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黒の魔王  作者: 菱影代理
第5章:イルズ炎上
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第64話 光の泉(2)


 森に、一時の静寂が戻った。

「攻撃がやみましたね」

「……そのようだな」

 自身の傍らに控える魔術士の言葉に、コウルスが応える。

 光の泉の発見と制圧に向けて妖精のフェアリーガーデンへと分け入った、コルウス率いる捜索部隊は、予想通り妖精達との戦闘に入った。

 つい先ほどまで、お互いに攻撃魔法を撃ち合い、森は爆発の閃光と轟音で震えていた。

 しかし、一体どうしたことか、突如として妖精達は一目散に森の奥へと引き返していった。

 背中を向けて真っ直ぐ逃げる妖精達であったが、その飛行スピードは人間である彼らが走って追いつけるものではない、特に足場の悪い深い森の中では尚更である。

「罠でしょうか?」

「妖精族が罠を仕掛けてくるとは考えがたい、単に、戦線を引いて戦力の建て直しを図っただけかもしれん」

 コルウス自身に妖精族との戦闘経験は無いが、ある程度の知識はある。

 頭にある知識とこの場の状況を照らし合わせ、彼女達の行動を推察する。

「奥に行くほど、この周囲に満ちる魔力が妖精族に力を与えるのだ、最奥で我らを待ち伏せしていると考えるのが妥当だろう。

 罠や奇襲に出るとは考えづらい、このまま前進する、ただし周囲の警戒は怠るな」

「了解!」

 左右に展開する兵士達にコルウスの命令が伝わる。

 ここにいる多くの魔術士と少数の歩兵は、キルヴァンが率いたイルズ村制圧部隊の中でも選りすぐりの者達である。

 視界と足場が悪い森の中にあっても、コルウスの指示の元、一糸乱れぬ動きで隊列を組み、動き出す。

 その実力は、先ほどまで続いていた妖精達との戦闘においても、軽傷者を出すのみで戦いを乗り切ったことでも窺い知れる。

 もっとも、この先に待ち受ける妖精達が決死の抵抗に出ることは予想済みであり、先よりもさらに激しく攻撃魔法が雨となって降り注ぎ、流石の彼らも一人や二人の死者では済まない打撃を被ることになるだろう。

 しかし、そうした恐れを表に出す者はおらず、彼らはただ静かに命令どおり、周囲を警戒しつつゆっくりと光の泉の中心へ向かって前進していった。

 そうして進む途中、何度か奥のほうで光が瞬き、爆発音が聞こえ、俄かに緊張感が漂う。

 だが結局、彼らに向かってはどこからも攻撃は無かった。

 不審に思いつつも、彼らはついに森を抜け、光の泉へと辿り着いた。

「おお、ここが光の泉!」

「ああ、間違いなさそうだ」

 眼前に広がる神秘的な光景に、兵士達の誰もが息を呑んだ。

 泉は円形で、小さいながらも水底が透き通って見えるほど澄んでいる。

 そして、泉の周辺には不思議と木々は無く、色とりどりの花々が咲き誇っているのみ。

 正しく、童話の絵本に登場するような、妖精達の住処に相応しい景色であった。

 だがそんな幻想的な景色よりも、あの泉に満ちる全てが聖水なのだと思えば、十字教徒なら黄金そのものが溢れているように見えるのだ。

 一兵卒や一介の魔術士では計り知れない価値がここにはある。

「……妙だな」

 聖域発見の感動よりも、コルウスは大きな違和感を覚えていた。

 妙だ、と呟いた時、隣にいる魔術士も何がおかしいのか察す。

「攻撃が、ありませんね」

 まさか、知らず知らずの内に囲まれているのでは? と疑うが、どうにも周囲からは何の気配も感じられない。

 あの妖精達は一体どこへ消えたと言うのだろうか?

「如何しましょうか?」

「そうだな、周囲を調べて――」

 コウルスがそう言い掛けたその瞬間、泉の中央が突如赤く光り輝いた。

 突然の変化に、即座に臨戦態勢をとり、泉へ全力で注意を傾ける。

 赤い光は、どうやら泉の底から徐々に水面へ向かって上昇してくるように見えた。

 一秒毎に肌で感じる魔力量が増大してきている感覚を覚える、それは魔術士ではないコルウスでもそうはっきりと感じられるほどであり、膨大な魔力を持った何かが、水面より出でようとしているのが分かった。

 水面を波立たせ、眩い輝きを発しながら、ついにその‘何か’が姿を現す。

 その瞬間、十字軍の兵士達は全てを忘れて、目の前に現れた人物にただただ目を奪われた。

「「美しい……」」

 誰かが、いや、誰もがそう呟いた。

 そう、泉から現れたその人物は、美しかった。

 光り輝くプラチナブロンドに、エメラルドグリーンの瞳をした絶世の美少女。

 その背より生える二対の羽は虹色に煌き、光が瞬く度に濃密な魔力が波となって広がる。

 淡く光る白い乙女の柔肌を包むのは、夜闇のように深い暗黒の衣装、光の白と闇の黒の対比が、その存在を、美しさを、より一層引き立てている。

 そして、彼女の胸元には真紅の輝きを煌々と放つ宝玉が抱かれていた。

「女神だ」

 この少女を現すに、これほど相応しい言葉は無かった。

 泉から現れる女神という存在は、アーク大陸における人間の文化圏でよく登場する。

 道に迷った旅人が、魔を滅ぼす聖剣を求める勇者が、親に捨てられた幼い兄妹が、その伝説や童話の中で、彼女と出会うのだ。

 そしてどんな物語にも登場する女神には必ず、この世のものとは思えないほど美しいという共通点がある。

 今この瞬間、泉より出でる美しい少女の存在を、彼らがよく知る物語に当てはめ、連想するのは半ば必然と言えた。

「貴方達が、十字軍――」

 呆然と見蕩れる十字軍兵士に向かって、少女が口を開く。

 透き通った、心の奥深いところまで染みこんで来るような美しい声はしかし、

「欲に塗れた薄汚い人間共、うふふ‘試し撃ち’には丁度良さそうね」

 創作の女神と違い、人に慈悲を与えて助けることは無く、

「欠片も残さず、死んでちょうだい」

 ただ、残酷に彼ら全員の死を宣告した。

「総員、防御体勢っ!!」

 コルウスが剣を振り上げ叫ぶ。

 少女から発せられる圧倒的な魔力と殺気を認識し、戦闘行動に入る。

「ふふ、遅ぉい」

 少女が漆黒のワンピースドレスの裾を優雅な動作で翻した瞬間、二つの白い光が明滅する。


ドッ


 閃光がコルウスの左右を過ぎ去ったかと思えば、その背後に血飛沫が舞った。

「なっ――」

 振り返り見れば、コルウスの命令を聞き入れすぐさま防御魔法を行使しようとした魔術士が二人、その頭部が綺麗サッパリ消え去っており、白い法衣を真っ赤に染めていた。

 驚く間も無く、さらに三人目、四人目、と次々に光弾が魔術士の頭部に突き刺さり、跡形も無く粉砕して首なし死体を作り出してゆく。

 気がつけば、全体のおよそ三分の一の数の魔術士が屍となっていた。

 戦慄する、ほとんど反応する間も無く、即死させるだけの威力を持つ攻撃魔法を、一切の詠唱や予備動作無く連続で繰り出す者など、彼はこれまで見たことが無かった。

 歳若く有りながら、すでに熟練と呼ぶに十分な鍛錬と実戦経験を持つコルウスだが、この少女が行使した攻撃は、そんな彼の戦いに関する常識を逸脱していた。

 彼の常識とは、魔法はある程度の詠唱や儀式などを経て発動させるものであり、人間を即死させるだけの威力を即座に発動するなど、精々一発か二発といったところだ。

 魔術士の全てが、即死級の魔法を連発できるというのなら、そもそも剣士や戦士といった者達は存在する余地など無い。

「脆い、やっぱり人間なんてこの程度ね」

 少女がそう呟くのと同時、漸く防御魔法が発動し、何重にも展開された結界が生き残ったコルウス隊を覆う。

 白魔術士達が全範囲の聖心防壁ルクス・ウォルデファンをかけ、さらに別の魔術士が水流防壁アクア・ウォルデファン砂礫防壁テラ・ウォルデファンも発動し、3つの魔法を組み合わせた三重防護トライシールドを形成。

 複数の属性で防御魔法を張ることで、弱点となる属性での攻撃をカバーし、総合的な防御力を上げる事を可能とし、また重ね掛けによって単純に防御力も三倍に換算する事が出来る。

 さらに、三重防護トライシールドの発動とほぼ同時に、コルウスを始めとした歩兵達には防御強化プロテク・ブーストがかかり、個人の肉体的な防御力も上昇している。

 相手が即死級の魔法を行使する以上、防御力の強化は何よりも優先されるべきことである。

 すぐに、と普通ならばいえるほどの速度でコルウス隊の防御陣形は完成したが、相手はその僅かな隙だけで三分の一もの魔術士を葬ったのだ。

 即時撤退も考慮に入れて、コルウスは次の手を思考する。

(これだけの防御力があれば、一撃でやられることは無い、問題はあの少女、いや、少女の姿をした化物を倒しきれるだけの攻撃力を得られるかどうか……魔術士を失いすぎてしまったのがあまりに手痛いな)

 あれほどの攻撃力を実現するのだ、当然、防御魔法も使ってくるだろうと予想するのは当然と言える。

 そして、その強固な防御魔法を破壊しうるには、やはり剣では無く魔法による攻撃が必要となる。

 故に、ここで最初に失ってしまった魔術士が、攻撃力の欠如という問題となって現れる。

「あれ、もしかして私を倒せる気でいるの?」

 しかし、それは全くズレた考えであることに、コルウスはまだ気づかない。

 あるいは、気づきたくなかっただけなのかもしれない。

「力の差も理解できないなんて、動物以下の存在ね――」

 少女が、まるで詩を諳んじるかのように流麗に詠唱を始める。

「تألق نجوم تحطم يهلك」

 無詠唱で即死級の攻撃魔法を発動した相手だ、真っ当に詠唱をこなせば、それがどれほどの破壊力を秘めるのか、攻撃を受ける側としては想像もしたくない。

「詠唱を止めろ!」

 叫ぶようなコルウスの攻撃命令に、魔術士と石弓を構えた兵士が一斉に攻撃を開始する。

「――ふふ、だから、遅いって」

 矢が、魔法が、届く前にすでに詠唱を終えた少女は、即座に攻撃には移らず、自身に殺到する攻撃を、先に片付けることにした。

 と言っても、すでに体の周囲に展開している妖精結界オラクル・シールドのみで、全ての攻撃を防ぎきることが出来る。

 彼女は、ただ目の前で炎や光の矢が消滅してゆくのを眺めるだけである。

 一頻り攻撃が終えると、少女は、この戦いともいえない戦いに幕を下ろすべく、口を開いた。

「じゃあね人間共、‘私達’の邪魔をした事、後悔しながら死んでいってね」

 少女は右手を振り上げる、同時、兵士達が防御魔法の多重結界で固める真上に光で描かれた魔法陣が現れる。

 下にいる魔術士の誰も見たことが無い、円を基本とした複雑で巨大な図形が見る間に組みあがってゆく。

 彼らはソレが、サリエルをして本気で防御をさせるに至る、ドラゴンブレスに匹敵する威力を誇る一撃であることを知らない。

「――星墜メテオ・ストライク

 少女の右手が振り下ろされる。

 魔法陣より、七色に輝く巨大な塊が解き放たれ、眼下に蠢く人間達を踏み潰すべく落下してゆく。

 固めに固めた防御魔法、破れる訳が無い――そう、誰もが思っていたが、今この時に至ってその考えを固持できる者など一人も居ない。

「ああ、神よ……」

 彼らは、ただ祈ることしか出来なかった、決して、自分達の命を救うことは無い、神へ向かって。

 そして、人の欲も祈りも叫びも苦しみも、全て七色の光が飲み込み――


ドドンっ!!


 消滅する、跡形も無く、何もかも。

「うん、いい調子♪」

 満面の笑みを浮かべる少女、そこに人を殺すことへの後悔も罪悪感も一切無い。

 実に妖精らしい、愛くるしい笑顔だった。

「さ、クロノも心配だし、助けにいこっと、イルズ村はもう手遅れみたいだけど、まぁしょうがないっか」

 そして彼女は、直径50メートルにも及ぶ破壊のクレーターをその場に残し、愛する男の元へ向かって、光の泉を飛び去った。



 結局、十字軍部隊も全滅させたリリィ、妖精達の恨みをばっちり晴らしてくれましたね。

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