第667話 炎龍(1)
蒼月の月18日。
クロノ、リリィ、サリエルの三人が第三王子捜索のクエストに参加して、バルログ廃鉱へ入ってから、早くも一週間が過ぎようとしている。
「……遅い、ですね」
一人、ダマスクのトール重工へ残ったフィオナは、すでに何度目になるか分からないつぶやきをもらしていた。
寂しい、という感傷的な気持ちも多分に含まれているが、感情論を抜きにしても、一週間が経過しても廃鉱に潜って以来、何の音沙汰もないのはおかしな話である。
すでに王子の生存も絶望視され、捜索を諦めて帰還する冒険者達も日ごとに増えてきている。クロノが捜索を断念しなかったとしても、この期間に一度も地上に戻らないのも不自然だ。
無論、三人の力と、莫大な物資を持ち込める空間魔法があるため、ダンジョン内で一週間を過ごすことそのものは難しくはない。だが、あえてソレをやる理由もない。
何より、パーティメンバーであり恋人であるフィオナ一人を残してきているのだから、一度くらいは状況報告に戻ってくれてもいいはずだ。
「ま、まさか、クロノさんはそんなに私と会いたいワケではないのでは……」
そら恐ろしい予感に、背筋がゾっとするフィオナだが、
「いや、ないですね、それはない」
特に根拠はない不思議な自信で、全く気にしないことにした。
「しかし、あまり帰りが遅いと、二次遭難という可能性もなきにしもあらず、というヤツでしょうか」
バルログ山脈の遥か地下深くで迷子となったとしても、あの三人が即座にどうこうなるワケではないので、あまり心配はしていない。バルログ廃鉱は、長大なドワーフの坑道と、地中モンスターのトンネルが入り組んだ巨大な地下迷宮と化している。多少、迷ってしまうことは十分にありうる。
「そろそろ、探しに行ってもいいかもしれませんね」
すでに、トール重工に留まる理由はない。
フィオナの新たな杖『ワルプルギス』は、ついさっき、完成を迎えたのだから。
「おう、待たせたな、魔女の嬢ちゃん」
トール重工本社、一番工房の待合室の扉を開けて、ここ一週間ですっかり見慣れた工房長デインが現れる。
『ワルプルギス』の製作は、かなりの無理難題を吹っ掛けることの連続で、デインの顔は若干やつれていた。この一週間、ほぼ不眠不休の作業をしたと思えば、無理もない。
「はい、お待ちしてました」
「コイツもようやっと完成だ。はぁ……やれやれ、いくら恩があるったって、割り合わねぇ仕事をしちまった」
「それはどうも、お疲れ様です」
「他人事のように言いやがって。嬢ちゃんの無茶のせいで、こんなに苦労させられたんだろうが」
「仕様です」
情け容赦のないフィオナの台詞に、大きく溜息をついてから、デインは手にしていた黒いケースをテーブルの上に置いた。
「まだ封印状態だ。ここで開けるんじゃあねぇぞ。大爆発されちゃあ、堪らねぇ」
「そんな危険物のように言わなくても」
「どっからどう見ても、危険物だよコイツぁ。暴走した大魔法具級のな」
何の変哲もない、長方形の黒いケースは静かに置かれているのみ。だが、素人が見ても、どこか異様な雰囲気が漂っているのを感じることだろう。それはさながら、呪いの武器のように……
「改めて、お礼を申し上げます。ありがとうございます。デイン工房長、貴方でなければ『ワルプルギス』は完成しなかったでしょう」
「なに、嬢ちゃんもその若さで大したもんだったぜ。加護に関わる術式は、全部任せきりになっちまったからな」
お互いの仕事ぶりを讃え合って、ついにフィオナの手に新たな長杖『ワルプルギス』が渡される。
完全に依頼が果たされた、その時であった。
「工房長、大変です!」
「おいおい、なんだぁ、やかましいぞ」
血相を変えて飛び込んできたのは、本社の受付嬢である。
七日目の徹夜明けに勘弁してくれと、とでも言いたげな表情のデインだが、全く構わず彼女は叫んだ。
「フレイムオークの大軍が現れました!」
「なんだとぉ! ついこの間、討伐されたばかりじゃねぇか」
「今回のが本隊だそうです。前のやつよりも、何倍もの戦力だとか」
「緊急クエストは?」
「えっ?」
いきなり、フィオナに口を挟まれて、やや面食らったような受付嬢だったが、彼女がランク5冒険者であることをすぐに思い出したのだろう。一拍置いてから、はっきりと答えた。
「ついさっき、冒険者ギルドから正式に『フレイムオーク軍討伐』の緊急クエストが発令したそうです」
「そうですか」
一つ頷き、フィオナは黒いケースを手に立ち上がる。
「おいおい、嬢ちゃん、まさか――」
「試し撃ちには、ちょうどいい相手でしょう」
蒼月の月19日。早朝。
首都ダマスクより僅か数十キロしか離れていない、バルログ山脈の開けた麓に、アダマントリア軍とフレイムオーク軍はそれぞれ陣取り、静かな睨み合いを続けていた。
即座に戦端が開かれなかったのは、フレイムオークが地上に出現してからは、陣を設けるだけで動き出さなかったこと。
そして、オーク側の陣の方が山の高所にあり、不用意に攻めるにはアダマントリア側の不利になることから。
結果、今は敵が打って出るのを待ち受けている状況であった。
「おう、奴らの様子はどんなもんや?」
前回同様、討伐軍の司令官としてやってきたのは、アダマントリア第一王子ブレダである。
一晩で建築した簡易的な砦の中で、ひとまずの状況報告を聞く。
「不気味なほどに静かですね」
答えているのは、弟である第二王子ダレス。
前回を遥かに上回る規模の大軍が相手ということで、参謀役として明晰な頭脳を持つダレスもついてきたのだった。
「そいつは、妙やな。いつもの奴らなら、地上に出た途端、雄たけび上げて突っ込んでくるで」
「そうです、兄さん。つまり、いつものパターンではない、ということです」
まず、と前置きして、ダレスは机上に広げられた山麓近辺の地図を示す。
「今回、奴らが現れた場所は、これまでにない全く新しいポイントです」
「せやから、あんな大軍がこんなダマスクの近くにまで出よったんやな」
フレイムオークの常套手段は、バルログ廃鉱を通って、首都ダマスクの近くにまで接近し、地上に出るというものだ。誰にも把握しきれない巨大な地下迷宮を通るため、監視の目にも限界がある。地上に出る穴だけでも、山脈中に何千か所もあるのだから。
もっとも、古来より戦い続けていれば、おおよその侵攻ルートは割り出されるし、首都近辺となれば、何もなくとも相応の警備も敷かれている。
今回の侵攻では、地上に出るまでフレイムオークの出現に気づけなかったのだが、それは正に、普段固めている防備の隙間を突かれたからに他ならない。
「この場所に現れたのは、奴らが新たにトンネルを掘ったからです」
「せやかて、首都の近くでトンネル工事なんてやろうもんなら、それだけで気づかん方がおかしい――いや、まてや、っちゅーことは!」
「奴らは、大型のサンドワームを複数、使役しています」
技術に優れるドワーフでも、パワーが有り余るオークでも、トンネルを掘るというのは非常な重労働だ。しかし、それをものともしないのが、サンドワームをはじめとする、数々の地中モンスターである。彼らは、生まれもった地面を掘り進む身体構造、あるいは固有魔法によって、魚が水の中を泳ぐように、悠々と地中を進む。
もし、巨大なサンドワームを、自らの使い魔として使役できたなら、短時間で万単位の軍勢を通過させるに足るトンネルを開通させるのも、そう難しくはない。
「なんちゅーこっちゃ、ほなら、奴らの大将は魔術士クラスやないか! それも、トンネル掘れるだけのサンドワーム多頭飼いたぁ、相当なもんやぞ」
「ええ、その通りです。敵陣を偵察した結果、どうやらサンドワームの他にも、複数のモンスターを控えさせているようです。その中には、ラヴァギガントピードも」
むむむ、と流石に武勇に優れるダレスも渋い顔で唸る。
ラヴァギガントピードは、ランク4でも上位に位置する危険なモンスターだ。サラマンダーを上回る耐熱温度を誇る、硬質な分厚い甲殻に全身を覆われた上に、やたらめったらマグマブレスを乱射する、非常に攻撃的かつ破壊的な性質を持つ。
コイツが一頭、軍の真ん中に乱入してきたら、下手すればそれだけで戦線が崩壊しかねない。使役されるラヴァギガントピードは、フレイムオーク軍にとっての決戦兵器とも呼べる威力を誇るだろう。
「ですが、最も警戒すべきは、それほどの力を持つ魔術士の大将が指揮を揮うということです。恐らくは、魔法の実力と共に、知能もかなり高いかと」
「知恵の回るオークほど厄介なモンはないってか」
筋骨隆々の巨躯を誇るオーク種は、見た目通りの優れた身体能力を誇る。人型の種としては、総合的なフィジカル面では最高峰の能力であろう。
優れた肉体を持つ反面、野生のモンスターオークは知能に劣る、野蛮な獣も同然だ。石器の武器を作れるだけで、かなり優秀。技術の発達がありえないのだから、戦術論など生まれるはずもない。
そうした知性の欠如は、モンスターである証ともいえるが……稀に、高い知能を誇りながら、なおかつ、野蛮で残忍な本能で動くモンスターのままでいる者も現れる。
それが正に、今回のフレイムオーク軍を率いる大将であるに違いない。
勇猛果敢な圧倒的パワーの凶暴なオーク軍団を、明確な知性を持つリーダーが統率すれば、その戦力は何倍にもなるだろう。
「あそこで陣を構えたまま動かないのも、何かの策である可能性も考えられます」
「確かに、奴らは何かを待っとるような気配はするが……」
「すぐに敵陣へ仕掛けるか、それとも、このまま迎撃態勢を維持するか。一考すべきかと」
「うーむ……」
ラヴァギガントピードをはじめとするモンスターを揃えていようが、真っ向勝負すれば勝てるだけの戦力はある。こうして、睨み合いを続けている間にも、ドワーフの職人が腕を振るって防御陣地を固めている。向こうがいつものように無策で突撃してくれれば、ほぼ損害を出さずに片付けられるだろう。
しかし、高所に陣取る敵側へと、こちらの方から仕掛けるならば、何もなくても、兵の損耗は避けられない。
相手は同じ人の軍ではなく、所詮は野生のモンスター。ならば、睨み合いの我慢比べで、人であるドワーフ側が負けるはずもない。
「うむ、ここは一つ、挑発でもして釣ってみるっちゅーのは――」
と、ブレダが対応策を切り出した時、
「報告! 敵陣に動きあり!」
伝令が飛び込んでくる。
「なんやて! 突撃してきよったんか?」
「いえ、それが……」
「兄さん、行きましょう。直接、見た方が早いでしょう」
せやな、と頷き、二人の王子は勇んで、外へと出た。
「……ふわぁ」
フレイムオークの大軍勢を前に、緊迫感に包まれたアダマントリア軍の陣中で、フィオナはどこまでも呑気に大きな欠伸をした。
開いた口はちゃんと手でお上品にガードしているからセーフ、と本人は思っているが、隣に立っているドワーフの冒険者が「なんじゃあの小娘は、緊張感の欠片もない……」と呆れた視線を送ってくることに気付いていない。
フィオナとしては、つい昨日、完成したばかりの『ワルプルギス』を手に颯爽と戦場へ馳せ参じたのだが、意外なほどにフレイムーク軍が大人しくしているせいで、いまだ戦端は開かれずにいた。こんなことなら、もっとゆっくり準備と腹ごしらえを済ませてから来れば良かったと、若干、後悔。
「はぁ、朝食も侘しいですし」
ここ最近は、食事関係はサリエルに甘えっぱなしだったので、いざソロで戦場まで出張ってくれば、ロクな携行食料を持ち込んでいないことに気づいたのは、昨晩のことであった。パンにスープに干し肉と、冒険者にとっての定番メニーかつ、ランク5に相応しい高級品ではあるものの、いつも作り立てで創意工夫を凝らした美味しいサリエル飯に慣れきった今となっては、市販品ではとても物足りない。
贅沢は敵、とは誰の言葉であったか。
「ほぁ……」
起き抜けで眠たいし、食事はイマイチだしで、すっかりモチベーションの上がらないフィオナは、いつにもましてボンヤリしながら、戦いが始まる時を待っていた。
だが、すぐに異変を感じ取る。
「――ん」
焦げ臭さが、不意に鼻を突いた、気がした。
スンスンと鼻を鳴らして、左右を眺めてみるが、誰かが肉を焼きすぎて焦がしただとか、テントに火の粉が燃え移っただとか、そういった事故ではなさそうだ。
そもそも、焦げ臭いと感じたのは、嗅覚ではない。
「火の原色魔力、ですか。それも、かなりの高密度で……集まっている?」
焦げ臭さ、はただの錯覚。真に刺激されているのは、魔力を察知する第六感である。
バルログ山脈はパンドラでも有数の、火の原色魔力が濃い地域だ。火属性への適性が異常なほどに高いフィオナにとっては、心地よい環境でもあり、現実として、炎の魔法の威力にもプラスの影響が自然と出るような場所である。
魔力が濃いのは、そこに太い地脈が走り、大きな龍穴ができているため。オリジナルモノリスが存在するだけあって、首都ダマスクは火を中心とした、巨大な龍穴の真上にあたる。
そして、炎魔法の天才たるフィオナには、このおおまかな火の地脈と龍穴、その魔力の流れを感じとることができるのだ。
野を流れる大河のように、自然に流れるがままだった地脈が、乱れた……いや、大きな流れのごく一部、ほんの僅かな量が、本流を離れて別な場所へと流れてゆくのを察知した。
バルログ山脈の大地脈からすれば、極々微量な原色魔力。しかし、人が魔法として扱うには、あまりに莫大な魔力量の動きである。
その変化を、フィオナは焦げ臭いと錯覚するほど、強く第六感の刺激を受けたのだった。
「魔力の向かう先は……」
顔を上げれば、視線の先にあるのはフレイムオークの本陣。
魔力の流れは、真っ直ぐにそこへ向かっていた。
「これは、あまり良くないですね」
いかにも敵に秘策アリ、といったところ。その内容は、どう考えても集約した莫大な炎の原色魔力で、大規模な攻撃魔法をぶっ放すことに違いない。
さっさと避難すべきか、と冷静な損得勘定がまず脳裏に過ったが、手にしたワルプルギスがその考えを遮る。
この新たな杖を作ってもらった恩が、ダマスクにはある。今後、何か高度な武器や魔法具が入用になった時、トール重工が健在でなければいけない。万に一つでも、フレイムオークが首都を蹂躙するようなことは、あってはならない。
そして何より、大勢の人々を守るのは、クロノも喜んでくれるだろう。
「皆さん不在の今、私が一人で活躍したとなれば」
これはひょっとすると、上手くいけば一ヶ月くらいクロノを独占できるくらいの手柄になるかもしれない。
「いいですね、是非、このプランで行きましょう」
逃走から一転、ヤル気に満ちたフィオナは、堂々と敵の秘策たる大魔法に対抗すべく、静かに陣の最前列へと歩き出した。
そうして、一晩ちょっとで作られたとは思えないドワーフ謹製の妙に立派な石垣から敵陣を眺めると、いよいよ相手も動き出す。
ドーン、ドーン! と大きな太鼓が打ち鳴らされると、熱狂するようなフレイムオーク達の大歓声が響きわたって来た。
「おい、奴らいよいよ来るで!」
「アイツが大将ちゃうか?」
「いや待て、なんや、様子がおかしい」
ついにフレイムオークが突撃してくるか、と周囲で武器を構えるドワーフ戦士達が意気込む。アダマントリア軍の本陣に、緊迫感が満ちていく。
その一方、ついに敵陣から進んで出てきたのは、トロールタイプの巨漢が担ぐ神輿の上で、長大な杖を構える、三本角のフレイムオーク。
その出で立ちからして、まず間違いなく魔術士クラスの総大将。
そして、フィオナは一目で察した。地脈から魔力を割いて集める大魔法の術者が、ソイツであると。
「アブダ、ヴィダ、トゥー、バララグラ、ダド――」
詠唱が始まった。
人の言語ではない言葉。鳴き声に近いモンスターのオークが発する言葉だが、それは確かに魔力を操る旋律をもって紡がれる。地面の下を通って、密かに集めた大量の原色魔力が、ついに魔法という形をもって顕現し始めた。
まず、描かれるのは巨大な魔法陣。迸る炎が地面を縦横に走り回り、瞬く間に形成されてゆく。
それと同時に、大将の乗る神輿の後ろから担ぎ出されてきた、数々のモンスターが入った檻が、描かれた魔法陣へと運ばれる。
複数のサークル状の陣へ、檻ごと投入されると、中にいる獣型のモンスターはたちまち全身に火がつき、轟々と巨大な火柱と化して燃え上がっていく。
「なるほど、生贄の儀式魔法ですか。定番ですね」
フィオナにとっても、火あぶりの形で生贄に捧げるのは馴染み深い。
生贄は遥か古代すら超えた神代、人が初めて魔法を使ったその時から行われていたという、最古の魔法儀式の一つでもある。その効果は単純にして、絶大。
多くの獣達を灰燼に帰しながら、炎の大魔法は加速度的に力の気配を高めてゆく。地下に溜まった莫大な炎の原色魔力は魔法陣を介して地上へと放出され、今や濃密な魔力の気配と共に、熱風と化して麓一帯に吹き抜けていく。
その熱い風は、離れたアダマントリア軍の本陣にまで届くほど。フィオナの頬を、一筋の熱風が撫でて行った頃、ついに三本角のフレイムオークが行使する生贄儀式の大魔法は完成した。
「グラ! ザマ! イアル、ゼメタグム、オー、バルログ――『イチノオロチ』」
山を揺るがす大爆発。
噴火、ではないが、そのようにしか見えなかった。
巨大な炎の魔法陣は、燃え盛る火炎の代わりに、大地から大量のマグマが噴き出したのだ。
無数の溶岩弾をまき散らしながら、間欠泉のようにマグマの奔流が噴き上がる。見上げるほどに巨大な溶岩の柱は――不意に、ユラリと動いた。
「……炎龍」
フィオナの隣、斧を構えていたドワーフの戦士が、ポツリとそう呟いた。
「え、炎龍や!」
「ウソやろ、炎龍を呼び出しおった」
「ま、まさか、炎龍を操っとるんか!?」
勇猛果敢といわれるドワーフ戦士達が、揃って恐れの声を上げていた。
フィオナには、ただ大きくマグマが噴き出ているようにしか見えなかったが……徐々に、それが形となって動き出すと、ようやく理解した。
マグマそのものが肉体なのだ。ドロドロと流れゆく灼熱の溶岩が、蛇のように細長い一本の体と化している。
地面から這い出るように、ゆっくりと左右にユラユラ蠢きながら、噴き出たマグマの間欠泉の先端は、気が付けば、真紅に輝く鋭い眼光を宿した、大きな咢を持つ大蛇の、否、竜の頭となっていた。
溶岩の肉体から、近づくだけで灰になりそうな灼熱の魔力を発しながら、ついに形を成した炎龍が吠えた。
ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
バルログ山脈の支配者。恐れ知らずのドワーフでも、裸足で逃げ出す炎のドラゴン。
布陣したアダマントリア軍を、天高く頭を持ち上げた炎龍が睥睨する。
この山で最強のモンスターが姿を現したことで、ドワーフの戦士団も、冒険者達も沈黙せざるをえない。
「あれが噂の炎龍ですか」
故に、その時、動いたのはフィオナだけであった。
恐れもなく、驚きもなく、目の前にある現実を受け止める、いつもの無表情で。
「いいでしょう、相手になります」
ただ、立ち塞がる敵に向かって、彼女は杖を抜いた。