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黒の魔王  作者: 菱影代理
第31章:嫉妬の女王
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第603話 遊園地

 二度目の地下鉄線路を抜けて、いよいよ俺達はリリィの待ち構える未踏領域へと辿り着く。

 だが、今日はここまで。何だかんだで、中心市街地を抜けるまで丸一日かかってしまった。アヴァロンの赤い空では昼夜の概念を忘れてしまうが、俺の感覚では今はもう夜中の十二時になるかどうか、といったところだ。

 表に出るのは危険。リリィは天空戦艦シャングリラの副砲でもって、かなりの広範囲を射程圏内に収めている。安全のために、休息は地下鉄駅のホームでとることにした。

 そして翌日、初火の月11日。

「まずは、周辺の調査をする」

 心境としては、目と鼻の先に迫ったリリィに向かって全力で突撃していきたいところだが、慎重を期す。

 というより、周辺調査の指示は単なる表向きの建前だ。俺達には、他に調べておきたいことがある。

「三時間後に、ここへ戻って報告だ。大砲の射程圏内には、絶対に入らないこと」

 簡単な確認だけを終えて、俺達はソロソロと地下鉄駅を出て行った。

「本当に、完全な廃墟の街だな」

 ヴィヴィアンの情報を見て知っているが、こうして自分の目で見ると、また感じ入るものは違う。これまで通って来た、保全された古の街は、何というか……まるで、ラストローズの夢の中にいるような、少し現実離れした感覚だった。あの街並みは古代の技術で丸ごと残っているワケではなく、超高度な幻術の一種で、実は全て幻なのだという説もあるくらい。

 だから、もしかすると、本当は他の場所も、ここと同じようなただの廃墟が広がっているだけではないのか。そんな気もしてくる。

 少なくとも、この崩壊しきった街並みは、一切を隠すことなく、あるがまま、時の流れのまま、晒され続けているに違いない。

「よし、行こう」

 事前に決めていた通りの方向に向かって、俺は一人で、いや、ヴィヴィアンと、それに隠れるシモンと共に、歩き出した。

 俺達が目指すのは、フィオナ達が一泊した、十字教の聖堂らしき建物――その、跡地である。

「うわ、見事に跡形もないな……本当に、この場所であっているのか?」

「はい、ここで間違いありません」

 ヴィヴィアンが保証してくれるから、あっているのだろう。

 フィオナ達はここからいざリリィを倒しに出発、というタイミングで先制砲撃を喰らい、這う這うの体で地下鉄駅まで撤退していった。だから、ここはすでにリリィの射程圏内でもある。

 リリィは俺を殺したいワケじゃないから、副砲をクリティカルでぶち込むことはないと思うが……注意は必要だ。いつ、大砲でもミサイルでもメテオストライクでも飛んできてもいいように、緊急離脱用の『嵐の魔王オーバースカイ』をスタンバっておく。

 そうして警戒しながら、俺は探し物を始めた。

「……やっぱり、ここはダメだったか」

 俺は瓦礫の中から、掌サイズの黒い破片を見つけて、悟った。

 そう、俺達が探しているのは『歴史の始まりゼロ・クロニクル』である。

 圧倒的な威力と射程を誇るリリィの艦砲射撃を攻略するために、フィオナが利用したのが『歴史の始まりゼロ・クロニクル』に秘められた転移機能だ。あのリリィが二度も同じ作戦にハマるとは思えないが、『歴史の始まりゼロ・クロニクル』を調べておく必要はある。もしかしたら、抜け道のように飛べるかもしれないし、他にも何か情報を引き出せるかもしれない。

 そのために、シモンがいる。

 『歴史の始まりゼロ・クロニクル』ってのは転移魔法によるただの交通機関、ではなく、あくまで転移も併せ持っているというだけの、超高度な魔法の情報端末ではないかと、俺は推測している。

 普段は、表面に浮かぶ魔王ミアを讃えて、単なる文字が光るオベリスクにしかならないが、これはスクリーンセーバーが起動しているだけのスリープモードに過ぎないのではないだろうか。古代文明が滅び去り、誰も使い方が分からないから、スリープのまま放置されている。

 けれど、コイツが光っているということは、まだその機能は生きている。使い方が分かるなら、色々とできる可能性はあるってことだ。

 でも、いくら古代の超凄いコンピューターでも、木端微塵に砕け散れば、流石にどうにもならん。砲撃を受けて崩壊したここの端末はダメだと思っていたけれど、まぁ、やっぱりダメだった。

 大人しく、他を探そう。五人で探し回れば、一個くらいは見つかりそう。

 そして三時間後。

「ダメだー、見つからねー」

「私も、収穫はない」

「僕も。崩れてるところばかりだし、これはもうダメじゃないかな」

「私は、それらしき破片を一つ見つけただけだ。瓦礫の下に埋もれていたら、流石に見つけようもない」

 甘かった。現実は厳しい。

「もしかしたら、リリィが近くのヤツを壊して回ったのかもしれないしな」

 下手にセキュリティプログラムを使ってみるより、そもそも本体を破壊した方が防御方法としては確実だ。

「まだ調べていない場所も多い。偵察ついでに、リリィの拠点周辺は、一度グルっと回って見て来よう」

 諦めるにはまだ早い。というワケで、午後の時間も『歴史の始まりゼロ・クロニクル』の捜索に費やした。

 しかし、結果は変わらず。収穫といえば、リリィの拠点を遠巻きにでも偵察できたことくらいか。歩き回った以上に、がっかりとした精神的な疲労を伴って、地下鉄駅へと戻ってきた。

「で、どうするよ?」

「ないものは、仕方がない。正攻法で挑むしか――」

「あっ、あった!」

 その時、ついに発見の報告が。

 声を上げたのは、他でもない、シモンであった。

「マジかよ!」

「うん。ここ、多分、駅の管理室なんじゃないのかな」

 灯台下暗し、とは正にこの事か。

 駅構内は敵が潜んでいないかざっと見て回っただけで、詳しく調べていなかったのだ。シモンが案内した部屋は、なるほど、確かに駅員が仕事する管理室っぽい。一般の利用客は普段、決して立ち入らないような場所。

 金属質なデスクが並ぶだけの殺風景な部屋の中で、煤けた壁の一面を払ってみると……そこには、確かに、黒光りする小さな『歴史の始まりゼロ・クロニクル』が埋め込まれていた。

「これは、動くのか?」

 三十センチ四方のコイツには、文字が灯っていない。見た目は本当に、ただの石版である。

「ちょっと待って」

 シモンは背負っていたリュックを下ろし、中をごそごそと漁り、似たような大きさの端末を取り出した。

「これ、タウルスのコックピットから持ち出してきたんだ」

 同型の端末を繋げることで、アクセスを試みようというのか。といっても、ここにはUSB端子みたいな穴なんてない。物理的に繋ぐためのケーブルもないのだが、果たして……

「よし、繋がった。やっぱりこれ、魔力切れで落ちてるだけで、本体は壊れてないよ」

 ノートパソコンのバッテリーが切れていた、みたいなものだろうか。

 シモンが白く光る文字の踊るタウルス端末を操作すると、それに呼応するように、壁の石版に輝く古代文字が灯った。

「おお、何か凄ぇ……」

「古代の遺跡を操作しているのか」

「そういえば、大闘技場グランドコロシアムにも、似たようなのがついてたような」

「一体、どういう原理で動かしているんだ」

 それぞれ感想を漏らしながら、シモンの端末操作を観察する。

「どうだ?」

「とりあえず、正常に作動はしているみたい。この端末でどこまで出来るのかは、ちょっと弄ってみないと分かんないかな……ここからは、僕の仕事だから」

 そうだな。俺達に手伝えることは何もないから、シモンに任せるより他はない。

「それじゃあ、頼んだ」

「うん、任せてよ」

 肉体労働担当の剣士は、インテリ錬金術師様の邪魔にならいよう、大人しく休んでおこう。

 その日は、護衛もかねて、管理室の前で俺達は休息をとった。




 そして翌日、初火の月12日。

 この日はほぼ丸一日かけて、シモンが駅の端末から、リリィの拠点にアクセスできないかと試してみた。もしかしたら、全くの無駄に終わるかも、とシモンは言っていたが……

「リリィさんの拠点のマップが手に入ったよ」

 夕食も終えたその時になって、ついに朗報がもたらされる。

 全員、管理室に集合し、ちょっと疲れた顔のシモンから成果の報告を聞く。

「はい、これが全体マップ」

 シモンが駅の端末にタッチすると、俄かにホログラムのような立体映像が浮かび上がる。似たようなのを、ガラハド要塞で見たことある。

 でも、古代の映像投影装置は珍しいのか、おお、とちょっと歓声が上がった。

「やっぱコレ、妙な所だよなー」

 城もあるし、船もあるし、謎の建築物も沢山ある。まぁ、異世界人のカイから見れば、意味不明な場所であろう。

「ねぇ、これってさ、もしかして遊ぶところなんじゃない?」

「鋭いな、ファルキウス。正解だ」

 剣闘士というエンターテイナーだからこそ、娯楽施設特有の雰囲気みたいなものを感じ取ったのだろうか。

「クロノくんは知ってるんだ?」

「ああ、遊園地という娯楽施設だ」

 地球人類なら、誰でも見れば分かる。メルヘンチックなお城に、観覧車にジェットコースターにメリーゴーランドにお化け屋敷に、その他諸々のアトラクション。

 あの白いお城のすぐ隣に鎮座している天空戦艦さえなければ、完全無欠に遊園地である。

「軍事施設ではないなら、守りに適した造りではないということか」

 多少は攻略の目もあるか、とセリスはつぶやく。

「でも、残念だけど、シャングリラの設備を利用して、守りを固めているよ」

 シモンがさらに、駅端末に触れると、今度は立体図から平面のマップへと切り替わる。それぞれの区画には名前がふってあるが、例によって古代文字表記なので、読めない。

「ここが正門。真ん中にあるのがお城で、この赤い部分がシャングリラ」

 簡単にシモンが地図の見方を説明してくれる。

「それで、これが大まかな魔力の分布図」

 今度は、青い光点とラインが浮かび上がり、地図に重なる。

「この一番大きい青い光が、拠点全体に魔力を供給している心臓部。間違いなく、シャングリラの動力炉だよ。稼働率は本来の1%もないだろうけど、下手な砦より上等な防御設備を動かすだけの供給量がある」

 このエネルギー源を使うことで、リリィは副砲を撃ち、広域結界を展開させるなどした。あんなモノを個人の魔力で動かしたら、あっという間にガス欠だ。

「ならば、他に点在する光点は結界機といったところか」

「うん、配置から見て、そうだと思う」

 城を守る魔法装置の代表格は、結界機である。ガラハド要塞もそうだが、砦には大抵、城壁とセットで広域結界を展開させるための結界機が設置されている。コレがないと、上空から竜騎士ドラグーン天馬騎士ペガサスナイトが攻撃し放題になったりもする。

 遊園地全体を囲むように、四方に配置されている光点と、中央のシャングリラ動力炉から伸びるラインが繋がっているのを見れば、結界機に魔力を引いているようにしか見えないだろう。

「この結界が展開されたら、中に閉じ込められると思う。一度入ったら、もう、逃げ場はないよ」

 そうだ、リリィにとってこの結界は、外敵を防ぐための城壁ではなく、俺というターゲットを逃がさないための檻なのだ。

「へっ、ダンジョンじゃあよくある仕掛けだぜ」

 ボス部屋とか、大抵はこんなものだ、とカイが笑い飛ばす。

 分かっている。全員、覚悟の上でここまで来ている。俺だって、みんなを手に入れるまでは、引く気はない。

「それで、ここからが大事なんだけど……シャングリラと城には、結界機とはまた別に、幾つか魔力を供給しているポイントがある」

 注目するように、マップが拡大。確かに、何個か青い光点が輝いている。

「ここには、相応の魔力を消費する何らかの設備があるはずなんだ。例えば、古代兵器の整備室とか人造人間ホムンクルスの生産場とか……フィオナさん達を捕らえている、保管装置とか」

 なるほど、この光点こそ人質が囚われている可能性が高い場所ということか。

「よし、場所が分かってんなら、後は楽勝だな!」

「うむ、潜入し、解放するのみ」

「僕らの一番の仕事だね」

「ネル姫様……必ず、お救いいたします」

 そうだ、このために、俺は仲間を募ったんだ。

 リリィと戦うのは、俺一人だけでいい。いや、一人でなければいけない。自分の力だけで、リリィを手に入れなければ意味はないのだ。

 しかし、いざという時に人質を取られれば、俺は確実に詰む。

 だから、仲間に人質の救出を任せる。

 リリィは強いが、単独だ。俺が彼女の相手をしていれば、他に手は回らない。『生ける屍リビングデッド』など相応の守りは固めるだろうが、このメンバーなら大抵のことはどうとでもなる。

「ありがとう、シモン。ここまで分かれば、十分だ」

「えへへ、ついて来た甲斐があったよ」

 人質救出で最大の問題点が、どこにいるか、だ。リリィの遊園地は広い。それをたった四人で探索していれば、日が暮れてしまう。そこまで時間をかけてしまえば、リリィだって幾らでも対策ができる。

 速やかな救出作戦が実行されなければ、勝機はないのだ。

 けれど、シモンのお蔭で、最大の懸念が解決した。

「よし、夜が明けたら、突入する。それまで、地図を頭に叩き込んでおこう」

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