第598話 五人目の剣士
左目を覆う、厚手の黒い眼帯をとる。鏡に映った俺の顔は、相変わらずの凶悪面。改めて見つめてみると、なるほど、『黒き悪夢の狂戦士』などと呼ばれても、おかしくない。
まったく、こんな顔の男を好きになるなんて、リリィもフィオナも、趣味が悪い。
「見ているか、リリィ」
鏡に向かって、そう語りかける。
俺の左目は、ただ赤く染まったままで、これといった変化はない。けれど、リリィならまず間違いなく、見ているし、聞いているだろう。
「今日は初火の月6日、約束の日だな。けど、迎えはいらない」
リリィは俺と結婚するべく、アルザスで最悪の敗北を喫した今日この日と定めて、迎えに来ると言った。
「これから、お前の下に向かう。逃げも隠れもしない」
すでに、心は決まった。最早、迷いも躊躇もない。ささやかな良心の呵責など、笑って踏みつぶしてやる。
「決めたんだ。俺は、全てを取り戻す。そして、欲しいモノは、全て手に入れる。どんな手を使ってでもな――覚悟しろ、リリィ」
刹那、視界の半分が暗転。
「――うふふ、待っているわ、クロノ。愛してる」
暗闇に浮かび上がる、美しい妖精少女の美貌。
リリィもまた、鏡に向かって答え、俺への返事としてくれた。
視界は、すぐにまた戻ってくる。
「ああ、俺も、愛している」
再び眼帯を装着。宣戦布告はこれで十分だろう。
それじゃあ、行くとしよう。このどうしようもない、痴話喧嘩を終わらせるために。
初火の月6日、夜が明ける直前。予定通り、俺は、いや、俺達はスパーダを出発するべく、大正門前に集まった。
「みんな、おはよう」
すでに、クエストで募集した三人のメンバーは勢揃い。言いだしっぺのくせに、最後になってしまって申し訳ない。忘れ物がないか確認していたら、ヒツギが遊び始めたもんだから……
「おう、来たか、クロノ」
「おはよう、クロノくん。良い朝だね、旅立つにはちょうどいい」
まだ薄暗いけどな。でも、空に雲はないし、いい天気にはなりそうだ。
カイは手を振り、ファルキウスは優雅な微笑みと共に、ルドラは黙って小さく会釈した。
三人とも、身軽な旅装。手荷物も少なく見えるが、彼らなら空間魔法付きの鞄でもポーチでもあるだろうから、準備に不足はないだろう。
「なぁ、本当にそのチビっこいのも一緒で、大丈夫なのか?」
カイが言うのは、ヒツギのことではない。出発を遅らせた罰として、彼女は影の中で謹慎中である。
「ああ、どうしても、必要なメンバーだ」
「よ、よろしくお願いします」
やや緊張した様子で頭を下げるのは、シモンだ。
体力も魔力もないシモンがランク5の神滅領域に挑むのは正に自殺行為に他ならない。それでも、俺は連れていくことにした。その頭脳と、そして、本人の強い希望もあって。
「神滅領域アヴァロンは、古代の装置がまだかなり生きている。ある程度、利用できなければ勝ち目がない」
「そこで、このエルフ君の出番というワケかな。知ってるよ、ガラハドでエンシェントゴーレムを操ったのは、君なんだってね」
ファルキウスの言う通り。俺の知り合いの中で、古代のシステムを使えそうなのはシモンしか残っていない。
サリエルが『歴史の始まり』の隠し機能である転移を使えたことには、驚かされたが。使徒として、シンクレアではそれなり以上に古代遺跡の秘密に触れたこと、そして、白崎さんの現代知識とが合わさり、そこらの考古学者とはけた違いの理解度だったのだろう。
「一応、聞いておくけど、この中に古代魔法とか技術に詳しい奴はいるか?」
「俺は難しいのは無理だから」
「僕もちょっと、流石に専門外だよ」
「古代語を少々、読めるだけだ」
マジか、ルドラの意外な特技発覚である。
「恐らく今のリリィは、パンドラ大陸の誰よりも古代魔法に精通している。少しでも対抗手段がなければ、最悪、勝負にもならないだろう」
「なぁ、クロノ、そんなにヤベーのか?」
「戦闘記録があるから、後で見せる」
ヴィヴィアンの情報を見れば、誰もがその強大さに戦慄するだろう。もし、これを見て、やはり辞退する、と言い出しても、俺は止めたりはしない。
古代の遺産も含めれば、今やリリィの力は使徒にも匹敵する。ガラハド戦争で十字軍の大軍を前にした方が、まだ気楽に感じるほど。
「でも、最低限は自分の身は守ってもらわないと、困るよ。僕らも、どこまでお守ができるか、分からないからね」
「一応、考えはある。だが、もしもの時は……悪いが、頼む」
「ふーん、そんなにこのエルフ君のことが、大事なんだ?」
意地の悪そうな笑みを浮かべて、ファルキウスがシモンをジロジロと見る。
「シモンは俺がダイダロスに居た頃から付き合いのある、親友だからな」
「そっか、クロノくんは、こういう可愛い系の男の子が好きだったんだ」
「そういう関係じゃねーよ」
親友だっつってんだろ。邪推すんな。俺、ただでさえハーレム宣言しようってのに、尚更に業が深くなるから、やめて。そういうのホントやめて。
「夜明けだ。大正門が開くぞ」
薄暗かった空が、明確に明るさを増してゆく。大正門は日の出とともに解放される。いよいよ、出発の時だ。
「よっしゃあ、行くぜ! 一番乗りぃ!」
カイは自分の騎馬である二角獣に乗り込み、さっさと駆け出していく。そういえば、ヴァルカンも二角獣に乗っていたな。毛色は違うが、馬の頭から山羊のような立派な二本角が生える特徴的な姿を見ると、つい、そんなことを思い出してしまう。
「ふっ、まるで子供だね」
「あれくらい、元気な方がいい」
ファルキウスは、イメージにピッタリな白馬に跨る。地味な旅装ではなく、ちゃんとした服装だったら、完璧に白馬の王子様になるな。
一方、ルドラはやせ細った栗毛の馬に乗り込むが……もしかして、吸血鬼の力で使い魔化しているのだろうか。この馬、目に生気がない。その代りに、ギラギラと不気味な赤い光を宿している。
「よし、行こう、シモン」
「うん」
そして、俺は愛馬である不死馬メリーに乗り込み、シモンを同乗させる。
それぞれ異なる四騎の馬は、夜明けのスパーダに軽快な蹄の音をたてて、大正門を潜り抜けていく。
ひとまず、向かう先は都市国家の方のアヴァロンだ。
果たして、俺達は無事にスパーダへと帰って来れるのか。
不安はある。というか、不安しかない。けれど、それを押し殺し、俺は自分の欲望を叶えるために、ただ、前へと進もう。
「――来たか」
初火の月8日。とっくに日は落ち、夜となっていたが、私の部屋へ伝書鳩が訪れた。窓を開き、脚にくくりつけられた手紙を確認。
「あれ、セリス先輩、もしかして、今から外出ですか?」
「ああ、しばらくは戻れないかもしれない」
机で魔道書を開いて予習していた勤勉なリュートが、忙しなく動き始めた私に問いかける。
「何か、あったんですか?」
「少しばかり、家の方で問題があってな」
「あっ、そうですか……すみません」
またカオシックリム討伐のように、私が無茶な戦いに赴くとでも思ったか。リュートはかなり真剣な目をしていたが……悪いが、今回の件ばかりは、君に関わらせるわけにはいかない。
とりあえず、アークライト家の問題だと言っておけば、下級貴族であり、そして私の婚約者である彼は、大人しくせざるをえない。
妙に首を突っ込んで、お父様の不興を買って婚約破断なんてことになれば、果たして、リュートは泣いて悲しむだろうか。まぁ、彼には思いを寄せる素敵な少女達が沢山いるので、私と結婚などしない方が、人として幸せになれるかもしれない。
「しばらく、戻れないかもしれない。心配をかけるが……リュート、生徒会のことは君に任せたよ」
「分かりました。セリス先輩のこと、俺、待ってますから」
妙に乙女っぽいことを言う後輩に見送られて、私は寮を飛び出した。
待っている、か。もし、私が戻らなかったら、ほどほどで諦めて欲しい。
「命に代えても、ネル姫様をお救いしなければ」
それが、あの時、嫌な予感を察してはいながらも、止めることができなかった、私の使命だ。
クロノの見舞いに訪れ、代わりに出てきた魔女フィオナ。話がある、と彼女に連れられて行った後……姫様は、事情を詳しく話してはくれなかった。ただ、あの魔女ととある個人契約のクエストを受け、それを果たすとだけ。
その内容がどんなものか、想像がつかない。しかし、命がけで挑む危険な戦いに臨むことになる、というのは姫様の雰囲気から、察するには余りある。
止めるべきだ。私だって、そうは思ったさ。だが、結局……ネル姫様は、その翌日には消えてしまった。
いつ、帰って来るのか。それとも、もう帰ることのできない状況に陥ってしまったのか。漠然とした不安を抱えること数日。私宛に、ネル姫様からの手紙が届いた。
それによって、私はようやく全ての事情を知った。
クロノのパーティメンバーである、妖精リリィ。嫉妬に狂ったその女が、クロノの全てを奪い、彼に思いを寄せる恋敵を全員始末するべく、動き出したというのだ。俄かには信じがたい。しかし、ネル姫様も、そしてクロノの正式な恋人である魔女フィオナは、これが真実であると確信していたようだ。
私は、その妖精リリィという女性とは面識もないので、どのような人物なのかは分からない。だが、姫様も魔女も、誰よりも彼女を恐れていた。元より、ランク5冒険者パーティ『エレメントマスター』のメンバーである。その戦闘能力は超一流であることは間違いないが……鬼気迫る姫様の手紙の文面からは、リリィという女性にそれ以上の大きな恐れ、畏怖と呼んでもいいかもしれない。そんな気配を感じた。
全ての事情を知った上で、さて、どうするか。
普通なら、アヴァロンの姫君の危機として即座に王宮へ伝えるべきだろう。ネル姫様とネロ王子はまだ学生の身分として、冒険者の活動も許されてはいるものの、流石に明確な危機に陥ったとあれば、その救出にはアヴァロン軍の総力をもってあたる。
しかし、私はこの期に及んで、報告することを躊躇した。
他でもない、密かに我が父、ハイネ・アン・アークライトはアヴァロン王族への翻意を露わにしたからだ。『アリア修道会』の司祭を名乗る怪しい男を紹介されたあの日、私は父からアークライト家の秘密を聞かされ、それから、聖書という修道会の教典を渡された。
それ以上のことは何もなかった。父も特に何も言わない。まるで、あの話は全て悪い冗談か、ただの夢であったかのように。
全く、ワケが分からない。父が謀反を企んでいるらしいこと、アークライト家は使徒の末裔だかで古代から定められたとか何とか。そのくせ、わざわざ呼び出して話しただけで、私に何をしろとか、一切何の指示もなかった。
あからさまに困惑している私に対し、あの怪しい司祭も父も「その内、すぐに真実を理解できるようになる」と言っただけだった。
少なくとも、今のところ私は彼らの言う『真実』とやらが何のか全く理解どころか想像さえできていない。持たされた聖書を読んでみても……くだらない人間至上主義の気味の悪い教義だとしか思えなかった。
公爵家の娘といえども、こんな時に出来ることが何もないというのが歯がゆい。まだ学生身分でしかない私には、王宮にも軍にも個人的に頼れるツテなど一切ない。社交界で多くの交流があっても、その関係性は全てアークライト公爵家の名の下に結ばれているものに過ぎない。セリス、という一人の小娘には、謀反の疑惑を訴えかけることすらできないのだ。あるいは、それを分かっていて、口止めの言葉さえなかったのかもしれない。
何にせよ、この一件のせいで私は父を、ひいてはアークライト公爵家そのものに対して、大きな疑念を抱かざるを得なかった。これは、ただ親がカルト宗教にハマって家庭崩壊の危機、などという内輪で済む問題ではない。
アヴァロンの政治の中枢を担う十二貴族、その筆頭とも呼ばれる我がアークライト公爵家が、本気で謀反を企てているとなれば、国を二分する内乱の危機である。そうでなくても、謀反などただでさえ忠義に悖るとんでもないことだ。たとえ冗談でも、言っていい部類のモノではない。
私としても、これまでは公爵家の利益を確保しつつも、誠実に国に尽くしてきた父の姿を信じたい。何より、父と現国王たるミリアルド陛下は、幼馴染の親友同士でもある。
アークライト公爵家に王家を裏切るに足る利益もなければ、国王に対する個人的な怨恨もないはずなのだ。
だがしかし、もし父が本当に、アヴァロン王族打倒の謀反を企てているならば……ここでネル姫様の危機が知られれば、さらに厄介なことになる。救出作戦の妨害に出たり、最悪の場合、救助にみせかけて謀殺なんてことも、ありえなくはない。
今、私が馬鹿正直にアヴァロン王宮へ報告することが、本当に姫様の身の安全を計る上で最善のことなのか。
悩んだ末に、私は姫様の手紙に書いてある指示通りに動くことにした。
姫様は、かのランク5ダンジョン『神滅領域アヴァロン』で待ち構えているというリリィを倒すべく、フィオナ、サリエル、の両名とパーティを組んで戦いを挑んだようだ。そして、指定の日時までに帰るか、無事の知らせが届かなければ……自分達が敗北したと判断して欲しいとのこと。
しかし姫様は、いや、どうやらフィオナの計画であるようだが、彼女は保険をかけていた。そう、彼女の恋人である、クロノ。彼は姫様達の敗北を知れば、必ず救助にやって来ると。
そして私には、その助けに向かうクロノの手助けをして欲しいと、手紙には書かれていた。
今の私にとっては、謀殺の可能性がある公の通報をするよりも、クロノに頼る方がよほど安全確実だと思えてならない。
本当なら、むしろ助けて欲しいのは私の方なのだが。クロノは『アリア修道会』はスパーダを襲った十字軍と通じていると見て、大きく警戒し、何より強く敵視している。ウチの父が修道会のせいでヤバいことになってる、となりふり構わず泣きつきたいくらいだが……落ち着け、今はそんなことを言っている場合ではない。
ひとまずは、ネル姫様の救助が最優先で、その他のことは全て一旦、置いておこう。私もクロノと出会ったなら、彼に余計な心配はさせないよう、この事情のことは話すまい。打ち明けるなら、全て終わった後でいい。
無論、クロノの救助が失敗する可能性もあるし、最悪の場合、すでに手遅れということもある。
ネル姫様死亡、という報告をアヴァロン王宮に伝えるのは、最後の最後ということになるだろう。私も姫様と同じように手紙を残して、救出に向かうことにする。
もし、本当に姫様が身罷られるようなことがあれば、アヴァロンの国民は大いに悲しみにくれるだろう。父親であるミリアルド陛下も、兄であるネロ様も、その嘆きようは計り知れない――だが、そんな最悪の状況に、私が立ち会うことはないだろう。救助が失敗するなら、間違いなく私も死んでいるだろうから。
「いや、信じよう。ネル姫様は、まだ生きている。そして、無事に救出することができる」
いつもの私なら、そんな希望的観測を本気で信じるようなことはないだろう。夢見がちな乙女はとっくに卒業して、それなりに現実と向き合える大人にはなれたつもりだ。成人して、すでに二年も過ぎている。
だが、そんな私でも、最善の未来を信じられるのは……
「クロノがいれば、きっと」
あのカオシックリムを討ち果たしたように、必ずや、邪悪なリリィの野望を撃ち砕き、姫様を救い出すことができる。そう、信じられる、信じてみようという気持ちになる。
「しかし、男に頼るとは……所詮、私も女ということか」
女を捨てたつもりはないが、騎士として、戦いにおける甘さなど、とっくに捨て去ったと思っていた。けれど、軟弱にも、今の私は自らの力で運命を切り開こうという気概よりも、クロノ、彼の大きく逞しい背中を見つめてしまっている。
しかし、不思議と嫌な気持ちではなかった。
「ふぅ、分かりやすい場所にいてくれて、助かった」
学園から馬を飛ばし、やって来たのはアヴァロンの冒険者ギルド本部。スパーダ同様、ランク4以上に利用者が限定されるこのギルドは、予約なしでも即日利用可能の宿泊施設でもある。
救助を急ぐクロノが、ここを利用するのは半ば当然の選択か。
私が動いたのは、クロノがアヴァロンに入り、ギルド本部に宿をとったという確かな情報を掴んだからである。ついさっき、私の部屋に届いた手紙には、その旨が記されていたのだ。
下手に行き違いになどならず、本当に良かった。ひとまず、クロノと合流という作戦の大前提が上手くいったことに安堵感を抱きつつ、本部へと入る。ここは私も何度か利用しているから、案内は必要ない。
宮殿のような造りのエントランスホール。大きな魔王ミア像の設置されたロビーを眺めると――いた、クロノだ!
ちょうど夕食をとりに、一階食堂にでも降りてきたところなのだろうか。彼の周囲には仲間も一緒だ。情報通り、スパーダで緊急募集したという、救出メンバーなのだろう。
クロノと個人的に親交もあると聞いていたカイ・エスト・ガルブレイズがいるのは、さして驚きではない。救出対象にはネル姫様も入っているのだから、『ウイングロード』のメンバーとしても、参加するのは当然だろう。
大柄なカイの影に隠れるように立つ、陰気な黒コートのやせ細った男の顔には、見覚えはない。今にも倒れそうな病人に見えるが……立ち姿に隙がなく、それでいて、さりげなく気配を殺している。腰に下げているのは、刀が一本きり。雰囲気からして、恐らく、人間ではなく、アンデッド系、ヴァンパイアあたりだろうか。腕前は確かだろう。
ヴァンパイアらしき男とは対照的に、光り輝くような白い男の顔に、私は一番驚いた。あの男は、もしかしてスパーダの剣闘士、ファルキウスではないだろうか。私は剣闘観戦の趣味はないが、それでも、スパーダが誇る大スターである彼の顔は知っている。学園内にも、熱烈なファンが何人もいたりする。
まさか、そんな人物をもパーティに引き込むとは、クロノの人脈、恐るべしだ。
ともかく、クロノが雇った三人の男達は、いずれ劣らぬ剣の使い手と見た。私が決闘をして、必ず倒せる、と豪語できる者は、一人もいない。凄まじい精鋭部隊。
だがしかし、そんな恐るべき四人組の中に、一人だけ場違いな者がいた。
なんだ、あのエルフの少女は。あの子だけ、圧倒的に弱い。一目見て、分かる。彼女はどうしようもなく、一般人であると。
だというのに、エルフの少女は自分もこのスパーダの最精鋭冒険者部隊の一員であるかのように、というか、クロノとくっつきすぎだろう。
一体、何者なんだ、あの子は。まさか、その可愛い顔だけでクロノと釣り合っていると思っている勘違い女ではなかろうな。クロノに限って、そんなバカ女を侍らせることなどありえない。まして、これから恋人であるフィオナと、恋人になるかもしれなかったネル姫様を救出に向かうというのに、他の女を連れているなんて不純なこと、するわけが……いや、しかし、古代から「英雄、色を好む」と言うし、強い男はそれだけ性欲も、なんて聞いたこともあるし……も、もしかして、クロノ、私のこともそんな目で見ていたりするのかっ! だから、私に平然とキスできたということか!?
いや、まさか、そんな、だが、しかし――
「――あれっ、セリスか?」
ハっ! と私は我に帰った。
私が声をかけるより前に、気配を察知したのだろう。クロノがこちらを振り返り見た。ま、まぁ、あんなに凝視していれば、気づくに決まっているか。
どちらにせよ、手間が省けていい。
私は何故か逸る心を抑えながら、足早にクロノの下へと向かった。
「こんばんは、クロノ。久しぶり」
自然と頬が綻ぶ。作り笑顔は得意なのだが、自然に笑うのは苦手、だったはず。
「良かった、怪我はもう治ったみたいだね」
「今はもう、完全に治ったよ。また、カオシックリムとだって殴り合える」
「あんな化け物とやり合うのは、もう御免だよ、私は」
「ははっ、俺もだ」
久しぶり、だが、本来ならもっと長く離れていたはずだった、予期せぬ早い再開に、私とクロノは喜び合う。
「ところで、セリスはどうしてギルドに? 何かクエストでも受けに来たのか?」
「ああ、受けにきたとも」
「へぇ、何を受けるんだ?」
「そこで、クロノ、一つ君に相談があるんだが――」
と、私はポケットにいれていた依頼書を開いて、クロノへと差し出す。
クエスト・神滅領域アヴァロンの未踏領域攻略
報酬・一人、一億クラン。追加報酬アリ。
期限・未定。ただし、申込みは初火の月5日まで
依頼主・『エレメントマスター』のクロノ。
依頼内容・神滅領域アヴァロンの西側にある未踏領域を攻略するためのメンバーを募集する。ランク5ダンジョンであり、未知の脅威が潜むエリアの攻略のため、参加資格はランク4以上とさせてもらう。さらに、こちらからも実力の審査を行う。また、今回の攻略作戦は、非常に個人的な事情が絡んだ内容であることに留意されたし。詳しい説明は、正式なクエスト受注者にのみ行う。
「――これ、申し込みの期限は過ぎてしまっているのだけれど、何とか参加できないかと思って。だから、依頼主に直接、頼みに来たのさ」
胸元に依頼書をつきつけてやると、クロノは鳩が『石弾』を食らったような顔で、酷く驚いていた。
ふふ、中々に可愛いリアクションだったけれど、すぐに察したのだろう。
嬉しそうに、頷いて、そして、力強く彼は言った。
「ありがとう、セリス――ようこそ、『ブレイドマスター』へ。歓迎する」
「ふふ、それがパーティ名なのかい?」
「ああ、今、俺が考えた」
かくして、いずれ劣らぬ五人の剣士で結成された『ブレイドマスター』のメンバーと相成った。