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黒の魔王  作者: 菱影代理
第33章:黒き森
653/1047

第652話 女王の間

 ディランを背負い、俺は女王の座す最上階を目指して突き進む。とはいっても、お荷物を抱えた俺は、サリエルとポジション交代して、援護の後衛に回っているから、実質、道を切り開くのはサリエルとブリギットの二人である。

 上へ登るにつれて、変異種もより強力な奴らがお出迎えしてくれるようになった。白アリと同様に、白い甲殻の巨躯を誇る、白カマキリと白蜂、それと白クモも現れた。通常種に倍する甲殻の厚さを持つ白種は、『ザ・グリード』の魔弾をも弾く厄介な連中だ。柔らかい部位を狙うか、榴弾グレネードでブッ飛ばし体勢を崩させる。あとは魔手バインドアーツで嫌がらせ。ディランを背負った俺に出来る援護は、この程度しかない。

 しかし、サリエルとブリギットのコンビにとっては、この程度の援護でも十分過ぎた。

 弾丸が通らない分厚い甲殻も、彼女達の武技は難なく切り裂き、貫き通す。

 白銀の鎧兜を纏ったような、白カマキリに四方を囲まれていても、ブリギットが『新月妖刀シャドウムーン』を一振りすれば、まとめて切り伏せられる。

 立ちはだかる岩山のような白クモも、サリエルが懐に飛び込んでは、『反逆十字槍リベリオンクロス』で腹を真下からぶち抜き、息の根を止める。

 少しばかり、攻撃力と防御力が上がった程度の白種では、あの二人を足止めすることは敵わない。

「……化け物かよ」

「ああ、サリエルは強いけど、それについていってるブリギットもかなりのものだ。まだ余裕もありそうだし」

「お前もだよ」

「俺は別に、大したことはしてないけど」

 ただ、『ザ・グリード』からぶっ放す魔弾を『封冷弾コールドシール』に切り替えて、頭上をブンブンとやかましく飛び交う白蜂の群れを叩き落としているだけだ。白い装甲は厚いけど、温度変化にも強いというワケではないらしい。だから、致命傷にはならなくても、凍結の力を秘めた弾を喰らえば、羽が凍って落っこちるのだ。飛行する部位ってのは、デリケートだからな、これくらいの威力でも十分な効果が見込める。

 空を飛べない蜂など、アリ以下の戦闘力だ。一度落としてしまえば、脅威でもなんでもない、ただの障害物である。

「キシャァアアアアアアアアッ!」

 おっと、あまり対空砲火にばかり気を取られるわけにもいかない。背後からは、白アリと白カマキリの混成部隊が挟撃しにやって来た。

「叩き潰せ――『大魔剣バスターソードアーツ』」

 翻る黒マント『夢幻泡影』から飛び出すのは、グリードゴアの素材をふんだんにつぎ込んだ、ストラトス鍛冶工房謹製の大剣×10。ただひたすらに頑丈な男らしいタフな大剣は、俺の意思のままに迫る敵を叩き切るべく飛んでゆく。

 魔弾をも弾く白い甲殻だが、身の丈ほどもある重厚な大剣が高速で飛来すれば、無事では済まない。そりゃあ小さな弾丸と、本物の剣ではそもそも質量が段違い。速度こそ弾丸には及ばないものの、その超重量と切れ味鋭い刃を前に、アリとカマキリは成す術もなく……というか、自分でもビックリするほど有効な攻撃だな。凄まじい勢いで敵の数が減って行ってる。

 この大剣が直撃すれば、それだけで白アリも白カマキリもぶっ潰れる。そんなのが十本も、少々の魔力消費だけで自由自在に振り回せるのだ。ああ、魔剣ソードアーツって、こんなに便利だったのか、と自分で編み出した黒魔法ながら思ってしまう。

 いや、それもこれも、この大剣あっての威力だろう。地味に、安物の剣よりも操作性が良かったりもする。恐らく、芯の部分には黒色魔力の密度と感応性を増幅させる仕掛けが施してあるのだろう。完全に俺が使う前提の仕掛けだ。使って初めて分かるこの効果に、レギンさんの職人魂を感じずにはいられない。

 などと、感動している間に、背後の挟撃部隊は片付いた。

「チクショウ、これがランク5の実力ってヤツか……」

 戦闘不能になったことで、弱気になっているのか、ディランが陰気にそんなことをつぶやいている。人の背中で、あんまりネガティブなこと言うのは止めて欲しいのだが。

 そんなディランの独り言を聞きつつ、俺達はひたすら進み続けた。




「ようやく、最上階か」

「はい、恐らくは、この先に」

 数多の虫軍団を蹴散らして、とうとうここまで上り詰めた。

 一際に広大な広間、そこから30メートルほども伸びる、急斜面のようなスロープを駆けあがれば、ついに蜂の巣型の女王の間へと到着だ。

「さぁ、覚悟しやがれ、女王蝶クイーンバタフライ――」

 と、意気揚々と乗り込むと、


 リーン、リーン、ルリリリリリリ


 やけに澄んだ高い音色が、巨大な蜂の巣に木霊する。

 それが、女王の下した総攻撃の合図だというのは、空間を圧すほどの密度で殺到してきた、攻撃魔法の数々によって、嫌でも理解させたれた。

「あっ、これはダメだ、退くぞ」

 慌てて、踵を返してスロープを逆戻り。ギリギリのところで、奴らの射線から逃れる。一瞬遅れて、大量の攻撃魔法が着弾していき、大爆発を起こしていく。炎も氷も雷も、酸も毒もなんでもアリだった。

「やけに守りが薄いと思ったら、巣の中の戦力を女王の間に結集させていたのか」

 俺達が順調にここまで上がって来れたのは、それだけ手薄だったから。変異種揃いにはなっていたが、敵の本丸にしては数が少なすぎるように感じていた。やはり、予感は的中。これまでの道中に現れた奴らは、女王の間の防衛体制を万全にするための、単なる時間稼ぎの捨て駒に過ぎなかったのだ。

 そうして、集められた防衛戦力、女王の親衛隊とでもいうべき虫軍団がそこに陣取っているわけである。

 中の様子はチラっとしか見えなかったが、それでも、状況を理解するには十分であった。

 女王の間は、巨大なドーム型の空間だった。東京ドームが、大体、半径100メートルほどと考えると、同じ程度の広さはありそうだ。フィオナとリリィが全力で一発ずつぶち込めば、殲滅できる程度の面積である。

「やっぱり、二人を連れて来れば良かったか」

「女王の間に『黄金太陽オールソレイユ』と『星墜メテオストライク』が同時に炸裂した場合、セントラルハイヴそのものが崩壊する可能性は、非常に高い」

 やっぱ、サリエルだけで良かったわ。フィオナとか、考え無しでとりあえずぶっ放してそうだし。

 最悪、巣が崩壊したとしても、俺達なら何とかなりそうな気もするが、ディランは守り切れないかもしれない。それに、他の突入組もいるはずだし。楽に倒すためだけに、大勢の味方を巻き込むわけにはいかないだろう。

「けど、あの空間をイッパイにするほどの数を相手に、正面突破か」

 女王の間には、凄まじい数の虫共が群れていた。女王の親衛隊は、白種を中心に、まだ見たことのない変異種もかなり多く混ざっていた。

 炎、雷、氷、この辺の属性攻撃をぶっ放してきた奴は、大体は変異種だ。

 見えた限りでは、赤いサソリ型のルークスパイダー変異種が、尻尾と口から炎のブレスを吐いていた。

 紫色のナイトマンティスは、両腕が鎌ではなく、チャージランスのような長い円錐形になっていて、そこから雷撃を放っていた。

 青白いビショップビーは、針の無い尾から、冷気の塊を放出していた。アイツには『封冷弾コールドシール』を撃ち込んでも、落ちることはなさそうだな。

 他の奴らは、それぞれ酸を吐いたり、毒を飛ばしたり。

 威力としては、下級から中級といったところだが、あれだけの数を一斉に浴びせかけられれば、いくらなんでも無傷では済まない。『暴君の鎧マクシミリアン』なら大丈夫かもしれないけど、俺だけ無事でも意味はない。

「クロノ様、私が道を開きましょう」

 静かに、けれど、決意の籠った声で、ブリギットが名乗りを上げた。

「黒き森の巫女として、ここは、私が命を賭けるべき時です」

 いくらブリギットでも、あの大軍を前に単身で突破口を開こうとすれば、負傷は確実。命の危険も、普通にある。

 しかし、彼女が奮戦して道を開いてくれれば、後に続く俺はかなり楽ができる。きっと、ブリギットなら見事に女王までの血路を切り開いてくれるだろうから。

「そうなると、俺が美味しいとこどりになるけど」

「構いません。私は巫女としての務めを果たします。それに……惚れた殿方に尽くすのが、女の務めでしょう。クロノ様、貴方のお役に立てるなら、私は本望にございます」

「おいおい、クロノ、お前もしかして、巫女様に手を出したんじゃ――」

「待て、ちょっと待て、今はその話題はやめよう。マジでやめようよ」

 ねぇ、色恋沙汰で盛り上がってる場合じゃないから。

 というか、そもそも、ブリギットには何もしてないし、ちゃんとお断りしたし。だからサリエル、ジっと俺のことを見つめるのはやめてくれない。

「マスターに都合の悪いことは、決して、私は語りません」

「そういうの、今は求めてないから」

 ああ、ちくしょう、どうしてセントラルハイヴの最奥で、こんなことに振り回されなきゃならんのか。

 ともかく、気を取り直して、女王攻略に話を戻そう。

「ブリギットの提案は却下だ。お前を一人だけ、危険な目に合わせることはできない」

「それなら、全員平等に危険な目に合えばいいってことか? はっ、バカらしい、ランク5でも、所詮は甘いガキってことかよ」

 平等ってのは、常に良いことではない。誰かを犠牲に、囮にでもしなければ、誰も生き残れないという状況なんて、冒険者でも騎士でも、普通にありうることだ。

 今回だって、ブリギット一人が体を張れば、恐らく、確実に女王は討ち取れるだろう。下手に全員一緒に正面突撃すれば、余計に被害が増える可能性は高いし、最悪、誰も女王に辿り着けずに押し返されるかもしれない。明確に、誰を温存して女王を仕留めるか、それくらいは決めておかなければ、確実な討伐は望めない。

「別に、俺は自分の手で女王を討ちたいワケじゃないからな。だから、無理して俺達だけで、戦いを挑む必要もない」

「どういう意味だ」

「他の突入組を待つ」

「はぁ!? お前、それでも冒険者かよ!」

「冒険者だからといって、いつも冒険しなくたっていいだろ」

 俺はただ、この緊急クエストが無事に遂行されれば、それでいいのだ。女王の間まで来た、というだけで活躍としても十分、報酬もかなり色がつくだろう。

 危険を冒してまで、女王討伐の栄誉と最大報酬を求めるのは、俺にとっては実に割に合わないことだ。そもそも、俺はスリルを求めるギャンブラーな性格じゃないし。安定志向の現代っ子だぞ。

「そういうワケで、俺は待つ。他の突入組が到着するまで、休憩だ。どうしても女王に挑みたければ、止めないがな」

「ちっ、仕方ねぇ……どの道、俺はただの役立たずだ。この期に及んで、女王を討てるとは思っちゃいねぇよ」

 ディランが欲に駆られて単身突撃しないなら、後はもう安心だ。

「クロノ様、私の身を案じてくださって、ありがとうございます。とても、嬉しいです」

 そして、ただ安全策をとっただけなのに、無駄にブリギットから好感度を稼いでしまった。熱っぽい視線が、非常に心苦しい。

「マスターの都合の悪いことは語りません」

「……うん、もう、それで頼む」




 そうして待つこと、小一時間。

「巫女様!」

「おお、ディランじゃないか。本当にここまで、辿り着いていたのか」

 ほとんど同じタイミングで、ドルイドと精鋭騎士で構成された神殿の突入組と、一攫千金を狙う高ランク冒険者の一団が、最上階にまでやってきた。

「皆さん、お待ちしておりました」

「よう、お前ら、遅かったじゃねぇか。こっちは待ちくたびれちまったぜ」

 旅館の女将みたいな対応のブリギットと、同業者へ軽口を叩くディラン。

 休憩している間に、すっかり麻痺毒も抜けて、ディランは自分の足で堂々と仁王立ち。ご主人様が元気になって、イルカちゃんも嬉しそうだ。

「巫女様、これは一体、どういう状況なのですか。見たところ、その……随分と、くつろいでおられる様子で」

「おいディラン、お前、飯なんて食ってる場合かよ! 女王の間の真ん前だろうが!」

 彼らがツッコみたくなる気持ちも分からないでもない。

 女王の間では、親衛隊による強固な最終防衛線が構築されており、踏み入れた瞬間に攻撃魔法の嵐で大歓迎を受ける。逆にいえば、踏み込みさえしなければ、奴らは動かない。

 セントラルハイヴ攻略が始まって、かなりの手勢を女王は失ったことになる。奴からすれば、少しでも時間を稼いで、新たな兵士を生み出したいところだろう。

 俺達が女王の間のすぐ傍にいるからといって、中途半端に兵を差し向けても返り討ちにあうだけで、無駄な戦力の消耗だと分かっている。だから、明確に防衛ラインを定めて、それを徹底的に順守させているのだ。

 だから、女王の間に続くスロープを登りさえしなければ、こうして奴らのすぐ近くで待機していても、襲ってくる虫はアリ一匹もいない。

 そのお蔭で、余裕の休息タイムとなった。サリエルが持ち込んだ、多段重箱の弁当を広げては、みんなで舌鼓を打っている。彼女の作った異世界料理、もとい日本風の料理に、ブリギットもディランも興味津々で、実食してはアレコレと語ってくれたもんだ。

 気が付けば、過酷なセントラルハイヴ攻略から、単なるピクニックみたいな雰囲気となっていた。ちょっと気が緩み過ぎたか。アルコールはなくて正解だったな。

「確実な女王討伐のために、皆さんをここでお待ちしておりました。是非とも、協力のほど、よろしくお願いいたします」

「はっ、巫女様の命とあらば、我ら一同、身命を賭して遂行する所存にあります!」

 全くくつろいでなどいませんでした、みたいな堂々たる雰囲気で、ブリギットは集った神殿部隊に対して宣言する。

「おい、お前らも手伝え。女王の間には変異種のヤベー奴らがごろごろしてる。この機会を逃せば、女王討伐のチャンスはねーぜ!」

「へっ、元からそのつもりよ。女王は早い者勝ちだ」

 ブリギットとディランが、それぞれの部隊に対して呼びかけている間に、俺とサリエルは広げた弁当箱をいそいそとお片付け。

 俺は兜を被りなおし、よし、これで突入準備は万端だ!

「それでは、クロノ様、参りましょう」

「ああ」

 ざっと見て、神殿部隊が30人。冒険者が20人。合わせてたった50人の討伐隊。だが、選び抜かれた最精鋭の50人である。たかだか虫の女王を討つには、十分すぎるメンバーだ。

「ドルイド隊は結界を展開! 女王の間へ、突入します!」

 この場で最も身分が高く、地元の冒険者も認める、ミストレアの巫女たるブリギットを大将として、ついに突撃の号令が下る。


 リーン、リーン、ルリリリリリリ


 再び聞こえてくる、女王の鳴き声。こっちは唸りを上げて、堂々とスロープを駆けのぼっていっているから、俺達の接近に気づかないはずがない。

 ここから先は、真正面からの総力戦だ。

 女王の間へと踏み入ったその瞬間には、すでに放たれている怒涛の攻撃魔法の嵐。だが、今度は逃げ帰る必要はない。避けることも、防ぐことも、しなくていい。

 すでに、ドルイド隊の防御結界は完成している。

「――『深緑精霊陣エバーグリーン・コート』」

 輝く緑一色のオーロラが、迫りくる全ての脅威を打ち払う。

 総勢50名の討伐隊を丸ごと覆い隠す、大きなオーロラ状の緑光の結界は、ドルイドの精霊魔法の一つ。セントラルハイヴを囲んだ『四季精霊陣フォース・シルエットガーデン』よりは、規模も出力もずっと小さいし、反撃能力もないが、虫共が放つ遠距離攻撃の全てを防ぐだけの防御力は持ち合わせていた。

 これだけで完全防御ができているので、他のメンバーは攻撃に集中できる。

「ここでなら、撃ってもいいだろう――『荷電粒子砲プラズマブラスター』」

「――『天雷槍グングニル』」

 俺とサリエルの攻撃が、容赦なく親衛隊の壁を穿つ。魔弾を弾く白種でも、この大技を前にすれば、等しく塵になるのみ。たかだか数十センチの甲殻など、威力を防ぐに足りない。

 だが、流石は最強の手駒を揃えた親衛隊といったところか。白いルークスパイダー、それもさらに大型かつ、姿も防御に特化したような、蟹のようなトゲトゲの甲殻に身を包んだ奴だ。俺とサリエルが放つ、二筋の黒き雷光を前に、二匹、三匹と、折り重なることで女王を守る盾としての役目を果たし切っていた。

 女王蝶クイーンバタフライと思しき、大きな青い蝶の羽が見える、巣の最奥まで攻撃は届かなかった。

 それでも、道の半分までは穿つことに成功している。

 あとは、ここを突破口として、力押しで行かせてもらおう。

「我に続け! 突撃!」

 勇ましい突撃命令が響く。宝剣『新月妖刀シャドウムーン』を掲げるブリギットを先頭に、いや、俺がさらにその前に立って、道を切り開く最先鋒を務める。

 右手には『絶怨鉈「首断」』、左手には『暴食餓剣「極悪食」』。なんだかんだで、一番落ち着く、呪いの大剣二刀流。

「はぁああああああ――『二連黒凪』っ!」

 殺到してくる虫共を、斬る、斬る、とにかく、斬りまくる。

 相手は恐怖を感じない、虫の軍団。どれだけ、俺が吠えて叫んで惨殺する狂戦士であっても、奴らは一歩も退かずに攻め続けてくる。まったく、十字軍よりも遥かに根性のある奴らで、困ったものだ。

 武技を放った直後の隙にも、平気で斬りかかってくる奴がちらほら出てくるからな。

 お蔭で、コイツらの出番もある。

「――『大魔剣バスターソードアーツ』」

 武技発動の隙に、滑り込むように鎌を振り上げて斬りかかってくる白カマキリ、その逆三角形の頭へ、漆黒の大剣が断頭台のように降ってくる。

 その刀身の長さ、分厚さ、そして重さ。頭の上から切られれば、それは首が落ちるなどという生易しい斬撃ではなく、頭から尻尾の先まで一撃で圧潰するほどの衝撃と化す。

 それが、合わせて十。一撃必殺の重い斬撃が、俺の周囲に同時に降り注いだ。

 襲ってきた虫共を叩き潰し、さらに薙ぎ払い、間合いが開ける。無論、その頃にはとっくに硬直も解けている。

 四方八方から襲い掛かってくる大人数を相手にする際にも、魔剣ソードアーツの手数と、自由自在な機動性は大いに役立つ。

 次々と殺到して来るロボット染みた虫共を、淡々と『大魔剣バスターソードアーツ』が叩き潰してゆく。超重量の大剣だが、やはり抜群の操作感。むしろ、これくらいの重さがちょうどいい。

 呪いの二刀流と十本の魔剣とで、文字通りに血路を切り開き、俺は女王を目指してひたすら前進してゆく。

 奮戦しているのは、勿論、俺だけではない。

 敵に真正面から突っ込んで、結界の意味をほぼなさなくなったドルイド隊は、次の一手として接近戦用の魔法へと切り替えている。

 それが、果敢に虫の群れに殴り掛かっている、大きな樹木の人形。『ウッドゴーレム』という名の、精霊魔法である。

 全長3メートルから4メートルほどの木の巨人は、緑の樹木がそのまま人型と化して歩き出したような風貌だ。戦い方としては魔術士スタイルなドルイドにとって、このウッドゴーレムは間近に迫った敵に対処するための魔法として、基礎的なものらしい。

 それが、このセントラルハイヴの突入組に選ばれるような精鋭のドルイドとなれば、十体や二十体はお手の物。全員が十体以上のウッドゴーレムを召喚することで、こちらの人数は瞬時に三倍以上にまで膨れ上がる。

 そして、精霊魔法によって形成されたウッドゴーレムもまた、忠実に命令を実行するだけの、死を恐れぬ兵士だ。ウッドゴーレムが最前線で体を張って虫を止めるので、攻撃の本命たる騎士や冒険者は安全に立ち回れるのだ。

 もっとも、いまだに先頭を走り続ける俺は、その恩恵には預かってないのだが。

 まぁいい、その代わりに、サリエルが死角をカバーしてくれている。基本、前衛の俺に付きっきりでついてこれるのは、槍を振るう騎士クラスのサリエルだけ。背中を預けられる仲間というのは、本当にありがたいものだ。

 しかし、この感謝の気持ち、どう伝えるべきものか。リリィだったら、頭を撫でて猫かわいがりすればいいのだが……サリエルとの接し方に悩む、今日この頃。いや、最初からそうだったか。

「マスター、そろそろ女王へ辿り着きます」

 無我夢中で斬り進んできた中で、サリエルは静かに教えてくれる。

 もう、そんなところまで来たのか。サリエルのフォローと、脇と切り開いた道を確実に維持してくれる討伐隊が一丸となっているからこそだろう。

 やはり、少数で無理せず、仲間を頼って正解だったな。

「よし、後は一気にいくか」

 いよいよ敵が目前に迫り、女王も焦っているのか、俺の前にはサソリの尾を三本も生やした上に、前脚がハサミ状になっている、最早クモなのかザリガニなのか分からない姿と化している、ルークスパイダーが立ちはだかっている。

 ソイツの下には、腕が雷撃を放つランスと化している上に、さらに四本腕のナイトマンティス。

 それと、はっきりとは見えないが、あの透明なビショップビーもかなりの数がコソコソと隙を窺っている。

 コイツらを乗り越えれば、最奥の壁際で、青く輝く蝶の羽を無意味にバタバタさせている、女王とのご対面だ。

「ついて来い、サリエル――『炎の魔王オーバードライブ』」

「はい、マスター」

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