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黒の魔王  作者: 菱影代理
第31章:嫉妬の女王
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第601話 神滅領域アヴァロン攻略(2)

 地下鉄の線路上では、『毒霧使い』と呼ばれる特殊装備の魔術士を含む騎士の小隊が待ち構えていた。フィオナ達が戦ったのと、全く同じ相手。

 それにしても、この毒霧使いというヤツ、どう見ても魔術士というより、化学兵器装備の特殊部隊員だ。だって、ガスマスク被ってるし、毒ガスをぶっ放す武器は杖ではなく、完全に放射器である。ラッパのような放射器部分に、毒ガスが充填されるタンクを背負っている。

 まぁ、これも古代兵器の一つなのだろう。一応、彼らが装備している毒ガス放射器は専用の古代魔法によって稼働するようで、拾っても使用することはできない。タンクの中身も毒ガスそのものが入っているのではなく、毒ガスを精製する術式が複雑な多重構造となって刻印されているという。動かすための魔法は解明されていないから、古代兵器マニアも安心してインテリアとして飾れる。

 しかし、アンデッドとして動き続ける古の魔術士は正統な毒ガス兵器の使い手であり、地球では絶対に使用が国際法で禁じられそうなヤバい威力の高い致死性ガスを平然とぶっ放してくる。狭い空間での毒ガスという凶悪な攻撃方法ではあるが……すでに、風魔法という対策が存在している。ネルも使っていたように、俺もそれに倣うとしよう。

 そう、今こそ疑似風属性を利用して編み出した風の黒魔法の出番!

「私が道を開こう――『風連刃エール・ブラスト』」

 俺が風を秘めた魔弾バレットアーツを撃ち出そうとする直前、セリスが慣れたように風属性の範囲攻撃魔法で濛々と押し寄せてくる紫色の毒ガスの雲に文字通りに風穴を開けた。

 ネルと同じように、いや、それ以上に精密なコントロールでもって、見事に綺麗な突破口を開いて見せる。しかも、ただ勢いで払いのけるだけでなく、ある程度の時間、風が滞留しているようで、開いた穴はすぐには塞がらない。

「っしゃあ、行くぜっ、オラァーっ!」

 そして、カイを先頭にルドラとファルキウスの三人がさっさと斬り込み、あっという間に毒霧使いを始末し、さらに護衛の騎士を斬り捨てていく。

「へへっ、余裕だな」

「油断するな。この毒霧、僅かでも吸い込むのは危険とみた」

「ありがとね、セリスちゃん。的確なサポートだったよ」

「風の魔法は得意だからな。それに、前にも同じ敵を相手にしたことがある」

 気が付けば戦闘終了。金目当てじゃないから、別に倒した騎士から装備を回収することもなく、仲間達は何事もなかったかのように、先へと進んで行く……あれ、なんだろう、この疎外感。っていうか、俺、何もしてない。

「つ、次こそは、後衛としてちゃんとサポートするぞぅ……」

 俺の決意をよそに、それから地下鉄線路内で遭遇した騎士はどれも小勢で、出会いがしらに一方的に前衛組みが斬り捨て、立ち止まることなく進んだ。俺は『ザ・グリード』を構えているだけで、まだ一発も発砲していない。もう、影に仕舞っちゃってもいいかな……

「ふぅー、やっと地上に戻れたぜ」

「地下は嫌いなんだよね、息がつまりそうで」

「私は気にならぬが」

「アンデッドって、暗くてジメジメしてるとこ、好きだもんね」

「ふっ、他の吸血鬼に地虫と同じ、などとは言うなよ。私は誇りなど捨て去って等しいが、奴らは総じて、気位が高い故な」

 ファルキウスの皮肉を華麗にスルーするルドラ。二人のやり取りを聞きながら、俺もようやく地下鉄から地上へと戻った。

「ここから第二十一防御塔までは、直線距離では300メートルといったところだ」

 しかし、この辺からは郊外でも騎士の警備が厳しめになってくる、とセリスは続けた。たかだか300メートルなど、それぞれ速度強化の武技なり魔法なりを要する俺達からすれば一瞬で駆け抜けることができる距離。しかし、堂々と真っ直ぐ進んで騎士に見つかり、無限に増援を呼ばれるようになればお終いだ。

 地上では敵を避けて隠れて進むに限る。リリィというボスモンスターに挑むのが目的である以上、余計な戦いの消耗も避けたい。

 というワケで、騎士の警備を掻い潜って行くのだが、すでにその対応策もある。

「サリエルの分析によって、ここの騎士は複数種類の警備パターンの組み合わせで巡回しているらしい」

 実際、それを元にルート推測をした結果、一度も鉢合わせせずに目的地にまで辿り着いているのだ。無論、敵の初期位置や数なんか、分かりようもないので、あくまで予測による警備の可能性が低い、という程度のものだが、何も考えずに進むよりは確実に安全なはず。これを利用しない手はない。

「うーん、俺、こういう難しいこと無理なんだよなぁー」

 真っ先にNG宣言をしたのはカイである。

「パターンは少ないが、実際に動いている騎士の部隊は何百とある。全ての動きを予測し、安全なルートを割り出す計算をするくらいなら……そのまま歩いた方が、早いであろう」

 そして、ルドラの言う通りでもあった。警備の騎士はリアルタイムで幾つもの部隊が動き続けている。安全なルートの解答を出すのに時間をかけすぎると、計算を始めた時点から大きくズレが生じてしまう。

 つまり、計算するのにも時間制限があるということ。

「あー、計算できる自信があるか?」

「僕、学問は趣味で少し齧ってるだけだから、あんまり複雑な計算を求められると、厳しいな」

「私も学業成績は優秀な方だが……流石に、これは難しい」

 だよな。勿論、高校数学を修めた程度の俺にだって無理だ。

 というか、たったこれだけの情報で全部計算してルート予測しろ、ってのが無理な話なんだよ。これで分かるサリエルがおかしいのだ。

 そうか、サリエル……お前、めっちゃ頭良かったんだな……

「それじゃあ、僕やろうか?」

 おバカな剣士五人組みへ救いの手を差し伸べたのは、シモンであった。すでに『プレデターコート』で隠れているので、案内役として姿を現しているヴィヴィアンが喋っているように見えた。

「できるのか?」

「第六感、気配察知、空間認識、色んな能力はサリエルさんより欠けるから、精度は落ちるだろうけど、計算だけならすぐできるよ」

「流石だな……それじゃあ、頼んだ」

 サリエルは自ら備える、他の超感覚も複合して安全ルートを確定していた。それには及ばないが、パターンに基づく計算だけならシモンだってできるということだ。

「ふーん、クロノくんが見込んだだけはあるってことだね」

「ああ、ウチの頭脳担当だよ」

 頼るのは古代遺跡関連だけかと思っていたが、こんなところで活躍してくれるとは、嬉しいやら、自分達が情けないやら、やや複雑な気持ちではあるが。

「それじゃあ、このままヴィヴィアンについてきて」

 そうして、シモンに頼り切りのサリエル式ルート計算法でもって、俺達は進み始めた。道中は、フィオナ達のようにエンカウントゼロ、とはいかなかったが、それでも片手で数える程度の遭遇回数であった。鉢合わせた敵の数も、地下鉄路線内と同じ程度に少ないのも幸いした。

 難なく処理できるレベルの敵と、ほんの数回戦っただけで、俺達は無事に次の目的地へとたどり着くことができた。そこは勿論、最も安全な中心市街地への入り口となる、第二十一防御塔である。

「このすぐ向こうの扉が、広間になっている」

 塔を警備していた少数の守備隊を速攻で排除し、俺達はすでに内部へ突入を果たしている。

「いわゆるボス部屋ってやつだろ? へへっ、腕がなるぜ」

「大型の近衛騎士が相手になるが、この面子なら危なげなく倒せるだろう」

 そこは情報通り。セリスも一度、ここのボスは経験しているし、ヴィヴィアン情報でもしっかり記録は残っていた。まぁ、サリエルとネルのコンビほど華麗に倒せるかどうかは分からないが。

「残念だけど、私が知っているエリアはここまでだ」

「いや、十分だ。ありがとな、セリス」

 ここから先の中心市街地は、セリスも探索していない。一度目のアヴァロン攻略でそれなりにセリスが街中を覚えていてくれたお蔭で、ここまでの道中でも色々と役に立った。開いている建物に避難して、警備をやり過ごしたりとか、路地裏をショートカットしたりとか。

 しかし、次のエリアからはサリエル式ルート計算法でもカバーしきれない警備レベルになるし、セリスの経験もない。そもそも、詳しいマップを作れるほど探索も進んでいない、過酷なエリア。道に迷えば、最悪の場合、俺達でも全滅の可能性もありうる。

 リリィに辿り着く前にリタイアなど、絶対に御免だ。気を引き締めて行こう――と、その前に、まずはここのボスを倒すことに集中しよう。

 ボス部屋に続く扉を開くと、ヴィヴィアンの記録で見たのと同じ、円形の広間に出た。その中央には、予想通り、一体の大柄な騎士の姿がある。

 別に決闘をしようというワケではないのだ。突入次第、五人全員でかかって一瞬で倒してしまってもいいのだが……

「俺に任せてくれないか」

 あえて一人で前へと出た。

「一人占めか? ズリーぞ、クロノ」

 カイはちょっと不満そうな膨れ面だが、ルドラとセリスは好きにすればいいじゃん、みたいな顔で頷いてくれた。

 いやだって、ここまでで俺、ロクに戦ってないし……というのは、まぁ、小さな理由の一つでしかない。メインはちゃんと、別にある。

「まぁ、いいんじゃないのかな。折角だし、クロノくんが本当に神滅領域ここで加護を使えるのかどうか、見ておきたいし、ね」

「ああ、試し切りには、ちょうどよさそうな相手だったから」

 みんなには悪いが、ここはありがたく譲ってもらおう。ファルキウスの言う通り、魔王の加護は使えるのか、そして、俺の血を吸った『首断』の力も試しておきたかった。


 ゴォオオオオオオオっ!


 唸りを上げる大きな近衛騎士は「お喋りしてねぇで、とっととかかってこいやこのダボが!」とばかりに、猛然と襲い掛かって来た。

 さて、パーティメンバーと話もついたし、こっちの準備も十分だ。

「『炎の魔王オーバードライブ』――」

 当然のように、燃え盛る真紅のオーラが湧きあがる。

 今となっては、ミアの力を使うことに抵抗もあるが……使えるモノは、何でも使わせてもらおう。最早、俺にさしてプライドなんてありはしない。ただ、好きな女を手に入れるために、何でもしようってだけの、どうしようもない男だ。

 そんな感情も、この呪いの大鉈を握れば、気にならなくなる。ああ、分かっているさ、お前を握っている時は、ただ、敵をぶった切ることに集中しよう。

 静かに影から抜き放った『絶怨鉈「首断」』を、大上段に構えた。全ての雑念は、それで消える。

「――『黒凪・震』」

 振り下ろす、最も使い慣れた武技。けれど、リィンと鈴のような澄んだ音色を伴うのは、初めての経験だ。

 そして、ここまであっさり敵を切り裂いたのも。まるで、水でも切るような感触だった。

 技も駆け引きもない、ただ盾と鎧の防御力に頼って突進してくる近衛騎士など、俺にとっては真っ直ぐ向かってきてくれるデカい的に過ぎない。ベストなタイミングで刃を降り下ろすだけの、簡単な作業。相手に当てるというより、むしろ武技の発動の方にこそ集中したものだ。

 そうして放った『黒凪・震』――それは、通常の『黒凪』に加えて、『ホーンテッドグレイブ』の『共鳴怨叉』による震動能力が付与された、一段階強化を果たした武技である。 

しかし、俺の手にあるのは『首断』だけ。墓守の薙刀は影の中で眠っている状態だが……所持している呪いの武器の能力を引き出せるようになったのが、『首断』に俺の血を吸わせて得た、新たな力だった。

 他の能力を吸収しているワケではない。俺が『ホーンテッドグレイブ』を家に置いて来ていたら、『黒凪・震』は発動しない。

 言うなれば、『首断』がより俺自身に近づいたという感じだ。俺は呪いの武器を扱える。だから、その血を吸って俺という存在に近づいた『首断』もまた、呪いの武器を扱う、つまり、自らの刃にその能力を発揮できるようになった。

 元から握っていることを忘れるほどの握り心地だったが、今となっては刃の先にまで神経が通ったような感覚だ。最早、体の一部といっても過言ではない。

 だから、俺が所持する呪いの武器の能力だけでなく、やろうと思えば刀身から触手を生やすこともできるし、黒炎を纏わせることもできる。一気に『首断』で使える能力の幅が広がった。

 もっとも、呪いの武器の能力に限っては、本物を直接使うのには及ばない。アンデッドを操れるほど歌えるのは『ホーンテッドグレイブ』だけだし、魔力の吸収ドレインも『極悪食』には敵わない。

 それでも、この使い心地と使いやすさは抜群である。

 渾身の『黒凪・震』は、俺を叩き潰そうと振り上げられていたハンマーごと、近衛騎士を頭から股下まで一刀両断してみせた。

 左右に分かたれた死体が、濁った黒い血飛沫を上げて倒れる。綺麗な断面は、肉だけでなく、太い背骨も真っ直ぐ縦に裂いたことを示していた。

 まぁ、『反射リフレクト』を宿すという盾ごと斬っていたら、もっと硬く感じたかもしれないけど。

「お見事。クロノくん、やっぱり君は……本物、なんだね」

 対話のお陰で成長した『首断』の力に感動しているのは俺だけで、メンバーかるすと、俺だけがこの神滅領域で本当に加護が使えた、ということが実証された方が気になるようだ。

 俺を疑っているワケではないだろうが、みんなからすると、やはり古の魔王ミア・エルロードの加護を持っている、というのは簡単に信じられないものだ。生粋のパンドラ人なら、尚更である。半信半疑なのも当然。

「どうだろうな。俺の神が魔王を騙っているだけかもしれないぞ」

「かもね。でも、僕は信じるよ」

 ファルキウスだけでなく、他のメンバーもその表情に疑いの色はない。みんな、俺が本当に魔王の加護を授かったと、信じてくれたのだろう。

「ありがとう。けど、残念ながら、みんなの期待には応えられそうもない。最後の最後で、試練を越えられないんだからな」

 果たして、この魔王の加護がいつまで俺に宿っているのか。リリィを取り戻したら、消えてしまうのだろうか。

 それなら、それで構わない。俺は大切な人を犠牲にしてまで、力が欲しいワケではないのだから。

 俺は守りたいから、力が欲しかった。それが、守るための力を欲するために、守るべき者を犠牲にするなど、本末転倒もいいところだ。

「……全く、そんなことも分からないから、誰も信者を得られなかったんじゃないのか、ミア」

 答えなんて、返ってくるはずもなかった。

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