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黒の魔王  作者: 菱影代理
第32章:修道会の影
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第623話 ずっとトモダチ

「く、くぅ、クロノくぅーん!!」

「うわぁっ!?」

 と本気でビビって回避行動に移ってしまいそうな勢いで、ネルが襲い掛かって、もとい、飛び込んでくる。

 彼女が待っているという部屋の扉を開けて、その中で物憂げな表情で上品にソファに腰掛けていたネルと目があった、次の瞬間にコレである。

 何て声をかけようか、迷う暇もなく、ネルは俺の胸の中へと飛び込んできたのだった。

 目いっぱいに俺の体を抱きしめては、声をあげて泣き出すネルの姿に、ああ、何て言うか、これが正しい感動の再会ってやつなんだろうなと思う。こんなストレートに感情的なリアクションをされると、俺も頑張って戦った甲斐があったと思えるね。

「あー、申し訳ないが、姫様が落ち着くまで、しばらくそのまま待ってやってくれないか」

「セリス、お前はやけに冷めてるな」

「私は大した怪我もなかったからね」

 セリスの姿が、バサバサと揺れ動く白翼の向こう側に見える。やはり、お姫様を守るナイト役たる彼も、一緒に部屋にいたのだ。

 リリィに負けたことを恥じているのか、それともネルの大泣きに呆れているのか、苦笑を浮かべる彼と目が合うと、俺の心もすぐに落ち着いてきた。

 そうして、大泣きに泣くネルをあやして十分か二十分か……

「――うぅ、ごめんなさい。少し、取り乱してしまいました」

 少しってレベルじゃないだろう、と無粋なことは言わない。とりあえず、ようやくネルの気持ちも落ち着き、マトモに話し合える準備が整った。

「ネルも無事で良かった。フィオナとサリエルについていくなんて、とんでもない無茶をしたとは思うが」

「だって、私はただ、クロノくんのことを……」

「いいんだ、分かってるよ。俺のことを助けようとしてくれたんだってことは」

 そして、ネル・ユリウス・エルロードという少女は、友人の為に命をかけて戦える人物であるということを、俺はよく知っている。思い知らされたとも言うべきか。本当に、ネルはよく無茶をするもんだと思って、かえって心配になる。

 いやしかし、何かとトラブルに巻き込まれる俺の方が、彼女からすればこれ以上ないほど見ていて心配になる大バカ野郎ってことなんだろうな。

「ありがとう。ネルも、セリスも、みんながいたから、俺はリリィを取り戻すことができたんだ」

 苦労も苦痛もあったが、最良の結果を出せたのだから、言うべき言葉は感謝の一言に尽きるだろう。

「いえ、私の方こそ、何もできなくて……その上、クロノくんに助けてもらうなんて」

「気にしないでくれ。俺は当然のことをしたまでだ」

 謙遜でも何でもなく、今回の戦いの原因は半分以上俺の責任だからな。マジで犠牲者が出ていたら、取り返しのつかない事態になっていた。

 リリィが全員生け捕りを選んでくれたのは、心のどこかでこういう時のことも考えていたのかもしれない。そう思うのは、俺が甘いからなのだろうか。

「それにしても、リリィとネルの戦いって、ちょっと想像つかないけど、どんな感じだったんだ?」

 サリエルの敗北と同じく、ネルが負ける時の戦いもまた、ヴィヴィアンは目撃していないから、何の記録もない。カオシックリム戦でネルの実力はよく見たが、戦闘スタイルが全く異なるリリィが相手となると、果たして古流柔術の達人はどんな立ち回りをするのか、つい気になってしまう。ほら、俺も男だし、冒険者だし、一応、狂戦士だし。

「え、えっと、それは……」

 この二人の戦いならば、英雄譚として記されてもおかしくない名勝負だろうと思ったのだが、あからさまに焦った様子で、全力目逸らしのネル。

 何だ、もしかして地雷踏んだ?

「すまん、負けた戦いの話だし、聞かない方が良かったよな」

「いえ、そんな……ただ、私がふがいないばかりに、その……」

 という自省の言葉とは裏腹に、やけに熱っぽいネルの視線が突き刺さる。これ以上は聞いて欲しくはないような、でも、何か期待しているかのような、そんな見つめられると男として非常に照れてくる視線であった。

「いや、うん、わかった、この話は聞かなかったことにしてくれ」

「うぅ、そ、そうですね」

 戦いの様子を聞いただけなのに、何故か真っ赤になって俯くネルという結果を残して、俺は話題を打ち切った。リリィとネル、二人の戦いの模様がどんなものだったのか、ますます気になってしまったが……これ以上、詮索するのはやめておこう。知ったら後悔することになる、そんな予感がするのだ。

「えーと、セリスの方は、大怪我しなくて良かったな」

 苦し紛れの話題転換。だが、こっちも気にならないワケではない。『ブレイドマスター』とリリィとの戦いは、救助に向かっていたから俺も全てを見届けてはいないからな。

「私は魔力切れで倒れたところを、一発で気絶させられただけだったから……他のみんなは酷い重傷で、私だけが大した怪我もないのは、むしろ心苦しいくらいだよ」

 そんなことない、と簡単に言えないってのは、あの惨状を俺も目にしたから分かる。カイはボロボロで両腕がなかったし、ファルキウスは本人だと分からないくらい丸コゲだったし、ルドラは『反逆十字槍リベリオンクロス』で磔にされているし。完全に手遅れだったと思ったものだ。

 俺が彼らの戦いを目撃したのは、ちょうどリリィが戦人機ナイトフレーム『スプリガン』を繰りだし、加護の力を発現させたルドラを抱えて空中で自爆したところからだ。最初に見た時は何が起こっているのか分からなくて、ちょっと焦りながら城を出たもんだ。

 そして、外に出た時は、ルドラはもう磔にされていたし、セリスも大観覧車の天辺で気絶していたってワケだ。

「それでも、怪我はしないに越したことはない」

「ふふ、君が言うと、説得力がありすぎる」

 まぁな、ダイナミックな心臓移植は、オススメしないぜ。二度とやるもんか。

 そんな風に、みんな無事に戦いを終えられたからこそ、冗談のようにお喋りできるのだ。ネルを相手に、俺とセリスが経験してきたアヴァロン攻略の様子なんかも話していれば、あっという間に時間は過ぎ去っていく。

 楽しい話もいいが、俺としては真面目に話しておかなければいけないことも、残っている。

「ネル、セリス――リリィのことを、許してくれとは言わない」

 二人は俺の為に戦ってくれた。リリィは単純に敵としか見れないだろう。

「それでも、俺にとってリリィは大切な女の子で、彼女を取り戻すために戦った。だから、俺がリリィと一緒にいることは、許して欲しい。勿論、もうこんな暴走はさせない。殴ってでも止めてみせる」

 そんな時は、今度こそ俺の命はないかもしれないが。なんて、言わなくても分かるだろう。本気になったリリィの恐ろしさを、俺達は嫌というほど体験してしまったから。

「大丈夫ですよ、クロノくん。私、ちゃんと分かっていますから」

 そっと、ネルの手が俺の掌に重ねられる。

「クロノくんは、優しいから。だから、私のことも、リリィさんのことも、助けたのですよね」

「ああ、俺は……誰も失いたくなかった」

「ええ、それでいい、それでこそ、クロノくんです」

 そう言って微笑むネルが、眩しく見えて仕方がない。ああ、やっぱり、ネルは優しい。その優しさに、救われる。

「ありがとう、ネル」

「いいんですよ。だってクロノくんは、私の大切な――お友達、ですから」




「……友達、ですか」

 クロノが去った後、やけに静けさの満ちる室内に、ぽつりとつぶやいたセリスの声が妙に響いた。

「姫様、本当に、これで良かったのですか?」

「いいわけないでしょう」

 ゾっとするほど冷たい声音。それは、先ほどクロノに聞かせた甘い声とは、あまりに異なる。

「セリス、貴女も聞いたでしょう。フィオナさんは、恋人のまま。リリィさんは……ふふ、婚約者、ですって」

 これだけのことを仕出かしておきながら。そんなこと、ネルでなくたって、誰もが思って然るべき感想であろう。

 しかし、この際、それは置いておく。今のネルにとって、何よりも問題なのは、

「そして、私は、ただのお友達……ふっ、ふふっ、くふふふふ……ふっ、う、うぅううーっ!!」

 冷めた笑いは、すぐに涙ながらの嗚咽へと変わる。

 ああ、おいたわしや、姫様。そんな気遣いの言葉に、何の意味もないことをセリスは知っている。

「姫様、これで良かったのですよ。もし、本当にリリィさんとあの二人が相討ちして、姫様が一人勝ちをしてしまっていたら……きっと、クロノの心が救われることは二度とない。あの夢のようには、決してならないのです」

 セリスだけは、他ならぬネル自身から聞いていた。とてもクロノには語って聞かせられない、リリィの見せる甘い夢に溺れに溺れた、自分の情けない戦いぶりを。

「でも、でもぉ……なんでぇ、リリィさんは、あ、あ、あんなに、酷いことをして、クロノくんを苦しめて、なのに――」

 これではまるで、婚約者の座を得た、リリィの一人勝ちではないか。

 そもそもの元凶でありながら、最も責められるべき大罪人でありながら。彼女は、あの優美な微笑みと共に、再びクロノの隣へと平然と座ってみせたのだ。

 だが、真にネルを嫉妬で狂いそうにさせているのは、そんな都合の良い結果論ではない。ネルもまた、フィオナと同じく見てしまったから。クロノとリリィの戦いの結末を。

「どうして、リリィさんだけあんなに愛されるんですかぁっ!!」

 心臓を失ったリリィに、自らの心臓をクロノは与えた。素手で胸を抉り、酷い血塗れの凄惨で野蛮な心臓移植はしかし、ネルの瞳には神聖な儀式として映った。

 ああ、人は、愛する人のために、ここまですることができるのかと。クロノの行為は、万の言葉よりも雄弁に、その思いの深さを物語っていた。

 感動した。素直に、感動で打ち震えてしまう。

 そして、次の瞬間に絶望する。

 熱き血潮が迸るままに、クロノの愛を一身に受けているのが、自分ではなく、他の女であることに。

「わ、私だって……クロノくんは、同じこと……」

 もし、あの場で倒れたのがリリィではなく自分だったら。クロノは自らの心臓を与えたかどうか――ネルは、確信をもって肯定できなかった。

 それが、イコールで自分とリリィとの差。つまり、ネルは負けた。敗北を、自らの心が認めてしまったのだ。

「ええ、そうでしょう。きっと、クロノはリリィさんが相手だったからこそ、あそこまでの無茶ができたのです」

 激しい嫉妬と、けれどそれを全肯定できないほどの敗北感とに苛まれて、ネルは再び泣き暮れる。言葉にならない泣き声を上げ続けるネルの姿は、正しく恋に破れた乙女に相応しい。

「……けれど、そう悲観することもありませんよ、姫様」

 セリスは、今度こそ優しい慰めの言葉をかけた。

「クロノはリリィさんもフィオナさんも、二人ともとった。サリエルという奴隷だって手離さなかった」

 彼の意思は、聞かされたばかり。何も難しいことはない。なるほど、これ以上ないほど分かりやすい、男の願望であった。

 つまり、ハーレム。

「それなら、三人目でも、四人目でも、いいのではないですか、姫様」

 寄り添うように、ネルの肩を抱くセリス。

「あのリリィさんだって、クロノを独占することはできなかった。そして、クロノ自身も覚悟を固めた。今なら、この状況だからこそ……誰にでも、彼に愛してもらうチャンスがある」

 果たしてそれは、失恋した友人にかける慰めの言葉として正しいのかどうか。

 一番じゃなくていい。そう割り切ることの安易さと、一途な愛を裏切る拒否感を、秤にかけるような提案。

「クロノがハーレムを作るだなんて、素晴らしいではありませんか。これで、もうこんな醜い争いはなくなる。彼の隣には座れなくても、傍にいることはできるのです。そう、その気になれば、こんな私でもね」

「――セリス! 貴女、まさか!?」

「ふふ、冗談ですよ、姫様」

 そう微笑むセリスの姿は、帝国学園の女子生徒を夢中にさせる麗人そのもの。悩みも焦りもなく、美しく優雅に、セリスはネルを見つめ返した。

「どうですか、そんな風に考えれば、少しは気も楽になるでしょう。何も、悲観することはありません。元の鞘に収まっただけで、今までと何も変わらないのです。だから、また頑張りましょう、姫様。クロノはきっと、ずっと、待っていてくれますよ」

 ふりだしに戻った。

 最初から、ネルがクロノと初めて出会ったあの時から、すでに彼の両隣りはあの妖精と魔女によって埋まっていたのだ。その後ろから、ネルは追いかけはじめて――何度もつまずいては転び、手が届いたかと思えば、また遠のく。

「ええ……そう、そうですね、セリス」

 同じなのだ、今も昔も。

 ネルはまだ、何もできず、何も成せず、ただフィオナに利用され、リリィに敗北し、最強最悪の恋敵ライバル達に翻弄されてばかり――けれど、そんなことは今に始まったことではない。

 ネルは今もまだ、走り続けている最中なのだから。足りない愛を、届かない思いを、どうにかこうにか埋めて、愛しい彼の元まで辿り着くために、醜く無様にも、懸命に足掻き続けている。

 だから、何も諦める必要などない。いつか、この手が彼の背中に届くまで。

「アヴァロンへ、帰りましょうか」

「はい、姫様」

 ネルの目からは、もう涙は流れない。

「帰って、考えます。ただのお友達から、その先に進むための方法を」

 そうして、白き翼の姫君は、幾度目かの敗北にもめげず、不死鳥の如く蘇り、また恋愛成就の茨の道を歩み始めた。

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― 新着の感想 ―
セリスが清涼過ぎてハーレム候補の4人との対比がすごい。
[一言] アリアの加護って確か自分の命と引き換えに人を蘇る魔法だよね…その内愛の証明の為に使う場面があるんだろうか…
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