第600話 神滅領域アヴァロン攻略(1)
「それで、どうだったの?」
「いや、なんか普通に受け入れられた」
作戦会議という名の暴露大会を終えて、各自解散となった後、俺の部屋にシモンが訪れた。シモンはすでにリリィVSフィオナの内容と能力考察は知っているので、さっきの話には参加せず、自分の部屋で戦いに備えて色々やっていたようだ。
「あー、やっぱりね」
「やっぱりって何だ。もっと疑われるかと思ったんだが」
「何となく、納得できるんだよ。僕の時もそうだったでしょ」
そう言われると、そうかもしれない。シモンに魔王の加護を路地裏で授かったと話したのは、確か初めて神学校を訪れた時だったか。
しかし、あの頃は魔王の加護云々よりも、アルザスでの敗北のショックが俺もシモンも大きかったからな。ミアが本物なのかどうか、割とどうでもよかった。
「とりあえず、狂人扱いでパーティ解散にならずに良かったよ」
「どっちかというと、リリィさんの強さを見て、割に合わないと誰か抜ける可能性の方が高いと思ってたけど」
うーん、それに関しては、リリィをこんな手遅れになるまで放置した俺が悪いと叩かれただけだったな。
あの圧倒的な力を見て、誰も降りないなんて、みんな肝が据わりすぎている。
「このパーティなら、何とかなりそうだ。ちょっと、ホっとしたよ」
安心できて、今日はぐっすり眠れそうだ。
明日には『神滅領域アヴァロン』に挑むことになる。だから今夜が、温かいベッドで安眠できる最後の夜だ。安全安心ってヤツを、今夜くらいはゆっくり満喫したい。
「あっ、そういえばココって、お風呂あるんだって」
「そうなのか」
「うん、かなり立派な大浴場があるみたい」
「風呂まであるとは、至れり尽くせりだな」
「折角だし、入りにいく?」
「勿論」
安眠も大事だが、何かが足りないと思っていたところだ。やっぱり、シャワーだけだと味気ない。
大きい風呂に入れると、すっかりホテルに宿泊気分で、俺はシモンと連れだって部屋を出る。
「やぁ、クロノくん、これからお風呂かい? 奇遇だね、僕もちょうど入ろうと思っていたところなんだ」
待っていたかのように、ドアを開けるとガウンにバスタオルと金に輝く桶を小脇に抱えたファルキウスが。っていうか、絶体待ってただろ。
「なんだよファルキウス、物凄い準備いいな」
「君と裸の付き合いができる機会だからね、これくらい当然さ」
言いながら、何故かガウンを大きくはだけさせるファルキウス。脱ぐの早ぇーよ。
「それじゃあ、カイ達も誘ってみるか」
「その必要はないよ、親友同士が裸の付き合いをするなら、二人がベストな人数だと僕は思うんだ」
「そうか、じゃあファルキウス先に入って来ていいぞ。俺とシモンは後にするから」
「酷い! クロノくん、僕の話聞いてた?」
「少ない人数でゆったりしたいんだろ?」
「もう、クロノくんがそんなんだから、リリィさんがあんなになっちゃうんだよ!」
「ええー」
何で俺が悪いことになってんの? これでも気を遣ったつもりだったんだけど。理不尽だと思うが、ファルキウスがお前もういい大人だろと冷静に突っ込めないほどプンスカしてるもんだから、言い返す気は全く起きない。
「じゃあどうすりゃいいんだよ」
「もういいよ、皆で一緒に入ろうよ」
「いいのか?」
「うん、エルフっ子と二人きりにさせるくらいなら、その方がいいさ」
何故そこでシモンを引き合いに出すのか。というか、俺達が入るのは大浴場だから、どう考えても他の利用客もいるだろう。
「おいおい、何騒いでんだよ? 俺も混ぜろよー」
「問題でも発生したか?」
「ここの防音設備はしっかりしているが、廊下で騒ぐのは感心しないぞ」
ファルキウスが謎の駄々をこねるせいで、ゾロゾロとウチのメンバーも出てきてしまった。カイは楽しそうだし、ルドラは警戒して刀に手をかけてるし、セリスはクラス委員長みたいな真面目な台詞だし。
まぁ、呼ぶ手間が省けていいか。
「これから風呂に入ろうって話をしてたんだ」
「おー、そういやぁ、ココには風呂あるんだよな。すげー気合いの入った造りで、結構いいとこだぜ」
「そうか、期待できそうだな。で、どうする、一緒に来るか?」
「おう、行く行く!」
「私は遠慮させてもらおう。アンデッドの体など、人目に晒すものではないからな」
カイは乗り気で、ルドラは辞退。
「セリスはどうする?」
「えっ」
「えっ」
何だ、この聞いた俺がおかしいみたいな雰囲気。セリスだって同じメンバーなんだし、誘わない方がおかしいだろう。
「クロノ、私は……いや、いい。私は部屋のシャワーで済ませる」
何故だか恥ずかしげに頬を染めながら、妙に素っ気ない態度でセリスは自室へと引っ込んで行ってしまった。
「なぁ、俺、何か悪いこと言ったか?」
「もう、クロノくんがそんなんだからー」
「セリス誘うとか、お前スゲーわ」
「あの態度から察するに、これは自分で気づかねば意味がないのであろうな」
な、何なんだよ、ちくしょう……もしかして、アヴァロン貴族を風呂に誘うのは相当失礼な侮辱行為だとか、そういう礼儀作法があるのかよ。
おのれ、帰ったら、ちゃんとアヴァロン社交界の常識とかマナーとか、調べておこう。
「はぁ……とりあえず、さっさと行くか」
早くさっぱりしたい気分である。
そんなワケで、俺はシモンとカイとファルキウスと連れだって、大浴場へと向かう。こういうの、何だか修学旅行の雰囲気みたいだ。
そう思えば、不思議とワクワクしてくるな。
「……クロノ」
「ん、なんだ、ルドラ?」
歩き出したところで、ルドラに呼び止められる。やっぱり一緒に入りたくなったのだろうか。
「一つ、頼みごとがある。後で、私の部屋に一人で来てもらえないだろうか」
「ああ、別にいいけど……どうしたんだ?」
「なに、ちょっとした保険をかけておこうと思ってな」
初火の月9日、ついに俺達はパンドラ最難関と呼ばれるランク5ダンジョン『神滅領域アヴァロン』へと挑む。
見上げるほどの巨大な漆黒の大正門は、いつでも挑戦者を受け入れるという意思を示すかのように、解放されている。
「準備はいいな?」
俺の前に立つ四人の剣士が頷く。各自、すでに旅装からダンジョン攻略のための完全武装となっている。
カイは、何度も見かけたことのある、普段の冒険者装備である軽鎧を着こんでいる。飾り気のない無骨な装備だが、無駄のない実戦に即したものであるということは、使い込まれた傷と汚れ、そして何より、それらを身に着けたカイの姿を見ればすぐに分かるだろう。
武器は勿論、愛用の大剣。これといった魔法の力はないが、ひたすら硬く、鋭く、頑強である。闘技場でカオシックリムの荷電粒子砲を右腕ごとぶった切って大爆発を起こしていたが、カイの大剣は折れるどころか、刃零れ一つ起こしてはいない。頑丈な武器というのは、ただそれだけで命を預けるに足る。冒険者の武器として、一つの最適解だろう。
ファルキウスはガラハド戦争で見たのと同じ、黄金の剣闘鎧に身を包んでいる。ド派手な金色と豪奢な装飾、おまけに赤いマントが翻り、実戦用と言うより美術品というようなデザインだが……この豪華な鎧こそが、剣闘士ファルキウスの正式にして最善の戦装束であるというのは、すでに俺は知っている。
腰には白銀の長剣を差し、左手には、剣と同じく白銀の輝きを持つ、鏡のように磨き抜かれた小盾が装着されている。盾の方は初めて見るが、ファルキウス曰く、今回は盾がある方が良さそうだから、とのこと。
相手や状況に応じて適切に武装を変える、というのは冒険者よりも、むしろ剣闘士の方が慣れているのかもしれない。実際、冒険者は使い慣れた武器にこだわるが、剣闘士は演出上、様々な武器を使わされることもある。職業柄、多様な武器の扱いが上手いのだ。
ルドラも、いつも通りの姿。ボロい黒コートに、腰に呪いの刀を差す。コートはあれでいて『黒鉄織り』という凄い頑丈な作りらしい。そして、刀の方は初めて見えた時に、俺の血を吸ったせいで『吸血姫「朱染」』から進化を果たし――『吸血戦姫「黒彩色」』へと銘を変えたという。進化したのはガラハドの時に気づいてはいたが、銘を聞いたのは初めてだった。一応、おめでとう、と言っておいた。複雑な気分だったが。
セリスは、カオシックリムと戦った時と同じ白銀の鎧……だが、より実戦向けにチューンされているという。特に、奥の手である重力操作の固有魔法を強化する効果も付与されており、ほぼセリス専用の特注品といったところ。
流石は大貴族の長男坊。専用の鎧兜など持っていて当たり前、もしかして、まだ沢山持ってたりして。
まぁ、それを羨む必要はない。俺にはこの『暴君の鎧』がある。
勿論、すでに装着し、俺の準備も完了である。
「最後に、作戦を確認しておこう」
目的は、捕らわれたフィオナ・サリエル・ネルの三名を救出し、リリィを殺さずに無力化、捕縛すること。
「アヴァロンは、基本的にフィオナ達が通ったのと同じルートで行く」
すでに情報があるのだから、これは当然。実際、彼女達のルートはほぼ最短経路でもある。
ただし、予想と異なり、帝国騎士団がここを塞ぐように防御陣形を整えていれば、ルート変更もやむなし。どうなるかは、実際に行ってみなれば分からない。
「陣形は、カイとルドラを先頭に、ファルキウスとセリス、俺が最後尾だ」
敵の気配を察知するのに優れるのは、この中では僅差でカイとルドラといった感じだ。
「道案内はヴィヴィアンにしてもらう」
ルートの策定はダンジョン攻略においては重要だが、今回は便利な案内人がいるから、これを利用させてもらう。
正直、ヴィヴィアンを非人道的な処置によって生きたまま使い魔として使役し続けることに抵抗感はあるが……悪いが、これが終わるまでは付き合ってもらおう。どの道、捕まれば騎士団に突き出されて処刑が目に見えている賞金首でもある。死ぬよりはましだろうと、俺は自分の良心を強引に割り切った。
「先に言っておくけれど……僕も、どこまで面倒見切れるかは、分からないからね」
「ああ、私も、絶対の安全は保証できない」
チラリ、とファルキウスもセリスも妖精らしく浮遊している小さなヴィヴィアンへと視線を向ける。
いや、二人が見ているのは、ヴィヴィアンではない――シモンだ。
ヴィヴィアンが妖精として持つ高い光魔法の適性を利用して、プレデターコートで完全に姿を隠して、シモンはここにいる。実のところ、ヴィヴィアンは浮いているのではなく、シモンの肩の上に立っているのだ。
シモンが一言も喋らず、息も押し殺していれば、そうそう気づかれることはない。
「分かっている。全て覚悟の上で、ここに来ているからな」
考えるまでもなく、シモンはメンバーの中で最も非力で弱い。身の安全を確保するのも難しい。本来なら、決してランク5ダンジョンなんかに足を踏み入れていい人物ではない。
それでも、今回の作戦にはシモンの存在は必要不可欠。お荷物覚悟で、連れていくしかないのだ。
そこで考え抜いた末に、最も安全に同行させる手段が、こうして完全に姿を隠すことだ。アヴァロンに入れば、ヴィヴィアンもプレデターコートの内に入って、姿を消す。相手から見ると、そこには誰もいないようにしか思えないし、まして、俺達という目に見えた冒険者がいる。人数と魔力の気配で、シモン一人分の気配も紛れる。不可視の擬装を看破されない限り、真っ先にシモンが狙われるということはない。
そして何より、俺がシモンの存在を隠したいのは、アヴァロンを守る帝国騎士ではなく……リリィだ。
リリィは恐らく、自分の拠点周辺には、監視カメラ代わりに使い魔をバラ撒いている。そいつらにシモンの存在を捕捉されれば、真っ先に狙われるに違いない。人質としても、もうこれ以上に有効な者もいないしな。
シモンが同行することは、俺としても出発前からリリィには絶対にバレないよう注意はしてきた。だが、絶対大丈夫ともいいきれないのが、怖いところだ。
「できる準備は、全てした。メンバーもこれが最善だと、俺は信じている」
恐怖も不安もある。だが、後悔はしない。
「行こう」
「おう、行くぜ、強くなるために!」
「友のために」
「義のために」
「ネル姫様のために」
それぞれ、参加する理由は異なれど、意思は一つ。俺達は必ず、目的を達成する。たとえ、それがどれだけ困難であろうとも。
「待ってろよ、リリィ。俺は行く――愛のために」
大正門を潜り抜けて、いよいよアヴァロンへと足を踏み入れる。
出た先は、巨大な広場。都市国家のアヴァロンやスパーダと同じような造りで、それはここを元にしていると聞いてはいたが……俺から見ると、現代の都市国家とは全く異なる赴きが、ここにはあった。
「随分と近代的な街並みだな」
まるで、現代の地球へと帰って来たかのような錯覚に襲われる。都市国家アヴァロンや港町セレーネで見たような、伝統的なレンガ造りの建物も多いが、それに混じって、どう見ても鉄筋コンクリートでできたビルだとしか思えない外観の背の高い建物が、ちらほら見受けられる。ヨーロッパのどこかに、似たような風景がありそう感じだ。
「なかなか、壮観な景色だね?」
俺がどこか懐かしさすら覚える街の風景に目を奪われていることを悟ったのか、ファルキウスが声をかけてきた。
「ああ、空が赤くなければ、ゆっくり観光したいくらい綺麗な街並みだ」
「加護が使えない、ってホントなんだね。あの血のように赤い空の下に入った瞬間、もう感覚で分かったよ」
余裕のある微笑みを浮かべているが、間違いなく自分にとって大きな力である加護を封じられたことに、多少のプレッシャーは感じるだろう。
だがしかし、俺だけはその感覚に共感することはできない。
分かる。やはり、古の魔王ミア・エルロードの加護だけは、別であると。考えてみれば当然のこと、神滅領域アヴァロンとは、古代のエルロード帝国の首都。これ以上ないほど、ミアの支配領域の象徴である。
ここは恐らく、ミアにとっての聖地だ。
「大丈夫か?」
「別に、僕の加護はクロノくんのように強力なモノじゃあないからね」
俺が自らの加護を暴露したように、メンバー全員の加護も把握しようとなった。だから、今までは知らなかったファルキウス、ルドラ、セリス、それぞれの加護がなんであるか、俺はすでに知っている。
「『運命転輪フィーネ』の加護なんて、路地裏の占い師とそう変わりないさ」
名前から分かる通り、『運命転輪フィーネ』は運命を司る神だ。あらゆるモノの運命を自分勝手に決められる全知全能という意味ではなく、フィーネは伝説的な占星術士だったそうな。
未来を占う、というのがその能力だから、戦闘向きというより、祭祀や商売向き。戦いに活用しようと思えば、相手の動きを読む軍師か参謀でもなければ、意味はない。実際、そういう意図で重用されている国もあるらしい。
だが、奴隷から成り上がったファルキウスからすると、運命とは文字通り、自分自身の力で切り開くものだという強い意思があるようだ。
「僕、占いは嫌いなんだよね」
と、フィーネの加護を紹介した時に言っていた。
じゃあ、何で占いの神様の加護を得られたんだと思ったが、それは本人にも分からないらしい。剣闘士になってしばらくしてから、神殿で調べたら、いつのまにか加護を宿していたという話。普通とは異なるが、こういうのは物凄いレアケースというほどでもなく、クラスに一人はいる、ってくらいのレベルだ。
「景色を眺めている場合でも、加護の消失に慌てる場合でもないよ。この広場は騎士の警戒範囲外だけど、ここを出れば、いつどこから現れてもおかしくない」
「そうだな、気を引き締めて行こう」
アヴァロン攻略では先輩であるセリスの注意で、俺は望郷の念を振り切って、目の前のダンジョン攻略に集中する。
まず、ここから目指すべきは、フィオナ達が利用した地下トンネルのある宮殿――いや、あえて言おう。地下鉄駅であると。
「おー、コレがアヴァロンのトンネル宮殿マップの本物かぁ」
宮殿のように豪華で大きな造りの駅舎へと入り、まずはサリエルもチェックしたという駅構内の案内図へと向かった。
なるほど、これは確かに駅のマップに違いない。白崎さんの記憶を持つサリエルが、一発で分かるわけだ。
まぁ、感心した声をあげるカイのように、生粋の異世界人の冒険者からすれば、この大正門前駅の案内図は、貴重なアヴァロンのダンジョンマップとしてギルドでも写しが公開されている有名なモノだ。
「私にとっては見慣れた地図でしかないが……異邦人のクロノは、これをどう見るんだ?」
セリスの問いかけに、俺は頷く。
ヴィヴィアンの情報から、この神滅領域アヴァロンがどういう街なのか、すでに分かっていた。フィオナは事細かに、サリエルの見立てや予想も記録しておいてくれた。
その上ではっきり分かることは、この古代の帝都アヴァロンは、現代の地球と似たような発展を遂げていた、ということ。利用しているエネルギーが魔力か電力か、の違いはあるが、この地下鉄をはじめとして、地球の文明に通じるモノは多い。
さしずめ、科学に追いついた魔法文明……いや、転移魔法の設備なんかがあるということは、地球人類が創りだした科学技術を越えているとも言うべきか。
何にせよ、かなり共通点があるから、地球人である俺から見て分かることは、異世界人である彼らよりも遥かに多いだろう。
「ここは宮殿じゃなくて、大きな駅だ」
「駅っつーと、馬車が止まるアレだろ?」
「ああ、用途は全く同じだ。この駅は、馬車とは異なる地下鉄という移動手段を使うための施設なんだよ」
「チカテツ、とは?」
「地面の下の鉄の道、と書く。鉄道の上を、竜車の貨物よりも大きな車体が走る。電気、じゃなくて、魔力で車体だけを動かすから、馬も竜も使わない」
「ソレが地下トンネルを走っているから、地下の鉄道ってこと?」
その通り、ファルキウスは理解が早い。セリスもルドラも、同様に頷いているから、分かっているだろう。
「馬も竜もいないのに、動くのか……? 意味わかんねぇ……」
カイだけは上手くイメージできてないようだが、まぁいいだろう。もし、廃棄された地下鉄の車体でもあれば、分かることだ。
余談だが、魔法だけで車体を動かすという試みは、割と昔から行われているそうだ。すでに馬車という形があるわけだから、あとは魔法で車輪を回すだけなのだが……これが、意外と難しいという。様々な方法で開発されたものの、製作者が編み出した車輪回転のための専用魔法を習得しないと動かせないから、作ったところで本人しか乗れないガラクタになるそうだ。誰でも乗れるような作りでなければ、普及しないのは道理である。
「魔法で動く車ということは、やはり、ここの地下トンネルはアヴァロン中に張り巡らされているということだな」
「地図の下に、線が絡まったような図があるだろう。これが路線図だ。どこからどこに繋がっているのか、これを見れば分かる」
おお、とセリスが感嘆の声を上げる。まぁ、ここが駅だと思わなければ、路線図という発想も生まれないか。街全体をくまなく探索できるのだったら、その構造にも気づけるだろうが……半分も全体像が明らかとなっていなければ、この宮殿の脱出路くらいにしか思われないのは仕方ない。
「見たところ、地下鉄の路線は中央の魔王城とその周辺だけは避けるようにして、アヴァロン全域に広がっているようだ」
交通手段として利用しているのだから、そうでなければ困るだろう。
「けど、駅名になってる古代文字は読めないし、実際に線路を厳重に塞いでいる騎士団もいるようだから、これだけを使って移動するのは難しいだろうな」
おまけに、東京並みに複雑な路線になっている。何度も行ったり来たりしなければ、地下鉄がどう繋がっているのか完全に把握するのは難しい。
これで全ての古代語が解読できれば、もう少しマシだったかもしれないが。残念ながら、駅名、ひいては地名、というのは固有名詞だから、解読するのが難しいようだ。
「目的地は決まっているのだから、真っ直ぐ向かえばよいだけのこと」
ルドラの言う通り、俺達はすでにフィオナ達が辿った道筋をなぞればいいだけ。この神滅領域アヴァロンを隅々まで探索し、魔王城まで攻略しようというワケではないのだ。
「よし、それじゃあ行こう。11番ホームだ」
しっかり駅構内の地図を確認した俺達は、サリエルが目指したのと同じホームへと向かった。不思議と改札機のようなモノは見られなかったが、下へと続く広い階段があり、そこが下のホームに続いていることは明白。
迷うことなく11番ホームへと俺達は降りて行った。