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黒の魔王  作者: 菱影代理
第30章:妖精殺し
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第585話 ネルの幸せ

「んっ……ここは……」

 目を開けると、全く見覚えのない光景が映る。

 広い円形のアリーナに、周囲を囲む無数の観客席。一見すると、闘技場のようだ。これも古代の趣味なのか、全体的にバラをモチーフとした装飾が施されている。アリーナを囲む壁面には魔法陣でも描くかのように茨が複雑に絡み合うように伸びており、美しくも異様な雰囲気を醸し出している。

 けれど、頭上に広がる赤一色の空が、いまだにここが神滅領域アヴァロンの中であることを示していた。

「まさか、転移トラップにかかるとは……不覚、ですね」

 すぐにネルは状況を理解した。

 ついに目の前に現れたリリィに向かって突撃を仕掛けた瞬間、背後から察する危険の気配。砲撃だ、と気づいた時には遅かった。ガードしつつ、咄嗟の回避も成功していたが、対処できたのは砲撃のみ。着地したその先、足元に白い光が瞬いたことで目を閉じ――そして、その輝きが確かに円形の魔法陣を移す鏡のようなモノであったことを、今、ようやく思い出した。

 どうやら、リリィは自分を転移魔法の罠にかけて、サリエルとの分断を図ったらしい。してやられた、とはこのことか。

 転移トラップの存在は有名だ。実際に設置、作動しているダンジョンは少ないのだが、一瞬にして別の場所に飛ばされてしまう劇的な魔法効果から、落とし穴や落ちる天井などと並んで、一般人でも知られるダンジョンにある定番トラップとして認識されている。

 少数であるが故に、実際に体験している冒険者もまた少ないのだが、『ウイングロード』として仲間達の無茶に付き合ったことで、ネルはその数少ない体験者の一人となっていたりもする。初めての時は、それはもう驚いたものだが……二度目となると、ただ「しまった」と反省するより他はない。

 しかし、すでにリリィとの戦端が開かれてしまった現状、反省も後悔も後回しにして、即座に行動に移らなければならない。

 ダンジョンの転移トラップは、確認されている限りでは全て転送範囲はダンジョン内に限定されている。国や地域を超えて飛ばされることはなく、同じ古代の魔法装置によって転移を発動させている以上、今回のも同様であろう。

 よく見れば、セレーネコロシアム並みに高くそびえる観客席の向こう側に、シャングリラの船影があることに気づいた。やはり広大なリリィの拠点の中にまだといると見て、間違いない。

「この距離なら、フィオナさんの方が近いでしょうか……」

 真面目に最短での合流を考えるが、フィオナと二人きりってちょっと、と思わずブレーキがかかってしまう。

「いえ、あのリリィさんの危険性を考えると、背に腹は変えられませんね――っ!?」

 咄嗟に掲げた右手が、矢のように硬い、いや、そんなモノとは比べ物にならないほどの硬さと速さとを併せ持つ金属質のモノを弾いた。

 生身で喰らえば、胴体に大穴が空くほどの威力はありそうだったが、アヴァロンの国宝『天空龍掌』の『紅夜』を纏うネルの右手には、子供が投げた小石よりも弱い衝撃しか伝わらない。

「クロノくんの魔弾バレットアーツに似てますけど、黒魔法ではありませんね」

 本物の金属物質で構成された弾丸が放たれている。ついでに、弾いた箇所がバリバリと僅かに紫電が走ったのを見て、雷属性の魔法を利用して射出されたことが分かった。

 そして、目にも止まらぬ射撃の不意打ちを受けながらも、すでにして発射点を見切ったネルは、ゆっくりとそこへ視線を向けた。

「たった一人の女性を相手に不意打ちとは、騎士にしては無作法が過ぎますね。けれど、リリィさんの手先としては相応しい振る舞いというべきでしょうか」

 すでに発見され、隠れる意味はないと悟ったか、ゆっくりとアリーナを囲む観客席の中段辺りから、大きな黒い人影がのっそりと立ち上がる。

 鋼のような鈍色の装甲に身を包んでいるが、その色合いには光沢がなく、また、道中で何度も相手をしてきたアヴァロン騎士とは、全く意匠の異なる鎧姿であった。これまでのアヴァロン騎士は、現代にも通じる騎士のイメージに相応しい、由緒正しきデザインの鎧兜だ。しかし、こちらはアサシンスーツのようにピッタリとした衣服の上に、流線型の装甲を各所に供えた、アヴァロンにも他の国にも見られない、独特な造りをしている。兜も頭部全てを覆う丸いフルフェイス型で、顔は見えない。

 そして、手にするのはクロノが銃と呼んでいるような、長い金属の筒型の武器。まず間違いなく、自分を撃ったのはアレであろう。

 鎧姿も装備する武器も、全く奇妙な異国風、いや、古代風というべきか、そんな装いであるが、何故か、腰に下げている長剣だけはよく見慣れたアヴァロンの伝統的なこしらえをしていた。

 不思議な武装であるが、飛ばされた先に待ち構えていたかのように狙撃を仕掛けてきた以上、リリィがこの場に潜ませていた伏兵とみて間違いはない。

 対する灰色の騎士は、居場所と正体とを見破られたことに何ら動揺する様子もなく、再び長大な銃を構えて、ネルに狙いを定めてきた。

「無駄ですよ」

 再び響く、金属を弾く甲高い音。一つではなく、二つ。

 二連射、否、同時発射。

 発見した灰色騎士の反対側にあたる観客席から、さらにもう一人が同じタイミングで、同じ銃で撃ってきたのだ。

「この程度、私には通じません」

 完全にネルの背中を捉えていたはずの、二人目の襲撃者が放った弾丸は、伸ばされた左腕、『天空龍掌』の『蒼天』が宿す『吸収ドレイン』能力によって、完全に受け止められていた。

 鋼鉄の盾も貫通しそうな威力をもたらす、速さも雷も、その全てを白竜の爪の前に雲散霧消し、ただ物質として残される小さな金属の弾だけが、虚しく地面に転がり落ちる。

 一方、面と向かっていた一人目の騎士に対して向けられているのは、同じく『紅夜』の右腕。

 さっきは咄嗟の攻撃だったため、弾くことしかできなかったが、撃たれると分かっていれば、反撃も可能。

「少しでも私を足止めしようと思うのならば、その腰に下げた剣を抜いてかかってくるといいでしょう」

 挑発ではなく、単なる事実の指摘であった。

 なぜなら、ネルに対して銃撃は無意味。それ以上に、すでに銃撃できない状況となっていた。

 灰色騎士が構える銃が、壊れていた。銃身が捻じ曲がるように、破裂している。

 ネルは反撃で攻撃魔法を放ったワケではない。彼女はただ『紅夜』が宿す『反射リフレクト』をそのまま使ったに過ぎない。つまり、撃ちこまれた弾丸を、そっくりそのまま同じ弾道を辿るように弾き返したのだ。

 放ったはずの弾丸が、銃口に飛び込んできたという、冗談のような破壊方法。しかし、ネルと『天空龍掌』の性能とが合わせれば、造作もないことだった。

「潔いことです」

 ネルの言葉を真に受けたのか、それとも冷静に銃撃は無意味であると判断したか、灰色騎士は壊れた銃をその場に投げ捨てるや、真っ直ぐ走り出しアリーナに飛び込んだ。その着地音は、一つ、二つ。背後の二人目も、同様に接近戦を挑む選択をした模様。

 アリーナの中央で、剣闘士の王者の如く堂々と立つネルに対し、挑戦者たる二人の騎士は真正面から、それぞれ武器を抜いた。

 二人が身に纏う古代の鎧兜は全く同じもので、身長体格も図ったようにピッタリと同じに見える。入れ替わればどっちがどっちか分からなくなる姿であるが、手にした武器だけは異なっていた。

 一人目の灰色騎士は長剣。二人目の方は、レイピアであった。両者の剣は何の変哲もない、ありふれた通常市販品ノーマルグレードにしか見えなかったが、それぞれ全く同じタイミングで鞘から抜き放った瞬間、ネルの鋭い第六感はすぐに異常を察知した。

「呪いの武器、ですか」

 薄らと、しかし、ギラつく鋼の刃には黒い靄のようなモノが纏わりついている。

 クロノが扱う大鉈や大剣に比べれば、全く話にならないほど弱い呪いの気配だが、それでも呪いは呪い。使いこなせるならば、確かに、下手な魔法武器よりも強力である。

 リリィがわざわざ部下に持たせただけはある、と思ったが、少々事情が異なるとふと気づく。

「見覚えがあると思ったら、それは呪物剣闘大会カースカーニバル無銘ネームレスですね」

 正解、という言葉の代わりに、二人の背後からさらに七人の灰色の騎士が姿を現し、アリーナへと登る。

 やはり一様に同じ鎧姿だが、手にする無銘ネームレスは異なる。

 ダガー、曲刀、手斧、バトルアックス、槍、ハルバード、トライデント。これに長剣とレイピアを加えれば、間違いなく、クロノが呪物剣闘大会カースカーニバルで手に入れた九本の呪いの武器であった。

 しかし、大会の時よりも強く呪いのオーラを色濃く発していること、そして、微妙に刃の色つやや細かい装飾、あるいはサイズなどが異なっていることから、九本全てがすでに無銘ネームレスから進化を果たし、名前の付く固有武器と化していると推測できる。

 それぞれ禍々しい輝きを放ちながら、呪いの刃を構えた瞬間、彼らの体が一回り大きく膨れ上がった。身体強化系の魔法か薬か、いや、どうやら秘密は古代の鎧にあるとネルは見抜く。

 モンスターの中には、怒ったり、威嚇状態に入ると、筋肉が膨れて体格が二回り以上も大きくなるような種もいる。原理としては、それと似たようなものであろう。鎧の下に着こんでいるアサシンスーツのような衣服が、筋肉の代わりに膨れて、パワーアシスト機能を果たしているといったところか。

「『生きるリビングデッド』に呪いの武器、おまけに古代の強化鎧まで持ち出してくるだなんて、本当に、リリィさんの本性をそのまま現すシモベですね」

 相手が自分の意思を持たない屍霊術ネクロマンシーで創造された僕であるならば、万が一にも敵に降伏することなどなく、最後の一体となっても戦い続けることは間違いない。

 恐怖心もなく、痛みも感じず、魔力がある限り動き続ける、理想の兵士に近いソレは――だからこそ、面倒くさい。ネルの口から、兄貴譲りの重い溜息が一つ零れた。

「戦巫女として、その忌まわしき体、浄化してさしあげましょう」

 そうして、ネルは九体もいるリリィの人形を、順番に叩き潰す『作業』を開始した。




「ふぅ……」

 大きく息を吐いて、ネルは残心を解いた。アリーナには九人分の惨殺死体が点々と転がる。一見して死亡が明らかなほど、激しい損壊具合。

 アンデッドモンスターは痛みを感じないため、多少の傷では怯みもしないし、より高度な術式、高密度の魔力を宿す場合などは、急所を突いても動きつづけることもある。普段よりも念入りにダメージを与えて倒すのは、対アンデッド戦でのセオリーだ。

 全く無傷でさして消耗もなく、一方的に片付けることはできたが、ネルの内心はあまり穏やかではない。

「少し、時間をかけすぎてしまいましたね」

 足止め、という意味では、彼らは見事にその役目を果たしたといえるだろう。呪いの武器と強化鎧、あとは気合いと根性とで、ネルの時間を奪い去ることに成功したのだ。

 そんな彼らの健闘を讃えるかのように、パチパチ、と小さな拍手が響きわたる。

 無論、ネルではない。

「よくやったわ、貴方達」

 振り返り見れば、そこに、赤く輝く妖精少女が降り立つ。

「リリィさん」

「最後は貴女の番よ、ネル」

「……最後?」

「サリエルとフィオナは、もう片付けてきた。だから、貴女が最後」

 そんな馬鹿な、早すぎる。思う反面、今ここで消費してしまった時間を思えば、あながち不可能ではないのかもしれない。

 自分はまんまと転移トラップにかかってしまったが、もし、それが即死級の仕掛けであったとすればどうか。まして、ここはリリィの拠点。どんな凶悪な罠が他にあるか、分かったものではない。

「そうですか。だから、そんなにお疲れなのですね、リリィさん」

 しかし、仲間の敗北を前にネルは余裕を崩さない。

 リリィはさっき見た時と同じく、怪我どころか、汚れ一つも見当たらない小奇麗な姿のまま。けれど、感じる魔力の気配は、明らかに弱くなっている。

 すまし顔で取り繕っても、隠し切れない疲労の色が、ネルには分かった。

「気遣いはいらないわよ、大した問題じゃないから」

「余裕、なのですね」

「余裕なんかないわ。二人は強敵だったもの」

「……あまり、私を舐めないで欲しいものです」

「うーん、これは舐めているとかいないと、そういうことじゃなくて、ただの事実なの」

 ゆっくりと、リリィは白と黒の二丁を構える。

「だって貴女、一番弱いんだもん」

 彼女の嘲笑を見るのは、何度目になるだろうか。

 けれど、これほど怒りを覚えたことはない。そう、ネルは怒った。酒場で酔っ払いの安い挑発に乗る荒くれ男のように、後先考えず。

 何たる浅はかさ、何という愚かしさ。

 だがしかし、ここで怒らないと嘘だ。

「そういうのを、舐めていると言うのです……」

 弱い、とは純粋な戦闘能力のことではない。リリィが言っているのは『愛』の強さである。

 貴女が一番弱い。つまり、フィオナよりも、サリエルよりも、そして、リリィよりも、ネルが抱くクロノへの愛は弱い。はっきりと、比べて分かるほど明確に、ネルの愛は劣っている。

「思い知らせてあげます、リリィさん、私が一番、クロノくんを愛しているのだと――破ぁっ!!」

「あはははは、分からせてあげるわ、ネル、この私がクロノの一番なんだって! 今までも、これからも、そう、未来永劫、クロノの一番は私! クロノは、私だけのモノなんだからっ!!」

 そうして始まる、最愛を賭けた一対一の決闘。

 弾ける光と衝撃波。床が割れ、壁が砕け、時には観客席にまで飛び込んで、二人は己のチカラをぶつけ合う。

 延々と続く、死の舞踏。天使と妖精はアリーナの上で踊り狂うが、やがて、終わりの時は訪れる。

「ふっ、ふふ……あはははは!」

 勝った。

「私の勝ちです、リリィさん」

 ネルの右腕が、リリィの薄い胸板を貫く。引き抜けば、白竜の爪は赤く染まり、ぽっかりと空いた風穴から、鮮血がとめどなくあふれ出る。

 力が抜けたように膝から屈するリリィは、前のめりに倒れ込み……最後に、赤い蝶の羽が生命力を失ったことを示すように、燐光となって弾けて消えた。

「……」

 物言わぬ躯と化したリリィを見下ろす。こうなってしまえば、怒りも恨みも、湧き上がりはしない。この小さく可憐な妖精少女が、愛に狂った末に、こんなダンジョンの奥地で果てることに、ネルは憐れみさえ抱いた。

 もし、リリィがクロノを諦めていれば。いや、最初から好きになんてならなければ、別な男を愛したならば……こんな悲劇は起きなかった。そんな無意味な「もしも」を考えてしまうほど、ネルはリリィという恐ろしくも強大な少女の死を悼んだ。

「さようなら、リリィさん。クロノくんのことは、全て私に任せてください。私が必ず、彼を幸せにしますから」

 そうして、ネルは寂しくも誇り高き愛の凱旋を果たした。

スパーダに戻り、クロノへ全ての事情を打ち明ける。苦しい役回り。しかし、唯一生き残ったネルの務めでもあった。嘘偽りなく、ネルは全てをクロノへと語った。

「そんな……俺のせいで、みんなが……」

 クロノは大いに、嘆き悲しんだ。スパーダの英雄と呼ばれる男は、天に届くほどの大声を上げて泣きに泣いた。

 今すぐ、彼女達の元へ行くのだと、自らの喉に呪いの刃を向けるクロノを止められるのも、ネルしかいなかった。深い悲しみ、残酷な運命から死によって逃れることもできない彼の心を慰めるのも、ネルしかいない。全てを失ったクロノの生きる希望になれるのも、ネルだけなのだ。

「クロノくん、愛しています。結婚、しましょう」

 二人が結ばれるのは、当然にして最善の結果であった。止める者は誰もいない。皆が自分を祝福してくれる。なぜなら、これは運命なのだから。

「おめでとう、ネル。クロノ君と共に、幸せになりなさい」

 ありがとうございます、お父様。私は今、幸せです。

「おめでとう、ネル。俺は次のアヴァロン王になる。面倒なことは全て俺に任せろ。お前とクロノの幸せを、誰にも邪魔はさせない」

 ありがとうございます、お兄様。これからも私を守って下さるのですね。

「おめでとうございます、ネル姫様。とうとう姫様とクロノが結ばれる時が来て、感無量です」

 ありがとう、セリス。貴女と一緒にカオシックリムに挑んだ時から、きっと、この素敵な運命が始まったのだと思います。

「めでたい、実にめでたいのう、ネル。して、子供はまだなのか? そなたとクロノの子じゃ、さぞ鍛えがいがあるじゃろう」

「も、もう、ベル様! 気が早いですよぅ!!」

 そう、子供だなんて、そんなの気が早すぎます。

 だって、子供を作るためには、クロノくんと……その……

「ネル、綺麗だよ」

「あっ、クロノくん……」

 来た。

 ああ、ついに、この時が来てしまいました。

「あ、あ、あの……私、初めて、ですから……」

 そう、これが私の、初めての夜。

 機会は何度もあった。フィオナさんとサリエルさんがリリィさんに殺され、その彼女も私の手で打ち倒され、三人もの愛すべき女性を失い失意の底にあったクロノくんを、体で慰めようと思えば、できないはずはない。

 けれど、それはしなかった。このネル・ユリウス・エルロード、もう二度と、同じ過ちは犯しません。悪辣極まる魔女の罠にかけられたことで、私は精神的に成長している。我慢。ここが、今が、我慢の時なのだと必死で言い聞かせて、我慢したのです。涙を流して悲しみに暮れるクロノくんを、優しく抱きしめて、撫でて、添い寝して……そこまでで耐えられたのは、もう半分、奇跡みたいなものです。抱きしめる以上のこと、キスすらも許されず、彼と同じベッドで眠るということは、最早、拷問に等しい。

 でも、そんな苦難に耐える日々も、今は昔の話。

 私は、ついに結婚初夜を迎える。待ちに待った、なんて生ぬるい表現では足りないほどの期待。今も胸の奥に渦巻くのは、理性や正気などといったモノを容易く飲み込む、ドロドロと熱く煮えたぎった性衝動。欲しい、欲しい、彼が欲しくてたまらない――そのはずなのに、ああ、どうして、恥ずかしい。

 頭の中が真っ白になる。

 本当にこれでいいのか、大丈夫なのか。私、おかしなところはありませんか。クロノくんを満足させてあげることが、できるのでしょうか。彼は私の醜いところも、全て受け止めてくれるのだろうか……ああ、何だか私、泣いてしまいそうです。

「大丈夫だ、ネル。俺に全て任せろ――」

 クロノくんは、そんな私の情けない胸の内など全部見透かしたように、そう優しく囁いてはキスをしてくれて……

「――『愛の女王オーバーエクスタシー』」

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― 新着の感想 ―
「愛の女王」だと... ふむ、おかしいな?
>「だって貴女、一番弱いんだもん」 「そういうのを、舐めていると言うのです……」  弱い、とは純粋な戦闘能力のことではない。リリィが言っているのは『愛』の強さである。 前科(クロノくん慰めよう大作戦…
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