第660話 パルティア縦断
月は移り変わり、蒼月の月1日。
セントラルハイヴを攻略し、ブリギットと涙のお別れを果たした俺達は、パルティアへと入国。ハイラムの町を再び訪れることとなった。
「おお、クロノ様! まさか、こんなに早い再会となるとは」
とりあえず、挨拶のために領主の館へ向かうと、すぐにケイが出迎えてくれた。
ハイラムで『雷電撃団』と修道会の機甲騎士を潰してから二ヶ月近く経つが、この世界ではこれくらいの期間で外国を行き来する奴と再会するのは早いといった感覚なのだろう。
俺からすると、素直に久しぶりと言ってしまいそうになるのだが。
「ハイラムにいたのか。てっきり、もう王都に戻っているかと思ったけど」
「町の脅威こそ去りましたが、最初の戦いで多くの兵を失ったのも事実ですからね。故郷の窮地とあっては、私も留まらざるを得ません」
確かに、失った兵はそう簡単に補充できるものではない。領主の息子として、また、騎士として、ケイは今のハイラムに必要な人物だ。
「それで、その後はどうだ? 修道会に動きはあったか?」
「いえ、あれ以来ハイラムは平穏そのもの。付近の町や、他の領主に話を聞いた限りでは、白服の人間族が布教活動をしている、などの噂は聞き及んでいません」
流石に、手酷くやられてハイラム周辺に手出しするのはまだ控えているといったところか。
「そうか、とりあえず平和なようで何よりだ」
「ええ、詳しい経過報告は、中でゆっくりとお話しましょう」
すっかり賓客扱いで、ハイラム領主にもてなされつつ、俺達がその後のハイラムと、周辺の様子、それと、例の遺跡の守りについて話を聞いた。
やはり、これといった異常はなく、修道会の影も感じられないとのこと。あの遺跡は、定期的に兵をやって、モノリスが黒く染まっていることを確認させている。
また、王都や周辺の領主とも、ハイラムの一件は伝えており、修道会に対する警戒も強めているという。
ひとまずは、安心といったところか。
それが確認できれば十分だったのだが、つい、領主親子に引きとめられて、ファーレンでの話などでも盛り上がり、その日は館に一泊させてもらった。
翌日、蒼月の月2日。ハイラムを出発する際に、ケイが言った。
「そういえば『雷電撃団』が壊滅したことで、最近では『紅蓮武凜』が急激に勢力を伸ばしているようです。もし、道中で派手な赤い装備の集団を見かけた時は、お気をつけください」
十字軍がいなくても、悪い奴らってのは、どこでものさばるものらしい。
万が一襲われたら、その時はまた壊滅させてやろう。今回はフィオナもサリエルもいるフルメンバーだから、あの程度の集団だったら一瞬で返り討ちだ。
特に道行の心配はせずに、俺達は地平線の彼方まで続く大草原を走り始めた。
パルティアは、この大草原があるので国土の面積はファーレンに匹敵するほど広い。どこまでも続く緑の大地は、馬を走らせるには最適だが、走り抜けるには何日もかかる。
まぁいい、のんびりドライブ気分で行こうじゃないか。
パルティア南部にまで下がって来ると、徐々に温暖な気温にもなってくる。ファーレンでは、季節は初秋といったところで、涼しく過ごしやすかったが、この辺では再び夏の暑さを取り戻すような気温となってきている。
これでアダマントリアのバルログ山脈を越えて、ヴァルナ森海までいくと、完全に熱帯気候となるらしい。まぁ、ウチのメンバーは温度変化くらいでどうこうなる者はいないので、暑かろうが寒かろうが、さほど心配はないのだが。
そうして、ハイラムを経って三日目。パルティア縦断の旅路は順調そのもの。天気にも恵まれ、モンスターや賊の襲撃もなかった。
パルティア南部は特に草原地帯が多く、人里も北部に比べてかなりまばらとなっている。南部の方が、伝統的な遊牧生活を送る人が多いのだという。俺達も、たまに遊牧民がテントを張っているのを、何度か見かけた。
この広大な南部を縦断するには、基本的には人里を転々と辿るように道を進むか、遊牧民と共に行くか、といった二択となる。
しかし、ランク5冒険者であるところの俺達は、どんな場所でも好きに進むことができる。だから、俺達は自らの力のみを頼りとして、ほぼ最短ルートを真っ直ぐ行くように草原を突き進んでいる。
お蔭で、滅多に人里とかち合うこともないので、最近はずっと野宿生活だ。今ではスパーダの貴族街でお屋敷に住んでいるようにはなったけど、冒険者としてテントでの暮らしに文句が出ることはない。贅沢して暮らしたいだけなら、引退すればいいのだ。そして、俺にはそんなつもりは毛頭ない。現役冒険者として、草原での野宿生活もエンジョイしている。
「あらためて思うけど、空間魔法って凄いよな」
「そうですか?」
「大量の物資を持ち込めるんなら、野宿だって快適に決まってる」
広大な草原を赤く染め上げる、雄大な日暮れを背景に、サリエルが仔羊を丸焼きにしているのを眺めながら、しみじみと思った。
物資を持ち込めるってことは、食材も多くもてるし、そして、その分だけ食事も豪華にできる。今、メラメラと炎に炙られて美味しそうな匂いを漂わせている仔羊は、今日の昼ごろに遭遇した遊牧民から購入したモノだ。疑似氷属性で氷結させて、影空間に放り込んで行けば、羊一頭丸ごと運搬するのも手ぶらで余裕。
他にも、サリエルは自前で胡椒などの香辛料から、自作の醤油や味噌などの様々な調味料を所持している。こういった野宿でも、彼女のお蔭で美味い食事が常に振る舞われる。恐らく、サリエルの持ち物は、武器よりも料理関係の物資の方が多いだろう。
「クロノさんもリリィさんも、最初から高度な空間魔法を習得していたようですし、冒険者になってから物資の面で苦労したことはないんですよね」
「やっぱり、普通はそういう経験するもんだよな」
「ええ、私も幼い頃には、必要な物資を厳選してクエストに行くような訓練は積みましたから。もっとも、自分で空間魔法を習得してしまえば、持てるモノは持てるだけ持っていくようになるだけですけど」
便利に慣れるというべきか、常に準備を万端にしているというべきか。少なくとも、空間魔法の恩恵に与れない新人冒険者からすれば、ズルいとしか思えないだろうが。
「そういえば、『無限抱泡』の調子はどうですか」
「凄い良い、とは思うんだけど、俺の方がまだ使いこなしきれてない感じがするな」
「クロノさんなら、影を使う方が便利でしょう」
「すぐに慣れるさ。容量もまだまだ残ってるし、身に着けてるだけで安心だ」
少なくとも、敵が空間魔法破壊を使われても、影かマントのどちらかは無事になる。どっちも同時に破壊される、なんて間抜けは晒すつもりはない。
「私としては、もうちょっと改良できそうな気もするのですが、なかなか、アイデアが固まらなくて」
珍しく、うーん、と頭を悩ませているようなフィオナであった。
破格の容量を誇る空間魔法付きのマントというだけで、マジックアイテムとしうは一級品なのだが、まだ満足していないようだ。意外なところで職人気質なフィオナである。
「アダマントリアについたら、何か参考になるものがあるかもしれないな」
これから向かうドワーフの国『アダマントリア』は、イメージ通りに鍛冶技術が発達しており、剣をはじめとした武器は勿論、魔剣や杖なんかの魔法の装備も一流どころだ。
俺も、モルドレッド武器商会でアダマントリア産の武器は幾つも見かけた。そして、大体、高かった。それだけの価値がある、一種のブランド品と化している。
「実は、もう一つ悩んでいることがあるのですが」
「何だ?」
「『アインズブルーム』を強化したいのです」
フィオナ愛用のメインウエポンである長杖である。出会ったころから、すでに使っていたし、リリィと死闘を繰り広げた今でも、使い続けている一品。
思えば、よくフィオナの戦いに壊れもせずずっとついてきたものだ。
「もしかして、ついにガタがきたのか?」
「いえ、まだ十分使えますが、エンディミオンの加護を得た今になっては、少々、出力不足な気がして。それに、魔人化して使い続ければ、そう遠くない内に壊れてしまいそうです」
「そうだったのか。そいつは、早くなんとかした方がいいな」
フィオナが加護全開で魔人化する機会は、ランク5モンスターか使徒でも相手にしない限りはないのだが、そのいざという時がいつ訪れるとも限らない。自分の全力に耐えうる、信頼できる武器を持つことは、冒険者としては何よりも最優先事項だろう。
「それじゃあ、アダマントリアで『アインズブルーム』を強化するか」
「少々、時間をとられることになりますが」
「気にするなよ、大事なことだろ。先は急いだ方がいいかもしれないけど、こっちも万全の準備は整えてないと意味はないからな」
急いだはいいけど、いざ使徒と突然戦闘になった時に、『アインズブルーム』が限界でした、となったらシャレにならない。
基本的に、次に使徒を相手にする時も、フォーメーション『逆十字』を仕掛ける予定である。フィオナには使徒を隔絶する『煉獄結界』を少しでも長く維持してもらわなければ。
「あっ、そうだ、何だったら『憤怒の拳』でも使ってみるか?」
最初のラースプンの『憤怒の拳』は、証として捧げて消滅したが、カオシックリムの左腕に生成された方は、丸ごと残っているのだ。
非常に強力な火属性の力を秘めるコイツなら、『アインズブルーム』を強化するのに役立つかもしれない。
「えっ、いいんですか?」
「なかなか使い道が決まらなくてさ。フィオナの杖になるんだったら、ちょうどいいと思う」
「でも、お高いんでしょう?」
「無粋なこと言うな……プレゼントするよ」
「クロノさん……」
ちょっとうっとりした目で、フィオナの顔が近づき、
「どーん!」
と、リリィがいきなり突進をかまして、素敵なキッスはキャンセルされた。俺の方にぶつかるのかよ。
「んー、クロノ、ちゅー」
フィオナの代わりに、俺にくっついてはチューとしてくるリリィ。なんだかんだで、幼女状態でも嫉妬はする模様。
「……」
そして、フィオナは冷たい無表情で俺にひっつくリリィを引っぺがしては、そのまま無慈悲に放り投げた。小さな体がポーンと飛んでゆき、草原をコロコロ転がっていった。
転がるリリィを何となく見送っていれば、フィオナに顔を掴まれて、グイっと対面させられる。すぐ近くには、少しばかり不機嫌そうな表情の顔があって、そして、直後には唇が重ねられた。
「んー」
少々強引な彼女の口づけを、黙って受け入れる。
ちょっと長いんですけど。というか、気付いたら、サリエルがすぐ隣に立ってガン見してるんですけど。
おかまいなしにキスを続けるフィオナをそのままに、俺は若干、気まずい気分でチラりとサリエルへ視線を向けた。
「羊が焼けました」
その報告、後でよくない!?
「分かりました、食べましょう」
「リリィも食べるー」
「ただいま、切り分けます」
そうして、何事もなかったように始まる羊丸焼きのワイルドな夕食。なんていうか、みんなちょっとマイペース過ぎないか?
けれど、これが俺の望んだ日常の1ページってことだろう。平和な野宿は、キャンプみたいで楽しいな。
蒼月の月7日。そろそろパルティア草原も抜けるかといった頃、奴らは現れた。
「パルティア大草原に燃え盛る灼熱の業火ぁ! 『紅蓮武凜』三代目総長ぉ、ダニエル・バーンナックルたぁ、俺のことよぉ!!」
うわ、本当に出たよ、暴走賊。
赤に統一された装備や衣装を纏っているし、なにより、自ら名乗りをあげているので、コイツらがケイの言っていた『紅蓮武凜』に違いない。
偶然、鉢合わせたのではなく、どうやら待ち伏せされていたようだ。奴らがゾロゾロと現れたのは、草原の中でも木々が生えてオアシスのようになっている場所。
俺達の行く手を阻みつつ、包囲するように何百人ものケンタウロスが展開していく。確かに、勢力を伸ばして急成長と言われるだけの人数を擁しているようだ。
「俺達はランク5冒険者『エレメントマスター』だ。襲えば、お前らも無傷じゃあ済まないぞ」
元より、俺達の前に姿を現した時点で、無傷で帰すつもりはないが。
いや、別に俺が狂戦士で戦いたいワケではない。『紅蓮武凜』は総長以下、幹部級の奴らには懸賞金もかかっている、公式に認められた犯罪者集団である。向こうからのこのこ顔を出してきたのなら、捕まえてやるのが世のため人のためであろう。それくらいの正義感は持ち合わせている。
「へっ、知ってるぜ。テメーらが、あの『雷電撃団』をぶっ潰したってな」
総長を名乗った、赤毛の馬体に、炎の龍の入れ墨を入れた赤髪の男が答える。
「ライバルだったんだろ? 感謝して欲しいくらいだ」
「おうよ、奴らとは長年、草原の覇権をかけて争ってきた敵だが……ソレを倒したのが余所者ってぇのが気に入らねェ! ギャリソンのクソガキは、この俺が首をとってやるつもりだったのによぉ!!」
これも一種のツンデレなのか。
お前は俺が倒すんだから、俺以外の奴にやられるんじゃねーよ、とか何とか言って、結局、ズルズルと味方ポジションに収まるライバルキャラみたいな関係性と見た。
「そして何より、余所者なんざに潰されたとあっちゃあ、パルティア暴走賊の名折れってもんよぉ! いいか、俺らを舐めるんじゃあねぇぞ、俺らはなぁ、最凶最悪の暴走賊として、草原のレジェンドにならなきゃいけねぇんだよ!!」
ウォオオーッ! と、総長のレジェンド発言に盛り上がる賊の野郎共。凄い一体感を感じる。何でこういう奴らって、ワルのくせに連帯感は抜群なのだろうか。
「っつーワケで、お前らを襲うのは、俺らの燃える熱いプライドをかけた戦いってことだ。ランク5冒険者がナンボのもんじゃ! さぁ、『紅蓮武凜』の灼熱の恐怖に、震えやがれぇーっ!!」