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黒の魔王  作者: 菱影代理
第33章:黒き森
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第653話 クロノVS女王蝶

炎の魔王オーバードライブ』の力押しで、最後に立ちはだかる親衛隊をブッ飛ばす。魔王の腕力があれば、ルークスパイダーの巨躯も軽くひっくり返る。

 圧倒的なパワーでもって呪いの武器を振るえば、コイツら程度では俺を止めることはできない。

 一気に掃除を終えて、いよいよ、俺達の前には女王蝶クイーンバタフライのみとなった。

「うわ、コイツは想像以上のキモさだな……」

 俺でも、全貌が明らかとなった女王の姿に、思わず引いてしまう。

 全体的には、女王アリに近い。最も目立つのは、異常なほどに膨らんだ巨大な腹部、産卵器官である。十メートルはありそうな長さの腹部だが、その先は巣の床へと続いており、先端がどこまで続いているのか見えない。見えないが……ギルドのモンスター情報を信じるなら、この腹部はセントラルハイヴの中心を柱のように通り、さらに地下の巣穴にまで伸びているらしい。だとすれば、軽く300メートルを超えた長さを持つことになる。単純な長さでいえば、かなりの巨大モンスターとも呼べるだろう。

 ドクンドクンと大きく脈動している白い腹はそれだけで不気味だが、さらに奇妙なのは胴体の方である。形状はアリよりは長く、カマキリよりは短く、といった体型だが、そこから無数の赤い触手のようなモノが生えている。その触手は、まるで工場の配管のように壁に向かって伸び、中へと繋がっているようだった。背中側から伸びる触手は特に太く、大きな束となって、女王の体と巣を繋げている。

 これで本当にただの触手だったら、まだ良かったのだが……どうにも、この赤色の触手は、ハリガネムシのような寄生虫であるらしい。あまりに長大な産卵器官を持つ女王の体を、この赤いハリガネムシが神経の代わりとなって制御しているという。『神経虫』と呼ばれている。

 この寄生虫が巣の壁に繋がっているのは、これで直接、巣の中の情報を得ているからだ。だから、セントラルハイヴに入ったその瞬間から、俺達の動きは女王に全て筒抜けなのである。最早、この巣そのものが、女王の体といってもいいかもしれない。

 まぁ、グラトニーオクトとか、キロ単位の体長を持つ超ド級の巨大モンスターも存在するのだ。350メートルの巣そのものが本体だといわれても、さほど不思議はない。

 どれほど巨大でも、弱点というのはある。女王でいえば、それは頭にある脳と、神経虫が密集して第二の脳と化している、胴体にある中枢神経節、の二か所だ。

「胴体は俺がやる」

「了解、頭部へ攻撃します」

 一言だけ交わしてから、俺とサリエルは女王へと飛び掛かった。


 リー、リー、リィイイイイイイイイイイイイイイッ!


 絶体絶命の危機を前に、女王は甲高い絶叫を上げる。

 女王には特別な戦闘能力はないとされているものの、胴体と頭だけでも5メートルほどはある大型の体を持っている。昆虫らしく、鋭い六本の脚をそのまま振り回すだけで、十分な威力を持つ。

 だが、セントラルハイヴを上り詰め、女王の前に立つような者が、この程度の攻撃でどうにかなるはずがない。女王と戦うのは、自然と強い者に限られるが故に、ギルドの情報では『戦闘能力ナシ』と記されるのだ。

「邪魔だ、叩き潰せ、『大魔剣バスターソードアーツ』」

 最後の抵抗とばかりに、大振りに振るわれる女王の足を、黒き大剣が容赦なく叩き切る。巨体だけあって、甲殻も厚く、固いが、この盾代わりにもなる超重量の剣ならば、一撃で破壊が可能。

 青い体液を切断面から噴き出しながら、俺はそのまま真っ直ぐ、ガラ空きの胴体へと刃を振り下ろす。

「――ちいっ!」

 瞬間、真下から、うねる触手の塊のようなモノが飛び出してきた。

 寸前で、俺はターゲットを変更し、力任せに強引に斬撃の軌道を変える。

「キョォオオアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 その正体は、女王の腹を破って現れた、まだ完全に育ち切ってない、ルークスパイダーの幼体であった。白い甲殻は形成されているものの、凹凸のないツルツルした表面で、まだ柔らかく、脆そうな体。

 成体よりも一回り以上、小さなルークスパイダーは、ドロドロした白く濁った粘液塗れで、体中に神経虫らしき赤い触手がまとわりついている。

 まだ目覚め切っていない幼体を、神経虫で繋げて強引に動かしているといったところか。

 まだ腹の中にいる子供まで酷使するとは、女王も相当に切羽詰っているとみる。

 しかし、所詮はただの悪あがきに過ぎない。

「二連――」

 一撃目、左手に握る『極悪食』が、ギギギと大口を開きながら、俺に向かって伸ばされる、蜘蛛の足と、蠢く触手の束をまとめて食い破る。

「――黒凪!」

 二撃目、右手の『首断』は、さいて硬くもない幼体をあっけなく一刀両断。

 青い血飛沫も、気持ちの悪い粘液も、被ることなく蜘蛛の体を斬り飛ばし、俺は一旦、着地を決める。

 気を取り直して、もう一度、といったところで、

「『一穿スラスト』」

 サリエルが俺の代わりに、女王の胸元を貫いていた。

 頭狙いだったが、俺が幼体の奇襲に対応したから、急遽、フォローのために変更したのだろう。別に、そのまま頭をやっても良かったのに。

「申し訳ありません、マスター。首を取る役目を用意するつもりでしたが、判断を誤りました」

 一発で胴体の中枢神経節をぶち抜き、俺の隣にシュタっと着地を決めたサリエルが、開口一番に謝罪。頭を下げるサリエルへ何かを言う前に、勝負が決したことを俺は悟った。

「この場所に巣を構えたこと、悔いながら逝きなさい――『絶影黒薙ネメシスライザー』」

 気が付けば、女王の頭へ、ブリギットが『新月妖刀シャドウムーン』を振るっていた。

 影そのものといえる漆黒の斬撃は、綺麗に女王の大きな首を切断する。

 蛾の様なフサフサした触角の片方を、ブリギットは無造作に握り、そのまま切り落とした女王の生首を抱えて、やはり、俺のすぐ傍へと降り立った。

「失礼、クロノ様。好機と見て、私が討たせていただきました。お望みであれば、この首はお譲りいたしますが」

「いや、いいさ。それに、黒き森の巫女が女王を討ち果たした、っていう方が、みんなも盛り上がるだろう」

「お心遣い、誠にありがとうございます――見よ、女王蝶クイーンバタフライは、黒き森の巫女、ブリギット・ミストレアが討ち取った! 我々の勝利です!」

 高々と首を掲げて、ブリギットの勝利宣言が木霊する。

 女王の死により、勇猛果敢に戦っていた虫共は、のきなみ動きが鈍り、目的を失ったかのように、ウロウロとし始める。その中には、戦意を喪失したかのように、ピクリとも動かなくなった奴も続出していた。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 明らかとなった勝利の光景に、討伐隊が一斉に沸き立つ。

 これであとは、ほとんど統制を失い、烏合の衆と化した残党を狩り尽くすだけなのだが――ゴゴゴ、と地震のような不気味な震動が、突如として巣を襲う。

「うおっ、なんだ! まさか、女王が死んだら、ハイヴは崩れるのか!?」

 そんな情報、聞いてないんですけど。悪の秘密結社のアジトでもないのに、自壊機能とか実装してんじゃねーぞ。

 しかし、これはもう明らかに崩れそうな気配というか、ビシビシと巣の壁に亀裂が走り、すでに崩壊が始まっている。呑気に悪態ついてる場合じゃない。

「避難していては間に合いません。皆さん、ここへ集まり、崩壊に備えましょう。ドルイド隊、準備はいいですね?」

 今すぐパニックが起きてもおかしくない中で、ブリギットはどこまでも冷静に呼びかけていた。確かに、ここには優秀な精鋭ドルイドが揃っているのだから、セントラルハイヴの崩壊に巻き込まれても、全員を守り切れるような防御魔法の行使もできるだろう。

 俺とサリエルは、生身でも平気だとは思うが、こういう時は団体行動。その重要性は、日本の義務教育を叩きこまれた、俺と、白崎さんの記憶を持つサリエルなら、団体での避難行動には協力的なのだ。はい、そこ、おさない、かけない、しゃべらない。

 ブリギットの素早く冷静な指示のお蔭で、大人しく全員が集まり、ドルイドが防御魔法の詠唱が響く中で、異変に気づく。

「……なぁ、女王の腹、動いてないか?」

「動いてる」

 サリエルが同意してくれる。

 確実に、二か所の急所を破壊して息の根を止めたはずの女王。その動きは完全に止まっていたはずだが、産卵器官である巨大な腹部が、再びドクドクと大きく脈動を始めていた。

「どういうことだ、腹だけで、まだ動いているってことなのか」

 異常な動きを見せる腹部に、俺は再び『ザ・グリード』を取り出し、構えた。

 すると、俺の戦意に反応したかのように、女王の腹はさらに大きくうねり始めた。

「うおおおっ!?」

 巨大な芋虫であるかのように、腹部が蠢く。その異変に誰もが気づいているものの、巣の崩壊も加速しつつあり、動くに動けない状況。

 どうする、とりあえず撃ってみるか。

 チラっと横を向いて、サリエルとアイコンタクト。よし、撃つか。

 と、トリガーに指をかけた、その瞬間。


 リーン、リーン、リーン


 女王の声。

 そして、うねる巨大な腹が、眩しいほどの青い輝き共に、爆ぜた。

「――ッ!?」

 爆音と轟音が、同時に響き渡る。ついに、巨大な蜂の姿の女王の間が崩れ去ったのだ。

 これでセントラルハイヴそのものが崩壊するか、と思ったが……どうやら、崩れたのは女王の間の外壁だけ。

 ドーム型天井と壁面が軒並み崩れ落ち、頭上には満点の星空が広がる、吹きさらしと化していた。壁が落ちた拍子に、奥の壁際に座り込むようにくっついていた、首なしの女王の体もなくなっている。

 そして、残された腹部も弾け飛び、女王の残骸は全て消えた。

 いや、違う。コイツは、元々、女王ではなかったのだ。


 リリ、リリ、ルリィイイイイッ!!


 青く輝く閃光と共に、腹を吹き飛ばして現れたのは、巨大な蝶。

 眩しく、美しく、青白い光が宿った、幾何学模様の蝶の羽。嫉妬の女王として君臨したリリィの赤黒い羽とは、色もデザインも全く異なるが、そこに感じる禍々しさは同じだ。

 蝶の羽ではあるが、体は蜂に近い。一点の濁りもない、メタリックな白銀。どこか機械的な体で、青く輝く目と触角をもつ頭は戦闘機のような鋭い顔つき。

 デカい腹と寄生虫まみれの女王を見てキモいと思ったものだが……本物はなかなかの美人じゃないかよ。

「おい、アイツが本当の女王だ! 地下で脱皮してやがったんだ!」

 ディランが叫び、討伐隊は一斉に武器を構えて、姿を現した青い女王蝶クイーンバタフライと相対する。

「見ろ、アイツは腹に卵を抱えている。王に違いねぇ! 女王の本命は王を生み出すことだったんだ、絶対に逃がすな!!」

 新女王の腹部には、確かに、一際に青く輝く丸い結晶のようなものが抱えられていた。よく見れば、その結晶の中には、人影のようなモノが薄らと映っていた。

 なるほど、アレが害虫王キング・アラクニドか。

 ディランの言う通り、女王の真の目的は王を生むことで、それが達成されれば、この巨大なセントラルハイヴを放棄するのにも躊躇はないのだろう。

「あれを逃がしてはなりません! 総員、攻撃開始!」

 ブリギットの号令一下、青い羽を、星空の下で目いっぱいに広げる女王に向かって、一斉に攻撃魔法が殺到した。

 勿論、俺も、サリエルも、派手に魔弾バレットアーツをぶち込む。

 戦闘能力ナシ、と謳われる女王だ。コイツが空に飛び立つ前に、攻撃を叩きこめば余裕で倒し切れる――はずだった。

「なんだっ、攻撃が……弾かれているのか!」

 リリリン、と涼やかな鳴き声をあげる女王は、その羽を羽ばたかせると、青く輝く鱗粉を大量にバラ撒いた。美しく、幻想的に輝く青白い燐光は、殺到する攻撃魔法に触れると、その進行方向を捻じ曲げる。

 炎も雷も、あの燐光の前では軌道を逸らされ、一発たりとも本体への直撃を許さない。攻撃が逸れるだけなら、まだいい。中には、こっちの方にまで跳ね返ってくる角度のものもある。

 あの燐光は『反射リフレクト』と似たような効果を持っている。魔弾での攻撃は止めた方がよさそうだ。

「それなら、直接、斬りに行く――くっ!?」

 しかし、王の卵を生み出した新女王にとっては、最早ここで俺達と争う理由は全くない。

 燐光を撒いて防御したのは、ただ、逃亡の為に飛び立つ準備時間を稼ぐため。

 ギチギチと不気味な音を立てて、女王の腹部が割れる……いや、甲殻がブラインドのように隙間を開いているのだ。

 何故そんな稼働ギミックが、と思えば、開いた隙間から、青白い燐光が噴き出すのを見て、すぐに理解した。

「おいおい、あの腹は『精霊推進エレメンタルブースター』になってるのかよ」

 ガラハドで見たタウルスも、俺の『暴君の鎧マクシミリアン』でも、魔力を噴いて推進力を得る、『精霊推進エレメンタルブースター』の基本構造は同じ。それが火を噴いて飛ぶ時の輝きは、今ではすっかり見慣れたものだ。

「くそっ、待ちやがれ――『魔手バインドアーツ』っ!!」

 直接、その体を捕らえるしかないと、慌てて触手を伸ばすが――


 キィイイイイ……ドンッ!!


 凄まじい爆音と衝撃波と共に、新女王は夜空へと飛翔した。

 空中には、再び制御を取り戻したのか、まだかなりの数のビショップビーが飛んでいる。あれでは、高速で飛び去る新女王を追撃するのはリリィでも無理だ。

 どうする、このまま逃がすしかないのか。今ならまだ、『嵐の魔王オーバースカイ』で飛べば、追いつけるか?

 一瞬の逡巡。だが、青い羽を広げ、魔力ブースター全開で飛んでいく新女王はロケットのように高速で飛び去る。僅かな間に、どんどん離脱距離は離れていってしまう。

 いや、まだ手はある。この場で、奴を撃ち落とせばいいのだ。

「はぁ、ふぅ……コイツを使う時は、緊張するな」

 二度目だからこそ、尚更に。

 俺は『ザ・グリード』を構えて、遥か彼方へ飛び去ろうとする新女王の背中に向かって、狙いを定めた。

「『光の魔王オーバーリミット』――魔弾バレットアーツ

 第七の加護、発動。

 俺の体から、根こそぎに黒色魔力を搾り取り、限界突破の威力を実現する、諸刃の剣だ。

 だからこそ、使う技はあえて低い威力のものを選ぶ。

 今回は、たった一発の『魔弾バレットアーツ』である。

 しかし、『光の魔王オーバーリミット』の力によって形成された弾丸は、普通では不可能なほど黒色魔力が超圧縮されている。つぎ込まれた魔力量は、『荷電粒子砲プラズマブラスター』さえ超えている。

 それが、小さな弾丸一発に、全て籠められているのだ。

 果たして、その威力は、

「ぶち抜けぇええええええええええっ!!」

 ドォン、という鼓膜が破れんばかりの轟音と、暴発したかと思うほどのマズルフラッシュが炸裂する。

 あまりの反動に、六連装の銃身は真上にまで跳ね上がり、そのままの体勢でズズズと後退してしまう。そのままひっくり返ってしまいそうで、俺は体勢の維持に必死で、発射された弾丸の行方を追うことはできなかった。

「――命中です」

 だから、サリエルが教えてくれた。

 反動の勢いを止めて顔を上げれば、黒々とした闇のラインが一筋、星空の下に走っているのを見た。ただでさえ夜だというのに、何故か、その漆黒のライン、放たれた魔弾の弾道ははっきりと見える。

 そして、その黒き弾道の先で、綺麗な青い花火が咲いていた。

「魔弾は、女王蝶クイーンバタフライの腹部から、王の卵を貫き、頭部まで抜けていきました。着弾の威力で、体が砕け散るのも確認しました。無事、女王は討たれました。おめでとうございます、マスター」

「そうか、外れなくて、良かったよ」

 サリエルのあんまりおめでたくなさそうな、冷たい結果報告を聞いて、俺は力が抜けるまま、その場に膝をつき、崩れ落ちてしまう。

 今ばかりは、100キロ超の『ザ・グリード』が重たくて仕方がない。

 でも、しょうがないだろう……やはり、今回も俺の腕は、『光の魔王オーバーリミット』の反動によって、燃え尽きたような灰色に固まってしまったのだから。

 それでも、灰化しているのは、手首をちょっと越えたあたりまでだから、マンティコアに『闇凪』喰らわせた時よりも、遥かにマシだと思いたい。

「クロノ様、ご無事ですか? 今の黒魔法は、かなり消耗したようですが……」

 俺がぐったりと疲れた様子なのを見て、ブリギットが慌てて駆け寄ってくる。ああ、真正面から見ると、めっちゃ胸が揺れている。

 ちょっと、巨乳の良さが分かった気がする。こういう疲れた時に、その大きな胸で受け止められて、安らかに眠ってみたい。

 いや、やらないけどね。

「大丈夫だ、ちょっと魔力を大目に消費しただけだから」

「ですが、その手は……ああ、なんて酷い! 今すぐ治癒を!」

「放っておけば元通りになる。コレは自然に治すのが一番だから、治癒魔法は必要ない」

 詳しい説明までは、する必要もないだろう。とりあえず、治癒魔法をかけられなければ、大丈夫だし。

「それより、魔力を使いすぎて、ちょっと今すぐは戦えそうもないんだ。少し、休ませてくれ」

「はい、後のことは、全てお任せください」

 残党狩りには協力できそうもなくて、申し訳ない。とりあえず、今夜はもう休みたいなー、と思っていると、俺の意図を察したのか、サリエルがつかつかと歩み寄ってくる。

「女王討伐のクエストは完了しました。帰りましょう、マスター」

「あー、もうちょい休ませてくれ。まだ立ち上がる気力も出なくて」

「問題ありません、私が抱えます」

「いや、それはちょっと……」

「ヒツギが抱えてあげるですー!」

 疲れているから、ちょっと静かにしててくれないか。

「クロノ様、よろしければ、私が抱えてさしあげます」

 何故そこでブリギットまで名乗りを上げる。

「その必要はありません。マスターは私が抱えます」

「最後にクロノ様を頼ってしまい、私はとても、心苦しく思っているのです。少しでも、貴方のお役に立ちたくて」

 サリエルとブリギットの間で、バチバチと火花が散っている気がするのは、気のせいだと思いたい。

「マスターのお世話は、私の仕事」

「私は義務感などではなく、心からクロノ様のことを思って申し出ているのです」

 一歩も譲らない二人。あわわ、ヤバい、これはヤバい雰囲気だぞ。

「マスター」

「クロノ様」

 お願い、俺に振らないで。デリケートな問題なの。

「あー、なんかもう回復したわ。よし、帰るぞ、サリエル」

 魔力欠乏で膝がガクガクの大笑いだけど、無理して立ち上がる。頼む、『暴君の鎧マクシミリアン』、今だけは俺に自立行動機能でサポートしてくれ!

「警告、魔力不足」

 ち、ちくしょう……

「マスターの体は、まだ回復してはいません」

「どうか、ご無理はなさらないで」

「大丈夫だ……いいから、帰るぞ!」

 行きはよいよい、帰りは怖い。これって、こういう意味だっけ……

 ともかく、緊急クエスト『セントラルハイヴ攻略』は無事に完了したのだった。

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