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黒の魔王  作者: 菱影代理
第31章:嫉妬の女王
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第605話 リリィVSブレイドマスター(1)

「はぁあああ!」

「ふっ!」

 前衛は、カイとファルキウス。セリスとルドラは隙を窺うように、それぞれ左右から回り込むように動きはじめた。

 四人の実力からすれば、三秒もしない内に完璧な同時攻撃を叩き込んでくるところだが、それはすでに、さっき見た。同じことを二度も許すほど、女王は暇ではない。

「『光矢ルクスサギタ』」

 ただ、背に生える蝶の羽を振るわせるだけで、無数の光が弾けた。それは白く輝く『光矢ルクスサギタ』と化して、流星群のように全方位へと一斉に解き放たれる。回避の隙間もなく、リリィを中心に半径50メートル以内の空間全てを塗りつぶすように光の雨が叩きつけられた。

 その圧倒的密度の光撃は、クロノが試験で課した想定問題そのもの。いや、本物のリリィによる『光矢ルクスサギタ』は、クロノが浴びせる弾雨よりも遥かに凶悪な威力をもって降り注ぐ。

 だが、その程度で怯むほど、四人もヤワではない。

「こんなもんで、俺を止められると思うなよっ!」

 回避の素振りすら見せず、カイは真っ直ぐ突進し続ける。当然、その体には連続的に光の矢が突き刺さるのだが、青く迸るオーラが一切の傷を許さない。

『不滅闘士・スヴァルディアス』の加護は、どこまでも純粋に身体能力を強化させるという、シンプルが故に、絶対的な力を持つ。腕力、脚力、そして肉体そのものの頑強さ。

 この神滅領域アヴァロンにおいては、『不滅闘士・スヴァルディアス』の加護も当然、効果消失の対象となるが……この妖精女王の神殿と化した、リリィのディスティニーランド内だけは、加護消失の影響を免れている。リリィ自身の力のための神殿化であるが、それは他の神の加護を持つ者にも力を与えるというデメリットは、すでにしてフィオナとの戦いで明らかとなっている。

 故に、カイの体には不死身の伝説を持つ剣闘士の加護たる青いオーラが煌々と輝き、なまくらの刃など弾き、下級攻撃魔法なんて雨粒が当たる程度にしか感じさせない防御力を与えてくれる。

 効かないのだから、避けることも、防ぐこともしない。迂闊でも怠慢でもなく、コンマ一秒を争う戦いにおいての、最適解である。

「ふふっ、スポットライトにしては眩しすぎるかな」

 防御力でもって直進し続けるカイに、一歩も遅れることなくついてくファルキウス。光の矢の雨をものともせずに突き進む秘密は、彼が掲げる盾にあった。

 彼が握る剣と同じく、黄金の輝きを発する、鏡のように磨き抜かれた表面を持つ盾。その名は『ミラージュバックラー・プリンシパル仕様』。名前の通り、所属する剣闘団『スターライトスパーダ』の筆頭剣闘士プリンシパルのための専用装備である。

 美しい輝きを放つ盾が秘める効果は一目瞭然。『反射リフレクト』である。それも、特に光属性への相性がいいタイプ。光魔法を相手に鏡の盾とは、まるでおとぎ話のようであるが、現実として見事な効果を発揮しているのだから、馬鹿にはできない。

 その上、ファルキウスはただ相性のいい装備だからと、持っているワケではない。完全に盾を使いこなしている。盾で反射した『光矢ルクスサギタ』の悉くは、リリィに向かって返ってくるのだから。

 無論、自ら放った『光矢ルクスサギタ』が跳ね返ってきたところで、リリィに通じるはずもない。鋭い輝きの光の矢は、赤い妖精結界オラクルフィールドに触れた瞬間、弾けて消滅。

 だが、それでもリリィに対する一瞬の目くらましとしては、十分であった。

「おらぁっ!!」

 すでに、大剣を大上段に振り上げたカイと、鋭い突きを放つ構えに入ったファルキウス、二人の姿が目の前にある。

「『炎の女王オーバードライブ』」

 それを、リリィは真正面から力づくで押し返す。二振りの流星剣スターソードで両者の刃を受け、そこから急発進。

「うおっ!?」

「ぐっ、この力は――」

 鍔迫り合い状態のまま、二人は飛ぶリリィに押されて庭園を抜け、大型のアトラクションが立ち並ぶメインストリートに入った辺りで、一気に弾き飛ばされた。

 それぞれ地面へ降り立ったところに、リリィが構えた『メテオストライカー』と『スターデストロイヤー』の銃口が向く。

拡散射撃スプレッダー放射バースト

 リリィは大きくのけ反り、背後に向かって撃った。狙ったのは、素早く後ろから追いすがって来た、セリスとルドラの二人組み。カイとファルキウスを狙い撃っていれば、その間に背中を刺せるタイミングであった。

「むっ」

「くっ」

 白銀の銃口から放たれた光弾は、『光矢ルクスサギタ』とは比べ物にならない魔力密度を誇りながらも、とんでもない数が瞬時にばら撒かれている。流石に、剣で弾きながら突っ切るには危険すぎる弾幕。

 素早く身を翻して避けたセリスとルドラだが、さらにそれを追いかけるように、漆黒の銃口より照射される真紅の光線が薙ぎ払われる。

 ドン、ドン! アトラクションの建物に着弾した魔法の弾丸と光線はけたたましい破壊音を奏でる。宙づりにされたゴンドラの幾つかが落下し、白馬を模した人形がまとめて弾け飛ぶ。

 俄かに激しい粉塵が舞い、セリスとルドラはその煙に紛れるようにリリィの視界から逃れて行った。

「やい、こっちはまだヘバっちゃいねぇぞ!」

 逃れた二人の索敵へ傾けようとしたところで、威勢のいい声と共に、再びカイが飛びかかってくる。一歩遅れて、ファルキウスも続く。

「ふふっ、力自慢の剣士でも、魔王の加護には敵わないと分からないのかしら」

「腕力だけで強さが決まるなら、剣術なんていらないさ」

 リリィが二丁の銃から放つ射撃を交わし、剣で弾き、二人は瞬く間に距離を詰める。剣の間合いに入れば、煌々と輝く光の刃が迎え撃つ。

「へっ、剣士が魔術士相手に――」

「――剣で負けるわけには、いかないよねっ!」

 流星剣スターソードが弾かれた。いや、受け流された、と言うべきだろう。カイはその大剣でもって、ファルキウスはミラージュバックラーで。そこに武技と呼ぶほどの力はない。しかし、ただ己の腕前でもって、当たり前のように相手の攻撃を受けて流す。

 派手な威力の武技ではなく、こういった名もなき動作にこそ、剣術の神髄となる『技』に通じるのだと、カイとファルキウス、互いに異なる流派の使い手でありながらも、共通認識に至っていた。

 熟練の剣士なら、誰もが知っている。だが、ただ高威力の魔法の刃を振り回すだけの魔術士には、永遠に分からない、技の境地。

 そうして流星剣スターソードを華麗に受け流した直後に、飛んでくる二連撃。

「『大一閃ハイスラッシュ』!」

「『双烈ブレイザー』」

 妖精結界オラクルフィールドを破るだけの威力を備えた、武技。カイの『大一閃ハイスラッシュ』、ファルキウスの『双烈ブレイザー』、鋭い武技の二連撃は、魔術士が体一つで捌ける攻撃ではないが、リリィは全てを見切る目を持つ。

「――っと、危ないわね」

雷の女王オーバーアクセル』を瞬間的に発動したリリィの目には、自分の胴体を左右から切り裂く刃の軌道が、はっきりと見て取れた。

 その二筋の剣閃の隙間を縫うように、体を傾げる。それだけで、回避は十分だった。

「うおおっ、固ってぇ!」

「それに、凄い反応……それも、クロノくんの力かな」

 リリィの妖精結界オラクルフィールドは手練れの剣士の武技に晒されても、完全に刃の侵入は許さない。全く回避行動をとらずとも、リリィの胴を切り裂くことはなかった。ただ、クロノのプレゼントであるこのワンピースに、ほんの僅かでも傷をつけるのを嫌ったが故に、わざわざ加護を使ってまで避けたに過ぎない。

「やっぱり、剣士に接近を許すなんて、お遊びが過ぎたかしら」

 サリエルのように、手痛い反撃を喰らうこともある。そして、それを起こしうるだけの実力は、彼ら四人の誰もが備えている。

 少しばかり、相手に合わせすぎた。もうちょっとくらい、真面目に戦ってもいいかもしれない。

 そんな気持ちで、リリィは二丁拳銃を次の攻撃体勢に入っていた二人へと向けた。

「――『朱薙』」

 構わず、発砲。白と黒、どちらの銃口からも野太い光線が照射され、カイとファルキウスの体を濁流で押し流すように遠ざける。

 その間に、真後ろから飛んできたのは吸血鬼が放つ血の刃による斬撃。

 これを受けるのに、振り向く必要はない。ただ、後ろに流星剣スターソードを稼働させれば、それで事足りる。

 リリィに言わせれば、手で持って振るう『剣』などというものは、可動域に人体構造上の制限が加わる不完全な武器。前後左右に天地、自分を囲む結界を起点にしてあらゆる方向に稼働できる流星剣スターソードこそ、近接攻撃の最適解であろう。

 そこに鍛錬の果てに辿り着く『技』が宿ることはない。だが、リリィの流星剣スターソードはその魔力と機能性でもって、剣士の刃を防いで見せる。

「まだまだぁ!」

「一気に畳み掛けるよ」

「疾っ!」

 鍛え上げた剣術と肉体でもって、三人の剣士はリリィへと食らいつく。

 流石に黙って立って迎え撃つことを止めたリリィは、妖精の機動力でもってアトラクションの間を飛び回り、剣の間合いから逃れる。凄まじい速度で、滑るように地面の上を移動するリリィに追いつくことは容易ではない。

 さらに、そんな高速移動しながら、容赦なく光魔法を雨霰と放ってくるのだ。ただの歩兵部隊が相手であれば、それだけで一方的に殲滅されてしまう、恐るべき魔法攻撃の嵐。その余波に晒されて、キラキラと美しくライトアップされたディスティニーランドの建物も、見る見るうちに無残に破壊されてゆく。

 だがしかし、三人ともそれぞれ飛び回るリリィに追いつけるだけの脚力を持つ。速度強化の武技を宿し、三人は瓦礫の転がる地を疾風のように駆け抜け、崩れた施設を飛び越し、光の嵐と化して飛びまわるリリィへと肉薄。

「うらぁ――『大断撃破ブレイクインパクト』っ!」

 振り下ろされた大剣の直撃こそ避けるが、叩きつけて小規模なクレーターさえ穿つ衝撃波でもって、リリィの小さな体は流される。

「『衝打バッシュ』」

 その先で待ち構えていたのが、ファルキウス。

 衝撃波に流されつつも、体勢を崩してはいないリリィは、冷静に二丁拳銃でファルキウスを撃つが――力強く盾を突き出す『衝打バッシュ』は、二筋の光線さえ押し切ってくる。

 このままシールドバッシュが炸裂すれば、妖精結界オラクルフィールドも大いに揺らぐ。そうなれば、武技でもない一撃でも、リリィの体に刃が届くだろう。

 回避を選んだリリィは、慣性の法則を無視するような急制動でもって、その場を反転、

「――『斬天朱煌』」

 その先に、まるで影の中から湧き出て来たかのように、一切の気配もなく、抜刀の構えをとったルドラがいた。

 鮮血のように赤く輝く刀身が、銃弾のように鞘から飛び出してくる。この武技が直撃すれば、十全に展開された妖精結界オラクルフィールドごと両断されかねない。それほどの威力が宿る、ルドラにとっての必殺技。

 避けるより他はない。

 だが、再び前へと戻ればファルキウスの盾に潰される。

 左右どちらかに――いや、どっちに飛び出ても、すでに体勢を立て直したカイが即座に飛び込んでくるに違いない。

 三人の剣士を相手に、八方塞がり。逃げ場がない。

 だが、それはただの人間であればの話。

 リリィは妖精。背に生える禍々しい蝶の羽を羽ばたかせて、空へと舞いあがる。

「ごめんなさいね、空まで飛んじゃうと、あまりに勝負にならないと思ったから」

 流石はクロノが見込んだ仲間達、よくぞ、私に空を飛ばせるまで追い込んでみせた。

 迫りくる決死の刃を逃れ、軽やかに宙へ舞い上がったリリィは、どこか満足そうな微笑みを浮かべて、地に立つ三人の剣士を見下ろした。

「貴方達は強い、素晴らしい剣士だわ。認めてあげる。私もお遊びで相手するには、ちょっと危険に過ぎる相手……だから、少しだけ本気で戦うことにしたわ」

 リリィの握る『メテオストライカー』が、地上へと向けられる。

 銃口から広がる、白い光の魔法陣。その陣の大きさは、放たれる魔法の強さに比例する。

 剣士を目の前にしながらも、大魔法を発動させるのに何の邪魔も入らない。なぜならここは、空の上。ほんの数十メートルの上空に浮かぶだけで、もう、手に握った刃など、届きはしないのだから。

「ズルいとは言わないでね。これが私の力、妖精の力なのだから――『星墜メテオストライク』」

 放たれる、寸前だった。

 リリィの体勢が崩れる。

「っ!? これは……」

 まるで立っていた足場が崩れたように、リリィの体はフラフラと不安定に揺れ動く。妖精の飛行能力では、酔っ払いでもしなければ、決してありえない現象。

 だが、リリィの誇る正確無比なコントロールと莫大な魔力によって支えられている飛行能力が、確かに揺らいでいる。魔法の操作を誤ったのではない。

 そう、これは単純に、外部から凄まじい力を受けているに過ぎない。天に立つ妖精姫を、地へと引きずりおろす、強大な力――すなわち、重力である。

「『重力結界グラヴィティフィールド』全開……位相フェイズヘヴィープラス

 それは、大地から噴き出すようにそそり立つ、暗い紫色の不気味な光の柱であった。空に浮かぶモノを何一つ許さない、そんな意思を感じるように、強烈に地面へと引き寄せられる力が、この紫の光の柱、リリィを内に閉じ込めた『重力結界グラヴィティフィールド』には満ちている。

 グラグラと揺れながら、リリィの高度が少しずつ、けれど、確実に落ちていく。

「そう、これが貴女の加護チカラ……」

 忌々しい。訴えるように、ギラつく翡翠と漆黒の瞳が、遠く離れた観覧車の天辺に立つ、セリスの姿を睨みつけた。

「大地は乱れ塔は沈む、空を逆さに月を落とす――『天元龍・グラムハイド』」

 セリス・アン・アークライトが宿す加護。それは、栄華を誇った古の大都市を、怒りのままに地の底へと沈めたという伝説を持つ、狂暴にして強大な力を誇るドラゴンの神『天元龍・グラムハイド』である。

 何故、かの災厄級の龍神の加護がセリスに宿ったのかは、分からない。彼女はエルロード王家に仕える貴族として、騎士として、相応しい加護を求め、幼少の頃は『暗黒騎士・フリーシア』か『蒼雷騎士・アルテナ』を目指して鍛錬をしていた。

 だが、ある日突然、彼女の身に宿ったのはグラムハイドであった。

 神殿の説明によれば、よほど相性が良かったという。すなわち、グラムハイドの持つ加護の力と同じ才能をセリスが持つため、というのが、もっともそれらしい理由である。

 事実、セリスはほどなくして、グラムハイドが司る『重力』の魔法を発現させた。元より重力魔法の才を持つ彼女が、この荒ぶる龍神の加護を使えば、その威力は桁外れに増大される。

 帝国学園に入学した13歳の時点で、すでに加護を発動させての『重力結界グラヴィティフィールド』をかければ、強固な甲羅を持つ亀のモンスターさえ数秒とかからず圧潰させるだけの力があった。子供が持つには、あまりに破格のパワー。

 セリスの美貌、頭脳、剣術の才に加えて、この加護の力。同年代で彼女と肩を並べる実力を持つ者は、アヴァロンの第一王子たるネロだけであった。

 将来を有望されて当然の立場と力を持つセリス。だがしかし、彼女は天が授けた加護の力を滅多に使わなかった。

 いや、使わなかったのではなく、使えなかったのだ。

「くっ、う……」

 ついに、リリィの両足が地面につく。見た目以上に軽い体重しかない妖精少女の体、しかし、彼女が地に足を着けた瞬間、綺麗なタイルの地面が粉々に砕け散り、バキバキとけたたましい音を立てて地割れが走っていく。まるで、とんでもない超重量の物体が、地面へと叩きつけられたかのような現象。

 リリィが重いのではない。彼女にかかる重力が、重いのだ。

「悪いが、一度こうなると、もう私でも止められない」

 セリスは『天元龍・グラムハイド』の力を、ほとんど制御できていない。

 発動させたが最後、己の魔力が尽きるまで、そのとんでもない超重力で目の前の大地を割り、砕き、陥没させ続ける。

 努力はした。だが、まるで無駄だった。龍神の手綱を人の身で握ることはできないと嘲るように、この力はセリスの意思をまるで介すことなく、ただ解き放たれるのみ。

 圧し、潰す、という純粋な暴力だけを振り撒く加護の力など、そうそう使えるはずもない。騎士選抜のような、対人での試合など、もっての外である。

 セリスがこの力を使うのは、殺害も辞さない強力な敵が現れた場合のみ。おまけに、発動まで時間はかかるし、一度発動すれば、その場から自分も動くことはできなくなるという、制限までつく。

 血の滲むような鍛錬の末に、ようやく効果範囲のみある程度操れるようになった程度である。

 学生同士の試合では使えない。

 カオシックリムのように、閉鎖空間で強く素早い相手にも使えない。

 だが、発動までの時間を稼いでくれる、頼れる仲間のいる、今ならどうだ。

「妖精リリィ、君になら、この力を使うのに躊躇はない!」

 セリスの身に宿る加護は、その意思に応えるかのように、加速度的に力を増してゆく。リリィと似た美しいエメラルドの瞳は、体から発するオーラと同じ、暗い紫色の不気味な輝きへとその色合いを変え、瞳孔も縦に細長い竜のソレと化していく。

 加護の発露たる紫色のオーラは、その身に纏う純白の装甲も染め上げるように、黒紫の禍々しいカラーリングへと変えていった。

 変化は、それだけに留まらない。セリスの側頭部からは、ついに、角が生え始める。

 歪な刃のように捻じれた鋭い二本の角は、黒紫の煌めきを宿す。セリスの体を通して放たれる、龍神の重力が増すごとに、角はより強く、暗く、けれど眩いほどに、その輝きをましていった。

 銀髪の美貌に純白の甲冑を纏うセリスは、白き光の聖騎士といったイメージから、邪悪な龍の化身といったものに、変わり切っている。

 しかし、その清らかな心に変わりはない。

「忌むべき龍の力だが、これで姫様を救い、クロノ、君を守れるなら、私は――」

 黒々とより濃密な暗さが渦巻く超重力の結界。最も強い力のかかる結界中央に閉じ込められたリリィは、ついに両手さえ地につけ、その美しい妖精の光ごと、大地の底へ沈んで行きそうな有様であった。

「ぐっ、く……ふ、うふふふ……重力の魔法なんて、珍しい体験ができたわ」

 リリィは笑った。

 あと、もうほんの少しでも妖精結界オラクルフィールドが綻べば、瞬時に無残な肉塊へと変えるだけの、凶悪な重力の奔流の最中にあっても。

 いつものように、微笑んだ。

「星に願いを、渇きに水を、荒野に花を、咲かせましょう――『大妖精結界フェアリーガーデン』」

 緑の光が、爆ぜる。

 そして、次の瞬間には、花が咲いた。

 詠唱の詩にあるように、どんなに荒れ果てた過酷な大地にも、花は咲くのだと、そんな希望を体現するかのように、あらゆるモノを等しく押し潰す『重力結界グラヴィティフィールド』の中で、色とりどりの美しい花々が咲き誇る。

 重力魔法の具現たる、黒紫のオーラの柱を、清らかなエメラルドの光でかき消しながら、妖精が舞い踊るに相応しい、花畑が完広がった。

「――ふぅ、流石に重たいわね。一歩動くだけでも、大変だわ」

 そうして、リリィは立ち上がった。つい、つまずいて転んでしまった時のように、何気ない動作で、軽やかに、彼女は再び、立ち上がったのだった。

 2017年4月21日

 すでに告知しましたが、同時連載中の『呪術師は勇者になれない』が、レッドライジングブックス様より書籍化します。詳しくは、活動報告をご覧ください。

 それでは、どうぞよろしくお願いします。

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