第631話 モノリス(1)
「ふふっ――」
ハルバードを奪い取り、そのまま刃を叩き込んで始末。
瞬時に二人を倒したが、奴らはまだ連携攻撃の真っ最中だ。すぐに、後続の機甲騎士がブースター全開で襲かかってくる。
『激烈乱舞っ!』
繰り出される、達人級の武技。刃に触れるだけで粉微塵にされそうな破壊力を込めた上に、ソレを超高速で振り回してくる連撃系の技だ。全身鎧の重騎士は基本エリートだからガンガン武技を放ってくる強敵。魔法でいえば上級にあたる『激烈乱舞』を使える奴はその中でもさらに限られてくる。俺も機動実験とアルザスとガラハドと、合わせてみてもあまり見たことはないな。
本来は斧やメイスで使う武技らしいが、コイツらは長柄武器のハルバードで難なく放っている。鋼鉄の重量を誇る大型ハルバードをバトンのように凄まじい速さで回転させながら、嵐のような連続攻撃が襲い掛かってくる。それも、二人同時の双方向から。
「ははは――」
巻き起こる破壊の渦のど真ん中に立ちながらも、まるで当たる気がしない。
連撃の武技、という動きの決まった技のせいか、それとも単純に遅く見えるだけか、余裕をもって回避できる。この程度の速度と手数なら『雷の魔王』の出番もない。
相当な重装備の部類に入る『暴君の鎧』の鎧姿だが、背面の精霊推進と各所に備わるサブスラスターを駆使すれば、急制動や急加速も思いのまま。人体のみでは不可能な挙動も平気で行える機動性を得られるのだから、武技の嵐もダンスでも踊るかのように、軽やかに潜り抜けることができる。
サリエルとの組手でボコボコにされた甲斐もあったというものだ。接近戦で彼女の動きについていくには、こっちもブースター全開でミリアの機動力を駆使しないといけなかったからな。日頃の練習の大切さ、ってのを改めて感じるね。
『剛大打撃っ!!』
そして、激しい『激烈乱舞』のラッシュが終わり、武技発動後の硬直をフォローするように、すかさず次の機甲騎士が渾身の武技を叩き込んでくる。
よく訓練された素晴らしい連携だが、俺を仕留めたければ、これの三倍速で動かなければ話にならない。
「ふはははははっ!」
反撃といこう。まずは『剛大打撃』を放つ機甲騎士二人を片付ける。
直撃すれば流石にノーダメージでは済まない破壊力を秘めた強烈な武技を、大きく体勢を傾げて回避。そのまま倒れそうな角度にまで倒れ込んでいるが、ここでサブスラスターを駆使して体勢を維持しつつ、さらに回転を加える。
相手の攻撃を避けながら、腕力とスラスターの加速度が加わった俺のハルバード二刀流は、的確に騎士二人を叩く。
片方は胴体に直撃。武技ではないが、相当なパワーをもって叩き込まれたハルバードの大きな刃は、分厚い装甲を抉り取るように切り裂いた。刃先は確実に中の装着者にまで届いており、その腸をズタズタに寸断しただろう。
もう片方は、実力なのか、運が良かったのか、盾に当たっていた。頑強な大盾は俺の回転斬りを防ぎはしたが、叩きつけられた衝撃までは殺し切れない。辛うじて一撃を凌いだものの、機甲騎士のガードはがら空き。
ここでブースター全開で間合いを離脱できないあたり、コイツらもまだ操作に慣れていない、というより、戦い方に馴染んでないのだろう。
自分の体勢が崩れていても、推進力を得られるブースターがあるのだから、とりあえず吹かしておけばピンチも脱することができる――っていうのを、わざわざレクチャーしてやる必要はないが。
その隙だらけの騎士に、脳天へ一撃加えて沈黙させてやる。反省会は、地獄でやってくれ。
「はぁあああああああああああっ!!」
次は連撃をくれた方の機甲騎士二人。ブーストダッシュで素早く後退しつつあるが、まだ追撃するには十分に間に合う距離と速度だ。アクセルを踏み込むつもりで精霊推進を吹かして、急発進。
奴らのブースターと、ミリアのブースターは単純にその推進力も大きな差がある。加速とブレーキ、そして最大速度も遥かにこっちの方が速い。
真紅に輝く魔力の燐光が背中に爆ぜた次の瞬間には、もう、間合いはつめている。
「くっ、速い!」
「防ぐぞ――『鋼身』っ!」
一直線に突撃してくる俺に対し、後退する二人がとったのは、大盾によるガード。鎧兜に盾持ちの騎士としては最適解だろうが、同じ古代鎧の敵を相手にした場合、盾の防御に頼るのは最善ともいえない。
「ふっ」
騎士二人が肩を並べて、大盾を構え、防御の武技を発動。万全のガード体勢が整い、頑強な鋼鉄の壁と化して、俺の突撃と正面衝突――する寸前に、飛ぶ。
自前の脚力に加え、ロケットのように垂直方向へ噴き出すブースターの勢いがあれば、この重厚な全身鎧の姿でも、熟練の暗殺者のように高く素早い跳躍も可能。奴らもまさか、鎧兜の奴が大ジャンプをかましてくるとは思わなかったのだろう。盾を頭上に構え直す動作に、僅かな遅れがあった。そして、それが致命的な隙となる。
「おおっ――」
前方に宙返りする格好で機甲騎士を飛び越えた俺は、その頭上を通過する瞬間に、両手のハルバードをそれぞれ繰り出す。頭の上がガラ空きだ。真上から、脳天を串刺し。
ハルバードは持つ鋭利な槍の穂先が、力づくで兜を貫き、一息に根元まで突き刺してゆく。
兜は紙くずのようにクシャクシャにひしゃげ、穂先は頭どころか首を貫き、胸元にまで達していた。
「らぁああああっ!!」
貫いた騎士を、着地と共にぶん投げる。すでに即死の騎士は、全身に走る青い魔力光のラインを散らしながら吹っ飛び、ガランガランと派手に草原を転がっていった。
「な、なんて奴だ……滅茶苦茶やりやがる」
「パワーもスピードも、奴の方が遥かに上だぞ!」
「この『機甲鎧』でも歯が立たないとは、化け物め」
仲間の半分、六人もやられて、ようやくスペックの差ってのを理解したようだ。接近戦ではとても敵わぬと見て、再び斬りかかってくる様子はない。
「おのれ! 忌々しい悪魔の力、これほどとは……撤退だ!!」
ちっ、俺のことを恨んでいる割に、判断の良い奴。もっと頭に血が上って、バンザイ突撃よろしくかかって来くれれば楽だったのだが、これでも指揮官としての冷静さは保っていたってことか。
「『閃光』!」
「『白煙』!」
強烈な閃光が放たれると同時に、濛々と濃霧のような真っ白い煙が立ち込めてゆく。こんな目くらまし用の魔法もあるとは、準備が良いことだ。
閃光で目を潰し、防がれても煙幕で視界を塞ぐ。実に効果的な常套手段だが、俺の髑髏兜も伊達ではない。
「リアクター反応、投影開始」
光と煙で視界が塞がったその瞬間に、俺の視界である兜のディスプレイに青く輝く人影が映し出される。勿論、その人影は機甲騎士を表している。
サーモグラフィーの魔力バージョン、とでもいうべきか。どうやら『リアクター反応』と呼ぶ、古代鎧特有の魔力反応を感知する機能が兜には備わっており、それを視覚化して表示する便利機能まであるらしい。もうちょっと頑張れば、普通の魔術士やモンスターも明確に探知できそうな気がするが、こういうシステム周りは全て古代語表記だから、なかなか理解と解読が進まない……という愚痴は置いといて、ともかく今はミリアが気を利かせて煙に紛れた奴らを映してくれているのだ。ありがたく利用させてもらおう。
「逃がすかよ」
視界ゼロだが構わず発進。ターゲットが見えている上に、草原という遮蔽物のないフィールドだから、真っ直ぐ走って追いかけるだけで問題ない。
「なにっ、コイツ、俺達の姿が見え――」
その通り、と答えてやる代わりに、背面のブースターユニットにハルバードを強かに叩きつけてやる。ガギン! と鈍い金属の破砕音が響くと共に、制動力を失った機甲鎧は走る勢いのまま盛大に転倒。
「『魔手』」
鎧の各所から、噴き出すように漆黒の鎖を放出し、転んだ機甲騎士へとけしかける。適当に雁字搦めにしたところで、鎖をパージ。これで一人、捕虜を確保。
残りの騎士は五人。できれば、生け捕るなら奴らの隊長がいい。どれだけ俺のことを恨んでいるのか知らないが、リリィの『思考制御装置』があれば意地なんて張るだけ無駄な事。
アルザスの戦いで辛酸を舐めたところから、どうしてパルティアの大草原で新兵器を着込んで俺とやり合っているのか、その経緯を洗いざらい吐いてもらおう。
このリングは元々、お前らが作り出したものだ。だから、十字軍に対して仕掛けてやるには抵抗などない。
「ちいっ、振り切れないか!」
猛然と追撃を仕掛ける俺に向かって、奴らは各自、アームガンからグレネードを放って応戦。だが、そんな程度の抵抗では、俺を仕留めるどころか、僅かな足止めにもならない。
単発式で連射の利かない範囲攻撃魔法に当たるほど間抜けではないし、爆風に怯むほどヤワじゃない。そもそもミリアを着ていれば、直撃したってどうってことはないだろう。
「待てよ、お前には聞きたいことが、山ほどあるんだからな」
すでに煙幕の範囲を突っ切って、逃げる奴らの背中がはっきりと見える。圧倒的に速度に優れる俺は、ぐんぐんと距離を縮めて行き――よし、この辺までくれば、届くだろう。
「ぐうっ!?」
魔手を伸ばして、二本角とマントが目印の隊長機を絡め取る。
このまま引きずり倒して、そのまま確保だ。
「お逃げください、隊長! ここは我々が!」
そこで、ハルバードを振るって部下の騎士が鎖を切断。隊長機の拘束を解く。
腐っても騎士ってやつか。立派な忠誠心であるが、こういう時に敵に回すと厄介だな。
「くっ……すまぬ!」
一度だけ振り返り、部下を犠牲にする選択を躊躇したような様子だが、これが最善と覚悟を決めたのだろう。隊長機はブースター全開で走り去って行く。
その代りに、生き残りの機甲騎士四人はその場で反転し、不退転の決意をもって、迫る俺を迎え撃つ構え。
「我らの信仰と!」
「騎士の誇りにかけて!」
「ここは通さぬ!」
「神よ、どうか我らに、悪魔の王を退ける力を与えたまえ!!」
決死の覚悟を決めた、騎士の叫び。それを愚かと笑って、一蹴する気にはならなかった。
「悪魔の王、か……」
なるほど、奴らから見れば、確かにこの『暴君の鎧』はその名に相応しい姿。実際に、王様だったしな。
「……いいだろう、暴君の力、その身に刻んで地獄に落ちるといい」
あえて、彼らの期待に応えるかのように大仰な台詞が口をついて出たのは、はて、俺も雰囲気に飲まれたか、それとも……ミリアの呪いの影響か。
その内、調子に乗って「我こそは」とか言い出したりするんだろうか。恐ろしい呪いだな。
けど、まぁいい。とりあえず今回は、ミリアの力をもって、機甲騎士四人の相手をしてやろうじゃないか。
「――どうやら、奴は神殿の中に逃げ込んだようだな」
死にもの狂いで襲い掛かってくる機甲騎士四人を、手足をぶった切って鎖で拘束して転がした後、リリィから送られた『情報』をキャッチした。
あの隊長は、わざと逃がした。奴が何処へ逃げ込むのか、知りたかったからだ。
捕獲すれば情報は得られるとはいえ、隊長が逃げた先に『修道会』の者がいれば、そこからさらに奴らを辿って行くこともできる。逆に隊長が逃げて来なければ、出撃したきり戻ってこない機甲騎士団は全滅したと判断して、さっさと逃げていくだろう。
パルティアに入り込んだ『修道会』を追うためには、隊長には逃げてもらった方が都合良かったのだ。
で、ちょうど変身時間も使い切ったリリィの手が空いているから、尾行役をお任せした。幼女状態だと空は飛べないが、本気で走ればそれなり以上の速度は出る。機甲騎士に振り切られるほど、遅くはない。
しかし、思いのほか、リリィの追跡は早く終わってしまった。
今、俺の左目には、林の中にポツンと立つ、崩れかけた古代神殿の遺跡が映っている。リリィの左目である『黒ノ眼玉』は、現在でも機能しており、その気になればいつでも俺とリリィの視界は左目限定で共有できるのだ。
初めて知った時は、とんだストーカーアイテムだと思ったものだが、慣れると物凄い便利グッズである。リリィもあんまり遠くに離れると、テレパシーは届かなくなるし、こういう時に役立つのだ。
「とりあえず……コイツらは放置で行くしかないか」
しばらくの間は魔手の拘束は持続するし、その内にケイもやってくる手筈となっている。このまま捕らえた機甲騎士は地面に縛り付けておけば、何の問題もない。
血生臭い現場をそそくさと後にして、俺は真っ直ぐ近くの林にあるという神殿へ向かった。
元々、ここは奴らが出入りするのに使っていたし、草が生えない土の道を辿って行けば迷うことなく辿り着く。
「あっ、クロノ」
「どうだ、リリィ?」
神殿の前で、リリィがピカピカ光りながら木陰に身を潜めて待っていた。潜んでいる意味あるのか。
「入ったまま、出てこないよ」
「これは、もう中で死んでいるかもな……」
一応、どこかへ入ったら突入はせずに待っている、と決めてある。待ち伏せの危険性もあるからだ。
しかし、どう見ても籠城に向かない崩れかけの小さな神殿遺跡に入ったまま出てこないとなると、中にある機密情報を処分した後に自殺、という可能性も考えられる。
あるいは、尾行に気づいて、秘密の抜け道を使って逃げているとか。
生け捕りに奴らのアジトと、欲をかきすぎてしまったか……まぁいい、入ってみれば分かることだ。
「よし、突入するぞ」
「りょーかーい!」
警戒しつつ、一つきりの入り口から乗り込んで行く。
外観の通り、内部はさして広くはない。入り口から入ってすぐには、礼拝堂のように開けた空間があり、そこから幾つかある部屋へと繋がっている。
広間には奴らがここに潜伏するための、食料品や武具などの物資が積まれており、古びた遺跡ではあるものの、生活感が残っていた。
「クロノ、見て見て! あそこに、秘密の入り口、があるよ!」
「地下の隠し階段か……隠す気もなく開けっ放しってことは、普段から利用していたってことか?」
倉庫のような小さな部屋の奥に、開け放たれた地下へと続く階段をリリィが発見した。
盗賊ではないので、俺もあまりダンジョンや古代遺跡の仕掛けに詳しくはないが、素人目で見ても、ここは元々、床と一体化して隠れるタイプの階段だったのは明白だ。そのまま隠されていたら、発見するのに時間がかかっただろう。
さて、この地下に隊長がいるのか、死体が転がっているか、それとも秘密の抜け道があって逃げおおせているのか。確かめに行くとしよう。
「――警告。エーテル汚染ヲ検知。測定中……検知完了、レベル1」
降りようとした途端に、謎のアラームと警告メッセージ。
聞いた限りだと、まるで放射能汚染でもされているようなニュアンスだが。
「どうした、ミリア? エーテル汚染ってなんだ?」
「エーテル汚染地域侵入ノ場合、当機ノ性能ニ支障ヲ来ス恐レアリ」
「そんなにヤバいのか?」
「レベル2以下、軽度ノ汚染地域ニオイテ、装着者、当機、共ニ影響ナシ――情報開示。以下ヲ参照サレタシ」
「読めないんだけど……」
元から兜にインプットされているだろう、古代語表記の文書データがズラズラとディスプレイに表示されていく。俺には一行も読めないが、これも後でシモンとリリィに聞いてみよう。
「クロノ、大丈夫?」
「とりあえず、レベル1で影響はないらしいから、このまま行って大丈夫そうだ」
普段は鎧の音声機能を通してしかミリアは喋れないから、あまり流暢に会話することはできない。もし何かを聞くならば、『愛の魔王』で彼女の呪いに直接触れればならないが……ノーリスクってワケでもないから、できればあまりやりたくはない。
ミリア自身に害意はなくとも、呪いは呪い。特に、『暴君の鎧』のはかなり強力だ。俺だって、あんまり安易に接触していたら、いつ精神に異常をきたすか、彼女の呪いの意思に取り込まれるか、分かったものじゃない。
多分、そうなったら俺は、とっくに滅びた聖アヴァロン王国とやらの王様を自称して、国の再興を目指すようになるんだろう。さっきの戦闘でも、古代鎧を相手に妙にテンション上がった感じだったし、少なからず影響を受けいたと、今更に思う。なんか、戦いながらちょっと笑ってたような気もするし……マジで次からは気を付けよう。
反省はともかく、エーテル汚染とやらがされているらしい、地下へと踏み込むことにする。
さして長くもない下り階段。静寂に包まれ、人の気配、つまり逃げ込んだであろう隊長の存在は感じられない。
やはり、ここには秘密の抜け道でも、なんて考えつつ、地下へと降り立った俺は、そこで――白い光を見た。
「っ!? なんだ、コレは」
「わぁー、白い『歴史の始まり』だ!」
リリィの言う通り、そこには白く輝く『歴史の始まり』があった。眩い光が地下室を照らし出し、これの他には何もない伽藍堂であることを示しているが、輝く石版一枚きりでも不思議な神々しさが漂っている。
けれど、この見る人を魅了するような神聖な白い光とは、つくづく相性が悪いらしい。ここにいると、どうにも落ち着かない、気持ち悪い感覚がしてくるのだから。
「なぁ、コレはどう見ても、奴らに『歴史の始まり』を利用されているとしか思えないんだが」
「――そうね、コレは白色魔力で染まっている。恐らく、十字教の儀式魔法で『黒化』のようにコントロールしているのでしょう」
急に真面目な口調のリリィは、意識だけ大人に戻したようだ。
「してやられたな。隊長はコイツの転移で逃げたんだ」
「見たところ、この白い状態で転移機能を利用できるのは、十字教の者だけ……つまり、白き神の信徒ということね」
「無理に入ったら、どうなる?」
「私達じゃあ、ただ硬い石版に当たるだけじゃないかしら? でも、コレは触るだけで私達には痛そうだから、安易に触れない方が良さそうだけど」
さながら、聖なる光に晒されたアンデッドといったところか。おのれ、ぶっ壊してやろうか。
「奴らの目的は、この白い『歴史の始まり』ってことか」
恐らく、この石碑も元々は普通に黒かったはずだ。ソレを奴らの手によって、白くさせられたと。
「奴らだけが転移できる移動手段としては、凄く厄介な機能だけれど……他に、何か大きな目的がありそうね。放置すれば、取り返しがつかないほど、とんでもない何かが」
確かに、転移機能という瞬間移動を駆使すれば、一気に自国の中に十字軍が現れるということも可能だ。戦術的な価値は計り知れない。
もっとも、転移機能は無限でも無制限でもない。大軍を送り込むならば、かなり大規模に展開させる必要があるし、そういった方法は今のところ発動は不可能となっている。
だから、リリィの言うように、ただ敵国に乗り込むための抜け道としてだけ、『歴史の始まり』を奴らが確保しているとはどうにも思えない。
本当に秘密裏に潜入するためのルートとして使うなら、わざわざ『雷電撃団』と手を組んで、大暴れする必要はないというか、かえって自らの存在を露見しかねない最悪手だ。
「多分、ハイラムの街にはこれより大きな『歴史の始まり』があるのよ。奴らはソレが欲しかったから、わざわざ襲う、なんていう目立つ真似をした」
「なるほど……ハイラムの石碑を白くできれば、後はパルティアに奪還されても問題ないってことか」
「街中では見かけなかったら、どこかに隠されているんでしょう。でも、一度白くされたら、その辺の魔術士が解呪、というのは正しいかしら? ともかく、元のように黒く戻すのも無理でしょうね」
「白いのが見つかっても、放置される可能性の方が高いよな」
そもそも『歴史の始まり』は、パンドラ大陸においては単なる魔王伝説が刻まれた石碑という認識が一般的である。転移機能をはじめ、高度な情報デバイスであり、他にも隠された様々な魔法機能があると知っているのは、俺達を含め、ごく一部の者だけだろう。
「でも、私達ならできるわ」
「コイツを元に戻せるのか?」
「うん、だから……合体しよ?」
何故かちょっと恥ずかしそうに言うリリィ。ちくしょう、可愛いなぁ。こんなに可愛い子と、ついこの間、生きるか死ぬかの死闘を繰り広げたとは思えない。
正直、思い出すと震えてくるレベルだが……大丈夫、俺はちゃんと、リリィを愛している。
だから、答えもとっくに決まってる。
「よし、分かった。それじゃあ……行くぞ、リリィ、合体だ!」
かくして、ガラハド以来、実に久しぶりに『妖精合体』を発動させるのだった。