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黒の魔王  作者: 菱影代理
第33章:黒き森
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第646話 強き血

「――『愛の魔王オーバーエクスタシー』」

 第四の加護、発動。

 それと同時に、俺の体へ延びようとしたブリギットの手がピタリと止まった。いい勘してるじゃないか。

「精神防御とは……随分と、嫌われたようですね」

「嫌いたくはなかったさ。けど、こうもあからさまに仕掛けられたら、警戒しないワケにはいかないだろ」

 日常的には割と困るエロ能力な『愛の魔王オーバーエクスタシー』だが、心を守る時にはこれほど頼れるものはない。

 どういうワケか、俺はブリギットに色仕掛けをされているらしい。

 幾らなんでも、今日一日楽しくハイキングしたら、俺にベタ惚れしました、なんてことはありえないだろう。

 素直にそんな都合のいいロマンスを信じ込めるほど、俺は馬鹿でも自分の男性的魅力にうぬぼれているワケでもない。こんなの、どう考えたって、裏があるに決まっている。

「私はただ、貴方のことが――」

「その割には、準備は万端だったな?」

 昨日、門で出迎えた時から着ている露出度の高い法衣は、普通の女性神官が身に纏うモノではないってことは、調べがついている。ブリギットは、あえてあんな恥ずかしい衣装を着ていたってことだ。

 服のことから、今日は俺も何かあるかと、実は密かに注意はしていた。やけに親しげで、無防備に俺と接する彼女の態度も、怪しいかもと思ったもんだ。

 気になったのは、彼女が用意してきた昼食もそうだ。結構、気合いの入った豪華なランチボックスだったが、メインディッシュは首都ネヴァンで食べた、超美味い高級蛇肉。

 あの蛇は、ただ美味いだけでなく、精力増強の効果があると有名だ。特定の香辛料とセットで調理することで、さらに効果は倍。ファーレンでは、女性にこの料理を振る舞われたら100%誘っていると思ってよい、というレベルのものらしい。

 それでも、ブリギットの行動に裏はないと信じたかったのだが、極めつけは、今、正に俺が入っている風呂だ。この薬湯には、僅かながら、しかし確実な媚薬成分が含まれている。

 フィオナに一服盛られてから、俺はこのテの薬には特に注意するようにしているんだ。『愛の魔王オーバーエクスタシー』と併用すれば、より正確に効果を確かめることもできる。

 事ここに至っては、今までの疑惑も、見事に黒へと昇華する。

「ブリギット、お前は最初から、俺をこの場で誘うつもりだった。何故だ?」

 さて、ここからどう話が転ぶかは分からない。

 武器と鎧は、言い付け通りに全て置いてきた。俺は完全な丸腰というか、見た目通りに素っ裸。

 とりあえず、この体と黒魔法があれば、襲撃されても逃げるくらいはできる。加護だって、十全に使えるしな。

 だが油断はせずに、俺は湯船から立ち上がり、いつでも動けるよう警戒する。

「……どうやら、色香も嘘も、クロノ様には通じないようですね」

 流石に、ここから嘘八百で俺を丸め込んでその気にさせるのは不可能だと断じたか。ブリギットは素直に犯行を認めた。

 その割には、表情に悪びれたところもなければ、動揺した様子もみられない。むしろ、俺に見破られることすら計算づくのように、堂々とした態度。

 真っ向から俺へ相対するように、彼女も湯船から立ち上がり……ちょっ、ちょっと待て、裸で立ったらモロに見え――

「全て、お話しましょう」

「ああ、事情は聞こう」

 真面目な顔で言うものの、完全に見えてしまっているブリギットの裸体を前に、全く落ち着かない。くそ、「服着てくれませんか」と口を挟むタイミングを逸してしまった。

愛の魔王オーバーエクスタシー』は理性こそ持たせてくれるが、性欲そのものを消せるワケではない。こんな美人の裸を目の前にしていれば、気になることは気になるし、エロいと感じる気持ちはちゃんと残っている。

 お湯の雫が滴る豊満な褐色の裸体から、俺はそれとなく視線を逸らしつつ、頑張って話に集中。

「私はブリギット・ミストレア。大神官アグノアは、私の祖父にあたります」

「そうか、何となく、そんな気はしていたが」

 これまでに彼女は、黒き森の一族ミストレアを名乗ってはいなかった。ただブリギットという名前だけで、俺に対しては、単なる神官の一人であると思わせたかったのだろう。

 それと知っていれば、警戒もする。ここで俺という男をただ誘惑するだけならば、大層な肩書きはかえって邪魔になるだろう。後腐れがない方が、手も出しやすい、という身勝手な理屈だが。

「私にはミストレアの巫女として、使命があります。それは、我が一族に強い血を取り込むことです」

「つまり……強い男と、子供を作るってことか」

「ええ、その通りです。一族の力のために。それと、この閉鎖的な場所で暮らす私達には、定期的に外の者と交わる必要もあります」

 血が濃くなる、っていう問題か。人の出入りが滅多にない小さな集落では起こりうるが、モリガンほどの都市でそういう問題が自然に発生するとは考え難い。

 となると、ミストレア一族は、結婚相手に大きな制約を自ら課しているのだろう。恐らく、貴族のように平民との婚姻は禁止で、相手は限られた神官の一族などしか認められていない。

 ファーレンの外から来た『強い男』と子供を作るのは、例外的というより、近親交配の問題を解決するための補完的なルールなのだろう。

「なるほど、俺は条件に見合った男だった、というワケか」

「はい、サンドラ王もシャルディナ妃も、クロノ様を大変、高く評価しておりました」

 おいおい、まさか、シャルディナ妃と模擬戦したのはそういう裏があったのかよ。

 最初から、王家とミストレア一族は繋がっていた。なるほど、王家の方で、一族に相応しい男を見繕ってくれる、というシステムなのだろう。随分と壮大な婿選びだな。

「スパーダの英雄と謳われる、ランク5冒険者。クロノ様、貴方がこの地へ訪れたのは、私にとって運命のようなもの」

 運命とは、また随分とロマンチックなことを言ってくれる。

 彼女はまだ、自分の使命を諦めていないってことか。ネタがバレたところで、諦める理由足りえない。むしろ、さらに引けなくなったのかも。

「貴方に無用な警戒をさせてしまったことは、深くお詫びいたします。私達には、危害を加える意思など一切ありません。本来であれば、こちらの事情など知ることもなく、ただ、肌を重ねていただければ、それで済んだことだったのです」

 この話を100%信じるかどうかは、また別の話になるが、とりあえず、これが正しいブリギットの目的であると仮定しよう。

 ならば、細かいことを抜きに考えると、確かに男としては、ダークエルフの美女と一晩楽しんでから、翌日にはモリガンを去ればそれでおしまい。素敵な思い出も残るし、人生に一度あるかないかというレベルの役得だしで、断る理由はどこにもない。

 ただし、フリーに限る。

「俺が独り身だったら、喜んで協力したところだが……悪いが、もう心に決めた人がいる以上、他の女性に手を出すわけにはいかない」

「それは、あの御三方の内の、どなたでしょうか?」

「全員だ」

「まぁ、それでしたら、もう一人くらい、一度限りの関係を、許してはいただけないでしょうか」

「馬鹿らしい言い分かもしれないが、三人だけに限るのが、俺のできる精一杯の誠意だったからな。彼女達には、ただでさえ後ろめたい気持ちがある。これ以上は、抱えきれないんだよ」

 もうハーレム状態だから、何人でも好きな女の子が増えてもいいよね、とはならないのだ、残念ながら。俺としても、そんな無責任にお気楽な気持ちで恋愛できそうもない。

 すでに俺は、リリィもフィオナも欲しいし、サリエルも決して手放さない、という強欲を通している。これ以上は望むべきではないし、求めないのが俺の男のプライドと愛でもある。

「愛して、いるのですね」

「ああ、愛している。だから、俺は絶対に裏切らない」

 これだけは、裏切れない。

「ふふ、道理で。巫女の誘いにのらなかった男性は、伝え聞く限りでは貴方が初めてです」

「そりゃあ、このシチュエーションで、断り切れる男はそうそういないだろうな」

 お膳立てされた数々の仕込みによって、この風呂に入った時点で並みの男なら抑えきれないほどの性欲に駆られているところだ。それらの影響が及ばないだけの耐性の持ち主だとしても、素直に美女から迫られて断れる精神性というのも、なかなかない。

 薬物耐性と精神防御、合わせて浮気をしない覚悟も定まっている。どれも持ち合わせるに至った俺という男は、奇跡的かもしれない。

「本当に、残念でなりません。私には女としての魅力が、そこまで欠けているのかと」

「ブリギットは十分過ぎるほど、魅力的な女性だ。ただ、俺にはどんな相手であっても、手出しは絶対にできないという事情があるだけだから」

「では、その愛がなければ――」

「やめておけ。俺には並大抵の媚薬も『魅了チャーム』も通じない。それでも強引に迫られれば、俺は力づくで抗うことになる」

「……どうやら、そのようですね。その桃色のオーラを、とても破れる気はしません」

愛の魔王オーバーエクスタシー』でガードしているのは、視覚的にも、魔力的にも分かり切っているだろう。

 答えを渋る男のために、さらに強力な媚薬か精神魔法なんかも用意しているようだが、何をつぎ込んでも第四の加護は破れないはずだ。破れないよな? 頼むぞミアちゃん。

「分かりました、無理強いはしません。それに、クロノ様の強いお気持ちも」

 よし、これで大人しく引いてくれれば、これで話は丸く収まる。俺はちゃんと誘惑を断ってきましたと、胸を張ってリリィ達の下へと帰れる。

 いや本当に、これ以上の後ろめたさを抱えて、彼女達と一緒にいるのは俺の精神がもたないからな。

 だから、この混浴状態になったっていう部分は、大目に見て欲しい。ブリギットの裸を目にしてしまったのは、不可抗力なんです。

「それでは、これは純粋なお願いとなります。クロノ様、そのお気持ちを今夜だけ曲げていただけませんか」

「……はぁ?」

「お願いいたします、どうか、私を抱いてください。使命に縛られた哀れな女と思って、お情けを」

「い、いや、待て、俺の話、聞いてた?」

「勿論です。クロノ様の彼女達を深く愛する気持ちは、恋愛経験のない私にも分かります。素晴らしいお考えとお覚悟、感動すらいたします」

「そこまで大袈裟なもんじゃないが……ともかく、分かっているなら、俺の答えは変わらない。無理だ」

「ええ、ですから、私にはもう、誠心誠意、こうしてお願いするより他はないのです」

 悲しげに眉根を寄せて、今にも泣きだしそうな必死の表情で、ブリギットが俺へと詰め寄る。

 ち、ちくしょうめ……薬物耐性はあるし、高ぶった性欲を抑え込める加護の力だってある。何より、リリィとフィオナを裏切れない気持ちが、俺にはある。どんな誘惑も100%断り切れる力と意思は揃っているんだ。

 だから、ブリギットのこれは、もう誘惑ではなく懇願なのだ。

 男の性欲を刺激するのではなく、人としての人情に訴えかけることで、その目的を果たそうとしている。

 エロと関係ない部分の感情に働きかけられると、流石に『愛の魔王オーバーエクスタシー』の効果の範囲外。涙ながらにブリギットが頼み込んでくると、何とかしてやりたい、と心が揺らぐのを抑えることはできない。

「いや、ごめん、マジで無理だから」

「私は何としても、使命を果たさなければなりません。そのために、今夜のことは全て私が責を追う覚悟も」

 それってつまり、ブリギットの方から男(俺)を襲った、ということにしておくってか?

「クロノ様が一夜の関係を後ろめたく思うというのであれば、私は全て、彼女達へ打ち明けましょう。そして、どのような責めも甘んじて受けます」

「やめろブリギット、それはマジでヤバい!」

 言いだしたが最後、ブリギットは即死、怒りに任せてモリガンも黒き森も焼き払うかも……ってのは流石にないと思うが、修羅場ることは確実だろう。

 男と女のどっちの責任だとか、そういうことではなく、もう修羅場に発展することそのものを俺は何よりも避けたいのだった。リリィとフィオナを同時に相手して、勝てるわけないだろうが。

「頼むから、考え直せ。俺の他にも、強い男なんていくらでもいる」

 なんなら、紹介してやってもいい。俺の友達には、スパーダで一番人気のイケメン剣闘士に、四大貴族ガルブレイズ家の長男、さらにはアヴァロン十二貴族筆頭のアークライト家の貴公子と、容姿も家柄も抜群だ。

「いいえ、今夜、私と貴方がここにいるのは、運命です。私がこの身を捧げる男性は、クロノ様より他はおりません」

「いや待て、その理屈はおかしい」

 それは運命ではなく、結果論なのでは。

 確かに、こうして巡り合ったのは何かしら縁だろうが、かといって、それがイコールで恋愛的に結ばれるべき相手と定めるのは、どう考えたって早計だろう。

 俺は彼女のことをよく知らないし、彼女もまた、俺のことを知らない。

「落ち着け、自由恋愛はいいもんだぞ。ちゃんと異性と付き合って、本当に自分が結ばれるべき相手を見つけるべきだ。この場に居合わせた、という理由だけで、体を捧げる必要なんかない」

「ええ、世の大半の女性は、そうするべきでしょう。しかし、ミストレアの巫女である私にとって、この運命こそが恋愛そのもの。私はクロノ様と結ばれることに、一切の躊躇も後悔もありはしません」

「恋愛観の相違か……参ったな」

 ここまで覚悟決まっちゃっていたら、諦めるよう説得も難しい。こんなことなら、幻滅されるように下種な男の演技でもすればよかったか。

 思い浮かぶのは、今更すぎる後悔ばかりで、次の言葉がなかなか出てこなかった。

「ああ、どうかクロノ様、今夜だけでいいのです。今夜だけ、私を、愛してください――」

 俺が言い淀んだ隙をつくように、ブリギットはさらに近づく。もう、手を伸ばせば届く距離。弾む大きな胸に、無意識的に視線が寄って、うっかり手を伸ばしてしまいそうになる。

 まずい、もう事ここに至っては、本当に力づくででも、距離をとるより他はないか――そう、覚悟を決めたと同時に、俺は彼女へと手を伸ばした。

「えっ」

 と、驚いたような声を漏らすブリギットが、やけに可愛いと思ってしまった。

 まさか、ここで本当に俺に抱き寄せられるとは思わなかったか。そりゃあ、頑なに断っていたのに、急に手を出せば驚くだろう。

 そう、俺は今、あっけなく誘惑に屈したかのように、ブリギットをこの胸に抱いている。

 触れる褐色の肌の感触は、柔らかく、熱く、生々しく。すでに『愛の魔王オーバーエクスタシー』を解除した俺に、どこまでもストレートな快楽の感触を与えてくれる。

 しかし、この魅惑の体を楽しむ余裕など、ありはしない。

 俺の意識はすでにブリギットではなく、彼女の向こう、より正確に言えば、湯船の向こう側にある深い茂みへと向けられているからだ。

「まさか、コイツも仕込みじゃあないだろうな、ブリギット――『魔弾バレットアーツ』」

 突き出した右手から、とりあえず大口径ライフル弾サイズで形成した魔弾をぶっ放す。

 ドンッ! という重い発射音と、黒いマズルフラッシュを散らして、漆黒の弾丸は一直線に疾走する。

 そして、その射線へ自ら飛び出してくるように、茂みから招かれざる客が姿を現した。

「キョォアアアアアアアアッ!!」

 甲高い絶叫を上げて、魔弾に貫かれていったのは、一体のモンスター。

 茂みから飛び出た瞬間に、胴体へと着弾した結果、上半身がぼっきり折れるように吹っ飛んだせいで、すでにその全容は明らかではない。

 一応、チラっと見えたその姿から、人間サイズのカマキリのように思えるが。

「これは『ナイトマンティス』! 何故、こんな場所に!?」

「確か、デカい群れを形成する虫型モンスターだったよな」

「ええ、黒き森には生息していないはずですが、まさか……」

 この反応を見ると、やはりナイトマンティスが突如として現れたのは、ブリギットの罠ではないようだ。ひとまず、今はそれだけ分かれば十分。

「推測は後回しだ。ブリギット、中で隠れていろ。まずはコイツらを片付ける」

 キーキーと不気味なほどに機械的な鳴き声をあげながら、そこかしこからナイトマンティスが姿を現す。一体、二体、どころか、十や二十ではきかない数。

 奴らは確かに、カマキリによく似た姿の魔物だ。

 しかし、前脚の鎌は、本物のカマキリのような獲物を抑えつけるための形状ではなく、ギラついた鋼の光沢を宿す、立派な刃と化している。捕食のためというより、敵を斬り殺すことに特化したような腕だ。

 逆三角形の頭にある、二つの目が赤く光っては、俺という獲物を睨みつける。どうやら、お仲間が一体やられた程度で、ビビって退くつもりはないらしい。

「ここが風呂場で良かった。汚れても、すぐ洗い流せる――来いよ」

 そうして、一斉に襲い掛かってくる巨大カマキリの群れを、俺は文字通りの裸一貫で迎え撃つ。

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