第643話 旧都モリガン
白金の月8日、朝。無事にファーレン王から調査許可をいただいた俺達は、黒き森のある旧都モリガンへと出発した。
けど、リリィとサリエルは修道会の動きの調査のために、ネヴァンへと残っている。昨日の内に冒険者ギルドを通して情報収集を依頼しているから、一日だが最低限の情報は集まるはずだ。
このテの仕事は、テレパシー能力のあるリリィが適任である。怪しい情報屋なんかに聞いても、簡単に真偽の区別がつくし。
サリエルは、一日遅れで出発しても、先行した俺達に追いつくための移動役。森林地帯を大きく曲がりくねるように続くファーレンの街道は、空を飛べればかなりのショートカットができる。サリエルが駆る天馬のシロに乗れば、リリィと二人乗りでも余裕で追いつく。
それにしても、リリィとサリエルが二人きりとは……なんだろう、若干、不安になるペアである。いや、大丈夫だとリリィを信じている。
ともかく、そういうワケで俺とフィオナの二人だけで、モリガン目指して先行しているところだ。
深緑の木々が左右から迫るような、ファーレン独特の深い森を貫く街道は、朝の爽やかな雰囲気と相まって、馬で駆ければなかなかに気持ちが良い。それでいて、隣を一緒に走ってくれるのが可愛い恋人なのだから、素晴らしいドライブ……のはずなのだが、俺の口からは溜息が漏れてしまう。
「はぁ……死ぬかと思った」
ファーレン王妃シャルディナに誘われ、練兵場で模擬戦をすることになったのだが、まさか、あれほどのガチバトルになるとは思いもよらなかった。
「クロノさんと互角に切り合うとか、凄いですよね」
「いや、剣の腕前だけなら、負けていた」
フィオナの言葉に、俺は素直に自分の未熟を認める。
流石は『剣王の娘』と名高いシャルディナ妃。リリィに詳しく聞けば、あのアイゼンハルト王子よりも剣の才能に優れた天才らしい。まだスパーダにいた当時は、その荒い気性から、色々と無茶をやらかして大暴れだったそうだが、義理堅く情に厚い人柄から絶大な人気も博していたという。
そして、そんな噂が伊達ではないことを、俺は一撃目で思い知った。
「最初の一発で、剣が飛ぶところだった」
模擬戦のため、互いに武器は木剣のみ。いくら冒険者の実力をアピールする場とはいえ、本気で王妃殿下に向かって斬りかかるわけにはいかないだろうと思い、様子見も兼ねて、加減しながら放った初撃――に対する、彼女の一撃はあまりに重く、強烈だった。
「そっから先は、もう本気でやってたぞ」
「なるほど、やけに張り切っていると思ったら」
「見ている側は、呑気なもんだな」
魔女のフィオナに、そこまで剣の試合を見極めろというのも難しい話かもしれないが。
ともかく、俺はマジでやらざるをえない状況。一応、剣での戦いだから、互いに魔法も加護も、ついでに危険を考慮して武技も禁止にしていたが……結構な頻度で、魔王の加護に頼りそうになるほど、強烈な斬撃が飛んできたもんだ。反則負けじゃあ格好がつかないし、ギリギリで我慢したが。
「やっぱり、上には上がいるもんだな」
「いいんじゃないですか、別にクロノさんは剣士ではないですし」
確かに俺の戦闘能力は、呪いの武器と黒魔法と魔王の加護、全て合わせた総合力だから、剣の腕前だけが全てではない。
しかしながら、これでも剣での戦いには多少の自負もあるし、男の子だし、こう、ね、あるわけですよプライド的なものが、ちょっとだけ。
「どうしても気になるなら、今度、真剣勝負でも挑めばいいんじゃないですか?」
「絶対に御免だな」
くだらない男のプライドはポイーで。
シャルディナ妃と真剣での勝負とか、マジで冗談じゃない。木剣での模擬戦だけで、あの人かなり白熱してたし。狂戦士の称号譲ってもいいくらいの迫力だった。
そんな人に本物の剣なんか持たせてやりあったら、絶対に歯止めが利かなくなる。俺も、相手が真剣だと思えば、もうルール上の我慢は無理で、黒魔法でも加護でも何でも使って抗うことになるだろう。
そうなれば、後はもう試合ではなく、戦場さながらのルール無用な殺し合いである。
一体、何が悲しくて友好国の王妃と血で血を洗う狂戦士対決をしなければならないのか。
「でも、結構ウケたので、いいアピールになって良かったですね」
「そうだな」
ほどほどにヤバくなってきたところで、サンドラ王が止めて、模擬戦は終了となった。正直、絶妙なタイミングでマジで助かったよ。
結果的には、フィオナの言う通り、俺はひとまずランク5に相応しい力を示せたようで、一安心である。
これで、一晩経ってもまだジワジワと痛む打撲がなければ、良かったんだけどな。
ファーレンは広大な森林を有する分、人の住む地域は限られる。その結果、広い国土に町や村が点在するようにバラけている。よりスパーダに近い西側にある現在の王都ネヴァンに対し、目指す先である旧都モリガンはかなり東よりだ。
結構な距離が離れている上に、森林に住まうモンスター出没の危険地帯を避けるように、曲がりくねった街道のため、馬を飛ばしても時間がかかってしまう。それなりのハイペースで進んできたが、結局、モリガンに到着するのに三日を費やしてしまった。
これでも、道中でモンスターの襲撃とかトラブルなど一切なかったし、リリィとサリエルとも途中の町で無事に合流できたしで、かなり順調な方である。
そうして、白金の月11日の昼過ぎに、俺達はようやくモリガンへと足を踏み入れた。
「おおお……めっちゃエルフの集落って感じするな」
「ダークエルフなのでは?」
「マスターの感想は、日本の文化に基づくもの」
「……そうですか」
フィオナ、ちょっと悔しそう。
しかし、俺がオタク丸出しな感想を漏らしてしまうのも、無理はないだろう。このモリガンという街は、多くのファンタジー作品でお馴染みの、正に森の中でツリーハウスを作って住まうエルフの集落、をそのまま現実化しているのだから。
何十メートルもある巨木を土台に、幾つもの家屋が軒を連ねている。無論、地上にも相応に建物は建設されているが、ツリーハウスと、各所を道路のように結んでいる吊り橋や足場が頭上いっぱいに広がっている光景は、他ではお目にかかれないここだけのモノだろう。
「リリィ、あそこに泊まりたーい!」
「俺もあそこに泊まりたーい」
心躍るファンタジックな街並みにテンション上がってる俺は、リリィを抱っこしたまま、見た目だけで宿を決める。あの一番目立つ、大きく高いツリーハウスの宿屋に、是非とも泊まってみたい。
「クロノさんはああいうのが好みなんですか?」
「ロマン、なのではないかと推察される」
特に珍しがることもない、フィオナとサリエルの温度差ある二人を連れて、俺達は無事にチェックイン。
流石に、ちょっとばかり宿泊代は高めだが、これくらいなら許容範囲内。多少の贅沢は……っと、贅沢しすぎな気がするけど、まぁいいか。リリィも喜んでるし。
「っと、観光気分は置いといて、さっさと仕事にかかるとするか」
ツリーハウスの部屋にひとしきり感動してはしゃぎあってから、俺は気を引き締めて宿を出る。
向かう先は勿論、黒き森の管理者と呼ばれる、ミストレア一族が住まうモリガン神殿だ。
ファーレン独自の精霊信仰の発祥地であり、現代でも根強く信仰心を集める総本山。国で一番有名な神殿だから、そこへ至る道は迷うこともない。
しかし、スパーダやアヴァロンの大神殿と比べ、あまりオープンにしていないせいか、モリガンでも最も黒き森の領域に近い街の奥にあり、目立つような立地ではなかった。
「……ああ、なんだかここ、いい雰囲気ですね」
「そうなのか? ちょっと、静かすぎて不気味なくらいじゃないか」
モリガン神殿のある区画に入ると、僅かに、けれど確かに、気配が変わったのを感じ取った。
空気が澄んでいる、というよりも、研ぎ澄まされているというべきか。鳥や虫の鳴き声や、風に揺れる木々のざわめきなど、全くの無音ではないが、妙に静まり返った印象を受ける。
ある意味で、これも神聖な雰囲気の一種ということなのか。実際、この場所の魔力量は間違いなく高い。
「この場所は、ファーレンが信仰する森の神の影響が強く出ている」
「うーん、私もここは気分がいいわ。変に他の神の加護を抑える風でもないし、ふふ、森の神様は寛容みたいね」
妖精の森出身のリリィが、満足気に言う。
恐らくここは、黒き神々の加護に対してはこれといった枷になることはない。しかし、白き神の使徒ならば、かなり力を抑えられてしまうだろう。
加護にまで影響する場所ってのは、アスベル山脈と神滅領域アヴァロンに続いて、ここが三度目。前者二つはあらゆる加護を妨害するような強力な制限があったが、リリィの言うようにここはオープンな感じだ。むしろ、神聖な雰囲気も相まって、モノによってはより強力な力を出せそうな気さえする。ただし白き神、テメーはダメだ。
何とかここまで使徒をおびき出せないものか、なんて考えるが、それは奴らが最も警戒することだから、そう簡単には実現しないだろう。
「見えてきましたよ、あれがモリガン神殿じゃないですか?」
フィオナの示す先には、聞いていた通りの特徴を持つ建物が見えた。
ツリーハウスの街を支える巨木の並ぶここにあっても、他を圧倒するほどに巨大な一本の木。輝くような真っ白い色の巨大樹は、信仰の象徴の一つでもあるモリガンの御神木に違いない。
そして、その御神木の根元に建つ、漆塗りの黒い建物がモリガン神殿だろう。
大きな三角屋根を持つ特徴的な形状のモリガン神殿は、どことなく神社っぽい感じもする。御神木もあるし。まぁ、その本殿も御神木も、日本にある神社とはけた違いのデカさなのだが。
いざ神殿の敷地にまで立ち入ると、より一層、濃密な魔力の気配を感じた。自然と、気が引き締められてくるせいか、最近は観光気分で浮かれすぎたと反省する気持ちも湧いてきた。
「それじゃあ、神官って奴に、話をつけにいくか」
やはりこういう時は緊張するな、と思いつつ、意を決して俺は神殿の門を叩いた。叩いたというか、来客を知らせる小さな鐘のようなものをガラガラさせただけだが。
全く人の気配はしないのだが、すぐに門は開いた。まるで、最初から来客に備えてスタンバってたみたいなタイミング。
ゴウンゴウンと重い軋みをあげながら、開かれた門扉の向こうに、一人の女性が佇んでいた。
「お待ちしておりました、『エレメントマスター』の方々ですね。ようそこ、モリガン神殿へ」
という、ありふれた歓待の台詞も、凄い美人が満面の笑みで放てば、途轍もない破壊力となる。
リリィにフィオナにサリエルと、美少女はすっかり見慣れたものだが、こう、大人の正統派な美人というのに、俺は慣れていない。強いて言えば、エルフの受付嬢たるエリナくらいだろうか、大人の美人で知り合いなのは。
当然だが、その人はダークエルフだ。二十代の成人女性といった容姿だが、正確な年齢は俺では全く分からない。ダークエルフの女性なら、この若々しさで六十代でもおかしくないのだから。
しかしながら、流れる白金のストーレトヘアは、リリィと比べても遜色ない色艶で、キラキラと輝いて見える。穏やかに微笑む、切れ長の目はフィオナのように黄金の瞳。しかし、太陽の如き輝きとは違い、夜空に浮かぶ月のように静かな印象を受けるのは、同じ金色なのに不思議な感じだ。
顔の彫りが深く、鼻も高いダークエルフの中でも、間違いなく美人だと断言できるほどの美貌を誇っているが、正直に言って、気になってしまうのは体の方だったりする。
一目で分かる、あのネルを越えるほどの巨乳。俺は決して巨乳大好きな方ではないのだが、ここまで大きいと、男の本能かついつい目が吸い寄せられてしまう。
それも、あからさまに胸元が開いて、深い褐色の谷間が覗く服装なら、とてもじゃないが逆らえない。
鋼の意思で視線を逸らしても、次に待ち構えているのは、しなやかなくびれを作る見事な腰つきと、魅惑的な下半身のラインが続く。大きなお尻に肉付きのいい太ももと、ついエロい感想が思い浮かんでしまうのは、その肉感的な妖しい体を強調するような、露出度の高いデザインの服装も原因だろう。
ファーレン王城でも見た、キトンのような感じだが、胸元は大きく空いてるし、両肩は出ているし、ほとんど裸の女神像みたいな服だ。下半身はヒラヒラと足首まで布地は伸びているのだが、元々、薄手の生地だからか、ボディラインははっきり浮かぶし、ほぼ腰まで届く大胆すぎるスリットが入っていて、そこから覗く左の生脚が目に眩しい。
もしかして、こんな服装が女性神官の正式な法衣なのだろうか。だとすれば、とんでもないエロ衣装だぞ……ゴクリ。
「――話が早くて、助かります。黒き森にあるオリジナルモノリスの調査に来たのですが、まずは神殿を訪れるようにと言われたので」
安易に第四の加護に頼ることなく、理性フル動員で気を静めて、俺は無難な言葉を返すことに成功した。
「はい、全て存じ上げております。大神官様が中でお待ちですので、どうぞこちらへ」
多分、視線とかで胸とか足とか見たのバレてるんだろうなぁ、と思いつつも、ダークエルフの女性神官は、ギルド本部のエリート受付嬢を凌ぐパーフェクトな笑顔でもって、案内を始めてくれた。
ふぅ、とりあえず、面と向かってなければ、あのエロ衣装とダイナマイトバディに気を取られることもあるまい、という油断を突くかのように、がっつり開いた背中に、大きなお尻が誘うように揺れるモデルみたいな歩き方。な、なんて女だ、後姿まで隙なくエロいとは。
危ない、童貞のままだったら、即死だった。
「サリエル、あの服ってどこに売ってるか知ってます?」
「ファーレンの一般的な法衣ならば入手は容易ですが、特注品の場合は、店頭での購入は難しい」
「リリィもあの服を着て、クロノをゆーわくするの」
おい、そういう話は、俺のいないところでやってくれ……スケベ心を責めない彼女達の優しさが、かえって苦しかった。