表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の魔王  作者: 菱影代理
第31章:嫉妬の女王
596/1047

第595話 クロノのクエスト

 初火の月3日。早朝、開店一番に、俺は冒険者ギルドへと向かった。勿論、自分の足で。

「おはよう、クロノ君。おかえり、と言った方がいいかしら」

 今日もにこやかに、素敵な営業スマイルがエリナの顔に浮かぶ。

「ただいま。もしかして、心配かけただろうか」

「もしかしなくても、心配するわよ。クロノ君があんな大怪我を負ったのなんて、私、聞いたの初めてだったから」

 うん、俺も流石に手足が同時にぶっ飛んだ経験は初めてだった。どれか一本くらいなら、機動実験の頃にちょくちょくあったけど。思い返せば、あんな未熟な頃に、よくそれだけの負傷で済んだものだ。

「ご覧のとおり、すっかり元通りだ」

 素手の右手を差し出すと、確かめるようにエリナが握り返してくれた。

「本当に、治って良かったわ」

「ああ、俺もホっとしている」

「クロノ君のことだから、失った右手の代わりに、カオシックリムの右腕でもくっつけてくるんじゃないかと」

 しまった、その手があったか!

 と、ちょっと思ってしまった自分が恥ずかしい。べ、別にプラズマキャノンや超震動粉砕装置が内蔵されたロマン溢れる古代の機械腕にちょっと憧れてたワケじゃないんだからね。

「アイツの腕は、流石に大きすぎる」

 冗談はさておいて、本題に入ろう。

「今日のご用件は? こんな朝一に来るなんて、よっぽど急ぎの御用と見えるけれど」

「一つ、クエストを頼みたい」

 そうして、俺は一枚の依頼書を差し出す。


クエスト・神滅領域アヴァロンの未踏領域攻略

報酬・一億クラン。追加報酬アリ。

期限・未定。ただし、申込みは初火の月5日まで

依頼主・『エレメントマスター』のクロノ。

依頼内容・神滅領域アヴァロンの西側にある未踏領域を攻略するためのメンバーを募集する。ランク5ダンジョンであり、未知の脅威が潜むエリアの攻略のため、参加資格はランク4以上とさせてもらう。さらに、こちらからも実力の審査を行う。また、今回の攻略作戦は、非常に個人的な事情が絡んだ内容であることに留意されたし。詳しい説明は、正式なクエスト受注者にのみ行う。


「はい、承りました。すぐに、中央掲示板に張り出させていただきます」

 爽やかな笑顔で、俺が初めて書いた依頼書は受理された。

「何も聞かないんだな」

「冒険者ギルドは、違法、またはその疑いがある内容でなければ、どのようなクエストでも受け付けます――というのは建前で、何となく、事情は察しているから」

 本当だろうか。俺はエリナには何も今回の件については漏らしていないのだが。

「ふふ、女の勘ってヤツよ。クロノ君の顔に、女難の相が出ているわ」

「……面白い冗談だ」

「私、子供の頃は占い師になりたかったの。ズブの素人よりかは、顔も手も読めるのよ」

「マジですか」

「うふふ、どうかしら」

 女難の相、か。全く、笑えない冗談だ。

「引き留めてごめんなさい。急いでいるんでしょう?」

「すまない。戻ったら、ゆっくりと話をしたいもんだ」

「その時は、是非とも今回のクエストの顛末を聞かせてもらいたいわね」

「ああ、必ず聞かせてやる。どうしようもなく、馬鹿な男の笑い話をな」

 用事は済んだ。すぐに次の行動に移さなければ。エリナの言う通り、俺には時間がないのだから。




「うー、あー」

 昼前に屋敷に戻ると、ゾンビのような声を上げながら、シモンがコーヒーをすすっていた。灰色の髪はボサボサだし、目もこころなしかどんよりしている。どう見ても二日酔いだな。

「おはよう、シモン」

「あー、おはよ、お兄さ――って、あれ、立ってる?」

「ああ、もう治った」

 正確には、治した、であるのだが、シモンにとって気になるのは、治癒の方法ではなく、俺が自ら立ち上がったことの意味である。

「そっか、じゃあ、決めたんだ」

「決めた。リリィもフィオナも、首根っこ掴んで連れて帰る」

 両手が塞がりそうだから、悪いが、サリエルは自分で歩いて帰ってもらおう。ネルについては、責任を持ってアヴァロンにまで送り返そう。

 全員、生きて帰る。俺が、どんな手を使ってでも、必ず生きて帰らせるのだ。

「うん、そうだよね、それが一番だよね」

「悩んでいたのが、馬鹿らしいくらいだ」

「そうかな、僕、お兄さんならもっと悩むと思ってた」

「お前のお陰で、答えが出せた」

「僕? 何で?」

「昨日、酔って話したこと、覚えてないのか?」

「うーん……ごめん、飲み始めた当たりから、もう記憶が全然ないんだよね」

 あの酔い方だったからな。記憶くらい飛ぶのも無理はないか。

「そうか、覚えてないなら、それでもいいさ」

「えーっ、気になるんだけどー」

 改めて、面と向かって「リリィもフィオナも俺の女にする、ハーレム上等」と宣言するには、素面だと厳しい。俺の中に、まだこの答えに抵抗感がある証だろう。

 シモンの追及を適当に誤魔化しながら、席に着く。朝食の前にギルドに行ってきたから、まだ何も食べてない。食事のついでに、シモンには予定を話しておこう。

「ねぇ、手足の方は、本当に大丈夫なの?」

「本調子ではないな」

 俺は治癒能力である第六の加護『海の魔王オーバーブラッド』で、手足をくっつけた。すでにくっついてはいたが、手足そのもののダメージと、断面の結合と精神の繋がりは完全ではなかった。

 だが、この加護を使えば、これこの通り。いきなり出歩けるくらいには元通りになるし、その気になれば『黒凪』だって放てるだろう。ミアの言う通り、今すぐ全力で戦闘ができるほど完全回復はしていないが、ここまで治っていれば、そうなるのも時間の問題。

「アヴァロンに着くころには、完治するはずだ」

「それって、首都の方じゃなくて、ダンジョンの方だよね」

「ああ、リリィが待ってるからな」

「でも、具体的にはどうするのさ? リリィさんがいる場所って、あのアヴァロンの未踏領域でしょ。正直、辿り着くだけでも大変だよ」

「ダンジョンを進むだけなら、何とかなる。フィオナが教えてくれたからな」

「あっ、もしかして――」

 フィオナがシモンに託したヴィヴィアンと名乗る妖精の使い魔サーヴァントのことは、昨日知った。酔ったシモンがそのまま教えてくれたのだ。

「二人の戦いの顛末は、全て見届けた」

「……ごめん、なかなか、言い出せなくて」

「いいんだ、俺に気を遣ってくれたんだろう」

 どん底の精神状態の俺が、あんな目を覆いたくなるほど凄惨にして残酷な決闘を見てしまったら、立ち直れなかったかもしれない。シモンの判断は大正解だ。

「それにしても、こんなものを残しておくとは、本当に抜け目がないな、フィオナは」

 このヴィヴィアンが、元々は普通の妖精ヒトであり、違法な洗脳術式によって強引にサーヴァント化させていることは、いくら俺でも現物を見ればすぐに分かる。だが、今はその違法性と、フィオナの外道については置いておく。

 使い魔妖精は、フィオナにとっては奥の手であると同時に、最悪の事態に備えた保険でもあったようだ。

 その保険ってのは、勿論、俺が救出に向かうという状況。果たして、フィオナは自分が死ねば、俺がリリィに復讐を果たすと信じていたのかどうかは、分からない。

 フィオナの思惑とは微妙に違っていそうだが、何にせよ、俺が彼女の救出にリリィの下へ向かうことに変わりはない。フィオナの保険は利いたとことになる。

 ヴィヴィアンには、リリィが座す『楽園』に辿り着くまでの、ランク5ダンジョン『神滅領域アヴァロン』での道中の情報が残されていた。フィオナ、サリエル、ネル、の三人パーティで、実際にどのように攻略していったか、ヴィヴィアン自身の視覚情報と、フィオナの口頭による説明とで、記録されている。

「本当に、たった三人でアヴァロンを通って行ったんだ」

「ほとんど力技みたいなところも多かったけどな。でも、詳しい道筋が分かっているのは大きい」

 サリエルの超人的な索敵能力で、可能な限りアヴァロン騎士の警備網を潜り抜けていくというのは、ちょっと真似できそうもない。強いてヒントといえるのは、サリエルが分析した結果の、騎士の警備ルートくらいだ。

 フィオナの説明で、どういう警備ルートで、騎士がそれぞれどう動くのか、結構詳しく説明されているものの、実際にそれを頭に入れて、動きを読むのはそう簡単なことではないだろう。ほとんど初見で見破り、かつ、判明すれば正確にシミュレートできるサリエルの頭脳がおかしいのだ。頭の中にスパコンでも入ってるんじゃないのか。

 このヒントをどこまで役立てるかどうかは不安だが、たとえそれがなくても、ヴィヴィアンの道案内は間違いなく有用だ。

 フィオナ達の辿った道順は正確に記憶している。当たり前のことだが、地図と睨めっこしながら進むより、案内についていく方が格段に早い。

 ダンジョン攻略において、正確な道順の把握というのは、戦闘に次いで重要な要素である。案内のアリとナシとでは、攻略難度は全然変わってくる。

「出現する敵の情報も、分かっているしな」

 サリエルのスーパー索敵力でも、回避しきれないほど分厚い警備網が、アヴァロンの市街地に入った辺りでは敷かれている。そうなれば、戦闘は避けられない。

 そして、三人が戦った分だけ、敵の情報も判明するのだ。

 アヴァロン騎士の基本は、現代と同じような剣や槍の近接武器か、ローブ姿に杖装備の魔術士、といったタイプが中心となるが……まさか、ガスマスクを被って毒ガスの噴射機を装備した、化学兵器使いのような奴がいるとは思わなかった。ああいう、妙に近未来的な騎士もいるのだと、注意は必要だ。

「でも、いくらお兄さんでも、一人で行くのは無謀すぎるんじゃないの?」

「ああ、だからさっき、ギルドにクエストを出してきた」

 ヴィヴィアンの攻略情報を見る限り、アヴァロンをソロ攻略するのは難しいと感じた。フィオナ達も三人いたからこそ、騎士と戦闘になってもスムーズに切り抜けることができたのだ。誰か一人でも欠けていれば、リリィの下には辿り着けなかったかもしれない。

 そんなワケで、まず俺にはダンジョン攻略するための仲間が必要なのだ。リリィ、フィオナ、サリエル、といずれも頼れる『エレメントマスター』のメンバーは一人もいない。そして、彼女達に匹敵する実力の持ち主、かつ、命がけのダンジョン攻略に付き合ってくれるほどの人物には、心当たりがない。

 だから、金で雇う。

 悪いことではないだろう。冒険者を金で雇うのは、至極当たり前のこと。報奨金を出して臨時のパーティメンバーを募集するのも、冒険者の間では常識である。もっとも、メンバーに恵まれた俺は、そういうことをする機会は一度もなかったので、今回が初めてになるのだが。

「出発は?」

「初火の月6日の朝だ」

 リリィは6日に迎えに来ると言っていた。ならば、この日の内に出発すれば、大丈夫なはず。

「いくらなんでも、募集期間が短すぎるんじゃないの? 下手すれば、誰も集まらないよ」

「かもな」

 俺としても、都合よくランク5冒険者が名乗りを上げて参加してくれるとは思っていない。ランク4で限定しているものの、このランクも結構ピンキリである。ある程度の実力は試させてもらわないと、ただの足手まといとなる。

 神滅領域アヴァロンは、とにかく騎士の包囲網が危険だ。数で押して、どうにかなるような場所ではないのだ。突破するには、少数精鋭で行くしかない。

 ちなみに、過去の記録では何度か騎士団を投入して、アヴァロン攻略をしようとした貴族だか王様だかがいたようだが……結果はあえて語るまい。

「うーん、三日でスパーダのランク5冒険者に直接話をつけてくるってのも、時間的に厳しいよね」

 本来なら、間違いない実力者に頼みに行きたいところだが、そう簡単に会えるはずもない。噂によれば、『鉄鬼団』も『ヨミ』も、スパーダを離れてどこか外国へクエストに出発しているという。

「一人でも、実力者が現れればいいんだが」

 後は、運を天に任せるしかない。

 そして、運任せでない部分は、時間のギリギリまで努力しよう。

「シモンには、準備を頼みたい。ダンジョン攻略に必要な物資を一通り、買い集めてくるだけでいい」

「それは、まぁ、別にいいけど……お兄さんが自分で買いに行った方が、間違いはないんじゃないの?」

 これから挑むダンジョンは、パンドラ最難関と有名な神滅領域アヴァロン。俺としても、アレもコレもと入念に用意をしておきたい。

「これから俺は、修行をする。少しでも、時間が惜しい」

「えっ、修行?」

「修行ではないかもしれんが、まぁ、とにかく似たようなもんだ。俺はこっちに集中するから、メンバー募集の時間までは、ずっと籠り切りになる」

「そ、そうなんだ……分かったよ」

「ああ、使い走りのようで悪いが、頼む」

「いいよ、そういうことなら。でも、その修行って、何するの?」

 その疑問は当然だ。これまで俺は、自主トレーニングくらいで、はっきり修行と呼ばれる類のことはしてこなかった。意味がないというべきか。適当に山に籠ってみたところで、成果が上がるワケではない。修行とは、効率的なトレーニングを集中的に行う、綿密な計画がなければ、単なるアウトドアか、無駄な努力に終わってしまう。下手な練習より、実戦で磨く方が有意義だ。それに、冒険者としてクエストに出て稼がなければいけなかったし。

 ともかく、そんな俺が修行と言い出すからには、間違いなく結果を出せると確信できる方法を発見したということに他ならない。

 で、その肝心の方法というのが――

「呪いの武器と、対話する」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ