第626話 パルティアへの旅路
翌日、約束通り、俺はリリィと共にスパーダ冒険者ギルド本部へと行き、クエストを受けてきた。ワイワイと楽しくお喋りしながら検討した結果、受注したのがコレである。
クエスト・マンティコア討伐
報酬・三千万クラン。
期限・紅炎の月31日まで
依頼主・パルティア・ハイラム領主代理・ケイオンタス
依頼内容・旧ハイラム北砦に巣を構えたマンティコアが街道を封鎖している。紅炎の月に街道が止まると、ハイラム領での商売に大きな打撃を被る。速やかに討伐してもらいたい。
「――マンティコア、ですか。クロノさんの練習相手としては、ちょうどよいのではないでしょうか」
昼前には屋敷へ戻り、昼食をつつきながら、フィオナは頷く。
「フィオナはマンティコアを知ってるのか?」
「二回ほど戦ったことがあります。一度目は幼体で、二度目はまだ成体になりきれていない若い個体でしたので、さして強くはありませんが……完全な成体となると、かなり強いです。ランク4でも上位に位置するかと」
聖エリュシオン魔法学院で孤高を貫いて卒業したフィオナは、流石の経験値である。俺も機動実験で色々なモンスターと戦ったが、マンティコアの相手をしたことはない。
なので、クエストを受けるにあたって、ちゃんと調べてきた。
マンティコアはキマイラ系統のモンスターで、人間のような顔に、獅子の胴体、サソリの尻尾、飛べないが翼を持つ、というのが外観的な特徴だ。成体になると、人間など丸のみにできるほど大きくなり、頭から胴の長さは十メートルを超え、尻尾まで含めるとさらに倍以上の長さになるという。立派な大型モンスターに分類されるサイズである。
このデカさだけでモンスターとしては十分な脅威だが、獅子の体が生み出す強靭なパワーと俊敏性、勿論、走ればかなり速い。サソリの尻尾には当然のように猛毒が備わっており、一刺しされれば毒の中級魔法『猛毒』にかかる。しかも尻尾の毒棘は先端部に毛のようにビッシリ生えており、マシンガンのように乱射してくるという。最早、立派な攻撃魔法である。
さらに厄介なのは、人面の口から詠唱を唱えることで、火・雷・土の魔法を行使することだ。個体によって、単一属性で下級の一種類だけ、ということもあれば、最悪の場合、三属性全て上級全種を行使可能、ってこともある。唱えて魔法を使うことから、それなりに知恵も回るらしい。
強靭な肉体に魔法の力、そして狡猾な頭脳を備えたマンティコアは、なるほど、文句のつけようがないほど強敵であろう。
だがしかし『カオシックリム』ほどではない。今回のマンティコアにスロウスギルみたいに他のモンスターが寄生や憑依することで強化されていない限りは、『エレメントマスター』の敵ではない。
「しかし、場所はパルティアですか。ちょっとした遠征ですね。もっと近場の方が良かったのではないですか?」
そう、今回のクエストはスパーダでもアヴァロンでもなく、初めて行く国であるパルティアだ。
この国の名前を聞いたのは、カオシックリムが顔をだしたことがあると新聞で読んだ時だな。そこでヤツはガルーダを喰らって、分身体を繰りだしていた。
「スパーダ国内でのクエストも沢山あったけど、この機会に、これまで行かなかった他の国も訪れてみようと思って」
「観光気分……というワケでは、なさそうですね」
「もしかしたら、『アリア修道会』の影が掴めるかもしれない」
ここは魔法の異世界だが、情報伝達という面ではインターネットの発達した現代の地球には遠く及ばない。国内の情報だけでも集めるのが大変なのに、まして外国のこととなると、一般市民からすれば最早、未知の領域だ。
だから、スパーダから離れた国で、割と堂々とアリア修道会が活動していても、俺達はそれさえも知ることができない。
「何もないなら、それはそれでいいんだ。今のところ、奴らがどの程度の範囲にまで手を伸ばしているかさえ、分かっていないからな」
真っ当に考えれば、奴らはまだアヴァロンを中心に活動しているだけで、最近、スパーダにもチラホラと姿を見せている、という程度。だから、パルティアまで離れてしまうと、まだ奴らの活動はない、はずなのだが……
「布教以外の奴らの狙いが何も分からない」
「もし、パルティアのような離れた国で活動していたなら、その謎の狙いで行動している可能性が高いというワケですね」
「まぁ、本当にいたとしても、上手く見つけられればの話だけどな」
実際、奴らだって秘密の目的で動くなら、綿密な隠蔽を図るだろう。それをパっと見で見破れるとなれば……リリィのテレパシー能力ならいけるだろうか。
「パルティアに限らず、この辺の国は一通り見て回っておきたいんだよ。今の内に」
「そうですね、来年になれば、またいつ十字軍もダイダロスから侵攻してくるか怪しいですからね」
ガラハドで大敗を喫した十字軍だ、そう簡単に立て直しはいかない。あれだけの大軍を率いて仕掛けてくるなら、もう一年くらいは猶予をみても大丈夫のはずだ。
その猶予期間の内なら、スパーダから遠出しても問題ないという判断である。
「ところで、今回のメンバーは?」
「ランク4クエストだし、別に全員出張ってくる必要もないと思う」
「では、私とクロノさんの二人で……というのは、我がままが過ぎますよね」
「俺は三人で行きたいと思ってる」
俺とリリィとフィオナ。『エレメントマスター』の最初期メンバーである。
「いえ、その必要はありませんよ。クロノさんとリリィさん、二人でどうぞ」
「いいのか、っていうか、フィオナ、何か変な気遣いとかしてない?」
「私に気遣いを期待されても、あまり自信はないのですが」
それなら、素で俺とリリィの二人でいいと言ったってことか。いや、それを頭から信じられるほどの、関係性ではないだろう。
「じゃあ、どういうつもりなんだ?」
「今回はそうした方がいいと、何となく思ったまでです。強いて言えば、次は私と二人で行きましょう」
なんで曖昧な理由が一番で、二番目の理由の方が明確なんだ。
「そうか、そうだな。それがいいか」
「私もリリィさんも、スパーダでやることは幾らでもありますので」
フィオナは魔女の工房で研究できるし、実際、リリィとの戦いで色々とその成果を披露してみせた。リリィの仕事は言うまでもない。何なら、またディスティニーランドに戻って研究したいくらいだろう。
あれ、もしかして一番暇なのって、俺なんじゃあ……
「それと、今夜も私と一緒に寝てください」
「出発は明日の朝なんだ。なんだ、その、お手柔らかに」
かくして、紅炎の月6日、俺とリリィの二人は、スパーダを出発した。
今回、フィオナとサリエルはお留守番。サリエルは新人であるセバスとロッテの二人と、同じホムンクルス同士、仲良くやってて欲しい。
さて、目的地であるパルティアは、スパーダを南下し、さらに二つの国を越えた先にある。距離的に見れば、今まで一番の遠出となるだろう。
「この道を走るのも、懐かしいな」
なんて、リリィと二人乗りのメリーを飛ばしながら、街道沿いに広がるイスキア丘陵を眺めていると、思わずつぶやいてしまう。
最初にこの道を走った時は、まだメリーは普通の馬だったな。グリードゴアを探しにイスキア丘陵をウロウロしたけど結局見つからず、帰ろうとした矢先にファーレンの盗賊団に絡まれて、潰してきた。
あの時、盗賊団を潰した後も、グリードゴア捜索を続けていれば、ひょっとしたらスロウスギルに寄生される前に、あるいは、奴がモンスター軍団を作り上げる前に、仕留められたかもしれないな。
なんて思うのは、全て過去の出来事だからだろう。
このメリーも不死馬になったりと辛い思いをさせてしまったが、試練を越え、友人も救い、オマケに名声とランク5の地位も得られたのだから、イスキア丘陵は俺にとってマシな思い出のある土地だ。
「懐かしいね!」
「懐かしいなぁー」
年寄りみたいに、まだ一年も経っていない思い出話に花を咲かせながら、俺達はイスキア丘陵を越えて、いよいよ隣国ファーレンへと足を踏み入れる。
スパーダ、ファーレンの国境検問所は、街道を丸ごと封鎖できるよう大きな門を備えた砦のようだった。いや実際、砦だろう。かなり物々しい施設な気もするが、この世界ではモンスターの大発生などもあるのだから、こういう場所はそれなりに固めておくのは当たり前である。
俺もギルドカードを提示すれば、一発で通り抜けることができた。流石にランク5冒険者は珍しいのか、ちょっとファーレンの警備兵に驚かれたが。
そういえば、警備兵は全員ダークエルフだった。
ファーレンはダークエルフの国だと聞いてはいたが、ああして褐色肌に銀髪の兵士がズラズラ並んでいると、異国情緒というか、異世界情緒溢れる光景であった。それに、あのカラーリングを見ると、自然とウルスラのことも思い出してしまう。
あの子は元気にやっているだろうか。レキを失い、俺も去ってしまったことで、心が折れて悲しんでいなければいいのだが。それに、開拓村も無事に復興したのか……あんまり無事に復興されると、それはそれで十字軍の占領地が順調に発展しているということだから、大局的に見ればまずい状況ってことになるけれど。
そんな複雑な思いを抱えつつ、ファーレンを走り抜けていく。
この国は土地面積だけならスパーダよりも大きいが、東に広がっていく国土の大半は深い森林に覆われており、人の生活圏はごく一部に限られる。西側にある首都から、東に向かうにつれて徐々に田舎となり、大森林の奥地の方では、現代でも生贄の儀式を執り行うドルイド一族の村があるとかないとか……
ともかく、そんな広大なファーレンだが、今回は通り抜けるだけ。目ぼしいクエスト依頼があれば、首都にも行ってみたいと思う。
一日半かけてファーレンの西部を縦断し、次の国へと俺達は辿り着く。
都市国家トルキス。
スパーダ、ファーレン、と比較すれば小さな、文字通りに都市国家という名前に相応しい領土の国だ。小規模だが、レムリア海に面した海上貿易の盛んな港町である。
レムリア海は、パンドラ大陸中央を、西端から東に向かって大きく切り裂くように広がる海域を指す。地理的な形状としては、地中海に似ている感じだろうか。
レムリア海の最東端の海岸線はスパーダ領。騎士選抜が開かれるアヴァロンの港町セレーネは、レムリア海東部の北側に面し、俺がやって来たトルキスはその反対側の南に位置する。で、このセレーネとトルキスのほぼ中間地点にあるレムリア海の真ん中に浮かぶ島が、レッドウイング伯爵のルーンである。
トルキスをはじめ、似たような港町の都市国家はレムリアの海岸線沿いに沢山成立している。海上貿易を通して発展し、それぞれ独立した都市国家を維持し続けた、といった歴史的な経緯があるようだ。
貿易によって持ちつ持たれつの関係でやってきたので、この辺一帯は中部都市国家群と呼ばれるのだが、アヴァロンやスパーダのように、最早都市国家とは呼べないほど拡大した国もあるので、現代においてはあまり正確な呼び名ではないだろう。幸い、大国間同士で決定的な争いは起こってないので、今も固い同盟関係で結ばれて和平を保っている。
この辺は、スパーダの背後からこのパンドラで最も発展した中部地方を狙うダイダロスという野望の国が控えていたことも、関係維持の大きな理由の一つではあるだろう。結束するには、共通の敵を作るのが一番ってか。
さて、政治的なことよりも、港町のトルキスは海の幸が美味しいそうって方が、俺にとっては目下、興味の中心である。セレーネの時は食べ損ねたしな。
流石に観光目的ではないので、じっくりと店を厳選することなく、ただ目についたところで適当に決めて昼食をとる。
「いただきます」
「いただきまーす!」
メインは大皿に盛られた刺身である。今朝、港で水揚げされた新鮮なものしか出さない、という謳い文句だが、どうやら嘘偽りはないようだ。透き通るような白身に、脂の乗った赤身。何種類もの刺身は美しく盛られ、生魚の美味さを知っている日本人からすると、もう期待しかできない見た目である。
もっとも、あのマグロとかブリとかカツオのたたきみたいなやつも、全て名前も姿も異なる異世界の魚なのだろうが。刺身となった姿は似ていても、どこまで味が似ているかどうかは別問題。期待と共に、若干、不安でもある。
刺身の魚が謎なのと同時に、セットでついてきた薬味もまた、見知らぬモノが幾つか見受けられた。
とりあえず、ワサビと大根おろしの二つは分かるのだが……あの紫色のペーストはなんなんだ。
あと、基本装備としてちゃんと醤油はあるのだが、他に赤いのとか青いのとか、謎のソースが選べるようになっていた。このポーションみたいなドギツい青色のソースは、ちょっと挑戦する気になれないんだが。
「……お、普通に美味いな」
「あっ、リリィこれ好きー」
変に冒険せず、大人しく醤油につけて食べれば、文字通りに不味いことにはならなかった。
「凄い、ほとんど想像通りの味だ。それ以外のは、想定外の味だけど」
「リリィ、これきらーい」
俺のよく知る日本の刺身とよく似たタイプのものは、どれもほとんど同じ味。それ以外にも、異世界特有と思われる、見たことのない外観の刺身は、これまで味わったどれとも似つかぬ独特の風味であった。
けど、うん、コレはコレでイケる。なるほど、どれも刺身として食べたくなるほど個性的で味わい深い。少なくとも、この店の料理人の味覚センスは信じていいだろう。変なモノがあるんじゃないかと余計にビビることなく、心行くまで料理を楽しもう。
おっと、折角、薬味もついているんだから使っていこう。まずはストレートにワサビだろうか。
俺、普通にワサビは食べられるんだよな。姉貴は全然ダメだったけど――なんて、ささやかな思い出を蘇らせながら薬味皿へ手を伸ばした、その瞬間だった。
「この緑のクリーム美味しそう」
と言いながら、リリィはワサビの山からゴソっと匙ですくっていっては、小皿にとった刺身の上にリリース。マグロ風の赤身の上に、一昔前のバラエティー番組でやってる罰ゲームみたいな量のワサビが乗っかってしまっている。
おいおい嘘だろ、そんなまさか。
「待てっ、リリィ! ソレは――」
「あーん」
止める間もなく、リリィは大口を開けてワサビ特盛マグロを放り込んでしまった。
「うわっ、リリィ、噛むな、食べるな、すぐに吐き出せ!」
「んー?」
「ほら、ペっしなさい、ペっ!」
「ぺー、ぺっ」
誤って消しゴムでも口に入れてしまった幼児に対する母親みたいな必死のリアクションで、どうにか吐き出させることに成功。奇跡的に舌がワサビに触れずに済んだのか、リリィはどうして食べたものを戻さなければならないのか意味不明みたいな表情だが、とりあえず俺の言うことだから聞いてくれた、みたいな感じである。
「大丈夫かリリィ、口の中、辛くないか?」
「辛くないよ?」
「そうか、でも次はこんな大量に乗せて食べるなよ。コイツはワサビといって、物凄く辛い香辛料なんだ」
「辛くないよ、これ、ワナビだもん」
「ワナビ?」
「うん、ワナビ」
なんだそのパチモン臭い名前。
いや待て、リリィが嘘をつくとは考え難い。妖精は嘘をつかない。
まさかコイツ、ワサビそっくりの全くの別物なんじゃあ……
「うわっ、なんだコレ、全然辛くないぞ」
試しに少しだけ口に含んでみると、あの独特のツーンとくる辛さは全く感じられない。それどころか、ほとんど味がしない。強いて近いモノをあげるなら、アボカド、だろうか。それ単体で美味しいワケではなく、他の味を引き立てるような風味である。
つまり、このワナビとやらは、ワサビのようにごく少量をつけるものではなく、大根おろしのようにわりとたっぷりつけて食べる類の薬味ということか。
「ワサビはこっちにあるよ」
知ってて当たり前、みたいな顔で、リリィが席に最初から備わっていた薬味類の器を手に取り、ふたを開ければ、そこにはワナビそっくりの薄緑色のペースト、本物のワサビがたっぷりはいっていた。口にしなくても、鼻をくすぐる香りが、こっちが本物なのだと教えてくれる。
「マジかよ、全然気付かなかった」
「えへへ、リリィが教えてあげる!」
確かに、日本人の先入観で挑むには、この食事は少々危険かもしれない。ここは得意げに鼻をならすリリィに甘えて、異世界の薬味について教えを請おう――なんて思った矢先に、俺が大根おろしだと思い込んでたっぷり乗せて食ったら、ワサビ級の香辛料で白目を剥きかける事件が起こったりもしたが、おおむね、美味しく楽しい、よいランチタイムを過ごせた。そういうことに、しておこう。
グルメにうつつを抜かしつつも、俺達はトルキスも無事に通過。とりあえず都市国家同盟のある国同士なら、さほどトラブルもなく移動ができる。
さて、リリィとのお気楽な二人旅も一週間を経過し、紅炎の月13日。ようやく目的地であるパルティアへと到着した。
パルティアは広大な草原地帯が国土の大半を占める、ケンタウロスの国だ。首都バビロニカは、アヴァロンやスパーダとはかなり違った建築様式の建物が並ぶ大きな街だが、大体の国民は広い草原を生かした遊牧生活を送っているらしい。モンゴルみたいなイメージだろうか。
これまで見てきたのとは全く違った文化の国に興味はあるものの、まずは仕事が第一。今回の依頼は、まず首都バビロニカに滞在しているという依頼主と会うところから始まる。これは依頼主本人の希望として、依頼書に明記されていた。詳しい事情説明などもしたいそうだ。
初めて訪れるバビロニカの街だが、ちゃんと冒険者ギルドもあるので困ることは何もない。窓口にギルドカードと依頼書をセットで見せれば、速やかに依頼主へと連絡をとってくれた。
俺とリリィはゆっくり食事でもしながら、大人しく待っているだけで良かった。
「それにしても……落ち着かない部屋の造りなんだよな」
ギルドで通された部屋は、パルティア冒険者ギルド本部にあるランク5冒険者専用の一室だから、造りは立派なものだ。パルティアの雄大な大草原を描いた絵画や、伝統工芸らしい金細工の小物などが飾られており、なかなかに華やかでもある。
だがしかし、この国に住むのはケンタウロス、そう、下半身が馬で上半身が人間の亜人種。つまり、彼らの持つ馬の体に合わせて建物は作られており、扉や通路、階段などが妙に広いのだ。普段の感覚でいると、結構な違和感である。
これはアレだな、イルズ村でゴブリンに合わせた小さな家を見た時と似たような感覚だな。
アヴァロンやスパーダに住んでいると人間基準で作られているから気にならないが、他の亜人種が中心になる国や地域となると、こういうところでも大きな違いが出てくるのだ。当たり前といえば当たり前だが、体験しなければ実感のわかないことであった。
妙な居心地の悪さを感じながらも、昼食となるジンギスカンみたいな羊肉と野菜を炒めた料理をつつきながら、待つこと二時間ほど。
「待たせてしまって、申し訳ない。私が依頼主のケイオンタスです」
現れたのは、俺と同じ黒い髪を持つ、凛々しい青年だった。髪は長くポニーテールのように縛ってある。この髪型はパルティアの騎士の証、だったか。サムライでいう髷みたいなものだ。
その髪型と、人の上半身にビシっと着込んだ緑と白の制服に、下半身にあたる黒毛の馬体に装着された鋼の具足。腰元に下げた長剣は、パっと見で拵えが良い上物だと分かる。
確か領主代理、と依頼書には書かれていたから、それ相応の身分を持つってことになるか。
「初めまして、ランク5パーティ『エレメントマスター』のクロノです」
「リリィだよー」
「貴方のような英雄に出会えて光栄です。私のクエストを引き受けていただいたと聞いた時は、耳を疑いました」
お世辞ではなく、本気で感激、といったように表情を輝かせるケイオンタスさん。なに、俺ってパルティアでも有名になってんの?
「何故、俺のことを? この国に来たのは初めてなのですが」
「貴方がセレーネで討伐を果たしたという、カオシックリム……かの魔獣は、我が国にも大きな被害を与えていったのです」
「なるほど、それで」
「ええ、それに加えて私は、討伐隊にも参加していまして。恥ずかしながら、未熟なこの身では、何もできなかったのですが」
いや、アイツとやり合って無事に生きて帰っただけで十分だろう。
「俺も、自分一人の力で倒せたとは思っていません。多くの仲間の協力があってこそでした」
「なんと、見た目に反して謙虚な方であられる。噂というのは、かくもアテにならぬものなのですな」
おいちょっと待て、俺はパルティアではどういう奴だと噂になってるんだ? あと、さらっと見た目に反してとか言うな。
引っかかることは多々あるものの、あえては突っ込まずに、無難に依頼主と話を続けた。
「――それで、ケイ、仕事の話なんだが」
ひとしきり会話を経て、話しやすいように敬語は抜きで、ケイと愛称で呼んでよいとのことなので、それに甘えて俺は尋ねた。
「領主代理としてクエストを出したのは、何か事情があるんだろ?」
最初から、引っかかるところはあった。
そもそも、街道が塞がるほどの障害となっているならば、即座に騎士団が動くはずだ。スパーダにまでクエストが回ってくるってことは、パルティアの騎士団も動かず、さらには現地の冒険者も挑まなかったということ。
その国で解決できることは、当然、その国の騎士団か冒険者がカタをつけるのだから、そもそも外国にまで依頼は回らない。それでもクエストが来るということは、相応の事情があるか、現地では解決できない大物か。
「我が騎士団としては、情けないことですが、マンティコアの討伐は行わないと決まったのです」
「まさか、一国の騎士団が勝てない相手ではないだろう、ランク4モンスターだぞ」
「ええ、討伐そのものは不可能ではありません。しかし、相応の犠牲も覚悟せねばならない相手でもあります」
「けど、それが騎士の仕事だろ?」
「時期が悪かったのです。カオシックリムの襲撃によって、精鋭部隊に少なくない被害を受けました。流石に全滅は免れましたが、今も治療で神殿から戻らない者もいます。そんな状況下で、騎士団の主力は、他に緊急性の高い討伐任務が重なり……」
「結果、人手不足と」
「真に、恥ずかしながら」
「冒険者は?」
「幾つかのパーティが挑みましたが、まるで話になりません」
それで受注条件をランク4以上に上げれば、今度は挑む奴がいなくなったと。
「報酬は私に出せるギリギリの金額ですが、高ランククエストとしては、見向きもされない額のようで」
確かに、ランク4クエストからは、一千万単位は当たり前、億単位のクエストだって珍しくない。
絶対数が少ない高ランク冒険者なら、より報酬のいい依頼をより取り見取り。少ない報酬で、危険なクエストを請け負うのは割に合わない。
「しかし、だからといって、放っておいていいのか? ケイが個人で請け負う問題じゃあないだろう」
ケイの身分は、すでに聞き及んでいる。
本名はケイオンタス・ハイラム。つまり、ハイラム領主の息子だ。
次の領主となるエリート教育の最中で、首都バビロニカの騎士団で勉強中なのだという。だから、現在のケイの身分は領主の息子であると同時に、一介の騎士に過ぎないのだ。
「今回の件については、放っておいた方が安全なのです」
「そうなのか?」
「マンティコアはそもそも、森林地帯に住むモンスターです。そう遠くない内に、自ずと去ります」
「それじゃあ、何でここに居座ってるんだ?」
「どんな経緯があったかは分かりませんが、不運にも、メスがあそこで卵を産んでしまったのです」
占領された古い砦はちょうどよい巣として利用され、卵が孵るまで絶対防御の構えをとっているということだ。
故に、卵が全て孵れば、ヒナと共に元々住んでいた森林へと帰っていくとのこと。
「なるほど、無理して倒すより、黙って去るのを待ってる方が、確かに確実だよな」
街道が封鎖されることでの経済的損失はあるものの、討伐によって失われる人命にはかえられない。相手がマンティコアともなれば、危険度もそれ相応だし。下手に手出しする方がバカを見るというものか。
マンティコアも巣である砦から離れることはないから、近隣の村にまで出没することもない。
「ですから、今すぐマンティコアを排除したいというのは、私個人の願いにすぎないのです」
「なんでまた、大金を叩いてまで、勝手にいなくなるモンスターを倒したいんだ?」
「以前から、私の故郷であるハイラムは財政難に見舞われ――」
と、聞くも涙、語るも涙、といった調子で、ケイの貧乏領主一家の思い出話を語られることに。今、自分が身につけている騎士の装備品も、他の者に舐められないだけの品を揃えるのにえらい苦労をしたとか。
節約の為に食費を削り、領民と一緒に水とゲルバーだけを食べる日々が続いたり……ゲルバーって何だ、どんな食べ物だよ、全然想像つかないんですけど。
ともかく、この貧乏を何とかしようと、ケイの親父さんは色々と頑張った結果、ついに、儲かりそうな特産品の開発に成功。
「――今年、この紅炎の月こそが、起死回生の商機なのです!」
その特産品を首都バビロニカに売り出すのが、今この時期であり、もし、紅炎の月を過ぎてしまえば……諸々の事情で破産、かも、みたいな。
「事情は分かった。よく分かった」
「貴方のような高名な冒険者に頼むのは、恥ずかしいほど小さく身勝手な理由ですが……私と、父と、そして何より我がハイラムの領民にとっては悲願なのです」
「こっちとしては、変な怪しい裏事情がないってことが分かるだけで十分だ。それに、故郷のためを思う立派な理由だろう」
なかなかに、泣かせる話じゃないか。これで奮い立たねば、男じゃない。
「任せておけ、俺が必ず、マンティコアを倒してやる」
「おお、クロノ様……ありがとうございます!」
ガッチリと固い握手をケイと交わし、俺の戦意は高まった。
「……くぅー」
一方、リリィはお腹いっぱいで眠っていた。