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黒の魔王  作者: 菱影代理
第32章:修道会の影
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第638話 旅行プラン

「――さて、ようやく情報も出そろったところで、ルートを考えよう」

 屋敷のリビングで、大テーブルにパンドラ大陸の地図を広げて、みんなで頭を突き合わせる。

「最短ルートでいいんじゃないですか?」

「パンドラ南部は未開の地域も多い。最短ルートを割り出すことも難しい」

「リリィのディスティニーランドはこの辺だよー」

 まずフィオナの意見は真っ先に考えることだ。次いで、サリエルの言うように、その最短ルートを探ることに段階が進む。

 リリィは自分の知っている地名を探して遊んでいる。まぁ、何かあったら大人の意識で口を挟んでくれるようだから、このまま放っておこう。

「実は、ウィルから他の国にあるオリジナルモノリスの場所を教えてもらった」

「それって情報漏洩じゃないんですか?」

「パンドラ大陸では、モノリスには軍事的価値は認められておらず、宗教的、文化的価値のみとして崇められる存在。詳細な位置情報を集めるのは難しいが、知ること、教えることについて、特に罰則はない」

「そうじゃなければ、友達だからって簡単に教えてはくれないさ」

 少なくとも、ウィルはそこまで馬鹿な男ではない。俺がモノリスの重要性について話したからこそ、即座に情報を集めて教えてくれたのだ。

 そもそも、インターネットどころかテレビも電話もないこの異世界は、情報通信技術というのは魔法のお蔭でリアル中世よりはマシ程度のレベルである。モノリスに限らず、他の国のことまで情報を集めるというのは非常に難しい。

 その手間をウィルが省いてくれたというのなら……これ、真っ当に情報料を払うなら、結構な金額になるんじゃないのか。

 ウィルへのお土産は奮発しようと思いつつ、俺は地図にオリジナルモノリスの位置を印する。

「まず一つ目は、ファーレンの聖地『黒き森』」

 スパーダの隣国、ダークエルフの国ファーレン。

 国土の大半が森林に覆われているのだが、その中でも最も深い東部森林地帯が、『黒き森』と呼ばれ、不可侵の地であると神聖視されている。

『黒き森』を管理する、ファーレンの大神官の許可がなければ立ち入れないため、オリジナルモノリスが具体的にどこにあるかは不明だ。だが、この森にあるのは間違いないという。

「二つ目は、バルログ山脈の『鉄血塔』」

 パルティアを抜けた南側への壁、バルログ山脈にはドワーフの国『アダマントリア』があり、その王城の敷地内に『鉄血塔』という塔が建っている。特に立ち入り禁止の措置などはとられていないものの、王城内にあるというだけで、中に入るのは難しいだろう。

「三つ目は、ヴァルナ森海の『メテオフォール』」

 バルログ山脈を越えた先に広がる、巨大な熱帯雨林がヴァルナ森海。このジャングルは特定の国の領土ではなく、古来よりそこに住まう獣人種の部族が沢山あって、それぞれ縄張りとしているらしい。

 その中でも、ジャングルのど真ん中にありながらも、どの部族の縄張りにも属さない『メテオフォール』と呼ばれる巨大な滝がある。そこにはピラミッド型の古代遺跡があり、その内部にオリジナルがあるらしい。

 こっちはファーレンの黒き森とは違い、ちょっとした観光地と化しており、近づくのは簡単だが、内部への立ち入りは禁じられている。

「で、最後にカーラマーラ。オリジナルは、どうやら都市のど真ん中に堂々と突き立っているらしい」

 通称『タワー』と呼ばれる、カーラマーラの王城代わりの塔らしい。その一階、エントランスホールにオリジナルモノリスがある。

 これで本物の王城であれば、他の国同様に立ち入りは制限されるのだが、カーラマーラは王政ではなく、有力な大商人による合議制で運営されており、タワーはただの会議場という程度の役割しかない。

 タワーの所有者は、カーラマーラ議会の議長であり、一番の資産家でもあるザナドゥという男で、最上階が彼の住居となっている。タワー上層は議会場やザナドゥの商会本社として利用されているため、平時でも警備は厳重だが、低階層までは小売店や飲食店の集まるデパートかショッピングモールのようになっており、基本出入りが自由である。

 つまり、誰でも簡単に、一階エントランスのオリジナルに触れることができるのだ。

 なるほど、確かにコイツは、奪ってくださいと言わんばかりの無防備ぶりである。しっかり隠して管理しておけよ、というのは、モノリスの真価を知らない以上は仕方ないことか。

「三つのオリジナルはほぼ道の途中にあるようですが、全て回るとなると、かなりの寄り道になるのでは?」

「だが、それだけの価値はある」

「転移が可能、かもしれない」

 その通りだ、サリエル。

 リリィ曰く、転移できるモノリスおよび石碑『歴史の始まりゼロ・クロニクル』は、限られているという。つまり、どれからでも自由に転移が使えるワケではないのだ。

 例えば、リリィは泣き別れして寮を飛び出していった後、どうやら公園の広場にある『歴史の始まりゼロ・クロニクル』から、神滅領域アヴァロンの入り口にまで転移したのだが、あれは妖精女王イリスの導きがあったから可能となっただけで、今のリリィ一人では、同じように転移はできないという。

 他にも、パルティアでも黒化で取り戻したモノリスから、機甲騎士が逃げ込んだ先への転移は不可能だった。

 いくらリリィが天才でも、まだ全ての古代遺跡の機能を解き明かしているワケではない。使えるかどうかは、実際に調べてみるまで分からないのだ。

「けど、オリジナルモノリスなら、転移が使える可能性は高い。どこかしらには、飛べるはずだ」

「なるほど、他のが使えるなら、便利ですよね」

 転移が使えたとしても、飛べる場所が限られることもある。この辺は、地脈の流れが関係しているから、流れが変わって現在では繋がっていない場所には、自然と転移も不可能ってことになるはず。

 それでも、もしファーレンのオリジナルからカーラマーラまで転移できれば、一気に旅の目的を果たすことも可能だ。次のアダマントリアでも、ヴァルナ森海でも、転移できたなら十分以上に時間の節約ができる。行き道で三つとも回ってみる価値はあるだろう。

「それに、実際に各地のオリジナルは確認しておきたいし、調べるなら、サンプルの数は多い方がいいだろう」

「そうですね、スパーダとアヴァロンの二つ以外にも、もう少し見てみたいです」

「十分な解析時間をとることが望ましい」

 実は、もうスパーダ王城とアヴァロン王城のオリジナルモノリスは調査してきた。どちらも王城の地下で管理されているから、普通なら見ることもできないのだが……そこは、これまで培ってきたコネを最大限に生かした。

 ウィルとネルにそれぞれ頼み込めば、とりあえず見学くらいは許可されたのだ。一応は、古代遺跡の研究という真面目なお題目もある。実際、リリィとシモンはパンドラでもぶっちぎりで古代遺跡の秘密を解き明かしているのだから、あながち単なる建前でもない。

 一応の調査結果としては、どちらのオリジナルモノリスも、何百年、いや下手すれば何千年になるのか、ずっと黒色魔力に染まり続けたお蔭で、白くするにはかなりの時間がかかるそうだ。俺が黒化するまでもなく、芯まで漆黒と化している巨大な石版は、ひとまずこのまま置いておいても安心である。

 だからこそ、黒にも白にも染まっていない、グレーゾーンになっている、カーラマーラのオリジナルが最も危険なのだ。いやホント、そんなヤバイ状態のを堂々とエントランスに飾るのは止めて欲しい。

「スパーダとアヴァロンの間は、オリジナルで転移できそうでしたが、王城にあるから使えないのは残念ですね」

「今は封印状態にある方がいいだろう」

 ちなみにリリィの見立てでは、スパーダとアヴァロンのオリジナルは双方向の転移が可能という以外に、他の国まで飛べる地点はなかったという。せいぜい、アヴァロン王城からはディスティニーランドに転移できる、という程度。

 あとは、スパーダ、アヴァロンは自国にある通常のモノリスには王城側から転移できそうとのこと。しかし、モノリスから王城のオリジナルへは転移できない、一方通行の仕様らしい。

 どこが飛べて、どこがダメなのか、なんだかややこしい。一応、メモはしてあるし、リリィは完璧に頭に入っているだろう。天才なので。

「では、道中に三か所のオリジナルモノリスを巡るという方針で決まりですか、マスター」

「ああ、時間のことは心配だが……他のオリジナルも放っておくのも危なそうだ。もしかしたら、この中のどれかを、奴らが狙っているかもしれないし」

 各地に寄ることで、現地で修道会の動きがあるかどうか、ある程度だが調べることもできる。オリジナルでなくとも、ハイラムのように別のモノリスを狙う可能性もある、というより、こっちの方が高いだろう。

 恐らく、修道会の基本的な戦略は、まずは目立たない中型・小型のモノリスを確保することで、最低限の勢力基盤を形成し、その上で徐々に十字教勢力を拡大。最終的にオリジナルが手に入れば、その地域一帯の支配体制は盤石となる。

 いまだ十字教の脅威がパンドラ中に伝わっていない現状では、どこかしらで、奴らの勢力が台頭してくるのは避けられないだろう。ハイラムの一件は、奇跡的な確率で俺達が居合わせたというだけのこと。全ての芽を俺達だけで摘むことは不可能だ。

「これは、年内にスパーダには帰れそうもありませんね」

「ただでさえ長い旅路なのに、寄り道まですることになるからな」

「リリィは旅行、楽しみだよ! クロノと一緒に、色んなところに行きたいな!」

「……ハネムーン」

 やめろ、サリエル、俺はまだ結婚してはいない。

 無論、気持ちとしては結婚を大前提として真剣なお付き合いをさせてもらっているつもりだが……俺の立場が微妙に後ろめたくなる発言は、勘弁して欲しい。

 ともかく、予定が決まった以上、あとはもう行くだけだ。準備は万端、スパーダの友人達にも、別れの挨拶は済ませている。

「正直、俺もちょっと旅行みたいで楽しそうとか思う気持ちはあるが、何があるかは分からない。気合いを入れて、この旅を果たそう」




 白一色に染まった、輝く純白のモノリスは、転移機能を適切に発動させた。瞬間的に展開される、円形の魔法陣。瞬いた、と思ったらすでに消えている。

 そして、後に残るのは転移者だけ。

「はぁ……はぁ……お、おのれ、悪魔めぇ……」

 転移してきたのは、兜に一角獣ユニコーンのような角があり、赤いマントに、ノーマルタイプよりも装甲と出力を増した『機甲鎧ホーリーギア』のカスタム機を身に着けた、試験用機甲騎士団『アルファ小隊』を率いるノールズ司祭長である。

 パルティアの町ハイラムにある中型モノリス確保の任務を遂行中に、全く予期せぬタイミングで、因縁のアルザスの悪魔、クロノが現れた。

 あの男の力を、侮っていたわけではない。彼の脅威はアルザスの戦いという苦い経験から、ノールズ司祭長はよく知っている。だが、当時の記憶を鮮明に思い出しては、冷静に、あくまで冷静に、クロノ単独の戦闘能力と『機甲鎧ホーリーギア』を纏った機甲騎士の戦力を比較――今なら、この神の加護そのものといえる奇跡の鎧があれば、勝てる。

 だがしかし、現在のクロノが一年前とは比べ物にならない強さになっているとは、予想しきれなかった。更に予想外なのは、まさか同じ古代鎧、しかも明らかに自分達のものよりも高性能な鎧を装着していることだ。

 ノールズが人生で最も恨む怨敵クロノであるが、『機甲鎧ホーリーギア』の力を知るが故に、同じ鎧を操る悪魔の戦力を即座に見直し、撤退の決断を下せた。もし、判断が10秒でも遅れていれば、自分が逃げ延びることすらできなかったであろう。

「おやおや、酷い有様ですねぇ、ノールズ司祭長……よもや『アルファ小隊』が全滅とは。いやはや、悪魔の力というのは本当に恐ろしい」

「グ、グレゴリウス司教! いらしたのですか」

「ええ、貴方の帰りを、祈りながら待っていましたよ」

 モノリスの転移による発光が収まれば、この部屋はかなり薄暗くなる。決死の逃亡の直後で気が動転していたこともあり、闇に紛れるように立つグレゴリウスの存在に、ノールズは声をかけられてようやく気付いた。

「も、申し訳ございません、我らでは力及ばず……それに、優秀な部下と、貴重な『機甲鎧ホーリーギア』を失い、申し開きのしようもありません」

「いえいえ、貴方が無事に帰って来たお蔭で、良いデータがとれましたよ。本物の古代鎧を相手にした実戦データとあれば、ドロシー女史も大喜びでしょう――それと、勇敢に戦い、散った騎士達に、神のご加護があらんことを」

 神妙に祈りの言葉と共に十字を切ってから、グレゴリウスはすぐに元通りの胡散臭い微笑み顔に戻る。

「ハイラムのモノリスを抑えられたのは残念ですが、このパンドラには他にも沢山あるので、そう気を落とさないでください。すぐに、次の任務が始まるでしょう」

「はっ、次こそは必ずや、神の砦を打ちたててご覧にいれます」

 寛大な処置、というよりも、人材不足の面も大きい。

機甲鎧ホーリーギア』の稼働に耐える騎士は、まだまだ少数。ノールズは貴重な、優秀な装着者、機甲騎士である。

『白の秘跡』第四研究所から、次世代の新兵器として送られてきたのが『機甲鎧ホーリーギア』だ。現代の騎士鎧とは全く異なる原理を用い、強靭なパワーと、堅固な防御、そして全身鎧とは思えぬ機動力を発揮する、超人的な性能の古代鎧を解析し、完全にイチから造り上げたという。

 つまり、動くほど保存状態の良い古代鎧を発掘するのを待つことなく、現代の魔法技術と資源とで、量産が可能ということだ。装着者に求められる魔法適性や体力など、条件は厳しいが、現代の十字軍でエリートたる重騎士アーマーナイトが、全て機甲騎士となれば、その戦力増強の結果は計り知れない。機甲騎士は、重騎士の力と装甲、そして騎兵の速さ、おまけに魔術士の遠距離攻撃、全てを兼ね備えた最強の騎士である。何百、何千という数で騎士団が編成できれば、これまでの戦争の常識を覆しかねない。

 非常に有力な新兵器とあって、アリア修道会にも実戦試験の名目で提供されている。ダイダロスの十字軍総司令部にも、アリア修道会の活動は敵国内における諜報活動と地道な布教活動のみ、と伝えているのだが……『白の秘跡』のジュダス司教には、全てお見通しのようだった。

「しかし、あの悪魔に我々の目論見が露見したのは、非常にまずい状況なのでは」

 ノールズは、密かに思っていた最大の懸念を素直にぶつけた。

 アリア修道会が秘密裏に行っているモノリス確保作戦は、そもそもの狙いがパンドラの国々にバレていないから、有利に進めることができる。相手の狙いが何か分からなければ、対策のしようはない。しかし、モノリスを狙っていると分かってしまえば、あとはそこの守りを固めるだけで事足りてしまう。

 だからこそ、パルティアではモノリス狙いの意図を隠蔽するために、わざわざ魔族のならず者集団を利用した。一時的とはいえ、忌まわしい魔族と肩を並べることに激しい抵抗感と屈辱感もあったが、ノールズはこれも神の試練と思って耐え抜いた。

 そんな苦労も、どこからともなく現れた、悪魔クロノのせいで全て台無し。

「それも、気にするほどのことではありません。いずれ、近い内に露見することになるというのは予測……いえ、私の予言で分かり切っていたことですから」

 グレゴリウスに誘われてアリア修道会で活動を始めてしばらく経つが、いまだ、彼の言う『予言』の正体がノールズには見えてこなかった。しかし、グレゴリウスが自らの予言と称する時は、絶対の自信がある、ということだけは分かる。

 一体、この男にはどれだけ先が見えているのか。

「そして、あのクロノがモノリスの存在と意味を知ったならば、次に彼が目指すのは――うん、やはり、カーラマーラのオリジナルで間違いないでしょう」

「――ふん、ようやくマシな情報を吐いたわね、グレゴリウス」

 その時、まるで場違いな甲高い少女の声が響きわたった。

「何者だ、グレゴリウス司教様に対し、無礼な言葉は許さぬぞ!」

 アホな信者のガキが、たまたまここへ迷い込んだのか。ノールズは立ち上がり、上司たるグレゴリウスを背に庇うようにして、声の主へ視線を向けた。

「ちょっと、飼い犬の躾がなってないわよ。犬ってよりは、ゴリラだけど」

「いやぁ、これはどうも、申し訳ありませーん。彼はつい先ほど、命からがら逃げ出してきたところなので、まだ気が立っているのですよ」

「この私の行いは、全て神に許されているということ、よく叩きこんでおきなさいよ」

 ふふん、と大の大人を小馬鹿にするような声を漏らしながら、暗闇の先から、不遜な少女は姿を現す。

 そして、彼女の姿を目にした瞬間、ノールズは即座に膝を屈した。

「なっ、あ、貴女は……申し訳ございません、非礼を詫びます、どうかお許しを!」

 少女の正体は、一目でソレと分るほどに特徴的であった。

 その声に相応しい、勝ち気な表情と、見惚れるほどの美貌。翻る桃色の髪はキラキラと輝き、細くしなやかな少女の肢体を大きく晒す、改造された露出度の高い修道服。そんな過激な衣装でありながら、彼女の纏う圧倒的な白色魔力のオーラは、何よりもその存在の意味を雄弁に語っている。

「そう、私が第十一使徒ミサ。よく、この美貌を覚えておくがいいわ」

 高笑いをあげながら、ミサは厚底のヒールで、ひれ伏したノールズの頭を踏みつけた。

「よさないか、ミサ。そういう品の無い真似は」

「うっさい、このゴリラがあまりに頭も目も悪そうだから、躾けてあげたのよ」

 ガン、と一角の兜を蹴飛ばして、ミサは注意の声の主に振りかえる。

 そこにいるのは、長い金髪に青い瞳が輝く、ミサに劣らぬ美貌の少女、いや、少年であった。目立たない地味な十字教の法衣を纏っているが、その身に迸る白銀のオーラは誤魔化せない。

「まさか、第十二使徒マリアベル卿まで来ているとは……」

 使徒二人の揃い踏みに、ノールズは息を呑む。とても、顔を上げられる状況ではない。気のせいではなく、使徒から発する白色魔力のオーラが、ひれ伏した体に重い圧迫感をかけてくる。

 モノリスが稼働している室内にいるとはいえ、無意識に垂れ流す魔力の波動で、これほどまでの重圧。圧倒的に格が違う、化け物染みた存在であることを、ノールズは改めて体感していた。

「それで、ミサ、嫌な予感はするけれど、一応、君がどういう予定でいるのか聞かせてもらえるかな」

「はん、カーラマーラってところに行くに決まってんでしょ」

「はぁ……仇を目の前にしておきながら、どうして僕らがこんなところに居るのか忘れたのか。危険すぎる」

「アンタこそ、いざパンドラまで来てビビってんの?」

「力を過信するな。この地で第七使徒サリエル卿は討たれたのだ! パンドラ大陸では、神の加護も絶対じゃあないんだぞ」

「だからこそ、今がチャンスなんじゃない。いい、私が先にカーラマーラのオリジナルを抑える。それから、後でのこのこやって来る、アイツを殺す」

「そんな簡単に……」

「いやぁー、流石は第十一使徒ミサ卿! 完璧な作戦ですねぇー」

 マリアベルが反論の口火を切ろうとする矢先に、グレゴリウスが言葉を割り込ませる。

「大胆にして、実に合理的! 使徒の力を十全に活かし、憎い仇を打ちつつも、新たな信仰の地を得る、素晴らしい作戦計画ですよ!」

「ふふん、そうでしょ」

「つきましては、ミサ卿の作戦行動に伴って、我々アリア修道会も全力をもってお手伝いさせていただきたく――」

「ミサ! 考え直せ、こんな男に乗せられて、わざわざ余計な危険を冒す必要はないはずだ!」

「うっさいわね、それじゃあいつまで待ってれば、悪魔の首がとれるっていうのよ!」

「僕とミサ、使徒が二人揃えば、十字軍のスパーダ攻略は早まる。ガラハド要塞に攻め寄せれば、必ずあの男も現れる……そして、サリエル卿が倒れた因縁の地にて悪魔を討ち、その無念を晴らすんだ!」

「ふん、私は待たされるのが大嫌いなの。アンタはせいぜい、ダイダロスでお兄ちゃんと一緒にダラダラやってればいいわ。サリエルの仇は、私が一人で討つから」

 ミサはもう語るべきことはないと言わんばかりに、そのまま背を向けて出て行った。マリアベルは一瞬、追いかけるかどうか悩むような素振りを見せたが、一度ああなった彼女が容易に自分の意見を翻すことはないと思い至り、これ以上の会話は諦めたようだ。

「ミサは馬鹿だしワガママだけど、あれでも大切な使徒の仲間だ。グレゴリウス、もし彼女をお前の野心のために、都合よく利用するようなことがあれば……その時は、僕がこの手で神の裁きを下す」

「ははっ、心しておきます、マリアベル卿。神のご意思に沿えるよう、聖なる使徒へ心からご奉仕すると、誓ってお約束いたしましょう」

 まるで打っても響かない、恭しく頭を垂れるだけのグレゴリウスを険しい視線で睨みつけてから、マリアベルもまた、退室していった。

「……グレゴリウス司教、使徒が二人も来ているなど、まるで聞いていませんでしたが」

「ええ、そりゃあ、言ってませんし。それに、二人はどうやら、勝手に来たようですよ。司令部からは何の連絡もありませんでした」

「それはまた、何故」

「決まっているでしょう、第七使徒サリエル卿の仇を討つ。つまり、つい今しがた貴方が戦ってきた、アルザスの悪魔、クロノ、あの男を殺すためだけに、わざわざやって来たということ……いやぁ、実に感動的な話ではありませんか。まだ年若き使徒が、仲間の仇を討つために、自ら行動を起こす。いいですね、羨ましいですね、その迸る熱いパトスは若者の特権ですよねぇ」

「まさか、サリエル卿が死んでいると、嘘を吹きこんで?」

「いいえ、第七使徒サリエル卿は死にました。白き神の加護を失った時点で、使徒は死ぬ。死んでいなければならないのです――第七使徒の戦死は、十字軍の公式見解とは貴方もご存知でしょう?」

 だが、加護を失いただの人間に戻ったサリエルという少女が存在することは、紛れもない事実でもある。

 十字軍としても、十字教としても、元使徒が敵に寝返った、などとは史上稀にみる醜聞だ。死亡したのだと公表するのは当然の措置だが……

「いずれは、露見することではないのですか」

「んふふ、それもまた運命というものですよ。果たして少年少女が、かつての友が悪魔の隣にあると知った時、どんな思いを抱き、選択をするのか――うーん、流石に私も予言はできないですねぇ」

 どこまで手綱を握るつもりなのか。全く分からないが、それでも、グレゴリウスが使徒二人を利用する気だというのは、これ以上ないほど伝わってくる。

 にこやかにそう語るグレゴリウスは、ようやく必要な駒を手に入れたような顔で笑っていた。

「さて、ミサ卿の長旅に、こちらの準備と、色々と忙しくなりそうです。それでは、今日も元気に神への奉仕に励もうではありませんか」

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[一言] 全部のモノリスを回るまでにとんでもなく長い話数がかかりそうで怖いw
[気になる点] ノールズはクロノがサリエル倒したことを知っているのにも関わらず1年前とは比べ物にならないほど強くなってるとは予想できなかったって無理がありすぎるのでは
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