第669話 鉄血塔
「苦労して地上に戻ってきたら、もう戦いは終わっていたとか……」
地下坑道が満員御礼となるほどだったフレイムオークの大軍はどこにも見当らず、ドワーフの戦士団と冒険者で構成された討伐隊が撤収準備をしているのを、俺は虚しい気持ちで眺めていた。
「クロノさん、お疲れ様です」
「ああ、無駄に疲れたよ」
フレイムオークの進軍に気づいた時には、すでに奴らの進行ルートの真っただ中。一大事だと速やかに地上への帰還を目指しつつも、奴らに発見されないよう進まなければいけなかった。
ジリジリと焦燥感に急かされながら、そこら辺をウロウロしている奴らとかくれんぼしては、たまに奇襲をかけて排除したり、結局、見つかって追いかけられたり、どうにもならず数日間、隠れたまま身動きがとれなくなったり……色々と苦労しながら、ようやく戻って来れたと思ったら、すでに戦後である。
「何日も穴に潜っていたせいか、かなり汚れていますね。先にシャワー浴びてきていいですよ」
「お前は余裕だな、フィオナ」
「はい。炎龍が始末してくれたので、余裕でした」
事の顛末は、聞いている。
結局、俺達が地下でモタモタしている間に、フレイムオーク本隊は地上に出て、炎龍をけしかけて防衛線を突破……しようとしたら、フィオナに炎龍を逆にけしかけられて全滅したという。
「大戦果だな。たった一人で、あれだけの数を殲滅だぞ」
「言うことを素直に聞いてくれる良い子でしたので、とても助かりました」
炎龍がやったこと、とはいえ、敵の秘策を逆手にとれたのはフィオナだからこそ。文句のつけようもなく、緊急クエスト『フレイムオーク討伐』の成功報酬は彼女一人の総取りであろう。
「ダマスクにフィオナがいてくれて、良かったよ。炎龍相手じゃあ、俺達でも足止めできるかどうか、だからな」
「もっと褒めてもいいですよ」
「悔しいが、今回は褒め称えるよ」
「では、クロノさんには私のことを体で労ってもらいましょう」
「いや、それは……まぁ、うん」
「サリエルは美味しい料理を沢山」
「はい、フィオナ様」
「リリィさんは、隅っこの方でジッとしていてください」
「むぅーっ!」
そんなワガママ放題のフィオナと共に、俺達はダマスクへと帰還した。
翌日。蒼炎の月21日。
冒険者ギルドで、俺は『第三王子探索』の完了を、フィオナは『フレイムオ-ク討伐』の完了を、それぞれ報告を済ませ、あとはお休み。
流石に俺も、少しばかり疲れた。数日も焦りの中で地下坑道を駆けずりまわるのは、肉体的というより、精神的な疲労がたまる。おまけに、自分達の頑張りは無駄だったとオチがつけば、尚更だ。
サリエルはいつもの無表情で疲労感など欠片も感じさせないが、それでもゼロってことでもないだろう。大人しく休ませている。
リリィの方は、幼い体で一番疲れが溜まっている。最後の方はちょっとぐったりしてたし。何日も警戒や戦闘状態が続くようなのは、変身時間という制約のあるリリィには厳しいものだ。地味な弱点である。
対して、最大戦果のフィオナは一番元気だ。
本人曰く、炎龍に頼みごとしただけで、大した働きはしていないし、魔力自体さほど消費してもいない、ということだからな。
今朝も元気に、サリエルが作った朝食を平らげていた。
「もう固いパンはいやです。薄いスープも、塩辛いだけの干し肉もいりません」
などと言いながら、どこか幸せそうな表情。サリエルがいない間、そんなに不味い食事だったのだろうか。
ともかく、休日を終えれば、アダマントリアに来た一番の目的を果たさなければならない。王城にあるという鉄血塔のオリジナルモノリスである。
今回はフィオナが『フレイムオーク討伐』で大活躍だったから、多少のお願いをできるだけの余地はあるか、と考えていたところ、
「王城から、招待状が届きました」
どうやら、向こうの方から話を持ちかけてくれたようだった。
ちなみに、招待状の内容は「炎龍を操り、フレイムオーク軍を返り討ちにしたアンタは凄い! 感動した! 直接礼がしたいから早く来てくれ!」という意味合いが、非常に分かりやすく伝わる、簡潔な文章表現であった。無駄に回りくどいアヴァロン王宮は、見習ってほしいものだ。
「クロノさん、アダマントリア王城までエスコート、お願いできますか」
「喜んで、お嬢様」
というワケで、さらに翌日、蒼炎の月22日。
早速、俺はフィオナと連れだって王城まで出向いた。エスコートという名目で、手は繋ぎっぱなしだし、メリーには二人乗りだしで、リリィは「むー」とすこぶる不機嫌である。
しかし、フィオナの手柄を前に、大人しく我慢しているようだ。後が怖いので、フィオナのワガママも度が過ぎないよう、俺も気を付けようと思う。
そうしてやって来たアダマントリア王城は、大きさだけなら、スパーダやアヴァロンを遥かにしのぐ、巨大な城郭であった。
しかし、その外観は灰色一色で頑強さだけを追求したような、無骨極まる建築。国を象徴する王城というよりは、重要拠点を守護する難攻不落の大要塞といった雰囲気だ。
飾り気などは全くなく、強いてそれらしいモノといえば、黒き神々や、古代の英雄達を象った大きな石像があるくらいか。巨大な荒削りの円柱が並ぶ造りは、原始的な神殿のようにも見えた。
「ドワーフの国なら、もっとド派手で豪華な城にもできるんじゃないのか?」
ドワーフの技術力でまず目につくのは、その優れた性能。剣ならば斬れ味、城ならば頑丈さ。
しかし、どの分野においても、デザインセンスの面でも素晴らしい。
事実、ドワーフの建築職人はパンドラでも有名な、絢爛豪華な宮殿や貴族の邸宅、神殿などを建てている。スパーダ、アヴァロンの両王城もドワーフの職人が携わっている。
だというのに、自分達の国の王城を、デザインセンスの粋を凝らして造らないというのは、妙な話である。
「古代のドワーフの国は、栄華を極め、贅を尽くしたが故に滅んだと伝わっている。王城が質実剛健な造りをしているのは、その伝説を教訓としているため」
「なるほどね」
最近、解説役が板について来たサリエルである。
人形的な性格ではあるが、意外と情報収集などは上手いのだろうか。ペガサスで一足先に街に乗り込んでは、基本的な情報を集めてくるサリエルの手腕には、地味に助けられている。
今回はアダマントリア王城に乗り込むということで、この国における最低限の礼儀作法なども教えてもらっている。アヴァロンに比べれば注意点は遥かに少なく、割とおおらかな気風らしいので、ここは割と気楽に行けて幸いだ。フィオナが天然でやらかすことも、恐らくはないだろう。
大丈夫、と自分に言い聞かせつつ、灰一色の冷たい王城を案内に従って進んでゆく。
そうして、アダマントリア王と謁見する時がやってきた。
「――まずは、礼を言わせてもらう。此度の戦働き、誠に大義であった、冒険者フィオナ」
と、重々しく言い放つのが、ドヴォル・バルログ・アダマントリア国王陛下である。
なるほど、コイツは確かにドワーフの王様だ、と思えるような、立派な白髭と体格。ここまでイメージ通りだと、むしろ感動すら覚える。
「ありがとうございます」
お褒めの言葉を賜り、恭しくフィオナは頭を下げている。こうしてかしこまっていると、本当に美人だ。王城向けに着飾ってもいるから、尚更に。
それから、割と率直な感謝の話と、あとは簡単に報酬の話が続き、滞りなく謁見は終わる……かに、思われた。
「冒険者フィオナ、お前に一つ提案がある」
「はい、なんでしょうか」
「うむ、それは――」
「待てや、親父! それは俺が、自分で言うべきことや」
声を上げたのは、同席していた第一王子ブレダである。討伐隊の指揮を任されていたのも彼だから、この場にいるのは当然。
「フィオナ。お前に惚れた。俺の嫁になれ!」
「お断りします」
今度は俺が声を上げるべき時だ! と思った瞬間に、フィオナはきっぱりと断っていた。
ちょ、ちょっと待って。こういう時くらい、恋人として間に入る真似くらいさせてくれてもいいんじゃ……
「俺と結婚すれば、アダマントリアの王女や。何一つ、不自由な思いはさせん。俺が絶対に幸せにする!」
「嫌です。お断りします」
「俺の見てくれが気に入らんなら、ドワーフの秘宝を使ってでも、お前の好みの姿に変わったってもええ!」
「どうしても嫌です。お断りします」
「な、なんでや……一体、俺の何が気に入らんのや」
「私はすでに、身も心も一人の男性に捧げています。貴方が気に入らないのではなく、他の誰であっても、私が受け入れることは決してありません」
ど、どうしよう、このタイミングで「フィオナは俺の女だ!」と叫んでアピールした方がいいのだろうか。それとも、黙ってた方が穏便に事が収まるのか。いやしかし、やっぱりここで名乗っておかなければ、男としての示しがつかない。
よし、言うぞ――
「分かった。そこまで言われれば、俺も無理強いはせん。お前のことは、キッパリと諦める」
「ご理解いただき、ありがとうございます」
「けどな、俺がお前を嫁にしよう思ったのは本気や。炎龍を操る、その力が欲しいわけやない。俺はただ、あの時のお前の姿に惚れた。一目惚れや」
「お気持ちだけは、ありがたく」
そうして、ブレダ王子はどこか寂しそうに、けれど毅然とした顔で、大人しく退いたのだった。
あれ、俺の出番は……
「急な話で、済まなかった。正直なところ、小型とはいえ炎龍を意のままに操る能力は、このアダマントリアにおいては放置できん、強大な力だ。ブレダの嫁になれと強制はせんが、その代わり、ここのパンドラ神殿で巫女として契約だけはしていって欲しい」
「分かりました。誓いましょう」
炎龍はバルログ山脈においては特別な存在だ。アダマントリアでは荒ぶる神の如く、恐れ、敬われている。実際、動物的本能を持った存在が、火山噴火そのものとして暴れるのならば、そういった扱いになるのは至極当然のことだ。
もし、炎龍を簡単に操ることができるならば、こんなに恐れられることはない。バルログ山脈限定での、最強の防衛兵器として利用されて然るべき。だが、現実でそうはなっていない。
つまり、古代も今も、炎龍を操る術はないということだ。
だが、それを覆したのが、今回攻めてきたフレイムオークとフィオナだ。
意図的に炎龍を呼び出すだけでもとんでもないことなのに、進んでくる炎龍に意思を伝えて追い返す、などという芸当は魔法というより、文字通りの神業とでも言うべきか。
恐らく、アダマントリア王宮としては、フィオナを呼んだのは感謝のためというより、明確に友好関係を結ぶことの方が重要なのだろう。
本当にブレダ王子がフィオナに一目惚れしていなくても、婚姻の話の一つや二つは持ちかけられたかもしれないな。
「よろしい。ならば、こちらもお前の要求を呑むとしよう」
「それでは」
「うむ、我がアダマントリア王城の最奥、鉄血塔のオリジナルモノリスへの接触を許可する」
こうして、俺は特に一言も発することなく、全て順調に事が運んだのであった。
何て言うか、今回はマジで俺、いいとこナシだよな。
鉄血塔への立ち入りが許可された俺達は、その足で現場へと向かうこととなった。
勿論、案内役はつくのだが、その人物が完全に予想外であった。
「この度は、大変なご迷惑をおかけしました」
「……いえ、ご無事で何よりです。カール王子殿下」
若干、気まずい気持ちで返事してしまう。
今、俺の前で頭を下げているのは、紛れもなく、捜索クエストが出されていた第三王子カールその人である。
何故、生きているのか。どうしてここにいるのか。その答えは、どこまでも単純明快。
自力で帰って来たから、である。
「この宝珠をラヴァギガントピードから見つけた時は、生存を諦めていました」
「ああ、やっぱり、アレの腹の中にあったのですね。襲われた時は、本当にもう、ダメかと思いました……」
どうやら、王子探索機であった古代宝珠は、手持ちの鞄に入れていたようで、ラヴァギガントピードに襲われた際、その鞄だけを食べられてしまったようだ。幸いにも、命からがら王子本人は窮地を脱したが、宝珠入りの鞄だけは大ムカデの腹の中に残ることに。
で、それを見つけたら、食われたんだと勘違いするのは当然だろう。
「しかし、廃鉱から戻ったばかりでしょう。まだ、休んでいた方が良いのでは」
「いえ、今回の経験で、自分がどれだけ甘やかされていたのかを痛感しました。僕はブレダ兄様のように強くはないですし、ダレス兄様のように賢くもありません。でも、だからこそ、僕は自分にできることは、何でもやろうと思うのです」
どうやら、単独でダンジョンサバイバルを送ったことで、強い自立心が芽生えた模様。王子として、男として、一回り成長したといったところだろうか。
「それでは、よろしくお願いします」
ここまで言われれば、案内役をお断りする理由はどこにもない。
「はい、どうぞこちらです」
そうして第三王子カールと、他に付き人と護衛の騎士数名を伴って、俺達は全員で鉄血塔へと入る。
塔の高さは20メートルほどで、思ったよりも小さい印象だ。セントラルハイヴ並みのドデカイ鉄塔がドーンと突き立っているイメージだったが、広大な王城の敷地の一角に、ポツンと一本だけ立つ鉄血塔は、どこか寂しい感じもする。
外観も、全体的に錆びが目立つだけで、装飾性の欠片もない本当に単なる鉄の塔だ。内部も同じく、ガランとした空間が広がるのみ。
「この鉄血塔は、古代からここにある遺跡として有名なのですが、ご覧の通り、特に目立つこともないもので、わざわざ訪れる人は少ないです」
これが有名になっているのは、王城の中にあるから、というのが一番の理由になっているという。それと、オリジナルモノリスがあるので、定期的にパンドラ神殿の神官が出入りするから、忘れ去られることもない。
しかし、カール王子の言う通り、わざわざ見に来るほどのモノではない、というのは確かである。観光目的でこれを見に来たら、確実にガッカリされる。ガイドブックでアダマントリアの三大ガッカリポイントとか特集されたら、絶対に筆頭にくるような塔である。
「クロノさん、この鉄血塔の正確な高さがどれくらいか、分かりますか?」
「ざっと見て、20メートルといった感じですが」
「いいえ、全然違います。大外れです」
クスリ、と悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべるカール王子。
なんだ、この反応は、見た目以上の秘密があるというのか。
「鉄血塔の本当の高さは、約3キロメートルです」
「はっ?」
素で声が出てしまった。
どれだけ目を凝らしても、塔の高さは20メートル、どう頑張っても30メートルには届かない。そこから先は、透明化しているとでもいうのか……いや、そうか、上じゃない。
「まさか、塔は地下に埋もれている?」
「ええ、その通りです。鉄血塔は、古代に滅び去ったドワーフの王国に今も突き立ったまま。つまり、この塔はバルログ廃鉱の最深部と繋がっているのですよ」
まさかの直通ルートの存在である。
「それじゃあ、ここを通れば地底都市の探索が」
「残念ですが、塔の最下層の扉は厳重に封印されているようで、外に出ることはできません。小さな窓から、かろうじて外の様子が窺えるといった程度です」
ソイツは残念だ。地の底に沈んだ古代都市、それもほぼ未探索となれば、沢山のお宝が眠っていそうなものなのに。
などと、真っ先に思ってしまう辺り、俺もすっかり冒険者ってことなのだろうか。それとも、欲深いだけか。
「オリジナルモノリスは最下層にありますが、坑道でも使われている昇降機があるので、安心してください」
流石に3キロの階段を上り下りするのはキツすぎる、ということで設置されたという。ドワーフの技術力に感謝だな。
「それでは、行きましょう」
こうして、俺達はしばしの間、ちょっとした地底旅行へと向かうことになるのだった。