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黒の魔王  作者: 菱影代理
第31章:嫉妬の女王
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第615話 クロノVSリリィ(4)

「黒凪!」

 雨霰のように浴びせられる光矢ルクスサギタを掻い潜り、武技の一太刀を浴びせる。

『首断』の武技なら、リリィの結界も切り裂ける。だが、一撃を見舞ったところで、もうそこに彼女の姿はない。

 結界は所詮、展開した魔法でしかない。刃でいくら切り裂こうとも、リリィは痛くもかゆくもないし、体勢を崩すほど隙もなかった。

「――照射バースト

 素早いバックステップを刻みつつ、二丁拳銃から眩い光が放たれる。

 この距離、このタイミング。とても、もう一歩は踏み込めない。

「くっ、『榴弾雷撃砲グレネードボルト』!」

 二筋の光線から身を捩って逃れつつ、俺は『デュアルイーグル』の銃口をリリィへ向けて、撃つ。

 放たれた榴弾グレネードの雷属性バージョン『榴弾雷撃砲グレネードボルト』は、バリバリと盛大な紫電を散らして炸裂するが……この程度の威力で、リリィの妖精結界オラクルフィールドは破れない。

 すでに黒凪が切り裂いた箇所は、塞がれている。体を痺れさせる電撃が入る余地はなかった。

「はっ、ふぅ……」

 お互い、一進一退の攻防が続く。どちらとも、命を奪わないという前提があるからこその接戦だろう。

 俺の基本戦法は、『首断』で妖精結界オラクルフィールドを切り裂き、『デュアルイーグル』の魔弾バレットアーツで本体を撃つ、というものだ。雷属性や氷属性を組み込んだ魔弾バレットアーツは、殺傷力を抑えて、相手を無力化するのに適している。 

 だが、そんなことはリリィも承知の上だろう。俺の『首断』はあくまで結界切断用で、自分の体に当たることはない。そう分かり切っているから、リリィは俺の間合いであるはずの至近距離でも、かなり思い切った立ち回りをしてくる。

 時には、自ら武技の直撃コースに飛び込んで、俺の攻撃の手を封じたりするほどだ。

 完全に俺の狙いはバレている。そして、一度切り合う度に、リリィはその手を利用するのが上手くなっていく。完璧に見切られたその時は、きっと俺の折角くっついた手足は、再び泣き別れることになるだろう。リリィは剣士ではないが、『流星剣スターソード』の正確無比な斬撃は驚異的である。クリティカルヒットを許せば、一発で手足をもって行かれる。

 だが、そうならない前に、次の一手を仕掛けよう。

魔手バインドアーツ――『蛇王禁縛ウロボロス・バインド』っ!」

『ホーンテッドグレイブ』を突き刺してからずっと、その刃を通して玉座の間全体へと黒化を施していた。地道な努力の甲斐もあって、俺の黒色魔力はかなりこの大広間に侵蝕している。

 ヒツギがいないと、やっぱりちょい厳しいが、それでも『蛇王禁縛ウロボロス・バインド』を発動できる。

 ズブズブと影の中から鎌首をもたげるように、巨大な蛇の頭が浮かび上がる。ヒュドラのように目の無い大蛇は、大口を開けて一斉に光り輝く獲物へと襲い掛かった。

 玉座の間は大広間といえる空間だが、それでも大型モンスターサイズの蛇型触手が九本も暴れ回るのだ。その巨躯でもって、逃げ場を全て埋め尽くすようにリリィへと迫る。

 これは、ただ彼女を捕らえるためだけの触手ではない。フィオナが教えてくれた、妖精結界オラクルフィールドの攻略法の一つ。

「大質量による継続的な物理攻撃、だったよな――押し潰せ!」

 最早、口で咬みつかなくても、体当たりでも何でも、リリィに当たればそれでいい。怒涛の如く黒く滑った大蛇が殺到し、赤く輝く彼女の体を飲み込んで行く。

「――『流星剣スターソード・アンタレス』」

 通常よりも倍以上は巨大な光の刃が、黒い津波を一閃。

 一振りで大蛇の頭も胴もまとめて切り裂き、その身を圧する大質量を軽々と払いのける。閃く真紅の斬撃と、さらに古代の二丁拳銃から放たれる極大の光線によって、九つ首の大蛇は瞬く間に消し飛ばされてゆく。

 けど、それでいい。リリィなら『蛇王禁縛ウロボロス・バインド』だって捌いてみせると思ったさ。

 だから、これが通じなかった時は、ただ目くらましになればそれでいい。

 長大な光刃フォースエッジによって両断された大蛇の触手は、魔法としての結合を失い急速に魔力を散らして消滅してゆくのだが、この大きさに魔力密度があれば、崩壊が始まっても瞬時に消えることはない。

 シュウシュウと黒い靄をドライアイスのようにまき散らしながら、切り飛ばされて床を転がる残骸で身を隠しながら、俺は一気に間合いを詰める。

蛇王禁縛ウロボロス・バインド』の最後の一本が、リリィの真正面から一刀両断されてゆく、その瞬間に、俺は『首断』を振り上げて斬りかかる。

「ここで、来ると思ったわ」

 剣を振り切った直後というのは、剣士の隙の一つである。だが、繰り返す、リリィは剣士ではない。彼女が振るう剣は、その手に持つ必要さえない魔法の刃なのだ。

 切り裂かれた大蛇の裏から飛び出した俺を出迎えたのは、すでに二丁拳銃を構えるリリィの姿であった。

 俺はすでに、武技を繰りだすべく大上段に『首断』を振り上げている。回避にも防御にも動けない――だから、その対処は別な奴に頼んだ。

「喰らえ!」

 獣の雄たけびをあげて飛び込んできたのは、勿論、『暴食餓剣「極悪食」』である。

 玉座の間の黒化が進むと同時に『地中潜行シースルーグラウンド』に潜ませておいた。いつもヒツギに『極悪食』の手綱を握らせているような気もするが、今回は俺が自分の魔手バインドアーツの鎖で繋いである。ここぞという時に仕掛けるための、伏兵だ。

「その技も、知ってる!」

 床から飛び出してくる『地中潜行シースルーグラウンド』と『極悪食』の奇襲コンボを、確かにリリィは知っている。使ったところで、驚きなどなく、ただ冷静に対処するのみ。

 開かれた牙の刃がその身にかかるよりも先に、リリィは左手の『スターデストロイヤー』の銃口を向けて、迎撃。迸る閃光が、勢いよく飛び掛かった『極悪食』を弾き飛ばす。

 だが、これで俺の体に向いている銃は、右手の『メテオストライカー』のみとなった。まぁ、一発くらいなら、何とか耐えられるだろう。俺も男だ、根性を見せよう。

「響け、『共鳴怨叉』」

 振り上げた『首断』に、『ホーンテッドグレイブ』が奏でる歌の力が宿る。やはり、本物を出して響かせた方が、震動能力の威力も最大限にまで引き出せる。

「――『闇凪・震』」

「――最大照射フルバースト

 俺が刃を振り下ろすのと、リリィがトリガーを引いたのは、同時。

「ぐっ!」

「ッ!」

 今の俺が繰り出せる最大の威力の武技である『闇凪・震』は、深々と妖精結界オラクルフィールドを縦一文字に切り裂く。結界だけではない。展開されていた『流星剣・アンタレス』さえも、根元から叩き切ってやった。

 これだけぶった斬れば、一瞬の内に修復するのは難しい。といっても、二秒とか三秒とか、そんなレベルの話だが。

 しかし、剣士の間合いにおいて、一秒というのは長い時間だ。二の太刀を振るうには十分すぎるほどの猶予である。

「く、ぐっ……」

 だが、リリィの放った一撃を真正面から受けた俺には、『首断』を切り返すほどの力を奪われていた。

 腹のど真ん中に、穴が空いている。拳大の大穴だ。リリィのビームが見事に貫通していた。

 致命傷と呼んでも過言ではない重傷だが、これでも『悪魔の抱擁バフォメット・エンブレス』と俺の強化された肉体だからこそ、この程度で済んだともいえる。普通だったら、腹部は丸ごと消し飛んでいただろうから。

 何にせよ、俺は手酷い傷を負った。そして、対するリリィは結界を失っただけで、無傷。

 次のアクションにリリィの方が早く移れるのは道理だ。

 彼女の両手の銃が、完全に俺の抵抗力を奪うべく、無慈悲に向けられる。

 次の発砲を許せば、お終いだ。だから、気合いと根性で、その攻撃に追いつく。

「『封冷撃コールドシール』っ!!」

 伸ばした左手に握る『デュアルイーグル』は、リリィが追撃を放つよりもほんの一瞬だけ早く、トリガーを引くことに成功した。

 放たれるのは、氷属性の魔弾バレットアーツ。凍結封印の魔法を参考にして開発した、着弾すると凍り付く、オーソドックスな氷魔法である。

 シンプルな能力は確かな効果を発揮し、二丁拳銃を凍りつかせる。瞬時に黒結晶のような黒色魔力の氷が張り、それは銃口を塞ぎ、さらにはトリガーにかけられたリリィの白い指先さえも覆い尽くそうしたところで、咄嗟に銃を手離した。

 これで、最大の武器である二丁拳銃を封じた。

「『光矢ルクス・サギタ』!」

 しかし、リリィはそもそも無手で光魔法を自在に放つ妖精である。武器を失ったところで、魔法の行使に何の問題もない。

 俺が『封冷撃コールドシール』を決めた次の瞬間に飛んできたのは、恐らく、最も早く撃てるからだろう、光属性の下級攻撃魔法『光矢ルクスサギタ』であった。

 同時発射された何十もの光の矢は、俺の膝へと殺到。この至近距離で狙いなど外れるワケもなく、全弾命中。輝く灼熱の矢じりがハリネズミのように膝へと突き立つ。

 激痛と共に、膝から先の感覚が喪失。力を失った俺の両足は、ガクリとその場で膝を屈してしまう。

「『白光矢ルクス・クリスサギタ』」

 正座するような格好となった俺を、リリィが見下ろす。そして、音もなく放たれた光の中級攻撃魔法『白光矢ルクス・クリスサギタ』が、今度は俺の腕を奪う。

「がぁああああっ!」

 ちょうど、手首の辺りに突き刺さる。光の矢というよりも、光の剣といったサイズの『白光矢ルクス・クリスサギタ』は、穿った俺の両手を床へと縫いとめた。

 痛みと衝撃。奪われる指先の感覚。手から、『首断』と『デュアルイーグル』が転がり落ちる。

「これで、クロノも両手は使えない。もう、お終いよ――『閃光白矢ルクス・フォルティスサギタ』」

 どこへ突き刺すつもりなのか、リリィの傍らに、光の長槍が浮かび上がる。上級攻撃魔法『閃光白矢ルクス・フォルティスサギタ』。どこに刺さっても、致命傷だろう。

 膝を矢で撃たれ、両手を剣で貫かれた。

 なるほど、呪いの武器を手に最前線で暴れる黒き悪夢の狂戦士ナイトメアバーサーカーとしては、最早、噛み付くくらいしか反撃の手段は残されていない。

「ふっ、忘れたのかよ、リリィ。俺のクラスは、黒魔法使いだ――『魔剣ソードアーツ裂刃ブラストブレイド』」

 自分の体が動かなくとも、黒化によって念力のように操れる『魔剣ソードアーツ』ならば、行使するのに何の不自由もありはしない。たとえ手足を失っても、攻撃できる手段を俺は最初から持っているのだ。

 俺が魔剣ソードアーツを呼び出したのは、自分の影でもなければ、床でもない。天井だ。

 床も壁も黒化できるのなら、天井だって当然、侵蝕できる。黒化ができれば、『影空間シャドウゲート』を繋げることもできるし、『地中潜行シースルーグラウンド』を通すこともできるのだ。

 だから、床には『極悪食』を、そして天井には『魔剣ソードアーツ』を仕込んでおいた。

『闇凪・震』で切り裂いた妖精結界オラクルフィールドは、いまだ、完全に塞がり切ってはいない。眼の前の俺に攻撃をしたから、修復速度も落ちたのだろう。

「くっ――」

 天井から降り注ぐ剣の雨を前に、リリィは対処に動くが、遅い。

 妖精結界オラクルフィールドが塞がり切るより前に、先陣を切った魔剣ソードアーツの切っ先が食い込み、爆破。僅かながらも、さらに結界の穴を広げる。

「ブラストッ!!」

 結界が綻んでいる今こそ好機。仕込んだ魔剣を全解放、全弾発射の連鎖爆破。ほぼゼロ距離で炸裂する爆風に、体が千切れ飛びそうになる。けれど、生身に直撃するリリィには、更なるダメージが通るはず。

「はっ、はぁ……この程度で、私は、止められないわよ!」

 全弾撃ち切った後、濛々と煙る黒煙を吹き飛ばして、リリィが吠える。その綺麗な白金の髪も、雪のように真っ白い肌も、かなり煤けているが、深手を負っている様子はない。

 真上の天井という至近距離から飛び込んでくる魔剣ソードアーツを、光矢ルクス・サギタの精密射撃で撃墜したのだろう。灼熱の爆炎に紛れて、白い光が瞬いていたのを、俺は確かに見ている。

 そして、妖精結界オラクルフィールドを自分の体にのみ展開させる、最低限の出力に再調整することで、全身の防御も取り戻したようだ。リリィの肌が、普通の妖精のように白く発光して見えるのは、その証拠である。

 自分を取り巻く球形の結界を完全に停止しているから、防御力はかなり下がっているものの、裂刃ブラストブレイドの爆破を防ぐには足りたということか。

 いいだろう、ならば、最後の一押しだ。

「いいや、終わりだ、リリィ――魔眼解放、『紫晶眼アメジストゲイズ』」

 見開くのは、左目。

 神の眼を潰した俺の左眼窩は、ただの伽藍堂ではない。空洞となった眼窩には、当然、影ができる。自分の体の内側に影空間シャドウゲートからモノを取り出すってのは、ちょっと気持ちの悪い感覚だが……それでも、コイツがリリィ攻略の最終兵器と思って、無理矢理この左目に仕込んだのだ。

紫晶眼アメジストゲイズ』。見たモノを紫水晶へと変質させる、ハイドラ家が誇る魔眼。そして、俺の持つコイツは、女に裏切られたせいで制御を失った呪いの魔眼である。

 グリードゴアを倒した時に、片方は失った。もう片方は、ガラハド戦争で第七使徒サリエルとの死闘でも使ったが、こっちは何とか保持しているのだ。ヒツギが大事に仕舞っておいてくれたからな。

 そして、呪われた品である以上、俺はコイツとも対話をした。

 結果は、意思の疎通は不可能。いや、そもそもある程度話の通じる『首断』や『ホーンテッドグレイブ』がおかしいのだ。ヒツギなど例外中の例外。

 この『紫晶眼アメジストゲイズ』に宿るダメ男の怨念は、話をしてどうこうなるものではない。そして、呪いってのは普通こういうもんだ。

 話はできない。だが、言葉が通じないワケじゃあないってことを、俺はコイツとの対話で学んだ。

「彼女はお前を、愛してなんかいない。最初から、愛なんてない。ただ、金が欲しかっただけ。本当は、分かっているんだろう、サイード」

 呟けば、頭の中に割れるように響く哀れな男の絶叫。分かっていても、理解することは永遠にない。何故なら、サイードという男はすでに呪いとなっているのだから。

 もし、その意思が現実を受け入れたその時は、呪いが消える、すなわち、浄化を意味する。

 そして、俺の『紫晶眼アメジストゲイズ』は自ら浄化する意思などさらさらなく、恨みつらみを魔眼の力となって解放し続ける。

 そんなコイツだからこそ、こうして煽れば、威力が増す。

 話はできない。だが、言葉は届く。その怨念を激しく燃えあがらせるような、呪いの言葉をささやきかけてやるのだ。

 これがきっと、本来あるべき呪いの使い方なんだろう。忌むべき力は、より忌まわしい方法でこそ行使するはず。

「さぁ、もっと呪え、怨め、魔眼の力を解き放て!」

 左目から目いっぱいに照射される、呪いの結晶化光線。

 視界が紫色の光で塗り潰されそうになるのを必死で堪えて、視線を集中させる。狙うのは、リリィの羽。妖精からモンスターと化したような、禍々しい蝶の羽だ。

 大きく広がるその羽に、俺の視線、『紫晶眼アメジストゲイズ』の呪いの威力が集中した。

「ぁあああああああああああああああああああっ!!」

 悲痛なリリィの叫び。

 分かるさ、俺も右腕を紫水晶に変えられた時は、結構な苦痛だったからな。まして、今の『紫晶眼アメジストゲイズ』は『呪物剣闘大会カースカーニバル』の時よりも威力は上がっている。

 リリィの蝶の羽は、凄まじい魔力密度で形成される強力な器官のはずだが、その魔法的な抵抗力をものともせず、『紫晶眼アメジストゲイズ』の呪いは侵蝕し、脆い紫水晶へと強制的に変質させていった。

 そして、それだけの威力を誇るが故に、反動もまた大きい。

「ぐっ、くっ……」

 魔眼を収める俺の眼窩も、すぐに限界が訪れる。目玉の周りに展開させている体液状の肉体補填が紫水晶へと急速に変わり始めているのだ。直接、視界に入らなくても、流石に接触していれば呪いの効果から免れえない。

 これ以上の照射を続ければ、俺の頭そのものが結晶化してしまう。

 リリィの羽は――片方だけだが、完全に結晶化し、その力を失っていた。

 ここが限界か。

 俺は左目を閉じ、集中して『紫晶眼アメジストゲイズ』を再び影の中へと沈めていく。深く、一切の視覚が働かないほど、冷たく暗い影の奥底へ。

「――ハッ!」

紫晶眼アメジストゲイズ』を封じるのに集中力を割いた俺は、ほんの一瞬だが、意識が目の前のリリィから逸れていた。

 気が付けば、彼女の顔はすぐ目の前にある。

「リリィ」

「まだ、終わらない……終われないのよ、クロノ」

 ビキビキと結晶化した蝶の羽にヒビが入り、崩れてゆく。痛くないはずがない。それでも、リリィはその苦しみを表に出さない。より大きな苦痛から逃れるような、決死の形相となって、俺へと近づく。

 彼女の両手が、俺の顔を掴んで捕らえる。引き寄せられれば、もう、俺の目にはリリィのエメラルドの瞳と、元は俺のものだった黒目しか映らない。吐息がかかるほどの距離。

「諦めろ、リリィ、俺の勝ちだ――喰らえ、『極悪食』」

 手足がなくても、使える手段はまだある。勝手に動けるほどにまで獰猛な意思に目覚めた『極悪食』がいる。

 弾き飛ばされた餓えた狼は、ジャラジャラと鎖の尾をなびかせて、リリィの背後を襲った。

「くっ、ん、あぁああああああああっ!!」

 残されたもう片方の蝶の羽へと、悪食の牙が食らいついた。

 食い破られた、赤と黒の羽が激しく明滅する。苦しいのは、羽が傷ついたことよりも、むしろ直接その牙を突き立てられたことで発生する、強力なドレインだろう。

 リリィの強さを支えるのは、その莫大な量の魔力である。度重なる戦闘で、底を尽きこそはしないものの、それなりに消耗はしている。そこに、悪食の刃が突き立てられれば、一気に魔力切れまで追い込めるはずだ。

 そう、この『極悪食』ならば、致命傷となる斬撃を浴びせなくとも、魔力を奪うことで無力化にまで追い込める。

「帰ろう、リリィ。俺と、みんなと、一緒に」

「くっ、ふ……ふふっ……言ったでしょう、クロノ……」

 俺の頬を包むように触れるリリィの手に、力が籠る。

「勝つのは、私よ――『生命吸収ライフドレイン』」

 リリィとの距離が、ゼロになる。

 触れ合う、小さく、柔らかな唇の感触。

「んっ、んんっ!?」

 初めてするリリィとのキスは――死の味がした。

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