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黒の魔王  作者: 菱影代理
第5章:イルズ炎上
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第59話 イルズ炎上(1)

 シオネ村長はすでに床についていたが、自警団員が家の門を叩いた瞬間、すぐに飛び起きた。

 村はここ何十年も事件事故とは無縁だったが、彼女自身これまでの長い人生で何度か緊急を要する事態に遭遇した経験は何度もある。

 村長は普段と変わらず落ち着いた様子で自警団員を招きいれ、事情を聞くことにした。

「……そうですか、今すぐ門へ向かいます」

 謎の軍団が接近という衝撃的な報告を受けた村長は、それでも驚きや戸惑いといった感情を表情へ表すことはしなかった。

 伊達に歳をとっているわけではない、非常時こそ長である自分がまず冷静であらねばならないことを、よく理解しているし、実行できるだけの人物であった。

 しかしながら感情が表に出ないというだけで、その心中に大きな不安がとぐろを巻いていることに変わりは無い。

 彼女は、村人に血が流れることだけはないようにと祈りながら、年季の入った深緑のローブに袖を通し、先端にエメラルドのような淡い緑色の石がはめ込まれた長い杖を手にして家を出た。

 そのローブと杖は、普段使用することはない戦闘用の装備であった。




「え……それって、どういうことですか?」

 先ほどクレイドルと共にギルドを出て行ったはずのニーノが血相を変えて戻ってきたことに、ニャレコ達は驚きの表情を浮かべるが、そんな様子に構わずニーノは簡潔に事情を説明、というよりギルド全体に聞こえるよう叫んだのだった。

 ニャレコは唖然とした様子だが、アテンとハリー、それに別の席にぽつぽつと座り飲んでいる冒険者達は即座に動き始めた。

「ニャレコは早くギルド長に連絡を、それとイルズ村ギルド(ここ)にいる冒険者全員をすぐ駆り出してくれ!」

「わ、わかりましたぁ!!」

 ニーノの言葉に慌てた様子でカウンターのほうへと駆けて行くニャレコ。

「あー、逃げろって言った方が良かったかな」

「何言ってんの、ニャレコさんだってギルド職員でしょ、避難の時は最後から二番目」

 一番最後は自分達、だとは言わずともニーノには理解できている。

「けど、今回はあまりにヤバすぎる気が――」


ドドンッ!!


その時、轟音がギルドを、いや、イルズ村全体へと響き渡った。

「確かに、ヤバい感じね」

「音は門の方からでしょうか」

「くそっ、急いで行くぞ、アテン、ハリー!」

 各々武器を手にギルドを飛び出し、村の門へ向かって走り始めた。




破門鉄槌デストルク・ハンマー

 10人の魔術士が協力して発動させる複合魔法ユニオンは、その名の通りイルズ村の門を木っ端微塵に打ち破った。

 門のすぐ傍にいた自警団員は、その衝撃でバラバラに吹き飛び即死。

 謎の軍団と接触するために、門の近くまで歩いてきた村長は、付き添いの自警団長がその身を盾に爆風から守ったため負傷を免れた。

 驚きの悲鳴と怪我を負った苦痛の呻き声が合唱となって夜の闇に響き渡る。

 未だに爆発の粉塵が治まらず、濛々と土煙が立ちこめる中、騎馬に跨った青年を先頭に、白装束の十字軍が堂々とイルズ村へと踏み込んできた。

「ふむ、相当数の魔族がいるな」

 馬上から、周囲に集った自警団の姿を見て、キルヴァンは眉をしかめつつそう言い捨てる。

 その中で、長い杖を手にした小柄なエルフの老婆が、一際大柄なリザードマンを伴って自分に向かってくるのを認識した。

 背後に控えている兵士が手にする弩を彼らに向けて放とうとするのを、キルヴァンは軽く手を振って静止する。

 副官であるコルウスだけを伴って、キルヴァンは一歩進み出る。

 周囲は未だ騒然としているが、イルズ村代表であるシオネ村長とグリント自警団長、十字軍代表であるキルヴァン司祭とコルウス助祭、両者が対峙するこの場には沈黙が漂う。

 ただし、片方は不安と驚愕、片方は侮蔑と嘲笑、両者の心境には明確な差異がある。

「貴様がこの村の長か?」

 先に口を開いたのはキルヴァン、馬上よりシオネを見下しながら不躾に言う。

「はい、私がイルズ村の――」

「それ以上は話すな、魔族と言葉を交わすなどこの身が穢れる思いだ。

 これより語るは神の言葉と同義、一度しか言わん、よく聞くがいい。

 我らが聖なる十字軍は邪竜ガーヴィナルを討ち滅ぼし、このダイダロスの地を解放した。

 偉大なる主の御意思に従いこの地全てを捧げる」

 その言葉に、シオネ村長は目を見開いて硬直した。

 要するに、竜王ガーヴィナルは十字軍を名乗る人間の軍団に討たれ、ダイダロスを占領したというのだ。

 人間と戦っていたことは知っていたが、まさかガーヴィナルが直接率いる精強なダイダロス軍が敗れることなど信じ難い。

「やれやれ、己が何をすべきか分かっていないようだな、仕方あるまい、低脳な魔族にも分かりやすく言ってやろう。

 今すぐ村中の金銀財貨、武器、糧食、その全てを我が十字軍に供出しろ。

 ああ、それと人間がいれば全員連れて来い、特別に奴隷として生かしておいてやる」

 キルヴァンの無表情にシオネはその曲がった背筋に悪寒が走った。

 盗賊の類なら、これから宝が手に入ると思えば必ず笑う、その目に欲望の色が映る。

 だが、彼女を見下ろすその目には、心の底から湧き上がる侮蔑以外の感情を一切感じられない。

 この男には、一辺の罪悪感は勿論、他人から‘奪う’という意識そのものすらない、このイルズ村を住民含めすでに自分の所有物であると確信している。

 直感的にシオネは思う、そして、不幸にもその直感は正しかった。

 つまり、交渉の余地など一切無いということ。

 シオネは決断した、これより滅び行くイルズ村と、死に行く多くの村人達に詫びながら。

「……グリント、鐘を鳴らしてちょうだい」

 呟いたその一言を、グリントは確かに聞き取った。

 同時に、シオネの前に先ほど爆風から守ったのと同じようにその青い鱗に覆われた巨躯を投げ出し、夜空に向かって叫んだ。

「鐘を鳴らせぇっ!!」


 ゴォーーン! ゴォーン!!


 村中に響き渡る鐘の音、その意味はイルズ村に住む全ての人が知っている。

 緊急事態の発生と避難、それが、この鐘が知らせる意味だった。

「ちっ、手間をかけさせるなよ」

 キルヴァンが振るった腕を下ろして言い捨てる。

 鐘が鳴った瞬間、抵抗の意を見せたと判断を下したキルヴァンが即座に攻撃を命じた結果によるものだ。

 背後ではすでに、歩兵が槍を構え、射手が矢を番え、魔術士が詠唱を始め、戦いの火蓋が下りる。

 そして、キルヴァンの立つここでも戦闘は始まっていた。

 目の前には、彼が攻撃を命じた瞬間に石弓より放たれた矢によって体を貫かれたグリントが立つ。

「フンっ!」

 体に突きたった矢を、グリントは強引に腕で払いのける。

 鱗の隙間は矢によって貫かれたが、分厚く硬質な鱗に鋼のような筋肉がほとんどの矢を防ぎきっていた。

 種族的にも物理攻撃に強いリザードマンの上、鍛え抜かれた戦士であるグリントにとって、数本の矢が突き刺さった程度では彼の命を奪うには到底足りない。

「やはり魔族は頑丈にできている、まったくおぞましい」

 うんざりしたように言い放つキルヴァンに向かって、唸りを上げてグリントが飛び掛る。

 人間と比べて驚異的なパワーを誇るリザードマンであれば、騎兵の突撃に匹敵するほどの威力をその身一つで発揮することも可能、そして、今のグリントは正しくその攻撃力を実現していた。

「ォオオオオ――突撃チャージ!」

武技の発動によって、ただでさえ鉄板でも貫く一撃が、さらに倍する威力を持つ。

 そしてそのまま一直線にキルヴァンの長身痩躯を貫くはずの槍はしかし、

一閃スラッシュ

横から振るわれた長剣によって弾かれる。

 キルヴァンを庇うように、副官であるコルウスが割って入ったのだ。

腕力強化フォルス・ブーストは必要か?」

「いえ、この程度なら私の武技だけで十分対処できます」

屈強なリザードマンの戦士であるグリントの武技を受け止めて尚、平然とコルウスは応える。

「そうか、

الدرع الأبيض لمنع ضوء――白盾ルクス・シルド

 キルヴァンが防御魔法を展開すると同時、その光の盾は直進する風の刃を散らした。

「あんなババアまで戦えるとは、本当に厄介だな魔族というヤツは」

 視線の先には、風刃エール・サギタを放ったシオネ村長の姿。

「あまりに危険すぎる、決めたぞコルウス、この村の魔族は――」

 キルヴァンは笑う、金銀財宝を我が物とする、あるいは女を奴隷にするよりも、魔族という邪悪な存在を殺す方が、敬虔な十字教徒である彼の喜びに繋がった。

「――殲滅する」




「くそっ、くそぉお!!」

 血と脂に塗れ、切れ味の落ち始めた刃を、白い装束を纏った人間の兵士の喉へ向けてヤケクソ気味に突き立てる。

 ニーノはすでに10人近く切り伏せてきたが、現れる敵の数は減るどころかどんどん増えてゆき、さらにそこら中から火の手が上がっている。

 敵の多くは武技の一つも使えない雑兵でしかないが、あまりに数の差がありすぎる。

 このままでは敵と炎に囲まれるのも時間の問題だと、激高する感情とは別に冒険者としての意識が冷静に考える。

 ニーノは、避難を知らせる鐘の音が響き渡ってから、続々と現れ始めた白い人間の兵士を倒しつつ西北街道の門へと向かっていた。

 が、つい先ほどきこえた衝撃音で門が破られたのか、暗い夜道の向こうから兵士達が押し寄せてくる。

「ニーノ、これ以上進むのは無理だって! ギルドへもどろう!」

 そんなことは言われなくても分かっている、だが、

「バカヤロウ! クレイドルはまだ門のとこにいるんだぞ!」

「落ち着いてくださいニーノ、門の方は自警団もいるのでしょう、なら僕たちだけが無理に増援に行かなくても――」

 それも分かっている、元々この村の最大戦力である自警団は全て門へ集結済み、自分達が加勢した所で戦局が一気に覆るとも思えない。

 いや、それどころか、すでに自警団はこの圧倒的な数の兵士に押されてすでに全滅したかもしれない。

「……ギルドへ戻るぞ」

 門まで行けないならば、次に自分達がすべきなのはギルドで他の冒険者と協力し、住民の避難する時間を稼ぐことだ。

 そうすることでニャレコや他の人を1人でも多く救うことができるはず。

「スマン、クレイドル……」

 炎色に彩られる門の方を、一度だけ振り返り見て、ニーノ達はもと来た道を引き返し始めた。


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