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黒の魔王  作者: 菱影代理
第33章:黒き森
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第651話 セントラルハイヴ攻略戦(2)

 セントラルハイヴの中は、外と同じ質感の、石膏の様な白い材質で作られている。虫のモンスターが作ったものだというのに、染み一つない真っ白い屋内は、不思議な清潔感すら漂う。

 ただ、白い壁面にはそこかしこに、薄らと血管のような赤い筋が走っていて、妙に生物的なデザインが気持ち悪い。まぁ、この赤い筋が『ラストローズ』のように催眠誘導の魔法陣になっているワケではないので、その辺は安心できる。

 昆虫の視覚は紫外線を見ることができるというが、『バグズ・ブリゲード』は人と同じ可視光に頼る部分が大きいのか、巣の中はぼんやりと明るく照らされていた。白い壁には、まだらのように淡く発光する部分があって、これが全体的に照らしているのだ。

 かなり薄暗いかすかな光量ではあるが、わざわざ灯火トーチを焚くほどでもない。視界が確保されているのはありがたいが……灯りまで備わっていると、いよいよこの巣が人工物のように思えてくる。虫モンスターが建設したのに間違いはないはずだが。

 そんな摩訶不思議な内部構造となっている巣穴タワーを、俺達はバリバリと盛大な射撃音を響かせながら突き進む。入り組んだ通路上には、アリとカマキリの混成部隊が立ち塞がるが、奴ら程度なら足を止めずに排除できる。俺もサリエルも、勿論、ブリギットもだ。

 基本的に、俺とサリエルの射撃で進行方向の敵を片付ける。不意に横穴や、壁に隠れ潜んでいた奴は、ブリギットの黒い一閃によって始末。

 彼女が振るうのは、大粒のエメラルドが埋め込まれた、白銀のサーベル一本きり。他に武器を持っている様子はない。黒魔法使いなら『影空間シャドウゲート』で色々持ってるかもしれないが。

 美しい儀礼用の剣にしか見えないが、どうやら、これが黒魔法の力を増幅させる強力な魔剣であるようだ。

 神殿の浴場で、ブリギットは無手のままで、瞬時にルークスパイダーを切り裂く『絶影ネメシス』の威力を見せつけてくれたが、この剣を使えば、さらにその斬撃力は跳ね上がっている。だからこそ、サソリ型の変異種も瞬殺できたのだ。

「ふふ、この剣が気になりますか?」

「ああ、かなりの魔剣に見えるが」

「一族に代々伝わる家宝なのですよ」

「そんなの、持ち出して来て良かったのか?」

「こういう時に使うためのものですから」

 なるほど、黒き森を守るための秘密兵器といったところか。

 しかし、メラメラと燃え盛る炎のように濃密な黒色魔力のオーラを纏っているが、それでも刀身が目に眩しい白銀のままでいるのが、かえって違和感を覚える。普通、あれだけの魔力密度にかけられていたら、絶対に黒く染まると思うのだが。

「全力で解放すれば、刀身は黒く、宝珠は赤く染まります。この程度の出力なら、色は変わりませんね」

「ブリギットって、テレパシー能力あるのか?」

「うふふ、黒魔法使いなら、同じことを考えるでしょう」

 確かに、真っ先に気になる点ではあるけども。こうもピンポイントに言い当てられると、恥ずかしいやら恐ろしいやら。心が読めるのは、リリィだけで十分だ。

「実は呪いの武器だったりするのか?」

「いいえ、呪われてはいません。ただ、色々と曰くのついた剣ですから……『新月妖刀シャドウムーン』と、今は名づけられています」

 妖刀ときたか。反りのある片刃の刀身は、その形だけなら刀に近い。拵えはサーベルだから、一目で刀のようには見えないが、もしかしたら、最初は本当に刀だったのかもしれない。

「マスター、広間へ出ます」

 サリエルの声に、俺はブリギットとのお喋りはやめて、前へ集中する。

 射殺した虫の死骸を蹴散らして、俺達は洞窟状の通路を抜け、広い空間へと出た。

「まさか、先客がいるとはな」

 広間では、すでに戦いが始まっていた。周囲からの音で、俺達の他にもハイヴに突入した者はいるだろうと気付いてはいたが、もうここまで進んでいる者がいるとは。

 俺達より先んじて広間へと到達していたのは、どうやら冒険者のようだ。四本腕の変異種ナイトマンティスを複数体相手に、緑のマントを翻して激しい大立ち回り。

 その人物には、見覚えがある。たしか、ギルドで絡んできたランク4冒険者のディランという男だ。

「ハァアアア――『火炎撃穿イグニス・フルスラスト』っ!」

 ディランが右手にした、赤い刀身のフランベルジュが、渦を巻く火炎と共に鋭い突きが繰り出される。

 四本腕のカマキリは、すでに三本もの腕を切り飛ばされていて、迫る炎の武技を防ぐだけの手はないようだ。そのまま胴体に直撃すると、剣の切っ先が爆ぜ、甲殻をバラバラに砕きながらカマキリをブッ飛ばしていた。胸に大穴が開き、さらに全身へ火が点いて、完全に戦闘不能。

 だが、仲間の死を利用して、まだ健在なカマキリがディランの後方、武技を放った直後の硬直した隙をついて迫っていた。

「ふん、寄らせるか――『水流槍アクア・クリスサギタ』」

 動きこそ固まっているものの、ディランの左手には透き通った水色の結晶でできた、短杖ワンドが握られている。杖が発光すると、彼の傍らに小さなイルカのような動物が浮かび上がった。

「キューッ!」

 甲高い鳴き声と共に、ディランの隣に浮かぶ小イルカは、その口から鋭い一本の水流を吐き出した。

 ディランの背中を襲ったカマキリは、レーザービームのような『水流槍アクア・クリスサギタ』によって、間合いまで踏み込めきれずに、その身を引いた。

「これであと二体、一気に決めるぞ! ハァアアア……秘技『激流炎舞ツイスターデュオ』!」

魔弾バレットアーツ掃射バースト

 黙って見ているのも暇だったので、残り二体となっていた四本腕カマキリを、俺とサリエルで一体ずつ射殺。腕の数が二倍になって手数も二倍の凶悪変異だが、甲殻の硬さはさほど変わりないようで、そのまま撃てばあえなく蜂の巣にできた。

「無粋な横槍が入ったかと思えば、お前か。まったく、これだから余所者は、礼儀というものを知らない」

 結構、気合いの入った大技を繰り出す気でいるようだったディランは、激しく燃え盛り始めたフランベルジュの炎を慌てて消しつつ、隣のイルカは口いっぱいに溜めていたらしい水を頑張って飲み込み、どうにか技をキャンセルしていた。

 直前で発動を止めるのも楽ではないはずなのに、涼しい顔でケチをつけてくるディラン。彼の苦労を思えば、あまり苛立つこともない。

「悪いが、先を急いでいたから、邪魔だったんだ」

「ふん、それは俺とて同じこと」

「一人なのか?」

「今回はソロだ。まさか、こんなに早く追いつかれるとはな」

 ちっ、と苦々しい顔のディラン。

 大火力で道を開いて真っ直ぐ突撃してきた俺よりも早く、ここまで辿り着いていたのだから、彼の潜入能力は相当なものだ。自分でも自信があったのだろう。

「クロノ様、ここから上へ行けるようです」

 冒険者ディランに興味はないのか、ブリギットはさっさと先の道を示す。

「おいおい、ミストレアの巫女様も一緒かよ……チクショウめ、コイツは今回もダメそうか」

 静かに俺の後ろに立つブリギットを見て、ディランが諦めムードに入っている。どうやら、彼女の強さを知っているようだ。いや、そもそもモリガンでは常識なのかもしれない。ブリギット最強なのかも。

「俺達はこのまま上に進むが、ディラン、お前はどうする? 一緒に来るか?」

「お前らと組む理由はねぇ……だが、最短ルートを行くなら、嫌でも一緒にはなっちまう」

 退く気はないか。まぁ、ブリギットのいる手前、ディランが裏切り背中から俺を刺すような真似はするまい。冒険者は手柄も大事だが、評判ってのもそれなりに守らなければいけない。悪評が立てば、真っ当に成功するのも難しくなる。

「よし、行くぞ」

 こうして、ディランと合流しつつ、俺達はハイヴの先へと進む。

 広間は十メートルほどの吹き抜けとなっていて、そのまま登れば上のフロアへと行ける。過去の攻略情報からすると、基本的にタワー型のセントラルハイヴは複数の階層に分かれており、中央付近にある広間が上のフロアへと繋がる構造となっている。この広間はフロアごとに互い違いになるよう作られているので、上がれる階層は常に一つ。恐らく、侵入者が真っ直ぐ女王の間まで登って来れないようにするためなのだろう。生活するには、不便そうだけどな。

 俺達は最初の広間へ到達したワケだが、無論、虫の巣だから丁寧に階段などこしらえてあるわけではない。スロープのように上へ繋がる通路があれば御の字で、この広間のように垂直に続くだけの場所が大半だ。

 人間は垂直の壁を登るのに、装備も技術も必要だが、虫型モンスターの奴らにとっては、歩いて当たり前である。奴らを巣の中で相手をするにあたって気を付けることは、壁でも天井でも、奴らは平気で駆け抜けてくることだ。

 しかし、ただの人でも、武技の達人なら壁を走ることは可能。サリエルは何の不自由もなく、広間の壁をトコトコ登って行くし、ブリギットも当たり前のような顔で歩いていた。

 俺はまだ垂直壁面の歩行に慣れてないので、今回は大人しく、魔手バインドアーツでワイヤー移動。

 あっ、ディランはピッケルのような道具を両手に、壁を刺しながら登っている。普通の登り方をしている人を見て、ちょっと安心。

 それぞれが、それぞれの登り方で広間を上がって、次のルートを探す。

「どうだ、サリエル?」

「……恐らく、こちらの方向」

 ルート探索といっても、サリエルの勘に頼り切りなのだが。

 とりあえず、地上何メートルかは不明だが、2フロア目も出てくるのは同じ奴らばかりだから、問題なく進む。ディランという飛び入り参加のメンバーも一人増えているし。

「なぁ、サリエル、ディランの連れてるイルカって、何なんだ?」

 戦いの合間で、俺は気になることをコソっとサリエルに聞いてみる。

「水の元素精霊エレメンタルの一種。冒険者ディランは、魔法剣による剣術と、精霊術による魔法を同時に行使する、魔法剣士クラスだと思われる」

 精霊術か。あまり馴染みがない魔法系統だが、ドルイドが得意とする魔法の一種だ。モリガン出身だからこそ、身近な魔法といったところか。

元素精霊エレメンタルというと、アスベル山脈の雪だるまを思い出すな」

「生物としての肉体を持つのは、高い魔力密度があり、魔法生物として進化している証。ディランのイルカは、高位の精霊に分類されます」

 思ったよりも、凄い奴らしい。あの精霊イルカが相棒にいるから、ディランはソロでもやっていけるだけの実力を持つのだろう。

「けど、あのイルカ、どっかで見た気がするんだよな」

「……お前を消す方法」

「あっ!」

 そうだ、昔のパソコンのオフィスソフトに出た、ヘルプ検索にセットで登場する謎のイルカのキャラクターだ。ディランの精霊イルカは、ぬいぐるみのように、ちょっと可愛らしくデフォルメしてるような姿をしているから、あのキャラと似ているのだ。

「凄いスッキリした。ありがとう、サリエル」

「いえ、白崎百合子の記憶にあっただけのこと」

 白崎さんも、「お前を消す方法」とあのイルカ野郎で検索したことあるんだろうか。真っ先にその言葉が出てくるとは……だが、やっぱり、こう、元の世界でのネタが通じると、感動するほど嬉しいものだ。

「おい、何をコソコソとお喋りしてやがる! 次の広間が見えて来たぞ、警戒しろ!」

 ディランに内緒話を怒られつつ、俺達は2フロア目の広間へと飛び込む。

 そこで待ち構えていたのは、最初に門番していた、サソリ型の変異種ルークスパイダーだった。その数、実に三体。

「ちいっ、大物のお出ましだな。最初から全力でいかせてもらう! ハァアアアア、秘技『激流炎舞(ツイスタ――」

「『闇凪』」

「『撃震穿フルチャージスラスト』」

「『絶影黒薙ネメシスライザー』」

 ディランの火炎と水流が放たれるより前に、迸る黒い三連撃。

 俺の闇凪は、『首断』の長大な刀身が描く黒と赤の入り混じった炎のような軌跡を残して、ルークスパイダーを一刀両断。

 サリエルの黒と紫のスパークが弾ける達人級の武技は、頭から尻まで蜘蛛の巨躯を貫く。

 そしてブリギットの黒魔法は、入り口の時と同じく、ルークスパイダーを難なく捌いた。

 広間で待ち構えていたルークスパイダーは三体。三体とも、一撃で倒した結果、ディランが狙う相手はいなくなってしまった。

「……へっ、ここは、楽をさせてもらうぜ」

 言いながら、ディランが慌てて剣の炎を消し、イルカは水をゴックンする。

 なんか、ごめん。決して、出番を奪おうとか、邪魔をしようとか、そういうつもりはなくてですね……

「クロノ様、先へ進みましょう」

「あ、ああ、そうだな」

 残念な感じのディランの方には見向きもせずに、ブリギットが前進指示。大人しく、答えるより他はなかった。




 それから、3フロア目と、次の4フロア目も順当に超えていく。

 流石に数が多くなってきたが、それでも、俺達を止められるほどではない。狙ったようなタイミングで挟撃されても、『黒壁(ウォ-ル)』で塞げばそれで後方は遮断できる。ガリガリと削って突破しようとしてくるが、サリエルが合わせて雷魔法を使うことで、電気柵のように張り付いた奴らを感電死させてくれる。

 奴らが苦労して突破したころには、前方は全滅して、俺達は先へ進んでいるワケだ。追いつかれるはずがない。

 広間で待ち構えている変異種も、サソリ型以上の強さを持つ奴はいなかった。通常種の大型くらいの奴らが、そこそこの数で群れている程度だ。

「結構、上まで来たと思うんだが」

「現在は、およそ地上百メートルを超えている」

 巣の高さは350メートル。天辺の蜂の巣が直径50メートルだとすれば、タワー部分だけでも、まだ200メートルはあることになる。

「まだまだ、先は長そうですね」

「このままのペースで進めればいいんだが」

「セントラルハイヴはそんなに甘いもんじゃねぇ。女王に近づくにつれて、守る奴らは強くなっていくからな」

「まるで、経験があるみたいだな」

「みたい、じゃなくて、あるんだよ。俺はセントラルハイヴに潜るのは、これで二度目だ」

 なるほど、ディランは攻略経験者だったのか。だからこそ、単身で乗り込む大胆な行動にも出られたのだろう。

「へっ、話をすれば、新顔の登場だぜ」

 5層目となるフロアに上がった俺達を待ち構えていたのは、ポーンアントの群れ。だが、今まで相手にしてきた奴よりも、倍くらい大きい。

 いや、それだけでなく、姿も違う。おまけに、色も白い。

「ちいっ、まだ半分も登ってねえってのに、もうシロアリの登場かよ。気を付けろ、奴らの装甲は硬ぇぞ!」

 ディランの忠告を聞きながら、とりあえず『ザ・グリード』をぶっ放す。合わせて、サリエルも『ヴォルテックス』を撃つ。

 大口径の魔弾を受けて、白アリのポーンアントは、頭が砕け、足も引き千切れるが……スコップのように大きく発達した前脚は、ヒビが入るだけで砕けない。あの前脚の甲殻だけは、二倍、いや、三倍以上の厚さを誇り、硬度も高い。

「魔弾を止めるほどの、盾を持つとはな」

「クロノ様、私が前へ出ます」

「俺も出る。サリエルは援護してくれ」

「了解です、マスター」

 白アリは魔弾を防ぐように、前脚を盾のようにかざして接近してくる。奴らを一撃で倒すなら、剣で斬った方が早い。

 前脚ごと両断できる、俺の『首断』とブリギットの『絶影ネメシス』が有効だろう。二人が前衛に出て、正確な射撃のアシストが上手いサリエルに援護を任せれば、この固い防御の白アリの群れが相手でも、止まらずに突き進むことができるはずだ。

 ディランはイルカちゃんと一緒に後方警戒を頼む。

「行くぞ!」

『ザ・グリード』から『絶怨鉈「首断」』に持ち替え、ブリギットと共に動く壁のように迫りくる白アリ軍団に突撃。力ずくで突破する。

 黒い剣閃が、白アリの甲殻を切り裂き、青色の血路を開く。

 奴らが弾を防げるのは、前脚を掲げる前面だけ。少しでもガードが開いたり、腹を見せたりすれば、すかさずサリエルの魔弾が飛び込み、容赦なく食い破る。

 通常のポーンアントに比べれば厄介だが、進み続けるのに支障はない。

「うふふ」

「楽しそうだな、ブリギット」

「クロノ様がリードしてくださるから、とても戦いやすいです。まるで、ダンスでも踊っているかのようで」

 そりゃあ、即席とはいえ、前衛として組んでいるワケだからな。相手に合わせて立ち回るのは基本だろう。まぁ、平気で無視する奴もいるし、そういう連携の不備が原因で揉めるのは、冒険者としてはよくあることだと聞いている。

 ただ、俺はリリィにフィオナと、今ではサリエルとメンバーには恵まれているから、それで揉めた経験なんてないけども。他に、臨時で組んだ奴らも手練ればかりだったから……うーん、やはり俺は、一般的な冒険者としての苦労があんまりない小僧なのだろうか。

「これくらいの奴らが相手なら、余裕をもって合わせられるからな」

「戦いの場でも紳士的な振る舞いができるなんて、とても素敵です、クロノ様」

 ああー、自慢でもないようなポイントで褒められると、めっちゃ恥ずかしいんですけど!

「いや、特別なことは、何も……ブリギットの方こそ、頼りになる腕前だよ。剣術も、黒魔法も」

「ふふふ、ありがとうございます――『黒棘刑パニッシャーソーン』」

 素敵な笑顔と共に繰り出されたブリギットの黒魔法が、殺到して来る白アリに炸裂している。

 彼女の足元の影が、音もなくスーっと前方へと伸びていくと、そこから無数の黒い槍が飛び出す。剣山のように、細長く鋭い針が、槍のサイズでもって白アリの体を無防備な下側から串刺しにしてゆく。

 地面に向く腹側の方は、装甲が薄く、最大の防御を誇る前脚の盾も、真下から突き上げる黒い針を防ぐのに役立たない。憐れ、勢い込んでやって来た白アリは、特に何もすることなく串刺しにされた挙句、その死体が邪魔にならないよう、針が動いて通路の脇にまで転がしていた。

 なるほど、相手を刺し殺す槍そのものが黒魔法として形成していれば、そのまま稼働させて、こういう真似もできるワケだ。黒色魔力で刃を形成する方向性には、あまり発展しなかった俺の黒魔法にはない技である。

 やはり、他の人の黒魔法を見ると、非常に参考になる。それに、開発意欲も刺激されるな。まだまだ、黒魔法の可能性は広がっていると、あらためて感じさせてくれる。

 でも、笑顔で割と凄惨な部類に入る黒魔法をぶっ放すブリギットは、ちょっと怖い気がする。戦闘狂の素質が……

「本当に、頼りになるよ」

「ありがとうございます」

 さて、道行は順調だが、これで白アリ並みの強化を果たしたカマキリやクモが現れたら、いよいよ足止めも喰らいそうだ。

 まだ見ぬ新手を警戒しつつ進んで行くが、幸い、白アリ以上の敵は現れなかった。

 5フロア目の広間を超えてもだ。

 飽きるほどに、同じパターンの繰り返し。

「……妙な感じがする」

「ええ、白アリは、一定の間隔で襲ってきていますね」

 ブリギットも気づいていたか。白アリの登場からずっと、出現するのは奴らだけで、大体、同じ数の群れだ。そして、その群れを退けたら、少しすると、また同じ数が現れる。

 同じ数の同じ敵を、一定のリズムで戦い続けることで、まるで同じ場所を延々と走らされているような錯覚を感じるほどだ。

 ラストローズが幻術に誘う罠を思い出すが……これは、もっと別な意図がある気がする。

「おい、どうした。さっさと上に登らねぇと、またすぐ奴らが湧いて出て来るぜ」

 6フロア目の広間に陣取っていた白アリ部隊を倒し、さっきと同じように上に登る準備が整った。

 しかし、俺は魔手バインドアーツを放とうとした、その瞬間にようやく気付く。

「敵がいるぞ! 見えない奴だっ!!」

 叫びながら、ほとんど勘で『首断』を振るった。

 ただの虚空を薙ぎ払っただけのはずだが――確かな手ごたえ。青い血が、何もないはずの空間から噴き出る。


 キィイイイイイイイイイイイイッ!!


 と、ガラスを引っ掻いたような、耳障りな鳴き声が響く。

 俺の前にドサリと音を立てて落ちたのは、蜂だった。

 ビショップビーの変異種。

 異様に手足が長く、特に毒針を備えた尻尾が、うねる触手のように長くなっている、気色の悪い姿だ。そのシルエットは、蜂よりも蚊、ガガンボによく似た細身だ。

 そしてコイツの体は、透けている。いや、正確には、体表の色を変化させて、体の向こう側の景色を正確に映し出すことで、自分の姿を隠すステルス能力である。

 嫌な直感は、そう、グラトニーオクト戦で避難の途中、レキが隠れ潜むアサシンタイプの奴に襲われた時と同じものだ。

 白アリと戦い始めてからずっと、コイツらは俺達を狙っていたのだ。同じ感覚で戦わせることで、警戒心のリズムを狂わせた。一定間隔で襲うことで、自然に体が、その間隔に慣れてしまう。

 そんな僅かな心理的な隙が生まれた時、コイツらはついに仕掛けてきた。

 視覚的に姿を隠し、羽音も消して、その尾に仕込んだ毒針で、俺達を狙ったのだ。

「はぁ……初見だったら、ヤバかったかもな」

 俺の不注意でレキを失った、取り返しのつかない失敗があるからこそ、姿を消して襲い掛かる暗殺者に対する警戒心が研ぎ澄まされていた。

 寸前で、俺が声をあげたお蔭か、それとも自分で察したか、サリエルもブリギットも、見えざるビショップビーを見事に返り討ちにしていた。

「うっ、クソ……ドジっちまったぜ……」

「ディラン、まさか、毒針を喰らったのか?」

 ランク4の実力の限界だったのか、ディランだけは、蜂の奇襲を防ぎきれなかった。

 ビショップビーをちゃんと炎のフランベルジュで返り討ちにはしたものの、彼の肩口には確かな刺し傷がある。深手というほどの負傷ではないが、毒針に刺されている。

 コイツの持つ、毒の効果は一体なんだ?

「麻痺毒か……ち、チクショウ、体が、もう、動かねぇ……」

「毒消しは?」

「とっくに使ってるさ……だが、コイツはしばらく、動けそうもねぇな」

 放っておけば、その内に治る。安静にできていれば、の話だ。

「俺のミスだ、行けよ」

「なんだと?」

「足を引っ張る、つもりはねぇ……行けよっ!」

 これが、ベテラン冒険者の覚悟ってやつか。

 こんな場所に、動かない体のまま置いて行ったらどうなるか、考えるまでもない。だというのに、ディランは一言も助けを求めないのだ。

「クロノ様、行きましょう。彼を助けている余裕はありません」

「ブリギット、お前……」

「おいおい、何怒ってるんだよ。巫女様の言う通りじゃねぇか。ダンジョンのど真ん中で、敵にやられて動けねぇ間抜けは、置いていく……当たり前の、ことだろうが」

「彼も立派な冒険者です。覚悟はできています。クロノ様が責任を感じる必要は、どこにもありません」

 確かに、そうかもな。

 こんなところに、自分の意思でやってきたのだ。そして、ミスってモンスターにやられた。冒険者なら、当たり前の失敗談で、当たり前の死因である。

 冒険者ってのはそういう職業で、ここが、そういう世界だと、俺はよく分かっているつもりだ。

「ああ、そうだな、早く先に進むか」

 だから、俺は悩む必要もない。

 迷うことなく、俺はディランを担いで背負った。

 開拓村でサリエルを毎日おんぶしていから、上手な結び方はばっちり覚えているぞ。魔手バインドアーツの触手だから、ちょっと不気味な感触かもしれないけど。

「おい、どういうつもりだ。情けなんざかけてんじゃねぇぞ、この甘ちゃんが!」

「助けられるから、助ける。ただ、それだけのことだ」

 誰だってそうだろう。眼の前で、死にそうなほど困っている人がいて、自分がその人を、大した手間もかけず、簡単に助けられるだけの方法があるなら、わざとそれをしない選択をするほどの悪人など、滅多にいないだろう。

 こんなのは、デパートで親とはぐれて泣いている子供を、迷子センターまで届けるよりも、ハードルが低い。

 それに、相棒の精霊イルカが、キューキュー鳴いて、お前のことを心配しているじゃないか。放っておくのも、可哀想だろう。

「どういう状況か、分かってんのかよ! ここはセントラルハイヴのど真ん中、お荷物背負って攻略できるほど、甘い場所じゃあねぇんだよっ!!」

「お前の方こそ、分かっていない。俺はランク5冒険者『エレメントマスター』のクロノだ。スパーダの英雄を、舐めるなよ」

 守ればいいのは、一万人の避難民ではなく、たった一人の男だけ。ディラン一人を担いでいくくらい、何だというのか。この程度、楽勝だろ。

「この、馬鹿野郎が……勝手にしやがれ」

 ああ、勝手にするさ。

 俺は勝手にお前を助けるだけ。実のところ、人として当たり前だから、という理由よりも……サリエルの見ている手前、少しくらいはご主人様としてカッコくらいつけたいのだ。

「ふおおー、イルカちゃん可愛いですー」

「うおっ、なんだ! おい、なんだよこの触手は!?」

 背負ったら、勝手に背中の方からワサワサと触手が飛び出ては、ディランの傍に浮遊する精霊イルカに絡みつく。

 物珍しいのは分かるけど、ヒツギ、お願いだから、今日はジっとしといてくれ。

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