第636話 政略結婚(2)
ある日の晩、スパーダの第二王子ウィルハルトと第三王女シャルロットは王城で密かに父、レオンハルト王に呼び出された。
「ごきげんよう、ウィルハルトお兄様」
「シャル、随分としおらしくなって……そんなに父上のお仕置きが堪えたか」
「うるさいわね。私だって、もう子供のままじゃあいられないんだから」
「ふはは、ぬかしおる」
「ふん!」
お姫様らしい言葉遣いは、最初の挨拶一言だけ。ウィルハルトは痛烈に脛を蹴られて、しばし悶絶。妹の態度にさして成長が見られないことが、残念やら安心するやら。
勝手にガラハド戦争に参戦したことを父に咎められ、帰ってからは王城で実質の軟禁状態だったシャルロットであったが、まだまだその荒い気性を矯正するには至らない模様。
「だが、子供のままではいられないとは、その通りであるな。我も、お前も」
「そうよ、私はもう立派なスパーダ騎士なんだから」
ウィルハルト同様、シャルロットも正式にスパーダ軍へ入ることが決まり、学生から騎士となることで、多少なりとも意識が変わってもいるようであった。
「でも、安全な王城務めのアンタと一緒にしないでよね。私は次もガラハドで、侵略者共にスパーダの赤雷を喰らわせてやるんだから!」
「くれぐれも、功に逸って勝手な行動は慎め」
「アンタにだけは心配されたくない!」
「まぁ、エメリア将軍が目付け役ならば、問題はないであろう」
シャルロットの雷魔法の才能は類まれなものであるが、その力に頼るつもりなどレオンハルト王には毛頭ない。とりあえず置いておいて、士気向上になれば姫としては上々の仕事ぶりであろう。本人は張り切っているが、配属された第二軍『テンペスト』において、彼女に戦場での出番を作ることは一切ないとウィルハルトは知っている。
万が一、勝手な行動を起こしたとしても、シャルロットよりも遥かに強力な雷龍の加護を持つエメリア・フリードリヒ・バルディエル将軍は子猫でもあやすように、軽く首根っこを掴んで連れ帰ってくれるだろう。
ともあれ、戦闘能力は皆無だが頭脳を買われるウィルハルトは安全な王城務め、優秀な雷魔法の使い手であるシャルロットは戦場に立つ騎士の一人として、それぞれの職務へ真剣に向き合っていることは確か。思想の違いはあれど、二人とも立派にスパーダ王族としての義務を果たそうとしているのだ。
「ねぇ、何で呼ばれたか、聞いてる?」
「案ずるな、我も共に呼ばれたということは、シャルがお叱りを受ける展開ではないということ。堂々とその薄い胸を張って、父上の前に立つが良い」
「死ね!」
再度、兄の脛を蹴飛ばしつつ、二人は仲良く並んで、レオンハルト王の待つ部屋へと向かった。
「失礼いたします」
「うむ」
とっくに陽も暮れ、夕食も終わった時刻。レオンハルトは眠る前の僅かなプライベートの時間を割いて、こうして、二人の子供を呼び付けた。
元より寡黙なレオンハルトは、ただ黙って二人が席につくのを待つ。
そして、席についてからも、しばしの間、無言。
まるで、ロクに口も利かなくなって久しい冷めきった親子のような気配だが、そこにあるのは気まずい沈黙などではない。
ウィルハルトもシャルロットも、押し黙る父の様子を見て、即座に察する。口数は少なくとも、口下手ではないことを二人は知っている。ここまで黙っているということは、よほど重大なことを話そうとしているのだ。
自然と、緊張感が増していく。
「……父上、話とは」
沈黙を破ったのは、ウィルハルト。緊張に負けて焦れたのではない。
こちらから口火を切らなければ、あの父上でさえ言いよどむほどの内容であると察したが故。
そして、その短くも明確な問いを息子から受け、ついにレオンハルトは口を開いた。
「お前達、二人の婚約相手が正式に決定した」
予想はしていた。
今後の人生を左右する、重大な内容……しかし、こう切り出されて、緊張の面持ちなのはウィルハルトだけ。隣のシャルの顔は、隠すつもりもなくキラキラと輝いている。
そりゃあそうか、幼いころからずっと慕っていた、ネロとの婚約が決まったようなものである。誰と結婚するか分からないのは、ウィルハルトだけなのだから。
覚悟はしていても、それでもウィルハルトは黒き神々に祈りを捧げられずにはいられなかった。
運命の相手は、直後に父の口から語られた。
「ウィルハルト、お前はアヴァロンの第一王女ネル・ユリウス・エルロードと婚約する」
「……はっ?」
「は、はぁーっ!?」
二人の劇的な反応を意に介さず、レオンハルトはさらに続けた。
「シャルロット、お前はガラハド戦争の英雄、冒険者クロノと結婚してもらう」
どこまでも鎮痛な面持ちで、父は、目の前の息子と娘に語った。
「ネルは、スパーダの第二王子ウィルハルト・トリスタン・スパーダと婚約することに決まった」
「……え?」
「はぁ?」
半ば呆然とした反応の、娘と息子。ネルとネロのリアクションに構わず、父、ミリアルド王はさらに言い切る。
「ネロは、ルーンの第一王女ファナコ・ゴールドサン・ルーンと婚約する」
「どういうことだっ!」
声を荒げたのは、ネロ。妹はまだ現実を受け止めきれていないように、頭が真っ白となって硬直したままだ。
二人の反応は、半ば予想はしていたのだろう。ミリアルド王は険しい剣幕のネロに対しても、冷静に語る。
「落ち着け、ネロ。お前達が混乱するのも、無理はないと思うが」
「どう考えてもおかしいだろうが。ネルがウィルと、わざわざスパーダの王子と結婚する必要はねぇ……ずっと前から、俺とシャルが婚約することで、スパーダと話はついているはずだ!」
「シャルロット姫は……あの冒険者、クロノと婚約させると聞いた」
「なっ!?」
更なる驚愕に、言葉を失うネロ。
だが、次の瞬間に動いたのは、ネルであった。
「な、なんで……どうして……どうしてっ、シャルがクロノくんとぉーっ!!」
「うわあっ、ネル、ふぐぅううううっ!?」
「お、おい、よせっ、ネル!」
発狂したような叫び声をあげて、対面に座る父親の胸倉に掴みかかった娘。突然のネルの凶行に、ミリアルド王は信じられないものを見たというような驚愕の表情だったが、この危険な反応に半ば納得できるネロは、即座に彼女の手を止めた。
自分達はランク5冒険者だが、この父は無力な一般人並みの力。今や古流柔術の達人であるネルが加減を忘れて掴みかかれば、首がポロリととれかねない。
さりげなく制止するように見えながらも、ネルと同じく古流柔術の術理をもって、妹の手を止めることにネロはどうにか成功した。
「ああああああっ! なんで、どうして、クロノくんは、私の――」
「やめるんだ、ネル、落ち着け!」
「ぜぇー、はぁ……はぁ……」
一瞬とはいえ凄まじい力で胸元を締め上げられたミリアルド王は顔面蒼白で荒い息を吐く。一方で、暴れるネルをどうにかこうにか抑えるネロ。
「ああ、うぅ、あぁああああ……」
「ネル、お前は頭を冷やしてこい。火の社に行って、ババアに話を聞いてもらえ」
「うぅ……お兄様……はい、そうします……」
大泣きに泣きながらも、どうにか理性を取り戻したネルは、フラフラと退室していった。その姿は非常に心配だが、ひとまずベルクローゼンに任せておけば落ち着くことはできるだろう。
また、あまりに取り乱したネルの姿は、かえってネロにも落ち着きを戻してくれた。
「……はぁ」
ネルが出て行った扉を見つめながら、大きく深い溜息をついて、ネロは席へと座り直した。
「それじゃあ親父、聞かせてもらおうじゃねぇか。納得のいく説明ってヤツをな」
「こういう話は、心から納得がゆく方が少ないものだがな」
ミリアルド王は乱れた襟元を正しながら、疲れたように口を開いた。
「この婚約関係、事の発端はシャルロット姫の結婚相手が、お前からクロノへと変わったことにある」
クロノ、クロノ、またクロノ。どうしてこうも、あの男は自分の行く道の邪魔ばかりするのか。
まだ話は切り出されたばかりだが、ネロは内心で舌打ちどころか、呪いに似た憎悪を早くも抱き始めている。
「第5次ガラハド戦争については、私よりも、むしろあの場にいたお前の方が詳しいだろう」
「ふん、別に、大したことはなかったぜ」
「かなりの激戦だったと聞いている……あのレオンハルト王が、この私に不安を打ち明けるほどにな」
ミリアルドとレオンハルトの関係は、ただ国王同士というだけでなく、学生時代の友人、いや、親友といえるほどの深い交友関係にあったということは、ネロも知っているし、両国でも有名な話である。戦後、レオンハルト王がアヴァロンを訪れる機会は幾度かあった。その折に、婚約の件も含め、話は進めていたのだろう。
「十字軍の脅威はダイダロス以上だと、レオンハルト王はとても危険視している」
「それが、どうアイツとシャルが結婚するって話に繋がるんだ」
「冒険者クロノ、彼の戦闘能力は一国の姫君を差し出してでも欲しい。そう、レオンハルト王が決断したのだ」
「馬鹿馬鹿しい」
ネロの主観を抜きにしても、正しく『馬鹿馬鹿しい』判断だといえるだろう。いかに優秀な人物とはいえ、ただの平民相手に結婚相手として差し出すならば、せいぜいが下級貴族の娘がいいところ。
シャルロットは三女であるが、スパーダ王家という血筋は、相手が上級貴族でもおいそれと嫁にやれる立場にはない。
「確かに、他の国では無茶な話だろうが、スパーダは建国以来、武の国である。国王が認めるほどの武勇を示したとあれば、姫を差し出すことも不思議ではない……事実、アイツは『バトルオリンピア』で優勝することで、平民の女を娶っているのだからな」
四年に一度開催される、スパーダ最大の剣闘大会、それが『バトルオリンピア』である。
プロの剣闘士は勿論、現役のスパーダ騎士から高ランク冒険者、果ては腕自慢の一般人まで含め、過酷な大規模トーナメントを征し、見事優勝を果たした者には、その武勇と栄誉を称え、スパーダ国王が願いを一つ叶える、というものだ。
そこで、若きスパーダ王子レオンハルトは、身分を隠して優勝することで、無茶な婚約を父親に認めさせたのだった。
そんな男であれば、強さを認めれば、娘の一人をくれてやることもやぶさかではないと、ミリアルドは思っている。
「それだけが理由とは思えねぇな。スパーダなら、幾らでも美人は揃っているだろう」
それこそ、シャルロットよりも美しく、女性的な魅力に溢れた未婚の令嬢に何人か心当たりがある。クロノという男を引きこむならば、必ずしも王女でなくともよいはず。むしろ、互いに悪印象しか持たないであろう、クロノとシャルロットの組み合わせはとても最善手とは思えない。
「鋭いな、ネロ、その通りだよ。最初は、他の有力貴族との婚姻を計画していたそうなのだが……シャルロット姫を伴侶に、という案はパンドラ神殿の後押しが強かったらしい」
「どうして神殿の連中が口を挟む」
婚約の相性や将来の家庭を占うのは、どこの国でも伝統ではある。中には、神殿の占いを重要視する国もあるが、少なくともスパーダではそこまでの影響力はないはずだった。
「よほどの吉兆が出た、それこそ、黒き神々から神託を賜ったのかもしれない」
「神、か……」
まさか、これもクロノの邪神が運命を歪めた結果なのか。ネロの背筋に悪寒が走る。
「流石に、詳しいことは何も漏らさなかった。レオンハルト王の固い決意をみると、何らかの確信があるようだった……冒険者クロノ、彼の身元はダイダロスで冒険者ギルドに登録する以前は、全く不明だという。もしかすれば、そこに秘密があるのかもしれない」
「奴が、竜王ガーヴィナルの息子だとでも?」
「ありえない話ではないだろう。後のことを考えれば、尚更だ」
もしもクロノがダイダロス王ガーヴィナルの息子だとすれば、スパーダは十字軍を駆逐した後のダイダロス統治も視野に入れていると考えられる。
竜王ガーヴィナルは、幾度もスパーダ侵攻を試みた好戦的な王ではあるが、暗愚ではなかった。ダイダロス国民からの支持率は高く、圧政というほど酷い噂は特に聞いたことはない。
民に不満がなければ、支配者の交代に大義名分はなくなる。
今、十字軍からダイダロスを解放したとしても、長らく敵対関係にあったスパーダの統治を素直に国民が受け入れるのは難しい。
しかし、その先頭に立つのが竜王ガーヴィナルの息子、本物のダイダロスの王子となれば、話は変わるだろう。
そして、その王子がシャルを妻とする親スパーダ派であるなら、これほどやりやすい状況はない。
「スパーダがダイダロス領の獲得を狙っている、ってことか」
「レオンハルト王に、そこまでの野心はないと思っていたが……状況が揃えば、王として国土を拡大するチャンスを見逃すことなどありえない」
スパーダがダイダロス領全土を手にすれば、パンドラ大陸で最大の国家が誕生する。これまでスパーダはダイダロスの侵略から中部都市国家群を守る盾としての役割を続けてきたが故に、その成長戦略にも限界があった。強大な軍を維持し、ガラハド要塞の堅固な国境線の防御は、大いに国庫の負担となる。
しかし、ダイダロスの脅威が消え、その国土を併合したならば、単純に国力は二倍。そして、これまでダイダロス一国に備えられていた軍備は、明確な敵を失うことになる。
その時、軍を縮小して平和の道を歩むか、それとも、パンドラ統一という古代から伝わる魔王の野心にとり憑かれるか……どちらにせよ、スパーダという国の発展を考えれば、これ以上の手はない。
「シャルロット姫とクロノの婚姻が第一である以上、それから婚約の相手は順番にズレていくことになるのだ」
「そこまで分かっているくせに、大人しくネルをウィルの野郎に差し出すってのか」
「所詮は確証の無い憶測に過ぎん……それに、現実としてダイダロスを不当に支配している十字軍の脅威に、我らが一丸となって備えなければならぬのが最優先だ」
元より、ネロとシャルロットの婚約が実質確定していたように、アヴァロンとスパーダの結びつきを婚姻によって強める案はかねてより決まっていた。十字軍の出現によって、今ではさらにその必要性も増しているといってもいい。
「だからといって、ウィルはねーだろ」
「いいや、私がウィルハルト王子を希望したのだ」
「はぁっ!? アイツをわざわざ選ぶなんざ、耄碌してんのか、親父」
「誰もが、夫とするなら強く逞しいアイゼンハルト王子の方が相応しいと思うだろう……しかし、これから戦乱が巻き起こるのは必定。アイゼンハルト王子のように、戦場を駆ける武勇の持ち主を夫としたならば、ネルは大人しく、夫の帰りを城で待つことを良しとはするまい」
ネルを戦争の危険から遠ざけたい。ミリアルド王の本心は、つまるところそこにあった。
「ウィルハルト王子は私と同じく、戦う力は持たない無力な男。王宮でも軽んじられる立場にあろう。しかし、彼は聡明にして賢明だ。彼だからこそ、ネルを危険から遠ざけ、平和に生涯を共にしてくれると信じられるのだ」
「ふざけんな! 命惜しさに、ネルがアイツを選ぶはずがねぇ!」
「大人になれ、ネロ。王子と姫の結婚相手を選ぶのは、本人ではなく、王なのだ」
分かっている、そんなことは。
そう、子供の頃から分かっていたからこそ、ネロには到底、受け入れられない。
「……くそっ」
「お前とシャルロット姫のことは残念に思うが、それでも、ネルはこれで良かったと思っている」
ネロとシャルロットが、互いに憎からず思っていることは、傍から見ても明らかであった。しかし、ネルにはそこまで思い合える相手はいない。婚約者候補は何人もいるが、これぞと思える者は見当たらなかった。
その点、ウィルハルト王子はあらゆる意味で安全だった。性格的にも、立場的にも、である。
「あの子とウィルハルト王子の間に、男女の感情はないだろう。しかし、王侯貴族の婚姻など、えてしてそのようなモノだ」
「くだらねぇ……本当に、くだらねぇよ」
吐き捨てるようにそうつぶやいて、ネロは立ち上がった。
「待ちなさい、お前の話はまだ終わっていないぞ」
「ルーンのファナコ姫のことは知ってる、っつーか、覚えてるさ。ポーション瓶の底みてぇな眼鏡をかけた根暗女だろ」
「よさないか、お前の妻となる女性だ」
「悪いが、好みじゃないね。まぁ、話は勝手に進めておいてくれよ。邪魔はしねぇ」
それだけ言い残し、ネロもまた部屋を出て行った。
「はぁ、やはり、二人とも納得はしなかったか……しかし、これがアヴァロン王家に生まれついた運命……ああ、黒き神々よ、どうか我が子に幸せな未来を――」
人の心ばかりは、理屈でどうにかなるものではない。そのことをよく分かっているからこそ、ミリアルド王は、ただ祈るより他になかった。
2017年11月24日
大変申し訳ありませんが、本日投稿予定だった『呪術師は勇者になれない』は多忙につき、投稿は27日月曜日に変更させていただきます。来週は12月1日金曜も通常通りに投稿予定です。