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黒の魔王  作者: 菱影代理
第33章:黒き森
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第656話 人形たちのお仕事(1)

 私の名前はF-0081。

 あの日に見たクロノ様の御姿を胸に、朝の祈りを捧げて、今日も一日が始まります。本日の予定は、昨日と変わらず、復旧工事と訓練。

 今日こそは、昨日よりも良い仕事と訓練成績を、という意気込みを抱くのは、性能の劣ったセクサロイドタイプの私だけでしょう。

 同室の、全く同じ顔と体型の三人の女性型ノーマルタイプの同僚ホムンクルスから、ワンテンポ遅れて着替えを完了させる。制服は、天空戦艦シャングリラの乗組員の軍服を丸ごと流用したもので、艦内にある製造設備によって作られている。ノーマルタイプに合わせて製作されているため、体型の異なる私にはピッタリとはいきません。

 丈が長いです。胸が苦しいです。

 今にも弾け飛びそうな胸元のボタンをどうにか留めて、私も部屋を出た、ちょうどその時でした。

「F-0081、緊急招集。至急、司令室ブリッジへ」

「了解」

 急遽、本日の予定は変更になったようです。

 了解と即答しつつも、つい、緊急招集の意図を考えてしまう。

 何故、私が。

 指令室へ呼ばれるということは、特別な任務が与えられるに違いない。画一的に作業と訓練とが割り当てられる私達ホムンクルスから、その中の一部だけを選ぶのはそういう理由しかありえません。

 ですが、そういった『選ばれた者』というのは、他よりも優れた性能へと成長を果たした個体のみ。劣る部分は無数にあれど、優れた点など何一つない、現状、シャングリラで最低性能の個体である私に課せられる任務など……廃棄処分、でしょうか。

 もしや、先日の神さまマイロード御光臨の際に、この幼い体に大きな胸の醜い私の姿がお目汚しとなったのでは。そうであるならば、私は今すぐ、全速力でフュージョンリアクターに飛び込み、エーテルへこの身を変えましょう。

「全員、揃ったな」

 決死の覚悟をもって司令室へと踏み入れば、すでに、他のメンバーは集まっていた模様。どうやら、私が最後のようです。

 室内には、直立不動で一糸乱れぬ整列をするホムンクルス達。私もすぐにその列に加わりますが……どう見ても、自分だけが場違いに思えてしまいます。

 私達の列の前に立つ上官は、『ダイヤモンドの騎士剣』を腰に差す、『無名九人ネームレスナイン』の長兄アイン。リリィ様のホムンクルスの中では頂点に立つ個体です。

 それから、『無名九人ネームレスナイン』の以下八名も全員が揃っている。彼らが携える、クロノ様より賜った呪いの武器は、正に神器と言うべき神々しさを放っており、私と彼らの格の違いを思い知らされます。いつか、私も……

 神器の眩しさに目がくらみそうですが、他の者達も私よりも遥かに優れた個体ばかり。複数のノーマルタイプを指揮する、管理役の中でも最上位の者に、通常業務や復旧工事で特に作業効率の高い者。そして、戦闘訓練における成績優秀者の上位十名が勢ぞろい。

 ここに集まった者達は、我々ホムンクルスの中でも最精鋭です。

 本当に、私が呼ばれたのは、何かの間違いではないでしょうか。

「マイプリンセス、リリィ様より賜った命令を通達する。今、ここに集った者には個別の任務が与えられ、全員の情報共有権限はランク3に解禁される」

 通常、ホムンクルスの情報共有権限はランク1です。必要のない者に、余計な情報を与えることは無用な損失とリスクを生むから。リリィ様は情報という形無き存在を非常に重要視されているそうで、ホムンクルス間での情報統制は特に厳しく律されています。

 当然、私も自分の仕事の内容以外は何も教えられることのない、最低ランクの1でしたが、今この瞬間、権限は飛び級して3となりました。

 情報共有権限ランク3となると、大まかに他のホムンクルスが担う任務、役割を知ることができ、我々の組織全体の動きが見えてきます。今回、ここに集った者達には、それぞれの任務内容を共有し、その意味を全員が理解するよう求められている。

 これほどの権限を与えられた以上、リリィ様の真意をより深く汲めるよう、更なる努力を要します。

「まず、現時刻をもって、冒険者パーティ『ピクシーズ』は解散。パーティリーダーをツヴァイとし、以下の者を新メンバーとして活動を継続していく」

 ホムンクルスだけで構成される冒険者パーティ『ピクシーズ』は、我々のより高度な自立行動の実証と、このディスティニーランドに繋がる転移装置を守る役目を持っている。今までは『無名九人ネームレスナイン』によって担われていましたが、メンバーが次男のツヴァイ以外、全てシャングリラ産ホムンクルスに変わるということは、彼らはさらに次の作戦段階に進むということでしょう。

「次に、『アリア修道会』への潜入任務が正式に発令された。潜入はノインが単独で行う。以下の者は、首都アヴァロンに潜伏し、ノインのサポートと情報収集についてもらう」

 現状、最も近くに潜む敵勢力が『アリア修道会』です。我々の間でも、近い内に潜入任務があるのでは、と噂されていましたが、いよいよ実行のようです。

 非常に重要な任務ですが、あえて九男のノインが任命されたのは、最悪の場合、廃棄処分も考えてのことでしょう。

「合わせて、スパーダで『アリア修道会』と関連があると見られる宗教組織への潜入をアハトが。以下の者は、アヴァロン組みと同様の仕事を頼む」

 アヴァロンとスパーダの両国では、水面下で十字教の布教が進められているといいます。特にスパーダはクロノ様とリリィ様、我らが主の住まう場所であり、決して敵の手が触れて良い場所ではありません。

「それから、『ピクシーズ』とは別に、戦闘訓練と新兵器の実戦試験を兼ねた部隊を結成する。新兵器はシャングリラの各種エーテル武装と、クロノ様の同盟者シモン様が開発を手掛けている通常兵器が含まれる」

『ピクシーズ』は、世の冒険者と同じような装備でもって活動していましたが、このパーティは、シャングリラにある古代の歩兵用装備にして、現在の我々の標準装備であるエーテル武装『EAエーテルアームズシリーズ』を用いて活動するそうです。

 加えて、同盟者シモン様が開発した銃も実戦試験に含まれるようですが……古代のエーテル技術を用いられたEAシリーズと、現代魔法の術式のみで作られた原始的な銃では、あまりに性能差があり、どちらが有用かは明らかではないかと思います。比べるまでもないことですが、それでも試験されるのは、これもまた神の慈悲なのでしょうか。

「部隊はエーテル武装と通常兵器、それぞれを試験する二つに分ける。部隊名は、前者が『サラマンドラ』、後者は『シルフィード』と、すでに名前を賜っている。『サラマンドラ』は、今後、有事の際には即応戦力としての活躍も見込まれる。リリィ様の期待も大きい。こちらには、特に戦闘能力に秀でた個体を選別することとなる」

 どうやら『サラマンドラ』はもの凄いエリート部隊のようです。当然、私の名前は呼ばれませんでした。

「『シルフィード』は、今後の必要性に関しては不透明だが、開発された銃を最低限、実戦に耐えうる武器とするのは、クロノ様のお望みでもある」

 ならば、これこそが私の使命。

 そして、その思いを肯定するかのように、ついに私の名前が呼ばれました。

「F-0081。お前は我々の中で最も低い性能だが、通常兵器の運用はそういった者を中心に考えられている。己の役割を、よく心得よ」

「了解」

 私が選ばれた本当の理由は、通常兵器の試験をするのに最も適した能力値ステータスだったからに過ぎません。

 まさか、私の低い性能がこのような形で求められることになるとは、予測不可能でしたが……どんな理由であれ、私がお役にたつならば、ほんの僅かでも、クロノ様のお望みを叶える一助なれるなら、全身全霊をかけて任務を遂行いたします。

「両実験部隊は、すぐにスパーダへと向かう。以後、活動拠点はスパーダ貴族街にあるクロノ様のお屋敷となる。出発準備を整えよ。なお、このお屋敷は呪われているので、留意されたし」

 私が、クロノ様のお屋敷に――その衝撃的な事実を前に、私の任務に対する強い覚悟はあっけなく吹き飛び、なんでしょう、こう、胸の奥からフツフツと湧き上がる、狂おしいほどの熱い感情が……あああ、クロノ様がお住まいになっている場所へ、足を踏み入れることができるなんて!

「どうした、F-0081、速やかに準備に迎え」

「はい、今すぐ準備に向かいましゅ」

 あまりの衝撃に行動開始にラグが発生してしまいました。言語機能も、何だか怪しい感じがします。

 いけません、しっかりしなくては。

 思いつつも、クロノ様のお屋敷に行ける、ただそれだけのことで、私の心も体も、フワフワとしてしまいます。今にも、どこかへ飛んで行ってしまいそうな、フワッフワです。




「……ハッ」

 気が付けば、私は馬車に揺られていました。

 現在地は、首都スパーダから南東に向かう街道。どうやら、クロノ様のお屋敷から離れたことで、ようやく私の思考回路が正常に戻ってくれたようです。

 お屋敷には、すでにクロノ様もリリィ様も、カーラマーラへ向けて旅立った後でしたので、いらっしゃいませんでしたが……私には、分かる。ああ、この場所は確かに、クロノ様が生活しているのだと。神の住まう場所、正しく、神域です。

 そんなところに、恐れ多くもこんな私が立っているのだと思うと、様々な意味で震えが止まりませんでした。お屋敷を案内され、クロノ様の寝室に立ち入った時には、ついに限界が訪れ今にも気絶しそう、いえ、ごめんなさい、気絶しました。私をズルズル引きずってくれた同僚には、感謝の念が絶えません。

 どうやら、今の私にあのお屋敷は刺激が、もとい、卑小な我が身には耐えられない神聖な領域であるようです。あそこにいては、私の心はフワフワと夢見心地で、とても冷静な判断が下せると、自分でも思いません。

 ともかく、これで任務に集中できます。

 私は通常兵器実験部隊『シルフィード』の一員として、同盟者シモン様の率いる冒険者パーティ『ガンスリンガー』と合流し、合同での実戦演習へと向かっています。

 目的地は、ガラハド山脈南部。ランク1モンスター『ダガーラプター』を中心に、地竜種の生息するエリアです。

 ラプター系の肉食地竜は、ランク1モンスターの中でも上位に位置する能力を誇る。獣よりも鋭い爪と牙に、硬い鱗。そして、群れとしての数が揃っている上に、統率もとれている。彼らを相手に戦果を挙げられれば、ひとまず及第点といった評価を得られるでしょう。

 今回、私が使用する武器は、すでに販売が始まっている『クロウラフル』と、まだ試作品となるリボルバー型の拳銃『スパロウ』です。

 それと、万が一のための護身用に、EAシリーズのハンドガン『ウインド』とサブマシンガン『スコール』を装備しています。これがあれば、最悪、敵の接近を許しても即座に蜂の巣にすることが可能。

 他のメンバーも同様に、『ストーム』ライフルなどエーテル武装をしており、少なくともランク3までのモンスターには十分に対抗できる戦力となっております。

 シモン様はクロノ様の同盟者であり、数少ない貴重なご友人だと聞かされております。彼の身柄は最優先で安全確保しなければいけません。

「よーし、これでロックが一つ解除できたぞ。あとは、個体識別の暗号化キーと、あー、その前に駆動系は最低限チェックしておかないと、いざ起動した時にヤバい壊れ方しちゃうかも――」

 そのシモン様は、馬車の奥で、シャングリラから持ち出してきた古代鎧エンシェントギアと向かい合い、ずっとあの調子です。

 シャングリラに残された歩兵用装備はほとんど使用可能でしたが、古代鎧だけは特定の搭乗者しか動かせないよう設定されており、使うことはできませんでした。リリィ様なら、初期化して再設定することも可能でしょうが、他に優先すべき事柄が山のようにあるため、放置。結果、クロノ様と争った戦後、古代鎧についてはシモン様にお任せしたようです。

 今回、持ち出してきた古代鎧は、以前にシモン様がシャングリラに滞在された時に弄っていた機体であり、私達がスパーダへ来る際には是非とも持ってきてほしいとの強い要望を受けて、ここまで持ち出してきました。

 シモン様は、揺れる馬車をものともせずに、古代鎧の再起動に熱中しています。きっと、その姿勢は全てクロノ様を思ってのことでしょう。流石はクロノ様の友と認められるだけあって、素晴らしい奉仕精神です。

「おい、まだつかねーのかよ! 早くしろ、もっと飛ばせ!」

「ふにゃー、このペースじゃまだ半日はかかるのニャー。だからニャーはもうちょっとお昼寝しておくニャー」

「こら、ニャーコ、テメーは人の膝の上で寝てんじゃねーぞ! 他んところで、おい、涎こぼすな、コラぁ!」

「おい、うるせーぞ、お前ら。もっと静かにできねーのか」

 シモン様に比べ、彼のパーティメンバーはいささか以上に真剣さに欠けているようです。

 通常兵器の実戦試験は、クロノ様のお望みを叶えるための重要な過程の一つだというのに、アイアンゴーレムのガルダンは無意味に不平不満を叫ぶだけで、猫獣人ワーキャットの少女ニャーコはダラけているし、人間の男ザックは口うるさい。何故、ただ移動しているだけなのに、大人しく待機することもできないのか。人というのは、これほどまでに雑音の多い、非効率な存在なのでしょうか。

「にゃーにゃー、お二人さんは姉妹なのかニャ?」

 人に対するささやかな疑問と不満とを抱きながら、私はいつも通りただ静かに待機状態を維持していた、その最中、唐突に、話しかけられました。

 昼寝はもういいのか、猫のニャーコがキラキラした目ですぐ隣にいた。ちょっと、顔が近いです。

「どっちも真っ白だし、どことなーく、顔も似てるのニャ」

 彼女の言う二人とは、私と、その隣に座るもう一人の『シルフィード』メンバーである、女性型ノーマルタイプのことを指しているのでしょう。

 名前はF-0082。その数字から明らかですが、私の次に作られた個体です。

 無論、私のような欠陥品ではなく、彼女はノーマルタイプとして十全な能力を持って生まれた正規品。さらに言えば、今回のメンバーに選ばれているので、優秀な性能を発揮するエリートでもあります。

 他の『シルフィード』メンバーは、M-0056とM-0102の男性型二人と、最年長であるF-0049の女性型をリーダーとし、全員合わせて五名の構成となっています。尚、馬車に搭乗しているのは私とF-0082の二名のみで、他三名はそれぞれ騎馬に乗っています。

「姉妹ではありません」

「そーなのニャ?」

「タイプが異なりますので。しかし、生産ラインは同じでした」

「ニャニャ?」

「強いて、姉妹という概念に当てはめるならば、私が姉で、彼女は妹ということになる」

「ニャニャニャ??」

 あまり理解が深まった様子のみられないニャーコですが、これ以上、説明する必要性は感じられないので、このまま引き下がってくれれば――

「ニャー!」

 ポヨン、と私の胸が揺れました。

 突如として猫パンチを繰り出したニャーコによって、大きく胸が左右に弾む。

「……何ですか」

「ハッ、目の前でポヨポヨしてるから、つい! 本能には逆らえないのニャー」

 言いながら、私の胸をポヨポヨし続けるニャーコ。

 やめてください。あまり刺激を与えると、胸のボタンが耐久限界を迎えて弾け飛んでしまいます。

「やめてください」

「ゴメンなのニャ。代わりに、ニャーのことをモフモフしていいから、許してニャー」

「モフモフ?」

「うん、こう、モフモフ!」

 自分の顔を、肉球のついた手で挟んでワシワシとするニャーコ。どうやら、撫でれば良いようです。

「こうですか」

 彼女の頭に触れてみると、掌に柔らかな毛皮の感触が。

「どうかニャ」

「これが、モフモフ」

「うんうん、自慢の毛並ニャ」

「モフモフ……」

 理解しました。

 なるほど、これが、モフモフ……凄い、これは、モッフモフです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] モッフモフです(笑)
[一言] なんか凄いポンコツに...かわいいけども
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