背けることしかできなかった。

 こうして、パルティアに入ってからは平穏な道行が続く。ケンタウロスの遊牧民はおおよそ親切である上に、子供だけの彼らについて事情を深く問いただしたりもしない。移ろう民である遊牧民にとって、人との出会いは一期一会、あまり踏み込んだお節介もなく、その場限りのさっぱりした関係でいてくれる態度は、ありがたいものだった。

 もっとも、中には本当に子供達のことを心配して、ウチで暮らそうか、と言ってくれる者もいたが、流石にそこまで好意に甘えるつもりは、レキとウルスラにはなかった。

「パルティアの首都バビロニカで、しばらく暮らそうと思うの」

「これでようやく落ち着けるデス」

 何度目かの接触となる遊牧民から、一晩借り受けたテントの中で、レキとウルスラは前々から考えていたプランを話し合う。

 バクスター総会からの追手の心配がなくなったことで、これ以上の旅を続ける必要はない。襲ってくる者がいなくとも、ただ移動を続けるだけで、小さな子供達には大きな負担となる。無論、レキとウルスラも例外ではない。

 常に警戒を要する逃避行は、精神的に疲労する。レキの超人的なパワーも、ウルスラの悪魔的な魔法も、ストレスという精神疲労を相手には勝てないのだから。

 全員に落ち着ける場所、つまり家が必要であった。

「バビロニカは大きい街だから、冒険者の仕事にも困らない」

「ふふん、いよいよレキ達が冒険者としてビッグになる時が来たのデス」

 首都バビロニカで冒険者をしながら、ひとまず子供達の世話をしつつ、ほとぼりが冷めるまで待つ。

 二人の目的はクロエ司祭の捜索であるから、そう遠くない内にスパーダへと帰らなければならない。だからといって、一緒に逃げてきた子供たちを途中で放り出すような無責任な真似は、意地でもしない。

「今のレキ達は、お姉ちゃん、だから」

「うん、絶対に見捨てたりはしない」

 クロエ司祭のように。

 開拓村を守る義理もなく、それどころか、敵対しているはずの十字軍まで含めて、彼は守るために暴食のグラトニーオクトへと立ち向かった。

 ここで邪魔だからと子供達を切り捨てていけば、もう二度と彼に顔向けできなくなる。レキとウルスラが恋い焦がれる男の背中は、そう思わせるほどに、大きく、そして、遠かった。

「大丈夫、私とレキなら、絶対に上手くやれるの」

「イエーッス! 二人一緒なら、できないことはないのデス!」

 そうして、ひとまずの安住の地を目指し、一行はパルティアの首都バビロニカへと向かう。

 天候にも恵まれ、あと一日あれば到着するところまでやってきた、その時である。

「ヘッヘッヘ、妙なガキの一団ってぇのは、テメーらのことだなぁ?」

「ああ、やっぱり、こりゃあ間違いねぇ、このガキ共は逃亡奴隷だぜ」

 不意に現れたのは、派手な赤い衣装を身に纏った、ケンタウロスの男達。剣に槍に弓、物々しい武装は彼らが狩人ではないことを現している。

 すでに、このテの輩に絡まれた回数だけは多い。その正体を察するには余りある。

「ま、まずい、まずいよこれ……ケンタウロスの盗賊団だよ」

「ああぁん、盗賊だぁ? 舐めたコト言ってんじゃあねぇぞクソガキがぁ! 俺らはなぁ暴走賊っつーんだよ!!」

 震える声でつぶやいたクルスの一言に、何の違いがあるのか暴走賊を名乗る男が激高する。

「おいおい、ガキ相手にそう怒鳴るなって、可哀想じゃあねーかよ」

「そ、総長!? さーせんっしたぁ!」

 馬車の前に立ちふさがる赤い男達の向こうから、もっと赤い男が堂々と現れる。

 ニワトリの鶏冠のように真っ赤な髪に、筋骨隆々の体には炎の龍の入れ墨。馬体も赤毛で、燃えるような毛並だ。その姿と雰囲気から、どうやらこの暴走賊なる集団の頭目であるらしい。

「パルティア大草原に燃え盛る灼熱の業火ぁ! 『紅蓮武凜グレムリン』三代目総長ぉ、ダニエル・バーンナックルたぁ、俺のことよぉ!!」

「……誰なの」

「知らないデス」

 聞いてもいない唐突な名乗りに、素でリアクションを返してしまったレキとウルスラ。

「俺を知らねぇ、だとぉ……へっ、まぁいい、無知なガキどもめ。それに、見たところ、オメーらは外国ヨソからパルティアに来たばかりといったところだしな」

「だったら、何だと言うの」

「邪魔だからさっさと道を開けるデス」

 すでに臨戦態勢に入るレキとウルスラ。戦闘では役に立たないクルスは、さっさと荷台の方へと戻し、子供達が怖がらないようなだめる役目をすでに開始していた。

 戦いとなれば、レキとウルスラ以外の者は足手まとい以外の何者でもない。これまでの道中で、二人の戦いの邪魔にならないよう、大人しく馬車の荷台に閉じこもっていることが最善であると、みんなは体で覚えている。

「ったく、間抜けな商人もいたもんだぜ。こんな上玉に逃げられた上に、馬車までとられるたぁ、一体どこの商会なんだか」

 いつ戦闘に入ってもいい体勢を整えているのだが、まさか子供が刃向うなどと露とも思わないダニエル以下暴走賊は、さして警戒心もなく笑っていた。

「おいガキ共、よく聞け、この俺がお前らの新しい飼い主様だ。チビばかりだが、お前らは見た目がいい、きっちりいい値で売りさばいてやるから、安心してついてきな」

 唐突に現れ、いきなり言いだしたように思えるが、ダニエル率いる暴走賊『紅蓮武凜グレムリン』は、最近パルティアに現れた子供だけの一団のことを十分にリサーチしていた。彼らと接触した遊牧民に、金を払って情報も買っている。

 遊牧民に悪意はない。情報を買いたい者が正当に対価を積めば、商売として成立する。ただ、それだけの話である。

 そして調べた情報を元に、ダニエルは彼らが逃亡奴隷であり、いまだ誰も手を付けていない、いわば『落し物』状態であることを確信した。彼らをそっくりそのままいただけば、見目麗しい子供の奴隷という高額商品の大量入荷である。

 自分達の縄張りであるパルティアの草原で宝箱が落ちていたら、それを我が物としない道理はない。

 かくして、彼らが騎士の目が光る首都パルティアへと入る前に、その全てを奪わんと現れたのだった。

 まったく、楽な仕事だぜ――そう思ったのは、今この瞬間まで。

「消し飛べ、『白流砲ホワイトブレス』」

「うぉおおおおおっ!?」

 鍛えた戦士としての直感が、ダニエルの体を動かした。

 何か、危険な攻撃が来る。その直感に従い、恥も外聞もなく体を横倒しにして緊急回避。直後、おぞましい何かが、自身の体をかすめるように飛んでいくのを感じた。

「一気に突破するデス、みんな、しっかり掴まってるデスよ!」

 高らかな馬のいななきと共に、馬車が急発進。

 ウルスラが先制攻撃で放った『白流砲ホワイトブレス』によって、進路上を塞いでいた暴走賊の野郎共は綺麗さっぱりと『消えて』いる。その射線上に居て回避に成功したのは、ダニエルだけであった。

「ちいっ、クソ、魔術士かよあのガキは! お前ら、早く追え、絶対に逃がすんじゃあねぇぞ!!」

 消滅させられたのは、前方にいた奴らのみ。百近い数で馬車を包囲していたため、ほとんどの暴走賊は無傷のままである。ダニエルの雄たけび染みた命令を聞き、即座に馬車を追い始めた。

「よくもやりやがったなクソガキ共が……パルティア草原で、この俺から逃げられると思うんじゃあねぇぞ! さぁ、『紅蓮武凜グレムリン』の灼熱の恐怖に、震えやがれぇーっ!!」

 そうして、安住の地となるはずだったパルティアは、一転して国内最大派閥の犯罪集団、暴走賊『紅蓮武凜グレムリン』に追いかけられる、危険地帯と化したのだった。

 子供達の逃避行は、まだ、終わらない。





 ガタゴトと荷台を揺らして、子供達を乗せた馬車はアダマントリアの荒野を行く。

「流石に、この辺までくればもう追手も来ないの……」

「そ、そうだよね……」

 確か、パルティアに入国した頃にも、似たような話をした記憶がある。あの頃は、やっと逃避行も終えられるという一抹の希望があったような気がしないでもない。

 バビロニカで落ち着いた冒険者生活を、という予定は『紅蓮武凜グレムリン』に目を付けられたことで、完全にご破算となってしまった。あれで、ただの現地のならず者が徒党を組んだだけの盗賊風情ならば、返り討ちにすることもできた。

 だがしかし、『紅蓮武凜グレムリン』は想像以上に大きな組織であり、けしかけてくる人数、頻度、共にレキとウルスラの二人だけで対処できる限界を超えていた。執拗な『紅蓮武凜グレムリン』の追撃をどうにか振り切って、とうとうパルティア草原を南側に突っ切り、アダマントリア領へと逃れてきたのだった。

 流石に国境を越えれば、パルティアの草原を縄張りとする『紅蓮武凜グレムリン』が追ってくることはなさそうだが……あまり明るい未来を期待できる気持ちにはなれなかった。大岩がゴロゴロと転がる、荒涼とした風景が、さらに気分を滅入らせてくれる。

「ヘーイ! このまま真っ直ぐ進めば、村があるみたいデース。野宿せずにすみそうでラッキー」

 こういう時に、元気なレキの姿がありがたい。

 全く、疲れも諦めも、表情に出さない天真爛漫な笑顔が、今の子供達を支えていると言ってもいい。最年長のクルスでさえ、それで救われている現状だ。

 ただ、それも半分ほどは空元気によって補われていることを知っているのは、ウルスラだけである。

「ウル……アダマントリアって、ドワーフの国、デスよね?」

「うん」

 レキが発見した村に日暮前にギリギリで到着したその日の晩、宿屋の一室で、二人はいつものように話をしている。

「ドワーフって、何だか怖そうな人ばっかりで、ちょっと不安デス」

「確かに、それはあるの」

 自分達を狙う追手がいないからといって、そこが理想郷とならないことは、貧しい孤児院で幼少を過ごした二人には痛いほど分かっている。そこの住人が排他的であれば、暮らしていくのは難しい。たとえ貧しくとも、孤児院という施設は子供達を保護する確固たる後ろ盾として機能しており、それすら失った子供がどうなるかなど、想像がつかないほど恵まれた生活はしてきていない。

 パルティアでは散々な目に遭ったが、それでも遊牧民の人々は何かとよくしてくれたし、そういった印象があの国での生活に希望を持たせてくれたことは間違いない。

 しかしながら、このアダマントリアでの最初の村で、ドワーフという人種と接した限りでは、誰も彼も無愛想で、睨みつけるような態度である。道中で狩ったモンスター素材を冒険者ギルドで卸した時も、使い込んだ武器を鍛冶屋に修理に出した時も、接客という概念が欠落したような対応であった。

 心身ともに疲弊した状態で、この冷たい応対は、いまだ子供に過ぎないレキとウルスラの二人には、かなり堪えてしまう。レキですら、ウルスラの前で弱音を吐いてしまうほど。

「大丈夫、絶対になんとかなるの。私とレキの二人で、絶対に……」

「そう、デスよね……レキ達が、頑張らないと、みんなが……」

 そうして、黒々とした暗雲のように立ち込める不安を押し殺すように眠りについた、その翌日。

「ふん、お前ら、ロクに馬車の整備もしてなかっただろう。車体も軸もガタガタじゃねぇか。まったく、ガキばかり乗っていて嫌な予感はしていたが、全く、しょうがねぇ奴らだ……とりあえず応急処置だけはしといたからな。さっさとダマスクにでも行って、デカい工房で全部見てもらえよ」

 何故か、色々とガタのきはじめていた馬車が修理されていた。作業着姿の鍛冶屋の親父は、修理依頼の武器を投げつけるようにレキに渡してから、不機嫌そうに去る。

「えっ、あの、馬車の修理代は――」

「ああん? ガキがそんなもん気にしてんじゃあねぇ! こんなの仕事の内にも入んねーよ!」

 そう怒鳴って去って行ったドワーフ親父の背中を見ながら、レキはつぶやいた。

「オウ、意外とやっていけるかもしれないデース」

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[一言] ドワーフさん、ツンデレ
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