第640話 自由への旅路
氷晶の月29日。
いまだ雪が残るガラハド要塞の前に、二人の少女の姿があった。
「こ、ここが魔族の国の入り口デスか……」
「す、すごく魔族っぽいの……」
高さ50メートルを誇るガラハド要塞の大城壁を前に、二人の少女、レキとウルスラは圧倒されていた。
クロエ司祭とシスターユーリの活躍によって、アルザス要塞にてグラトニーオクトを辛くも討ち果たすことに成功した。その翌日、ウルスラを捕らえに異端審問官が現れ、死んでいたはずのレキが奇跡の復活を遂げて、二人は晴れて何のしがらみもないパンドラ大陸を行くことに。
一番の目的は、グラトニーオクト戦の直後に姿を消したクロエ司祭を追い、探し出す。彼が受け入れてくれるかどうかは分からない。けれど、それはとりあえず再会してから考えればよい。
そのためにも、まずは魔族の国へと入らなければならない。
だがしかし、その入り口であるガラハドの大城壁は、あまりに高く、分厚かった。
「これ、どうやって入るデス?」
「とりあえず、ノックしてみるの」
「オーライ。すっごく大っきい門だから、レキが思いっきり叩いてやるデス!」
とりあえず正攻法で行くことにした二人は、サクサクと雪道を歩いて真正面から近づこうと歩みを進めた、その直後である。
「止まれ、何者だ」
「見たところ、子供のようだが」
「いや、この服装は十字軍のものに似ている。気を付けろ」
一体、どこから現れたのか、気が付けば、雪に紛れる白いコートを纏った兵士の集団に取り囲まれていた。
それも、全員が人間ではなく、身長2メートル超の筋骨隆々のオークである。
「あ、あわわ、いきなりピンチ!」
「お、落ち着いて、話せば分かるの」
「魔族と言葉が通じるデスか!?」
「……ダメかもしれない」
「落ち着け、君たち。言葉は通じている。我々はガラハド要塞の守備隊だ。ここは立ち入り禁止区域だ、大人しく従えば、手荒な真似はしない」
そうして、二人はスパーダ兵によって、ガラハド要塞へと連行されることとなった。
「ふぃー、一時はどうなることかと思ったデース」
「案ずるよりも生む方が易かったの」
ガラハド要塞であっさりスパーダ兵に捕まってから、色々あって清水の月7日。二人は、晴れて首都スパーダの街を堂々と闊歩していた。
要塞では、多少の尋問と、テレパシーによる取り調べなどが行われた結果、十字軍の工作員ではないと判断され、二人は亡命という形で受け入れられた。
レキとウルスラは、子供だと思われると何かと舐められて困るということで、ギリギリで成人となる15歳であると言い張る。幸か不幸か、この時、要塞で防衛にあたっていたのはゲゼンブール将軍率いる第三隊『ランペイジ』であり、人間以外の種族で構成されている。故に、15歳前後の微妙な年齢の判定を、顔の幼さで判別するのが、ややザルになってしまった。結果、二人の言い分は認められ、成人扱いとされた。
レキとウルスラは、以前に十字軍から追われて逃げ込んできたダイダロスの村人達と同様に、通常の難民としてスパーダで受け入れることと決定された。物資輸送の貨物馬車に相乗りして、二人はガラハド要塞から首都スパーダまで送り届けられ、そして、これから難民の受け入れ先となる場所へ向かうこととなる。
これで二人が子供扱いされていれば、馬車から降りれば、そのまま神殿の孤児院からのお迎えがあるはずだが、成人と言い張った二人は、自分の足で目的地まで行くこととなる。そして、レキとウルスラは案内する大人などいなくとも、恐れも躊躇もなく、異国の街を堂々と進んで行けるだけの度胸は十分すぎるほど、持ち合わせていた。
「うーん、これでレキ達も自由のミーってやつデスね!」
「ここまで来れば、もう異端審問官も追っては来ないの」
無事にスパーダへの入国を果たし、首都へと降り立った二人は、目下最大の懸念事項をクリアしたといったところ。ひとまずは、それを素直に喜びあった。
「それじゃあ、行くデスか」
「ちょっと待つの」
貰った簡易地図とメモを片手に出発しかけた相棒を、ウルスラが待ったをかける。
「ここは、先に冒険者ギルドへ行って、冒険者になるの」
「おーう、その心は」
「ただの難民として行くよりは、冒険者になってた方がハクがつくの。つまり、舐められない。私達は、もう立派な大人なの」
と、12歳のウルスラが、膨らみかけの胸を張って言い切る。
「さっすがウル! そーと決まれば、ギルドへゴーッ!!」
そして、大きな胸を弾ませて駆け出すレキは、13歳であった。
背伸びしたいお年頃真っ盛りの少女二人は、どこにあるとも知れない冒険者ギルド目指して、人々で賑わうスパーダの街を走って行った。
そして15分後。案の定、道に迷う。
「ヘイ、ここどこデスかぁ……」
「うーん、変なところに迷い込んでしまったの」
出発したスパーダの大正門前広場から、気が付けば人気のない路地裏に迷い込んでしまっていた。
「レキが勘で走るから」
「ウゥー、だって、絶対こっちだと思ったんデスー」
勝手に進むレキも悪いが、進行方向を確認せずに黙ってついていったウルスラにも、一部の責任はあるだろう。しかし、この期に及んで責任の所在を問うことほど無意味なものはない。
もらった略地図は、あくまで大正門から目的地の避難民の住居への道のりを示してあるだけで、スパーダという大都市の地理を把握するにはあまりに情報不足。
「とりあえず、来た道を戻るの」
「どこから来たかも分かんないデース」
絶望的な戻り道をトボトボと歩き始める二人。
進んでいるのか、戻れているのか、不安になりながら歩き続けていると、
「あら、貴女達、もしかして迷子?」
一人の女性に声をかけられた。
綺麗な女性であった。レキもウルスラも初めて見たが、色白の美人で細長い耳をもつ彼女が、エルフという種族であると一目で分かった。かの有名なエルフを目撃して、ちょっと感動。
「迷子ではないの」
「イエース、私達はもう立派なレディなのデース」
「だから、迷子ではなく、少し道に迷っているだけなの」
「そう、ごめんなさいね」
くすくすと上品に笑うエルフ女性からは、正に二人が求める大人の余裕というものを感じてならない。
「でも、この辺が迷いやすいのは本当よ。下手すると、スラム街に入ってしまうかもしれないわ。見たところ、お二人さんはスパーダに来たのは初めてといった感じだけれど?」
「今日来たばっかりデス」
「そう、それじゃあ迷い込んでしまうのも仕方がないわよね。良かったら、私が行きたい場所へ案内してあげましょうか?」
「いいの?」
「いいのいいの、どうせ、今日は暇していたところだから」
二人に断る理由は、どこにもなかった。
そうして、朗らかに笑う彼女の案内で、妙に入り組んだ路地の迷宮から無事に脱出を果たした。あっという間に、二人は人通りで賑わう大通りまで戻ってくる。
「ところで、どこへ行くつもりだったの?」
「冒険者ギルド!」
「今日から冒険者になるの」
「へぇ、そうだったの。二人だけでスパーダまで出て来るなんて、偉いわね」
冒険者に憧れて、スパーダまでやってくる少年少女はそう珍しくない。レキとウルスラがどういった経緯でスパーダまで至ったのか、詳しく追及されることなく自然に納得してもらえて助かった。
ひとまず、自分達がダイダロスから逃げてきた十字軍側の者である、ということをみだりに言いふらすのはデメリットしかない、ということはレキもウルスラも理解している。馬鹿正直に自分の身の上を喋るつもりは毛頭ないが、ついうっかり口を滑らせてしまう危険性はある。特にレキが。
「それで、冒険者ギルドはどの辺にあるデス?」
「そうね、この辺から近いのは学園地区支部ね。あそこは貴女達と同じくらいの年ごろの冒険者も多いから、すぐに馴染めると思うわよ」
「おおー、冒険者生活を始めるのにうってつけなの」
「ええ、学園地区は新人向けのお店も沢山あるし、活動するのならここが最適ね。王立スパーダ神学校の冒険者コースに入るのも、一つの手よ」
「学校なんてあるデスか」
「なんか素人っぽいの」
命がけの冒険者稼業を、わざわざ学校で学ぶというのは、イメージに反するようだった。特に冒険者の英雄譚などを描く娯楽小説を嗜むウルスラは、冒険者は自ら危険なクエストに挑んで、苦難を乗り越え成長していくという印象が強い。
「確かに、そういうイメージもあるけど、最近はあまり馬鹿にもできなわ。『エレメントマスター』の大活躍もあったから」
曰く、ほぼ駆け出し同然で冒険者コースへと入った『エレメントマスター』という冒険者パーティは、その後、瞬く間にランク5へと駆け上がり、史上最速の昇格記録を樹立したという。
イスキア丘陵で多くの学生を救出したことでランク5へと飛び級したというだけで、十分すぎるほどの異業だが、『エレメントマスター』を最も有名にしたのは、なんといっても第5次ガラハド戦争での活躍であろう。
「本物のスパーダの英雄よ。ふふっ、貴女達も、そんな風になれるといいわね」
「イエス!」
「私達の伝説はここから始まるの」
「でも『エレメントマスター』のリーダーはとんでもなく凶暴な男らしいから、二人はいつまでも良い子でいてね?」
「ふふん、それは約束できないデスね」
「私達は危険な女なの」
二人がすでにして死線を越えてきた、とはとても思えないだろう。彼女にとってみれば、レキとウルスラは思春期特有の万能感と特別感とに酔いしれた、微笑ましくも恥ずかしいお年頃真っ最中だとしか見えない。
「ところで、そろそろお昼時だし、ギルドへ行く前にランチを済ませていかない?」
「ランチ……そういう言い方もあるデスか」
お昼ご飯、とか子供っぽく言っていたらダメなのだと、密かにショックを受けるレキであった。
「うん、そろそろちゃんとしたモノが食べたかったの」
勢いで飛び出してきたも同然の逃避行だったから、ロクな食事を二人がとれていない。ガラハド要塞で提供された食事も、とりあえず腹を満たすだけの、さして味気ない残念なものであった。
ウルスラには、クロエからグラトニーオクト戦の前に託された、相当な額の金貨を持っているため、多少の余裕はある。大事なお金で贅沢をするつもりはないが、あまりに切り詰めた貧乏生活をわざわざ選ぶ必要もないだろう。
二人の実力があれば、冒険者としてすぐに食うに困らないだけ稼ぐこともできる。まだ子供ではあるが、クロエの手によって開花させた二人の才能は凄まじい。
「それじゃあ、行きましょうか。二人がスパーダへやってきた記念に、奢るわよ」
そうして、誘われるがままに昼食を食べに行くことになった。
二人は今まで入ったこともない、小奇麗なレンガ造りの店に入り、オススメされるだけある味の料理に存分に舌鼓を打ち、お腹いっぱいになると、なんだか、物凄く眠くなり……
「……ハッ!?」
ガタン、という大きな揺れで、レキは目を覚ました。
「ここ、どこデスか……」
ガタゴト、と揺れる狭い密室は、どうやら馬車の中であるらしいことは察しがついた。灯りはついてないので中は暗いが、複数人の気配が感じられることから、大人数を乗せて移動するタイプの荷馬車であるらしい。
馬車に乗った記憶など全くないレキは、意味不明な状況に困惑するより他はない。
「ウル! 起きるデス、ウル!」
「んっ、むぅ……あと五分」
「ウェイクアーップ!」
すぐ隣でもたれかかるようにして眠りこけていたウルスラを、とりあえず叩き起こす。
「ふわぁ……なに、どこここ……」
「なんだか大変なことになってるデスよ!」
「……わっ、な、なんなの!?」
寝ぼけた頭が覚醒したウルスラは、ようやく現状を認識したらしい。
「ねぇ、そこの二人、静かにした方がいいよ」
一緒にあわあわしていると、近くから少年の声が聞こえてきた。
「だ、誰デスか」
「怪しいヤツなの」
「あ、怪しくはないよ……僕は、君たちと同じだから」
「どういうことなの。ここはどこで、貴方は誰なの」
現状について事情説明できそうな人物がいることで、ウルスラは素直に聞いてみることにした。こういう時は頭の良いウルスラにお任せしようと、レキは口をつぐんで聞くことに徹した。年上なのに。
「僕はクルス。北のオルテンシアからここまで運ばれてきた。君たちと同じ、奴隷として売られる予定……といっても、君たちは運悪く連れ去られて捕まっただけのようだけど」
「ど、奴隷!?」
「ここに運び込まれた時、二人ともぐっすり眠っていたし、睡眠薬でも盛られたんじゃないのかな。知らない人から、食べ物とか飲み物、もらったりしなかった?」
心当たりなど、一つしかなかった。
「だ、だ、騙されたの……」
「あのファッキンビーッチ!!」
「オイ! うるせーぞガキ共! 静かにしてろぉ!!」
野太い男の怒声と共に、ガァン、と馬車の壁が叩かれる。
「ひっ」
「うっ、うぅ……」
レキとウルスラはその程度で眉一つ動かすこともないが、クルス少年の他に同乗している子供達、いわゆる奴隷は、怯えたようにメソメソと泣き声も漏らし始めていた。
少しずつ暗闇に目が慣れてきたお蔭で、二人も車内の様子が見えるようになってきた。ここには自分達も含めて十名ほどの子供達が乗っている。どれも幼い子供ばかりで、クルスだけが十台半ばといった年齢で、最年長だとすぐに分かった。
さらによく見れば、どの子も幼いながらも整った顔立ちをしており、いわゆる高級品として選ばれたのだと分かるのだが、そこまではレキとウルスラに察することはできない。
「気持ちは分かるけど、静かにしていた方がいいよ。奴らの怒りをかったら、何をされるか分からないからね」
怯えてはいない、が、全てを諦めきったようなクルスの声。
「ふん、奴隷として売られるなんて、絶対に御免デス」
「やっぱり、どこにでも悪い奴らはいるものなの」
「僕らはみんな、真っ当に売られたから、文句は言えないけれどね。でも、人さらいにあった君たちは、納得なんてできるワケないよね……」
思い返せば、レキとウルスラはあまりに無防備すぎたと反省点もあるだろう。
相応に見目麗しい少女が二人で、明らかに見知らぬ街を歩いている。一声かけて、ちょっと優しくすれば、相手が女性ということもあって何の疑いもなくついてくる。
聞けば、二人きりでスパーダにやって来たと話してしまった。つまり、何の身よりも、頼れる相手もいない、孤立した状況であると判断できる。今日スパーダへやって来たばかりの二人が、姿を消したとしても、誰も気にしない。そもそも、二人の存在を誰も知らないのだから、気にする者がいない。
奴隷商人と繋がりのあっただろう、あのエルフ女からすれば、とんでもないカモを見つけたといったところだろう。
人さらいに目を付けられた、二人に落ち度はある。だが、それだけで奴隷として売られて人生終了となるなど、到底、受け入れられるものではない。
「残念だけど、こうなってしまったら、もうお終いだよ。せめて、良い買い手が見つかるよう、神様に祈るくらいしか僕らにはできない」
クルスは、ジャラリと鎖のついた手枷で、両手を汲んだ祈りのポーズをしてみせた。奇しくも、十字教の祈りとよく似た格好である。
レキもウルスラも、反吐がでるような祈りの姿だ。
「ふん、レキはもう祈らないって決めてるデス」
「自分の運命は、自分で切り開くの」
そうして、クルスと同じく鋼鉄の手枷を嵌められたレキとウルスラは、すっくと立ち上がる。
立ったところで、この拘束された状態で何ができるというのか。たとえ、上手く手枷の錠が外せたとして、奴隷商人と護衛の傭兵に囲まれて移送中のこの状況下では、馬車から降りることすらままならない。
「危ないよ、二人とも、大人しく座って――」
バキンッ!! と、鋼の鎖を引き千切る音が、クルスの気弱な注意の声をかき消した。
「……えっ」
我が目を疑うとは、このことか。
目の錯覚でなければ、レキの手枷が千切れている。力任せに引っ張られて、鎖が歪んで千切れ飛んだ瞬間を見てしまったし、そして、耳の奥に音が残っている。
「ウル」
「お願いなの」
ウルスラが手枷の嵌った両手を差し出すと、レキは軽く掴んで――バキン、と再び鎖は砕かれた。
「レキ達はこんなところで、捕まってる暇はないのデース」
「クロエ様との再会を邪魔する奴らは、許さないの」
のしのしと揺れる車内を進むと、レキは固く閉ざされた後部の扉に向かって、大きく拳を振りかぶった。
レキとウルスラの油断によって、人さらいの奴隷商人に捕まった。だがしかし、この二人は鉄の手枷一つで繋ぎ止めておける、か弱い少女ではない。
彼らは予想すらしなかっただろう。捕らえた二人の少女は、狂暴なバルバドスの猛獣に、呪われしイヴラームの悪霊であると。
「さぁ、行くデスよ、ゴー、ファイアーッ!!」
閉ざされた馬車の扉を木端微塵に吹き飛ばし、二人は再び、自由への旅路を歩み始めた。
2017年』12月22日
今回で第32章は終了です。
ようやく、レキとウルスラの再登場でした。書籍外伝で書いていたので、個人的にはあまり久しぶりという感じはしませんが。
補足説明。二人がスパーダに到着した頃は、クロノがサリエル奴隷化の戦功交渉やマクシミリアンを手に入れた時期でした。13日にはプライドジェム討伐の緊クエを受けて出発しています。すっかり昔の話ですね。
すでに活動報告では書きましたが、書籍第6巻の発売が決定しました。詳細については、活動報告をご確認ください。どうぞ、よろしくお願いします!