第628話 ハイラムの町
第七の加護の反動は凄まじいものだったが、マンティコア討伐のクエストそのものは無事に終了した。
リリィがおびき出したオスのマンティコアは、俺の『闇凪』で一刀両断されて討伐完了。砦に残るメスの方も片付けようとリリィが乗り込んで行くと、そこには『闇凪』の余波を受けて、砦の中で真っ二つになってたメスを発見した。どうやら、砦ごと切り裂いた斬撃の軌道上に、不運にもメスがいたのだろう。
ついでみたいに殺されて、ちょっと可哀想と思わないでもなかったけど、両腕が使用不能になっている俺としては、手間が省けて助かった。というか、可哀想というなら、砦の中に残されていた、産まれたばかりのヒナをリリィが何の躊躇もなく『メテオストライカー』で撃ち殺しては、まだ孵っていない卵は「そこそこいい値で売れるから」とどんどん拾い集めた光景を言うべきだろう。
まぁ、冒険者としては当然の仕事ぶりなのだが、こういうシーンを見ると可哀想とか思ってしまうのは、現代日本人の甘い感性だからこそ。俺も冒険者らしく、もうちょっとシビアになった方がいいんだろうか。リリィの実にビジネスライクな姿勢に、そんなことを感じつつ、俺達は完璧にクエストを終えて、その日の内に砦を後にした。
「――ええっ、もうマンティコアを倒してきたのですかっ!?」
ちょっと遅めの夕食、くらいの時間に、現地から最寄りの村まで戻り、クエスト達成を報告すると、依頼主のケイオンタスは酷く驚いた顔で出迎えてくれた。
彼はマンティコア討伐が成されれば、そのまま故郷のハイラムに向かう予定らしく、首都バビロニカから一緒にこの村まで来ている。
ちなみに、村に戻る頃には両腕はひとまず動く程度には回復した。
「ああ、明日の朝には村を出て、ハイラムに戻れるだろう」
「ありがとう、ありがとうございます! これで我がハイラムは救われます!!」
いやぁ、街道が通れても、特産品が売れるかどうかはまた別の問題なのでは、と思わないでもないが、感動している人に水を差すような真似はするまい。
「クロノ様、もしよろしければ、私と共にハイラムまで参りませんか? 是非とも、お礼がしたいのです」
「いや、そんなに気を遣わないでくれ。報酬がもらえれば、それでいい」
「そう、ですか……申し訳ありません、お忙しいランク5冒険者に、無理なお願いを」
忙しくないワケではないが、そこまであからさまに悲しい顔をされるとむげに断ったみたいで悪い気が。
「いいよ、クロノ、一緒にハイラムまで行こ?」
気を利かせてくれたのか、リリィが袖をクイクイ引っ張ってフォローしてくれる。うん、それならここは、素直に乗ろうか。
「そうか、リリィがそう言うなら、行こうかな」
「うん、領主は面子っていうのが大事だから、お礼も受けた方がいいんだよ」
まさか、幼女リリィにそこまで諭されるとは。
日本人的な遠慮で何となく断った自分が間抜けに思えてくる。
「それじゃあ、ケイ、俺達もハイラムまで行くよ」
「ありがとうございます、盛大に歓迎いたしますよ!」
というワケで、依頼主の好意とリリィの気遣いによって、俺達は真っ直ぐ帰らずに、一路、ハイラムの町まで向かうことに。マンティコアの根城の砦を通り過ぎれば、すぐに到着する距離だから、さほど遠い寄り道ってほどでもない。これくらいは許容範囲だろう。
それに、パルティアの他の街にも、全く興味がないわけではないし。
翌日、紅炎の月15日の朝に、俺達は村を出発した。
「……あの砦、なんだか二つに割れているような」
「そうか? 元からそうだったんじゃないのか」
「いえ、天井が崩れているくらいで、壁はほぼ原形を保っていたはずです」
「マンティコアが大暴れだったからな、ちょっとは崩れてしまったかもしれん」
「なるほど、激しい戦いだったのですね。流石は高ランク冒険者の戦いとなると、規模が違います」
なんて、俺が両断した砦のことを誤魔化しながら、マンティコアの巣の前を通り過ぎて行った。
いや、だって自慢げに「俺がぶった切ってやったんだぜ!」とか言い出したら、実はあの砦、文化遺産だから壊すなどとんでもない、修繕費を要求する、なんて状況になったら困る。とっくに放棄された砦で、別に観光地になってるワケでもないから、崩れても大丈夫だとは思うが、念のため。調子に乗って藪蛇になったら間抜けもいいところだ。
そうして、だだっ広い草原を貫くように続く街道をひた走る。ここまで広々としていると、がんがん飛ばせて気持ちいいドライブ気分。
「なぁ、今更なんだけど……周りが草原なら、わざわざ街道を通らなくても、いくらでも迂回して行けるんじゃないのか?」
深い森や山があるからこそ、切り開かれた道というのは意味がある。何の遮蔽物もない大草原をゆくなら、敷かれたレールの上をいくように、街道をなぞる意味はあるのだろうかと、思ってしまうのは当然だろう。
「ええ、どこまでも雄大に広がる穏やかなパルティアの大草原ですが、こう見えて、往来のある街道を外れると、危険なモンスターの生息域になったりするのですよ」
これもまた当たり前の話だが、草原には草原なりに様々なモンスターが生息している。パルティアの民が伝統的に遊牧生活を行うように、モンスターにも草原内をあちこち移動する種類は多いらしい。
故に、適当に草原を走っていると、うっかり危険なモンスターの生息範囲に踏み込んでしまう危険性は非常に高い。
「この大草原の街道は、歴史的に見てモンスターの移動と極力重ならない安全なルートに絞って敷かれているんですよ。勿論、草原の民である現地のケンタウロスは、街道以外にも季節ごとに通れるルートなども熟知していますが……外国の方や、ここを通る商人の方は、大人しく街道を進むのが一番安全ですね」
なるほど、平和で通りやすそうに見えても、危険は沢山あるということだ。どんな場所でもモンスターの危険性の影響から免れきれないあたり、改めて異世界らしいと感じる。
地球だったら、そんな危険な生物は速攻で絶滅させられてそうなものなのだが、この異世界のモンスターって奴はとにかくタフで強いからな。人里から追いだすのがせいぜいで、とても根絶駆除なんてできそうもない。
「もっとも、下手に街道を迂回しようとする際に危険なのは、モンスターよりも賊の方ですが」
「やっぱり、そういう奴らがいるんだな」
「ええ、元は遊牧民で構成されているので、暴れ回っては点々と草原内を移り住んで行くので、騎士団でも捕捉するのが難しく、昔から手を焼いているんですよ」
「そうか、もし賞金首を見かけたら、捕まえておこう」
そんなことを話しながら、どこまでも順調に草原の道を駆け抜け、昼過ぎには目的地たるハイラムの街が見えてきた――
「……なんだ、煙が上がっているぞ」
遥か草原の彼方。大きな湖が広がり、豊かな森林地帯があるオアシスのような地域が、ハイラムがある場所だ。
水辺のある憩いの町はしかし、幾筋もの黒煙が立ち上り、とてもじゃないが穏やかな雰囲気ではない。
「ケイ、町はいつも煙が上がるような工場があったり、焼き畑農業でもしているのか?」
「いえ、そのようなことは……まさか、大きな火事でも起こったのでは!」
立ち上る黒煙を見れば、普通はそれを疑うだろうな。
けれど、俺はすでに気づいてしまった。
「いいや、火事じゃない……これは、戦の臭いだ」
燃え盛る炎が漂わせる焦げ臭い臭気に混じって、俺の鼻は確かに感じ取っている。血と、人が焼け落ちる、おぞましい死の香りを。
「くっ、なんという有様……ハイラムのこんな酷い光景は、生まれて初めて見る!」
「だが、幸いにも町の中は無事なようだ。どうやら、戦いは町の外だけで済んだらしい」
到着したハイラムは、予想に違わず明らかな戦いの爪痕が残されていた。
大きな湖の畔にある町の中心部は、石の防壁で囲われており、何か所か崩れかけていたものの、敵に突破された様子はない。その代り、壁の周囲に広がる畑は踏み荒らされ、民家は焼け落ち、戦いの舞台の中心であったことは間違いない。
すでに死体こそ残されていないものの、あちらこちらに突き立ったままの矢や槍があり、消し切れない血の臭いと合わさって、戦場の空気が今も色濃く感じられた。
「急ぎ、領主官邸へ、父上に会いにゆきます。クロノ様、よろしければご一緒に」
「かなりの厄介事のようだが……クエストを出すなら、引き受けるぞ」
「ありがとうございます!」
こんな光景を見せられては、事情が気にならないはずがない。すでに戦いのケリはついていて、後始末だけで冒険者の出番はない、というならそれに越したことはないのだが……どうにも、嫌な予感しかしない。
「――父上! これは一体、何が起こったというのですか!」
そうして、領主の息子たるケイはほとんど顔パスで、一直線に町の中心に建つ領主官邸へとやって来た。
「おお、ケイ……」
予想外の息子の帰還に、本来なら喜ぶべき場面だったろうが、父親たるハイラム領主ケルヌンノスは悲痛な面持ち。
ケルヌンノス・ハイラムは息子のケイと、よく似ている。凛々しい顔立ちには年齢相応の皺が刻まれ、長いポニテの黒髪には白髪も混じっているが、下半身の黒毛の馬体は逞しく、まだ衰えというものは感じさせない。
しかし、町に起こった悲劇についてはかなり堪えているようで、事のあらましを語る口調は重苦しかった。
「賊だ……あの悪名高き暴走賊『雷電撃団』に町が襲われたのだ」
「そんな馬鹿な! いくら『雷電撃団』とはいえ、このハイラムを襲うだけの戦力は――」
「奴らは、恐ろしく強力な傭兵を雇っている」
「傭兵?」
「ああ、白銀の古代鎧を纏った騎士の集団だった」
領主の説明に、息を呑む。
曰く、その白銀の騎士は、重騎士並みの重装甲でありながら、全力疾走するケンタウロスに追いつくほどの機動力を持つ。
背中から青白い魔力の光を轟々と噴きながら、矢のような勢いで飛び掛かり――そして、その巨大な鎧兜の姿に見合った、尋常ならざる怪力でもって、ハイラムを守るケンタウロスの騎士を長大なハルバードで一刀両断。
恐るべきは、そのパワーとスピードだけでなく、弓の武技が直撃しても全く怯まない防御能力。そして、パルティア自慢の弓騎兵と真正面から打ち合っても圧倒するほど、強力な攻撃魔法も放つこと。
それが、全部で十二人。
『雷電撃団』と呼ばれるケンタウロスの武装集団に混じって、この白銀鎧の小隊が縦横無尽に暴れ回り、ハイラムの守備隊はほぼ総崩れとなったという。
「な、何なのですか、その鎧の集団は」
「アレは間違いなく、古代鎧だ。もう何十年も昔の話になるが、私がアヴァロンへ行った時、見たことがある。光り輝く騎士鎧が、騎兵に勝るほどの速さで地を駆けていく様を」
「そのようなものがあったのですか」
「当時は、古代鎧の機能の復元に成功したとして、ただの見世物でしかなかったが……まさか、アレが実戦で使われることがあるとは」
驚くのも無理はない。俺の知る限り、スパーダでもアヴァロンでも、古代鎧はどこも実戦配備はされていないのだから。
だがしかし、古代のオーバーテクノロジーの産物である古代鎧を、現代に蘇らせるだけの技術力を持つ組織には、嫌というほど心当たりがある。
「パワーローダーの次は、古代鎧か……」
『白の秘跡』。恐らく、奴らが新たに開発した兵器がコレなのだろう。
何故、パルティアで盗賊と行動を共にしているのか。奴らはどこから来て、どういうつもりで動いているのか。
単なる新兵器の実戦テストにしては、随分と大がかり、というより、こんな遠い場所で行う理由が分からない。
しかしながら、白銀の古代鎧の集団、というだけで、断定するには十分すぎる。どうやら、いよいよ『アリア修道会』の手先が、現れたのだと。
「しかし、かろうじて町の中は無事なところを見ると、奴らを追い払うことはできたのでしょう!」
「いいや、我々の敗北だ。ハイラム守備隊はほぼ壊滅状態。次に奴らが来れば、成す術もなくこの領主官邸まで雪崩れ込まるだろう」
「で、では、今すぐ王都に応援を!」
「無理だ。お前が帰って来たということは、街道のマンティコアは討たれたのだろうが……奴らが再びやってくるのは明日。今から呼んでも、とても間に合うまい」
この状況を考えれば、マンティコアの件も人為的な、ぶっちゃけ、コイツらの仕業と考えるべきだろう。
首都バビロニカへの応援を断つと同時に、ハイラム住民の逃げ場を塞ぐために、街道を封鎖したのだ。それを怪しまれないよう自然な形で封鎖できるよう、マンティコアを利用した。
実際、それでマンティコアはあの砦に居座ったし、騎士団は習性を考慮した結果、放置を選んだのだから、目論みとしては大成功だったろう。
もっとも、大枚はたいてマンティコアを今すぐ倒してくれ、と言い出す奴がいるとは思わなかっただろうし、まして、そのクエストを受けて速攻で討伐されるとも予想はしなかっただろうが。
俺達がスピード討伐をしたお蔭で、ハイラムに迫った真の危機に、ギリギリで間に合ったということか。
それにしても、リリィの言うことを聞いておいて良かった。あのまま解散して帰っていたら……俺はきっと、悔やんでも悔やみきれないことになっていた。
「それでは、このハイラムはどうなるというのです!」
「奴らは、こちらが支払えるギリギリの金と物資を要求している」
「ま、まさか……父上は、このまま賊に屈するのですか!!」
「すでに、戦力差は決定的なのだ。このまま抵抗すれば、奴らは喜んで街を根こそぎ略奪する方針に切り替えるだろう」
「しかし……だからといって……」
「残念ながら、我々だけで奴らを止める力はもうないのだ。今は一時の屈辱を凌ぎ、後は王都の騎士団の討伐に頼るより他はない」
どうやら、状況は切羽詰っているようだ。
敵は目前で逃げ場はないし、援軍も間に合わない。それでいて、向こうは引き出せるギリギリの要求をつきつけてきた。
町の命運を秤にかけるなら、賊に屈するのも致し方ないだろう。
だが、今ここには、俺とリリィがいる。
「ケイ、俺に任せてくれないか」
「クロノ様! いえ、しかし、此度の件は我がハイラム領の問題で――」
「その古代鎧の連中は、俺が探している奴らだ。無関係ではない」
「クロノ様の力に縋りたい気持ちはありますが、それでも、今回の相手はマンティコアよりも危険です! 大勢の暴走賊に、謎の古代鎧の集団、敵の戦力は未知数ですよ」
「危険な分は、報酬に色をつけといてくれればいい。安心しろ、賊の要求よりは、ずっと安くしといてやる」
それに、と言葉を続けて、俺は影から呼び出す。
「恐れる必要はない。奴らがどんな古代鎧を着こんでいようが――」
浮かび上がる、禍々しい漆黒の装甲を前に、領主親子は揃って息を呑む。
それも当然だ、コイツは呪いの武具としても超一級品。それでも俺が黒化しているから、目の前にあっても魔力の気配に圧倒される程度で、呪いの意思に触れて発狂することはない。
けれど、口先よりも、こうして現物を前にした方が、俺の言葉にも説得力が増すというものだろう。古代鎧を持っているのは、奴らだけではない。
「――俺の『暴君の鎧』の方が強い。だから、俺に任せろ」
クエスト・暴走賊『雷電撃団』撃退
報酬・1億クラン。
期限・紅炎の月16日
依頼主・パルティア・ハイラム領主・ケルヌンノス
依頼内容・スパーダの英雄、クロノ様。どうか、我がハイラムの町を悪しき暴走賊の手より救ってほしい。
「……ところでケイ、暴走賊ってなに? 盗賊団とは別物なの?」
「このパルティアでは、盗賊とは空き家に盗みに入ったり、スリを行うような、ただの盗人のことを指します。村や隊商を襲い、略奪や誘拐などの重罪も辞さない凶悪な犯罪集団を、伝統的に暴走賊と呼ぶのです。他の国の方には聞きなれない名前でしょうが、派手な衣装に身を包み、雄たけびを上げて疾走する奴らの姿を見れば、納得せざるをえないでしょう」
あー、なるほど、そういう文化なのね。
確かに、馬の脚力を持つケンタウロスが集団で凶悪犯罪をするならば、そりゃあ暴走と名付けちゃうほどの勢いだろうけど、日本人の俺としては、どうしても全く別なイメージしか思い浮かばないネーミングである。
「『雷電撃団』とか、暴走賊ってみんな字面と発音がかけ離れたチーム名なのか?」
「ええ、他に有名な暴走賊には『紅蓮武凜』や『脳斬極光』などがありますね。代替わりしながら何十年も活動を続けており、総長と呼ばれる賊のリーダー格には、高額の懸賞金がかけられています。無論、『雷電撃団』の三代目総長ギャリソン・ライバックにも――」
「ああ、大体分かった、もういい」
とりあえず、暴走賊だろうが珍走団だろうが、相手になってやろうじゃないか。