第661話 アダマントリアへ
「――で、灼熱の恐怖がなんだって?」
「ご、ごべんなざい、調子にのっでまじた……ごろさないでくだざいぃ……」
生け捕りの為に、『暴君の鎧』の純性暗黒物質のガントレットに包まれた拳で殴られ、軽く顔面が陥没している総長ダニエルは血と涙とその他いろいろ垂れ流しながら、絶賛、命乞い中である。
すでに、戦闘は終了。
わざわざ俺達のことを待ち伏せしていた『紅蓮武凜』は、壊滅した。総長のダニエル・バーンナックル以下、幹部級の連中を十数名ほど捕らえ、残りのメンバーは半死半生で散り散りに逃げて行った。
俺達は四人で、相手は数百人からの武装集団。多勢に無勢といった状況。だが、兵の質はそれほどでもない。武技も魔法もロクに使えないのが大半だ。魔弾の嵐を越えられる者は、かなり限られる。
とりあえず、俺とサリエルが生け捕り用に『雷撃砲』を乱射して足止め。感電して倒れた者の中から、豪華な装備を身に着けた幹部や隊長と思われる奴を選んで魔手で確保。
その作業の一方で、数を生かして四方から回り込んで攻めてくる奴らは、それぞれリリィとフィオナが食い止める。止める、というより、群れごとぶっ飛んでいたけど。
目ぼしい奴らを捕らえ終われば、残りの雑魚は解散してもらって構わない。俺は『ザ・グリード』を遠慮なく撃ちまくり、フィオナはそこら中を火の海に変え、そして、ペガサスのシロに跨るサリエルと、少女状態に変身したリリィが、無慈悲な空中攻撃を加えた。
天馬騎士なサリエルは、セントラルハイヴ攻略でも使った『EAヴォルテックス』の二丁機関銃、リリィは『メテオストライカー』と『スターデストロイヤー』の二丁拳銃。どちらも凄まじい連射力をもって、地上を走るしかない無力な獲物を一方的に狙い撃つ。
二人の姿は、さながら貧弱な装備の民兵を蹴散らす武装ヘリのようだった。対空装備がないまま、航空兵器を相手にすると地獄を見るのは当然だな。
そうして、特に何事もなく賞金首をゲットした俺達は、引き渡しのために最寄の町へ向かう。「灼熱の恐怖に震えやがれぇー!!」と豪語していた総長のダニエルは、一度お縄にかかれば、大人しくドナドナされたのだった。
賞金首『ダニエル・バーンナックル』
報酬・1500万クラン
罪状・長年に渡る村落、遊牧民、商人、に対する略奪行為。違法品の密輸、人身売買、等。
詳細・暴走賊『紅蓮武凜』二代目総長。男性。赤髪、赤毛のケンタウロス。炎龍の入れ墨。年齢30代から40代。槍術と弓術に長け、また上級までの火属性魔法を習得。火属性を強化する、短槍と長弓を愛用しており、高い戦闘能力を誇る。
と、町の冒険者ギルドで改めて賞金首の情報を見た。どうやら、見た目通りに炎に長けた戦士のようだが、フィオナの『火矢』が近くで炸裂した時に「熱っつ!」って普通に言ってたので、火炎に対して無敵なワケでもないようだ。高い戦闘能力を誇る、と書かれていたが、特にその片鱗を見せることなく、あえなく御用となったので、まぁ、数々の悪行三昧から、必要以上に恐れられたといったところだろうか。
たとえ弱くても、多数の重犯罪に関わっている極悪人であることに変わりはない。やはり捕らえておいて正解だったと、奴の犯罪行為の詳細を見て、あらためて思った。
さて、ダニエルの1500万に、他にも100万単位で賞金のかけられていた幹部が何人かいたので、合計で2000万クランほどの臨時収入となった。これだけあれば、フィオナの『アインズブルーム』を強化する足しにはなるだろう。
翌日、蒼月の月8日。ついに、長いパルティア縦断の旅も終わりを迎えた。
賞金首を引き渡した町は、そもそも国境線に最も近い位置にある。そこそこ大きく町が発展しているのは、南部からやってくる商人がパルティアに入るための、玄関口となっているからだろう。ここから、広大なパルティア大草原を行く幾つものルートが分岐する。
商人の行き来が盛んということから、関所の通行はさほど厳しくない。身分証明と、そこそこの通行料を支払えばあっさりと通れる。
ここを抜けて、いよいよ第二の目的地であるアダマントリア領へと入った。
そこから半日も走れば、地平線の彼方まで続く一面の大草原から景色は一変。切り立った岩山が目立ち始め、少しずつ緑が少なくなってゆく。そうして、気が付けば、夕日が似合いそうな荒野が目の前に広がっていた。
「おお、これはまた……」
「モンスターに襲われやすそうな場所ですね」
初めて荒野を眺めた感想が台無しだよ。
「フィオナはこういう場所、初めてではないのか?」
「ええ、シンクレアにも荒野はありましたし、先生と遺跡巡りをしていた時期もあります」
「シンクレア共和国はアーレスト荒野が最大で、有名。およそ千年前、シンクレア建国初期の頃に、征服した地域。遺跡は古代のものと、当時滅びた文明のもの、二種類がある」
サリエルがシンクレア共和国特有の、闇の深い捕捉説明をくれる。奴らの征服根性は筋金入りである。
「こういう場所は、岩山や大岩など遮蔽物が多いので、森林に次いで危ないですよね」
「まぁ、確かにそうだけど」
フィオナの言うことはもっともだ。しかし、だからといって俺の観光気分が治まるワケでもない。
そりゃあ、警戒は勿論するけどさ。もっとこう、旅先の景色を見て、感動を分かち合いたいものだ。
そうだ、妖精の森でずっと暮らしていたリリィなら間違いなく、荒野は初めてのはず。ならば、共に初めての景色にキャッキャできると思ったら、今はお昼寝中だった。流石に個人的な感情で、叩き起こすのは忍びない。
「マスター、私も荒野は初めてです」
「おお、そうなのか」
まさか、サリエルが空気を読んだ!?
「ですが、グランドキャニオン国立公園を訪れた記憶があるので、未知というわけではない」
白崎さんにはアメリカ旅行のご経験が。そうですか、それは良かったですね。俺も一回くらい、海外旅行に行ってみたかった。今は異世界旅行中だけど。
「そういえば、エルグランドキャニオンってところが、パンドラの西側にあるんだっけ。名前似てるけど、景色も似てるんだろうか」
「詳細な地理情報は把握していないので、不明です」
グリードゴアの故郷に思いを馳せながら、俺は誰とも感動を共有できなかった寂しさを紛らわせた。
そうして、俺達はアダマントリアの荒野を突き進む。
こっちはこっちで、なかなか馬を走らせるのが心地よい。気分はさながら、西部劇の主人公。しまった、こんなことなら、リボルバーを作っておけば良かったか。流石にガトリングガンじゃあ、ミスマッチだろう。二連ショットガン型の『デュアルイーグル』で我慢するか。
くだらないことを思いつつ、乾いた荒野をひた走る。
この調子ならば、日が暮れる前には次の村へ到着するだろう。
遮蔽物の多い赤茶けた岩の荒野は、モンスターにしろ、盗賊にしろ、襲うにはちょうどいい地形だが、一応はここも街道となっている。あまり人通りの多い街道だったら、モンスターの駆除もされているし、盗賊だってそうそう派手に活動はできない。
つい昨日、『紅蓮武凜』に襲われたばかりだし、あんまり連日、襲撃されるのも疲れるから、勘弁して欲しいものだ。
今回は念を入れて、サリエルを先行させて飛ばしたりもしているから、何者かが隠れ潜んでいれば分かるはず。
今のところ、敵影見ゆ、との報告はないので街道沿いの安全が保障されている……はずだった。
「クロノさん、止まってください」
不意に、フィオナが手綱を引いて急停止。
「どうした?」
「すこし、静かにしていてください」
と言いながら、さっさと馬を降りたフィオナは、その場でしゃがみ込んでは、地面に手を触れた。
地面を気にしている、ということは、まさか……
「サンドワームが来ます」
「やっぱり、地中から来たか」
サリエルの空中警戒の目を掻い潜って接近できるならば、地中を進むモンスターが最有力だ。いくらなんでも、地面の下までは確認のしようがない。
サンドワームは危険度ランク3の、代表的な地中モンスターである。RPGで一度はお目にかかるような、巨大なミミズの怪物。
砂漠や荒野などの乾いた土地に生息し、その地中潜行能力でもって、獲物を地面から襲い掛かる、厄介なモンスターだ。
そこそこの大型、それなりに固い体表。だが、攻撃魔法や特殊な能力はなく、その丸い大口でもって相手を丸のみにする捕食行動のみ。モンスターとしてはシンプルな能力だが、地中での高い機動力、という一点でランク3にまでその危険度を跳ね上げているといえよう。
「よく気づけるな」
「このテのモンスターは、独特な気配があるので」
フィオナ、流石の経験値である。先輩と呼んだ方がいいだろうか。
俺も馬を降りて、とりあえず『ザ・グリード』を構える。地中のモンスターを相手にする際のセオリーは、襲うために地面から飛び出す瞬間を狙うこと。カウンター戦法が基本だ。
「بحزم لمنع الصخور جدار لحماية كبيرة واسعة――『岩石防壁』」
フィオナは先行して、フル詠唱で土属性の中級範囲防御魔法を発動させていた。しかし、半径十メートルほどの円形に、僅かにボコっと土の壁、というよりでっぱりが出てきただけ。フィオナが行使する魔法にしては、随分と小規模な見た目である。まさか、彼女に限って不発ってことはないと思うのだが……
「ワーム系のモンスターは、地中潜行の固有魔法を使っています。ですから、あらかじめ自分の周囲の地面に魔法をかけておくのです。そうすると、固有魔法が通りにくくなって、地中を進めません」
つまり、今発動させた『岩石防壁』は、地上部分に大きな壁を作り出すのではなく、地下側の方に作用させているから、地表には小さなでっぱりしかでなかったということだ。
同じ魔法でも、発動の仕方や効果範囲の指定など、応用の幅は広い。そして、それを当然のようの使いこなすフィオナは、やはり魔法に関しては一流である。
「そうなのか……勉強になりました、フィオナ先輩」
「その先輩呼びって新鮮でいいですね。今夜は是非、それで――」
「もうワーム来てるから、そういう話は後でな」
色ボケしてる先輩は置いといて、俺はいよいよ地鳴りと共に迫りくるサンドワームの存在をはっきりと認識した。
俺には地中モンスターの独特の気配とやらは察せないが、ここまで接近されれば、おおよその見当はつく。彼我の距離は、もう100メートルを切っている。ゴゴゴ、と音を立てて地中を掘り進む、というより泳ぐように移動してくるサンドワームは地面の浅いところまで来ているのだろう。地鳴りと共に、その航跡が濛々と土煙となって噴き上がっていた。
「結構な数が来てるな」
「大きさもなかなかのようです――ところで、クロノさん、サンドワームって、食べられるんですよ」
まさか、とフィオナの発言に耳を疑ったその瞬間、ゴォオオオ! と唸り上げてをサンドワームが地面から飛び出してきた。
荒野では見失ってしまいそうな、目立たない砂色の体表。太さは50センチ以上もありそうで、ドラム缶をそのまま飲み込めそうなサイズだ。ギルドで見た情報の通りに、円形の口に、びっしり生えた鋭い牙が何列にもなって並んでいる。赤々とした肉質が垣間見えるその不気味な丸い大口は、グラトニーオクトの口腔を思い出させた。
想像通りにグロテスクな姿。しかし、フィオナの事前準備のお蔭で、奴らは確かに『岩石防壁』のギリギリ外側の位置から飛び出してきた。
大蛇のように長い体をくねらせて、海面を飛び跳ねるトビウオの如き勢いで飛来してくるサンドワームに向かって、俺は『ザ・グリード』をぶっ放した。
すぐ足元から飛び出してこられたら厄介だったが、10メートルも距離があれば、余裕をもって撃ち抜ける。瞬時に吐き出される大量の弾丸を叩きつけられ、サンドワームの頭部はあっけなく弾け、盛大に赤い血飛沫をまき散らして叩き落された。
そして、隣では『スピットファイア』を片手に、火球を連射するフィオナ。
早い順に飛び掛かってくるだけの単調な動きのサンドワームは、俺とフィオナの攻撃によってことごとく打ち倒されていく。
回り込む奴らも出てきたが、気になるほどでもない。フィオナの『岩石防壁』によって、半径10メートル以内の地中は潜れなくなっている。四方から飛び掛かってくるだけで、制圧できるほど甘い火力ではない。
「ふぅ、とりあえず、凌げたか」
「そうですね」
十数体のサンドワームが転がり、ようやく攻勢が収まる。敵わないと悟ったのか、サンドワームの群れは引き返していった。
「そこそこ倒したけど、討伐の証は回収するか?」
「大したモンスターじゃないですし、面倒だから止めましょう」
ランク3だから、そこそこ小金にはなると思うのだが、あんまりのんびりしていると村へ到着する前に日が暮れてしまう。街道にまでサンドワームの群れが出没するような地域なら、野宿もあんまりしたくないな。ここは、先を急ぐことを優先しよう。
「ところで、サンドワーム食べるのか?」
「今日はいいです」
良かった、と内心ホっとする。俺は基本的に好き嫌いはしないタイプだが、いくらなんでも巨大ミミズを食べるのは厳しい。誰だってそうだろ。
しかし、今回は、ということは、次は食べるかもしれないのか……言われるがままに調理し始めないよう、サリエルには釘を差しておいた方がいいだろうか。
「それじゃあ、行くか」
「ふわぁー、んー、なにかあったのー?」
そして、今頃になってお昼寝から目覚めるリリィであった。どうやら、ランク3モンスターが襲来する程度では、彼女の目を覚ますほどの脅威にはならないようだ。
サンドワームの襲撃があって以降は、順調に旅路は進んだ。ギルドで情報を仕入れた結果、どうやら今の時期はサンドワームの動きが活発になっているらしい。確かに、街道を行き来する商人の数は随分と少なかったし、すれ違った隊商はどこもしっかりと護衛を雇っていた。
俺達が襲われたのも、半ば当然といったところか。
しかしながら、サンドワームが出没するのは、やはり首都から離れた領土の端、国境付近の荒野だけ。首都の方向へ近づくにつれて、より街道も整備されているし、モンスターの駆除も念入りに行われているから、最初の村を過ぎれば、道行はほぼ安全なものだった。
そして蒼月の月10日、俺達はようやくアダマントリアの首都ダマスクへと到着。
「おお、凄いな。街全体がデカい工場みたいだ」
街中に煙る真っ白い蒸気は霧のように漂い、そこから突き出すように何本も高い煙突からは濛々と黒煙が噴き出されている。どこからともなく、カーン、カーンと鉄を叩く音が響き、活気に満ちた人々の声が聞こえた。
立ち並ぶ住居は無骨な石造りが多く、ほとんど灰色一色。だが、ドワーフの建築技術の賜物か、10階までありそうな高い建築物も珍しくないし、工場なのか倉庫なのか、箱形の巨大な建物もそこかしこにある。
この首都ダマスクは、巨大なバルログ山脈の麓に広がる都市だ。そびえ立つ断崖絶壁の山を背負った景色は、どこか威圧感もあり圧倒される。だが、あの山は古代からずっとここに住まうドワーフ達に恩恵を与え続けた鉱山でもある。岩肌が剥き出しの斜面に、坑道の穴や通路が張り巡らされているのが、遠目にも分かった。今もあの辺で採掘はされているのだろうか。
「むぅー、リリィここあんまり好きじゃない」
「ほどよい熱気があって、私はいいですけど。火山があるせいでしょう、大きな火の力を感じます」
森に住まう妖精のリリィは、工業的な鉄と石に囲まれた緑のないダマスクは、心地よい環境ではないのだろう。煙突から煙も出まくってるし、空気も良くなさそうだ。公害対策とかちゃんとされているのか、若干、不安にもなる。
一方のフィオナは、そこそこ気に入ってるようだ。規格外の火属性への適性を持つフィオナにとって、火の原色魔力が色濃く感じる場所は体が馴染むだろう。
ここにはオリジナルモノリスもあるのだから、ダマスクは大きな龍穴、太い地脈の集合点となっているのは間違いない。この場所で火属性魔法を使えば、自然と威力も上がるだろう。
「マスター、先に王城へ向かいますか?」
「いや、明日にしよう。レギンさんから手紙を預かってるから、先にそっちを済ませたい」
俺はRPGを進める時は、サブクエストをこなしてからメインクエストをやるタイプなんだよね。
というワケで、まずはレギンさんの旧友だという人が務める工場を探す。
名前はデイン・グリンガム。工場は、勤め先が変わっていなければ『トール重工』という。すぐに見つかればいいのだが……