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黒の魔王  作者: 菱影代理
第31章:嫉妬の女王
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第614話 クロノVSリリィ(3)

「――はっ!?」

 一瞬、意識が飛んでいた。

「んんっ、うーん」

 そして、それはリリィも同じだったようだ。

「……おい、リリィ」

「なーに、クロノ?」

 仰向けで大の字に倒れた俺の体、その上にリリィがしがみついていて、胸板に頬ずりしながら密着していた。

「大丈夫か――じゃなくて、目覚めたんならどいてくれ」

「ごめんね、つい」

 テヘヘ、と可愛く笑って舌を出すリリィを見ると、確かに戦っていることをつい忘れそうになる。

 緩みかけた気を引き締めて、俺はゼロ距離にいるリリィを逃がすまいと魔手バインドアーツを仕掛けた。

 リリィを後ろから縛り上げるべく、ジャラジャラと黒い鎖が一斉に飛び出すが、それよりも前に、彼女は俺の胸板を手で押して、フワリと舞い上がる。

「ありがとう、クロノのお蔭で怪我一つしていないわ。やっぱり、クロノは優しいね」

 リリィの体を再び真紅の妖精結界オラクルフィールドが覆い尽くすと同時に、けしかけた鎖が砕け散る。

 やはり、魔手バインドアーツだけでは光の結界を捕らえきることはできないか。

「……城の中か」

 一旦、間合いが離れたことで、俺は素早く周囲を確認しておく。どうやら、俺達は城の天井を突き破って落ちてきたようである。

 正門から入ったすぐ先に広がる、城のエントランスホールだ。三階近くまでの高さが吹き抜けになっており、その広さと高さで屋内だが開放感のある大広間。当然、ランドの客を迎え入れるためのエリアだから、ついさっきまで俺がコソコソ潜入していた裏とは異なり、贅の限りを尽くした風に見える、ド派手で豪華な内装である。

 しかし、俺とリリィが隕石のように飛び込んできたせいで、床は砕けるし、石像は倒れるし、シャンデリアは割れると、酷い有様だ。

「うふふ、ようこそ、私のお城へ。ここに招くのは、もっと綺麗にしてからにするつもりだったのだけれど」

「悪いな、散らかしてしまって」

 こんな荒れたエントランスにあっても、ホールの中央で優雅にお辞儀をしてみせるリリィは、この見せるためだけに作られた豪奢な城に、本当の歴史があるかのように錯覚させるほどの気品がある。

 ここは屋内で、彼女の飛行能力は制限される。強引に壁を突き破って出ることもできるが、その隙を俺は逃さない。広さはそれなりにあるものの、区切られた空間内という場所においては、接近戦に強い俺に分がある……はずなのだが、リリィのこの余裕ぶり、やはり、それを補って余りある何かがあるということか。

「でも、歓迎するわ。心からの感謝を込めて、みんなで、ね」

 パチン、と高らかにリリィが指を鳴らした途端、物々しい幾つもの足音がホールに響き渡る。

 一斉に開かれた扉から現れたのは、やはり、レールライフルにパワードスーツのホムンクルス兵だ。特殊部隊のような統率された動きでホールへとなだれ込み、吹き抜けの二階、三階を囲むようにかかる回廊にも、ズラズラと立ち並ぶ。

 何十もの銃口が一斉に、俺へと向けられていた。

「こんなにいるとはな」

「理想の楽園を作り上げるには、沢山の人が必要なの」

 なるほど、リリィにとってホムンクルスは、ピラミッド造りのために石を運ばせるような都合のいい労働力ってことか。どんなに頭が良くたって、腕は二本しかない。シャングリラにディスティニーランドを最低限でも稼働状態にまでもってきたのは、彼らの肉体労働があってこそ。

 しかし、参った。本当にホムンクルス軍団が控えているとは――

「撃て」

 自ら二丁拳銃を構えるリリィに倣い、忠実な人形兵士共は命令通りに一斉にトリガーを引いた。

 殺到してくるレールガンの雷弾と、リリィのビームを前にすれば、俺は必至こいて避けるより他はない。

「くそっ――『黒壁ウォール』!」

 まずは包囲を脱するために、ホールから出よう。リリィに加えてホムンクルス軍団を相手にするには、このエントランスホールは広すぎる。もう少し狭いところの方が都合いいのだが……

 射線を潜り抜けるように前傾姿勢で駆け出すと同時に、防御魔法を発動。脱出路と定めた扉に向かって、細い通路を作るように二枚の壁を作り出す。

 この発動速度に、この大きさ。その分だけ強度も下がるが、一発でもレールガンを止めてくれればそれで十分。

 バキバキと黒魔法の壁が無数の銃弾に晒されて砕けてゆく音がうるさいほどに響き渡る中、俺は自分で作った遮蔽物の道を駆け抜ける。

「うおおおっ!?」

 扉へ飛び込む寸前、『黒壁ウォール』を突き破って二筋のビームが背中から追いかけてきた。リリィのビームはこの程度の防御などものともせず、瞬時に薙ぎ払って黒色魔力の壁面を消し飛ばしていく。

「……あぶねー、俺、マジで死ぬぞ、リリィ」

 すんでのところで扉へと転がり込み、ビームから逃れた。

 だが、安心するには早すぎる。すぐにリリィは部下を大勢引き連れて追いかけてくるに決まっている。

「くそっ、何人いるんだよ!」

 というか、ホールから出た通路の先に、早くも新手のホムンクルス兵が行く手を塞ぐように現れていた。

「どけぇ!」

 レールガンの銃火を潜り抜けて、強行突破。後ろを振り向かなくとも、リリィの莫大な魔力の気配が俺の背中にビリビリとプレッシャーをかけてくれる。

「追って」

「イエス、マイプリンセス」

 遊園地のお城で鬼ごっこか。子供心にワクワクするシチュエーションだが、生きた心地がしないな。

 ともかく、俺は城の詳しい内部構造も知らぬまま、少しでも自分に有利な場所を探すべく、全力疾走を開始した。




 どれだけの時間、城の中を駆けずり回っていただろうか。逃走中にホムンクルス兵を強行突破で何人も倒してきたが、奴らの数が減る様子は見られない。無限ってことはないだろうが、やはりかなりの人数を擁しているようだ。

 それに、彼らの性能も馬鹿にできたものではない。あのパワードスーツ風の装備は、どうやら本当に身体能力を強化する機能があるようで、剣を抜いて斬りかかって来た奴を相手にした際、そのパワーが通常の人間の三倍くらいはあることを実感した。

 単純な身体能力に加え、戦闘の際の身のこなしは、俺が知っている頃の『生ける屍リビングデッド』とは大違い。この性能なら、一人一人がランク3冒険者に匹敵するだろう。

 そんな奴らが大挙して追いかけ回され、おまけに率いているのがリリィとくれば……よく、捕まらなかったもんだ。

 あるいは、俺は誘導されただけかもしれないな。

「はぁ……はぁ……ここは、玉座の間か……」

 ついに壮大な鬼ごっこは終わりを迎える。階段を駆け上がった最上階、もうこれ以上の逃げ場はないという最奥の部屋へと、俺は辿り着いた。

 デカい両開きの扉を蹴破って転がり込んだのは、どこからどう見ても玉座の間としか呼べない部屋である。これでも俺は、スパーダ王城とミアの夢と、二つも本物を見たことあるし、間違いない。

 やはり、この玉座の間も観客向けのエリアだからか、エントランスホール同様、いや、それ以上に派手な内装となっている。まぁ、城の中で一番豪華にする場所といえば、玉座の間かダンスホールかと相場が決まっているしな。

 ここと比べると、ミアの黒い玉座の間が酷く殺風景に思えてくる。今となっては、もう二度と呼ばれたくない空間だが。

「ここなら、ちょうど良さそうだな」

「追いかけっこは、もうお終いかしら?」

 逞しい騎士達を従えて、リリィが悠然と玉座の間へと現れる。

 俺は玉座のすぐ前に立ち、機敏な動作で包囲を形成していくホムンクルス兵を眺めた。リリィは扉を背に、真正面から俺を見据える。

「そうだな、ここで終わりにしよう」

「……ねぇ、クロノがその席に座って、私を受け入れてくれれば、すぐに終わるわ」

 俺の答えなど、分かっているからだろう。少しだけ悲しそうな顔をして、リリィは言った。

「この玉座は、俺の席だったのか」

「うん、クロノは楽園の王だから」

「リリィが女王で、俺は奴隷かと思ったが」

「うふふ、愛の奴隷なのは、私の方だから」

 まったく、笑えない冗談だ。

「今ならまだ、綺麗に終われる。私はクロノを傷つけたくないし、苦しめたくない」

 俺だって、傷つきたくないし、苦しみたくない。

 だが、それ以上に、俺の心が耐えられないんだ。

「お前は俺だけが欲しい。俺はお前も欲しい。互いの望みは決して、相容れない。だから、戦っている」

 退く気はない。俺も、リリィも。

「遠慮するな、リリィ。かかって来いよ――俺が欲しければ、手足をぶった切ってでも、手に入れてみせろ」

「うん、ごめんね、クロノ――怪我は私が治してあげるから」

 リリィは笑って、一斉射撃の命を下した。

 もう逃げ場はない。

 逃げるつもりもない。

 なぜなら、俺は探し求めた条件に見合う広さの場所へと、すでに辿り着いているのだから。

「詠え――『ホーンテッドグレイブ』・『反魂歌の暗黒神殿レクイエムホール』」

 影から呼び出す漆黒の薙刀を逆手で掴と、その場で思い切り床へと突き立てる。黒き呪いの刃は床へとキィン、と澄んだ音色を立てて深く突き刺さり……そして、歌い始めた。


 ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


 玉座の間に割れんばかりに響き渡る、女の絶叫。酷い頭痛を催すような不快な叫びはしかし、確かな旋律を奏でている。

 そして、その音色を聞きとってしまった時には、もう遅い。

 彼女ホーンテッドグレイブの歌を聞いた者は、皆、狂うのだから。

「ッ!? これは――」

 狂気の歌声を前に、咄嗟に耳を塞いだリリィ。両耳を掌で覆うのはただのポーズで、実際に呪いの歌を遮断しているのは、より輝きの増した妖精結界オラクルフィールドだろう。

 やはり、リリィ相手では通じない。しかし、他の奴らはどうだ。せいぜい、身体能力強化と多少の物理・魔法耐性を持つパワードスーツしか防具のない、ホムンクルスの兵士は。

「おっ、あぁ……」

「あ、うっ、アァアアアアアアアアアアア!!」

 突如として絶叫を上げるホムンクルス兵。しっかりと俺へと向けられていた銃口は、フラフラと目標を見失ったかのように泳ぎ、そして、狙いは明後日の方向に逸れたまま、発砲。

 その銃声をスタートの合図とするかのように、奴らが手にしたライフルが一斉に火を噴いた。

「ウォァアアアアア!」

「イァアアアアアアッ!!」

 返事以外に声を上げない物静かな人形兵共は、気でも触れたかのように絶叫や奇声を張り上げて、構えた銃を撃ちまくる。トリガーは引きっぱなしのフルオート。何発装填してあるのかは知らないが、閃く銃火を右に左に振り回し、ひたすらに乱射している。

 まるで見えない敵と戦っているようだが、正確には、周囲にいる全てが敵に見えているのだ。故に、隣に立つ仲間も、ターゲットである俺も、そして、主であるリリィさえ、等しく殺すべき敵と認識してしまっている。

 バリバリと連射される銃口を向けようとしたホムンクルス兵を、リリィはヘッドショット一発で黙らせた。

「『混乱パニコス』の状態異常……いえ、これは、そう……悪霊を憑依させたのね」

「流石だな、正解だよ」

 この『反魂歌の暗黒神殿レクイエムホール』は、『ホーンテッドグレイブ』との対話によって解放された新たな魔法だ。果たしてコイツは黒魔法なのか闇魔術なのか屍霊術ネクロマンシーなのか、分類は不明なのだが、歌を媒介とした一種の結界であることは間違いない。

 その効果は、歌声の響く範囲内に悪霊を大量発生させる、おぞましい不浄の領域を作り出すというものだ。

 その場に漂う、あるいはどこからともなく呼び出された悪霊は、歌声によって活発化しており、死体が転がっていればたちまち入り込んではアンデッドと化し、まだ生きている者がいれば憑依し、正気を失わせる。

 墓守のシャウトが響く玉座の間には、すでにして人のような髑髏のような、半透明の人型が群れを成す魚のようにウヨウヨと漂っているのが薄らと見えた。実体化しつつある悪霊達は、リリィの光に触れればあっけなく消滅し、俺に近づいても弾かれ、平気な者は平気だ。

 しかし、これといった精神防御の手を持たないホムンクルス兵は、一体どころか、二体も三体も重なるように憑依してゆき、瞬く間に心も体も怨念に支配されてしまう。

「これで、忠実な騎士は野生のアンデッドモンスターも同然だ」

 これが、リリィが従える『生ける屍リビングデッド』対策である。フィオナは最後の最後で、これによって競り負けたのだ。俺も精根尽き果てたところに、奴らに襲われればお終いだし、今のようにリリィと一緒になって襲い掛かられても厳しい。

 だから、奴らを一網打尽にできる策を用意してきた。

 この『反魂歌の暗黒神殿レクイエムホール』が響き続ける限り、リリィは単身で戦わざるを得ない。この玉座の間の広さは、歌を響かせて強く結界を維持するのにちょうどいい。もし増援が扉から飛び込んできたとしても、即座に悪霊にとりつかれ制御を失うだろう。

 これで邪魔者は排除できる。ここに正気を保って立てるのは、俺とリリィ、二人だけなのだから。

「そう、それなら、もういらないわ――自爆術式アポトーシス解放」

 パァン! と乾いた炸裂音をたてて、ホムンクルス兵の頭部が一斉に爆ぜた。ブスブスと断裂した首元から煙を上げて倒れ込む。そうして転がった首なし死体は、パワードスーツの機能なのか、見る見るうちに残った体も白い灰のようなモノへと分解されていった。

 そして、後には綺麗なままのスーツと、サラサラとした灰の山が残るだけ。

 随分と、思い切って処分したもんだ。流暢に言葉を喋ったアインのことを思うと、彼らはすでに人間並みの思考回路なり知性なりを持つはずなのだが、何の躊躇もなく殺せるとは……リリィの残酷な一面だろう。

 けれど、不思議と嫌悪感は湧かない。やっぱり、俺はリリィにはとことん甘いらしい。

「邪魔者はもういない。ここには、俺とお前だけだ……行くぞ、リリィ」

 右手に『首断』を握り、左手に『デュアルイーグル』を持つ。

 魔王の加護はない。だが、魂の奥底から力が湧きあがってくるように、俺の体には漆黒のオーラが迸る。

「来て、クロノ。私の全て、受け止めて」

 対するリリィは、変わらず二丁の拳銃を構えた。蝶の羽を広げ、身に纏う真紅の妖精結界オラクルフィールドの輝きが増す。

「……」

 沈黙。玉座の間で相対した俺とリリィは、時間が止まったようにピタリと静止している。

 本当は、このまま時間が止まって欲しいと、この先の決着が訪れるのが恐ろしいと、心の中で思っているのかもしれない。

 だから、この沈黙はきっと、お互いにとって最後の躊躇だ。

 そして、覚悟の決まった俺と彼女なら、そんな迷いは一瞬のこと。

「――破ぁ!!」

 俺は動いた。俺から、動いた。

 目の前に、心の底から望むモノがあるのだ。何も迷うことはない。こんなに近くに、彼女はいるじゃないか。

 ああ、もう、リリィしか見えない――

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