第665話 灼熱坑道(1)
翌日、フィオナの新たな杖『ワルプルギス』製作のために、再びトール重工を訪れた。
彼女が提出した設計図を見たデインさんは、うーむ、と難しい顔で唸っていたが、男に二言はないとばかりに、引き受けてくれた。
流石に、最高級品となる魔法の杖の製作をタダでというワケにはいかず、それなりの金額は払う。それでも、十分に破格となるが。
デインさんが、依頼主であるフィオナから設計図について色々と話を始めたら、速攻で専門的な内容に突入して、ほぼ無学な俺は完全置いてけぼり状態になったので、後は当人同士にお任せして、そっと退室させてもらった。
「私はフィオナと一緒に残るわ」
「まさか、リリィ、あの二人の話についていけるのか」
「現代魔法の理論に魔法工学とか錬成術とか、神学校で習ってきたし、多少はね」
えっ、そんなの習ったっけ?
そうだ、俺は魔法関係の言語が解読不能だからその辺全部諦めたんだった。
「そんなことより、アダマントリアで最高の工房、その中に興味があるの」
「なるほど、産業スパイってやつか」
「うふふ、ただの見学よ」
そのニコニコ笑顔で、トール重工の機密を盗もうってのか。
リリィとしても、シャングリラを復興中だから、こういうところに興味があるのも本当だろう。何か、参考になることがあれば僥倖だな。
まさか、本当にスパイのような真似はするまい……しないよな?
「それじゃあ、俺はギルドでクエスト受けて来るよ」
こっちは話が長くなりそうだし、その間にできることをやっておこう。
本題である、鉄血塔のオリジナルモノリスについても、調べを進めなきゃいけないし。
「サリエル、ギルドまで案内を頼む」
「はい、マスター」
というワケで、昨日の内にダマスクの冒険者ギルドを訪れているサリエルにくっついて、向かうことにした。
クエスト・第三王子カール捜索
報酬・一億クラン
期限・見つかるまで
依頼主・国王ドヴォル・バルログ・アダマントリア
依頼内容・頼む、みんな、ワシの可愛い息子を、助けてくれ!
ちょっと王命とは思えない、アバウトな内容の依頼書に若干困惑しつつも、サリエルのオススメでとりあえず受けることにした。
依頼内容にはこれといって具体的な詳細は記されていなかったが、王子捜索の事情については昨日サリエルがリサーチ済みだったので、事のあらましは分かっている。
「正直、この王子様って生きていると思うか?」
「死亡している可能性は非常に高い」
王子救出に燃える冒険者達で賑わうギルド内では、ちょっと話しにくかったことを、場所を移してサリエルに聞いてみた。
ギルドを出る頃にはちょうどお昼時だったので、ダイナーというアダマントリアの大衆食堂に食べに来た。なんでも昨日、フィオナがフライドポテトの大食いチャレンジをしたとかなんとか。あんなの大食いするもんじゃないだろうに。胸やけでヤバいことになるのが目に見えているので、冗談半分でも、俺は受けたりしないぞ。
だが、適度な量を食べるなら、美味い、というか、普通に、いや、かなり美味いぞこのポテト。サリエルがオススメするだけあるな。
懐かしのジャンクフードの味に舌鼓を打ちながら、俺とサリエルはカウンター席に座って話し合う。バーガーにポテトと定番メニューが揃っているから、高校時代の帰り道を思い出す。もっとも、昼間っからビールをガブ飲みして盛り上がっているドワーフ達が客層の大半なので、店内の雰囲気は完全に居酒屋であるが。
ともかく、学生気分も飲み会気分も置いといて、今は真面目に仕事の話である。
「やっぱり、そうだよな」
「崩落に巻き込まれて、死亡した可能性が大。即死を免れたとしても、重傷を負っていれば、同じだけ死の危険がある」
「でも、王子様ならエルポーションくらい持ってるだろう。多少の怪我なら治るはずだ」
「ポーションによる治療にも限度がある。臓器や手足を完全に失っている場合、エルポーションを服用しても、即座に行動できるほどの回復力は見込めない」
それは確かに、その通りだ。しかし、致命的な重傷でさえなければ、かなりの傷を治すことができるのも、間違いない。
「けど、もし一命をとりとめていれば、少しは可能性もあるだろう」
「捜索対象の第三王子カールは、武勇に優れてはおらず、その体力、魔力、技量は一般人並み。崩落を無傷で切り抜けたとしても、ダンジョンである坑道内で生存できる期間は非常に短い」
王子が崩落に巻き込まれてから、すでに三日以上、経過している。確か、災害救助でも三日を過ぎると生存確率が激減する、と聞いたことがある。
崩落で生き埋めになっていれば、ほぼ確実に死んでいることになる。
そうでなくても、一般人がモンスターの闊歩するダンジョンを進むというのは、自殺行為に近い。
王子様なら装備は最上級だろうが、それを扱うのが素人同然であえれば、大した力にはならない。ランク1モンスターが相手でも、勝てるかどうか。
王子は危険度ランク4に相当する、深いエリアで行方不明となっている。果たして、そんな場所で、モンスターと遭遇せずに三日以上進み続けるには、どれだけの幸運が必要か……
「私達が探すべきは、王子の死体と考えるべき」
「妥当な表現だけど……こういう時は、一縷の望みにかける、とか言っておけ」
「一縷の望みにかける」
それはギャグで言っているのか。いや、サリエルのことだから、マジで言ってるんだろう。
なんにせよ、リリィなら古代の宝珠の魔力を感知して、上手く王子を探し出せる目算があるから、単なる現実逃避の綺麗事ってワケでもない。本当に王子が奇跡的にまだ生き延びているなら、早く助け出さなければ。
「それじゃあ、軽く準備を済ませて、今日の夕方には坑道に入ろう」
「マスター、失礼します」
口元にケチャップかソースでもついていたのか、サリエルに口をナプキンで拭われてしまった。
子供じゃないんだから、こういうの、マジでちょっと恥ずかしいんですけど……
「メイドとして、当然の仕事」
無表情ではあるが、どこか満足気な雰囲気で、ヒツギみたいなことを言うサリエルだった。
メイド長の教育が、部下にも行き届いているせいか。
今度、ヒツギとサリエルの教育方針について、話をしようと決意して、俺は店を出た。
『バルログ廃鉱』は、現在では採掘されていない場所を指すと同時に、ダンジョンの名前としても用いられている。
バルログ山脈に古代より延々とドワーフの手によって掘られ続けた坑道は、最早、誰にも全体像は分からない、広大な地下迷宮と化していた。この坑道はフレイムオークをはじめ、多種多様な地中モンスターとの戦いの歴史そのものでもある。
時には、モンスターに敗北し撤退を余儀なくされた採掘場所も多く、貴重な鉱物資源や宝石の原石なども、まだまだ沢山、埋蔵されているだろう。さらには、高品質の武具を持ったまま、志半ばで倒れたドワーフの戦士や冒険者達の遺品も転がっている。
正に、宝の山。
相応のリスクは当然あるが、この国で活動する冒険者なら必ず訪れる、アダマントリア最大のダンジョンだ。
ダンジョン指定では、地表を指すバルログ山脈と、地下坑道を指すバルログ廃鉱とで区分けされている。だが、どちらも危険度ランク5のエリアを持つ。
山の方では、炎龍が住むという山頂の火口。坑道の方は、奈落の底に沈んだという古代の街がある最下層。
どちらも、歴史上では行って帰って来た者は数えるほどしかいない、超危険なエリアである。
「今回は、ほどほどの深さのところで良かったな」
山は上に登れば登るほど、坑道は下へ降りれば降りるほど、危険度が段階的に上昇していく階層構造となっている。
王子が行方不明となった現場であるフレイムオークとの戦場は、危険度ランク3にあたる中層域といった辺り。そこから、大きな縦穴に落ちて行ったということは、ランク4になる下層域にまでギリギリ届くかもしれない、といった感じである。
「はい。いくら王子でも、最下層エリアでの遭難となれば、捜索は不可能と打ち切られる」
「一番下の街って、アヴァロンみたくなってるのかなー」
地の底に沈んだ古代都市、とは何ともロマンを感じるが、今回はそこまで踏み入るつもりはない。
王子捜索のため、クエストを受けたその日の夕方にはバルログ廃鉱へと入り、俺達は遥か地下に続く坑道を進み始めた。
メンバーは、俺とサリエルとリリィ。
今回、フィオナはお留守番となる。決して、崩落の危険性のある坑道で、彼女と一緒にいたくない、というワケではない。
『アインズブルーム』というメインウエポンを強化のために持てない現状、無理についてくるのは危険という理由と、単純に『ワルプルギス』製作のために、本人も協力した方が良さそうだから、トール重工に残った、という理由がちゃんとある。なので、断じてフィオナをハブにしたワケではないのだ。
「それにしても、これは坑道ってよりも、完全にトンネルだよな」
掘削用の重機など存在しないが、俺達が歩いている坑道は四車線ほど幅がありそうな上に、天井もかなり高めになっている。道も舗装されているし、壁もただ掘りっぱなしということもなく、しっかり石材で補強されていた。
なんとなく、もっと狭苦しい洞窟みたいなイメージを抱いていたが、むしろRPGの地下迷宮といった感じである。
「高さと幅が十分にとられているのは、ゴーレムの使用を想定したもの。ドワーフの技術と土属性魔法の併用で作られたと思われます。ただ、細く狭い支道も無数に存在する模様」
そういえば、ダマスクでは工業区画でなくても、荷物を運ぶ大き目のゴーレムの姿が見受けられた。作業用の重機ゴーレムは、アダマントリアではなじみ深い存在で、その分だけ普及もしているのだろう。
それにしても、サリエル詳しいな。
「シンクレアでも、ゴーレムは広く普及している技術。高い土木建築能力を持ち、坑道戦に利用されたこともある。ガラハド戦争で『タウルス』が実戦投入されたことで、古代の技術を利用した、次世代型の戦闘用ゴーレムが開発される可能性も高い」
「そうなると、アダマントリア製ゴーレム以上の性能になる、ってことか」
オリジナルモノリスを巡る陰謀だけでなく、単純な技術開発競争もあると思えば……個人の力ではどうしようもないな。
いくらシモンは天才といっても、ゴーレム開発にまで手が回せるはずもない。この辺は、スパーダをはじめ、各国に頑張ってもらうしかないだろう。そもそも、兵器開発なんざ国家プロジェクトに決まってる。銃の量産に手を付けた俺達のことは、もっと評価されてもいいはずなのでは。
「マスター、この辺です」
サリエルが足を止めて、簡易地図を確認する。
探しているのは、手っ取り早く下へ降りるための縦穴である。採掘した鉱石を上へ運ぶための、昇降機などが設置されていた、エレベーターシャフトみたいなものだ。
廃鉱だから、昇降機は当然、稼働していないし、完全に撤去されているところも多い。
長い下り坂を降りていくのが、下層に向かう定番コースだが、随所にある縦穴を利用できれば、ショートカットが可能だ。素人同然のランク1冒険者が飛び込めば、即死級の落とし穴であるが、俺達にとっては飛び降りるだけの近道でしかない。
「あっ、クロノ、ここだよー!」
チョロチョロしていた幼女リリィが早速、穴を発見し、何の躊躇もなく、わーい、と暗い縦穴へダイブしていった。
いくらなんでも無警戒過ぎ……といっても、ここで降りた先でも、まだ危険度ランク2程度の上層域である。たとえ落ちた先にモンスターが待ち伏せしていても、何の問題にもならない。
「わー、なんかいるよー」
どうやら、本当にモンスターが待ち伏せしていたようだ。ランク2の強さでリリィを相手にしようとは、無茶しやがって。
「万一ってこともありうるし、俺達もさっさと降りるか」
コックリと頷くサリエルと共に、一気に穴へ飛び降りる。
何秒もしない内に、そのままズン! と着地を決めたが、やはり、その僅かな間に戦闘は終了していた。
「リリィ、大丈夫か?」
「うん、ドーン! ってやったら、みんな消えちゃった」
褒めて、とでも言いたげなキラキラ笑顔のリリィの手には、『メテオストライカー』が握られていた。
流石に古代兵器な二丁拳銃はもてあますようで、『メテオストライカー』か『スターデストロイヤー』のどちらか片方だけを使用するのが、今の幼女リリィのバトルスタイルである。
小さな両手で拳銃を構える姿は、完全にオモチャの鉄砲で遊ぶ子供そのものだが、銃口から放たれるのは、低ランクモンスターなど群れ単位で消し飛ばす脅威の光魔法である。決して、人に向けてはいけません。
「やったな。それじゃあ、どんどん先に進もう」
「おー!」
という感じで、元気よく危険度ラクン2の階層を進み始めた。
王子捜索のために、結構な数の兵士や冒険者が出入りしているせいか、地上付近の上層エリアにはモンスターの姿はほとんどなかった。リリィがドーンした奴らが、坑道に入って最初のエンカウントだったし。どんなモンスターだったのかは、岩の壁や地面に残された黒いシミのようなものしか残っていなかったので、全く不明なのだが。
大した強さのモンスターではなくても、この辺まで潜って来れば、やはりそれなりに繁殖もしているようだ。そこそこモンスターと遭遇するようになってきた。
「ドーン!」
と、景気よく白銀の拳銃からぶっ放される、極太のリリィビームによって、大体は出会い頭に戦闘終了となるけれど。
「なぁ、チラっと人影っぽいのが見えた気がするんだけど、まさか、間違って他の冒険者を撃ったりしてないよな?」
「大丈夫だよ? 本当だよ?」
言う割に、語尾にハテナマークがついてるのはなんでなの?
「リリィ様が倒したのは、モンスターで間違いない。全て、人型のランク1モンスター『サンドレイス』です」
サリエルが言うならば、大丈夫だろう。
サンドレイス、ってのはスケルトンの砂バージョンみたいな奴のことだ。骨の代わりに、魔力を帯びた砂に怨念や悪霊が入り込み、人型と化して動き出す、アンデッドモンスターの一種である。
普通なら、ただのスケルトンかゾンビ、あるいは悪霊そのままのレイスか、となるのだが、こういう坑道だとか洞窟だとか、土の原色魔力が濃い場所だと、土や砂そのものに魔力が帯びるから、ソレを肉体と化したアンデッドになるという。
別に聖なる光属性じゃなくても、砂で構築した肉体を適当に散らせば倒せるので、駆け出しの冒険者にとってはちょうどいい相手だ。ただし、見た目はサンドレイスでも、実は上位種だったり、とんでもない数の群れを形成していたりもするので、油断は禁物だが。
「――大した奴は、出てこなかったな」
サンドレイスや小型のワーム、吸血コウモリなどの下級モンスターをほどほどに蹴散らして進みながら、ようやく本格的な捜索範囲となる危険度ランク3相当の中層域にまで到着。
ここまで来れば、そこかしこで捜索を行う冒険者の一団を見かけるようになった。
フレイムオークと戦った現場付近は、ドワーフの戦士団が中心に捜査網が広がっているので、そっちの方まではわざわざ行くことはない。
「それで、リリィどうだ?」
「んー、なにも感じないよ」
古代の宝珠が発するという魔力の波長を、リリィなら正確に感じ取れるという目算でやってきたワケだが、まだ何の反応もナシ。
「マスター、この中層域は最も多く捜査人員が投入されている場所です。同じようなエリアを捜索するのは、非効率」
「俺達が探すべきなのは、もう一つ下の方ってことか」
サリエルの言う通り、みんなと同じ場所を探したってしょうがない。事実、いまだ王子は発見されていないのだから。
中層域のさらに下、下層域に入った辺りのエリアにまで降りるべきか。王子がここまで落ちた可能性は十分にあるし、なにより、危険度ランク4に上がることで、捜索活動そのものが難しくなってくる場所だ。けれど、ランク5冒険者の俺達なら、この辺でもまだ安全に捜索ができるだろう。
「よし、それじゃあ下層域まで降りるぞ」
サリエルの進言を採用して、俺達はさらに下を目指した。
三つほどの縦穴を飛び下りてゆき、到着した下層域は、これまでの坑道とは随分と雰囲気が変わっていた。
「なんか、一気にボロくなったな」
「この辺はより古い時代に掘られた坑道だと思われる」
ほぼ洞窟そのままのような、荒い作りになっている。壁も地面も、石で舗装されたりはしていない。等間隔に柱と梁が張り巡らせており、それが人工物であることを示してくれている。
下層域にまで来ると、大型の地中モンスターが掘った巨大なトンネルなどもかなり多くなってくるので、ただでさえ複雑な坑道が、完全に迷宮と化している。うっかり、変なところに入り込まないよう、要注意だ。
「んー、むむむ……」
「どうした、リリィ?」
「こっち! クロノ、こっちだよ!」
どうやら、早速リリィが魔力の反応をキャッチしたようだ。
「よし、大当たりだな」
リリィの先導に従って、俺達は坑道を迷いなく進み始める。
急いで駆け出したいところだが、まだ魔力の反応は遠いようで、見失わないよう慎重にヨチヨチ歩いていくリリィについていく。
進む速度が落ちれば、自然とモンスターに絡まれることも多くなる。
ランク3相当の上位サンドレイスやロックゴーレム、荒野で襲ってきたようなそこそこのサイズのサンドワームにトゲトゲした甲殻をまとったデカいモグラのようなモンスターと、種類も数も豊富だ。この辺は流石に危険度の高い下層域といったところか。
幸い、この程度のモンスターなら俺とサリエルの魔弾で粉砕できるので、歩みは遅くとも、一度も足を止めずに進み続けることはできた。
「かなり下まで来てるんじゃないか?」
「はい、この辺の深度からは、マッピングも不完全で、大型モンスターとの遭遇率も上がる、下層域の半ばに入ります」
「だいじょうぶ、もう見つけたよ。あそこ!」
ついにリリィが魔力の発信源に辿り着いたようだ。
坑道というより、完全にただの狭い亀裂のような洞窟を抜けた先が、ゴールである。
「おお、随分とデカいな」
そこは、かなり大きな縦穴であった。ドーム球場が丸ごと一つ入りそうなほどの、広大な面積を誇っている。
こんなデカい地下空間もドワーフが作ったのか……いや、柱などの人工物は見当たらないし、どんなに古い坑道内にも必ず設置されている、灯りもない。ということは、モンスターが掘った空間ということか。
「クロノ、ここの真ん中に王子様いるよ!」
宝珠の反応は、この中心から発せられているらしい。
リリィは暗闇の縦穴へ、大きな光の球を照明弾代わりに放ち、空間の全てを白い輝きで照らし出す。
「……誰もいないな」
「あれー?」
明るくなった縦穴内には、何もない。
ごろごろと岩が転がっているだけで、人が身を隠せるほどの遮蔽物は特になく、一見して誰もいないことは明らかだ。
「マスター、地面の下です」
まさか埋まっているのか、と思った次の瞬間である。
ゴゴゴ、という地響きと共に、縦穴の中心から巨大な柱が突如として飛び出し――
ギ、ギ、ギ、ギィイイエエエッ!!
それは、ムカデだった。柱ではなく、地面から真っ直ぐ飛び出してきた、巨大なムカデである。
妙に甲高い気色の悪い鳴き声を上げながら、百の足を、いや、百を遥かに超える数の足と節を持つ、何十メートルもある巨大ムカデが俺達の前に姿を現したのだった。
「ランク4モンスター『ラヴァギガントピード』。別名、火山大ムカデ」
「あー、王子様、食べられちゃったんだねー」
冷静にモンスター名を解説するサリエルと、他人事のように王子様の捕食を確信するリリィ。
俺達は外国から流れてきた冒険者だし、第三王子カールは見ず知らずの赤の他人であるが、それでも多少は犠牲になった人のことを悲しんでやる気持ちくらいは持ちたい。
「魔力が出てるから、玉は無事だよ」
「宝珠が回収できれば、クエストは達成できます」
「おい、ビジネスライクな話してないで、さっさとこのムカデを倒すぞ」
弔い合戦、という資格が俺達にあるかどうかは分からないが、それでも、せめてコイツを倒して王子様の遺骨の一部でも持ち帰ってやりたいものだ。
骨の一片も残らずに消化されている可能性はあるけど……ともかく、やるだけはやってやる!