第611話 救出作戦
最初、正門庭園でリリィと面と向かい合ったのは、俺ではなくミリアだ。
『暴君の鎧』は兜まで被れば、頭の天辺から足の先まですっぽりと体を覆い隠す全身鎧である。つまり、本当に中に人が入っているのかどうかは、分からないのだ。
実際に歩いて、中から俺の声が聞こえれば、クロノが鎧を着ている、誰でもそう認識するに決まっている。
だから、必ず何か仕掛けているだろうリリィの罠を警戒し、俺はあえてミリアに囮役を頼んだのだが……まさか、一瞬で停止させられるとは。
いや、マジで囮にしておいてよかった。もし、俺がこれにかかっていれば、リリィの一人勝ちはこの一手目で決まっていただろう。
「あれ、『コキュートスの狭間』だよ」
そう断言したのは、いつぞやのサリエルのように俺が背負ったシモンである。耳元でささやかれると、ちょっとくすぐったい。
どうしてこんな密着状態でいるのかといえば、身を隠すために俺も『プレデターコート』を一緒に被っているからである。
このディスティニーランドに向かって出発した時点から、シモンと共に姿を隠し、俺のフリをして『暴君の鎧』が歩いてきた、というワケだ。
「だとすると、時間が止まってるってことか?」
真っ白に凍りついたように見えるが、こうして遠目に見ているだけでも、ただ氷属性による封印術とは違うというのは何となく感じられる。
「僕、昔に一回だけリア姉に付き添ってスパーダ城の地下にあるのを見学したことがあるんだ。アレと全く同じように凍り付いているから、間違いないよ」
「解除はできるのか?」
「無理だよ、普通の封印術だって、干渉して解除するのは難しいんだから」
それもそうか。俺もそういうのは専門外だし、シモンは知識があっても魔術士ではない。
「コントロールできるのは、リリィさんだけだよ」
「だよな……」
『暴君の鎧』の再起動は諦めるしかないか。
さて、こんなに早く囮を止められて、次をどうするか――考えるより先に、事態は進み始めていた。
「――っとぉ! 小っこいくせに、なんつーパワーだよ」
早くもカイが、リリィに向かって斬りかかっていた。
カイだけでなく、他のメンバーも全員だ。
「やれやれ、本当にプランBで行くことになるなんて……嫌な予感ほど、良く当たるってね」
なるほど、了解だ。
一瞬にして囮のミリアが停止させられたのは想定外だったものの、そこはファルキウスが上手くカバーしてプランBを実行してくれた。
プランBは、カイ・ファルキウス・ルドラ・セリスの四人がかりでリリィを抑え、囮を出して隠れ潜んでいる俺が救出を担当するというものだ。
幸い、『コキュートスの狭間』に囚われた時点で、鎧の中身が検められることはない。リリィは完全に鎧ごと俺を捕まえたと確信している。隠れている俺の存在が発覚していないのだから、救出役として動くには適任だろう。
「行くぞ、シモン」
「うん」
四人の無事を祈りながら、俺は息を殺して駆け出した。
激しい戦闘音が聞こえてくる。四人の実力は折り紙つきだが、今のリリィは使徒並みだ。何度も振り返りそうになりながらも、俺は自分が成すべきことだけに集中して、ランド内を静かに走る。
目的地は、ランドのシンボルのようにど真ん中に立つ白亜の城。日本一有名なテーマパークを彷彿とさせるデザインだが、こっちの方が遥かに大きいだろう。煌びやかにライトアップされた城は、古代の営業時には人々の目を惹いたのだろうが、この赤い空のダンジョン内に閉ざされては、ただ不気味にそびえ立つ無人の城でしかない。
「正面は、流石に止めておいた方がいいよな」
「ごめんね、入り口の場所までは、魔力経路だけじゃあ分からないから」
「いや、元々はレジャー施設の建物だ。裏口なり通用口なり、いくらでもあるはずだ」
シモンの解析によると、シャングリラから供給される魔力の経路を辿り、城の地下に何らかの魔法施設が稼働中だというのが判明している。魔力の使用量から、ここがフィオナ達を捕らえている可能性が高い。もしダメなら、第二、第三の候補ポイントを順にあたっていくことになるが……何となく、リリィなら自分の足元に彼女達を置いておくだろうと思った。
だから、フィオナはきっと、ここにいる。
はやる気持ちを抑えながら、俺は注意深く城の周囲を回る。
やはり、本物の城でもなければ秘密の軍事施設でもない、見せかけの城だ。スタッフ用と思しき入り口はすぐに発見できた。
見張りは立っていない。監視の使い魔も姿は見えない。
だが、鍵はかかっていた。
「ちょっと待ってて」
扉のすぐ脇に、地下鉄駅でも見たような端末がついている。シモンは最早慣れた手つきで自分のデバイスと繋げ、
「開いたよ」
あっけなく開錠。
下手に壊して入ると、音で察知されるかもしれないからな。シモンのお蔭で、実にスマートに城内への侵入を果たすことに成功した。
バックヤード、というべきエリアなのだろう。豪奢な城の外観に反して、裏方のスタッフが作業するための城の裏手内部は、実に簡素な造りであった。コンクリート打ちっぱなしのような灰色の壁の通路が続き、古代文字で書かれた張り紙や注意書きなどの掲示物がちらほら見受けられる。
目指すのは地下だから、事務所や控室や倉庫らしき扉を開いて、一つ一つ中を確認する必要はない。そのまま通路を走っていれば、階段もすぐに発見した。
「……ここから先は、見張りがいるな」
階段を下りる手前で、気配を察知。一旦、階段で止まり、さらに感覚を研ぎ澄ませて、見えざる階下を探る。
「近くには、二人か」
「どうするの?」
「突破する。俺が先行して、排除したら、続いてくれ」
ごくりと唾を飲んで、シモンは覚悟を決めたようにこっくりと頷いた。
三、二、一、と心の中でカウントダウンを刻み、俺は意を決して階段へと飛び込んだ。
タン、タン、と軽やかに階段を蹴って階下へと突入。その音を聞いて、見張りの二人が注意を向けるが――遅い。
すでに俺は、大鉈の刃を繰りだしている。
「……ッ!」
二人まとめて叩き切る。見張りについていた人影は、声もなく、静かに胴と腰が両断されて血の海へと沈んだ。
「それで、お前らは一体、何なんだ?」
殺し切ってから、まじまじと見張りの男の姿を確認する。
護衛メイドのセリアが着ていたアサシンスーツみたいな黒い全身スーツの上に、グレーの装甲を纏った姿は……うーん、コレ、近未来を舞台にしたFPSとかに登場する兵士みたいな格好だな。パワードスーツ、なのだろうか。
腰には剣を下げているものの、手にしているのはどこからどう見てもライフルだ。しかも、鉛玉ではなく、レーザーとかビームとかを発射しそうな、光線銃のような外観。
恐らく、シャングリラの中から拝借してきた、古代の歩兵装備なのだろう。
だが、装備よりも気にするべきなのは、彼らが何者なのかという点だ。
「やっぱり、ホムンクルスか」
フルフェイスのヘルメットを外すと、そこから出てきたのは予想通り、銀髪赤眼の整った青年の顔立ち。
リリィの使者として訪れたアインと同じで、ここで死んだ二人とも、全く同じ顔をしていた。
「無銘を持ってないということは……あの九人の他に、新たに創り出したってことか」
シャングリラは超ド級の古代兵器である。魔法文明の粋を集めた天空戦艦の中には、ホムンクルスの製造施設が備わっていてもおかしくない。
「けど、大軍で襲ってこないってことは、そこまで大量には作れないようだな」
古代兵器で武装したホムンクルス軍団をリリィが率いていたなら、もう完全に俺達の勝ち目はない。
城に来るまでの間に、見張りで歩いている奴は一人も見かけなかったし、この地下に来て初めているくらいだから、恐らく、重要施設にだけ警備として配置するくらいの数しか揃っていないのだろう。
今、倒した感覚からして、十や二十がいる程度なら、さして排除に苦労はない。
恐ろしいのは、フィオナのように精根尽き果てたタイミングで襲い掛かられることくらいか。
「行こう」
最早、姿を隠す必要もない。見張りとの戦闘が避けられない以上、プレデターコートは邪魔になる。
俺が先行し、少し後ろをシモンがつき、城の地下を進む。
地下は思ったよりもかなり広い。相変わらず灰色の通路と、そこかしこに扉がある。一つ一つ探し回っていれば、時間が足りなかっただろう。
幸い、目的地の場所はおおよそ知れている。
それから、さらに二つの下り階段を越えた、最下層となる地下三階へと到着。
「一気に見張りが増えたな」
どうやら、この地下三階が実際に利用している魔法施設のエリアってことなのだろう。
気配から察するに、プレデターコートを被っても、見張りの目を欺いて侵入するのは無理そうだ。
これは強行突破で行くしかないな。
「疾っ――」
即断即決。『首断』を手に、俺は地下三階へ一気に突入。奴らが襲撃に気づいて人質にとる前に、彼女達の元まで辿り着く。
勢いのまま、まずは通路に立っていた二人組を最初と同じように切り捨てる。やはり、体格も装備も全く同じ。ホムンクルスの兵隊だ。
二人は俺に反応する前に倒したが、通路の先の角に立っていた別な二人組は即座に対応に動き出していた。
止まれ、などの警告の言葉もなければ、突然の侵入者に驚く素振りもない。彼らは淡々と、言葉もハンドサインも交わすことなく、機械的に手にしたビームライフルを俺の方へ向けた。
ギン、ギン、という甲高い発砲音。マズルフラッシュと共に、かすかに紫電が散っていた。
「ビームライフルじゃなくて、レールガンだったのか」
その見た目と威力、あと魔力の気配から察するに、俺の『ザ・グリード』と同じ原理を用いた雷魔法式のレールガンであるらしい。ブッピガーンとピンクのビームが飛んでこなくて、残念なような、ホっとしたような。
「『魔弾』」
思えば、銃撃戦ってのは初めての経験だ。銃は俺かシモンしか使わないし、撃たれるのは矢と攻撃魔法だけ。
まぁ、この異世界の攻撃魔法も弓矢の武技も、地球の銃と同等、あるいはそれ以上のとんでもない威力を秘めているから、たとえ相手がレールガンライフルを容赦なくフルオートでぶっ放してこようとも、対処はいつもと同じようにできる。
射線を逃れるように、俺は通路の壁に足を駆け、数メートルのウォールラン。これくらいなら、別に移動系武技がなくても、素の身体能力と勢いで何とかなる。
通路の真ん中を通り過ぎていく無数の弾丸を壁走りでやり過ごしつつ、奴らが狙いをこちらへ移すその前に、『デュアルイーグル』を影から抜いて発砲。弾は装填していない、普通の魔弾だ。
「うっ!」
「ぐっ!」
二発撃って、ともに命中。一発は頭に、もう一発は胸元に、それぞれ当たったが、光沢のないグレーの装甲はかなり頑丈なようだ。ビキビキとヒビが入り、無感情なホムンクルス兵でも呻き声が漏れるほどの着弾の衝撃が通ったようだが、貫通には至らない。
鉈なら切断できるけど、魔弾だけでは砕けない、といった程度の防御力。連発すれば破壊できそうだが、このまま斬った方が早いな。
魔弾が直撃して大きく体勢を崩し、射撃どころではない二人のホムンクルスへ、俺は壁走りからそのまま天井スレスレの跳躍を決めて、間合いを詰める。
飛び込んだ勢いのまま二人を斬り捨て、立ち止まることなくさらに通路の先へ――
「うおっ、『黒盾』!?」
角の向こう側には、すでにライフルを構えたホムンクルス兵が四人、前列二名が膝立ち、後列二名が直立の体勢で、俺の登場を待ち構えていた。
通路一杯に反響する発砲音と、眩い紫電のマズルフラッシュ。
射線から逃れるよりも先に銃弾が届きそうだったから、こういう時は防御魔法に頼る。瞬間的に展開される真っ黒い四角形の『黒盾』は、実験時代の頃から使っているシングルアクションの魔法だから、発動は最速。こういう咄嗟の防御に役に立つ。
けど、防御力はそれほどでもない。
殺到してきたレールガンの弾丸は、漆黒の盾に突き刺さると、バキバキと瞬く間に亀裂を作っていく。これは、そう何発も受け止められないな。
このレールガン、単発の威力としては中級攻撃魔法といったところだろうか。無手で放つ魔弾よりは強いが、『ザ・グリード』で撃つよりは劣る、といった威力だな。
良かった、問答無用でぶちぬいてくる超絶的な貫通力がなくて。
お蔭で、『黒盾』で防いでいる間に、落ち着いて反撃ができる。
「――『榴弾砲撃』」
盾で弾を防ぎつつ、その間にスライディングで射線の下へと潜りこむ。そうして滑りながら、『デュアルイーグル』の水平二連の銃口から榴弾を放った。
こんな狭い通路で四人一塊になっているのだ、一網打尽にしてくださいと言っているようなもの。
着弾、爆発。
炸裂した爆風を突っ切って、黒煙の中に飛び来む。視界が悪いけれど、どの辺に敵が倒れたのかくらいは、すぐに把握できる。
即死した者もいるだろうが、倒れた四人全員に一太刀浴びせてトドメをさしながら、俺は立ち止まらずに通路を駆け抜けた。
そうして、見張りのホムンクルス兵とドンパチしながら進んだ先で、ついに目的地へと辿り着いた。
「うん、多分ここだよ」
大きな倉庫にでもなっているのか、金属の分厚いシャッターらしき閉じられている入り口の前に、俺とシモンは立つ。
例によってロックがかかっているので、シモンにアクセスしてもらい開錠。カキン、と音がすると、驚くほど静かに重厚なシャッターは開いていった。
「……フィオナ」
その先に広がっていた光景は、第六の加護を授かった時に、ミアに見せつけられた風景と全く同じものだった。
妙に薄暗い室内で、ボンヤリと不気味に輝いているのは、三つの大きな水槽。コールドスリープ用のポッドとでも言うべきか。内部を満たす赤い液体のことを『エーテル』とか呼んでいた気がするから、人体を未来永劫に保存し続ける特殊な魔法の薬液といったところだろうか。
そして円柱型のポッドの中に、標本のように収められているのが、フィオナ、俺の恋人だった。
彼女を真ん中に、右手にはサリエル、左手にはネルが、それぞれ全く同じ装置の中に沈んでいた。見れば、室内にはまだ稼働していない空のポッドが二つあり……もしかして、アレに俺が入る予定だったのだろうか。
「お兄さん、とりあえず僕があの装置を開けるかどうか試してみるよ。見たところ、凍結封印系の魔法に似ているけど、無理にこじ開けたら後遺症が出たり、最悪、眠ったままってこともありうるから」
「ああ、頼む」
今すぐにでもこんなところから出してやりたい、という気持ちを抑え込んで、ポッドの解放はシモンに一任する。部屋の隅にある『歴史の始まり』端末にシモンが向かい、俺はポッドの前へと立つ。
「……すまない、フィオナ」
冷たいポッドに触れると、自然とそんな言葉が漏れた。
何に対しての謝罪なのか、自分でも分からない。ただ、彼女をリリィとの戦いに向かわせて、こんなモノに閉じ込められてしまう結末を許してしまった、俺の不甲斐なさは間違いないだろう。
「サリエルも、ネルも、本当にすまなかった……だから、これでもう、終わりにするよ」
仕方がなかった。どうしようもなかった。言い訳すれば、いくらでもできる。
けれど、彼女達までこんなことに巻き込んでしまったことは事実であり、そして、何もできなかった俺が招いた結果でもある。
そう、だから、今こそ決着をつける時なのだ。
「よし、封印解除、開くよ!」
シモンの声を合図に、ポッド内を満たす赤いエーテル薬液がズブズブと排出されていく。少しずつ水位が下がって行き、それに伴って、液体の中でユラユラと漂っていたフィオナの体も底へと足がつき、尻がつき、そして、完全に空になった時には、裸の彼女が横たわっていた。
「フィオナ!」
キン、と音を立ててガラスのような透明のポッドがスライドして開く。
一も二もなく、濡れたフィオナの体を抱き上げて――そして、この手に触れる温かさと、胸の鼓動。そして、口から漏れる小さな寝息を聞いて、俺はようやく安心した。
「お兄さん、急いだ方がいいよ。多分、ここを解放したことは、すぐにリリィさんに気づかれるから」
と、シモンは開いた入り口のところでこっちに背中を向けて立っていた。
通路を警戒しているような立ち位置だけど……これは一応、彼女達が裸でいることの配慮なのだろう。
「ああ、そうだな」
安堵感を一旦、脇に置いて、俺はやるべきことをこなそう。
あらかじめ用意しておいたタオルで三人の体を軽く吹いて、サリエルに対しては慣れたものだし、フィオナは彼女だからいいとしても……ネルは、マジでごめん。
恋人でも何でもない、ただの男友達の俺が、こんなにまじまじとお姫様の裸を見てしまった罪悪感たるや。凄い、胸がフィオナより一回り以上も大きい――じゃなくて、本当に申し訳ないと思っています。でも、馬鹿正直に姫様のお体拝見させていただきましたごめんなさい、と言っても、かえって傷つくのでは……後で素直に謝るべきか、余計なことと黙っておくべきか、すでに悩み始めている俺はやはりヘタレの優柔不断であろう。
「……ふぅ」
ともかく、三人を無事に確保。まだ深く寝入っているようで、呼びかけても起きないが、とりあえず体も拭いて、服、というか着せやすい大き目のローブだけど、それを着せて身なりは整え終えた。大した作業でもないのに、やたら重労働に感じたぞ。
ざっと見回しても、フィオナの魔女ローブ、サリエルの修道服、ネルの巫女服、などの装備品は見当たらなかった。恐らくリリィが持っているのだろう。装備の回収は後回しでいいと判断し、さぁ、脱出だ。
「出ろ、ヒツギ、お前の出番だ」
「はぁーい! ご主人様に尽くすスーパーメイド、凄い、可愛い、賢い、ヒツギ、参上ですぅ!!」
妙な前口上を叫びながら、広げた影空間からズブズブと上がって来たのは、呪いのグローブ、ではなく、メイド服を身に問纏った小柄な少女。
あまりに長い黒髪をバサリとなびかせて、謎のポージングでドヤ顔を決めているのは、他でもない、疑似水属性によるスライム擬態の肉体を得て、人の姿に化けたヒツギである。
「お前、テンション高いな……状況分かってる?」
「勿論でございます! ヒツギ、ご主人様のお呼びがかかるのを今か今かと、くらぁーい影の中で、ハラハラドキドキしながら待ちわびていたのですぅ! さぁさぁ、ご主人様、このヒツギになんなりとご命令を!!」
不安になること山の如しだが、どうしてもヒツギの手を、人型としてのヒツギの力が必要なのだから、仕方がない。一応、事前説明もしてあるし、大丈夫だと信じよう。
「ヒツギ、フィオナ達を抱えて、ここを脱出しろ」
いつまでもここに留まっているのは、あまりに危険。身柄を奪い返されてしまえば、救出作戦も無意味だ。
まずは脱出が最優先。ひとまず、このエリアの入り口の地下鉄駅まで潜り込めれば、時間は稼げる。
しかしながら、三人もの人間を抱えて、特別な力のないシモンがそこまでの距離をどうやって移動するのか、という物理的な問題が発生する。そこで、運搬役、兼、ホムンクルス兵に捕捉された時の護衛として、ヒツギに任せることにした。
「いいか、シモンの言うことをよく聞いて、行動するんだぞ。勝手にチョロチョロしたらダメだからな」
「あい、メイド長として癪ですが、ここはシモーネちゃんに従いますよ」
本当に大丈夫だろうか。城を出たら遊園地だし、好奇心に駆られてヒツギが飛び出していきそうなイメージあるんだけど……っていうか、シモーネちゃんって何?
「さぁ、行きますよ我が家のメイド三号シモーネちゃん! 道案内はしっかりお願いですぅ!」
「ねぇ、メイド三号って僕のこと? シモーネって何?」
ツッコミが追いつかずに困惑気味のシモンを余所に、ヒツギはさっさと長い髪の毛を触手と化して、フィオナ達をぐるぐる巻きにして持ち上げる。見た目は小学生女児だが、そのパワーは呪いのグローブ『黒鎖呪縛「鉄檻」』そのものだ。たかが三人の人間を抱えて運ぶくらい、ワケはない。
「それじゃあ、頼んだぞ、ヒツギ」
「はい、どうぞヒツギにお任せですぅ!」
満面の笑顔で答えるヒツギは、それから、少しだけ不安そうな表情で、こう続けた。
「ご主人様も、どうかお気をつけて。ヒツギは必ず、ご主人様がリリィ様を連れてお戻りになると、信じております」
ああ、そうだ、その通りだ、ヒツギ。お前は本当に、良くできたメイドだよ。
「ありがとう、ヒツギ――」
さぁ、ここからが本番だ。
『暴君の鎧』もヒツギもなく、久しぶりに俺一人だけの戦い。けれど、そうでなければ、意味がない。
これは、ただ敵を殺しさえすればいい戦争ではなく、相手の身も心も奪う愛の戦いなのだから。
「――俺は勝つ。必ず、リリィを手に入れてみせる」