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黒の魔王  作者: 菱影代理
第5章:イルズ炎上
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第66話 悪魔VS司祭(1)

 血相を変えた伝令兵がギルドに飛び込むや、キルヴァンはすぐに愛用の長杖スタッフを手に部屋を飛び出した。

 黒尽くめの魔術士1名が村へ侵入、その報告に対して「村へ侵入を許すとは警備がなっていない」と部下を叱責するよりも、舌打ち一つで済ませて即座に現場へ向かう行動をとる辺り、キルヴァンはまだ冷静に状況判断と対処ができる部類だと言える。

「たった一人で乗り込んでくるとは、よほど自信があるか、よほど頭が狂っているかのどちらかだな」

 両脇に弟子である白魔術士2名を従え、ギルドの正面扉を開く。

 ギルドのすぐ前はイルズ村の中央に位置する広場、休日は多くの村人で賑わうこの場所も、今は哀れな冒険者達が磔となる処刑場へ成り果てている。

 現在十字軍兵士達はそこに集合し、防衛線を敷いていた。

 槍を掲げて整列する歩兵部隊の背後、腕や足を怪我、あるいは丸々吹き飛んでしまった負傷兵が応急手当をしており、辺り一体は新しい血の匂いで満ちている。

「もうここまで迫ってきているというのか?」

 そうキルヴァンの前で頭を垂れる伝令の兵に向かって問う。

 その声音には、たった一人によくもここまで圧されたものだ、という怒りがにじみ出ていた。

「はっ、敵の魔術士が使う見たことのない魔法が、非常に強力でして、こちらも魔術士の支援無しではとても――」

「ちっ、魔術士が出払っている時に限って」

 思わず不満が口をついてでるが、キルヴァンはその一言以上は悪態をつく事はせず、現状での対処を考える。

「見たことのない魔法、と言ったな? それはどういうものだ?」

「はっきりとは見えませんでしたが、黒い、小さな玉のようなものが大量に飛んできて、鎧ごと貫いていました」

 黒色で、玉となって飛んでくるというならば闇属性の下級攻撃魔法『黒球デス・サギタ』と一般の魔術士なら考えられるが、その魔法の効果と証言は正確に一致しない。

 小さく、しかも大量に、というのなら、ただ連発したものとは違う、そもそも『黒球デス・サギタ』はチェインメイルごと人体を貫通するような攻撃では無い、どちらかといえば打撃に近いだろう。

「ただの強化ブーストならば良いが、原初魔法オリジナル固有魔法エクストラだとすれば厄介だな。

 おい、部隊全体に二重防護デュアルシールドだ」

 弟子の魔術士二人は了解の言葉と共に、詠唱を開始する。

「「الجدران بيضاء ناصعة توسيع نطاق الحماية لمنع」」

 発動させるのは中級の広範囲防御魔法「聖心防壁ルクス・ウォルデファン」、隊列を組み前面に位置する兵士達を丸ごと光の結界が二重に覆いつくす。

 これで遠くからその攻撃魔法を受けても防ぐことはできるが、逆に兵士が接近して攻撃するには結界から出なければならない。

 相手が一撃必殺の威力を持つ魔法を連射できるなら、無闇に兵士で押すのは犠牲を増やすばかりとなってしまう、故に、

「歩兵は援護射撃のみに徹しろ、敵魔術士の相手は、私達のみで行う」

 個別に防御魔法を展開できる魔術士でなければ、敵の相手は務まらないとキルヴァンは判断する。

 本来、この部隊にいるだけの魔術士全てを動員できるのならば、兵士達を個別に守りながら戦闘させるだけの支援が可能だが、今この場に居ない以上、無いものねだりをしても仕方が無い。

 もし、キルヴァンがただの司祭であり、白魔術士では無かったとすれば、兵達を繰り出す他に手は無いが、彼は自分の魔術の才能と実力を信じている。

 故に、村の自警団を相手にする時も、今この時も、自分が最前線に立つことに、些かの迷いも恐れも無かった。

 寧ろこういった死地こそ、神が与えた試練であり、己の信仰を試されているのだと思い、戦意はより一層高揚する。

「ああっ、来たぞっ!!」

 兵の誰かが悲鳴のように叫んだ。

 見れば、村の大通りのど真ん中を人影が一つこちらへ向かって、まるで無人の荒野を行くが如く悠然と歩いてくる。

「悪魔だ」

「悪魔が来た……」

 兵士達がざわめく。

 百に近い同胞が、あっさりと命を散らしていく様を先ほど見せられたのだ、恐怖を感じないほうがおかしい。

「静まれ」

 キルヴァンはこの道の先で起こった惨劇を直接目にしたわけではない、恐怖の言葉を吐く兵士達を心中で「臆病者め」と蔑む思いしか持たない。

「貴様らは結界の中から、弓だけ撃っていればよい。

 アレを直接相手にするのは、この私だ」

 兵士達は、司祭の心強い言葉に静まり、ただ黙って石弓に矢を装填する。

「そして、私は必ずやあの悪しき魔術士を葬る」

 キルヴァンが、未だ遠くにいる敵を睨む。

 その時、まるで彼の視線に気がついたかのように、相手が面を上げた。

 目が合った。

 この距離でも、その双眸が赤い輝きを放っているのが見えた。

狂化バサーク状態だと……」

 そう呟くと、キルヴァンの頬を一筋の冷や汗が伝った。

(まさか、本当に‘狂った’ヤツが相手だとはな)

 狂化バサークとは、魔法による状態異常バッドステータスの一つである。

 そもそも状態異常バッドステータスとは、徐々に体力を削るポワゾン、四肢の自由を奪う麻痺パライズ、意識が昏倒する睡眠シエスタなど、直接的な攻撃力は無いが人の体に異常をきたす効果の総称である。

 その一つが狂化バサークであり、その効果は、敵味方の区別がつかなくなるほど凶暴化させるというもだ。

 さらに、身体能力の上昇、痛覚遮断、と恐ろしくも強力な追加効果もある。

 一人が狂化バサーク状態に陥れば、周囲の味方を攻撃してしまう上に、その体自体が強化されるので、止めることも難しい。

 しかし、今のように味方の居ない、たった一人で敵と戦う場合においては、味方に被害を出すというデメリットは消え、その強力な肉体強化の恩恵のみを受けるということになる。

 キルヴァンは、かつて狂化バサーク状態に陥った者を相手にしたことがある。

 ただの歩兵が、恐ろしい力強さとタフネスを発揮し、殺して止めるのに酷く梃子摺った覚えが彼にはあった。

(厄介な相手だ、しかし――)

 キルヴァンは白一色の長杖スタッフを手に、兵士達の前へ躍り出た。

「神に逆らう悪しき魔術士よ、貴様もこの魔族共と同じよう、磔にしてその屍を晒してくれる!」

 叫んだ彼の戦意は最高に達していた。

狂化バサーク状態など、所詮は肉体の力を高めるだけの効果しかない、言葉も忘れるほど思考能力を無くした獣以下の相手に、この私が負けるはず無いっ!!)

 狂化バサーク最大の弱点をよく知るキルヴァンは、この相手に対する勝利を確信した。

 だが、

「そうか、お前がやったのか……」

 静かに呟いたクロノの声は、彼の耳には届かなかった。


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