第666話 灼熱坑道(2)
ラヴァギガントピードは、鮮やかな赤い甲殻の巨大なムカデ型モンスターだ。ギガントピードという巨大ムカデがいるのだが、ソイツが火属性の性質を得たのが亜種のラヴァだ。
主に火山地帯に生息することから、火山大ムカデという安直な名前で呼ばれることもある。
バルログ山脈に満ちる潤沢な火と土の原色魔力の影響を受けて、この辺に巣食うのはより大きく、より強い、とダマスクのギルドでも要注意モンスターと言われている。
「随分と傷だらけだが……消耗しているワケではなさそうだな」
現れたムカデは、大剣で斬りつけたような傷跡、甲殻の亀裂がやけに目立つ。特に、頭部には大きく縦一文字の切り傷があり、右目まで切り裂いている。隻眼といってもいいだろう。
だが、どの傷跡も出血はなく、甲殻が再生しつつあった。どこぞの大剣使いと一戦交えた後、この巣穴に籠って療養中、といったところだろうか。
ひょっとしたら、あの傷痕は第三王子カールが最後の最後で決死の抵抗を試みた証かもしれない。
どうであれ、ここでコイツを討伐することに変わりはない。
「魔弾」
さて、コイツの防御力はどんなもんかと思い、とりあえず先制攻撃。
俺とサリエルは示し合わせたように、魔弾を撃つ。『デュアルイーグル』と『EAヴォルテックス』が火を噴く――と同時に、相手も一発、ぶっ放してきた。
ギチギチと開かれた大口から放たれたのは、火炎、ではなく、マグマの奔流である。オレンジ色に輝くドロドロとした流体が、消防車の放水を何十倍にもしたような太さと勢いで殺到してくる。
流石に、アレに当たれば熱いじゃ済まなそうだ。
俺は『暴君の鎧』のブースターで、サリエルはそのまま走って、ムカデのマグマブレスを回避する。
「やっぱり、このサイズの奴だと、魔弾も通らないか」
回避運動で走り回りつつ射撃を継続しているが、赤い金属光沢を持つ甲殻は余裕で弾丸を弾き、ヒビ一つ入らない。治りかけの亀裂に当てても、特に効果は見られない。どれだけの硬さと厚さがあるのか。恐らく、グレネードでも対してダメージは通らないだろう。
かといって、こんな遥か地面の下で『荷電粒子砲』をぶっ放すなんて、馬鹿な真似はできない。
「なら、斬った方が手っ取り早い!」
デュアルイーグルと入れ替えに、影から呼び出すのは「ヒツギですか!」違います、鉈先輩お願いします。
黙って『絶怨鉈「首断」』を手に、真っ直ぐラヴァギガントピードへと迫る。
サリエルも俺と同じ考えを抱いたか、『反逆十字槍』に持ち替え、反対方向から接近していった。
「えーい!」
リリィは俺達前衛組みの接近を援護するように、とりあえず『メテオストライカー』で派手なビームを撃ちまくっている。
ラースプンを相手にした時と同じように、熱に強いモンスターに対して光魔法は効果が薄い。マグマブレスを吐くレベルのムカデには『白光矢』程度では目くらましにしかならないが、ただの援護ならこんなもんで十分だ。
眩しい光を浴びせてくるリリィに対し、ムカデはかなりお怒りの様子で、ギーギー鳴きながらマグマブレスを放っていた。
その間に、洞窟内を無駄にグネグネと動き回る、奴の胴体まで到着だ。
「『黒凪』」
「『一穿』」
赤い甲殻に炸裂する、黒い斬撃と刺突。
俺とサリエルの武技はそれぞれ、硬く分厚い甲殻を破る。
「うおっ、危ねっ!?」
ブシャアア! と傷口から噴き出すのは、血液ではなく、マグマブレスと同じ溶岩のような灼熱の体液であった。
ちょっと飛沫がかかってしまったが、幸い、『暴君の鎧』の耐熱温度を上回るほどではなく、ノーダメージで済んだ。
サリエルの奴は、予想していたのか、修道服にコゲ跡一つつけずに、華麗に避けていた。くそっ、こういうところで、まだ彼女には敵わないなと思ってしまう。
「マスター、一度離れた方がいい」
「ああ、何かちょっとヤバそうな雰囲気――」
甲殻をぶち抜いて傷を負ったせいか、ムカデは声を上げて激しく体をくねらせる。元々の巨体に、無数の鋭い足をもつムカデがのたうち回るというだけで、物理的に危険な状態ではあるのだが、それ以上の何かがある、と察し、サリエルの言う通りに後退した。
その直後、ムカデの体全体が赤い靄のようなモノに包まれた、と思った瞬間、
ブォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
凄まじい勢いで、赤く煙ったガスが噴き出た。
ムカデの全身から噴出しているのは、どうやらかなり高温なようで、灼熱の熱風となって洞窟内を吹き抜けていく。
離れていたお蔭で、熱いな、と感じる程度の温度で済んだが、至近距離でアレを浴びれば人間など丸焦げになるだろう。俺達でも、少々のダメージは免れえない。
「なかなか厄介なムカデだな」
遠距離はマグマブレスで、接近されても高熱ガス噴射で、死角なく対処できる。ギルドで警告されるだけある、危険で万能な能力を持っているな。
ならば、出し惜しみせず、加護を使って一気に倒すか。
「クロノ、サリエル、もう一回行って!」
思ったところで、リリィが叫んだ。
どうやら、幼女なりに考えがあるようだな。ならば、俺は彼女を信じよう。
「行くぞ、サリエル。次で決める」
「はい、マスター」
ひとしきりガスをまき散らしてから、再び縦穴の中を這いまわってはマグマブレスを吐きまくるラヴァギガントピード。火山の噴火を突っ切るような気持ちで、溶岩が降り注ぐ中をひた走る。
幸い、奴から見れば小型で、素早い獲物である俺達に対して、あまり正確に動きを捉えられていない。ブレスの狙いはかなり大ざっぱだ。強引に距離をつめられないほどではない。
問題は、間合いを詰めたその先だ。
重厚な鎧に包まれていても、肌がひりつくような熱い感覚。
高熱のガス噴射がくる予感、いや、確信といってもいい。
ムカデの野郎も、俺達が懐に飛び込んできたと察して、全開でぶっ放すに決まっている。
けれど、リリィが行けと言ったなら、何も考えずに突っ込んでやるさ。だから、俺はただ力いっぱいに、『首断』を振りかぶる。
ブォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
そうして、視界が真っ赤に染まるほどの高熱ガスが噴き上がる。
だが、熱くない。むしろ、少しばかり涼しいくらいだ。
「こーるどしーる!」
疑似氷属性を利用した『封冷撃』は、着弾と同時に凍り付く、封印、といえば大袈裟だが、拘束用の魔弾である。
俺が使えるなら、リリィも当然、使える。そもそも、リリィは普通に氷属性魔法が使えるのだ。イルズ村でアイスキャンディーを作ったのは、リリィが氷の吐息でフーフーしてくれたから。
普段の戦闘では、光魔法があまりに強すぎるので、並みレベルの適性な氷属性は使わないし、必要だったらフィオナの方が使ってくれるので、リリィ自身が光以外の属性を行使する機会が『エレメントマスター』での活動中にはなかった。
だが、今回はフィオナ不在に、光耐性持ちのムカデ、という珍しい条件が重なり、リリィの氷魔法の出番となったわけだ。
そうして放たれた『こーるどしーる』は、冷気を帯びた風の結界となって、俺とサリエルの二人をピンポイントでガードしてくれた。
灼熱のガスは凄まじい勢いで噴出しているが、全体に放出しているだけなので、ブレスほど収束してはいない。つまり、散らしやすいのだ。
物理的な盾では防ぎにくいガス状の攻撃は、風の防御魔法で吹き散らすのがセオリーである。ラヴァギガントピードがまき散らす熱風を、渦巻く気流で巻き上げて直撃を防ぎつつ、氷属性の冷気を加えて高熱もシャットアウト。結果、俺の体にはクーラーの冷風を浴びるような涼しさしか感じないというワケだ。
『封冷撃』は撃った相手を凍りつかせるだけなので、俺にはこういう応用技は咄嗟にはできないだろう。
高熱ガスを防ぐためだけに、リリィが編み出した即席の冷風結界は、ほとんど彼女のオリジナルといってもいいかもしれない。
ともかく、リリィのお陰でガス噴射は防ぎ、俺達はただ全力で武技を放つだけの、楽な仕事を遂行するのみ。
「『闇凪』」
「『撃震穿』」
ランク5冒険者二人分の、会心の武技が炸裂。
大振りに振るった漆黒の斬撃が、硬く分厚い甲殻に包まれた長大な胴を横薙ぎに切り裂き、黒雷が迸る逆十字の穂先が粉微塵に頭を吹き飛ばす。
そうして、噴火でもするかのようにマグマの体液をド派手にまき散らしながら、火山ムカデは倒れた。
二度、三度、長い体が大きく跳ねたが、それきり。百を越える鋭い足先をピクピクさせているだけで、斬られていない無傷の部分だけ元気に動き出す、ということもなかった。
「ありがとな、リリィ、完璧なフォローだったぞ」
「えへへー」
再び動き出さないかどうか残心している最中に、あからさまに褒めて欲しそうにリリィが傍をチョロチョロし始めたから、もういいかと思って戦闘終了気分である。
俺の代わりに、サリエルが十字槍で灼熱の体液を垂れ流すムカデの死骸をツンツンしてくれているから、死亡確認はお任せしよう。
すっかり仕事が終えた気分だが、今回は討伐クエではなく捜索クエなので、これからまだもう一仕事残っている。
「さて、それじゃあ王子様を探すとするか」
遺骨の一欠けらでも回収できれば御の字だろう。
リリィのテレパシーでGPS代わりの古代宝珠の正確な位置を、この巨大なムカデの死骸から割り出してもらう。
うーん、とか、むーん、とか唸りながら、リリィは位置を絞り込んで行き……五分と経たずに、宝珠を発見した。
「――結局、見つけられたのはコイツだけか」
綺麗な青い光がボンヤリと灯る、拳大の球。こうして直接、手で持ってみれば、なるほど、俺でも少々変わった気配の魔力を感じることができる。
ムカデの腹の中から無傷で出てきたのは、この古代宝珠一つきりで、他には王子様どころか、人だと思えるようなモノは何一つ見つけることはできなかった。
「肉食の大型モンスターは非常に消化能力が高い。人間サイズの死体を消化するのに必要な時間は――」
「いや、そういう情報は今はいらないかな」
要するに、ラヴァギガントピードに食われた王子様の体など、一片たりとも残っているはずがないということだ。
「遺品を回収した、ということで納得してもおう」
「やったー、クエストクリアだー!」
「今はクリアを喜ぶタイミングでもないからな」
どうしてウチの女性陣はこうドライなのだろうか。冒険者だからか。そういうことにしておこう。
ナムアミダブツ、と俺だけはせめて念仏の一つでも唱えて、第三王子カールの遺品となる宝珠を『影空間』に仕舞いこむのだった。
回収した古代宝珠と、王子の死亡が確定するという残念な結果とを持ち帰るべく、俺達はさっさと縦穴を後にする。
折角ここまで潜って来たから、冒険者としては少しくらい宝探しでもしていきたい気持ちもあるが、そういうワケにもいかないだろう。フィオナも待っていることだし。
そうして、真っ直ぐに地上を目指して戻り始めた、直後のことだった。
「……マスター、敵の気配を察知しました。かなりの数がいるようです」
「やっぱりか、俺もそんな気がしたところだったんだ」
古い坑道と地中モンスターが作ったトンネルが複雑に入り組む下層域の真っただ中で、俺もサリエルも、そして勿論、リリィも大きな気配を感じ取った。
まだ姿は確認していない。だが、俺達のいるすぐ傍を、ゾロゾロと大軍でも移動しているかのような、そんな気配が第六感にビリビリと訴えかけてくるのだ。
「まさかとは思うが、ここにも『バグズ・ブリゲード』の巣ができたワケじゃないよな」
モンスターの大群といえば、最も記憶に新しいのがアイツらだ。
「ダマスク冒険者ギルドの記録によれば、『バグズ・ブリゲード』がバルログ廃鉱に巣を作ったことは一度もない」
奴らは地中深くにまで巣を伸ばすことはあるものの、地中モンスターではない。地表に出て獲物を求める性質上、地面の下だけで活動するような真似はしないだろう。
「帰還ルートを変更すべきかと」
「ああ、けど……ただ避けていくってワケにもいかないだろう。もし、こんな数のモンスターが上に出て来たら大事だぞ。正体の確認くらいはしておきたい」
これがただダンジョン内だけで済む出来事ならば、なんの問題もない。しかし、人とモンスターの生息域が明確に区分けされているゲームではない、異世界の現実としては、ダンジョン内で増えすぎたモンスターが外にまで溢れ、人里を襲うという災害は普通に起こりうることだ。
それがどれほど危険かというのは、イスキアのグリードゴアに開拓村のグラトニーオクト、そしてファーレンのバグズ・ブリゲード、すでに三度ものモンスター軍団と戦った俺は嫌と言うほど知っている。
俺達が身を潜めて帰るのは簡単なことだが、こうして危険を察知してしまった以上、危機に備えて情報収集くらいはしておきたい。何より、俺自身もこの不穏なモンスター軍団が気になる。
わざわざ余計な危険に首を突っ込むような真似をする俺の意見だが、サリエルは微塵も不満を漏らさない無表情で、唯々諾々と従ってくれた。リリィも特に口を挟まなかったので、偵察くらいはOKだと判断してくれただろう。
「サリエル、先行してくれ。大軍に見つかったら厄介だからな」
「はい、マスター」
「リリィはプレデターコート着てような」
「はーい」
隠密行動とはまるで無縁な光り輝く妖精さんを便利な透明マントで隠して、準備は完了だ。
「失礼ながら、マスターの『暴君の鎧』も目立ちます」
「あっ、ごめん」
そうだよな、赤い魔力ラインが光っているから、暗闇でも一発で見つかるデザインなんだよなコイツ。
実は光学迷彩みたいなステルスモードとか搭載されたりしてない?
「……」
ミリアがだんまりを決め込んでいるということは、ないってことだ。
俺は大人しく鎧を脱いで、最も着慣れた『悪魔の抱擁』姿となる。
これで、今度こそ準備完了である。
そうして、気配と足音とを殺して、不穏な気配を発する方向へと近づいていく。
サリエルはほとんどマップに書かれていない、入り組んだ坑道と洞窟の迷宮を、迷いなく歩いていく。幸い、途中で他のモンスターに絡まれることなく、無事に進むことができた。
「マスター」
「ああ、分かっている」
曲がりくねった狭い坑道の先に、灯りが漏れているのが見えた。赤々と燃える火の輝きだ。
それは、何者かが松明を焚いていることの証。そこまで見えれば、耳にも大勢の足音と、気味の悪い呻き声や囁き声が届いてきた。
俺達は慎重に接近し、こんな地の底を行軍してゆく者達の正体を確認する。
「――やはり、フレイムオークか」
鮮やかな赤色の肌に、筋骨隆々の巨躯。そして、恐ろしげな角の生えた鬼の顔。
見るのは初めてだが、コイツらがフレイムオークで間違いない。
古くからドワーフと因縁のあるモンスターである。バルログ山脈で大軍を成すモンスターといえば、まずコイツらが筆頭としてあげられる。
第三王子が行方不明となったのも、何十年かぶりに宿敵たるフレイムオークが軍勢を率いて攻め込んで来たからだ。
「ってことは、先日の奴らはただの先遣隊で、こっちが本隊だったってことか」
「はい。進んでいる方向からして、ダマスクを狙っているのは明らか。単なる移住のための移動だとは考えられない」
首都ダマスクを襲うためのフレイムオーク軍、ということでやはり間違いなさそうだ。
かなり、まずいことになってきたな。
奴らが進んでいるのは、巨大な鍾乳洞である。そこを長蛇の列をなして進んで行くフレイムオークの数は、ざっと見て五千はありそう。俺が今ここで眺めている奴らだけで全軍だとも思えないから、さらに兵数は多くなると考えられる。
数だけでなく、兵の質もなかなか高そうだ。
通常のフレイムオークは真っ赤な肌をもつだけだが、より強力な力を持つ者は、鉱石を食べて天然の鎧となる甲殻ができ、体内にはラヴァギガントピードと同じくマグマのような血が巡るという。
進む兵の中には、全身鎧を着こんだような、ゴツい姿ばかりの集団も複数混じっている。あれが奴らにとっての精鋭部隊であろう。
他にも、相撲取りのような体型で、身長が4メートル近くあるトロールタイプの奴もかなりの数がいた。
「なぁ、あの檻に捕まってるモンスターはなんなんだ? 使い魔ってワケでもなさそうだし」
気になったのは、木や鉄の檻の中で生け捕りにされているモンスターを、わざわざ運んでいることだ。捕まっているのは、森にいるような狼や猪など、獣型が中心だ。バルログ廃鉱に出る地中モンスターは一体も見当たらない。
「食べるんじゃないの?」
「なるほど、如何にも肉食だもんな」
戦地でも新鮮な肉を食いたい贅沢品、なのだろうか。
そうだとすれば、なるほど、確かに贅沢品を消費しそうな奴が、すぐ傍にいた。
「アイツがボスだな」
トロールに担がせた大きな神輿のような上で、一体のフレイムオークがふんぞり返っている。そういえば、開拓村を襲ってきたゴブリンも、神輿に担がれていたな。人型モンスター業界でのスタンダードスタイルなのだろう。
フレイムオークのボスは、他の奴らに比べればやや細身の引き締まった細マッチョな体型。体中には、無数の蛇が絡みついているような黒い入れ墨が入っている。何となく、まだかなり若いように思える。フレイムオークにとっての王子様なのだろうか。
体型こそ細いものの、額と側頭部から生えた三本の角は、どのオークよりも長く立派で、さながら王冠のようである。
真っ赤な毛皮に煌びやかな装飾品を身に着け、立派な三本角が飛び出る派手な専用の兜を被っており、その姿も装備も立ち位置も、他の奴と明らかに異なっているのは一目瞭然だ。
「はい、軍を率いる総大将に違いない。基本的にモンスターオークの頂点に立つのは強く大きい個体ですが、魔法に優れた魔術士タイプがなることもある。その場合は、知能も回るため、通常のボスが率いるよりも、より厄介で強力な軍隊となります」
どう見ても、あの細マッチョ野郎は魔術士タイプだろう。杖も持ってるし、あの入れ墨もただのファッションではなく、魔法陣として機能するはずだ。
「ここから狙撃で排除するのは……流石に、無理がありすぎるか」
今ここで、殺せないことはないだろう。
だが、殺した後、奴ら全員が俺達に向かって襲い掛かってくるのだ。いくらなんでも、あれだけの数を相手にするのは厳しい。最悪の場合、奴が強力な防御魔法でガードして、殺害に失敗する可能性もある。
あまりにリスクが大きすぎる。
ここは、大人しく退いて、情報をダマスクに持ち返るだけでいいだろう。
「情報収集としては十分だろう。地上に戻るか」
「残念ですがマスター、今すぐ実行するのは難しいです」
「どうした」
「囲まれました」
まだ見つかってはいない。
だが、ワンテンポ遅れて俺も察した。
あの鍾乳洞の他にも、ついさっきまで俺達が通って来た坑道や洞窟にも、ゾロゾロとフレイムオークの集団が現れ始めたことに。
「行軍のための道が狭いため、複数のルートに分かれて進んでいると思われる」
「で、俺達は奴らの行軍ルートのちょうどど真ん中に飛び込んじまったってワケか」
進むも退くも、オークだらけ。
これは確かに、帰還するのも難しくなってきたな……