第609話 妖精姫VS吸血王子(2)
静かににらみ合う、少女と少年。互いに『魅了』を宿す白皙の美貌を誇る二人は、その長い金髪も相まって、兄妹のように見えるかもしれない。
しかし、操る力は真逆に近く、そして、内に秘める想いもまた、正反対である。
「『メテオストライカー』――照射」
先手はリリィ。
吸血鬼の神である『鮮血大公ロア』は、その名前すら聞いたことのない、全く未知の能力である。文字通りに小手調べが必要。
放ったのは、右手に握る『メテオストライカー』より放つ光線。それと、無数に放つ『光矢』のオマケ付き。
ただのアンデッドが相手なら肉片一つ残らぬ、聖なる光のオーバーキルだが、すでにルドラは二丁拳銃の『最大照射』を無傷で防いでいる。
リリィは、ルドラがどんな方法を使って光魔法を防いでいるのか、それを見極めたかった。
「朱に染まれ――『鮮血領』」
唱えると同時、いや、すでにして、その結界は完成していたのだろう。
ルドラの足元には、ドロドロとした血のような水辺がいつの間にか広がっている。半径五メートルほどの丸い血の池は、リリィの『妖精結界』と同様に、加護による結界であると一目で分かる。
重要なのは、それがどれほどの防御力を発揮するか。そして、特殊な魔法効果を持つかどうか。
その答えは、光の速さで飛び込んだ光線がすぐに教えてくれる。
「消えた……いいえ、光を拡散させたのね」
ルドラの『鮮血領』へ飛び込んだ光線は、その輝きがかすれた、と思った次の瞬間には、綺麗に消失。
それは、フィオナが『夢幻泡影』で光魔法を防いだのと同じ原理であろう。あの結界内には、黒色魔力の煙幕と同じか、それ以上に光を吸収する仕掛けが満ちている。
流石は光に弱い吸血鬼だけあって、備えは万全といった様子。恐らく、光属性に対する防御特化なため、物理的な守りは弱いと見るが……
「血肉を喰らえ、僕達よ」
殺到するリリィの光魔法を完全に無効化しながら、ルドラは手を掲げて命じる。
すると、結界たる血の池がボコボコと沸騰したように沸き立つと――そこから、高らかな遠吠えを上げながら、真っ赤な狼が姿を現す。
一体、二体、どころではない。餓えた群れが獲物に殺到するように、次々と赤い水面から飛び出してくる。
現れたのは、狼だけではない。百を越える赤き餓狼の後ろから、鳥の群れが一斉に羽ばたくように、バタバタとおびただしい数の羽音を奏でられる。ソレは鳥でもなく、獣でもない、翼と牙を併せ持つ蝙蝠であった。
瞬く間に、地を駆ける狼の大群と、空を覆わんばかりの蝙蝠の波が出現。そして、それら全てはリリィただ一人を標的として認識し、渾然一体となって襲い掛かった。
「うーん、実にヴァンパイアらしい能力じゃない」
召喚というより、自らの魔力で創り出している下僕だ。気配はどれも同一で、自我も感じられない。元となった動物が持つ知覚能力と運動能力をそのまま備えた、高度な自立型の魔法といえるだろう。
リリィとて、光魔法に敵を自動で追尾する誘導性能を付加するのがせいぜい。吸血鬼としての特性、種族が受け継ぐ固有魔法だからこそ、狼や蝙蝠を創造し、使役する能力にまで至るのだ。
高度な魔法でありながら、体現するのは圧倒的な数の暴力。
赤い津波のように、地と空の両方から殺到して来るルドラの僕に対し、リリィがとったのは、ただ真正面から迎え撃つ正攻法である。
「まさか、こんな目くらましだけが、純血種の力じゃあないでしょうね」
迸る、光の奔流。無数の敵に対し、リリィはただ無数の光撃でもって対抗するのみ。
古代の二丁拳銃から照射される、極太の光線は大地を薙ぎ払い、牙を剥く狼をまとめて消し飛ばす。
大きな雲のように頭上を覆い隠すほどの蝙蝠の大群には、曇った空を全て晴らすかのように、眩い光を炸裂させる。放たれる『光矢』は、降り注ぐ雨を逆転させたような数と勢い。
光の矢に突き刺されば、闇の力で形成された蝙蝠は瞬時に浄化され、消滅する。そして、リリィの放つ『光矢』は通常の威力を遥かに上回る。輝く矢は刺さった瞬間に爆発を起こし、周囲を飛び交う蝙蝠もまとめて消して見せるのだ。
狼も蝙蝠も、リリィの前では物の数ではない。正しく、簡単に振り払えるほどの『目くらまし』でしかないのだった。
「――貴様を相手に、出し惜しみなどはしない」
すでにして、実力を侮ることも、図ることもとっくに過ぎ去った段階。リリィの力を、身をもって体感しているルドラは、この下僕をけしかけるのも、ハナから目くらましで十分であると割り切っていた。
リリィが綺麗に邪魔者を払いのけたその瞬間、すでに、ルドラは目の前にまで間合いを詰めていた。
音もない。気配もない。これほど禍々しく、強大な魔力の持ち主でありながら、その静けさは、闇夜に紛れる神出鬼没の怪物と恐れられる、ヴァンパイアだからこそか。
目に映るのは、真紅の竜巻。渦巻くロアの赤いオーラは、ルドラが振り上げた呪いの刀から発せられている。
それは、鍛え上げられた鋭い技ではなく、純粋な力の発露。四十年の鍛錬を嘲笑うかのように、強大に渦巻く加護の力が、絶大な破壊力と化してリリィへと叩きつけられた。
「『流星剣』――っ!?」
これまで、幾度となく三人の剣士の刃を受け、弾き、時には反撃さえ仕掛けた光の刃が、砕けた。侮っていたワケではない。その証拠に、一本ではなく二本つぎ込んで、交差させて受け止めるつもりだった。
しかし、眩い白光の刃は、呪いの刀が纏う真紅のオーラの渦に触れた瞬間、ガラスのように脆くも砕け散って行く。
その威力を見て、リリィはようやく気付く。
ロアの加護は、ただアンデッドの弱点である光属性への耐性が高まるものではない。これはむしろ、防ぐためのモノではなく、攻めるための力。
この血のような禍々しいオーラは、光をかき消す特効的な効果を持つのだ。闇を照らし出すはずの光は、ロアの血色によって容易く塗りつぶされてしまう。つまり、光属性と闇属性の弱点関係を逆転させるということ。
光魔法を極めるリリィにとって、吸血鬼たるルドラは最高に相性のいい相手だった。自分の優位は絶対的。加護の力で少しばかりその出力を増そうが、その弱点を覆すのは容易ではない。
しかし今、光を滅すことに特化したロアの力を前に、その相性は逆転。
「……まさか、私の妖精結界がこうも容易く切り裂かれるなんて、思いもよらなかった」
リリィはガードを即座に中止し、回避の一手を打った。
幸いなのは、ルドラ自身がまだ、強大なロアの力を制御しきれていないこと。四十年ぶりに使ったら、当時よりも強くなっているのだから、手綱を握り切れないのは致し方ないだろう。二の太刀を振るうのが、僅かに遅れてしまった。
ルドラの振るった一撃は、リリィの『流星剣』を砕き、さらには『妖精結界』もズタズタに切り裂くように破り、ついに、その身に刃が届く――というところで、クロノがリリィを助けた。
瞬間的な『嵐の女王』の発動により、転移魔法と錯覚するほどの超高速でもって、光を喰らう呪いの刃から逃げ切ったのだ。
「その慢心が命取りとなる。かつての、私のようにな」
刀の間合いから逃れたリリィ。破れた妖精結界は即座に修復されてゆき、恐らくは、何かしらの対応策を組み始めているのだろうと、ルドラは推測する。
だが、いまだに全身全霊をかけて向かってこない様子を見るに、リリィはこれでもまだ、本気ではない。
光属性に特化した妖精のリリィにとって、ロアの力は最悪の相性を持つ。その意味はとっくに理解しているだろう。いや、それを理解したからこその余裕。彼女ならば、このゼルドラスをして化け物と呼ぶに相応しい妖精姫であるならば、小手先の技で逆転した相性さえも引っくり返すかもしれない。
だがしかし、その考えこそが慢心。勝機を逃す油断。
「見よ、これぞ『鮮血大公・ロア』の真の力」
身を守る鮮血の結界。無数に湧き出す狼と蝙蝠の下僕。聖なる光を滅する真紅のオーラ。いずれも、オマケのような能力に過ぎない。この程度の力なら、加護を宿す吸血鬼なら一つくらいは持っているし、より上位の実力者であれば、全て揃える者も珍しくはない。
何故、ゼルドラス・ヴァン・ベルモントこそが「神に愛される」と謳われたのか。
その理由が、コレである。
「我が血をもって、顕現せよ――『鮮血大公の神影』」
それは、巨大な髑髏であった。影絵を映すように、音もなく、ゆらりと現れる。
見上げるほどに大きな髑髏は、吸血鬼の頭蓋のように、大きな二本の牙を備えている。暗い眼窩には真紅のオーラの光が灯り、見つめていると、魂が吸い取られそうな禍々しい輝きを放っていた。
浮かび上がったのは、上半身だけ。けれど、見上げるほどに大きく、古びた白骨死体のように薄汚れた骸骨の体には、それでも尚、高い気位を象徴するかの如く、漆黒のマントを纏っていた。
闇夜のようにマントを広げる巨大髑髏は、幽霊のように、守護霊のように、ただ、静かにルドラの背後に浮かび上がっている。
幻覚。
否、それは確かな質量を持って、この世に存在していた。
「まさか、神の化身――ぐうっ!?」
その存在を知らしめるかのように、巨大な骸骨の姿をした『鮮血大公の神影』は、鋭い爪を備えた長大な両腕を伸ばし、リリィを捕らえた。球形の妖精結界ごと掴む様は、まるでボールを持つかのような気軽さである。
「そう、ここにあるは正しく神の化身。我が力をもって、遥か深淵の彼方で眠る神の姿を、この世へと映し出した」
それは、ただの影にすぎない。しかし、神の影である。
加護は、神と通じる魂の門を通じて得る。それは神からすると、ほんの小さな、針の穴よりも狭い、一度でも見失えば、二度と見つからないほど、かすかな繋がりでしかないと言われている。神と人では、その存在にあまりに差がありすぎるが故。
そんな小さな繋がりだけで、現実として人は、これほど強大な力を振るえるのだ。
ならば、たとえ影とはいえ、本物の神の影を投影させることができるというのなら――
「神に愛されているのは、貴様だけではない、リリィ」
「くっ……」
リリィの顔に、初めて焦りの色が浮かぶ。
神の腕に囚われたリリィに、最早、脱する術はない。
『炎の女王』を発動して、ようやく拮抗といったところ。どちらも共に、神の腕力である。最早、魔王の力は、一方的に覆せるほどのアドバンテージにはない。
『鋼の女王』とて、同じこと。その防御力をもってすれば、ロア・アバターのパワーでも一息に潰すことは不可能。硬い石のような守りはしかし、発動していてこそ。握り続ければ、いつか必ず、その守りは解ける。
『嵐の女王』での脱出など、さらに無理がある。すでにして、リリィは完全に掌の中。脱するための隙間が存在しないのだ。超高速では意味がなく、神の掌から逃れるならば、空間を跳躍する転移魔法でも使わなければいけない。
力づくで破ることも、守り切ることも、逃げることもできない。そして、時間もない。
ロア・アバターの掌は、当然、光をかき消す真紅のオーラを纏っている。強固にして万能の妖精結界であっても、もう、あと十秒ももたないだろう。
「吸血鬼の力を侮った、貴様の負けだ」
「……侮る? まさか、これほどの力を見せつけられて、とても侮ることなんてできないわ」
リリィは、笑った。
あと、何秒も時間は残されていないにも関わらず。
「敬意を表するわ、ゼルドラス・ヴァン・ベルモント。貴方は私と同じか、それ以上に神に愛されている。だから、そんな貴方になら、コレをあげても惜しくはないわ」
それは、フィオナに対しても、クロノを前にしても、切るに切れなかった、リリィの切り札であった。
「目覚めなさい、戦人機『スプリガン』」
弾けるように広がるリリィの魔法陣。そこから飛び出したのは、巨大な鋼鉄の両腕。白銀の腕に鮮やかなブルーの装甲を纏った、騎士の腕である。
そして、騎士の役目とは主を守ること。
麗しい妖精姫を守るため、邪悪な吸血鬼の神の腕を、騎士の両腕は掴み取った。
「馬鹿なっ、この姿は――」
ルドラの目が驚愕に見開かられる。
『鮮血大公の神影』の腕を掴み、力づくで押しのけてゆく巨大な騎士の姿が、魔法陣より完全に出でる。
一体、どれほどの激戦を潜り抜けたというのか。白と青の爽やかなカラーリングの騎士の姿は、酷く煤けて汚れきっている。各所の装甲は凹み、抉れ、分厚い鋼鉄の守りを変形させるほどの苛烈な攻撃に晒されたことを示していた。
そんなボロボロの姿でありながらも、巨大な騎士――そう、エンシェントゴーレムと呼ぶべき古代の巨大人型兵器は、力強く立ち上がる。
「ガラハドの重機とは格が違うわよ。この戦人機こそ、古代で使われた本物の兵器なのだから」
リリィが召喚した戦人機『スプリガン』は、唯一、稼働状態にあり、数千年もの間ここに墜落した天空戦艦シャングリラを守り続けた、忠義の騎士、もとい、自動兵器である。正確には、自動操縦モードと呼ぶべきか。
恐らく、このディスティニーランドを含む未踏領域へ足を踏み入れたのは、リリィが初めてではない。だが、数百年の長きに渡ってアヴァロン冒険者ギルドにその情報がなかったのは、ここへ来た者は全て、古の命令を守り続ける兵器によって無情にも排除されたからである。
リリィはディスティニーランドとシャングリラを守る『スプリガン』を打倒し、この地を手に入れることが愛の試練の一環と心得て、挑み、勝利した。
そして、いわゆる一つのボスとして機能していた、この強大な戦人機は、そっくりそのまま戦利品となったのだ。
ガラハド戦争で『タウルス』を操った経験が生きた。古代の主力兵器であった戦人機だが、使用されている技術は同じ。すでに古代の魔法技術の基礎を学習したリリィと、シャングリラという戦人機を運用するための設備を有する母艦、その両方が揃っていれば、こうして一度倒した『スプリガン』を再利用することも不可能ではない。
もっとも、リリィは最初からこれを使う前提で、機体が修復不能なほど大破しないように機能停止にまで追い込んだ、戦いの結果が伴ってこそだが。
「よもや、戦人機さえ蘇らせ、使役するとは。真に恐るべきは、加護の力ではなく、その知恵か――ぐううっ!?」
ゴオオオ、と雄たけびをあげるかのように、スプリガンは背中のメインブースターから轟々と青白い魔力の燐光を噴き出し、ロアの化身を押し返す。
神の影と、古代の人型兵器は、奇しくも同じほどのサイズ。さながら、邪悪なアンデッドモンスターと聖なる騎士が、真正面からの取っ組み合いをしているかのような構図となる。
無論、人の何倍もの巨大な姿は、大きさに応じた破壊力の余波を周囲へとまき散らす。
「私の最強の僕、貴方にくれてやるわ!」
リリィの覇気に応えるかのように、スプリガンのブースターはさらに唸りを上げて出力を倍増させる。
全身の装甲がガタガタと振るえ、今にも弾け飛んでしまいそう。大きくひび割れた亀裂の奥には、ブースターと同じ青い光が漏れ出ている。ただでさえボロボロ、修理によって辛うじて稼働しているに過ぎないスプリガンは、これが己の最後の仕事と心得ているかのように――飛んだ。
「お、おのれ……この、力は……」
神滅領域アヴァロンを覆う赤い天空に向かって、美しい青い光の柱がつき立つ。垂直に飛び立ったスプリガンは、ロア・アバターを背負うルドラを捕らえたまま、グングンとその高度を上昇させていく。
危険。
考えるまでもなく、ルドラは無我夢中で脱出を図る。
己の魔力を全て絞り尽くしてロア・アバターを動かし、スプリガンを殴りつける。硬い。だが、破壊できないほどではない。
二度、三度、殴りつけて、スプリガンの左腕が肩口から砕け散る。しかし、残った右腕一本は尚も、ロアの体を掴み続けた。
真紅の一閃。ルドラは自らの剣技でもって、スプリガンの右手の指を切り裂き、ついに拘束を脱する。
そして、そこがタイムリミットであった。
「3、2、1、ありがとう――自爆術式・解放」
リリィのつぶやきをかき消す大爆発が、アヴァロンの空に咲いた。
スプリガンには、いや、恐らくは全ての戦人機には自爆機能が搭載されている。心臓部である源動機から生み出される魔力の流れを、機体へ送るのではなく、八の字のように機関内部だけで閉ざすようにシフトさせることで、巨大な兵器を動かす莫大な魔力量を、簡単に一個の爆弾へと変えることができる。
非常にシンプルな自爆術式は、実に使い勝手がよい。
そして、最早、長時間の稼働と、精密な戦闘動作が不可能なほどにボロボロのスプリガンを効果的に運用するには、自爆で使い捨てるのが一番だとリリィは考えた。
「くっ、は、あぁ……」
さながら青い太陽が出現したかのような、スプリガンの自爆攻撃。それを至近距離で直撃しても尚、不死の代名詞を体現するかの如く、ルドラは生きていた。
しかし、生きているだけで精一杯。生身で受けるには、あまりに大きすぎる破壊力。ロア・アバターが身を挺して守ってくれなければ、一切の復活の可能性もない、塵一つ残らぬ完全消滅となっていただろう。
大爆発の威力を受けて、神の影は完全に吹き飛ばされた。今のルドラは、意識は朦朧としたまま、残った僅かな衣服さえ消し飛び、裸となって空中を真っ逆さまに落ちている。
それでも、刀は握りしめたまま、決して手放さない。
手にした愛刀の感触が、かろうじて、ルドラの意識を繋ぎとめた。
「私、は……」
まだ、剣がこの手にある限り、まだ戦える。
「いいえ、これで終わりよ――『天雷槍』」
意識と戦意を取り戻しかけたルドラを貫いたのは、漆黒の刃。
黒き雷光と、不気味なほどに高らかな雷鳴を轟かせ、目にも止まらぬ速さ、そう、純血種の知覚能力をもってしても、見失ってしまいそうな超高速で飛来してきた、十字槍である。
「がっ、ぁああああああっ!!」
全身を駆け抜ける、鋭い雷撃。バラバラに弾け飛んでしまいそうな衝撃。けれど、最も強烈な痛みは、貫かれた傷。
その刃は、正確に心臓を射抜いていた。
ドン! という轟音が耳を駆け抜けて行ったのを最後に、ルドラの意識はついに完全な闇に閉ざされた。
「ふぅ、肩が抜けそうになったじゃない。こんな技、もう二度と使いたくないわ、サリエル」
ルドラにトドメを刺したのは、サリエルから借りた武器と武技によるもの。やはり吸血鬼を仕留めるには、正確に急所を貫く必要がある。ロアのオーラで光魔法が通らないなら、刃で刺すより他はない。
そして、純血種の心臓を正確に刃で貫くならば、サリエルの神業的な投槍の武技が、最も相応しい。
『女王鎧』によってサリエルから技を借りたはいいものの、予想以上に体への反動が激しくて、リリィも思わず顔をしかめてしまう。
「でも、これでようやく、静かになったわね」
うんうん、と納得するように、リリィはランドの中央に象徴的に立つ白亜の城を見上げる。
その最も高い天守の屋根。そこに、十字の槍によってルドラが磔となっていた。
完全に血の力が底を突いたのだろう。美しい少年の肉体は、再びやつれきった重病人のような姿へと変わっていく。
恐ろしい怪物たる、吸血鬼の最期に相応しい有様だと、リリィは感じた。
「ああ、そうそう、思わぬ横槍が入ったから、すっかり忘れるところだったわ」
フワリ、とリリィの体が軽やかに浮かび上がる。
飛べる。
それはつまり、とっくに飛行能力を縛り付ける、重苦しい重力の戒めが消え去っていることを現していた。
「さぁ、貴女が最後の一人よ、セリス」
観覧車の天辺に羽のように舞い降りたリリィは、妖精らしい屈託のない笑みを浮かべて、力の限界を迎えて倒れたセリスを見下ろした。
2017年5月19日
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