第629話 空爆
「パルティア大草原に駆け抜ける黄金のイナズマぁっ! 『雷電撃団』三代目総長ぉ、ギャリソン・ライバックたぁ、俺のことよっ!」
酒瓶片手に、大声で叫ぶ金髪リーゼントの巨漢は、名乗った通り、暴走賊のお頭を務めるケンタウロスの男である。
まだ二十台も半ばの若さで、人の上半身も馬の下半身も共に筋骨隆々。背中には雷龍の入れ墨、馬体には稲妻をイメージした毛皮の染色と剃り込みと、実に気合いの入った体である。そんなド派手な姿も伊達ではなく、彼の身には男の勲章と呼ぶべき古傷がすでに幾つも刻まれ、激しい戦歴を物語っていた。
ここはハイラムの街にほど近い草原の一角に敷かれた、『雷電撃団』の移動拠点。遊牧民にはお馴染みのテントが幾つも並び、英気を養うための酒樽を満載した幌馬車が何台も集まっており、賊のメンバーは思い思いの場所で火を囲んでは酒盛りをしている。
総長たるギャリソンはチームの幹部クラスのメンバーだけを集め、拠点のど真ん中でパルティアでは珍しい極上の葡萄酒の杯を傾けていた。
「いいかテメーらぁ、俺はなぁ、もっとビッグになるぜっ!」
子供の頃からの口癖、というほどの台詞だが、付き合いの長い幹部たちにはウンザリした雰囲気は一切ない。ついこの間までは、ビッグになるための、何のプランも行動もなかった、単なる口先だけの虚しい台詞でしかなかったが……ギャリソンも、彼らも、今はこの言葉が現実味を帯びていることを理解している。
「まさか、総長の夢が実現する時が来るとはなぁ!」
「草原制覇も夢じゃねぇ!」
「いいや、大陸制覇で伝説になるぜ!」
ガッハッハ、と彼らは街の子供でも言いださないような大言壮語を吐いては、大笑い。
「へへっ、『修道会』と手を組んだのは大正解だったぜ。奴らの真似じゃあねぇが、コレが運命ってヤツなのかもなぁ……」
協力者が現れたのは、ほんの三か月前のことである。
街に置いている顔役を通し、依頼が舞い込んだ。普通なら断る。頼みごとなら冒険者を使えばいい。暴走賊が何者かの依頼で動く時は、必ず何かしらの繋がりがある関係者、いわば業界の者からである。何のコネも持たない新顔など、門前払いが当然。
しかし、あまりに破格の報酬額を提示されたことで、ひとまず話だけでも聞こうとギャリソンは判断した。
ライバルチームの『紅蓮武凜』の卑劣な罠にかかり、二代目総長ことギャリソンの父親はパルティア騎士団に捕らわれ、哀れ断頭台の露と消えた。あまりに若い三代目襲名。父に報いるべく、ギャリソンは影に日向に努力を重ねて『雷電撃団』の維持に努めたが、年々、構成員は減少。チームの規模は、最盛期の半分を割ろうかというほどの落ち込み具合。
俺の代で『雷電撃団』を終わらせるわけにはいかない……ギャリソンには、後がなかった。
怪しいと疑いつつも、ギャリソンは一縷の望みを託し、依頼者と会うことにした。
そして、出会った彼らは『修道会』と名乗った。
「あアァ? 修道会、ってどこの修道会よ、テメぇ? 神殿系かぁ? 精霊系かぁ? それとも胡散臭ぇーカルトってヤツなのかぁ? ああぁーん?」
「どこでもない。我々はただの『修道会』だ」
怪しい。怪しすぎる。
奴らの代表、司祭長を名乗る白いローブを纏ったスキンヘッドの大男は、冷たい無表情を貫きそう言い放っただけで、それ以上の詮索はどれも空振りに終わった。
自前で調べても、『修道会』がどこに繋がっているのか、全く分からなかった。どうにも、奴らは最近になって、忽然とパルティアに現れたようで……逆に言えば、自分達を取り締まる騎士団とライバルチーム、敵対勢力のどことも繋がっていないという確信が持てる。
「いいぜ、やってやらぁ!」
かくて『雷電撃団』と『修道会』は手を組んだ。
「ヒュー、コイツは随分と景気のいいこって」
まず『修道会』はその資金力を証明するように、多額の準備金と、質の良い武具、物資を提供した。拠点がこれほど潤ったのは、いつ以来であろうか。珍しい、他国の高級品であるワインをメンバー全員で乾杯し、前途を祈った。
「最初の仕事は、この地点を制圧することだ」
「ああ? ココにゃあ崩れた小ぇ遺跡しかねーぞ。制圧っても、別に誰もいやしねぇし、奪ったところでその先どうすんだよ」
「制圧後は、『雷電撃団』の縄張りとして確保していてもらいたい。無論、維持費はこちらでもつ」
依頼の制圧地点は、崩れ去った古代の神殿の跡地、と思われる遺跡。中はとっくの昔に調べ尽くされ、奪い尽くされ、何も残ってはいない。街道から外れた位置にあるこの場所は、裏道を利用する商人や、暴走賊の逃走くらいしか利用されることはないルート上にある。人がいるとしても、このルートの利用者が一晩野営する程度のもので、常日頃から人を配置して確保するほどの重要性は全くない。
こんな場所を維持することに、何の意味があるのか。全く理解不能だが、簡単な仕事の上に、その先の維持費も出してくれるというのなら、『雷電撃団』にデメリットは何もない。
「いいぜ、俺らに任せておけや」
そうして、以後は似たような仕事の連続であった。草原の各地に散らばる、無価値な古代遺跡。何故か『修道会』はそうした場所の確保を求めた。そこに何があるのか、何をしているのか、ギャリソンは全く知らないし、その辺の詮索を彼らは許さなかった。
あからさまに怪しい連中であるというのは、こうして付き合い始めても変わらず、むしろ疑惑は膨れ上がるばかりであったが……強引に聞き出すには憚られる理由もあった。
「オイ、なんだぁ、その鎧はよぉ……ただの全身鎧じゃあねぇだろ」
「我々はこれを『機甲鎧』と呼んでいる。その力は、さっき見せた通りだ」
彼らは代表者である大男の司祭長を筆頭に、同じく屈強な男達が、揃いの白銀に輝く重厚な全身鎧、曰く『機甲鎧』という特殊な魔法の鎧を纏った、騎士の精鋭集団でもあった。 生身であっても、ランク4冒険者に匹敵する実力を持つ人間の男達であり、そんな彼らが『機甲鎧』を纏えば、凄まじい力を発揮する。
その実力を見たのは、二度目の依頼の時。制圧場所にたまたま、敵対チームたる『脳斬極光』の連中が結構な人数たむろしていた。戦えば確実に死者が出る状況に、襲撃を渋るギャリソンに、司祭長が自分達が正面から突撃するから援護だけしてくれればいい、と提案されたことで、一戦交えることに。
ギャリソンは重武装の全身鎧姿の彼らを見た時、こんなのはケンタウロスにとってはいい的にしかならない、と思った。どれだけの装甲と怪力を誇ろうとも、敵の前に辿り着かなければ、刃を届かせることはできない。
強力な大弓と武技を習得するケンタウロスの暴走賊ならば、僅か十二名の重騎士部隊など、囲んで矢を射続ければ完封できるカモでしかないだろう。
彼我の戦力差、いや、能力差というものを理解しないマヌケと嘲笑いつつ、強行に突撃を敢行する司祭長の背中を見送った――直後、驚愕。同時に、理解する。
白銀の重騎士達の背中に、俄かに青い光が爆ぜる。その途端、猛スピードで彼らが走る、いや、飛んでいる、のだろうか。草原の上を、まるで氷の上でも滑るように足を動かさずに進んで行く彼らの速度は、ケンタウロスの全力疾走に勝る速さ。
突如として現れた、重装甲にして高機動の騎士を前に、慌てて応戦する『脳斬極光』メンバー。瞬時に降り注がれる矢の雨を、見た目通り、いや、それ以上の防御力を誇るらしい白銀装甲でもって正面突破。
無傷の騎士が目前まで迫った時、ケンタウロス達は即座に散開。しかし、騎兵並みの速度を持つ重騎士達は逃げる彼らの背中へ容易く追いつき、そして、手にした巨大なハルバードの刃を次々と叩き込んで行く。
まさに、鎧袖一触。
固い装備の重騎士と白兵戦に持ち込まれれば、屈強なケンタウロスとて分が悪い。司祭長達は移動速度だけでなく、腕力においても鎧にかけられた魔法の恩恵を受けているのか、ほぼ馬と同等の重量を誇るケンタウロスも軽く片手で引っくり返すほどのパワーを誇っていた。
さらに驚くべきは、騎士の腕から発射される攻撃魔法の数々。腕部からは『光矢』のような小型の光の弾丸が、凄まじい速度で連射されている。青白い光の火花が激しく瞬くと共に、矢よりも早く光の弾は飛び、ケンタウロスの筋肉質な肉体を紙切れのように引き裂いていく。
無数の弾丸に晒され、貫き、穿たれ、ボロボロになったところへ、拳大の光の球が飛び込み――大爆発。
この白銀の騎士達は、パワフルな近接戦闘能力だけでなく、その上さらに優れた連射性能の『光矢』と爆発力を持つ『光砲』の両方を備えた魔法の遠距離攻撃手段まで持ち得ている。
彼らの戦いぶりを見て、ギャリソンはようやく理解した。
どうやら俺達は、とんでもない奴らと手を組んでしまったと。
「――『修道会』の連中は、怪しい。何を企んでいるのか、俺は微塵も分からねぇが、奴らの力が本物だってのは、間違いないねぇ!」
仲間達を前に、ギャリソンは叫ぶ。
「奴らは強ぇ! 『修道会』と組めば、クソッタレのパルティア騎士団だって怖くはねぇ、親父をハメやがった『紅蓮武凜』だってブッ飛ばせる」
『修道会』が誇る『機甲鎧』という魔法の鎧を纏った騎士の集団――機甲騎士団、その力は絶大だ。
彼らの機動力と打撃力は、これまでの騎士・兵士とは一線を画す能力がある。こんな奴らが、百人、千人と集まったならば、きっと、伝説のパンドラ大陸統一も夢ではない。
ギャリソンにはそんな確信があったからこそ、普段ならば絶対にやらない、町を襲う、という危険な大仕事もやってのけた。
ハイラムの街は決して大きな都市ではないが、おいそれと暴走賊が手出しできるほど、甘い守りはしていない。草原にある大きな水辺であるオアシスを抱える町という拠点は、どこもそれ相応の防衛力を誇っているのだ。
いかにケンタウロスの足が速くとも、固く高い城壁を越えることは叶わない。野戦は得意でも、攻城戦となれば機動力を生かせないケンタウロスは苦手となる。まして、一国の軍隊ではなく、少しばかり大きな盗賊団といった程度の戦力しか持たぬ暴走賊なら、城壁を備えた街に攻め込むのは自殺行為に等しい。
「へへっ、見ただろう、テメぇら、ハイラムの奴らが城壁の上でブルってんのをよぉ!」
つい先日、一大決心をもって敢行したハイラム襲撃を思い出す。あの戦いは、これまでのささいな賊同士の小競り合いとは別次元の、まさに戦争と呼んでも過言ではない大規模な戦闘であった。
『雷電撃団』の全軍と『修道会』の機甲騎士団、合わせても二百程度の小勢。対するハイラム防衛隊は、千人からの騎士を要し、さらに街に一声かければ即座に地区の自警団員も駆けつけ、人数は三倍に膨れ上がるだろう。
城壁という防備がなくとも、戦力差は決定的。
だがしかし、街への接近前に賊を叩き潰すべく繰り出された五百の防衛隊を、機甲騎士団は見事に粉砕したのだった。
相手の半分にも満たないはずの『雷電撃団』だったが、戦いは終始優勢に進み、ついに防衛隊は敗走。這う這うの体で城壁へと逃げ込んだところで、堂々と要求を突き付けてやったのだ。
最後に機甲騎士団がデカい魔法を一発ブチかまし、城壁の一部を粉砕したことで、籠城させる気概もへし折って来た。こっちは城壁を越えて、いつでも街を攻撃できる。首都に援軍を求めても、来る前にお前らは皆殺しだ。
「領主は必ず、要求を呑む」
こちらは戦いに応じた見返りが欲しい。無茶な要求ではなく、彼らが支払えるギリギリのラインを見極めて、金額を設定してある。それでも、町の領主からせしめるのだから、暴走賊にとっては莫大な額だ。
「金を手に入れたら、ウチを離れて行った奴らを呼び戻す。そうして、もう一回くらい他の町を襲って稼げば、『雷電撃団』は初代も越えるほどデカくなれる!」
すでに『修道会』とは次の大きな仕事の話も進めている。彼らの真の目的は、今もまだ分からない。だがしかし、『修道会』と手を組んでいれば、草原の制覇も夢ではない。
「俺は絶対ぇ、草原の覇者になる!!」
ドーンと威勢の良い宣言をかましたところで、大きな拍手と声援の嵐。宴の盛り上がりは最高潮で、ギャリソンは走り始めた大きな夢の中で、自分もまた伝説に語られる英雄の一人になれるのだと酔いしれながら、さらにワインの満ちたグラスを傾けた。
「おいっ、見ろよアレ、凄ぇ、デカい流れ星だ!」
不意に、誰かがそんな声をあげた。
どこだどこだ、と子供のように騒ぐ仲間につられて、ギャリソンも満天の星空が広がる夜空を見上げて、流れ星を探した。
「おおっ、スゲぇ!」
「あんなデケー流れ星、初めて見るぜ!」
確かに、探すまでもなく、流れ星は見つかった。輝く星空の中にあっても、はっきり分かるほど大きな光を放っている。
キラキラ輝く虹色の尾を引きながら、草原でも滅多に見られない巨大な流れ星は、自分達の未来を祝福するように頭上を過ぎ去って行こうと――その直前、気づく。
おかしい。
何かがおかしい。
流れ星にしては、やはり大きすぎる。その上、こんなにはっきりと長い間、観測し続けられるなら、飛来する速度が遅すぎた。流れ星はほんの一瞬だけ、夜空に瞬いて消えてゆくから幻想的であり、だからこそ、その短い間にお願い事をすれば願いが叶う、などという言い伝えも生まれるものだ。
「何だ、アレ……流れ星じゃあ、ねぇ……」
悠々と夜空を飛ぶソレは、さながら、流星の皮を被った飛竜であるかのように、こちらの陣地へと急接近してくる。ここのど真ん中、いっそ、自分に向かって真っすぐ落ちてくるような勢いで、偽の流れ星は高度を下げてきたのが分かった。
若くとも相応の戦歴を重ねた三代目総長ギャリソンの直感が告げる。アレは吉兆とされる美しき流星とは正反対の、災厄をもたらす凶星であると。
「――『星墜』」
直後、現実に破滅の光が降り注ぐ。
ギャリソンは見た、星のように輝く光球の中に浮かぶ少女の影と、彼女が放った新たな流星、上級すら越える威力を誇る、特大の光魔法が陣の真ん中に炸裂した瞬間を。
「っあ――がっ――」
眩い光と熱風が駆け抜けていく中、自分でも分からないほど何かを叫んでいた。
あまりに突然の敵襲。そして、極大の光魔法に成す術もなく飲み込まれていった大勢の仲間達。
未来への希望とアルコールに酔いしれる夜の天国から一転、眩しいほどの輝きに満ちた白昼の如き地獄へと様変わり。
「――もう一度来るぞっ! 逃げろテメぇらぁーっ!!」
呆然自失してもおかしくない急転直下の絶望の中でも、持ち前の胆力で持ち直したギャリソンは今度こそ明確に命令を叫ぶ。
空からという全く想定外の襲撃だが、突然襲われることは覚悟している、ならず者の暴走賊である。彼らは混乱もほどほどに、総長の命令を聞いては酒の入った体でも素早く走り出す。
蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げ出す様は実に迅速だが、自由自在に空を舞う流星少女はそれを許さない。
「クソっ、逃げろぉーっ!」
ギャリソンの叫びをかき消すように、巨大な光の柱が降り注ぐ。一本、二本、三本。夜空を白い光の帯で彩りながら、灼熱の破壊力を的確に落としていく。
散り散りになりながらも、統制のとれた逃げ方をする賊だが、その先頭集団を正確に光の柱は潰していった。
いくら空から眺めているとはいえ、全く無駄のない正確無比なピンポイント攻撃には、歯噛みするより他はない。
「散れ! もっと散って逃げろ! お前らは俺について来い、おい、テメーらは『修道会』のところに行け!」
苛烈な光の嵐の中で、ギャリソンは必死に指示を飛ばす。飛来する光の矢に頭を射抜かれる仲間の姿を視界の隅に映しながら、悔しさも悲しさも飲み込んで活路を探した。
「応戦しろ! よく狙え!」
「クソっ、速ぇえ!?」
「なんなんだよアイツは、当たれっ、当たれぇーっ!!」
空を飛んでいても、相手はたったの一人。圧倒的に数で勝る暴走賊も応戦すべく矢を射かけるが、どれも虚しく夜空に消えゆくのみ。
暴走賊のケンタウロスとして、弓の腕前は誰もが立派な狩人と呼ぶレベルにあるが、それでも飛び交う矢は空の少女にかすりもしない。どうにも、自分達の弓の技量よりも、彼女の回避性能の方が上だと、認めざるを得ない。
圧倒的な空中機動力と火力を備える脅威の流星少女は、一方的に陣地を蹂躙していく。絶望的な攻撃に晒されながらも、ギャリソンはどうにか突破口を見出した。
各方向に仲間達が逃げ出したことで、光魔法の爆撃にもバラつきが出始めた。流石に空を飛んでいても、一人では攻撃できる範囲は限られる。
そして、幸いにも自分のグループの進行方向は攻撃の手が随分と薄くなっている。
「よし、一気に離脱するぞ! ついて来い!!」
手足が吹き飛んだ仲間の屍を越えて、陣地を抜ける。
「ちくしょう……一体どこのどいつだ、あんな化け物をけしかけやがったのはよぉ……」
今も背後で、刻一刻と仲間達の命が散っていくのを感じる。さながら、怒り狂ったドラゴンが何の前触れもなく飛び込んできたかのような惨状に巻き込まれ、口からはただ怨嗟の声しか出てこない。
あの少女は何者なのか。ハイラムの街が雇った冒険者なのか、それとも他の勢力がけしかけた暗殺者か。あるいは、残忍なドラゴンのように気まぐれに人を弄んで殺戮する、本物の天災級モンスターなのかもしれない。
そもそも、あんな化け物染みた能力の空飛ぶ少女など、本当に現実に存在するのか。目が眩むほどの輝く光の地獄を脱し、気分はまるで悪夢を見ているかのように、現実感が湧かない。
その想いを肯定するかのように、悪夢の続きが、ギャリソンの行く手に待ち構えていた。
オォオオオオオオオオン!!
身の毛がよだつ、けたたましい馬のいななき。草原に響くその鳴き声は、背筋に悪寒が走り、反射的に体がこわばった。
ドラゴンの咆哮、魔獣の唸り、それらを聞いて震えるのは人として自然なこと。しかし、馬の声を聞いて、しかもケンタウロスたる自分達が恐れを抱くのは何故か。
答えは、すぐそこに立っていた。
遮蔽物のない広々とした草原のど真ん中。死にもの狂いで逃走する暴走賊の集団を前にしても、ソレは静かに佇んでいる。
「不死馬の、黒騎士だとぉ……」
悪夢の具現、とでも言うように、おぞましいアンデッドの黒馬にまたがる、漆黒の鎧の男。それも、ただの鎧兜ではなく、その造形は地獄の悪鬼を束ねる王であるかのような、常軌を逸するほどに禍々しい。
そんな異様な気配と姿の黒騎士を前に、さらに現実感を失いそうになるが――そこで、閃いた。
「そ、そうかっ!」
不死馬を駆る黒い大男。空を舞う光り輝く少女、すなわち、妖精。その二人の特徴は、最近耳にした噂の冒険者と一致した。
遠く、スパーダで名を上げた冒険者。突如として現れ、ランク5に上り詰めた三人組。第五次ガラハド戦争で最大の武勲を上げたスパーダの英雄にして、その狂気的な戦いぶりから『ガラハドの悪夢』とも恐れられる、最凶の冒険者パーティ、その名は。
「コイツらが、『エレメントマスター』ってヤツかよ!」
何故、どうして。スパーダから遥々、パルティアの大草原まで出張って来るのか。わざわざこんなところまで来て、俺の、みんなの夢を潰すのか。
こんな奴らの動向になんて、注意できるはずもない。こんな奴らの出現なんて、予測できるはずがない。
「なんで……なんでだぁ、コラぁああああああああっ!!」
あまりの理不尽に、ギャリソンはそう叫ぶより他はなかった。
「――『荷電粒子砲』発射」
答えは、ただ絶対的な殺意となって返って来るのみ。
この日、五十年以上の長きに渡ってパルティアに悪名を轟かせた暴走賊『雷電撃団』は、壊滅した。