第625話 お見合いとお仕事と
「この度は大変なご迷惑をおかけしました。本当に、申し訳ございません」
「いいんだ、頭を上げてくれ、エリナ」
ほぼ直角に頭を下げて、誠心誠意の綺麗な謝罪ポーズのエリナを、俺は慌てて止める。
何故、スパーダ冒険者ギルドの受付嬢たる彼女が、こんなに真剣な謝罪をしているのかといえば、ギルドの仕事にミスがあって冒険者の俺に損害が、というワケではない。
「俺も、見合いの相手がエリナだとは思わなかった」
先日、エリウッドさんの無茶振りによって受けることとなったお見合いの話。リリィとフィオナをなだめ、失礼にならないようそれなりに事前準備も整え、いざ本番、とお見合い会場となる貴族街の有名なホテルへやってくると……そこでエリウッドさんに自慢の娘と紹介されたのが、よく見慣れた顔の受付嬢エリナだったというワケだ。
意外、であると同時に、何故か納得してしまった。
「私も、まさかクロノ君が来るなんて、思わなかったわよ」
はぁ、と重い溜息と共に頭を抱えるエリナ。
何でも、エリウッドさんは俺が見込んだ男だと、かなり誇張してエリナの相手が如何に素晴らしい男性であるか宣伝していたという。散々、期待を煽っておきながら、いざやって来たのが顔見知りの俺なのだから、そりゃあ、ガッカリもするか。
「いや、何か、ごめん」
「どうしてクロノ君が謝るのよ」
ふふふ、と苦笑いのエリナ。今はお互い、妙に居心地が悪いのは確かでもある。
エリナは俺と顔を合わせるなり、全てを理解したようで、物凄い剣幕でエリウッドさんに詰め寄り、一方的にまくし立てては、そのまま追い返してしまった。
だから、「後は若い二人にお任せして」の台詞を聞くまでもなく、退場となっている。娘にマジギレされて、すごすごと退散していく父親の顔の情けないことよ……俺はまだ父親にはなってはいないが、同じ男として、何となく気持ちが分かって同情心を誘われてしまった。
いやでも、俺にもエリナにも、相手の名前をもったいぶって明かさなかったエリウッドさんが悪いということで、助け舟は出さないぞ。
「もう、クロノ君はランク5冒険者として忙しいんだし、特に最近は個人的な事情もあったみたいだし……ただの騎士でしかないパパが、無理を頼んでいい相手じゃないわよ」
エリウッドさんは第一隊で中隊長を務めるくらいだから、相当なエリートだぞ。ただの騎士、と一兵卒みたいに扱っていい身分ではない。
しかしながら、俺もランク5冒険者の肩書きを持つ以上、それなりの社会的地位があるのも事実。もっとも、騎士と冒険者とでは、どっちが上だとか比べること自体がナンセンスなのだが。
「気にしないでくれ。例の個人クエストも無事に済んだところだったしな。約束を果たすには、ちょうどいいタイミングだったよ」
「約束って……どうせ、パパが一方的に押し付けただけでしょ」
流石、娘だけあって、よく分かっている。俺は苦笑で答えるより他はない。
「はぁー、でも、緊張して損したわ。あのパパが凄い本気になってたから、これはいよいよ私も結婚させられるかなーって」
「やっぱり、親が決めた相手と、ってのは嫌だよな」
「でも、貴族の真似事みたいに、騎士でも結構そういうのは多いから……パパも一応、そこそこ偉いし、お見合い結婚させられるのも、しょうがないところもあったの」
「だからといって、素直に受け入れられることじゃないだろう」
特にこの手の話題は、今の俺にとってはタイムリーだ。自分の選択を思えば、俺はこの先一生、恋愛結婚を肯定しなければいけないだろう。
「うん、まぁね……好きな人がいるなら、尚更ね」
「そ、そうだったのか。そうだよな」
「もう、鈍いんだから」
「ってことは、俺の知ってる人なのか!?」
参ったな、エリナに好きな人がいたことにも驚きだが、それが俺の知ってる人らしいってことに、さらに驚きだ。
誰だろう。正直、俺は他の冒険者についてそこまで詳しくない。エリナは受付嬢だから、顔も名前も大勢覚えているだろうが……しかし、俺の知る冒険者と言えば……もしかして、ネロ、いや、あるいはカイとか? ファルキウス、という可能性もあるな。
この辺の男なら惚れられるのも納得いくが、恋愛成就するかは難しいところだろう。
「あー、なんだ、その、俺にできることなら、協力するから」
「いいわよ、そういうのは自分で何とかするから」
頼りにならなくてすまん。実際、頼られても困る。俺の恋愛経験は、何て言うか一般的なソレとは随分と逸れたものだったし。
「ところで、クロノ君の個人クエストの結果、聞かせてもらってもいい?」
「ああ、そうだな――」
全てが無事に終わった今だからこそ、エリナに笑って聞かせられる。アヴァロンで繰り広げられた、地獄のような痴話喧嘩の顛末を。もっとも、過激な部分は伏せさせてもらうけど。
「……そ、それはまた、大変だったわね」
「まぁな」
流石のエリナも、ランク5冒険者同士の痴情のもつれが引き起こした大参事に、ドン引きな様子。改めて、死人がでなかったのは奇跡的だ。
「でも、これでまた『エレメントマスター』として活動していくってことになるのよね」
「ああ、そのつもりだ」
十字軍の脅威は去るどころか、いよいよ影響力を増しているのだと、ミアに警告されている。もう、内輪で揉めている場合じゃないのだ。
「それなら良かったわ。今後とも、スパーダ冒険者ギルドをご利用ください」
「早速で悪いんだけど、聞きたいことが幾つかある」
「折角プライベートで会っているのに、もう仕事の話?」
「ああ、スマン。昼食は奢るから」
「ここのランチ、結構高いわよ?」
「一食分なんて、安いもんだ」
いいよね、普通の女の子は、食べる量が常識的で。
「いいわ、私もこれからクロノ君がどうするのか、気になっていたし。それで、まず何から聞きたいの?」
エリナからスパーダの近況を聞くという、お見合いというより単なる情報収集で終わったその日の夜、俺は意を決してリリィと向かい合った。いや、エロいことする覚悟ではなく、純粋にこれからの行動方針についてだ。
「話によると、スパーダでも『アリア修道会』の名前を聞くようになったらしい」
「そうみたいね」
ベッドの上で、俺は小さなリリィをぬいぐるみのように抱えているのだが、すでに彼女の意識は大人のモノに切り替わっている。
「ミアは言っていた。奴らは、ただの布教活動以外に、パンドラに白き神の影響力を取り戻す何らかの方法を実行しようとしていると」
「うーん、ヒントは?」
「何も分からん、困ったことに」
結局、イチから自分達で探っていくしかないという状況である。何かヤバいから急いで調べろよ、と発破をかけられただけって感じだ。
「それじゃあ、今すぐどうこうできる問題ではないわね」
調査というのは、人手も時間もかかるものだ。まして、俺はそのテの活動に関しては素人だ。調査が得意な別な冒険者なり業者なりに、依頼を出す、という以外にとれる選択肢はなかった。
「いいわ、こっちの方は私が何とかするから」
「すまん、頼りきりになってしまって」
「いいのよ、実際に動くのは私の僕達だし」
リリィは早速、ホムンクルスを活用していく方針のようだ。
アインを筆頭に、『生ける屍』の九人は本物の人間と遜色ない自立行動が可能となっている。
「思い切って、一人くらい『アリア修道会』に潜入調査させてもいいかもね」
「それは……大丈夫なのか?」
「本当に洗脳されるんだったら、それはそれで収穫があるわよ。いざとなったら、自爆させればいいし」
もう少し労わってあげて、と言いたいところだが、潜入調査のメリットは大きい。普通の人なら任せられないような危険な任務も、スペアボディで幾らでも替えの利く彼らなら、何の問題もないのだから。
「うふふ、クロノはただ、結果を待っててくれるだけでいいから」
「何か俺、甘やかされてる気がするんだけど」
「適材適所よ。でも、ホムンクルスの運用はまだまだ私も始めたばかりの初心者だから、成果を上げるにはしばらく時間がかかりそうだけど」
リリィがシャングリラで製造をし続けているホムンクルス達には、すでに立派な活用方法がある。
一つは、単純に戦力として。
今や俺達は使徒とも対等に渡り合えるだけの力を手に入れてはいるが……使徒と共に、無数の十字軍もいるのだ。戦力は一人でも多いに越したことはない。
ホムンクルスの人数と、練度が高まれば、本格的に傭兵団を設立するというのも可能だ。今の俺には、あまりピンとこない話だし、できるとしても、まだ先になりそうだが。
二つ目は、労働力として。
何をするにしても、人手ってのは必要になる。まずは目に見えるところから、というワケでウチにも執事とメイドを置いたし、リリィの古代技術研究&復旧の作業員としても仕事がある。人数に余裕があれば、シモンの銃工場に出向させてもいい。他にも必要なことがあれば、なんでも押し付ければいい、ぶっちゃけ、都合のいい奴隷だから、とリリィは堂々と言い放っていた。
「それに、クロノはやるべきことがあるでしょ?」
「ああ……まずは、最後の加護を試さなくちゃな」
全ての試練を乗り越えたが、それで最強無敵の魔王様、になれたワケではない。すでに習得している加護だって、まだ満足に扱えていないし。第七の加護もどんな能力なのか未知数だ。
きっと、試練が終わって、俺はようやくスタート地点に立てたといったところだろう。
ちなみに、ついに全ての試練を乗り越えた今こそ、神殿で正式に加護を証明できる! と意気込んで、再びスパーダの大神殿に乗り込んだのだが……結果は、不明とのこと。
どうやら、完全に魔王の力を自分のモノとしなければ、加護証明の儀式で、ミアの名前が保証されることはなさそうだ。
まぁいい、自分の未熟は承知している。せいぜい、頑張ろうじゃないか。
「試すのに、ちょうどいいクエストはあった?」
「今日はギルドに行ってないんだが」
「でも、エリナから聞いたんでしょう?」
「……まぁな」
お見合いに行って、相手とほぼ仕事の話しかしてこなかったのは、改めて思えば失礼なことこの上ないな。いやでも、変に色気のある話をすればいいってもんでもないだろうし、エリナ自身、思い人がいるらしいから、あんまり下手なことは言えないし。
ビジネスライクな関係というのは、これはこれで気楽である。
「とりあえず、幾つか候補はあるから、明日にでもギルドに行って選んでくるよ」
真面目に冒険者の仕事をして、稼がないといけないし。今回は俺も高額なクエスト『神滅領域アヴァロンの未踏領域攻略』を出したので、かなりの出費となっている。ざっくり言えば、2億クランほど。
しかし、これでも当初の予定の半分以下だ。だって、クエスト報酬は一人一億と明記してしまった。集ったメンバーはカイ、ファルキウス、ルドラ、セリスで合わせて四人。
ちなみに、シモンにはこれまでの投資額があるので、そこから差し引くという約束になっている。友達だからって、無給で働かせるワケないだろう。
ともかく、無事にクエスト達成、というか俺の目的は果たしたのだから、当然、四人全員に報酬を支払わなければならないのだが……俺が支払ったのは、カイとファルキウスの二人だけだ。
ルドラはいつの間にか消えてしまって、そもそも報酬を受け取れない。まぁ、ギルドの規定で一定期間内なら報酬受け取りの権利が生きているから、その間に現れれば支払うが……恐らく、彼が俺の下を訪れることはないだろう。
そして、セリスにも一億クランの報酬を支払わなければならないのだが、何と彼は辞退した。
「私は大した仕事はできなかったし、負傷もなかったからね」
とは言うものの、命をかけてアヴァロンを踏破し、リリィと戦ったことに変わりはない。
「報酬は辞退する、けど……クロノには今度、力を貸してもらいたい」
冗談でも何でもなく、どこまでも真剣にそう言われてしまえば、俺としても頷かざるを得ない。どうやら俺は、一億に見合った戦いを、セリスのためにしなければいけないようだ。
さて、それが一体どういう事情かと問いただせば、答えは帰ってこなかった。
「今は何も、詳しいことは語れない。けれど、もし、その時がきたら……クロノ、君の力を頼らせてもらうよ」
そこはかとない、アヴァロン貴族の陰謀めいた気配がする、セリスのあからさまに思わせぶりな台詞だったが……いいだろう、大人しく、俺はその時とやらを待つとしよう。
勿論、気が変わってやっぱり一億くれというなら、受付期間内ならいつでもお支払しますよ。
ともかく、億単位の出費となったので、これからのことを思えばしっかり稼いで軍資金を貯めなければ。いざって時にお金がない、で準備ができなければ、ランク5冒険者の名折れだろう。
「ふふ……クロノとクエスト一緒に行くのって、凄く久しぶり」
「そうだな」
緊急クエストのガラハド戦争を除けば、最後にリリィと一緒に行ったクエストは『ラストローズ討伐』になるのか。確かに、随分と久しぶりだよな。
「明日は私もギルドにいくね」
「ああ、一緒にクエスト選ぼうな」
そんなノンビリした雰囲気で、そのまま俺とリリィは眠りに――
「リリィさん、今日は私がクロノさんと一緒に寝る番なので、早く出てってくださいよ」
「むぅー、やぁーっ!」
急に幼女に戻ってゴネるリリィを容赦なく引っぺがして、代わりにフィオナがベッドにイン。
「あー、その、俺がいうのも何だが、仲良くな」
「仲が良いほど殺し合う、というではないですか」
「喧嘩だよ」
割とシャレにならない冗談だ。ガチで殺し合った仲の二人を思えば、笑うに笑えないんですけど。
「そんなの、どっちでもいいですよ」
よくないよ、とツッコミの言葉が出てくる前に、口が塞がれる。触れる唇の柔らかさ、鼻をくすぐる芳しい香り。何度となく経験しても尚、心臓の鼓動が高鳴る。まして、いきなり来られると、割と焦る。
それにしても……俺がお見合いになど行ったせいか、その夜のフィオナはいつもより激しかった気がした。