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黒の魔王  作者: 菱影代理
第34章:火と鉄の都
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第664話 10億クランの依頼

「――うん、無理やな」

「無理ですか」

「無理や」

 残念ながら、というより、むしろサッパリしたような表情で「無理」と言い切るのは、ダマスクでは名の通った鍛冶師である。

 魔法の杖の専門店で、どこぞの国の宮廷魔術士やらランク5冒険者にもオーダーメイドの一級品を作り上げるほどの、高級店でもあった。

 フィオナは、この店ならばと見込んで、『アインズブルーム』の強化を依頼すべくやって来て、そして、10分もしない内に、この答えが返ってきた。

「何故、無理なのですか」

「アンタ、自分でこれ書いてて、無理だと思わんかったんか?」

 突きつけられたのは、スムーズに依頼できるよう、フィオナが自ら書き上げた杖の設計図である。

「必要な能力を書いただけです。設計にも、不備はないはずですが」

「うむ、ざっと見ただけでも、これといって問題点はねぇ。むしろ、これだけのモンを搭載して、無理のねぇ設計ができただけで天才やで」

「ありがとうございます」

「だがな、そいつはあくまで理論上の話やぞ」

 ふぅー、と深い溜息をついてから、ドワーフの杖職人は問うた。

「コイツを作るには、10億はかかる。まず、それが払えんのか?」

「払えますよ」

「なるほど、流石はランク5冒険者っちゅーワケかい」

 すでにミスリルカラーのギルドカードは提示済み。フィオナが本物のランク5冒険者だからこそ、こうして人気店の職人が直々に話をしている。

「次の問題は素材や。金があっても、これだけのモンを集めるんは苦労するで」

「大半は用意しています」

「ホンマか?」

 お見せしましょう、とフィオナは三角帽子の空間魔法ディメンションから、強化に向けて今までコツコツと集めてきていた素材を取り出した。

「おお、こいつはたまげた、どれも上物ばかりやないか。アンタ、見る目あるぜ」

 神々しいほどに薄らと光り輝くのは、文字通り神の金属『神鉄オリハルコン』のインゴット。

 その隣には、対照的にあらゆる光を吸収するような、不気味なほど真っ黒い闇の金属『暗黒物質ダークマター』のインゴット。

 どちらのインゴットも、その色艶から純正であると一目で分かる。この二つだけで、価値は億を越えるだろう。

 更には、黒竜と赤竜の逆鱗、フェニックスの尾羽根、イフリートのコア、火山大竜の炉心殻、要塞白鯨ドレッドノートの重油肝、フェンリルハート、などなど、いずれ劣らぬランク5級モンスター素材がズラリと並ぶ。他にも、稀少な魔石や結晶の数々がある。

「特に、このバカデカい赤い結晶は見事なもんや……まさか、『憤怒の拳』か?」

「よくご存知ですね」

 クロノからプレゼントされたカオシックリムの左腕から採取された『憤怒の拳』も当然、素材のラインナップに並んでいた。

「何十年か前に、エルフの森でラースプンが大暴れしやがった。へへっ、あの冷血エルフ共が涙目になっとんのは、中々に見ものやったわ」

「強敵ですもんね」

 アダマントリアの西隣には、ファーレンほどの広さはないが、森林地帯が広がりエルフの大規模な集落が幾つもある。国家としてまとまっているワケではなく、古来よりその地域に部族単位で暮らし、共に森で共存している。そして、バルログ山脈に住まうドワーフとは、遥か古代から仲が悪い。

 しかし、お互いにしか生み出せない、作り出せない産物が数多くあるため、一番の交易相手として、過去、一度も戦争に発展したことはない、不思議な関係である。

「ともかく、素材が揃ってるのは分かった。こんだけありゃあ、製作費もかなり抑えられやろ」

 最初の見積もりである10億クランの大半は、材料費として見込まれている。どれも稀少かつ高品質で、入手が困難な一品揃い。特にランク5モンスター系の素材などは、討伐から始まる場合もあり、冒険者への依頼料によっては天井知らずとなるだろう。

 だが、すでにフィオナ自ら収集済みであるのなら、素材と材料費に関してはすでにクリアしている。

「だが、問題は実際の製作やで」

「ここでは作れませんか?」

「俺もあと十年若ければ、その一言で引き受けちまっただろうが……ちっ、俺も歳をとったもんや。素直に認めよう、ウチじゃあ作れへん」

 ドワーフの職人として、試しもせずに製作不可と断念することは、大きな屈辱である。だが、熟練の職人だからこそ、己の力量、可能と不可能との分別もつけられるというもの。

「はぁ、そうですか」

「コイツを製作するってんなら、アダマントリア広しといえど、頼めるところは一つっきりやな」

「どこですか?」

「トール重工、一番工房。あそこで、作れないものはねぇ!」




 すっぱりと杖の製作依頼を断られたフィオナは、その足でオススメされたトール重工へ……には向かわなかった。

「そろそろ、お昼時ですね」

 時刻は正午よりも少々手前であるが、日中に腹が減れば、それはすなわちお昼時。素直な食欲に突き動かされて、フィオナは一路、飲食店の並ぶ一角へと向かった。

「フィオナ様」

 待ち合わせの約束をした、時間でも場所でもない、単なる往来でサリエルと合流を果たす。

「奇遇ですね」

「気配を辿ったので」

「そうですか」

 達人的な第六感の索敵力に、何の驚きもなく、フィオナはサリエルと並んで歩く。二人の間に、これといって会話はない。

 だが、天然のフィオナと無感情のサリエル。二人に、気まずい、という感情は無縁であった。

「ここにしましょう」

「はい」

 漂ってくる香ばしい肉汁と油の香りに惹かれるように、フラっと店へと入ったフィオナに、サリエルが続く。

『ドラムロックダイナー』とデカデカと書かれた分かりやすい看板に、簡素な石造りの店内には、すでに早めの昼休みに入ったドワーフの労働者で賑わっていた。

「どんなお店なんでしょうね」

「いわゆる大衆食堂。一般的なアダマントリアの料理を提供する飲食店は、『ダイナー』と呼ばれている」

 自分で入っておきながら、無責任にそんなことを言うフィオナへと、サリエルが律儀に解説している。

「みんな、お酒飲んでますけど、酒場ではないんですか」

「ドワーフにとっての酒は、アルコール度数の高い蒸留酒を差す。5%程度のビールは、酒の内には入らない」

 静かに席につくと、周囲のドワーフ達はみな、手にジョッキを持ちなみなみと注がれた金色のビールを豪快に煽っている。それは彼らにとっての酒宴ではなく、日常的な昼食の風景であるようだ。

「ドワーフ族がお酒に強いという話は、本当だったんですね」

「紛れもない事実」

 シンクレア共和国でも有名な、ドワーフといえば酒、というイメージが正しいことは、日中から、ここまで堂々と酒を飲む姿を見れば、一目瞭然であろう。

 ビールなど酒の内には入らない、というらしいが、それでも飲めばテンションは上がるようで、店内は実に騒々しい。普通の少女ならばちょっと耐えられない雰囲気であるが、フィオナはまるでオシャレなカフェにでもいるかのように、優雅な仕草でメニューを開いた。

 ほどなくして、注文は決まり、騒々しい店内でも、何故かハッキリ聞こえる不思議な小声でサリエルが店員を呼ぶ。小声でも相手に届かせるのは、ちょっとした武技の小技である。

「ハンバーガーとフライドポテトでお願いします」

「同じものを」

「フライドポテトは、山盛りチャレンジの方で」

「私は普通の方で」

 制限時間30分で山盛りフライドポテト完食で賞金1万クラン、のチャレンジをシレっと受けるフィオナに対し、サリエルは特に何も言わない。ただ、自分もお供する気はないようだった。

「えっ、本当にこれやるんですか? お嬢さんが?」

 見た目だけは可憐な少女であるフィオナのチャレンジ申し込みに、優しい店員がやんわり止めてくれるが、気遣い台無しのマジレスを貫く。

「それで、ギルドの方はどうでした?」

 注文を待っている間、サリエルの報告を聞くことにするフィオナ。何か話して、空腹の気を紛らわそうという魂胆である。

 態度はさておき、サリエルがダマスクの冒険者ギルドに出向いて、簡単に情報を集めてきたので、報告することはそれなりにあった。

「現在、ダマスクのギルドには第三王子捜索のクエストが大々的に張り出されている。多くの冒険者が参加している、が、いまだ発見はされていない模様」

「この国の王子が行方不明なのですか?」

「はい、事の発端は――」

 と、フレイムオーク襲来から、その戦いの顛末について説明している最中に、肉汁滴る分厚いハンバーガーと、文字通りに山と盛られたフライドポテトの巨大な皿がテーブルへとやってきた。

「はふはふ……それで?」

「捜索は続行中。手がかりも、まだ見つかっていない」

「巨大な地下坑道で人探しですか。私達に向いたクエストではないですね」

「そうとも言えない。王子捜索には、一つだけ発見手段があります」

「なんですか、それは……このポテト、なかなかおいひぃでふよ」

 話に興味があるのかないのか、フィオナはハフハフしながら、フライドポテトの美味しさを訴えかけてきた。

「アダマントリアの主食はジャガイモ。現地では岩芋と呼ばれ、長い年月をかけて品種改良されているため、一般に流通する物も高い品質を誇っている」

「なるほど、買いですね」

「はい、多少の値は張っても、買い求める価値がある」

 スパーダでも、アダマントリア産の岩芋は輸入品として購入可能である。サリエルもフライドポテトを食べて、その確かな味を実感し、値段が上がる輸入品でも、買うだけの価値があることを認めた。

 だが、サリエルにとって重要なのは、ハンバーガーとフライドポテト、という日本人にもなじみ深いファーストフードの定番メニューが存在していることだ。

 クロノも文芸部の帰り道、部員仲間と一緒にバーガーチェーン店に寄って買い食いすることは間々あった。けれど、白崎百合子がそれに参加できる機会は、一度も訪れることはなかった。


「こういうの、黒乃くんと一緒に食べてみたかったな」


 幻聴。サリエルは、そう思い込んで、ポテトを口に放り込んだ。

「それで、王子様はどうやって見つけるんですか?」

「特定の魔力の波長を発する、古代の宝珠を所持している。その波長を感知できれば、居場所が特定できます」

 戻ってきた話題に、サリエルは意識的に集中する。

 幻聴を恐れるせいか、あまり、ポテトとバーガーの味は感じられなかった。

「そういうの苦手なのですけれど」

「私も、魔力の波長を識別して感じ取ることに、優れてはいません」

「ダメじゃないですか」

「リリィ様のテレパシー能力は、こういった探知にも優れていると思われる」

「なるほど、流石はリリィさんですね」

「ええ、流石はリリィ様」

 頼れるリリィと、話題にすら上らないクロノである。

 残念ながら戦闘以外の面では、リリィに頼ることが多いのは事実でもあった。

「では、私達も受けてみましょうか――ごちそうさまでした」

 そうして、気が付けば、山盛りのフライドポテトは全て消え去っていた。

 記録は、のんびり食べて24分。

 賞金1万クランで追加注文を頼んで豪遊してから、フィオナとサリエルはダイナーを後にした。




「杖の強化は、トール重工でなければできないそうです」

「レギンさんのお蔭で、トール重工で何でも作ってもらえることになった」

 夕方、宿に戻った俺達は、今日は別行動だったお互いの状況を報告すると、つまるところ、こういう結果となった。

「まぁ、ちょうど良かったんじゃないか」

「そうですね」

 トール重工に、フィオナの杖の強化を依頼する。うまい具合に、お互いの事情がかみ合ったもんだ。

「それにしても、よくそれだけの恩をふっかけることができましたね」

「微妙にヤな言い方するな」

 ふっかけた、のではなく、本当に恩があるからこその話である。

 だが、トール重工一番工房の工房長といえば、アダマントリアの職人においては頂点に立つような人物である。そんな人に「何でも作ってやろう」と言わせるなら、どれだけの大恩があるのかと思うだろう。

「レギンさんと、古い友人でさ」

「それだけの間柄で、引き受けるような内容ではないと思いますが」

「それが、実はレギンさんって超天才らしくて――」

 俺にとってレギンさんは、スパーダの片隅で小さな工房を構える、どの町にもいるような鍛冶職人、といったイメージだったが……よく考えると、『ザ・グリード』を作り、一時的とはいえ『絶怨鉈「首断」』などの呪いの武器を保管していたことを思えば、一般的な職人の力量を遥かに超えている。

 いつも、こっちの依頼を二つ返事で簡単に引き受けてくれるから、半ば当たり前のように感じていたが、実は全然、当たり前のことじゃあなかったんだよなぁ……

「それはそうでしょう。クロノさんの武器は、どれも普通ではないですから、ちょっと弄れるだけでも鍛冶師としては一流の腕前ですよ」

「えっ、フィオナってそういう認識だったの?」

「そういえば、クロノさんはストラトス鍛冶工房にしか、お世話になったことはないんでしたね。他の工房のレベルを知らずに、あれが当たり前だと思っているとは」

「いやぁ、だって、シモンが腕のいい鍛冶師だって紹介してくれたから……」

「腕のいい、の一言で済まない実力ですよ、レギンさんは」

 自分の世間知らずぶりに、若干、へこまされる。

 確かに、他の工房と関わったことがないから、一般的な鍛冶師がどれくらいのレベルなのか、という常識が俺には欠けているだろう。その点、冒険者歴の長いフィオナは、知っていて当然のことだったと。

 当然のことすぎて、今の今まで、俺に言うこともなかったのだろう。むしろ、自分に必要なレベルに見合った、超スゴ腕の鍛冶師をよく見つけてきたものだ、と感心していたくらいだったらしい。

 真に感心すべきなのは、ストラトス鍛冶工房を見つけた、シモンなのだが。

「それで、どういった恩があったのですか?」

「レギンさんが今のスパーダに工房を持った頃から、工房長のデインさんと手紙のやり取りを始めたんだ」

「微笑ましいですね」

「けど、その手紙の内容ってのが、なんか凄かったらしい」

 最初はお互いの近況報告。

 しかし、二通目からは、鍛冶職人らしく仕事の話を書くようになったという。

 それで、超天才のライバルであったレギンさんに、色々とアドバイスを聞いてみたところ、これが大当たりだったらしい。

「今のトール重工の先端技術の三分の一は、レギンさんの手紙を元にして生まれたらしい」

「なるほど、手柄を譲られたと」

「ああ、第一工房長になれたのは、全部その手紙の情報があったからだって、言ってたよ。めっちゃ悔しそうに」

 工房長の、この辺の話の長かったこと、長かったこと。

 だがしかし、トール重工でキャリアを積み重ねて順当に出世していったのに、勝手に出て行ったかつてのライバルから、革新的な技術情報を無償で提供されたとなれば、プライドも何もあったものではないだろう。少なからず、自信をつけていたところに、レギンさんが圧倒的な実力差を見せつけた形になる。

「俺が第一工房長になれたのは、ただ、この国にアイツがいなかったから、それだけのことなんだ」

 と、最終的に語っていた。

 同じ男として、ライバルに敗れた心中はお察しするが……ともかく、レギンさんのお蔭で、少々無茶な依頼でも頼めることになったのは、実に僥倖である。

「ところで、杖の強化ってそんなに難しいのか?」

「そうですね、『アインズブルーム』は元々ハイグレードな品質ですから、そこからさらに強化するというだけで、結構な難しさがありますよ」

 武器や防具は、その品質が上がるごとに、強化や改造を施すのが難しくなる。まぁ、当たり前の話だが。

「これが設計図です」

「うーん、全然分からん」

 全体的な形状くらいしか、専門知識のない俺には理解できない。特に、事細かに書きこまれた、杖の核となる部分は、完全に未知の領域だ。

 けれど、一つだけ、俺にも分かる部分があった。

「これは、杖の名前か?」

「ええ」

 図面に記された、杖の名前は……なるほど、フィオナに相応しい。

「『ワルプルギス』、か。いい名前だ」

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