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黒の魔王  作者: 菱影代理
第33章:黒き森
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第645話 誘惑

「まあっ、それで闘技場を飛び出して、そのままイスキアへ?」

「とりあえずネルのお蔭で腕は治っていたし、とにかく急いで行かないとヤバい、ってかなり焦ったから」

 話しこむこと一時間か二時間か。俺の話はいよいよ『呪物剣闘大会カースカーニバル』を終えて、イスキアの戦いに入ろうとするところだ。

 スパーダでの冒険者生活を、こうも気分よくスラスラと語っていられるのは、ひとえにブリギットが聞き上手だからだろう。俺の大して上手くもない話でも、絶妙の相槌に、リアクション。聞いて欲しいことを的確に問い、それでいて、彼女の方からもほどよく話を脱線させたり、何というか、ほぼ初対面の人とここまで楽しくお喋りする、ってのは初めての経験だ。

 もしかして、神官だから人生相談的に人から話を聞くのが上手になっていたりするのだろうか。少なくとも、俺は時間を忘れるほど話に熱中してしまった。

 それにしても、ほとんど喋り通しで歩き続けているのだが、ブリギットの顔には汗の一筋も流れていない。黒き森の道は決して平坦ではないし、トレッキングというほうがしっくりくるような道のりだ。

 普通の人なら、ほどよく汗もかき、息も荒くなってくるはずなのだが……冒険者並みの体力なのか、ダークエルフの魔法か、どちらにせよ、少しばかり歩いた程度では全く疲労はしないようだ。

 勿論、俺はトレッキングどころか、トライアスロンしても息がきれないだろう。そういう体だし。

 お互いに疲れないものだから、遠慮なくお喋りを続けているのだが、その内に、俺は自分の話よりも気になることが出てきてしまった。

「……なんか、木がどんどん大きくなってないか?」

 元々、ツリーハウスの街並みとなるモリガンは大きな木の森である。高さは30メートル以上あり、ビルに換算すれば10階建ていったところ。モリガン神殿の御神木は他の木よりも倍はある高さだったから、60メートルもあることになる。

 しかし、黒き森に入って奥へ向かうにつれて、周囲の木々はどんどん高く、大きくなっており、ふと気が付けば、その辺の木々はどれもこれも、あの御神木と同じか、それ以上の高さを誇るようになっていた。

 徐々に大きくなってゆく森を歩いていると、逆に自分が小さくなっているのではないかという錯覚すら感じる。

「ええ、黒き森はパンドラでも最大の、巨大樹の森林ですから。この辺は、まだまだ小さいくらいです」

「それじゃあ、最大でどれくらいになるんだ?」

「森の神殿がある辺りでは、100メートル級が普通になりますね。ですが、さらに奥へ向かえば、高さは倍」

 確か、地球で一番高い木は100メートルちょっと、といったところ。200メートルの木となれば、なるほど、魔力の影響がある異世界だからこそ成立するサイズなのだろう。

「私達、モリガンのドルイドが踏み込んだ最も奥地では、300メートルもの高さになるそうですが、これでも黒き森の半分程度といったところです」

 300メートル、東京タワー並みだ。

「それじゃあ、奥、というか森の中心部は誰も探索したことがないのか?」

「空から眺めることはできますが、中心部には常に深い霧に覆われていて、どのようになっているのかは詳しく分かりません。曇りの日には、空の雲と繋がるように見えます」

 霧で隠されているとは、何とも冒険心をくすぐるもんだ。ユグドラシルでもあるんじゃないのか。

「空から中心部へ降りた者はいないのか?」

「中心部は非常に強力な飛竜が大量に生息しているので、空から近づくだけでも大きな危険が伴います。それでも、過去に何度か、調査のために降下作戦が試みられましたが……」

 生きて戻った者は、一人もいない、と。

 なるほど、完全な未踏領域ってことだ。

「黒き森には、様々な伝説があります。天に届く橋がかかっていた、というものや、古代文明を滅ぼした魔獣が眠っている、というもの」

 古代文明が滅びた理由は、今も謎とされている。だが、幾つもの仮説がたてられている。俺が神学校に在籍していた頃にざっと調べた程度では、本命、天変地異、対抗、核戦争、大穴で神の降臨。

 天変地異は、大地震とか大津波とか、巨大隕石のアルマゲドンとか、そういう類の理由。少なくとも、大きな天災の痕跡はパンドラ各地にあるので、可能性としては最も高い説であるとして支持されている。

 核戦争、ってのはあくまで俺の便宜的な呼び方。要するに、核爆弾級のヤバい戦略兵器で戦争を起こし、人類は滅びましたというパターン。古代文明の魔法テクノロジーを思えば、世界が滅びるレベルの兵器があってもおかしくない。

 神の降臨は、古代人は高度な文明を築いたことで驕り高ぶり、信仰心を忘れたせいで、神の怒りに触れて、直接、世界に降りてきて神様が直々に滅ぼしたのだとか。学説というより、宗教的な眉唾伝説なのだが……古代文明が白き神を前に敗北したとすれば、ありえない話でもないのが怖いところだ。

 他にも、ブリギットが言うように、魔獣やドラゴンなど、神話級のモンスターによって滅んだという説もある。

 どの説にも少なからず可能性はあるが、決定的に判明するほどの証拠は何もないため、今も古代文明は滅びた謎は解明されないまま、考古学者が好き勝手に言い合っているだけだ。妄想の余地があるってのは、それだけロマンもあるってことだ。

「どれも、おとぎ話のようなものですが、もし全てが本当のことだとすれば、今の私達にはどれも手には負えないでしょう。ですから、黒き森の謎は、今も謎のままで良いのですよ」

 ブリギットの言う通り。今はそのままでいい。

 けれど、俺はどうしても、一つ問いたださずにはいられなかった。

「軌道エレベーター、って聞いたことある?」

「はい? 何でしょうか、それは?」

「天に届く橋の名前だよ」

 塔ではなく、橋、と表現されるなら、恐らくその正体は軌道エレベーターだろう。

 戦人機ナイトフレームに天空戦艦と、本物の古代文明の遺産を目にした俺からすると、軌道エレベーターがあってもおかしくないと思える。地球人類だって、とっくに宇宙進出は果たしているのだ。あの古代文明のテクノロジーがあれば、宇宙に行くどころか、現代の地球よりもさらに進んでいる可能性の方が高い。

 ある日突然、他の惑星へ入植した古代人の末裔が、UFOに乗って侵略しに来たりしないだろうな?

 そんなB級SF映画みたいな展開を考えつつ、いよいよ巨大樹と化してきた森の中を歩き続けた。




 俺もブリギットも健脚のお蔭で、どうにか日没前には黒き森の神殿へと辿り着くことができた。

 神殿は、ダンジョンとされる古代遺跡のように古びた造りで、大きさはこれといって目立つこともないサイズだ。ブリギットの言う通り、この辺には100メートルの高さに、幹の太さは10メートル以上を越える巨大な樹木が乱立しており、せいぜい三階建てといった高さの神殿はより一層に小さく見える。

 神殿は深緑の蔦が絡まり、半ば森と同化するようになっていた。ただ森を歩いているだけでは、とても見つけられないだろう。

「ここまで歩きづめで、お疲れでしょう。そろそろ陽も暮れますし、調査は明日になさいますか?」

「いや、実のところ、モノリスは少しだけ見て、触ることができれば、それで十分なんだ」

「あら、そうなのですか。分かりました、それでは、ご案内いたします」

 もうここまで来れば、調査は終わったも同然である。オリジナルモノリスは、ソレに辿り着くまでの許可を求めるのが最大の難所だからな。

 ブリギットの案内に従い、神殿の中へと立ち入る。

 正門は固く閉ざされていたが、彼女が鍵で開けると、すんなりと開いた。

 中のエントランスと思しき広間は、外観とは裏腹に綺麗に清掃されている。黒き森、というファーレン人にとっての聖域にある神殿だから、きちんと手入れは行き届いているのだろう。

 ブリギットは案内役として任されるだけあって、神殿内も迷いなく歩いていく。オリジナルモノリスは、やはり地下にあるようだ。

 スパーダとアヴァロンの両王城を訪れた時と同じように、長い下り階段を経て、ミサイルサイロのような巨大な円筒形の空間に出る。そして、その中央にオリジナルモノリスが立っている。

 オリジナルモノリスは、幅3メートル、高さ20メートル、厚さ1メートル、といった寸法の直方体だ。

 まずは、黒一色の外観に安心する。

「これ、触っても大丈夫?」

「はい、どうぞ」

 攻撃魔法をぶっ放しても、武技でぶっ叩いても、モノリスはキズ一つつかないからな。誰が触ったところで、何の変化もありはしない。

 階下に降り立ち、巨大なオリジナルモノリスを見上げながら、俺は手でその表面へと触れた。

「ふぅー、思い出せ、リリィから弄り方は教えてもらっただろう……」

 いざ、一人でやるとなると、緊張するもんだ。

 モノリスへのアクセス方法は、二種類ある。リリィのようなテレパシー型か、シモンが端末を繋いだようにやる直結型だ。

 恐らく、古代ではハンズフリーで操作できるようテレパシータイプが基本だったと推測されている。しかし、現代となっては、軒並みスリープモードと化しているモノリスは、そのまま触れて念じるだけでは決して反応しない。

 それを起こすのに必要なのは、黒色魔力である。同時に、起動する意思があること。

 二つ揃わなければ、モノリスは操作を受け付けるアクティブモードにまで立ち上がらない。

 長い歴史のなかで、黒色魔力が流れたこともあっただろうが、明確にテレパシーでの起動を意識できた者はいないはずだ。モノリスが作られた古代では常識レベルの操作方法でも、暗黒時代を経た現代では、誰も知らない、知りようがないものなのだから。

 もっとも、運よく起動できたとしても、ほとんど解明が進まなかったことは、今の時代でどこもコイツが使われていないことからハッキリしている。

 しかし、リリィとシモンという二人の天才がいれば、失われた古代のテクノロジーを蘇らせることも、夢物語ではないだろう。

 さて、そんなパンドラの未来を担う天才妖精がいない以上、オリジナルモノリスの調査は俺が遂行するしかない。

 コイツはパソコンのようなもの、という意識があれば、何となく扱いも分かるのだが……如何せん、表示されるのは全て古代文字。これなら英語で書かれた海外サイトを利用する方が、まだ理解できるというもの。

 一応、必要な調査内容としてはごく簡単な操作だけで分かるので、失敗することはないはず。

 何度も確認した通りに、俺の念に応じて、オリジナルモノリスに浮かぶ白く輝く古代文字の文章は、目まぐるしく動いては、表示内容を変えていく。だがしかし、いつ予期せぬエラー警告文が出るかと、不安で仕方がない。

「ほ、本当にこれであってるんだろうか……」

 俺はパソコンに初めて触れた高齢者のような気分で、事前にリリィから言われた通りに、オリジナルモノリスの操作を行うのだった。

「えっ、モノリスが反応している? 凄い、クロノ様、まさか操作ができるのですか!?」

 そして、初めて見るだろうオリジナルモノリスを操作する俺のことを、賢者であるかのように驚愕と尊敬の眼差しをブリギットから向けられるのが、地味につらかった。

 すみません、俺もモノリス初心者なもので……




「――はふぅー」

 濛々と湯気の煙る熱い湯船に体を沈めて、俺は全力でリラックス。

 予期せぬ障害やエラーや詐欺広告が出ることもなく、リリィに言われた通りの操作を言われた通りに確認し終えた俺は、ようやく休息へと入った。

 なんと、この神殿には風呂が完備されている。元からあった施設ではないが。

 神殿の裏は小さな泉になっていて、そこから水を引いて風呂場が増設してあるのだ。ここには、年に一度、山籠もりならぬ森籠り、ということで、この神殿で一定期間、モリガン神殿の神官が祈りを捧げながら過ごす神事なんかもあるようで、ばっちり生活環境は整えられているのだとか。

 風呂は身を清めるための最も優れた方法とされており、単なる贅沢ではなく、宗教的に認められているから、結構立派な風呂場もここに造られたのだという。まぁ、ルールを定めた昔のダークエルフも、風呂の魅力には逆らえなかったとみえる。

 ともかく、そんなワケで俺は、こうして森のど真ん中で露天風呂を堪能しているのである。

 鬱蒼と生い茂る巨大樹の森は、広い海や山を眺めるロケーションと比べれば解放感はないものの、水源になっている綺麗な泉も含めて、それなりに赴きがでるように整えられている感じがする。景色のために、この辺は庭のように色々と弄ってあるのだろう。

 そのお蔭で、これはこれでアリのような気がする、不思議な風情が堪能できた。

「クロノ様、湯加減はいかでしょうか」

「ああ、ちょうどいいよ」

 いかん、返事の声もちょっとダラけてしまう。実際、気が抜けるほどに心地がいい。

 湯加減がちょうどいい、というだけでなく、ここの風呂には入浴剤代わりのようにハーブか何かが入ってるようで、色は白く濁り、独特の香りが仄かに漂う。

 何かしらの効果が強く働いているのか、湯船に浸かっていると心地よい脱力感がある。クセになりそうだ。

「ふわぁ……」

 どこまでもだらしなく、大あくびが漏れる。

 いかん、このまま眠ってしまいそうだ……と思いつつ、気持ちよい微睡みには抗えず、瞼を閉じてしまう。

「うふふ、お疲れですか」

「いや、あまりにこの風呂が気持ちよすぎて……」

 と、目を開けてようやく気付く。

 隣に、ブリギットがいることに。

「な、なんでここにいる」

「さぁ、どうしてでしょう」

 今日の道中、何度も見た艶やかな笑顔で彼女は答える。

 当然のことだが、俺は今、湯船にどっぷり浸かっている最中であって、その隣にいるということは、ブリギットもまた裸である。

 長い金髪は丁寧に結い上げられていて、首のラインが露わで艶めかしい。水面には褐色の大きな胸が浮かび、際どいところで乳白色の薬湯によって隠されている。

 ちょっとした身じろぎ一つで見えてしまいそうな体勢のくせに、彼女の顔には羞恥や動転といった気色は一切なく、優雅な淑女の微笑みのまま。

「一応、聞くけど、ファーレンって混浴が普通なのか?」

「いいえ、ファーレンに限らず、ダークエルフの女は滅多な事では人前に肌を晒すことはありません」

 えっ、あの格好で? と、このタイミングで言えるわけない。

 露出度の高い衣装と、全裸とでは、全く意味合いは違うだろうし。

「あー、それじゃあ、俺が長湯しすぎて、さっさと出ろよっていうアピールだったり」

「ふふ、鈍いのですね、クロノ様は。彼女達の苦労が忍ばれます」

 昨日、今日、出会ったばかりの人に俺達の関係の核心を突かれて、正直ちょっとショック。見透かされているのは、類まれな観察眼か、それとも俺が分かりやすすぎるだけか。

 そんなことよりも、今考えるべきなのは、堂々と裸で入り込んできた、ブリギットの真意。

「私の気持ちなど、もうお分かりかでしょう。ねぇ、クロノ様――」

 ああ、考えるまでもない。この状況下で、男が考える事なんて一つしかないだろう。

 ソレを否定したいがために、俺は間抜けな質問を繰り出しただけで……

「どうか、今夜だけ、私を抱いていただけませんか」

 裸の美女にそう迫られて、俺にできる対応は、たった一つしかなかった。

「――『愛の魔王オーバーエクスタシー』」

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