第602話 神滅領域アヴァロン攻略(3)
その日は第二十一防御塔で夜を明かし、翌日、初火の月10日の朝、いよいよ難易度が上がる中心市街地エリアへと挑む。
ひとまず、目標とするのはリリィが拠点としている未踏領域エリアへと続く地下鉄駅である。リリィもここを通っていったし、フィオナ達も同じルートを辿った。
これまでと同様、シモンにルート計算をしてもらいながら進めば、そこまで派手に戦わず、切り抜けて行けるはずだ。しかし、いつ予想外のアクシデントに見舞われるかわかないのがダンジョンである。ここまで上手く進んでこれたからといって、油断は禁物だ。
「さて、鬼が出るか、蛇が出るか……」
そうして、俺達はいよいよランク5ダンジョン『神滅領域アヴァロン』の本番である中心市街地へと足を踏み入れた。
中心市街、というものの、もっと奥まで進まなければ、超高層ビルの建つ摩天楼のある区画までは辿り着かない。まぁ、今回はあのマンハッタンみたいなビル街までは行かないので、どうでもいいのだが。
この辺の街並みは、これまでとそう変わりはない。ただ、マンションなのかオフィスなのかデパートなのかは分からないが、大きな建物が増えたような気はする。東側の方には、ちょっと造りも豪華な高級住宅地のようなエリアもあるという。
やはり、中心に向かうに従って、発展しているということなのか。
「……しまった」
歩き始めて、まだ三十分と経たない時である。
「おい、ヤベぇぞ、前を塞がれるぜ」
「クロノくん、後ろは」
「ダメだ、後ろの方も、結構な大人数で近づいてきている」
早速、道路のど真ん中で挟撃されようとしていた。
幸い、前方はカイが察知し、後ろは俺が敵の接近に気が付いた。騎士団はただ決まったルートを進んでいるだけで、偶然、俺達を挟み撃ちできるような動きになってしまったというだけ。
だがしかし、このまま進めば、前も後ろも同時に塞がれ、そして見知らぬ侵入者である俺達を発見すれば、味方の立ち位置も幸いと襲い掛かってくることだろう。
「ごめん、計算間違ったかも……」
「今はいい、それに、どうせ計算じゃ回避しきれないことも分かり切ってた」
あのサリエルだって、この中心市街地からはそれなりにエンカウントを許していた。遅かれ早かれ、こういう状況には陥る。シモンがわざわざ謝ることはない。
「どうする、クロノ。突破するか?」
「いや、待て、まだ奴らがこの通りに入って来るまで、時間はある」
チラリと左右を見渡せば、隠れられる場所がないか探していたセリスとファルキウスが、揃って首を振った。どうやら、この通りに面している建物で、空いている扉はないようだ。
路地裏に駆け込むくらいでは、奴らの目は誤魔化せない。
どうする、覚悟を決めて正面突破をするべきか……
「このビルを登ろう。上空に竜騎士の姿はない。屋上まで行けば、やり過ごせるかもしれない」
「よし、そうと決まれば、さっさと行こうぜ!」
安易な手段だが、誰も反対することなく、速やかに屋上避難作戦は実行された。
俺が示したビルは、この通りに面する一番高い二十階建てはありそうなマンションみたいな建物である。
正面扉が開いてないので、そのまま外壁から登る。ガラスにしか見えない扉なんて、俺達なら誰でも一刀のもとに切り裂けそうだが……古代の建築物は頑丈なのだ。もしかしたら、本当にただのガラスかもしれないが、破壊に手間取る強化ガラスかもしれないし、武技を叩き込んでもヒビ一つ入らないオーバーテクノロジーのスーパー強化ガラスであるかもしれない。壊せるかどうか、試せる状況ではない。
というか、壊したら音で気づかれる。
しかし、壁を登るならば、この頑丈な建築はありがたい。だって、崩れる心配がないのだから。
ツルツルの垂直の壁面だったら厳しいが、一階ごとにベランダの出張った凹凸のあるこのマンションなら、登る手段はいくらでもある。ミケーネの遺跡街のように、すっかり風化したような遺跡だったら、乗っかったベランダごと崩落する危険性もあるから、あまりたいところに登りたくはないものだ。
でも、このアヴァロンの建物なら、何も気にせずガンガン登って行ける。俺達は、それぞれが最も早いと思う方法でもって、高層マンションのクライミングに挑む。
カイとファルキウスは、身体能力に任せてそのままよじ登っている。二人の姿に、テレビで外国のビルの壁を命綱無しで登る男の衝撃映像みたいな番組を思い出してしまった。もっとも、超人的な力を持つ二人は、凄まじいスピードでヒョイヒョイと上り詰めていく。
一方、登り方に繊細な技を感じさせるのは、ピタリと垂直の壁面に足をつけて歩いていくルドラと、そよ風と共にフワリと舞い上がる高いステップだけで登って行くセリスの二人だ。風属性が得意だと、空は飛べなくても、軽やかに大ジャンプすることはできる。
俺も疑似風属性を持つ今、似たような事はできるはずだが、セリスほど静かに、それでいて絶妙なコントロールで風に体を乗せることはできそうもない。『嵐の魔王』を使うと、そのままぶっ飛んでいきそうだし。
真似するなら、ルドラの方が良さそうだ。
「なぁ、ルドラのソレって、『疾駆』じゃない、闇属性魔法か何かの応用だよな?」
「うむ、影を操り、壁に足の裏をつけているだけの、魔法とも呼べぬ小技よ」
だが、吸血鬼にとっては、『疾駆』より使い勝手がいいのだと言う。
「黒魔法を扱うおぬしならば、簡単に真似もできよう」
ふむ、モノは試しだ、やってみよう。
イメージは最近、苦労してようやく獲得した疑似水属性を応用して、ベッタリとした粘着剤みたいなモノで、壁と足をくっつける感じで。
「……どうだ?」
「影の使い方は違うが、つきさえすれば、それでよい」
うーん、どうやらルドラは粘着のイメージでくっついているワケではなさそうだ。
「影は決して、地より離れることはない。ただ、その上に立てば、自らもまた、離れることはない」
いや、落ちるだろ。影の上に立ってても、落ちるものは落ちる。当たり前の物理法則……だけど、ルドラが言いたいのは、もっとこう、『影』というモノに対する概念的なことなのだろう。ソレが、この魔法を使うにあたっての、根本的な構成イメージとなっている。
「難しいな」
「なに、すぐ慣れる」
今度練習してみよう。そう思って、今回は触手に頼ることにした。
そう、俺の登り方は勿論、魔手で鎖を天辺まで引っ掛けて、そのまま巻き上げて登るセルフエレベーター方式だ。
俺の肩にはピカピカ光るヴィヴィアンがとまっており、つまり、シモンを抱えているので、この方が安全確実に登って行けるのだ。
「安心しろ、絶対に離さないから」
「……う、うん」
腕一本に抱えられて、地上数十メートルもの高さにまで上がっていくシモンは、大いにビビっている様子。俺達なら、最悪落ちてもどうとでもなるが、シモンは確実に落下死する。高所恐怖症じゃなくても、恐れおののくは当然だ。
そうして、それぞれ異なる登り方をしながら、静かにビルの屋上まで辿り着く。身をかがめ、息を潜めて、騎士団が通り過ぎるのを待った。
高層ビルの屋上で、騎士団の挟み撃ちを避けることに成功した俺達ではあったが、結局、中心市街の攻略は、戦いの連続となった。
角を曲がれば、気配察知が難しいアサシンタイプの騎士、いや、この場合は斥候とでも呼ぶべきか。そんな奴らと鉢合わせ。有無を言わさず戦闘に。
ほとんどは、全員で斬りかかって瞬時に全滅させたが、たまに、素早い動作で笛を吹かれて増援を呼ばれることも。
包囲されないよう、必死になって見知らぬ街中を駆けまわり、何度も迷子になりそうになりながらも、どうにかこうにか、切り抜ける。
三回くらいは、この建物の扉が閉まっていたら完全に追い詰められていた、というような局面もあった。泥沼の包囲戦にまで発展せずに済んだのは、完全にただの幸運だ。どうやら、俺達の中には物凄いラッキーボーイがいると見た。少なくとも、俺ではないな。
ともかく、そういった幸運も重なり、連戦ではあるものの、さほど苦労することなく攻略は進んだ。
「……これで、ようやくゴールだな」
今、八階建てのビルの屋上から見下ろすのは、リリィもフィオナも利用した地下鉄駅である。二人が使ったのは地下に降りる出口の一つだが、俺が見ているのは駅舎そのものだ。大正門前ほど立派な建物ではないが、それなりに大きな駅。その正面にある広場には、やはり厳重に騎士団が防備を固めていた。
守りは固そうだが、ここを通って行けば、リリィの待つ未踏領域へと一本道だ。もうここまで来てしまえば、別のルートを探すよりも、強行突破した方がいいだろう。忍び込めれば一番なのだが、どう見ても奴らの警備に死角はない。
どうせ戦闘が避けられないのなら、ここで派手に戦って、奴らの数を削るだけ削ろう。
「セリス、準備はいいか?」
「ああ、いつでもいい」
この屋上に立つのは、俺とセリスだけ。他のメンバーは、それぞれ配置についていることだろう。
それじゃあ、先制攻撃といこうか。
「――3、2、1、エネルギー臨界点」
「كبيرة في كثير من الأحيان اطلاق النار الدوامة الرقص شفرة عاصفة الرياح――」
俺とセリスが遠距離攻撃に優れるから、まずは一発叩き込む。『ザ・グリード』には十分に疑似雷属性をチャージさせ、セリスは上級範囲攻撃魔法をフル詠唱。
リリィとフィオナのコンビには及ばないが、それなり以上の威力にはなるだろう。
「――『荷電粒子砲』発射」
「――『風刃乱舞』」
広場のど真ん中に向かって、荒れ狂う紫電の奔流と風の刃が無数に舞う竜巻が炸裂する。風神雷神のコンボ攻撃みたいな二発の魔法は、展開していた騎士団をまとめて吹き飛ばすが……流石というべきか、奴らの反応は素早い。瞬時に回避行動、あるいは防御に移り、半分以上の騎士が雷と嵐の暴威を凌いだ。仕留めたのは、全体の三割強といったところか。
まぁいい、後はみんなで頑張ろう。
「行くぞ――『嵐の魔王』」
先制攻撃を凌いで、奴らが体勢を立て直すよりも前に、速さで以て敵陣に切り込む。こういう時は、真っ直ぐ飛ぶのが精々な『嵐の魔王』も役に立つ。
加護の発露であるエメラルドのオーラを纏い、ビルの屋上から飛び出した俺の姿は、奴らからすると翡翠の砲弾が飛び込んでくるように見えただろうか。落下するよりも遥かに速い高速でもって、俺の体は広場のど真ん中に着弾。体重と純正暗黒物質製の全身鎧を含めた超重量は、ただそれだけで衝撃波をまき散らす。近くで盾を構えていた騎士が、十人くらいまとめて吹っ飛んでいた。
「十字軍なら大騒ぎしてくるってのに、お前らは本当にクールだよな――『黒凪』」
吹っ飛ばされた味方と入れ替わるように、剣を抜いた騎士が躍りかかってくる。何の恐怖も混乱もなく、ただ敵とみなして攻撃できる冷静さは、彼らが操られたアンデッドだからなのだろう。
奇襲というのは、相手の動揺を誘う高い心理効果もあるのだが、コイツらに限っていえば、そういう効果に期待はできない。上空から凄まじい速さで敵が突っ込んできても、三方から斬り込んできても、奴らはただ、目の前にいる敵に向かって的確に攻撃へと移っていた。
「よっしゃあ、行くぜっ、おらぁーっ!!」
すでに、カイが大声を張り上げ、嬉々として突撃している。俺とセリスが一発ぶっ放したら突撃、というのが作戦だ。作戦とも呼べない、単なる力押しだけど。
ルドラとファルキウスも、カイと同じく広場へ突入しているはずだが……まぁ、別に戦う時は大声で叫ばなければならないという決まりはない。ルドラは影のように走り回って静かに敵を切り伏せているだろうし、ファルキウスは観客のいないステージだから、ただ淡々と敵を処理していることだろう。
「クロノ、あの近衛騎士を仕留めるぞ!」
「トドメは任せる、セリス」
俺から少し遅れて広場へ乱入してきたセリスは、風のサーベルで騎士達を次々と薙ぎ払いながら、奴らの中でも目立つ一際大きな近衛騎士へと狙いを定める。
ここにいるのは、防御塔で見たのとは鎧のデザインも武装も違っていた。コイツはちょっと細身でスタイリッシュな感じ。だが、武器は俺の『首断』と同じくらい長い刀身を持つ大剣で、構えた大盾も重厚そのもの。先制攻撃も、その盾をかざしただけで防ぎきったのだろう。表面には少しばかり焦げ跡と、細かい切り傷が残っていた。
ボスの貫録はあるが、同じような近衛騎士はこの広場に他にあと二体もいる。コイツだけに手間取っているワケにはいかない。
「二連黒凪」
フェイントも何もナシに、真っ直ぐ進んで、武技を叩き込む。パワーには自信があるのか、近衛騎士は回避ではなく迷わず受ける。
初撃は『首断』による一閃。これを、近衛騎士は盾で止める。
硬い。この盾も多少の『反射』が付加されているのか。おまけに、ガード系の武技も発動させているのだろう。技術と魔法と武技、三つ組み合わさった近衛騎士の防御は、いくら『首断』でも余裕で両断とはいかない。
だが、弾くには十分な威力だ。
力自慢なのは、お前だけじゃあない。加護に頼らなくても、俺だってそれなりに力持ちなのだ。
外側に盾が弾かれ、胴体がガラ空きとなったところに、二撃目、瞬時に引き抜いた『極悪食』の牙が迫る。
これを、近衛騎士は右手に握る大剣で受けた。分厚く長大な刀身を持つ大剣は、かざせば盾としても使えるほどに頑強だ。魔法の強化に頼らず、ただ素材として頑丈な刀身は、悪食の刃を止めるには相応しい盾となる。
しかし、これも力で押し切り、弾く。
これで、再び近衛騎士のガードが開いた。俺は武技を放った直後だから、間髪いれずに一撃を叩き込むことはできない。俺が追撃を放つ頃には、近衛騎士だって体勢を立て直す。 一人だったら、加護を使わなければ一発で倒すのは難しい。
でも、今は二人だし。
「位相・地――『竜巻烈穿』」
ガードが開いた僅かな隙を逃さず、セリスは渾身の一撃を炸裂させた。
喉元に僅かに差し込まれた細身の刃、だが、そこから放たれる風の武技の威力は凄まじい。
バァン! と破裂するような音をたてて、近衛騎士の鎧が弾け飛ぶ。中身が骨のアンデッドだから、鎧と骨が散らばるだけで済むが、これが生身の人体だったらとんでもないスプラッターである。
「ふふ、クロノ、君と一緒に戦っていると、自分が強くなったと錯覚してしまいそうになるよ」
「いや、普通に強いだろ」
近衛騎士を一撃で吹き飛ばせるだけの武技を放てるのだ。普通なら、奴の硬さにもっと手こずる。
「そうでもないさ、まだまだ、自分の未熟を恥じるよ」
随分と謙虚なことで。ほどよく憂いを秘めたような微笑みでそんなことを言うセリスは、実に絵になる。これだからイケメンって奴は。
俺だって、力で強引に隙を作っただけだから、大したことしてはいないと思っている。でも、セリスみたいにカッコよく謙虚なことは、言えそうもない。
「とりあえず、これで片付いたな」
俺とセリスが近衛騎士を倒す間に、カイとルドラのコンビも別の近衛騎士を相手にしていた。攻略法は、俺達と同じような感じだった。カイが力で近衛騎士を揺らし、ルドラが速さで以て刻む。
ただ、セリスの武技みたいに一撃で吹っ飛ばさなかったせいで、倒れたところを二人でボッコボコにして倒していた。
最後の一体はファルキウスが一人で相手取っていたが、無理せずに注意を引きつけているだけ。
他の四人がフリーになった今、最後の近衛騎士も全員でかかれば瞬殺だった。
「制圧完了、だな」
こうして、無事に駅前広場の敵の殲滅に成功。駅舎の方から騎士が出てくることもなかったから、中に守備隊は配置されていないのだろう。
それじゃあ、外から増援がやって来る前に、さっさと進もう。これで、俺達の中心市街地攻略は完了だ。