第650話 セントラルハイヴ攻略戦(1)
眼前に広がる、無数の昆虫大軍団。これなら、どこへ撃ち込んでも一網打尽にできるだろう。
「エネルギー臨界点、撃てます! それでは、張り切って行きましょう、ご主人様―っ!」
と、ヒツギが元気よく叫ぶのを聞きながら、俺は雷砲形態に換装済みの『ザ・グリード』を抱えて、一気に飛び出す。
俺は、いや、俺達は地上約50メートルの樹上から飛び降りた。
「――『荷電粒子砲』」
「――『星墜』」
「――『黄金太陽』」
「――『烈光槍』」
空中から降り注ぐように、『エレメントマスター』フルメンバーによる範囲攻撃が炸裂する。
まずは前方ど真ん中に、最大火力であるフィオナの『黄金太陽』が落ちる。直径100メートルのクレーターを形成する大爆発は、その範囲内にある者全てを灰燼に帰す。その範囲外でも、迸る爆風と熱風は殺人的な威力を誇り、易々とアリやカマキリの手足を引き千切る衝撃波と化して駆け抜けては、ジリジリと焼き尽くす。
太陽が落ちる天変地異に続き、今度は隕石が落ちる。しかも、二つ。
『メテオストライカー』と『スターデストロイヤー』の二丁拳銃から、リリィはそれぞれ一発ずつ『星墜』を放っていた。
リリィの二丁拳銃は銃というより魔法の杖としての役割が大きいので、銃口から『星墜』が出るのではなく、銃を向けた先に魔法陣を展開させるといった形となる。彼女がトリガーを引けば、それだけで巨大な魔法陣が空へと描き出されるのだ。
そうして空中から放たれた『星墜』は、攻撃範囲が重ならないよう、『黄金太陽』の着弾点を挟み込むように左右へ落ちる。この規模の攻撃魔法でも、狙った場所へ正確に落として見せるコントロールが、リリィの天才的なところだ。
眩い虹色の光が、蠢く虫共をことごく飲み込んで行き――リリィとフィオナの二人の攻撃によって、目の前の300メートル四方の範囲にいた敵はほぼ消え去っている。
だから、俺が『荷電粒子砲』を撃ち込むのは、そこから先。次々とアリを吐き出していく巣穴まで続く距離を、一直線になぞるように疑似雷属性の紫黒の雷光が駆け抜ける。
攻撃範囲と威力では、どちらも二人の大魔法には劣るものの、一直線の貫通力なら『荷電粒子砲』の方が優れている。それに、相手は一番固い奴でも、大型のルークスパイダーくらいだ。アリとカマキリを消し飛ばしながら、戦車のように佇むクモも真正面からぶち抜いて、俺は巣穴までの道のりを一掃した。
そうして開けた場所を再び埋め尽くすべく殺到して来る虫共を、サリエルが放った『烈光槍』が、天罰のように空から降り注ぐ雷の槍で縫い止める。
ガラハド戦争で一度だけ見た技だ。向かってくる冒険者を一方的に殺戮してみせた脅威の威力は、今は害悪でしかない虫モンスターに対して揮われていた。
投げた『反逆十字槍』を起点として空中に描かれた魔法陣から、無数の雷光が落ちる。ランダムではなく、正確に敵を一体ずつ認識し、本物の落雷と同じ速度で持って頭上から襲い掛かってくるのだ。
並みの人間より、多少は発達した感覚器官をもつ虫共だが、その程度で回避できる速さではない。黒く輝く不気味な雷光に貫かれて、バタバタと倒れて死体の山を築き上げて行った。
「――かなり片付いたな」
飛び出した木の上から、地面に着地して一言。
まぁ、これだけ盛大にぶっ放せば、多少は綺麗になる。というか、そうでなければ困る。
「道は十分、開けたのではないでしょうか」
「ああ、このまま一気に行ってくる」
開幕で大火力をぶっ放したのは、ただ敵の出鼻を挫くためではない。巣を攻略して女王を倒せば終わり、ならば、早いに越したことはない。時間をかければ、その分だけ女王は新たな兵士を生み出し、戦線に投入して来る。こうして戦いが始まれば、女王も気合いを入れて兵を大量生産してくるだろう。
だから、俺達『エレメントマスター』の狙いは、巣と女王のスピード攻略。
あまり出しゃばるつもりはないが、かといって、援護に徹していればいいというほど呑気でもない。女王を狙っている同業者には悪いが、俺達も本気で首を狙いに行かせてもらう。
「リリィは空中、フィオナは地上、突入までの援護は頼む――行くぞ、サリエル、ついて来い」
「はい、マスター」
今回は二手に分かれる。俺とサリエルが巣への突入チームで、リリィとフィオナが突入までの支援と、その後も巣を攻撃し続けて陽動を継続。
フルメンバーで行くか、コンビで行くか、結構、悩んだが……巣の中は狭く入り組んでいるため、リリィの空中機動力はあまり活かせない。そして、古代遺跡のダンジョンよりも、巣の方が脆い。うっかりフィオナが大火力で下手な所を吹き飛ばせば、俺達は仲良く生き埋めになる危険性もある。
リリィとフィオナを連れて行った際の火力は素晴らしいメリットだが、今回はデメリットを考慮して、俺とサリエルの二人組にすることにした。俺達なら、巣の中でも高速で走り回れるし、乱戦となっても、味方を巻き込むことなく立ち回れる。
しかし、サリエルと二人コンビを組むとは、グラトニーオクト戦以来だな。今回は武装も味方も充実しているのだから、何の不安もなく敵の懐へ突っ込んで行ける。
昨日は全裸で相手をしたが、今日はガトリングガンの『ザ・グリード』に、呪われた古代鎧の『暴君の鎧』、おまけにフィオナからプレゼントされた『無限抱影』の黒マントまで纏い、完全武装だ。百匹でも千匹でも、相手してやれる。
「『ザ・グリード』、機関砲形態」
銃身をブラスター用からガトリングガンへと換装し、俺達が切り開いた巣への道を駆け抜ける。
こういう時こそ『暴君の鎧』の機動力を活かそうと思い、ブースターを噴かして、地面の上を滑るように進んで行く。自分で走らなくても、かなりの高速で移動できるブースター機動は非常に楽チンである。慣れたらクセになりそう。
移動で楽している分だけ、攻撃に集中する。
四方八方から迫りくる、ポーンアントの軍団に向かって、毎分2000発の連射速度で魔弾を喰らわせる。『ザ・グリード』から放たれる大口径の弾丸は、並みのプレートメイルとどっこい程度の硬さしかないアリの甲殻など容易く撃ち砕き、後ろのお仲間まで貫通し、仲良くバラバラにしてやれる。
十分な制圧力を持つが、さらに今回は火力が二倍。
俺の隣にもう一人、魔弾をぶっ放す奴がいる。そう、サリエルだ。
「古代の機関銃の調子はどうだ?」
「良好、問題なく作動しています」
素っ気ない返事をしつつ、サリエルは構えたデカい機関銃を乱射し続ける。
そう、リリィの天空戦艦『シャングリラ』の武器庫から持ち出してきた『EAヴォルテックス・マシンガン』である。ちなみにEAは、エーテルアームズの略称だ。
オーバーテクノロジーな古代文明でも、銃の形状そのものは、さほど変わりはない。無骨な黒塗りの金属製で、長い銃身にグリップ、ストック。マガジンの中には弾代わりに黒色魔力が充填されている。
古代の銃の威力は、俺自身がホムンクルス兵に撃たれまくったから、すでに体験済み。雷魔法を応用したレールガンのような射撃機構は、結構な弾速と貫通力とを誇る。そして、サリエルが振り回している機関銃『ヴォルテックス』はライフルよりも大口径で、連射速度にも優れる。その性能は『ザ・グリード』に匹敵する。
で、その『ヴォルテックス』を欲張りにも二丁構えて、サリエルは俺と並走しながら共に群がるアリ軍団を粉砕しているワケだ。いくら加護を失ったとて、サリエルの身体能力は俺と同じ程度には超人級。激しい反動のゴツい機関銃を細い片腕一本で保持しつつ、正確に射撃を続けることは、彼女にとってはさほど難しいことではない。
アルザス以来の念願かなって、ついに夢の十字砲火(?)を実現した俺は、押し寄せるアリ共を薙ぎ払いながら、ひたすら突き進む。こんなところで、足止めなど喰らってられない。
俺とサリエルが巻き起こす弾丸の嵐で、地上を走るアリの方は完封できるが……空の方はノーガード。
『エレメントマスター』の範囲攻撃フルコースを喰らって、ぽっかりと巣への道が開けてしまったことは、上空をブンブンと飛び回るビショップビーも気づき、穴を埋めるように勢いよく飛び込んでくる。
空中の敵を相手にすれば、俺が一人で魔弾の対空砲火をしても効果はたかが知れている。リリィ戦のように『暴風撃』など、ある程度の範囲に渡って効果を及ぼすようなモノでなければ、空中という三次元空間を飛び回る敵を牽制するのは難しい。
だが、今回は『エレメントマスター』の航空兵力担当であるリリィがいるので、彼女一人に任せてしまえば何の問題はない。ワンマンアーミーならぬ、ワンマンエアフォースである。
「『メテオストライカー』、『スターデストロイヤー』――最大照射」
輝く二対の羽を広げて空を行くリリィは、夜空を埋め尽くすほどの大群となって迫るビショップビーに向かって、二丁拳銃から極大のビームをぶっ放す。白黒二色の極太光線は、アリと同程度の硬度しか持たないハチの体を、触れる端から焼失させてゆく。
空を切り裂くように、縦横無尽に振るわれる二筋のビームは、ただ一方的にビショップビーの群れを駆逐していく。
そして、数に任せて隙間を潜り抜けてきた生き残りは、静かに飛んできた小さな光の矢で貫かれた。
「一匹もクロノの下へ行かせるつもりはないわ」
妖精結界の表面から、次々と発射される『光矢』が光の雨となって、ビショップビーを残らず狩りとってゆく。
光属性の下級攻撃魔法『光矢』だが、蜂を仕留めるのに必要な最低限の威力を持たせ、かつ、振り切ることはできない高度な誘導性能が付与されている。ランダムにばら撒かれているように見えて、その実、一発も外れることのない必中の矢。
その恐るべき大量の精密攻撃を、二丁拳銃でビームをぶっ放しながら、同時並行でこなすのだから……ああ、マジで、リリィを無事に取り戻せてよかった。
大結界に囲われた空の下で、一方的な蜂の駆除を敢行する高機動戦闘妖精さんの姿を、頼もしさ半分、恐ろしさ半分で見上げながら、俺は空を気にせず突き進む。
「流石に、道も埋まり始めたか」
『黄金太陽』の爆心地を通り過ぎ、セントラルハイヴへの道も半ばを切ったところ、立ち塞がる敵の数が倍増、いや、三倍増となってきた。
「問題ありません、支援砲撃が届くまで、あと3秒」
2、1、ドーン!
サリエルの言う通り、見事に台詞の3秒後、燃え盛る大きな火球が空から降り注ぎ、俺達の行く先に群れる奴らを吹き飛ばしていった。
「うーん、これは『火焔長槍』」
「いえ、『火炎槍』です。私達を巻き込まないよう、フィオナ様があえて中級に威力を抑えてくれたのでしょう」
ちょっと久しぶりにフィオナの大火力ぶりを感じた一幕。
後方に陣取り、もうその姿は見えないが、フィオナは俺達の突入を援護すべく、ゆったりとフル詠唱かつしっかりと狙いを定めて、砲撃、もとい、火属性攻撃魔法の援護を行ってくれた。
巨大な投石機で放ったように、大きな放物線を描きながら、俺達の頭上を通り過ぎて敵陣に着弾していくフィオナの『火炎槍』は、五発。広範囲を焼き尽くす火の球が、連続的に着弾したことで、迫りくる俺とサリエルを迎え撃つべく気合いを入れて陣取っていた奴らが一網打尽にされていた。
魔法のコントロールが苦手なフィオナではあるが、彼女だってやろうと思えば、こうして見事な援護だってできる――なんて思ってたら、火球が一発、近くに落ちた。熱っつ!?
「殺す気か」
「いえ、殺意はないので、過失です」
フィオナお嬢様に代わり、サリエルが俺に言い訳してくれた。
おのれ、ちょっと油断したら、すぐにコントロールが乱れる。やはり、フィオナから大々的に支援砲撃される時は、注意が必要だな。
「まぁいい、ともかく、道は開けた」
「はい、残る障害は門番のみ」
大火力の支援砲撃によって切り開かれた炎の道を駆け抜けて、いよいよ目前まで迫った、高層ビルのようなセントラルハイヴ。
近くの巣穴から湧き出るアリを『ザ・グリード』で制圧射撃しつつ、タワー型の巣の入り口に陣取る、門番役のルークスパイダーを見る。
これまでついでのように巻き込んで倒してきた、通常のルークスパイダーよりも、倍するほどの巨躯を誇る。当然、身に纏う甲殻の装甲も桁違いの分厚さ。さらに、主に攻撃に使う前脚はハサミのような形状になっており、さらに細長い尻尾の様な腕が生えていた。その姿は、サソリのようでもある。
サイズも形状も異なる、つまり、コイツが変異種って奴だ。なるほど、危険度ランクも一段階上がるほど、明らかに強化されている。
「ギシシシ、ギョォオアアアアアアアアアッ!!」
禍々しい重低音の咆哮を上げる、サソリ型ルークスパイダー。俺達を歓迎してくれているのか、それとも、門が危険だと仲間に知らせているのか。
「ここで手間取るワケにはいかない、さっさと片付けて、突入するぞ」
「はい、マスター」
ランク4でも上位に入るだろう強さを、コイツは持っているはず。だが、相手が悪かったな。俺もサリエルも、お前の自慢の装甲を貫き、切り裂くだけの力を持っている。
悪いが、一撃で決めさせてもらう。
『ザ・グリード』から、『絶怨鉈「首断」』へ持ち替え、振り上げる。
「闇な――」
漆黒の剣閃が、サソリ型を襲う。一閃、だけでなく、二度、三度、と連続的に切り裂いていく。
それは、呪いの武器による太刀筋によく似ていたが――俺はまだ、『闇凪』を放ってない。
放ってないのに、蜘蛛の巨体はバラバラになって、あっけなく沈んだ。ハサミの腕が飛び、足が飛び、尻尾が落ち、さらに背中が割れて、三枚に下ろされる様に深く巨躯を刻まれる。
一体、何が起こった。
「はぁ、ふぅー、ようやく追いつきました、クロノ様」
「……ブリギット、か」
振り返れば、そこに彼女はいた。
ここへ案内される時に見た黒い法衣に、一振りの剣を携えたままの姿。それでいて、わざとらしく息をつくだけで、一筋の汗も流してはいない。
セントラルハイヴへ突入するために、無数の虫が蠢く敵陣を駆け抜けてきたとは思えないほど、涼しい表情である。
「うふふ、クロノ様方が道を切り開いたくださったお蔭でございます」
心を読んだかのような返答。そんなに顔に出てたか。いや、今は兜被ってるから顔色も見えないはずなのだが。
「なるほど、都合よく利用されてしまったってワケか」
「いえ、そのようなつもりは決して。ただ、私もクロノ様の一助となりたく思い、こうして後を追いかけたのですが……ご迷惑でしたら、私は別な道を探します」
細い眉を八の字に、悲しそうな顔。冗談にマジレスされると困るんですけど。
確かに、俺達は虫の大群を一掃して、一気にここまでやって来たが……リリィとフィオナの支援込みで、楽が出来たのだ。振り返れば、俺達が通って来た道も、すでに虫が溢れかえっている。すぐ後ろをついてきたとしても、殺到する奴らの相手にかなり手をとられるはずだ。
耳を澄ませば、ブリギットのように、俺達の後に続こうと考えた冒険者がいたのだろう。戦っている音と、声が聞こえてくる。もっとも、それは敵に完全包囲されて、退路も失った悲痛な叫び声となっているが。
君達はもうちょっと頑張ってくれ。そしたら、きっとリリィが援護して助けてくれるはずだから。
「分かった、一緒に行こう。別に手柄が欲しいワケじゃないからな。ブリギットの力なら、頼りになりそうだ」
「ありがとうございます。クロノ様のお力になれるよう、精一杯、頑張らせていただきます」
というワケで、急遽、突入組みにブリギットを迎えて、いよいよセントラルハイヴへと侵入だ。
「どうした、サリエル。ブリギットのことが気になるか?」
「いえ、彼女に不審な素振りは見られない。実力もランク5相当と思われ、助力は歓迎すべき」
「そうか」
俺の判断を支持するし、納得もしているとの言い分だが、どことなく不満そうな雰囲気がする。相変わらずの人形的な無表情で、本当に表情の変化は皆無なのだが、何となく、そんな気がしたのだ。
「ブリギットの力に頼るつもりはない。いいか、サリエル、女王は俺とお前で倒す。そのつもりで行くぞ」
「はい、マスター」
お決まりの返事と共に、サリエルはいきなり修道服を脱ぎ去った。あれ、今どうやって脱いだの? というほどの刹那の早業。まるで手品のように服を脱いでは、あの『堕落宮の淫魔鎧』だけの姿となる。
「なんで脱いだ?」
「ここから先は乱戦になる。今の私では、服を汚さずに立ち回るのは不可能」
まぁ、修道服は普段着だからね、汚れたら困るよね。
でも、やっぱりその格好、俺の目にはあんまりよろしくないんだけど。
「行きましょう、マスター。私が先行します」
「ああ、頼む」
そこはかとなくヤル気をみなぎらせるサリエルである。俺は、彼女の小さなお尻から、魅惑的にユラユラと動く悪魔尻尾をチラ見しながら、後ろをついていった。
まさかと思うが、サリエル、ブリギットに対抗して脱いだわけじゃあるまいな……