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黒の魔王  作者: 菱影代理
第32章:修道会の影
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第619話 灰色の取引

 新陽の月20日。つまり、俺がアヴァロンの交差点でクロノの野郎と出くわしてしまった日のことだ。

 リンの馬鹿がのこのこ出てきたせいで、よりによってクロノに彼女の存在がバレてしまった。正直、不注意だった俺の落ち度だ。リンと、昔の仲間と、また交流がはじめられたことで、俺も少しばかり平和ボケをしちまったのかもしれない。

 だが、アイツは元々、このアヴァロンについて探りを入れていた。普通にリンがこの街で生活を続けている以上は、いつかバレることは確実だった。

 その時に備えてはいるのだが、さて、その手を使うのが今かどうか、と少しばかり頭を悩ませながら、俺は、いや、リンを含む俺達はセントユリア修道院へと帰った。

「どうもぉ、お初にお目にかかります、私、アリア修道会で司祭を務めている、グレゴリウスと申します。以後、お見知りおきを」

 帰った先で待っていたのは、如何にも胡散臭い面の男であった。キツネを思わせる細目で、慇懃な態度は本心を隠す強固な鎧。嫌な奴だ、このテの輩はどいつもこいつも、食わせ者ばかりだからな。

 何故、別な新興宗教の怪しい司祭がここに、という疑問は誰もが抱いたが、修道院の主たるエミールがとりなすことで、ひとまず、話し合いの場は設けられた。

 この場には、俺とリン、修道院のエミール司祭、そして招かれざる客であるアリア修道会のグレゴリウス。かび臭い石造りの狭い応接室で、話は始まった。

 まず、グレゴリウスは仮面染みた薄ら笑いを浮かべながら、口火を切る。

「貴女は、ベルグント伯爵のご令嬢にして、我らが修道会の司祭の位を持つ聖職者。リィンフェルト・アリア・ヘルベチア・ベルグント様で、間違いありませんね?」

「な、なんのことでしょうか、私はリンです。ただの薄汚いスラムの孤児で、伯爵令嬢とかホントありえないんですけどー」

「はぁ……この馬鹿」

 そんな全力で視線を逸らしながら、冷や汗かいて棒読みで否定の台詞とか、白状しているも同然だろうが。

 しかし、たとえリンが舞台女優並みの演技力を持っていたとしても、この男が直球で問い詰めてきた以上、白を切り通すのは不可能なほどの証拠を山ほど抑えているに違いない。

「ああ、そうですか、残念です、人違いでしたかぁ……いやぁ、以前に見かけたリィンフェルト様のお顔と、あまりにもソックリでしたもので。よく似た別人だったとは、本当に残念でなりませーん」

「そーですか、ご期待に応えられず、私も残念ですー」

「はっはっはっは、この世にはよく似た人が三人はいるといいますからねー」

 あえて正体を問い詰めないのは、どういうつもりなのか。白々しい笑いのグレゴリウスの意図は、まだ読めない。

 ただ、マジで上手く誤魔化せたラッキーって確信している表情のリンは、本気で馬鹿だと思う。頼むから、もうお前は一言もしゃべるな。

「もっとも、貴女が本物のリィンフェルト様であったとしても、再び『ヘルベチアの聖少女』に戻るのはオススメしませんけれど。なにせ、お父上たるベルグント伯爵はガラハド戦争にて討ち死に。敗戦の責を連合した貴族の方々から問われ、ヘルベチア領は大変なことになっているとお聞きしています」

「うわっ、やっぱお父様マジで死んだんだ」

「あっはっは、リィンフェルト様によく似た別人のリンさん、貴女は孤児だったのでは?」

「はわわっ!」

 今更口を塞いでも遅せーだろ。何で正体を探る方の奴に、お前の嘘をフォローさせてんだよ。

「おい、ナントカ言う伯爵令嬢の話は、もうどうでもいいだろうが」

「おっと、失礼、その通り。すみませんねぇ、私、お喋りな性質でして」

 折角、向こうが追及する気がないことをアピールしてくれているのだ。リンの失言で自爆を続ける必要はない。

「で、本題は何だ?」

「セントユリア修道院を、アリア修道会が掲げる十字教の教派であると認定し、以後、活動の協力をしていきたいと思っております」

 なるほど、協力ときたか。

「似たような芸風の奴が近場にいたら目障りだから、さっさと傘下に入れってことか? ギャングの理屈だな」

 断れば、力で排除するか、陰湿な嫌がらせの始まりだ。協力を求めるとは、選択肢を示すように見えて、実質ただの命令だ。

 気に食わない態度だが、アヴァロンで人気急上昇中のアリア修道会なら、それができるだけの力はすでにあるだろう。

「とぉーんでもございません! 我々は純然たる事実として、セントユリア修道院の教えを、遥か古の時代に失われた十字教教義を汲む、貴重な教派であると考えています」

「おい、勝手にお前らの十字教とウチの教えが元は同じってことにしてんじゃねーよ。論理の飛躍を前提に話をされちゃあ、議論にもならねぇ」

「ご安心を、その辺の込み入った宗教論争は、すでにエミール司祭と話はついておりますので」

 ちっ、この野郎、前にもここに来てたってことかよ。根回しは万全か。

「……本当なのか、エミール」

「ええ、十字教は間違いなく、セントユリアの教えの源流です。一人の聖職者としては、十字教を学び、神の教え、その真理の探究をするのが正しいと、私は確信しています」

 不当な圧力には屈しない胆力があり、良くも悪くも嘘はつかないエミールだ。彼の言葉は本心からのものだろう。

 込み入った宗教の話となれば、俺が口出しできるものではない。グレゴリウスとエミール、司祭同士で話し合って決着がついたのなら、それを覆す道理はない。

「そうか、なら、お前の好きにするといい」

「よろしいのですか、ネロ様?」

「この修道院はお前のモノだ。俺はただ、ささやかな寄付をするだけの、ちょっとした関係者でしかない――安心しろ、どんな選択をしようと、俺の行動は変わらない」

 少なくとも、ここに抱えるチビ達が餓えない程度の寄付はしていく。約束、だからな。

「お心遣い、痛み入ります」

「気にすんな、俺が好きでやっていることだ」

 エミールとここまで話がついているなら、アリア修道会と手を組むってのは確定だな。

「で、そういうことなら、俺とリンがこの場にいる意味もねぇな。修道院の運営の話なら、司祭同士でやればいい」

「いえいえ、協力の話は本題に入る前の、あくまで前置きに過ぎません」

「そうかよ」

 椅子から浮かしかけた腰を、再び沈める。この期に及んで、コイツは何を言い出すやら。

「んふふ、こうしてお会いできたのも何かのご縁、いえ、我々の教えでいうなら神のお導きというもの……アヴァロンの第一王子、ネロ・ユリウス・エルロード様、貴方も白き神の奇跡に触れてみてはいかでしょう?」

 濃紺の装丁に小さな白い十字が描かれた、分厚い本を差し出される。

 なるほど、コイツが噂の『聖書』ってやつか。

「悪いが、興味ないね。特に、神ってヤツにはな」

「そうですかぁ、それは残念です。ネロ様はこのセントユリア修道院に随分とご執心の様子でしたので、我らが十字教にも興味がおありかと思ったのですが、うぅーん、アテが外れてしまったようですね」

「ついでに、アヴァロン王家ウチはパンドラ神殿だから、宗派を変える予定もねぇ」

「これは失礼……ですが、十字教の扉はいつでも開かれております。未だ信じぬ者は多くとも、偉大なる白き神は、いずれ全ての人類を導くことでしょう」

 うんうん、と一人で勝手に感動しているグレゴリウス。ええい、話の進まない奴め。

「勧誘が失敗したなら、大人しく帰ったらどうだ?」

「いえ、まだここに、迷える子羊はおりますので――それで、リンさん、貴女はいかがです?」

「えっ、私?」

 お前、絶体話聞いてなかっただろ。この流れで、よく部外者面ができるもんだ。

「ええ、そう、貴女です。リンさんはリィンフェルト様とは瓜二つの全くの別人ですが、さらに奇跡的に彼女と全く同じ特殊な原初魔法オリジナル、『聖堂結界サンクチュアリ』の使い手であると聞いております」

「えっ、何で知ってんのよアンタ!? ここ以外じゃ使ったことないのにぃ……いや、でも使ったかも、誰も見てなかったはずだし……」

「リン、お前は本当に隠す気あるのかよ」

「あるもん! 命かかってんのよ!?」

 だとすれば、ソイツは随分と軽い命ってことになるな。

 だから、俺が守らなきゃいけないワケだ、やれやれ。

「それで、リンをどうしようってんだ?」

「彼女は特別な人です。『聖堂結界サンクチュアリ』は白き神の加護を強く受けたことの証に他なりません。少なくとも、十字教ではそうなっています。ですから、そのような神の奇跡を受けた聖なる者には、是非とも我らと共に歩んでいただきたく……」

「ふん、神輿はルーデルとかいうガキ一人で十分だろうが」

 アリア修道会の長として、ルーデル大司教という少年がいるのは知っている。顔も見たことがある。最初の頃は、この辺でよく布教活動して歩き回っていたからな。今ではアヴァロンの色んな奴らにあいさつ回りしているらしくて顔は見ないが、ここに戻って来れば信者を集めて盛大に説法してやがる。

 ド派手な法衣を着込んでいても、それなりに神秘的に見える顔の綺麗な少年ではあるが……それだけだ。どう考えても、あのルーデルという奴にはアリア修道会を率いるだけの実力はない。

 十中八九、組織を操る奴が別に存在する。それがこのグレゴリウスなのか、それとも、こんな野郎が何人もいやがるのか、そこまでは分からないが。

「ルーデル大司教は年若くも、聡明で深く教義を理解しておられる、尊敬すべき素晴らしい聖職者、ですが、聖人ではありません。今の我々には、一人でも多くの聖人、神の奇跡の体現者が必要なのです」

「で、リン、お前はどうすんだ? この胡散臭い野郎のお願い事を聞いてやろうってのか?」

「えっ、やだよ面倒くさい」

 ま、そりゃそうだよな。真顔で返答のリンには心底同意。わざわざグレゴリウスの頼みを真面目に聞いてやる道理はどこにもない。

「まぁまぁ、そう仰らず。せめて、こちらが提示する、リンさんの聖人としてのお働きに対する見返り、についてのお話だけでも聞いてはいただけないでしょうか」

 リンを引きこむセールストークはここからってことか。

 今、ここで強引に話を打ち切ることもできるが……コイツは何度でもやってくるだろう。リンは馬鹿だから、俺のいない間に変な契約でもさせられたら面倒だ。

 グレゴリウスの話、つまり、奴の手札はここで見ておかなければいけない。

「まずは、金銭。一心に神へと奉仕する聖職者に対し、お金、などという俗世の話を持ち出すのは好ましくありませんが……貴女はただの修道女ではなく、聖人です。こちらも、それに見合った生活、待遇を保証させていただきます。具体的には、あっ、こちらの資料にまとめてありますので、どうぞご覧ください」

 用意のいい野郎だ。グレゴリウスは、ご丁寧にも大司教ルーデルの名前が入った保証書モドキを差し出した。

 ざっと見た限り、なるほど、ランク5冒険者を雇うほどの即金に、ちょっとした貴族並みの収入を約束している。望めば領地も、おっと、宗教組織が持つのは寄進地と言うべきか。

 ともかく、一人の少女を雇うには、大げさすぎる金額が並んでいる。

「いかがでしょうか。これからセントユリア修道院とは協力関係を結ぶにあたり、孤児院の経営についても援助はさせていただく次第でしたが、貴女が十字教の聖人として立ち上がって下さるなら、さらに厚い援助も可能となるでしょう」

「わ、私は、金で動く女じゃあないわよ!」

 いいつつも、目が金貨になってるぞ。大金を目の前に、完全に心が揺れ動いてやがる。こういう欲望に正直なところだけは、アイツに全く似てないが……こういう方が、見ていて安心するのも事実だな。

「いえいえ、決してそのような意図などございません。ただ、ここで預かる孤児にとっては、より良い環境を提供するのが最善ではないかと。そして、子供達のために必要な資金を得ることに、一体何を後ろめたく思うことがありましょう。これは、神も認める善行に他なりませんよ」

「ふん、今でもネロが十分にやっていけるだけの寄付はしてくれてるんだから、これ以上は贅沢ってなもんよ! 清貧上等! スラムのシスター舐めんな!!」

「おい、無理すんな、リン」

 正直なところ、俺の寄付金は孤児院をやっていくには最低限のギリギリといった金額だ。これが俺の出せる限界だから、ではない。俺が王子だから、一定以上の寄付を特定の組織へ行えば、騒ぎになるからだ。

 だから、どこからもケチがつかない程度の金額しか、俺には出すことができない。裏をかいて、資金を流すこともできるだろうが……親父も王宮も、流石にそこまで間抜けではない。俺が使っている金の動きくらいは把握されている。

「無理なんかしてない、っていうか、お金が欲しいのは事実だけど、今すぐどうこうしなくたっていい話でしょ。もうちょっと頑張って節約していけば、いつかはこの礼拝堂を建て替えるくらい貯められるんだから!」

 けど、リンの言う通りではある。こちらは今夜食べるパンが買えないほど、金銭的にひっ迫しているワケではない。

 リィンフェルトと分かっていながら、リンを利用する気満々なアリア修道会の話に乗せられるには、ただの金だけじゃあ弱いな。まだ、リンの意地で突っぱねるだけの余裕はある。

「いやぁ、実に素晴らしい自立心! 流石は神に選ばれし聖人、いえ、聖少女、その御心のなんと気高いこと。私、感服いたしました」

 なんて、ヘラヘラ笑いながら言われても、馬鹿にされているとしか思えないのだが……コイツ、まだ何か隠し玉を持っているな。軽薄な笑みのグレゴリウス、だが、コイツからは全く退く気は感じられない。

「――だからこそ、我々はそんな貴女の身の安全こそを、第一に考えたいのです」

「はぁ?」

 間の抜けたリンの返事。しかし、俺の背筋に嫌な予感がゾクゾクと走り抜けていく。

「リンさん……貴女、悪魔に命を狙われていますね?」

「悪魔? なに言ってんの、馬鹿じゃない、今度は脅し?」

「黒髪の狂戦士。『黒き悪夢の狂戦士ナイトメアバーサーカー』を名乗る男、本名はたしか――クロノ、でしたか」

 瞬間、全てを理解したリンの顔が青ざめる。いいや、それどころか、顔面蒼白で体にも震えが走っていた。

「お前が何故、そこまで知っている」

 恐怖に震えるリンに変わり、俺が問うた。コイツは一体、どこまで調べている。

「ほんの、つい先ほどのことでしたか。近くの通りで、ちょっとした揉め事が起こっていたと小耳に挟んだもので」

「俺達を監視していたのか」

「ただの言い争いだったそうですが、その当事者がアヴァロンの王子とお姫様、それに加えてアークライト家のご息女に、つい最近、セレーネで大活躍したと話題の冒険者クロノ……これほど有名な方々が白昼の大通りで一堂に会したとあれば、人々に噂するなと言うのは無理な話ではないでしょうかぁ?」

 それにしたって、耳が早すぎるだろ。

 コイツはリンがリィンフェルトだと知っている。ならば、ガラハドの戦場でリィンフェルトを捕らえたクロノのことはマークして当然だ。

 その上で、今日の出来事を聞けば、推測は確信にも変わるってもんだろう。

「クロノという男は、一介の冒険者ではありますが……彼の持つ力は、我ら十字教にとって最も忌むべき邪神魔神の類によるものです。故に、我々は特別に彼の動向には気を配っているのですよ」

 俺の推測を肯定するかのように、自ら説明していくグレゴリウス。どこまで本気でクロノの力を恐れているのかは分からないが、少なくとも、奴と敵対していることだけは間違いないだろう。

「ガラハドの戦場にいたならば、もう十分お分かりかと思いますが、彼は非常に危険です。その狂気的な戦いぶりも、邪悪な加護の力も、そして何より、あの悪魔そのものといえる凶悪な風貌。今でこそランク5冒険者という地位に甘んじていますが、一体、あの男がどんな邪悪な野望を秘めているか! 得体が知れないという点では、目下のところ、最も警戒すべき人物であるといえるでしょう」

「その割には、奴の好き勝手にさせているようだが?」

「我々はただの小さな宗教団体に過ぎませんからねぇ、ランク5冒険者に堂々と喧嘩を売るなど、できるはずもありません。いざという時、自分達の身を守るので精一杯といったところで」

「頼りにならねぇな」

「というよりも、全く尻尾をつかませないのが一番の問題ですね。我々はギャングではありませんので、正当な理由、大義名分がなければ、どんなに邪悪な者が相手でも、戦いなどできるはずもありません」

 あの男が憲兵にしょっ引かれた、という話は神学校でも聞いたことはない。素行不良だとか、そういった類の噂もなかった。

 逆にいえば、あの容姿と実力を持ちながら、これといった悪い噂が流れないほど、影のように学校生活を送っていたということでもある。つまり、やろうと思えば自らの本性を押し殺し、静かに身を潜め続けることができるだけの理性を備えているということ。

 さながら、獲物を狙う猛獣が、気配を殺して忍び寄るようだ。奴はきっと、機会を待っていた。

 その最初の機会が、イスキアの戦いだ。

「今のところ、クロノに怪しい動きは見られません。しかし、セレーネでのカオシックリム討伐によって、あの男は見事にアヴァロンへと取り入る足がかりを得たのです。普段は目立たず過ごせる慎重さと同時に、機会があれば堂々と動く大胆さも持ち合わせている。いや全く、恐ろしいまでに完璧な立ち回りですよ。一体、どこまであの男の計算なのでしょうねぇ」

「……さぁ、それも邪神の加護かもな」

「おお、流石の御明察。もし邪神から神託を授かって行動を起こしているならば、暗躍が見られないことにも納得がいきます。その可能性は十分にありえるでしょう」

 冗談が冗談にならないとは恐ろしい。

 イスキアの戦いで名を上げると、次は待っていたかのようなタイミングでガラハド戦争が勃発した。そうして奴は、名実共にスパーダにおける英雄となった。

 そして今正に、アヴァロンでも同じように成り上がろうとしている。表向きは、普通の冒険者のように。けれど、普通ではありえない勢いで、クロノはネルを虜にし、さらにはあの高潔なセリスにまで取り入ってみせた。

 アイツが親父の前に現れるのは、そう遠くない……いや、近い内に王城に呼ばれるのはもう確定だったか。

 クロノが駆け上がる栄達の道は、冗談ではなく、邪神だか魔神だかが運命ってのを捻じ曲げて実現させているように感じるね。

「さて、クロノは我々の敵であると同時に、リンさんにとっても敵、というより、一方的に命を狙う、恐ろしい暗殺者といったところではないでしょうか?」

「わ、私は……別に……あんなヤツ、か、かっ、関係、ないし……」

「ええ、そうでしょう。なぜなら、貴女はリィンフェルト様ではなく、ただのリンさんなのですから。しかし――あの男は、そうは思ってないですよねぇ?」

 そりゃあそうだ、すでにクロノはリンの正体を知ってしまった。嘘も誤魔化しも、通用するはずがない。

「もし誤解を解く自信があるのでしたら、私共の方から彼に接触し、話し合いの機会を設けることもできますが?」

「やめてっ!!」

 野郎、分かってて言ってやがる。

 俺がリンをガラハド要塞から助けた時点で、もう話し合いで解決できる段階は超えている。

 もともと、アイツに話が通じるかどうかも怪しいが。

「リンは俺が守る」

「ネロ様のお力を疑っているワケではないのです。我々は心から、リンさんの命をお守りしたいだけ。そのために、少しでもお力添えができればと思っております」

「俺は、リンをお前らの元に戻すつもりねぇ」

 十字軍に戻れば、いつまた『聖堂結界サンクチュアリ』の力を利用するために、戦場に駆り出すか分かったものじゃねぇからな。

「コイツはただ、ここで平和に生活していりゃあ、それでいい。そのために、俺は……」

「いいよ、ネロ」

「なんだと?」

「私、アリア修道会に協力するわ」

「おいおい、お前、人の苦労を何だと思ってやがる」

「馬鹿、アンタの苦労を思ってやったから、こんな面倒なこと言ってやってんでしょうが!」

 なんでお前の方がキレてんだよ。

 しかし、こうなるともうコイツは聞かねぇぞ。典型的にムキになって意地を張るタイプだからな。

「私は馬鹿だし、アヴァロンにだって来たばっかだから、あんまりこの国のことは分かんないけど……ネロ、アンタは王子様なんでしょ。だったら、私一人だけに構ってる暇なんてない、ボディガードなんてできるワケないわよ」

「そんなことは、お前には関係ねぇ。俺は俺のやりたいようにやる、それだけだ」

「アンタの重荷に、なりたくないって言ってんの!」

 ああ、なるほど……そうか、そうだよな。モノは言い様、だが、そう言われてしまっては、どうしようもない。

「リン、俺は――」

「言い訳無用! ネロはネロのやりたいようにやればいい。だから私も、私のやりたいようにやるわ。どう、文句ないでしょ?」

 文句など、あるはずない。なぜなら、それは自分で決めたことだから。つまり、自由。

「ああ、分かった、悪かったよ……俺には、お前を止める権利はねぇ」

「でも、心配してくれて、守ろうとしてくれて、ありがとね。その気持ちは、本当に嬉しい」

 こんだけ世話を焼かせておいて、今更なにを恥ずかしそうに言ってるんだ。気にすんなよ、これも俺が好きでやったことだからな。

「どうやら、話はまとまったようですねぇ」

 ちょっといい雰囲気なのをブチ壊すように、グレゴリウスは何の臆面もなく声を上げた。

「ようこそ十字教へ、貴女の信仰を神もお喜びでしょう」

「ええ、そりゃあそうでしょうねー」

 喜色満面の笑みで、アリア修道会への協力を表明したリンを歓迎するグレゴリウス。本当によく口のまわる奴、長々といつまでも、その喜びを語っていそうな勢いで何か喋りまくっている。

「おい、何でもいいが、ちゃんとリンのことを守りやがれ。もし、しくじりやがったら、俺が直々にお前ら全員ぶっ潰す」

「心して、承ってございます。聖人たるリンさん。いえ、リン様の御身は我ら十字教徒が全身全霊をもってお守りいたします」

 そんな言葉を、信用するワケがねぇ。

 しかし、今の俺には、より確実にリンを守るにはこうするのが最善だというのも事実。利用できるモノは、せいぜい、利用させてもらう。

「んふふ、ご心配には及びません。リン様の所在と現状については、ネロ様へと逐一、ご報告させていただく次第です、はい」

「ついでに、第一王子の伝手も確保ってか」

「とんでもございません、全てネロ様のお心を慮ってのこと……他に必要なことがあれば、なんなりとご用命くださいませ」

 俺はコイツらに協力するとは言っていない、だが、奴らが一方的に俺へ協力することまでは拒めない。俺自身が何かを望んだ時、それを奴らは聞くだけの耳を持つ。要するに、コツコツと俺から借りを作って行こうってハラだ。

「グレゴリウス、リンのことと、もう一つ、俺に教えろ」

「はい、なんでございましょう」

「クロノの情報を寄越せ」

「喜んで。我々が知り得たあらゆる情報は全て、包み隠さずネロ様へご報告することを神に誓ってお約束いたしましょう」

 これを借りだとは思わない。半ば脅すような形でリンを引きこんだのはコイツらの方だからな。

「まぁ、期待してねぇで待ってるさ」

 さて、コイツらの働きにはマジで期待しちゃいねぇから、俺は俺で動くとしよう。リンを守るために、打てる手は打っておかなければならない。

 アヴァロン王宮で動くとなると、王子の俺でも面倒も手間も色々とかかる。しばらくの間は、休暇気分で呑気に遊んでいるワケにはいかねぇな。

「じゃあ、俺はこれで帰らせてもらう。リン、せいぜい気を付けろよ。いざという時は……分かってるな?」

「はぁ、なんかもう今からマジで憂鬱だけど、なるようになるわよ。いざって時は、こないことを祈ってるー」

 やれやれ、本当に大丈夫かよコイツは。やや危機感に欠ける間抜けな表情のリンに、改めて不安を覚えつつも、俺は退室しようと席を立つ。

「本日は大変、有意義な話し合いができて喜ばしい限りでございます。それではネロ様、貴方に神のご加護がありますように」

「おい、お前らの決まり文句かもしれねーが、その台詞を二度と俺に言うな」

 神の加護とは、気分が悪ぃ。特に、今みたいな時にはな。

「これは、とんだご無礼を、申し訳ございません……ですが、そう邪険にされることもありませんよ」

「なんだと?」

 その時、初めてグレゴリウスから笑顔の仮面の下にある感情らしきモノを、俺は垣間見た。

 それは、純粋な喜び。

「ネロ様、貴方は必ずや白き神の祝福を、自ら望んで受け入れることでしょう――それが、私の『予言』です」

「ふん、くだらねぇ。次は、もう少しマシな誘い文句を考えておくんだな」

「たはは、これは手厳しい。司祭らしい決まり文句で、信者にはウケが良いんですけどねぇー」

 再び、完璧なまでに感情を隠す薄ら笑いの表情へと戻ったグレゴリウス。もうお前の顔など見たくないとばかりに、俺は今度こそ部屋を出て行った。

 まったく、何が『予言』だ。

 俺は自分の運命は自分で切り開くと決めている。そこに、黒だろうが白だろうが、神ってヤツが介入する余地はねぇ。

 決めたんだ。

 俺はもう二度と、神に祈らない、神に頼らない、神に願わない。

「そうさ、リン、お前を失ったあの日から、俺は――」

 2017年7月28日


 さて、ヤンデレ大戦を乗り越えて、いよいよ本格的に十字軍との戦いが始まる・・・かも、しれない、新章突入です!


 今回のお話は、時系列としては第27章572話『アヴァロン交差点』の直後ということになります。読んで流れが思い出せなかった方は、読み返してみると理解が捗るかと。

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「俺はヤバくない!」って言っているけど、気づかずに言動がヤバい領域に入っているネロ。
なんかこう、このネロっていうのは本当に王子なんですか?頭の出来的な意味で。隣の国の王子たちに比べて少し…違うか。IQ30くらい違うんだろうな、みたいな。 ま、王があの体たらくですからアヴァロンはもう…
[良い点] 第一王子が、信用できない情報源から欲しい情報を得ようとする時点で、無能だと思いました。
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