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黒の魔王  作者: 菱影代理
第30章:妖精殺し
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第586話 頂上決戦

「――『愛の女王オーバーエクスタシー』」

 そうつぶやいたリリィは、刑に処される極悪人を見るかのような目で、仰向けに倒れ込んだネルを見下ろしていた。

 アリーナに伏したネルの体には、一切の傷痕も汚れもなく、綺麗なまま。まるで、ここが自室のベッドであると信じ込んでいるかのように、自ら静かな眠りについたようにしか見えない。

「幸せそうな顔ね、ネル」

 事実、幸せなのだろう。およそ、自分が考え得る最大の幸福の中に、ネルはいる。それは、たとえ偽りであったとしても、自ら望み続けてしまうほど、甘く、優しい……『夢』なのだ。

「気に入ってもらえたかしら。これが第四の試練『色欲の世界ラストローズ・ラビリンス』よ」

 リリィは、ネルを舐めていたワケではない。古流柔術を修め、『天空龍掌「蒼天」「紅夜」』という国宝級大魔法具アーティファクトを装備した彼女は、こと接近戦においてはサリエルさえ凌駕すると、高い戦力評価を下していた。正面から戦えば、苦戦は必至。最悪の場合、敗北もありうる。

 だからこそ、リリィは全身全霊をかけて、ネルただ一人を倒すためだけの巨大な罠を作り上げた――それが、この『色欲の世界ラストローズ・ラビリンス』である。

「ネル、貴女はランク5に相応しい強さを持つ実力者、クロノと肩を並べて戦えるだけの力がある。それでも貴女は、一番弱い」

 この罠は、クロノとフィオナならば一目見れば瞬時に見抜ける。そう、ラストローズを倒した者だけは、このアリーナを囲う壁をはじめてとして、闘技場の随所に施されたバラと茨の装飾文様が、視線による催眠誘導の魔法陣であると気づけるのだ。

 無論、本物のラストローズではないリリィに、あのアスベル山脈の洞窟と全く同じモノを用意することはできない。リリィの天才的な魔法の才能をもって魔法陣を計算・配置したとしても、催眠効果は本家より一段も二段も劣る。

 しかし、それでも『エレメントマスター』全員を夢の世界に閉じ込めた最強の幻術を再現せしめたのは、第四の加護『愛の女王オーバーエクスタシー』の真の威力である。

 クロノはまだ、精神防御に使うのがせいぜいで、本来の使い方である性交による様々な魔法効果を引き出すこともできていない。だが、生まれながらに強力なテレパシーを固有魔法エクストラとして持つ妖精のリリィは、クロノよりも遥かにこのテの能力の扱いに長ける。クロノに先んじて、幻術に応用できたのは半ば当然の結果であった。

 準備は万端。しかし、成功するかどうかは半分、賭けのようなものでもある。

 三人を上手く分断できるかどうか。ネルを、用意した転移魔法の罠にかけられるか。そして何より、彼女に幻術を悟られない、かつ、催眠状態に陥るまでの戦闘時間を耐えられるか。

 ネルとの一騎打ち。激しい戦闘の半ばまでは、全て現実に起こっていたこと。リリィは『愛の女王オーバーエクスタシー』を密かに使用し続けることで、戦いながらネルを幻術の罠にかける。加護を一つ使っているため、他の加護を使えないのが厳しかった。サリエルを圧倒できたのは、『炎の女王オーバードライブ』でパワーを補い、『雷の女王オーバーアクセル』で見切り、『嵐の女王オーバースカイ』で速さに追いつけたからこそ。いざという時のために『鋼の女王オーバーギア』という保険もある。

 クロノの加護ナシでネルと渡り合うのは危険の連続だったが……リリィは勝った。自身の強みを最大限生かし、ネルの『弱点』を突くことに成功した。

「学習しないわね、これで三度目よ。貴女のその過ぎた色欲が自らを滅ぼすのだと、思い知りなさい」

 ネルの弱点。それは、クロノに対する強烈な色欲である、とリリィは考えた。

 密かにクロノに自分のスプーンを使わせては楽しんでいたことをネタに脅したのは、記憶に新しい。ガラハド戦争が始まる直前、まだ一年も経っていない。

 それから、フィオナの口車にまんまとのせられて、あの時のクロノに一番やってはいけない迫り方をして、本気で拒絶されたことなど、ついこの間のこと。

 ネルはクロノへの恋心と共に芽生えた性欲に振り回され、二度も恋のライバルに手酷い敗北を喫している。そして、今回もまた彼女の強烈な性欲が、決定的な敗因となるのであった。

「貴女は決して目覚めない。あの甘美な幸せの世界からは、絶対に自ら抜け出せない」

 リリィでさえ、あの小さな森の小屋で永遠に続くクロノと二人きりの生活を、夢幻だと見ぬいて目覚めることはできなかったのだ。まして、性的な快楽を刺激することに特化したラストローズの淫夢である。その素晴らしい世界を、ネルが手離せるはずがない。

「愚かな女。その醜い劣情が、貴女を大切に思う人の気持ちさえ無駄にしてしまうと、気づきもしないのだから――」

 リリィは最後の詰めも誤らない。伸ばした手に殺意の光は宿らず、そっと優しく、ネルの体に触れる。

 僅かにはだけた白衣の襟元から、蛇のようにスルリとリリィの手が入る。自分にはない大きな胸の谷間を経て、中をまさぐると、目的のモノは見つかった。それはアヴァロンのお姫様の心を守る、最後の盾である。

「――『心神守護の白羽根アリア・ガードフェザー』のことは、知っているの。うふふ、クロノが教えてくれたから」

 リリィが幻術をかけるにあたって、最も警戒したのがこの精神防御の大魔法具アーティファクトである。その威力は、数多のモンスターを支配して一大軍団を築き上げる強力な寄生パラサイト能力を持つランク5モンスター、スロウスギルの寄生を一発で弾くほど。

 もし、この『心神守護の白羽根アリア・ガードフェザー』に反応されれば、如何に『色欲の世界ラストローズ・ラビリンス』といえども、破られる可能性は高い。

 だが、勝算はあった。

「プラスの効果は打ち消さない。気の利いた能力が、仇となったわね」

 魔法防御の効果というのは、多岐に渡る。ただ一枚の壁を生やすものもあれば、街全体を覆う巨大な結界もある。悪霊など霊体にのみ効果を発揮するタイプもあれば、あらゆるモノを遮断するタイプもある。

心神守護の白羽根アリア・ガードフェザー』の効果をより厳密に区分するならば、外部からの精神的干渉を遮断・排除する防御能力に加え、味方からの援護、すなわち治癒魔法に代表される、所持者にとってメリットのある効果の魔法に関しては防がない、という自動的な選択性を有している。

 これはかなり高度な機能であり、大抵の精神防御系魔法具マジックアイテムにはないものだ。治癒魔法など味方の支援効果もまとめて遮断・阻害してしまうタイプが多いからこそ、冒険者が必ずしも防御系魔法具マジックアイテムを身に着けているとは限らない。

 しかし、リリィはその利便性を突破口として幻術をかけた。つまり、『色欲の世界ラストローズ・ラビリンス』は、一種のヒーリング効果のある幻術であると誤認させたのだ。『心神守護の白羽根アリア・ガードフェザー』の選択機能を騙した、というよりは、ネル自身が望んでしまったが故に、幻術の効果を受け入れる結果となったというべきだろう。

 リリィを倒す、という願いを叶えさせ、そこから始まる、全てが自分にとって都合よく事が運ぶ理想の未来像を見せることで、もう現実に戻れない深みにまで嵌める。

 今、念願かなってクロノとの結婚初夜を迎えるところまできたネルは、何が何でもこの甘い幻を終わらせまいと必死に願っているだろう。彼女が願うが故に、『心神守護の白羽根アリア・ガードフェザー』は応えない。

「そして、この羽を失った貴女には、もう幸せな夢を見せてあげる義理はないの――」

 取り出した『心神守護の白羽根アリア・ガードフェザー』を、赤い光の魔法陣で描かれる空間魔法ディメンションに放り込むと、その代わりに、別な魔法具マジックアイテムを取り出した。

 それは、飾り気のない真っ白いリング。他でもない、人を操る最低最悪の魔法具マジックアイテム、『思考支配装置フェアリーリング』であった。

「――永遠の悪夢、見せてあげる」




「おめでとうございます、ネル姫様! 元気な御子にございます!」

 ついに、私はクロノくんの子供を産んだ。記念すべき第一子誕生。女として、母として、子を産むという大きな役目をひとまずは果たしたことに、安堵する。世継ぎを待望される王族の娘という立場もあって、私はそれなりに重圧のようなものも感じていました。

 けれど、そんな不安など些細なものです。だって、私はこんなにクロノくんを愛しているし、クロノくんはあんなに私を愛してくれるのです。愛し合う二人の間に子供が生まれるのは、運命神が定めなくても決まりきった絶対の理。

 つまらない不安やプレッシャーなど、どうでもいい。今はただ、素直に私とクロノくんの愛の結晶が無事にこの世へ生まれ出でたことが、この上なく嬉しい。

「ネル、体の具合はどうだ? よく頑張ったな、ありがとう」

「はい、私は大丈夫です……良かった、無事に産むことができて」

「ああ、元気な女の子だ」

「一姫二太郎、ですね」

「ははは、気が早いな」

 だって、そんなクロノくんの顔を見たら、またすぐに欲しくなってしまうのです。欲しい、貴方の子供が。もっと欲しい、貴方との愛の証が。こんなに幸せで、こんなに気持ちがいいなんて、ああ、なんて『愛』とは素晴らしいものなのでしょう。

「クロノくん、顔を、見せてくれませんか」

「俺とネルの娘だ、凄い美人だぞ」

 そう微笑みながら、クロノくんが抱きかかえる娘の顔をベッドに横たわる私に見せてくれる。

清潔な真っ白い絹の織布から、光り輝くような女の子の小さな顔が覗く。

「……えっ」

 輝くような? 違う、彼女は、本当に光輝いている。

「どうだ、ネル」

 真っ白い光のヴェールに包まれた、小さな女の子は、輝く白金の長髪に、煌めくエメラルドの瞳を持つ。

「妖精のように可愛らしいだろう」

 そして、彼女の背中からは赤い靄のようなものが立ち上り……やがて、血のように真っ赤な、禍々しい蝶の羽と化す。

「そうだ、ネル、この子の名前は――」

 違う。

 娘じゃない。

 私とクロノくんの、子供じゃない。

 違う、何で、どうして。

 だって、この子は、いいや、この女は――

「リリィにしよう」

「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああっ!!」




 フィオナは静かに、その時を待っていた。全ては、予定通りに進行している。

 サリエルが起動させた『歴史の始まりゼロ・クロニクル』の転移機能を利用して、一気にリリィが操る天空戦艦にまで乗り込んだ。これが作戦の第一段階。

 奇襲の勢いでそのまま倒し切れれば楽だったのだが、流石にリリィはその程度の不測の事態では揺らがない。

 整然と反撃を開始したリリィと激しい攻撃魔法の応酬を繰り広げた末に、フィオナは彼女が発動させた結界に閉じ込められてしまった。

「むぅー、ここは通さないよー」

 と、フィオナの前で両手を広げて通せんぼのポーズをとる、幼女リリィ、のような姿をした存在が、その結界である。

 赤い光の霊体で構成されているその体は、リリィによく似ているが、あくまで姿を似せただけのニセモノであることを現していた。

 つまり、コイツがエンヴィーレイと呼ばれる、クロノの最後の試練で倒すべきモンスターなのだと、フィオナはすでに察している。

「通りませんよ。どうやら、私では破れないようですから」

「でしょー、シャングリラの結界は凄いんだからね!」

 どこまでも、フィオナのよく知る幼女リリィと同じような反応をするのが鼻につく。ニセモノのくせに。

 イラついたところで、目の前にいるエンヴィーレイは霊の本体ですらない、単なる光魔法で姿が映し出されているだけの影でしかない。燃やして灰にすることはできない。逆に、コレが何らかの攻撃をすることもできない。

 リリィはフィオナをここに閉じ込めるための強力な広域結界を、エンヴィーレイに任せることで発動させている。

 恐らく、エンヴィーレイはリリィが真の姿を保ち続けるための魔力供給源であろう。強大な力と知性を宿すドラゴンなどのモンスターは、人と契約を交わすことで力を貸す、ということがある。それと同じように、リリィはエンヴィーレイと契約を交わすことで、莫大な魔力を手に入れたのだと、フィオナは解釈している。

 判明したリリィの力の秘密を、三角帽子の中のメモに残しつつ、フィオナは改めて自分を閉じ込める巨大な結界を観察する。

 広さはちょうど、この天空戦艦をすっぽり覆い隠すほど。フィオナは広大な甲板のど真ん中に取り残される形となっている。

 この結界は、リリィ本人の魔法ではなく、天空戦艦に備わった防御機能だと推測される。現代より遥かに優れた魔法文明が作り上げた巨大兵器が持つ結界である。さしものフィオナも、これを力づくで破ろうとは思わなかった。

そんな大げさなモノを発動させるには、相当量の魔力と制御が必要だから、エンヴィーレイに任せなければいけなかったのだろう。

 分断されたのは、何も自分達だけでなく、リリィもまた身を削っていたということだ。エンヴィーレイを離れさせたリリィが、どこまで全力で戦えるのか分からないが、元のようにある程度の時間制限が課されることは間違いない。

 こうして閉じ込められたのは、完全にリリィにしてやられた形ではあるが……想定の範囲内。それも、かなりマシな方だ。

 フィオナはさして魔力を消耗することも、負傷することもなく、リリィとの戦闘を一時中断することとなった。戦力の温存としては理想的。それに、確認すべき点の裏付けもとれている。

 まず、このあらゆる加護を失うといわれる神滅領域において、フィオナが黒魔女エンディミオンの力の発露たる『悪魔の存在証明ノワール・タブー』を正常に発動させられたこと。

 リリィの戦闘能力は妖精本来の固有魔法エクストラによる。それ故に、妖精女王イリスの加護の影響も大きい。彼女が十全な能力を発揮するためには、何としてもイリスの加護を確保する必要があったはずだ。

 それでもリリィが『神滅領域アヴァロン』に拠点を構えたということは、この加護消失という強大なフィールド効果を無効化することに成功したからに他ならない。

 それがどのような方法であるか確定はできないが、最も可能性があるのは『教会を建てる』ことである。シンクレア共和国は侵略した地域には必ず教会を建てる。それは単に征服の証ではなく、白き神の加護を得る、つまり十字教の勢力圏に組み込むための、一種の魔法儀式・装置であるからだ。

 この手法は何もシンクレア共和国だけのものでなく、アーク大陸ではどの国にも見られるものであり、パンドラ大陸でも人の勢力圏には必ず何かしらの神殿を建設する文化があることは、神学校の授業で知り及んでいる。

 要するに、リリィは神滅領域アヴァロンの中に、彼女が『楽園』と呼ぶ妖精女王イリスを祭る神殿を築き、その範囲内のみは加護を使えるようにしたのだ。

 しかし、あらゆる加護を消失させる、という神滅領域のフィールド効果はここにしかない非常に特殊なものである。他の加護を無効化させるには、聖地として数多の人から崇められるだけの強力な信仰と巨大な龍穴という、二つの条件が必要となってくる。神殿一つだけでは、他の加護を無効化するほどの強力な影響力は得られない。

 つまり、リリィの楽園内であれば、フィオナもまた加護が使えるということ。無論、多少はリリィの方が引き出せる力は大きくなり、フィオナの方は小さくなるが、勝敗を決するほど大きな問題ではない。

 ここに転移して『悪魔の存在証明ノワール・タブー』の発動に成功したフィオナは、これで不安要素の一つが消えたと、密かにほくそ笑んだものである。

「もう、そろそろかと思うのですが……」

 ここでできる準備は全て終えた。天空戦艦に破壊工作を仕掛ける余力も魔力もない以上、あとはもう待つだけ。フィオナはぼんやりと青白い光のヴェールとなって見える結界の檻を見つめながら、身じろぎ一つすることなく、甲板に備えられた大砲、それもリリィが使っていたものとは比べ物にならないほど超巨大な三連装砲の先端に腰掛け、大人しく待っていた。

「ねーねー、寝てるのー?」

 エンヴィーレイは基本無視。

 たまに、無意味に話しかけてくるリリィを似せた悪霊の他に、聞こえてくる音はない。自分を閉じ込めたリリィは、サリエルとネルを先に始末するべく飛んで行ったが、爆音も閃光も何も感じられない。ここだけ時が止まっているかのような、不気味なほどの静寂。

 なるほど、これが嵐の前の静けさというものか。

 しみじみ、そんなことを感じ入っていると、ついに、その時が訪れる。

「――お待たせ、フィオナ」

 青白い広域結界が消えると共に、真紅の光を纏う妖精少女が燃える天より降り立つ。

「いえ、それほどでも、リリィさん」

 まるで、これから一緒に買い物にでも行くかのような気安い返答。

 頭にかぶった三角帽子を直し、まだあまり着慣れない大きな黒マントの襟元を正し、フィオナは三連装主砲の砲口から甲板へと飛び下りた。

「「原罪よりも深き悪――『黒魔女・エンディミオン』・『悪魔の存在証明ノワール・タブー』」

 二度目の加護、発動。

 甲板へ軽やかな着地を決める頃には、フィオナの青い髪は腰元に届くほどにまで伸び、水晶のように透き通った美しくも禍々しい二本角が生え、黄金の悪魔の瞳を持つ魔人の姿へと変身を完了させていた。

「おかえり、リリィ!」

「無事に役目は果たせたようで、一安心だわ。ありがとね、レイ」

 フヨフヨと宙を飛んで、リリィの下へエンヴィーレイが戻る。

「本当に、限られた力でサリエルとネルを倒してきたようですね」

「時間ギリギリだったけれど。二人は弱点がなければ倒せない、強敵だったから」

 優雅に笑って見せるリリィに、疲労の色は見えない。ただの余裕か謙遜か、いや、事実、サリエルもネルもリリィに対して相応の消耗は強いたはず。

 ただ、それを隠せるだけの余裕が、まだリリィが持っているというだけのこと。

「でも、フィオナ、貴女だけは私も全力を尽くさなければ勝てないわ――さぁ、レイ、行くわよ」

「はーい! 頑張ってね、リリィ!」

 エンヴィーレイの体は完全に真紅の光と化して、吸いこまれるようにリリィの体へと消えていった。

 憑依完了、といったところか。リリィの全身から、薄らと不気味な赤いオーラが漂い、その背に生やす蝶の羽も、禍々しい輝きが一段と増した。

 なにより、フィオナの肌にはリリィから発せられる強烈な魔力の波動がビリビリと感じられてならない。エンヴィーレイを身に宿すリリィに、最早、時間制限はない。

 その力は、正に使徒と呼ぶに相応しいだろう。白き神ではなく、妖精の神に選ばれし、愛の使徒。

 ついに、フィオナは本気になったリリィと正面から対峙する。

「いつか、この時が来ると思っていたの」

「ええ、私もですよ」

 嫉妬に狂っているはずのリリィはしかし、どこまでもフィオナの記憶にあるような、優雅な微笑みを浮かべている。

「フィオナ、貴女は私の一番の親友だわ。それは、今でも変わらない」

「私にとっても、リリィさんはただ一人の親友ですよ」

 不思議と、心は落ち着いている。

 迷いはない。だから、交渉も説得も、しない。する必要性がない。

「これが、最後の戦いよ。さぁ、かかって来なさいフィオナ。貴女の全て、受けて立つわ」

「はい、リリィさん、行きますよ」

 なぜなら、これは運命なのだから。クロノという男を愛したその時から決してしまった、変えようのない、宿命。

「堕ちろ、原初の残り火へ『煉獄結界インフェルノ・フォール』」

「『妖精結界オラクルフィールド』、全開」

 妖精リリィと魔女フィオナ。一人の男を賭けた純粋なる愛の頂上決戦が、始まった。

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[一言] ネルはさぁ…
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