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黒の魔王  作者: 菱影代理
第31章:嫉妬の女王
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第596話 呪いとの対話

 思えば、地下に向かう階段を下りたのは下見に来た時の一度だけである。俺は今、この屋敷の隠された地下二階、つまり、フィオナの魔女工房に向かっていた。

 立ちはだかるのは、少し錆びた鉄製の扉。勿論、鍵はかかっている。これがただの鉄扉なら、力づくで押し入ることも可能だが、すでにフィオナが何重にも扉を強化する仕掛けを施している。魔女にとって工房とは、魔道を極める研究室であり、様々な薬や魔道具マジックアイテムを造り出す工場であり、そして、己が編み出した魔法と数々の貴重な素材を収める保管庫でもあるのだ。魔法の秘密と財産とを守るために、厳重に固めるのは当然。

 フィオナのことだから、扉を破って無理に押し入ろうとする者には、屋敷が丸ごと吹き飛ぶレベルの爆破トラップなんかが発動してもおかしくはない。

 そして、俺には天才魔女が仕掛けたであろう難解トラップを解除できるスキルは持ち合わせていない。罠に詳しい盗賊と、魔法に詳しい魔術士、解除するには二人分の知識と技能とを要するだろう。

 彼女のプライベートを暴くつもりはないから、別に開けられなくても問題はないが、今回ばかりはここを使う必要があった。

「えーと、解除の仕方は――」

 そして、俺が彼女の工房に用があるとあらかじめ分かっていたかのように、フィオナはヴィヴィアンに扉の開け方を教えていた。

 方法は簡単。扉に手を置いて、キーワードを唱えるだけ。

「フィオナ、愛している」

 ガキリ、と重い金属をたてて、錠が開く。同時に、まだ押してもいないのに、独りでに扉が開いては、一切光の入らない暗い地下室に、ボっと赤い火がランプに灯った。

 凄いな、扉も照明も全自動とは。

 フィオナの魔法は現代の科学技術に追いついているなと感心しながら、俺は魔女の工房へと足を踏み入れた。

「中は、結構普通だな」

 やましいことなど何もないというように、小奇麗に整理整頓された室内だ。並んだ大きな棚には、それぞれ素材、工具、魔道書、と種類ごとにきっちり分けられている。部屋の隅には、色とりどりの小さな花やサボテンみたいな植物などが植えられた、プランターなんかも置いてある。ヴィヴィアンを捕らえていたのか、空の鳥かごも天井からぶら下がっていた。

 そして、最も魔女らしい設備が、部屋の奥に備えられた巨大な釜であろう。こんな密室で、俺でも入れそうなほどに大きな釜を焚けばどうなるか、考えるまでもないのだが、その辺も魔法でしっかり対策しているのだろう。

 ここが完成された工房であるということは、何となく察せられるが、かといって、これといった禍々しさや、恐ろしい気配なんてものは感じない。特別、血生臭いってこともないし。

 下見に来た時に、俺の黒化によって怨念の声は封じていたが、そもそも呪いの屋敷であり、最も濃い怨念が渦巻き染みついた地下室には、常人でもうすら寒い気配を覚えるはずだ。

 けれど、今は全く何も感じない。静かで、不穏な呪いの気配など、全く感じさせないのだ。それが、かえって不気味。まるで、呪いの怨念さえ部屋の主を恐れて、気配を殺しているかのようだ。少なくとも、フィオナは俺の黒化だけでなく、何かプラスして、この工房を自分に最適な環境に整えているのだろう。

「よし、やっぱり、ここなら大丈夫そうだ」

 俺がこれからする修行は、呪いの武器と対話すること。

 これは『暴君の鎧マクシミリアン』に宿るミリアと会話ができたのをきっかけに、第四の加護『愛の魔王オーバーエクスタシー』を使うことで、呪いとダイレクトに意思疎通ができる可能性に気が付いた。俺が呪いの本質をより深く理解すれば、その分だけ力も引き出せるはず。

 だが、当たり前だがそれは危険なことだった。ただでさえ、呪いに触れれば人は狂う。実際に、呪いに狂ったヤツも見てきた。いくら俺が高い耐性、適性体質であろうと、限界ってのはある。

 何となくで試してみるには、あまりに危険。『暴君の鎧マクシミリアン』の時は、運が良かったというべきか。あれはミリア自身が使い手を望んでいたからこそ、俺を受け入れてくれたのだ。

 呪いには様々なタイプがある。何を恨み、何を呪っているのか、あるいは、自らが呪いとなるほど狂っていることに、気づいていないモノだってある。だから、ヒツギやミリアのように使い手を望むようなタイプであれば、話が通じる余地もあるが、この世の全てを恨んで呪って滅ぼしたくて仕方がない、破滅的な意思の呪いであれば、俺を拒絶して精神を蝕んでくるだろう。そういうのに当たったら、果たして、『愛の魔王オーバーエクスタシー』でどこまで防ぎきれるのか。発狂までいかずとも、精神的な後遺症が残るリスクも考えれば、やはり呪いと直接話すってのは、あまりに危険すぎた。

 けれど、今は多少のリスクがあろうとも、力が必要なのだ。

 相手はリリィ。それも、俺が知っている彼女よりも、遥かに強い能力を持つ。恐らく、今のリリィは使徒に匹敵する。

 そんな彼女を、殺すのではなく、生きて捕らえなければならないのだ。今の俺の力では、あまりに無謀に過ぎる。

「始めるか」

 リリィとフィオナ、両方手に入れようというのだ。生半可な努力と覚悟ではいけない。だから、これは俺が俺自身に課した、試練でもある。乗り越えられなければ、彼女達を愛する資格はない。

「来い、『絶怨鉈「首断」』」

 ランプの灯りに照らされた俺の影から、スっと音もなく、一振りの巨大な鉈が現れる。漆黒の刀身に、真紅のラインが血管のように走る、実に禍々しい呪いの刃。その銘は『絶怨鉈「首断」』。彼女は、俺が手にした最初の呪いの武器であり、最も長く、そして、最も頼れる相棒だ。

 さて、何から話そうか。

 改めて、そう思うと、どう切り出していいものか、悩む。

「ふっ、別に何でもいいか。お前に隠すことは何もないしな――『愛の魔王オーバーエクスタシー』」

 そうして、俺は彼女の心に触れるべく、いつものように、その柄を握った。

 手に吸い付く、というより、腕と一体化するほどの感覚。軽い。刃の先まで、神経が通っているかのよう。

 剣としては理想的な感触だが、まだ足りない。これだけでは、リリィには及ばない。

 力が欲しい。もっと、お前の力が欲しい。

「どうすれば、お前はもっと強くなれる」

 教えてくれ。

 その想いは、握った柄を通して伝わっているはず。

 呼びかけに応えてくれるかどうかは、『首断』次第ってことになるが――ゾクリ、と背筋に悪寒が走ると共に、腕が振るえた。

「うおっ!?」

 振るえと共に駆けあがってくる、呪いの意思。殺、死、斬、そんな、強烈な殺意と悪意とが入り混じる、混沌としながらも純粋な狂気。初めて鉈を握った時に感じた思念だ。

 普段は黒化でこのテの意識は抑えている。普通の人なら、この意思を感じただけで発狂しかねない危険なモノ、特に、二度の進化を経た『首断』の怨念は、最初の『辻斬』とは比べ物にならないほど濃密になっている。いくら俺でも、そのまま一日中、呪いの声を聞いていれば、おかしくなってしまうだろう。

 だからこそ、黒化で抑え込んでいるワケだ。基本的に、呪いの武器の使い方なんて、どこまで呪いの浸食に耐えられるかに過ぎない。俺の黒化は、その耐え方、というのに優れているだけのこと。

 でも、それだけじゃいけない。一方的に抑えつけて、支配して、振り回すだけでは、本当の力は引き出せない。

 この呪われた狂気の先に手を伸ばさなければ、『絶怨鉈「首断」カノジョ』の真意には触れられない。

「――んっ、ようやく、収まったか」

 震えが止まる。思ったよりも、精神的な衝撃は堪えたのだろう。結構な疲労感と共に、全身が汗に塗れているのに気が付いた。

 けれど、これが終わりじゃない。ここからが本番。

 感じる。俺は今、『首断』の意思に、触れようとしている。

 手に握る鉈が、急激に重くなった。見た目通り、いや、それ以上の巨大な鋼鉄の塊であるかのような、凄まじい重量感。

 黒い刃に赤い光。外観は変わらずとも、分かる。今、初めて握った時から、重ねに重ね続けてきた俺の黒化が、解かれたのだと。

「さぁ、応えてくれ」

 どうすれば、もっと強くなれる。お前を使いこなせるようになる。

「……チ」

 聞こえた、小さな女の声。

 私を手離すな、とストラトス鍛冶工房に迎えに行った時に聞いたのと、同じ声だ。

 果たして、彼女は元の使い手である愛に狂った村娘なのか、それとも、ヒツギのように新たに生まれた呪い子なのか。

 どちらでも構わない。お前が何者であろうと、どれだけ悪しき存在であろうとも、俺の相棒であることに変わりはないのだから。

「チヲ……ササゲロ……オマエノ、チヲ、ササゲロ」

 頭の中に響く声は、実に呪いらしい台詞。俺の血を捧げろと、訴えかける。

「何だ、そんなことでいいのか」

 随分と可愛いお願いだな。命ではなく血でいいとは。

「そういえば、モンスターに十字軍兵士、そしてフィオナの血を吸ったことはあっても、俺のはなかったよな」

 もしかして、最初に彼女へ血を捧げるべきなのは、持ち主たる俺だったのかもしれない。

「ごめんな、気づかなくて。俺の血が欲しいなら、くれてやる。好きなだけ、飲め」

 一切の躊躇もなく、俺は左手の手首を鉈の刃にかけて、引いた。

 鮮血が噴き上がる――そのはずだが、手首に喰い込んだ鉈の刃は、ピタリと吸いつくように密着していて、一滴も血は零れてこない。なるほど、確かに、吸われている。断たれた手首の血管から、ダイレクトに刃が血液を吸収していってるのを感じる。

 ドクン、ドクン、と脈打ちながら、刀身は俺の鮮血を啜った。

「……うっ」

 不意に、目が覚める。気が付けば、俺は冷たい床に倒れ込んでいた。

 なってこった。全く気付かない内に、気絶していたようだ。

「頭がフラフラする……かなり、吸い取られたようだな」

 多分、普通の人間だったら干からびているくらい、血を吸われたはずだ。俺がフラつくくらいで済んでいるのは、失った分だけ血を造って補っただけのこと。

 俺の治癒魔法『肉体補填』では、ただ肉体に近いゼリー状の魔力物質をくっつけることで傷を塞ぐだけだが、第六の加護を得た今では、この『肉体補填』をさらに本物の体に近い状態の質にすることが可能だ。これは『海の魔王オーバーブラッド』の能力というよりは、疑似水属性を利用しているだけ。

 習熟すれば、肉体そのものを再生させることもできそうだが……今は、血を造るのが精いっぱいだ。

 しかし、失われれば輸血する以外には補う術がない『血液』を魔力で自ら回復できるというのは、大きな意味を持つ。多少の負傷でも、魔力があれば失血の心配がないのだから、補給が望めない長期戦などでも有利だ。

 一応、こうして無事なことから、魔法で作った血液は、生理食塩水のように単なる代用品ではなく、ちゃんと赤血球をはじめとした血球成分も再現してくれていると証明できた。割と命がけの実証になってしまったな。

 ともかく、俺はこの血を造り出す治癒魔法、そうだな、単純に『造血ブラッドメイカー』とでも名付けておこう。

 コレができるからこそ、『首断』に景気よく血を吸わせてやることができたのだ。

「それで、気分はどうだ、お嬢様」

 のっそりと起き上がりながら、俺の影の上で浮くように佇む、『絶怨鉈「首断」』を見やる。

 答えは帰ってこない。柄を握ってないからか。いや、どうやら彼女は無口らしいから、握っていても、答えはしなかっただろう。

「良かった、ひとまずは、満足してくれたか」

 立ち上がって、改めて柄を握れば、いつもの軽い感触に戻っていた。

 黒化は施していない。それでも、この軽さを感じられるということは、俺の血が馴染んでくれたということだろう。

 今までも、手と一体化したような使い心地だったが、それは黒化ありきでの話。『絶怨鉈「首断」』が俺を受け入れてくれたのなら、最早、黒化は必要ない。黒色魔力の量に任せて包んでいるのではなく、自らの血を与えることで、真の意味で俺の体とより高いレベルで同化、同調、してくれるはず。

 さて、それがどれほど効果を出すかについては……流石に、今この場では試せない。

「アヴァロンの亡霊騎士を相手に、試し切りといくか」

 楽しみが一つ増えた。まぁ、鮮血の出ないアンデッド相手だと、彼女はあまり満足しなさそうだが。

「それじゃあ、次は……『極悪食』にするか『ホーンテッドグレイブ』にするか」

 満腹になった『絶怨鉈「首断」』を再び影に沈めて戻しながら、次はどれにするか、ちょっと悩む。

 俺はどれくらいの時間、気絶していたかは分からない。だが、シモンがまだ呼びに来てないから、すでに五日になっているってことはない。

 分かってはいたが、こんなのが続くようだと、厳しい。恐らく『極悪食』も『ホーンテッドグレイブ』も一筋縄ではいかないだろう。心と体、そして命を削る真似を、何度もしないといけないワケだ。

「ふぅ、悩むくらいなら、順番に行くとするか」

 俺が二番目に手に入れた呪いの武器といえば、正しくは『バジリシクの骨針』ということになるが、コイツはダイダロス城壁でサリエルと戦った時に喪失しているからな。だから、今、俺のナンバー2になるといえば……

「どうした、出てこいよ、ヒツギ」

 呼べば、どこか恥ずかしそうに、影の中から黒いグローブの指先だけがチラっと覗く。

 いつもなら、喜び勇んだ二つ返事で飛んでくるところだが、こういう反応なのは……やっぱり、気にしているんだろう。

「悪かった、ヒツギ。お前にも、心配をかけてしまった」

 俺は膝を折って、影の中に沈み込んで隠れているグローブを、手ずから掴み取ってすくい上げた。

 抵抗があるのか、グローブは魚みたいにウネウネと手の中で蠢くが、本気で嫌がっているワケではないだろう。彼女がマジになれば、『魔手バインドアーツ』で大暴れだし。

「抜け殻みたいになった俺でも、世話をしてくれたよな。ありがとう」

 もう、あんな無様は見せない。俺は、お前が誇れるご主人様になれるよう、頑張るよ。

 そうして、俺はヒツギを、『黒鎖呪縛「鉄檻」』を両手にはいた。

「うぅ……ご主人様、もう、怒ってないですか?」

 装着したお蔭で、ヒツギの声が聞こえてくる。

「怒ってない。俺が悪かった」

 スパーダに強制送還されたこと。もし、ヒツギがただ俺のワガママに従って、フィオナを追いかけていたら……中途半端な気持ちのまま、追いついたところで、俺にはどうすることでもできなかっただろう。いいや、そもそも追いつくこともできない。何の意味もなく、何も成せず、ただ、馬鹿みたいにアヴァロンの街道で行き倒れただけ。

「じゃあ、ヒツギはまた、ご主人様のお世話をしても、よいのですか?」

 屋敷に帰ってから、シモンと一緒に世話を焼いてくれていたが、ヒツギはあからさまに俺と距離をとっていた。近づいてくれるのは、俺を運ぶ時だけ。後はずっと、姿を見せずに仕事をしていた。

 そうすることを自ら選んだ彼女の気持ちを考えると、胸を締め付けられるような思いになる。

「ああ、俺にはお前が必要だ。これからも、俺に力を貸してくれないか」

「ご、ご、ごっ、ご主人様ぁーっ!!」

 うわーん、と盛大な鳴き声を響かせながら、ブワっ! と急速に黒髪の触手がグローブから迸る。

「うおっ!?」

 その勢いと量に、ちょっとビビる。そのまま絡みつかれるか、と一瞬、身構えてしまったが、膨大な量の触手はウネウネと波打ちながら、俺の目の前で大きな塊になっていく。

 それは、黒髪で編まれた、巨大な繭となる。

 一体、何なんだコレ、とリアクションに困ったその時、蝶が孵化するように、漆黒の繭が割れた。

「うわぁー、ご主人様っ!」

 キンキンと耳に響く甲高い声音で絶叫しながら、繭の中から小さな人影が飛び出す。

 そう、ソレは確かに、人型をしていた。

 真っ白い肌が眩しい、幼い少女の裸体。子供らしい純粋な輝きを放つ黒い瞳に、何よりも目立つ、きめ細やかで艶やかな、黒いスーパーロングヘア。

 そんな女の子が、俺をご主人様と呼んで、抱き着いてきたのだった。

「ヒツギはっ、これからもずっと、ずぅーっと、ご主人様のお傍にいるのですっ!」

「なっ!? ヒツギ、何だコレ、何で、人の姿に……」

 俺の腰にがっしりとしがみついては泣きじゃくるこの子は、どこからどう見ても、ヒツギだとしか思えない。彼女の顔は、ラストローズの夢の中でも見たし、最近では『暴君の鎧マクシミリアン』のヘッドディスプレイの機能を利用して、自分の顔を無駄にアップで映したりして存在をアピールしていたから、すでに見慣れている。

 見違えようもなく、俺の知る人としてのヒツギの姿なのだが……こうして、現実に生身の体となって現れたのは、初めてのことだ。

「はっ!? こ、これは……ヒツギ、いつの間にか、真の姿になっているです!?」

「いや、お前の真の姿はグローブだろう」

 どうやら、ヒツギは自分でも生身の肉体になっていることに気づかなかったようだ。無意識に、この姿と化したということか。

 ギュっと抱き着いてくるヒツギの体からは、血潮が通った温かさと柔らかさが感じる。そっと両手で、華奢な肩に触れてみても、やはり人の肉体としか思えない感触が伝わってくる。

「ああ、ヒツギのご主人様を思う気持ちが、奇跡を起こしたのですねっ!」

「……なるほど、スライムの分身体と同じ原理で体を作っているのか」

 夢見がちな乙女のようなことを叫ぶヒツギの傍ら、俺は冷静に彼女の正体に気づく。

 プライドジェムは人の姿を真似た分身体を繰り出したし、カオシックリムに至っては、完全に同じ外見を再現する精巧な分身体を作り出していた。俺が第六の加護を得て、疑似水属性を扱えるようになったお蔭で、スライムとよく似た液状の魔力物質を自由自在に操作することができるようになったのだ。

 スライムを作れるのなら、当然、その擬態能力も再現できるということになる。

 第六の加護で重要なのは治癒能力だから、まだこういう能力は全く試していなかったが……まさか、ヒツギの意思で形を成すとは、全く予想外だ。

「凄い、凄いですよご主人様! この体があれば、ヒツギはもっとご主人様にご奉仕が、うぇひひっ」

「うわっ、やめろヒツギ、ソレはマジでヤバい!」

 スリスリ、と艶めかしく体を擦りつけてくるヒツギの動きに、割と本気で焦る。ヒツギの外見は黒髪の美少女だし、年齢はウルスラよりも少し下かってくらい幼いが、それでも裸で抱き着かれてスリスリされたら、堪ったものではない。俺はロリコンではないが、多分、恐らく、ロリコンではない可能性の方が高いが、こんなことをされて冷静でいられるほど慣れてはいない。

「ヒツギ、ついにメイドとしての真のご奉仕、解禁!」

「待て、そういうのはマジでやめろ、求めてない、ちょっと一回離れろ――ええい、髪を絡ませるな!」

 両手両足でへばりつく上に、その長い黒髪をワサワサ動かして俺を雁字搦めにしてくるヒツギを、どうにかこうにか、引きはがす。くそ、ヒツギめ、早くも人の肉体を使いこなしつつある。

「むぅー、ご主人様、つれないです」

 誰がそんなのに釣られるクマ。色んな意味で危なすぎる。

 しかし、改めて見ると……ヒツギの体は、本物の人間の少女としか思えない出来栄えだ。中身はスライム型の魔力物質だからといっても、体は薄ら透き通っているワケでもないし、大まかに人型を模しているワケでもない。シミ一つない、すべすべの白い肌だし、爪やヘソ、鎖骨のライン、完璧に人体が再現されている。開けば妙なことしか言わない口だって、その中には綺麗に生えそろった白い歯と、小さな舌が覗く。体の中は、どこまで再現されているのだろうか。

 色々と気になるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。というか、俺、ヒツギの裸をまじまじと観察するのはまずいだろう。

「とりあえず、元に戻ってくれないか」

「ヤです」

 速攻でメイドに拒否られるご主人様である。

 まぁ、ヒツギはこの体を得たことに凄い喜んでいるようだから、そう簡単に手放したくはないのだろう。

 魔力の気配からして、出したり引っ込めたり、楽にできるほどの軽い密度ではない。今更ながら、俺の体の魔力が結構ゴッソリと減っていることにも気づく。

 ヒツギの肉体を構築するにあたって、かなりの魔力を消費しているのだ。体を崩して元に戻せば、つぎこんだ魔力が全て還元されるってこともないだろう。出てきた早々、消してしまうのは勿体ない話でもある。

「分かった、じゃあ、まずは服を着ろ。というか、服は作れなかったのか?」

「うーん、分かんないです。あっ、でも髪を使えば……」

 黒髪をウネウネと蠢かせて、ヒツギは毛先を手足に纏わせていく。すると、細い髪の毛は布状に編み上がってゆき、腕を覆うグローブと、脚を覆うソックスが完成する。

「ふふん、どんなもんです!」

 見せつけるように、堂々たる仁王立ち。

 どうして先にグローブと靴下を作った。真っ先に隠すべき部分があるだろう、女の子として。

「分かった、もういい」

 俺は惜しげもなく晒される幼い肢体からそれとなく視線を逸らしつつ、自分が羽織っているローブを脱いで、ヒツギに被せた。

「わふっ!」

「とりあえず、上に行って適当に服を見繕ってこい。少し大きいかもしれないが、サリエルの服なら、着れないこともないだろう」

「むーん、サリーちゃんの服を勝手に拝借するのは、メイド長として気がひけるですー」

 呪いのくせに、細かいことを気にする奴である。擬態とはいえ、人の体を得た今となっては、いよいよ本物の人間らしい。

「後でヒツギのメイド服は買うし、サリエルのも埋め合わせはしておくから、気にせず早く着てこい」

「はーい」

 ひとまず納得してくれたのか、ヒツギは長い黒髪と俺の大きなローブを翻して、チョコチョコ走りながら地下室を出て行った。

「はぁ……なんか、ドっと疲れたぞ」

 全く予想外の出来事に、振り回されてしまった感じだ。

 まぁ、ヒツギが大喜びだったし、俺としても、意図せず新たな魔法の可能性が開けたので、結果的は良かったのだろうが……

「……まさか、他の奴らも実体化したりしないだろうな」

 次は注意しよう。

 固く心に近いながら、俺は次なる呪いの武器を呼び出すのだった。

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動揺して語尾がクマニーサンになってるwwww
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