第637話 旅支度
紅炎の月30日。俺は一人で、ストラトス鍛冶工房を訪れていた。
「カーラマーラ、ですか……それはまた、随分と急な話ですね。パンドラ大陸の端っこではないですか」
レギンさんには、ざっと今後の予定を話しておくことにした。カーラマーラへの旅に出れば、しばらくここを訪れることもなくなってしまう。
「ええ、ちょっと急ぎの事情がありまして」
「それにしても、大変ですねぇ。出発はいつごろの予定で?」
「来週には、もう行こうかと」
「そうですか、うーむ、残念ですが、今の私に用意できたのは、例のバスターソードだけとなりますね」
俺が今まで討伐してきた、試練モンスターの素材には、まだ多少の余りがある。グリードゴアの重岩殻に、最近ではカオシックリムが一体丸ごと手に入っているのだ。
前々から、新しい武具に利用したいと思っていたが、なかなか決まらなかった。シモンやレギンさんにも相談に乗ってもらったが、面白い意見がどんどん出てくるので、かえって悩むことになったりもした。
ともかく、議論の末にひとまず決定となった武器の一つだけは注文している。頼んだのは、ちょうどカオシックリム討伐に向かう直前の頃だったか。
リリィ戦には注文の品は間に合わなかったが、今回ようやく完成と相成った。
「いや、これだけでもあれば、十分です。見せてもらえますか?」
「ええ、勿論。では、少々お待ちを」
と、いつものように工房から、カートでガラガラと新しい武器をレギンさんが運んでくるこの瞬間は、ワクワクするもんだ。
「ご注文の通り、とにかく頑丈なバスターソード、です」
もったいぶらずに紹介されたのは、灰色の大剣である。
拵えとしては、スパーダ伝統のグラディウス型で、特に飾り気もなく、実用性重視の無骨な作り。だが、両刃の長大な刀身は鉄板に思えるほど、刀身の幅が広く、また、分厚い。リリィくらいの子なら、刀身に隠れられそうなくらいだ。
この鈍色に輝く巨大な刀身は勿論、その巨体故に、かなりの量があったグリードゴアの重岩殻をふんだんに使って、金属として錬成した複合金属、『ザ・グリード』と同じ素材となるグリードメタル製だ。とにかく頑丈に、とは俺が頼んだ通り。そして、いまだに傷一つつかずに無茶な戦いぶりについてきてくれる『ザ・グリード』を思えば、この大剣の耐久力にも期待が持てる。
「何本できました?」
「全部で24本ですね。余りの方は、インゴットにしてあります。『暴君の鎧』用の予備パーツに加工するのは、まだこれからになりますよ」
とりあえず、今回の注文でグリードゴア素材は使い切った形となる。
「ところで、剣の銘はどうします?」
「名前は特にないですね。コイツは、魔剣用の剣ですから」
このグリードゴアのバスターソードを、全く同じ拵えで複数作ってもらったのは、魔剣専用として使うためだ。
今まで魔剣は基本的に、金銭面でも準備の面においても、安物の量産品を大量購入で賄っていた。だから、『裂刃』でミサイル代わりに使い捨てることにも、さして抵抗はない。
だがしかし、本来の魔剣の運用法である、遠隔操作による剣での直接攻撃、という面においては、いくら黒化させたといっても、安価な粗悪品を元にしている以上、あまり効果的とは言い難い。大体、全方位からの攻撃に対処できるほどの腕前を持つ相手なら、あっさりと破壊されてしまう。あの実験施設から脱出する時にサリエルと戦って以来、魔剣は毎回壊されるイメージあるし。
そういうワケで、今回は使用武器の改善によって、魔剣を強化しようという方針だ。
剣が頑丈になれば、これまでは足止め程度しかできなかった相手でも、きっちり倒すところまでいけるかもしれない。倒さずとも、破壊されずにずっと相手に付き纏い続ければ、十分な時間稼ぎや、隙を作り出すことも可能だ。
また、防御面でも活用したいと考えている。基本的に、両手に武器二本持ちの俺は、盾を取り出して構えるほどの余裕がない。だが、魔剣で代用できれば、一気に問題は解決。
盾代わりに使うことを考慮してあるから、普通のバスターソードよりも、刀身の幅を厚くしているのだ。これが俺を守る盾であり、または、別の誰かを守るための盾にもなるはず。
「でも、コイツを使うなら――『大魔剣』ってところですかね」
「満足していただける性能が発揮できれば、幸いですよ」
その点は大丈夫だろう。レギンさんの腕前は信用しているし、なにより、実際に手に取って見れば、分かる。
「この剣は、素材の強度だけに頼って、一切、魔法は付与しておりません。剣として非常に単純な作りですから、手入れは簡単ですし、破損しても、どこの鍛冶屋でも修理できますよ」
メンテナンスも楽チンとは、ありがたい。これなら旅先で壊れても、すぐに修理ができる。
魔法剣や、特殊な力を持つ剣は、強力ではあるが、扱える職人の数は限られる。長い旅路や、長期戦になるほど、簡素で頑丈な武器というのは真価を発揮してくるのだ。カイが頑丈な大剣一本にこだわっている気持ちも、分かる気がする。
「ありがとうございます」
「いえいえ、私も楽しいお仕事をさせていただきましたよ」
俺は24本ものグリードゴア剣を、黒化しながら影空間へと収納していく。デカいし数もあるしで、流石に少々、時間もかかった。
「ところで、クロノさんは、旅の途中でアダマントリアへ寄る予定だとか」
黒化作業の片手間で、呑気に茶飲み話に興じている途中、不意にレギンさんが切りだした。
「ええ、そうですけど」
「私、アダマントリアが故郷でして。古い友人に、腕のいい鍛冶師がいるんですよ」
そうだったのか。アダマントリアはドワーフの国だから、レギンさんがそこの出身というのは特におかしな話でもない。アダマントリアを出て、他の国で鍛冶師として活躍するドワーフも多いという。
「彼なら、呪いの武器も含めて、メンテナンスもできますし、素材次第では新しい武器を注文してみるのもいいでしょう。よろしければ、紹介状を書きますが」
「なんだか旅先でも世話してもらうようで、悪いですね。いいんですか?」
「いえいえ、むしろ手紙を届けてもらう私の方が、依頼料を払わなければいけないくらいですよ」
国外となれば、手紙一通届けるだけでも大変だからな。郵便物を届ける仕事を、ついでのように引き受ける流れの冒険者も多い。
今回はいつもお世話になっているレギンさんの頼みとなれば、断る理由はない。単純に手紙を届けて欲しいというだけでも、俺は喜んで請け負っただろう。わざわざ、金をとるつもりはない。その鍛冶師の紹介料で配達料がイーブンということで。
「それじゃあ、よろしくお願いします。手紙も必ず届けます」
「ありがとうございます」
そうして、俺はレギンさんから、手紙と紹介状を託された。
それにしても、これは一種のサブクエスト、というやつなのだろうか。
昼には屋敷へと戻り、昼食をとる。オムライスだった。
サリエルが、まだまだ新人メイド&執事である、ホムンクルスの二人組にキッチンで色々と指導しているらしく、調子に乗ってヒツギもあーだこーだと口出ししている模様。なので、食堂には俺とフィオナの二人きり。
「フィオナの方は、どんな準備しているんだ?」
カーラマーラへの旅が決まったことで、それぞれ準備に手を付け始めている。俺が今朝、ストラトス鍛冶工房に行ったのも、その一環である。
「私は工房で、『無限抱影』を作ってます」
「それって、リリィとの戦いで使ってた、空間魔法のマントだよな?」
「ええ、上々の効果でしたので。クロノさんの分ですよ」
「えっ、俺の?」
「私の分は、別に壊れてないですし」
そういえば、フィオナは負けたけど、あのマントそのものは破損してなかったよな。
「空間魔法破壊の対策として、複数の収納用魔法具に分けて装備品を持つ、ということですし、ちょうどいいと思って」
「そうか、確かに、まだ大したモノは用意できてないから、あると助かる」
ついでに言えば、密かにアレ、いいなーと思ってた。マント、カッコいいよね。
「そうですか」
「ああ、費用は幾らだ? マンティコア討伐の報酬もあるし、即金で用意できるぞ」
「無粋なことは言わないでください。プレゼントですから」
「お、おう」
それとなく、強い押しを感じる言葉に、ちょっとどもる。もしかして、雰囲気で察して欲しかったってことか。
すみません、鈍感で。まだ改善の見込みはないようです。
白金の月3日、夜。この日は所用があって再びアヴァロンを訪れていた。そしてそのついでで、俺とサリエルはディスティニーランドへとやって来た。正確には、用事があるのは天空戦艦シャングリラの方である。
ここでのリリィはやるべき仕事が沢山あるようで、案内役に完全武装のホムンクルス兵をつけて、後のとこは俺とサリエルの自由行動に任された。この巨大な空飛ぶ戦艦の中を、隅々まで探索したいという男の子心はあるものの、遊んでいるほどの時間もないので、俺は黙ってサリエルと共に目的地まで真っ直ぐ向かった。
到着したのは、勿論、武器庫である。
「最高の保存状態。全て使用可能」
「基本的に時間が止まってたらしいからな。ほとんど、当時のまま残ってるそうだ」
サリエルがラックに並んだホムンクルス兵御用達のライフルを手に取って、品質の良さを絶賛。
空は飛べなくても、機能はまだ生きているシャングリラはディスティニーランドを含む範囲内を、『コキュートスの狭間』のような時間を停止させる効果のある結界を展開し続けていたという。だから、周囲一帯が朽ち果てた廃墟と化しても、ここだけは綺麗に残っていた。その内側に保管されている、古代の遺物も全て含めて。
高ランクダンジョンの古代遺跡の奥地には、このように当時そのままの状態で残っている場所というのはあるようだ。まぁ、この場所も神滅領域アヴァロンの奥地といえば、その通りなのだが。
「それにしても、銃に興味なんてあったんだな」
「魔法武装の選択肢として、有力な候補」
「『反逆十字槍』があれば、他の武器はいらないんじゃないのか?」
「使徒の力があれば、それが最適な武装だった。ですが、当時よりも能力に劣る今の私には、それを補うための武器が新たに必要となる」
確かに『暗黒騎士・フリーシア』の加護を得て、高い戦闘能力を誇るものの、流石に白き神の使徒には及ばない。
その差を少しでも縮めるための、良い武器を求めて、というのが今日ここへとやってきた理由である。
サリエルくらいの実力者となれば、下手な武器を持っても役には立たない。ナマクラな刃よりも、自分の手刀の方が鋭いような奴だからな。
とりあえず第七使徒の頃から愛用だった槍、今は黒く染まった『反逆十字槍』があるから、近接用の武器はいらない。あっても、予備としてのサブウエポンがあればいい。
求めるべきなのは、魔法用の武器。普通に考えれば長杖か短杖、ちょっとテクニカルに魔道書、あるいはリリィのように魔石をそのまま使用、といったところ。
だが、俺と同じく黒色魔力を扱うサリエルならば、銃という選択肢も生まれる。魔弾は黒魔法としては基礎的な攻撃魔法だ。当然、サリエルも使えるし、というか使ってるし、これを強化できる魔法の銃があれば、最も手っ取り早く魔法攻撃力が増強できるわけだ。
「……」
銃を手に取り、じっと見つめるサリエルは、真剣な眼差しのような、全く無関心なような。無表情だしな。
俺も折角なので、じっくりと武器庫を見て回る。
ハンドガン、サブマシンガン、アサルトライフル、ショットガン、スナイパーライフル、さらにはグレネードランチャーやロケットランチャーのような武器が一通り揃っているから、黙って見ているだけでも楽しい。
うーん、使ってみたい。でも、わざわざ実戦で使うほどの威力はない。『デュアルイーグル』と『ザ・グリード』があれば十分だし、これ以上、俺が銃を持ってもあまり意味はない。
でも、趣味として欲しい。後でリリィに、貰ってもいいか聞いてみよう。
「どうだ、サリエル、良さそうなのはあったか?」
「はい、決めました」
と、彼女が示したのは、二つのデカい銃である。
「機関銃とスナイパーライフルか」
「『EAヴォルテックス』機関銃。大口径の魔弾を連射、かつ、長時間の射撃に耐えられる構造。マガジンはエーテル充填式で、直接、黒色魔力を流せば補給が可能」
機関銃を手に、スラスラと説明するサリエル。案内役のホムンクルスから教えてもらったのか、それとも、自分で見た分析結果か。
なんにしろ、この『EAヴォルテックス』というらしい機関銃は、俺にとっての『ザ・グリード』のように、とにかく大量に弾をバラ撒く際には役立つだろう。
「『EAヘヴィーレイン』狙撃銃。長い射程と、優れた消音機能を持つ。さらに、マズルフラッシュや火線まで消します」
えっ、なにそれ、凄くない? スナイパーって、発砲したら場所が特定されて危険な一発勝負の緊張感、みたいなイメージあるけど、音も出ないし、マズルフラッシュも火線も消せるとか。
相手は着弾で射撃方向を特定できなければ、二発目、三発目、とどんどん許すことになる。敵に位置を悟られないための機能が組み込まれているとは、なんて優秀な。
「他のはいいのか? ロケランとかもあるけど」
「グレネードランチャー、ロケットランチャーは、共に専用の弾頭が必要。弾数に限りがあるなら、詠唱して中級以上の攻撃魔法を行使する方が効率的です」
そういえばサリエルは、普通に魔法の詠唱もできるから、上級範囲攻撃魔法も撃てる。このロケランが、フル詠唱の上級攻撃魔法を遥かに超える威力を持つなら価値はあるけど、同程度の威力に留まるなら、わざわざ持っていく必要はない。それなら、ホムンクルス兵にでも使わせた方が役に立つだろう。
「必要な武器は手に入りました。お付き合いいただき、ありがとうございます、マスター」
「いや、俺なんもしてないけどな」
ただ何となく、ついて来たくてついて来ただけだし。
「スパーダへ帰るまで、まだ時間があります。シャングリラ内の探索をしますか?」
「心を読まれてる!?」
「探索、しますか?」
「する!」
俺の男心が筒抜けだったサリエルの気遣いに甘えて、好奇心の赴くままに、天空戦艦探索を決行。スパーダにはリリィと一緒に帰る予定だから、彼女の仕事が終わるまでは、俺達はフリータイムなのだ。たまには、遊んだっていいだろう。
結局、シャングリラ内だけでなく、ディスティニーランドの中もグルっと一周してきた。主にリリィの手によって崩れていたランドの施設も、ホムンクルス達の手によって少しずつ復旧させているようだった。
俺とサリエルがフラっと近くを通ると、全員がひれ伏してちょっとビビった。きっと俺がご主人様設定されているから、ああいう対応なのだろう。
とりあえず、無駄に偉いだけの人は現場の邪魔にしかならないので、そそくさと退散した。
そうして、心行くまで探索を楽しんでから戻ったら、幼女のリリィがむくれていた。
自分だけ仕事で、俺とサリエルが二人で遊んでいれば、そりゃあ不機嫌にもなるか。ごめんな。