第670話 続・告白計画
親善の名目でスパーダを訪れたアヴァロン王ミリアルドと、その息子ネロ第一王子と娘のネル第一王女。
この度、婚約が決まったスパーダの第二王子ウィルハルトと、ネル姫が王城の庭でひとときの間、二人きりで仲を深めている一方――ネロは、幼馴染たるスパーダ第三王女シャルロットと、久しぶりに再会し、旧交を温めていた。
「いぃーやぁーっ! ネロぉおおーっ!!」
「分かった、分かったから、いい加減、大人しくしろ」
台詞だけ聞けばいかがわしい感じもするが、嫌だイヤだと絶叫しているシャルロットは、がっしりとネロに抱き着き決して離そうとしない。年頃の美少女である姫君が涙ながらに抱き着いてくれば、相応にドラマチックなはずなのに、全くそんな雰囲気にならないのは、シャルロットの泣きわめきぶりが、完全に子供の癇癪であるからだろう。
「うううぅ……わたじぃ、ネロとげっごんずるぅ……」
「大丈夫だから、落ち着け」
ネルと違って他人にはドライなネロではあるが、十数年来の幼馴染であるシャルロットを相手に、渋々ながらも辛抱強くなだめ続けた。
大きなソファに腰掛け、しがみついてくるシャルロットの艶やかな赤髪を撫でること小一時間……泣き叫ぶのにも疲れたのか、ようやく大人しくなってきた。
「いくらなんでも泣き過ぎだろ、お前」
「だ、だってぇ……ネロに会えたの久しぶりだし、それに……」
「ああ、分かってる。泣いて嫌がるのも当然の話だからな」
シャルロットがここまでの大泣き振りをみせるのも、納得いくだけの理由がある。
それが、突如として決まった、冒険者クロノとの婚約だ。
「ねぇ、なんで、どうしてこんなことに!」
「どうして、か……俺も、どこまでが本当のことなのか、分からねぇんだ」
シャルロットとクロノの婚約を後押ししたのは、スパーダのパンドラ神殿だという。
クロノ自身がダイダロスの王子では、という疑念。
スパーダの野心に対する疑惑。
そもそも、クロノとシャルロットの二人が結ばれることを、最も望んでいるのは誰なのか。
「なぁ、お前は何か、聞いていねぇのか?」
「知らないわよ……どんなにお父様に問いただしたって、これが最もスパーダのためになる、としか言わないし」
少なくとも、娘が泣きついたところで、決意を翻すほどレオンハルト王の意思はゆるくないらしい。
ということは、ただの気まぐれなどではなく、クロノを婿に迎えるに足る確固とした理由があるのだろう。あのレオンハルト王が納得し、かつ、スパーダの国益に叶うほどの大きな理由が。
「あ、でも」
「なんだ?」
「黒き神々も祝福してくれる、って。お父様はあんまりそういうこと言わないのに。もしかして、よっぽどいいお告げでも、神殿で出たんじゃないのかなって思ってさ」
まさか、ただの占いを真に受けて婚約を決めたとは、いくらなんでもシャルロットも思ってはいない。
だが、ネロにとっては……黒き神々、およそ神と呼ばれる存在によって、自身の望まぬ方向へ運命が捻じ曲げられているかのような感覚に、酷い嫌悪を覚えた。
神、神、神。自分が取り返しのつかない失敗をする時は、いつだって神と名のつくものが絡んでいる。
だから、神に祈ることはもうやめた。アヴァロン王家の始祖たる、古の魔王ミア・エルロードなど、その名を聞くのも忌まわしい。
神には祈らないし、頼らない。運命は自分自身の力で切り開く。望むべき方向へ。もう二度と、失わないために。
たとえ、クロノが如何なる邪神から絶大な加護の力を得ていようとも――ネロは絶対、そんなモノには、そんなモノだからこそ、負けるわけにはいかない。
「そうか、分かった。シャル、安心しろ、お前を絶対にクロノに渡したりはしねぇ」
「うぅ、ネロ……」
毅然と言い放つネロを、シャルロットは潤んだ瞳で見つめる。
「俺が掴んだ情報によれば、アイツは今、スパーダを離れてカーラマーラへ向かっているらしい。パンドラの果てだ、戻ってくるにはかなりの時間がかかる。だから、今すぐ式が挙げられるってことはないはずだ、安心しろ」
「うん!」
「その間に、俺は今回の婚約は破棄できるようにする。どういうカラクリかは知らねぇが、レオンハルト王も親父もかなり本気のようだから、そう簡単にはいかないだろうが、必ず俺が何とかする――それでも、最悪の場合は」
「ど、どうするの?」
「お前を攫ってでも、助けてやる」
その言葉を聞いたシャルロットは、熱に浮かされたような赤い顔でネロを見つめるや、意を決したように、目を閉じて、その顔をそっと寄せて――
「やめとけ、シャル。今は、あくまで俺達はただの幼馴染だ」
どこに監視の目があるか、分かったものではない。ここはスパーダ王城、いわば敵地でもある。
すでに婚約の決まった姫君を相手に、たとえアヴァロンの第一王子であろうと、不要に手を出すことはご法度であろう。
ただでさえ、今は状況が悪い。下手に立場が悪化するような真似はしたくはない。
「むぅ……分かった、我慢する」
「シャル、お前は何も考えず、いつもみたいにやってりゃいいんだ。今は第二軍『テンペスト』で騎士やってるんだろ? お似合いじゃねぇか」
色っぽい雰囲気を振り払うように、ネロはシャルロットの頭を子供のように撫でまわしながら、気軽に言う。
それをやや不満そうな表情に、けれど、すぐに嬉しそうな笑顔を弾けさせて、シャルロットは応えた。
「そうよ! なんぜ、この私は未来のスパーダ軍を率いる、姫将軍になるんだから!」
「ああ、頑張れよ」
「あーっ、なんかバカにしてるー!?」
「してねぇーって」
そうして騒ぐネロとシャルロットは、共に神学校に通っていた頃と、全く変わらぬものであった。
ネロが幼馴染のシャルロットと旧交を温めている一方――婚約者たるネル姫とウィルハルト王子は、いまだ二人きりで仲を深めて、否、互いの至上目的を達するための計画を話し合っている。
「敵を知り、己を知れば百戦危うからず……とは、ルーンに伝わる有名な戦術論である」
これと似たような、情報を教訓とする故事はパンドラの各地にもある、半ば定番の内容。
「そして、恋は戦争……これはアヴァロンに伝わる有名な心意気であろう」
古の魔王、ミア・エルロードには七人の妻がいたことはあまりに有名な伝承であり、各国に伝わる歴史書や、ダンジョンで発掘される古文書などからしても、ほぼ間違いないとされる歴史的事実だ。そして、その七人全員が現代においては人々に加護を与える、戦の女神となったことは、証明されるまでもない神の真実に他ならない。
つまり、戦女神になるほどの戦闘能力を持ったヤベー女が七人も集まって、一人の男を取り合ったらどうなるよ? という話である。
この争いを治めたからこそ、ミアは魔王足りえたのでは、という説もあるとか、ないとか。
「あえて言おう、ネル姫には戦に勝つための情報分析も、どんな手段を厭わず勝ちに行くという気構えも欠けていると!」
「そ、そんなっ、私はこれでも、クロノくんに振り向いてもらえるよう、日々努力しています!」
ビシっと指を指して強く指摘するウィルハルトに対して、ネルは心外だとばかりに、バサっと翼を広げて抗議する。
だが、ウィルハルトは退かない。
「いいや、欠けているどころか、まるっきり無い! ゼロと言ってもよい!!」
「そんなことありません!」
「では問おう、男心のなんたるかをっ!」
「うっ!?」
途端、言葉に詰まるネルである。
「さらに問おう、そのドラゴンすら素手で殺せるほどに磨き上げられた古流柔術の腕前が、色恋沙汰に一体何の役に立つっ!!」
「うぐぅ!?」
言葉どころか、息にも詰まるネルの顔は、どんどん青ざめてゆく。
「認めるのだ、ネル姫よ。汝には、敵たる男心も、己たる恋愛力も、何もかも分からぬままであるとな」
「うぅ……で、でもぉ、これでも私、少しくらいは勉強して……」
「ほほぉーう、それはこの、今流行りの恋愛小説のことであるか?」
と、ウィルハルトが訳知り顔で掲げるのは、淡い桃色の可愛らしい装丁がされた一冊の本。タイトルは洒落た文字で『セレーネ恋文譚』と書かれている。
「ああっ、それ、私もこの間、読みました! 素晴らしい作品です、繊細な恋心の描写にはすっごく共感できて!」
いわゆる一つの、全ての女性に捧ぐ、的な内容の綺麗で素敵な恋物語であった。
「これでも我はそれなりの読書家を自負しておる。女性向けの恋愛小説とて、多少なりとも嗜む故、なるほど、この『セレーネ恋文譚』は確かに名作に値すると評価できよう」
アヴァロン最大の港町セレーネを舞台に、成り上がりの貿易商の一人娘であるヒロインと、駆け出しの冒険者の青年との恋愛がメインに描かれている。
ヒロインと青年の甘酸っぱい馴れ初めから始まるが、彼は冒険者として名を上げるために大陸各地へセレーネの港から旅立ってゆく。そんな遠く離れた彼と、手紙をやり取りすることで、傍に居なくてもお互いを思い合う脆く儚い繋がりを保ち続けるが……唐突に決まるヒロインとアヴァロン貴族との婚約により、状況は一変。家のために貴族に嫁ぐか、自分の愛に殉じるか、けれど思い人は遠くレムリアの海の彼方に。果たして、二人の恋の行方は――
「だが、単純に男から見れば、かような恋愛観はゴミである」
「な、なんてことをっ!?」
「なに、女性がこの麗しい恋物語に憧れるのは勝手だが、同時に、男もまたこのようなクソ面倒くさい色恋沙汰にウンザリするのも勝手であろう」
「面倒くさくなんかないです! たった一通の手紙だけで繋がり合う、だからこそ、二人の思いは何よりも強いんですぅ!」
「はぁ……将来有望な天才的な剣技を持つ冒険者の青年。その上さらに銀髪でオッドアイで高身長の超イケメンで、これでどうして出先で他の女を作らぬなどと言える」
これ銀髪とイケメン設定なかったら、ほぼクロノでは、と思うほどの活躍ぶりを、恋人役になる冒険者の青年はしている。この超人設定で、幾らなんでもヒロインの他に女の影がチラつかないのは不自然では? やたらイケメンばかりな冒険者仲間との絡みが目立つのは、露骨なサービスなのでは?
「違います、本当に二人は心から愛し合っているだけなんです!」
「まぁよい、少なくとも、本の中ではそれが真実ということで決まっておる。だが、現実に生きるクロノはどうか」
すでにしてクロノは、堂々たるハーレム宣言を発している。
ネルが恋い焦がれた男は、女性向け恋愛小説のように、都合よくフリーでもなければ、自分だけを見つめてくれるほど、一途で純情ではないのだ。
もっとも、それがただの色欲によって成されたハーレムであれば、まだ話は簡単だったのだが……
「我が見るに、クロノの恋愛観はかなり純粋ではある。だが、同時に健全な男であることにも変わりはない」
ウィルハルトの見立てに、ネルとしても異議はない。自分が接してきた中でも、そのように感じるし、だからこそ、彼に惹かれた理由の一つにもなる。
「故に、一般的な男心というものを知っておくのは、クロノの心理を理解する上では十二分に役に立つと保障しよう」
「な、なるほど……ですが、その男心とはどのようにして学べば良いのか、見当もつきません」
男心、男性心理、などとこと男の立場にたった上での見解は、最初の相談相手である黒竜の巫女、ベルクローゼンには求められない要素であった。なにせ、御年250歳の現役乙女である。自らに課せられた宿命のため、あらゆる恋愛経験を断ってきた彼女は、姫君たるネルよりも純粋培養であると言ってもよいかもしれない。
そして、もう一人の相談相手たるセリスとしても、あまり男について詳しいとは言えない。婚約者こそいるものの、その関係性はいまだ学園での先輩後輩の域を出ないという。恋愛経験でいえば、ネルもセリスも五十歩百歩といったところ。
「なぁに、心配するな、我が男心を学ぶに相応しい書を見繕ってある。まずは、これよ」
ドーン、と目の前に出された本を一目見て、ネルは目を見開く。
「きゃっ! な、な、なんですかこのいかがわしい本はっ!?」
本の装丁こそ『セレーネ恋文譚』と似たような淡い桃色だが、そこに描かれているのは、幼いくせに何故かやたらと胸だけ大きい可愛らしい銀髪少女の姿。アンバランスに肉感的な美少女の体は、非常に際どい面積の布きれで覆った過激な衣装で、その上さらに、胸を強調した挑発的なポージング。誘うような表情に、角と羽と尻尾が生えたその姿は、正にサキュバスそのものであった。
タイトルは『プリムの誘惑~最弱の俺がロリ爆乳の淫魔に目を付けられたせいで最強へと成り上がる羽目になった件』。
「最低です!」
ネルはタイトルの「ロリ爆乳の淫魔に」あたりまで読んだ段階で限界に達し、いかがわしい表紙と、それ以上にいかがわしい名前のついた本を放り投げた。
「ああっ、こらっ、思春期男子の聖書を投げるでない! 我が思い出の愛読書が!」
「見損ないました、ウィルハルト・トリスタン・スパーダ第二王子」
「やめてくれ、蔑んだ目で睨みながら余所余所しくフルネームで呼ぶのはやめてくれ」
若干、心苦しい表情になりながらも、バッサリと床に落ちた大切な青春の一冊を拾い上げるウィルハルト。
丁寧に表紙を払ってから、えふん、と咳払いを一つして、改めてネルへと向き合う。
「よいか、この一冊に、男心のなんたるかが詰まっておるのだ」
「……」
ネルの視線はいまだに冷たい。今日の話し合いの最初に、自分を殺すことも考えていたような時よりも、さらに温度が低い気さえする。
「信じよ、我は決して、嫌がらせでこの本を見せたワケではないのだ。世の女性が『セレーネ恋文譚』に憧れるように、世の青少年は、この『プリムの誘惑~最弱の俺がロリ爆乳の淫魔に目を付けられたせいで最強へと成り上がる羽目になった件』に憧れるのだ」
「そのタイトルをフルで言うのはやめてください。耳が穢れる思いです」
「いや、この長文タイトルというのは、数多あるライバル書籍の中でも読者の目を引くという、画期的な手法で――」
「聞くに堪えません」
俄かに、ネルの体からは迸る魔力のオーラががが……
「世の青少年は、この『プリムの誘惑』に憧れるのだ」
ともかく、話の主題を戻すことに成功した。
「これを……私に、読めと……」
「男が何を好むか、これを読んでとくと学ぶが良い」
「し、信じられません、クロノくんが本当に、こんな……犯罪です」
「クロノとて、じれったいラブレターのやり取りよりも、あの手この手で迫られる方が嬉しいに決まっておる」
「そ、そっ、そんな、はしたない!」
顔を真っ赤にするネルは、すっかり一度クロノに「抱いて」と迫ったことなど、遥か記憶の彼方にある模様。
もっとも『忘我の秘薬』の効果が消えたとはいえ、迫ったのに断られた上に、愛しの彼が別の女を抱くという華麗な寝取られコンボをかまされた忌まわしき記憶として、ネルとしても自ら封印する黒歴史である。
「そもそも、多少なりとも強引に迫らねば、クロノ自身がネル姫の好意に気づくことはない。あえて言おう――鈍感であるとっ!!」
半分ほどクロノへの恨みを籠めながら、ウィルハルトは断言する。
「良いか、ネル姫。男心を揺らすのに重要なのは……えっ、もしかしてコイツ、俺のこと好きなんじゃね? と思わせる、その瞬間よ」
「えっ、でもぉ、好きな気持ちがはっきりと伝わらないと、意味がないのではないですか……?」
「事を急いてはいかん。そも、古来より女は男を惑わすもの。つまり、好き、という本心が明らかになっていないからこそ、男は誘われるのだ。本当に好きなのかどうか、気になる、知りたくなる、だからこそ、追いかけたくなる!」
「ハッ!?」
とても重要なことに気が付いたかのように、目を見開くネル。
「クロノは鈍感……だがしかし、常に好きという気持ちを押し隠し、取り繕うように接していたネル姫の方にも非があるということ。結果として、クロノはネル姫をただの友達に過ぎない、とそう決定するに至る一因となったのだ」
ウィルハルトはクロノの心理がよく分かる。
ネルは魅力的な女性ではあるが、身分の違いもあり、そうそう気軽に恋仲になれる立場にはない。だからこそ、一線を越えないためにも、意識的にか無意識的にか、より強く「ネルは友達」と思ってしまう。
元から献身的なネルの性格も、こういった考えを補強する一因となっている。普通の人だったら、ここまでやらないけど……ネルならやりそう。伝わるはずの淡い恋心も、厚い友情の壁によって妨げられてしまうのだ。
「自分の好きな気持ちは、自然と伝わって当たり前……そう、思ったことはないか」
「ううっ、それは、どうして……」
「女性と言うのは概して、察して欲しい生き物であると聞いている」
現に、スパーダでもアヴァロンでも、告白もプロポーズも男の方からするのが一般的だと認識されている。女性の方から告白するなんて、よっぽど熱烈に愛しているのだなと、そう思われるほどだ。
「だが、男というのは、言われなければ分からない生き物なのだ」
悲しいかな、男と女の性の違い。考え方が違うが故に、お互いの理解は遠ざかる。だが、同時にそれが求めずにはいられない魅力になることもある。
「すでに、クロノの方から察してもらう、などという甘い考えは捨てるのだ。それは一般的な恋愛で許される行いであり、是が非でもクロノの心を射止めなければならないこの状況下にあっては、援軍の当てのない籠城よりも下策であると知れっ!!」
「は、はい!」
「よいか、クロノ攻略戦において、まず第一目標となるのは、この『えっ、もしかしてネル、俺のこと好きなんじゃね?』と思わせることだ」
それはつまり、クロノが抱くネルの厚すぎる友情への幻想を打ち砕くことを意味する。
お前、普通はこんなに一人の男に尽くさねぇよ……好きだからに決まってんだろ。
言うは易し、だが、行うは難しである。
「クロノの友情の壁を壊すことができれば、状況は一気に優位に傾く。必ずや、ネルのことを異性として意識せざるをえなくなる。そうなれば、これまでの何気ない言動の一つ一つも、全く異なる様に思えてくる……そうなれば、ついにクロノも察するのだ」
「ええっ、す、凄いです!」
それこそ正に、ネルが夢にまで見た素敵な恋のシチュエーションである。自分の一挙一投に、クロノがドギマギするような、そんな関係。
「で、でも、直接、告白するわけにはいかないのに、そんなの、どうすれば……」
「だからこその、『プリムの誘惑』である」
もう一度、ネルへといかがわしい本を差し出す。
「で、でも……」
ネルは明らかに躊躇している。だが、今度はもうその本を払いのけることはしなかった。
「ネルよ、プリムを受け入れるのだ。さすれば、クロノの心が手に入ろう」
「……よ、読みます」
ネルは震える手で、ついに本を受け取った。
ふぅ、ひとまず、第一段階はクリアといったところか、と内心で汗をぬぐうウィルハルトであったが、
「きゃーっ! やっぱりこんなの無理ですよぉーっ!!」
5ページを待たずして、再び放り投げられた『プリムの誘惑』を見て、まだまだ先は長いと溜息を吐くのであった。
気分は正に、『ウィルハルトの憂鬱』である。