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黒の魔王  作者: 菱影代理
第30章:妖精殺し
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第587話 リリィVSフィオナ(1)

煉獄結界インフェルノ・フォール』の発動に必要な魔力を軽減するための儀式用魔法陣は、結界に閉じ込められている間に描いておいた。人とモンスターの血を混ぜて作られる専用のインクで陣を描き、髑髏や宝石や武器などといった種々の触媒を配置。

 どちらかといえば邪法と呼ばれるが、魔女にとっては正統な魔法陣でもって、フィオナはこれを行使した。

 効果は適切に発動。視界を覆い尽くす紅蓮が晴れると、真っ赤に燃える空はそのままに、周囲は大地が荒れ狂う火山地帯へと景色を一変させていた。

 溶岩の大河が縦横に流れ、空には流星のように噴石が飛び交ってゆく。世界の終りのような光景の中、雑草一本生えない赤茶けた荒野にて、フィオナとリリィは向かい合っていた。

「そういえば、フィオナが『煉獄結界インフェルノ・フォール』の中に入ってるの、初めて見るわね」

「ええ、『逆十字アンチクロス』では煉獄を維持するのが私の役目でしたから」

 使徒であるサリエルを閉じ込め続けておくには、『煉獄結界インフェルノ・フォール』の発動、維持のみに集中する必要性があった。生半可な展開では、次元の壁を破って、あの白く輝く十字槍が飛んでくる可能性がある。

 だがしかし、これは『煉獄結界インフェルノ・フォール』本来の使い方ではない。

「うふふ、本当は、隠していたんでしょう」

「心外ですね。たまたま、リリィさんに見せる機会がなかっただけです」

「でも、コレで私を殺すつもりだったのでしょう?」

「はい、貴女を殺すには『神頼み』も必要でしたからね――落ちろ」

 さっとフィオナが天に向かって手をかざすと、赤い空を行く噴石が急激に方向を変える。噴火する火口から放たれ、膨大な運動エネルギーを持って空を飛び行く燃える火山弾が、まるで鳥にでもなったかのように自ら動いた。

 獲物を見定めた隼の如き急降下。向かう先は、この煉獄の世界にとっての異物である、妖精少女に他ならない。

「『メテオストライカー』、『スターデストロイヤー』――」

 天罰のように頭上から噴石が落ちてくる一瞬の間に、リリィは白と黒の二丁拳銃を赤い光の空間魔法ディメンションより抜き放つ。

 刹那、二筋の閃光が灼熱の噴石を貫く。迸る衝撃波に青い長髪を揺らしながら、フィオナは爆炎の向こうに悠然と立ち続けるリリィの姿を見た。

「凄いわ、フィオナ。この世界そのものを操れるようになっているなんて」

「それほどでもないです」

 フォーメーション『逆十字アンチクロス』において、『煉獄結界インフェルノ・フォール』に求められるのは、ただ第七使徒サリエルの加護を弱める効果のみであった。味方であるクロノとリリィに対しては、さしたる恩恵はない。

 しかし、創り出された煉獄の主たるフィオナは、この結界の内においては大きな力を得る。それも当然だ。この滅びを具現化したような紅蓮の大地こそ、黒魔女エンディミオンの『神殿』なのだから。

 今、この煉獄はフィオナの意思によって敵対者を攻撃する武器と化す。空の噴石は『火矢イグニス・サギタ』を放つのと同じ程度の集中力で操作、ターゲットへ落とせるし、足の下でドクドクと血液のように流れるマグマの川を操ることもできる。

 しかし、煉獄の支配力は完全ではない。巨大な地割れを起こしたり、大噴火させたり、世界が壊れるほど大きな現象までは起こせない。故に、『それほどでもない』と言い切る。少なくとも、フィオナにとっては、まだこの程度、という認識なのだ。

「加護の力は私の方が勝っていると思っていたけれど、この状況下では逆転ね」

「ええ、今は、私の方が強い――落ちろ、『火炎槍イグニス・クリスサギタ』」

 再び、リリィの頭上から真っ赤に燃える噴石が降り注ぐ。今度は一つではない。三つ、四つ、合わせて五つもの大きな火山弾は、リリィと、その周囲一帯を吹き飛ばす勢いで殺到してくる。

 さらに、同時に連射された『火炎槍イグニス・クリスサギタ』がリリィの逃げ場を潰すよう、彼女の周囲に着弾しては炎の壁と化す。

「星に願いを、渇きに水を、荒野に花を、咲かせましょう――『大妖精結界フェアリーガーデン』」

 その時、眩い光が赤い天空を割って、地上に降り注ぐ。淡いエメラルドグリーンに煌めく清浄な光は、荒れ狂う灼熱の溶岩弾を浄化するように粉々に粉砕しつつ、巨大なスポットライトのようにリリィを真上から照らし出す。

 その輝きを一身に受けた直後――花が咲いた。

 まずは、リリィの踏みしめる大地から。小さな緑が芽吹き、次の瞬間には、赤青黄色の花が開く。

 咲く、咲く、咲き誇る。次々と緑が赤茶けた荒野を多い、弾けるように鮮やかな色とりどりの花を咲かせる。それはリリィを囲む火炎の檻さえも吹き消しながら、凄まじい勢いで広がりを見せた。

「……まさか、私の煉獄に干渉できるなんて」

「うふふ、それほどでもないわ」

 気が付けば、フィオナの目の前には、童話の絵本にしか登場しないような、鮮やかに咲き誇る花畑が広がっていた。頬を撫でる風も、煉獄に相応しい肌を焦がすような熱風ではなく、心が洗われるような優しいそよ風。

 それは、黒魔女エンディミオンの神域たる煉獄が、妖精女王イリスの神域に侵蝕されたことを示していた。

「これでお互いの加護の強さは拮抗したと言ったところかしら」

「そのようですね」

 やはり、リリィは一筋縄ではいかない。煉獄に閉じ込め少しでも優位に立ったはずが、まさかこんな加護の力技で同じ土俵に引きずり戻されるとは。

 しかし、これもまた想定していた範囲内。どの道、リリィとは死力を尽くした激戦になるという確信めいた予感もあった。

 この身に宿る、知恵と魔力と生命力、その全てを振り絞らなければ、殺せない相手。究極のライバル。

「さぁ、行くわよフィオナ、ここから先はもう――」

「――ええ、殺し合うだけですね」

 リリィとフィオナ。互いに二丁拳銃と長杖スタッフを構え、叫ぶ。

最大照射フルバースト!」

「『火焔長槍イグニス・フォルティスサギタ』!」




 赤い煉獄の大地に、美しい緑と極彩色が津波のように押し寄せる。荒野に広がった鮮やかな花畑はしかし、次の瞬間には吹き荒れる紅蓮の嵐によって灰と消えた。

「ふふっ、あはははは! 熱い、熱いわ、フィオナ……やっぱり、愛の試練はこうでなくちゃ、乗り越える甲斐がないわ!」

 骨まで焼き尽くすほど激しい火炎の中から、流星群のように破滅の光が放たれる。リリィの撃ち出す光魔法は、輝く尾を引くと同時に、地面へ再び花を咲かせてゆく。何度焼き払われても、妖精の花畑は蘇る。

 美しい花は死への手向けか。殺到する光の矢を前に、フィオナは静かに杖を振るう。

「ثلاثاء حرق درعا الشعلة لمنع توقف كبيرة――『火炎大盾イグニス・アルマシルド』」

 焦ることなく、完全詠唱。フィオナの前には身を守る炎の盾――否、炎を纏ったマグマの壁が形成される。

 地面から間欠泉のようにドっと噴き出した大量の溶岩が、行使された魔法の術式に従って瞬時に壁を形作った。ドロドロと煮えたぎるマグマの防壁を土台にして、そこへ本来の『火炎大盾イグニス・アルマシルド』の効果である炎の大盾が上乗せされる。

 煉獄を形成する要素の一つであるマグマを、ある程度の量はフィオナの意思で自由自在に動かせる。火属性魔法を使う際に、このマグマを付加エンチャントして強化することなど造作もない。通常なら二重詠唱ダブル・スペルの手間がかかるが、この煉獄内においては全て省略が可能。使わない手はないだろう。

 あらゆるものの接近を拒絶するようにそびえ立つ、炎と溶岩の二重防壁を前に、リリィの光魔法はことごとく遮られる。小さな一発でも中級以上の威力を発揮する光の矢が、湧きたつマグマに飛び込んでは激しい飛沫をあげるが、到底、破るには至らない。

 だが、リリィの攻撃魔法の神髄は、威力よりも正確無比なコントロールである。本命となる何本かの『光矢ルクス・サギタ』は、燕のように宙を翻っては、行く手を遮る灼熱の壁を迂回し、術者たるフィオナへと迫った。

 その黄金の瞳は壁を越えて襲い来る殺意の光をはっきりと捉えているが――

「――『火焔長槍イグニス・フォルティスサギタ』」

 これを無視。防ぐための防御魔法を一切唱えることなく、攻撃の詠唱を紡いだ。

 何に遮られることもなく、フィオナの体に十数本の『光矢ルクス・サギタ』が突き刺さった。

「おっと!」

 フィオナが発動させた『火焔長槍イグニス・フォルティスサギタ』が効果を現し、花畑の真ん中に浮遊するリリィに向かって放たれていた。

 攻撃を防ぎ役目を終えた炎と溶岩の『火炎大盾イグニス・アルマシルド』だったが、紅蓮の壁面が大きく波打ったかと思うと、急激に一点に向かって集まり始める。風呂桶の栓を抜いたように、凄まじい勢いで集約され、圧縮しきって一つの火の球となって、『火焔長槍イグニス・フォルティスサギタ』は完成する。

 火球はそのまま飛んでいくことはなく、その内より、高圧の水流を放つ水の攻撃魔法のように、マグマが一筋の帯となって解き放たれる。一直線に横切る灼熱のラインは、花畑を吹き飛ばしながら、リリィへと迫ったのだった。

 炎の熱量に加えて、マグマの質量を伴った一撃を、『妖精結界オラクルフィールド』のみで受けるのは危険と判断したのだろう。リリィは音もなく飛びあがり、空へと逃れた。

 蜂のように素早く飛ぶリリィを追って、炎の大蛇のような『火焔長槍イグニス・フォルティスサギタ』が空を薙ぎ払う。

 宙でグルりと一回転し、かろうじてマグマの一閃をやり過ごしてから、リリィは気付いた。

 傷どころか、焦げ跡ひとつ衣服に残さない、フィオナの姿が地上にあることに。

「ふぅん、この程度は無効化できるってこと」

 というリリィのつぶやきが聞こえたワケではないが、フィオナは応えるように独り言を漏らした。

「この感じなら、『星墜メテオストライク』も一発くらいは耐えられそうですね」

 防御の秘密は、長い青髪と共に翻る、大きな漆黒のマント。生地そのものが闇夜のような黒さを持つが、今はクロノの身に宿る黒色魔力のように、薄らと黒いオーラを纏っていた。

夢幻泡影むげんほうえい

 そう、フィオナは名付けた。魔女の工房で作り上げた、対リリィ用の防具である。

 このマントに特殊な効果はない。この『夢幻泡影』は、ただひたすらに巨大な空間魔法ディメンションを持つだけの、魔法具マジックアイテムだ。

 フィオナがまだエリシオン魔法学院に居た頃、変人揃いと言われる学院教授の中に、「空間魔法ディメンションで攻撃を防ぐ」というテーマで研究をしていた者がいた。要は、自分に対する攻撃を、空間魔法が作り上げる空間に入れることで無効化する、という理論である。

 当時は「馬鹿らしい、盾を用意した方が早い」と思って見向きもしなかったし、実際、何の成果も出ていなかった。確かに魔法の空間に入れば、攻撃そのものが存在しないことになるが、魔法で形成される空間というのは非常にデリケートなのだ。空間というより、それを創り出すための術式が、といった方が正確ではあるが。

 もし、収納用の魔法具マジックアイテムに矢の一本でも飛び込んで行けば、まず間違いなく破裂する。魔法で作られた空間の壁は、それほどまでに脆いのだ。ただの袋に当たったように、矢はそのまま空間の壁を突き破って外に出てくるし、一度壊れた空間魔法は、ただ穴の開いた道具袋と成り果てる。他にも、物理的な衝撃ではなく、炎による高温、氷属性による低温、などといった温度変化や、爆発音の大きな音でも、術式によっては反応し、あっけなく崩壊する。

 そんなことは、学院に入学した一年生でも知ってるし、学の無い冒険者だって分かっている。空間魔法が施された魔法具マジックアイテムはそれなり以上に高価だ。そんなもので攻撃を受けようなんて、気が狂っているとしか思えない。

 しかし、フィオナは気付いた。学生の頃の自分では気づけなかったが、今の自分には、気づくことができた。

 確かに、空間魔法は脆い。しかし、そこに広がる空間そのものは、確かに攻撃の威力を減算させているということに。

 例えば矢であるならば、もし、矢の飛距離よりも長い空間を確保できているならば、飛翔のための運動エネルギーを失った矢はその場で止まり、結果、何事もなく収納できたということになる。空間の壁に一ミリでも当たりさえしなければ、完全なる無効化に成功できるのだ。

 つまり、空間に収納しきれるだけの飛距離・範囲を持つ攻撃ならば、たとえどんなに強力でも完全に無効化することが可能ということである。

 無論、魔法・武技のどちらにおいても、強力な攻撃というのは、大きく、速い。その破壊力の影響が及ぼさない広さとなると、相当なモノであるし、そもそも空間魔法の入り口に入るよう受けるのも難しい。

 空間魔法は決して、ありとあらゆる攻撃を防ぐ万能の盾にはなりえない……しかし、特定の攻撃だけを防ぐための特化型にすれば、実戦に耐えうると、フィオナは考えた。

 リリィ相手なら、光属性。光を消すために必要なモノ。それは『影』である。

「――そのマント、クロノの『影空間シャドウゲート』ね」

 何度目かの光矢ルクス・サギタを、広げたマントの内に取り込んで、吸収するように完全消滅させているのを見て、リリィは秘密に辿り着いた。

 かつてクロノは、イルズ村を占領した十字軍部隊を率いる司祭と戦った時、黒色魔力の黒煙を焚くことで、光の上級攻撃魔法の威力を半減させて正面突破したことがある。その話を聞いたのは、アルザスで迎撃準備に勤しんでいる頃だったか、それともスパーダに住み始めた頃か、フィオナの記憶は定かではない。

 しかし、濃い煙や深い霧の中では、晴れた空気中よりも遥かに光が遮られるということは、実体験も含めて知っている。そして、クロノの体験談も総合すると、黒色魔力で構成した漆黒の気体は、自然の煙や霧より光を吸収するのだと、フィオナは知った。

 霧の中で光矢ルクスサギタを撃たれても、威力の減算度合いは体感できるかどうかというほど僅かな程度。だが、クロノの黒煙は真正面から上級攻撃魔法を受けても無事でいられるほど威力を散らしたという。光の吸収率の差は歴然であった。

 その光を呑み込む効果を得るべく、フィオナは自分の実力でできる最大限の容量を誇る空間魔法に、一切のモノを詰め込むことなく、ただこの黒色魔力の黒煙だけで満たした。

 マントの中は、闇そのものが物質化しているかのような暗黒空間と化している。そんな場所に光矢ルクス・サギタが飛び込めば、一メートルも進まない内に白き光は雲散霧消してしまう。

「クロノさんの力を使えるのは、リリィさん、貴女だけではありませんよ」

 フィオナの返しに、リリィの笑みが凍りつく。決闘が始まってより、リリィの顔から初めて、笑顔が消えた。

 気づいたからだ。フィオナに闇属性の力は使えない。では、この『夢幻泡影』が抱える深い闇の霧は、どうやって創り出しているのか。その答えに。

「そう、そういうこと……」

 リリィの怒りが、手に取るように分かる。クロノの力を借りられるのは自分だけ。彼と身も心も一つになれる、リリィだけ。

 とんだ思い上がりだ。そう、フィオナは笑った。

「ふふ、まだ乙女のリリィさんには分からないでしょうね……男と女が一つになるって、こういうことですよ」

「クロノの愛を、淫魔の外法で汚したわね!」

「愛は力だと、教えてくれたのはリリィさんですよ。だから、ここへ来る前にクロノさんから貰ってきましたよ、愛の力を」

 女性型の淫魔、サキュバスが男と交わることで精気を吸収して力を得る、というのは冒険者でなくても知っている有名な話である。そして、そんな彼女達の生態を真似て編み出されたといわれるのが『房中術』と呼ばれる魔法系統。

 人にとって性交とは、たんなる繁殖行為という以上の意味を持つ。そこに真実の愛を見出すか、それとも本能が求める以上の快楽を得るかは、人それぞれ。そして、これに魔法の儀式としての価値を見出す者も、また存在した。『房中術』が一種の魔法系統として確立されたのは、現実に効果を発揮したからでもある。

 それは、お互いがより気持ちよくなることで心も体も満たす健全な方法論や、子宝を授かるためのおまじないといった軽いモノから、相手を快楽で狂わす精神攻撃、邪神と繋がる儀式、あるいは、若い異性から生気を奪う不老の秘法などの、忌まわしい外法まで様々な術が存在する。

 その中でもフィオナが用いたのは、シンプルにサキュバスが持つ固有魔法エクストラをそのまま再現した正統な房中術。師より知識だけ伝授されていたその魔法の名は『淫門降魔の儀リリ・ララ・リリトゥ』。

 効果は、魔力の吸収。

 サキュバスが男の精液から、相手の魔力と生命力とを奪うのと全く同じように、フィオナはクロノから力を得た。あの日の夜、神殿の病室で、フィオナはサキュバスのようにクロノから精と共に膨大な黒色魔力を搾り取ることで。

「これは、クロノさんが私を愛してくれた証。私が愛されなければ、得られない力です……リリィさんの『盗んだ力』とは、違うのですよ」

「戯言をっ!」

「羨ましいですか? これが本当の愛の力というモノですからね」

「フィオナぁああああああああああああっ!!」

 許せないのだろう。恋人、という立場さえ利用して力を得たことが。ただ強くなるためだけに、クロノを利用したことが。

 高潔なリリィのことだ。セックスを愛のある行為の他に使うことを、決して許しはしないだろう。

 だが、フィオナは違う。純粋無垢な妖精でなく、人間であり、魔女であるフィオナは。

「変わりませんね、リリィさん。その高潔さが故に、貴女は負けた――」

 勝機を見出す。リリィは怒りに任せて、真っ直ぐ突撃を仕掛けてきた。

 速い。しかも、無数に放たれる光の矢のオマケつき。怒りの感情がそのまま力となるように、魔力の気配がさらに色濃くなっていた。

 地を滑るように高速で飛んでくるリリィに向けて、フィオナは冷静に杖を振るう。

「بحزم لمنع الصخور جدار لحماية كبيرة واسعة」

 唱えるのは完全な詠唱。その分、リリィが放つ攻撃に対する防御も最低限。隙間を縫うように『疾駆エア・ウォーカー』の全力で逃げつつ、回避しきれない直撃弾は『夢幻泡影』で消す。

 しかし、その程度でリリィの飛行速度からは到底、免れえない。

 彼女が広げた両手の先には、背筋に震えが走るほどの高密度魔力で形成された真紅の光刃フォースエッジ流星剣スターソード・アンタレス』が伸びる。

「クロノの心を弄んだこと、万死に値するっ! 地獄へ落ちろ――」

 ついに、逃げるフィオナの体を捉える。刃渡り三メートルは越える巨大な剣で切り裂かれれば、『夢幻泡影』で防ぐことは叶わない。

「リリィさんの愛は重すぎるんですよ、付き合わされるクロノさんが可哀想です――」

 しかし、すでにフィオナの魔法は完成した。

 足元から広がる魔法陣は、眩しいオレンジ色に輝くマグマによって描かれる。半径十メートルは越える、巨大な魔法陣が今、その効果を現す。

「――『火神塔バーニングバベル』」

 最初に現れたのは、巨大な漆黒の門。それが、リリィとフィオナの間に突き立ち、振るわれていた『流星剣スターソード・アンタレス』の刃を防ぐ。

 灼熱の火花を散らして、暗黒物質ダークマターのような質感の門を、左右から両断していくが……フィオナの体を挟み込むギリギリのところで、ついにリリィの怒りが込められた灼熱の斬撃が止まる。

「くっ」

 一撃でこの門は切り裂けない。そう判断した頃には、フィオナの『火神塔バーニングバベル』の建設が始まっていた。

 魔法陣の外周に沿うように、門と同じく黒々とした分厚い壁が伸びてゆく。ソレは瞬く間に地上三十メートルほどの高さに達した。門の外に立つフィオナからは、その外観は歪に捻じれた、何とも不気味な黒い塔がそびえ立つのが見える。

 一瞬の内に黒い塔の内側に閉じ込められたリリィは、門を力づくで破るよりも、いまだ塞がっていない天井から飛んで脱出することを選ぶ――というのは、フィオナが予想して然るべき行動であった。

「私なりに、『妖精結界オラクルフィールド』について研究はしてきました」

 さらに杖をもう一振りすれば、リリィが天井部分を抜けるよりも早く、二重、いや、三重の魔法陣が蓋を閉めるように描かれる。

「これを破るのに効率的なのは、瞬間的な威力ではなく――」

 リリィはちょうど、塔の中間あたりで浮遊しているだろう。天井を塞ぐ魔法陣からは、すでに生身で突っ込むには危険すぎる変化が起きているのだから。

「――継続的な物理攻撃。つまり、大きな質量で押し潰すことです」

 蓋の三重魔法陣から降り注ぐのは、溶岩の雨。いや、それは最早、滝と呼ぶべき巨大な瀑布となって、真下へ叩きつけられる。

妖精結界オラクルフィールド、全開!」

 そう、叫ぶ声が聞こえた気がした。

 フィオナはこれまで、幾度となくリリィの展開する万能な光の守り、『妖精結界オラクルフィールド』を目にしてきた。肩を並べて戦ったパーティメンバーだからこそ、観察することは容易である。

 観察結果で、その性能、特性について、予想は立っていた。後は検証。そのために、わざわざ人体実験まがいの真似をしても罪には問われないだろう、悪人の妖精、ファーレン盗賊団幹部のヴィヴィアン・ズーラーを捕獲してきた。

 普通の妖精の能力の域を出ないヴィヴィアンでは、リリィとは比べ物にならないほど弱い『妖精結界オラクルフィールド』の出力しかないが、基本は同じ。

 各属性に対する耐性。打撃、貫通、斬撃、様々な物理耐性。叩きつけるような落下はどうか。高速で振り回せばどうか。他にも、急速加熱、急速冷凍による温度変化。鼓膜が破れるほどの大音量を浴びせる。ただ、一切光の差さない暗闇の中に放置する、なんてことも試した。

 そんな数々の実験を経て、フィオナは『妖精結界オラクルフィールド』の解明を進める。

 その結果に辿り着いたのは、さして難しくもないシンプルな攻略法――それが『潰す』ことである。

妖精結界オラクルフィールド』は、相手の攻撃の瞬間に合わせて魔力を集中することで、防御能力を何倍にも引き上げている。これは妖精本人の意思によらず、自動的に発動するものだと結果がでていた。妖精女王イリスが守っている……というよりは、単純に衝撃などに反応する術式構成が組まれているのだとフィオナは推測している。

 これのお蔭で、本人の不意をついても、『妖精結界オラクルフィールド』は十全にその防御能力を発揮する。魔術士の誰もが憧れるような、万能な全方位型防御魔法である。

 なるほど、隙はないし、瞬間的な防御力も高いが、継続的にダメージが入ればどうなるか。

 まずは、沸騰させた湯に沈め、難なく防ぐことを確認。次には、さらに温度を上げてグツグツに煮えたぎった油の中へ投入。これも防ぐ。最後には鍋そのものを加熱するための炎で炙る。これにも耐える、が、いつまでも耐えられそうにはなかった。

妖精結界オラクルフィールド』の展開には、当然、自身の魔力を消費する。強い攻撃をガードすれば、魔力を集中的に行使した分だけ、消費量も上がる。そして、魔力を集中しなければ防げないような威力を加え続ければ、加速度的に魔力は消耗させられる。

 この辺は、通常の結界系防御魔法にも共通する部分だ。クロノもグラトニーオクト戦で、滞留する毒ガスを防ぐためだけに、莫大な魔力消費の『鋼の魔王オーバーギア』を張り続けてピンチになったと語っていた。

 ならば、リリィの潤沢な量の魔力によって形成される、強固な『妖精結界オラクルフィールド』を破り切るには、何が良いか。

 その答えが、『火神塔バーニングバベル』である。つまり、逃げ場のない塔の内側に閉じ込め、灼熱のマグマに沈める。リリィの機動力を封じると同時に、『妖精結界オラクルフィールド』破りの大質量攻撃。

 今、この塔の内部はただ容量一杯分のマグマで満たされているだけでなく、上下からは押し潰すような圧力も加えられている。マグマは怒涛のように注ぎ込まれ続けながらも、決して塔からはあふれ出ないよう、どんどん高圧に圧縮されてゆく。

 とても、人が生きていられる環境ではない。

「どうか、このまま静かに眠ってもらえませんか、リリィさん」

「――冗談じゃないわ」

 その瞬間、『火神塔バーニングバベル』の半ばが吹き飛んだ。

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