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黒の魔王  作者: 菱影代理
第33章:黒き森
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第641話 黒き森の一族

 何故、そこが『黒き森』と呼ばれるようになったのか、今となっては誰にも分らない。エルフと並び、長寿を誇るダークエルフは、その閉鎖的な気質もあって、他の種族よりも古の言い伝えや伝承が明確に残っている。しかし、この黒き森の由来については、あまりに古く、古代を越えた遥かなる神代の時代にまで遡らなければいけない。

 不吉な響きの呼び名はしかし、この深い森林を見れば誰もが納得できた。まるで深淵を覗き込んだかのように、そこはあまりに暗く、深い。世界の果てまで続くのではと思える、深緑の無限回廊――果たして、その最奥に何が潜んでいるのか。

 黒き森の奥には、決して人は踏み込んではならない。

 由来が不明でありながらも、唯一、現代にまで言い伝えられている掟である。そして、それはファーレンという国において、間違いなく最古の伝承であり、絶対遵守の法でもあった。

 故に、黒き森を管理する神官ドルイドの一族は、ファーレンで最も古く、宗教組織の頂点に立つ。

 黒き森の一族、ミストレア。

 森の神々を祀る独自の信仰が古代より続くファーレンでは、ミストレアの長は国王を越える影響力を持ち、権勢を振るったが……それもまた、遥か過去の話。

 スパーダをはじめとした国々と、長い闘争の歴史の中で、現代では国王を頂点とした政治体制が確立され、ドルイドは宗教的な権威を持つにとどまる、政教分離がなされた。

 黒き森の入り口に構える、かつての首都モリガンは栄華が去って久しく、今は静かに森の神々へと信仰を捧げるドルイド達が住むのみ。まるで時が止まったかのような静寂に包まれる森の都で、ミストレアはただ黒き森の管理という一族の使命を果たし続けていた。

 そして、今代のミストレアの長は、その使命を続けるための重大な決断に直面しようとしていた。

「――失礼いたします、お爺様」

「うむ、来たか、ブリギット」

 住居を兼ねるモリガン神殿の小さな一室にて、一族の長たるアグノア老と、その孫娘ブリギット。

すでに内密にして重大な件で呼ばれていることは承知の上か、二人の間には祖父と孫が交わす和やかな談笑もなく、かすかな緊張感が漂っていた。

「風が、来る」

「そう、ですか……いよいよ、時が来たのですね」

 聞き耳を立てる者など誰もいないが、あえて比喩を使うのは内容のせいであろう。孫とはいえ、すでに子供ではないブリギットには、その意味は十分に理解できる。

「あるいは、嵐やもしれん」

「それほどなのですか」

「王と王妃の連名で来ておる。あの二人はまだまだ若い、が、その目は確か。よほどの自信があると見える」

 アグノアはその手にある密書を差し出した。恭しくそれを受け取ったブリギットは、ほぅ、と一息をついてから書面に目を落とす。

 そこには確かに、ファーレン王家の印と、王と王妃、二人分の署名が記されていた。

 どうやら、冗談でも練習でもなく、本物であることは疑いない。

 しかし、最も重要なのは、密書に記された、ただ一人の男の名前である。

「――クロノ」

「ガラハド戦争を勝利に導いた、スパーダの英雄だ」

「噂では、聞いております。まさか、そのような男が」

 ブリギットの秀麗な眉が、僅かだが、確かにひそめられた。

 その噂の類が、救国の英雄に相応しい美辞麗句の賛歌ではなく、どれも恐ろしく血生臭いモノばかりなのだから、一人の女性として真っ当な感性を持つ彼女が、そういった反応をするのも無理はない。

 噂とは往々にして誇張されるものだが、『黒き悪夢の狂戦士ナイトメア・バーサーカー』などという二つ名がつくなど、最早、尋常な男ではないこと確実。ただひたすらに、戦闘能力に特化した、血に飢えた獣、正に狂戦士であるに違いない。事実、そうでなければ、彼が打ち立てたガラハド戦争での武勲は説明がつかないのだから。

「ぬかるなよ、ブリギット」

「はい、お爺様……万端の準備で、臨ませていただきます」

 敬愛する祖父であると共に、ミストレアの長であるアグノアの言葉に、ブリギットは覚悟を決めた表情で答えた。

 すでにして、彼女の決意に揺らぎはない。

 なぜなら、彼女こそ次代のミストレアを継ぐべき、黒き森の巫女なのだから。




「うーん、今日もいい天気だなー」

 白金の月6日。すでにスパーダを出立して一日が過ぎ、そろそろ最初の目的地である隣国ファーレン領へと入ろうかというところ。

 俺達の旅立ちを祝福するかのように、雲一つない晴天が広がっている。

「今日の内に、ネヴァンには到着したいですね」

 並走するフィオナが言う。

「そうだな、少し飛ばして行こうか」

 折角のドライブ日和、もとい乗馬日和である。ちょっとくらい速度を上げていった方が、気持ちもいいだろう。

「では、先行します」

「頼んだ、サリエル」

「先にネヴァンまで飛んで、宿を予約しておいてくれてもいいですよ」

「了解しました」

「いや、そこまではいい。着くかどうか分からんし」

 疲れ知らずの不死馬ナイトメアメリーの走力はかなりのものだが、流石に空を飛ぶペガサスには敵わない。メンバーの中で唯一、ペガサスを乗りこなすサリエルは、最も機動力が高い。

 地図が怪しくなってくるパルティア南部あたりからは、サリエルの空中偵察に頼ることも出てくるだろう。

 今はそこまで先行する重要度もないのだが、並走していたサリエルはペガサスのシロに鞭を入れて、一気に駆け出し――青空へと飛翔していった。

「そういえば、ネヴァンへ行くのは初めてですよね」

「ああ、この間リリィとクエスト行った時は、そっち方面は通らなかったからな」

 マンティコア討伐を受けた時は、ほぼ真っ直ぐに南下するルートだったので、ファーレンはただ領内の端っこを通過するのみだった。王都ネヴァンは東よりになるので、そっちまで行くことはこれまでに一度もなかった。

「まぁ、流石に王都に続く道なら、大きいし整備もされているから、迷うことなく行けるだろう」

「そうですね。何も問題がなければ、ですが」

「別に大丈夫だろ?」

「私達が遠出して、何事もなく無事に目的だけを達成したことって、ありましたっけ?」

 そう言えば、あんまりない気がする。というか、全くない気がする。

「お、俺の試練はもう終わったから、変なトラブルはそうそうない……はずだ」

「神の悪戯がなくても、クロノさんが割と不幸に巻き込まれがちなのは、変わらないと思いますけど」

「身も蓋もないこと言うな」

「クロノ、いいことあるよ!」

 ありがとう、リリィ。こういう時は、何の根拠がなくても、ただ慰めの言葉が欲しいもんだ。

「いいことなくても、リリィが一緒だから大丈夫」

「ええ、大抵の問題はリリィさんが解決できるでしょう」

「シャングリラでドーンってしてあげる!」

「はいはい、簡単に古代兵器を持ち出すのはやめようなー」

 テンション上がって馬上でバタつく幼女リリィを抑えながら、俺達は微妙に先行きが不安ながらも、呑気に街道を進んで行った。

 予感的中――なんてこともなく、ネヴァンへの旅路はどこまでも順調だった。道行く馬車がモンスターに襲われているだとか、盗賊に絡まれるだとか、関所で怪しいと不当な取り調べを受けることもなく、俺達は無事、陽が沈むギリギリのところで、ファーレン王都ネヴァンへと到着した。

 いくら俺の見た目がアレでも、ランク5冒険者の肩書きと、スパーダからの紹介状が揃えば、疑われる余地など欠片もない。むしろ、ちょっとしたVIP待遇だ。

「宿の予約はしておりませんが、目ぼしはつけておきました、マスター」

「何でも任せてしまって、悪いな、サリエル」

「いえ、情報収集は斥候スカウトの基礎的な仕事」

 微妙に見当違いの謙遜をしつつ、ネヴァンの正門でサリエルと合流。

 ファーレンは大陸中部の都市国家群からは外れる、古い歴史を持つ国のせいか、その街並みは随分と異なって見える。ネヴァンは約百年前にここへ遷都したそうだが、十分すぎるほどに独特な外観と雰囲気を持つ。

 この街に入って真っ先に目に入るのが、黒塗りの塔だ。高い円柱状の塔なのだが、近くで見れば木造であるらしく、黒光りするのは漆塗りされているのだと分かる。

 他の建物も基本的には木造ばかり。そりゃあ、木材は周囲にいくらでもあるから、木造建築が基本になるのも当然か。

 建築様式こそ全く異なるが、漆塗りの壁や木造の家屋が立ち並ぶ光景は、どことなく日本に通じる気がしてちょっと感慨深い。

 ちなみに漆塗りの塔は、五重塔みたいなもなのかと思えば、特に宗教的な意味はなく、普通に集合住宅や商館として一般利用されているらしい。日本でいえば鉄筋コンクリートのビルのように、ありふれたもののようだ。

「ダークエルフは元々、巨大な樹木のツリーハウスで暮らしていたから、こうして平野部に街を作っても、それらしい住居を求めたそうよ」

 と、リリィがわざわざ大人の意識に戻して解説してくれた。

 そもそも異世界人の俺に、アーク大陸のシンクレア出身のフィオナとサリエルだ。メンバーの中で真っ当にパンドラ大陸のことを知るのは、リリィしかいない。未だに、俺達は彼女から常識レベルのことを教わったりもする。

「では、意外と最近できたものなんですね」

「そうね、二百年くらいじゃない?」

「そんだけ経ったら、十分に立派な伝統建築って言えるだろ」

「どうかしら。ダークエルフは長寿だから、二百年くらいじゃあ、ついこの間っていう感覚かも」

「ダークエルフの平均寿命ってどんなもんなんだ?」

「百五十年くらいだったかな。長生きする人、特に高い魔力を持つドルイドなんかは三百年いけるそうよ」

 いざ三百歳とか言われても、やっぱり現実感ないな。日本なら、今でも江戸時代のサムライが生きてるようなもんだ。

「私はただ同じ日を繰り返す蛹のような生き方を、何百年もしたくないですけどね」

 いくら長命な種といっても、二百年、三百年と歳を重ねていくなら、それ相応の生活サイクルを維持しなければならないらしい。少なくとも、今の俺達のように冒険者として精力的に活動するのは、百年以上は無理が出るという。

 ドルイドってのは神官クラスの一種だから、ダークエルフの長寿の秘訣はその辺にもあるんだろう。森の神殿とかに籠って静かにお祈りする日々を送っていそう。勝手なイメージだが。もしそうなら、俺もそんな生活を百年以上も続けていく自信はないな。

「うふふ、それが若さね」

「その姿で言うと、あんまりシャレになりませんよ、リリィさん」

 そんなことを話しながら、サリエルの先導でネヴァンの街を歩いていく。

「随分と静かな街だよな」

 王都だけあって、他の国にも劣らない大きな街だが、ただ大通りを歩くだけでもそんな感想を抱いてしまう。決して、人がいないワケではない。街の規模に見合った人数の人々が歩いているし、馬車や竜車もひっきりなしに通りを駆け抜けていく。そこかしこで話声や、市場からの声も聞こえてくるのだが、不思議な静けさがあるように感じるのだ。

「これでも活気がある方じゃない? ダークエルフは寡黙な人が多いらしいわ」

「宗教色が強い街は、こんな雰囲気になりやすいものですよ」

 ダークエルフの国民性に、森の神々への厚い信仰心が、この独特な空気を作っているのだろう。

「騒がしいより、良いのではないですか。商人ギルドが強い交易の街なんかは、うるさくてしょうがないですよ」

「そういうところ、どこの世界でも一緒ってことか」

 不思議な静けさに包まれたネヴァンの雰囲気だが、いよいよ陽も落ちてくると本当の静寂が訪れてくる。あまりのんびりしていると、夜闇に包まれた見知らぬ街を彷徨うことになりかねない。

 ここはサリエルのサーチ力に甘えて、最寄りの宿へさっさとチェックインを済ませることにした。




 翌日、白金の月7日。

 俺達は例の漆塗りの塔が本館となっている、ちょっと高めの宿を出た。高め、というのは塔の高さも、値段も、どちらも含まれる。今やランク5冒険者で、それなりの収入も貯蓄もあるのだから、相応のグレードの宿に泊まるべき。わざわざ安宿にこだわり続けるのも、かえって嫌味のようだし。

 それに、ファーレンは治安のよい部類に入る国だが、怪しいほどに安い宿なんかでは喧嘩沙汰や盗難などなど、トラブルも絶えない。高級な宿を利用するのは、広く綺麗な客室に充実したサービスに対する期待よりも、あらかじめ面倒に巻き込まれないための保険みたいなものだ。

 さて、俺達は野菜中心の朝食を終えてから、あからさまに物足りない顔をしているフィオナを引っ張って、目的地へと向かう。

 まず、目指すべきはファーレン王城だ。

「これはまた、えらくファンタジックな城だな」

 この異世界では初めて見る木造の城だが、まず目に付くのは城壁を覆う黒い茨だろう。ラストローズの洞窟のように、鋭い棘の茨が張り巡っており、そこかしこに黒い薔薇の花が咲いていた。

 精緻に重ねられた石垣の上に天守の城があるのは、日本の城と構成は似ている。もっとも、独特の建築様式だし、モスクのように高い塔が配置されていて、全体的には全く似ても似つかない。

 塔は城を囲うように六本も建てられており、やはり漆塗りで、階層に応じて渡り通路が塔と城の間にかけられているのが見えた。

 木造だが全体的には漆塗りの黒で重厚感もあり、それでいて黒薔薇の意匠をこらす装飾の数々で、華やかさもある。

 別名、黒薔薇城。

 なるほど、そう呼ばれるのも納得できる見事な王城だ。

「っと、観光に来たわけじゃないんだったな」

「ええ、もうリリィさんが紹介状を持って行ってしまいましたよ」

 フィオナが指差す先には、

「おはよー、リリィだよー」

 と、手紙を片手に正門へ堂々と突撃してゆく幼女リリィの姿が。早くも門番たちに囲まれつつある。

「あの姿のリリィさんへ真面目に警戒するとは、ここの門番、レベル高いですよ」

「冷静に批評してないで、早く説明しに行くぞ」

 いくら正当な紹介状があるとはいえ、余計な騒ぎになるのも勘弁だ。このテの王城招待みたいなイベントは、無難にこなしたい。

 今回、リリィが持っているこの正当な紹介状ってのは、勿論、ウィルからのものだ。

 ファーレンの王妃は、ウィルの姉貴にあたるスパーダの第一王女である。これ以上ないってほどの、太いコネがあるわけだ。

 黒き森にあるオリジナルモノリスを確認するためには、ファーレン王から許可を貰うのが一番手っ取り早く、確実な方法である。無論、普通ならわざわざ王様から許可なんてもらえるはずもないし、申請したところで何年かかるか分かったものじゃない。

 しかし、ウィル直筆の紹介状と、スパーダからの正式な調査依頼という名のクエストを請け負った体裁をとることで、俺達は一介の冒険者でありながらも、こうして堂々とファーレン国王にお目通りが叶うだけの立場を得たのだ。

 オリジナルモノリスの件については、ウィルだけでなく、正式に冒険者ギルドにもスパーダ軍にも通している。果たして、どこまで信用してくれるかどうかは未知数だったが……これまでの『エレメントマスター』の実績があるお蔭か、単なる妄想と切り捨てられることなく、割と真面目に受け取ってくれたようだ。

 そうして、モノリス調査クエストが俺達への名指しで発行され、強力な後ろ盾となってもらった。そりゃあ、ただの個人が興味本位で見に来ました、というよりは、スパーダという大国からの正式依頼となれば、先方の対応も変わってくる。

 もっとも、これで大きな影響力があるのは、親交の深いファーレンまでで、パルティアから先では、どこまでスパーダの名前も通用するかは分からない。

 しかし、とりあえず最初の目的地でスムーズに任務を遂行できるのなら、十分以上にありがたい話である。

「――はい、ウィルハルト・トリスタン・スパーダ第二王子からの紹介状、承りました。国王陛下への謁見は、本日の夕刻となりますが、よろしいですか」

「ありがとうございます。では、また後で来ます」

 どうやら、無事に話は通ったようで一安心。俺達が来ることは、あらかじめ飛竜便の速達で連絡してあるから、王城の対応も実に速いものだった。普通、即日で謁見なんてできないし。

「それじゃあ、夕方までは時間があるし、ちょっと観光でもしていくか?」

「するー!」

「早く行きましょう。朝は草しか食べてないので、行き倒れてしまいそうです」

「草とか言うな、草とか」

 せめてサラダと呼んでくれ、この肉食女子め。

 まぁいい、とりあえず空腹を訴える可愛い彼女のために、まずはガッツリ食える店でも探しに行くとするか。

 2017年12月29日


 今年、最後の更新となります。去年の最後は、リリィVSフィオナと盛大な修羅場でしたが、今年は割と平穏な終わりでしたね。

 それでは皆さん、良いお年を!

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― 新着の感想 ―
[一言] ハーレムになってからフィオナとリリィがうざく無くなったな。よかった
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